7月17日金曜日、天気は晴れで最高気温は今年初めての30℃を超えて、31.6℃の真夏日。暑い1日でしたが、道内では道東の遠軽町では35℃を超える猛暑日になって、これまた今年道内初の35℃超えでした。
この先はもっと暑くなっていくのか、と思うとウンザリ!もっとも明日からの三連休は雨の予報で、気温も30℃以下だそうです。
さて千歳市へやって来て、見学した場所があったのです。ここはユネスコの世界文化遺産である「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つ「キウス周堤墓群」のガイダンスセンターです。
キウスとはアイヌ語の地名で、「茅(かや)の群生するところ」という意味で、3000年前は湖沼や湿地帯があって周辺に茅が広がっていた風景だったからといいます。

入館料は無料で、遺跡見学も無料。開館は午前9時から午後5時まで。雪の降る冬季期間(11月下旬~4月下旬)は休館しています。
約11haという広大な敷地で、その中に9基の周堤墓が発見されていて、それは50mを越える大型の墓地だったのです。

たまたまボランティアガイドの方が説明中で、自分も聞くことにします。
紀元前1200年頃の縄文時代後期で、大規模な共同墓地があった地です。

石狩低地帯をのぞむ緩やかな斜面に立地していて、大規模な共同墓地。周囲が堤、つまり土手になっています。墓は円型の竪穴を掘って、その外側に円型(周)の堤を造り内側に複数の墓を配置している独特な墓なのです。

その墓の中から、長さ60cm近い石の棒も発見されています。

世界遺産に認定された「北海道・北東北の縄文遺跡群」は南北海道で6か所、北東北で11か所の17か所。函館では「垣ノ島遺跡」と「大船遺跡」の2か所が認められています。ここ千歳市の「キウス周堤墓群」は最北の遺跡です。

このマークお分かりですね。北海道と北東北の地図をデザインしたもので、特に青森県の津軽半島と下北半島、北海道の渡島半島が丸く描かれていて、まるで手をつないでいるようで面白い!

では実際に歩いて見てみましょう。ゆっくりと歩くと1時間ほどはかかりそう。遊歩道は整備されていて歩きやすい。熊の出没はないでしょう!?

周りは原生林に囲まれていて、一人だとそれこそヒグマが出てくるんじゃないか?と少し心配になります(笑)。
でも、お墓の周りには国道337号線が走り車のエンジン音やガソリンの臭いがするから、大丈夫でしょう。

木々の奥に5mほどの高台が見えています。こちらは2号周堤墓で高さは4.7m、外径は73mもあって内径は30m。周堤の幅は21.5mあります。

現在9つの周堤墓が確認されていて、史跡に指定。墓からは土器、石器、土偶などが出土しています。

最大のものは1号周堤墓で、周囲は83mもあります

縄文時代では後期の初めころに環状列石、つまりストーンサークルがあります。自分も行きましたが、秋田県鹿角市の大湯温泉にある大湯環状列石が知られてますね。同じく秋田県北秋田市の伊勢堂岱遺跡にもストーンサークルがあります。
が、こちらは石で周囲を囲んではおらず土を盛り上げて堤を造ったのが特徴です。

これは自分の勝手な推定ですが、縄文時代に集落に住む人々が亡くなったら、合同墓地に埋めよう!として造られたのでしょうか?原始共産制社会だったから、墓も一緒だったのではないでしょうか?
これが弥生時代やその後は、になると権力者が現れ貧富に差が出て来て、後に個人の巨大な古墳が造られたりしたのです。

それにしても、3000年前の時代にここにどれだけの人が生活していたのか?かなり大きな集落だったのでは?と思いますが。

縄文文化最大級の構築物だそうです。パンフレットには、2号周堤墓を造るには、3000立方メートルの土を動かしたと計算。それは25人がかりで120日も費やした、と。

ガイドさんの説明も面白く、興味がどんどん湧いてきたのでした。

で、この日はさらに北へ進み月形町の温泉に入り、昨年建てられたばっかりの道の駅で車中泊。
「北海道・北東北の縄文遺跡群」17か所は今までに11か所を見学。この日で12か所目。それでも、まだまだ5か所も残っていますが、それも今年・来年見学していきたいな!と考えています。
次回は月形町とその北にある浦臼町を紹介いたします。
では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。
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この先はもっと暑くなっていくのか、と思うとウンザリ!もっとも明日からの三連休は雨の予報で、気温も30℃以下だそうです。
さて千歳市へやって来て、見学した場所があったのです。ここはユネスコの世界文化遺産である「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つ「キウス周堤墓群」のガイダンスセンターです。
キウスとはアイヌ語の地名で、「茅(かや)の群生するところ」という意味で、3000年前は湖沼や湿地帯があって周辺に茅が広がっていた風景だったからといいます。

入館料は無料で、遺跡見学も無料。開館は午前9時から午後5時まで。雪の降る冬季期間(11月下旬~4月下旬)は休館しています。
約11haという広大な敷地で、その中に9基の周堤墓が発見されていて、それは50mを越える大型の墓地だったのです。

たまたまボランティアガイドの方が説明中で、自分も聞くことにします。
紀元前1200年頃の縄文時代後期で、大規模な共同墓地があった地です。

石狩低地帯をのぞむ緩やかな斜面に立地していて、大規模な共同墓地。周囲が堤、つまり土手になっています。墓は円型の竪穴を掘って、その外側に円型(周)の堤を造り内側に複数の墓を配置している独特な墓なのです。

その墓の中から、長さ60cm近い石の棒も発見されています。

世界遺産に認定された「北海道・北東北の縄文遺跡群」は南北海道で6か所、北東北で11か所の17か所。函館では「垣ノ島遺跡」と「大船遺跡」の2か所が認められています。ここ千歳市の「キウス周堤墓群」は最北の遺跡です。

このマークお分かりですね。北海道と北東北の地図をデザインしたもので、特に青森県の津軽半島と下北半島、北海道の渡島半島が丸く描かれていて、まるで手をつないでいるようで面白い!

では実際に歩いて見てみましょう。ゆっくりと歩くと1時間ほどはかかりそう。遊歩道は整備されていて歩きやすい。熊の出没はないでしょう!?

周りは原生林に囲まれていて、一人だとそれこそヒグマが出てくるんじゃないか?と少し心配になります(笑)。
でも、お墓の周りには国道337号線が走り車のエンジン音やガソリンの臭いがするから、大丈夫でしょう。

木々の奥に5mほどの高台が見えています。こちらは2号周堤墓で高さは4.7m、外径は73mもあって内径は30m。周堤の幅は21.5mあります。

現在9つの周堤墓が確認されていて、史跡に指定。墓からは土器、石器、土偶などが出土しています。

最大のものは1号周堤墓で、周囲は83mもあります

縄文時代では後期の初めころに環状列石、つまりストーンサークルがあります。自分も行きましたが、秋田県鹿角市の大湯温泉にある大湯環状列石が知られてますね。同じく秋田県北秋田市の伊勢堂岱遺跡にもストーンサークルがあります。
が、こちらは石で周囲を囲んではおらず土を盛り上げて堤を造ったのが特徴です。

これは自分の勝手な推定ですが、縄文時代に集落に住む人々が亡くなったら、合同墓地に埋めよう!として造られたのでしょうか?原始共産制社会だったから、墓も一緒だったのではないでしょうか?
これが弥生時代やその後は、になると権力者が現れ貧富に差が出て来て、後に個人の巨大な古墳が造られたりしたのです。

それにしても、3000年前の時代にここにどれだけの人が生活していたのか?かなり大きな集落だったのでは?と思いますが。

縄文文化最大級の構築物だそうです。パンフレットには、2号周堤墓を造るには、3000立方メートルの土を動かしたと計算。それは25人がかりで120日も費やした、と。

ガイドさんの説明も面白く、興味がどんどん湧いてきたのでした。

で、この日はさらに北へ進み月形町の温泉に入り、昨年建てられたばっかりの道の駅で車中泊。
「北海道・北東北の縄文遺跡群」17か所は今までに11か所を見学。この日で12か所目。それでも、まだまだ5か所も残っていますが、それも今年・来年見学していきたいな!と考えています。
次回は月形町とその北にある浦臼町を紹介いたします。
では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。
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