函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

7月17日金曜日、天気は晴れで最高気温は今年初めての30℃を超えて、31.6℃の真夏日。暑い1日でしたが、道内では道東の遠軽町では35℃を超える猛暑日になって、これまた今年道内初の35℃超えでした。
この先はもっと暑くなっていくのか、と思うとウンザリ!もっとも明日からの三連休は雨の予報で、気温も30℃以下だそうです。

さて千歳市へやって来て、見学した場所があったのです。ここはユネスコの世界文化遺産である「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つ「キウス周堤墓群」のガイダンスセンターです。

キウスとはアイヌ語の地名で、「茅(かや)の群生するところ」という意味で、3000年前は湖沼や湿地帯があって周辺に茅が広がっていた風景だったからといいます。
IMG_6478

























入館料は無料で、遺跡見学も無料。開館は午前9時から午後5時まで。雪の降る冬季期間(11月下旬~4月下旬)は休館しています。
約11haという広大な敷地で、その中に9基の周堤墓が発見されていて、それは50mを越える大型の墓地だったのです。
IMG_6477

























たまたまボランティアガイドの方が説明中で、自分も聞くことにします。
紀元前1200年頃の縄文時代後期で、大規模な共同墓地があった地です。
IMG_6479

























石狩低地帯をのぞむ緩やかな斜面に立地していて、大規模な共同墓地。周囲が堤、つまり土手になっています。墓は円型の竪穴を掘って、その外側に円型(周)の堤を造り内側に複数の墓を配置している独特な墓なのです。
IMG_6480

























その墓の中から、長さ60cm近い石の棒も発見されています。
IMG_6493

























世界遺産に認定された「北海道・北東北の縄文遺跡群」は南北海道で6か所、北東北で11か所の17か所。函館では「垣ノ島遺跡」と「大船遺跡」の2か所が認められています。ここ千歳市の「キウス周堤墓群」は最北の遺跡です。
IMG_6482

























このマークお分かりですね。北海道と北東北の地図をデザインしたもので、特に青森県の津軽半島と下北半島、北海道の渡島半島が丸く描かれていて、まるで手をつないでいるようで面白い!
IMG_6483

























では実際に歩いて見てみましょう。ゆっくりと歩くと1時間ほどはかかりそう。遊歩道は整備されていて歩きやすい。熊の出没はないでしょう!?
IMG_6481

























周りは原生林に囲まれていて、一人だとそれこそヒグマが出てくるんじゃないか?と少し心配になります(笑)。
でも、お墓の周りには国道337号線が走り車のエンジン音やガソリンの臭いがするから、大丈夫でしょう。
IMG_6484

























木々の奥に5mほどの高台が見えています。こちらは2号周堤墓で高さは4.7m、外径は73mもあって内径は30m。周堤の幅は21.5mあります。
IMG_6485

























現在9つの周堤墓が確認されていて、史跡に指定。墓からは土器、石器、土偶などが出土しています。
IMG_6486

























最大のものは1号周堤墓で、周囲は83mもあります
IMG_6487

























縄文時代では後期の初めころに環状列石、つまりストーンサークルがあります。自分も行きましたが、秋田県鹿角市の大湯温泉にある大湯環状列石が知られてますね。同じく秋田県北秋田市の伊勢堂岱遺跡にもストーンサークルがあります。
が、こちらは石で周囲を囲んではおらず土を盛り上げて堤を造ったのが特徴です。
IMG_6488

























これは自分の勝手な推定ですが、縄文時代に集落に住む人々が亡くなったら、合同墓地に埋めよう!として造られたのでしょうか?原始共産制社会だったから、墓も一緒だったのではないでしょうか?
これが弥生時代やその後は、になると権力者が現れ貧富に差が出て来て、後に個人の巨大な古墳が造られたりしたのです。
IMG_6489

























それにしても、3000年前の時代にここにどれだけの人が生活していたのか?かなり大きな集落だったのでは?と思いますが。
IMG_6490

























縄文文化最大級の構築物だそうです。パンフレットには、2号周堤墓を造るには、3000立方メートルの土を動かしたと計算。それは25人がかりで120日も費やした、と。
IMG_6491

























ガイドさんの説明も面白く、興味がどんどん湧いてきたのでした。
IMG_6492

























 で、この日はさらに北へ進み月形町の温泉に入り、昨年建てられたばっかりの道の駅で車中泊。

「北海道・北東北の縄文遺跡群」17か所は今までに11か所を見学。この日で12か所目。それでも、まだまだ5か所も残っていますが、それも今年・来年見学していきたいな!と考えています。

次回は月形町とその北にある浦臼町を紹介いたします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月15日水曜日、天気は曇りで最高気温は27℃ですが、湿度が高くムシムシした夏の日となっています。まさに不快指数は90%くらい高い(これは私の独断ですよ)。
今夜からは台風9号崩れの低気圧が大雨になるとかで、明日も湿度が高い日になるから不快な1日がまた続きそう。

さて、ここは長万部町の函館本線旧中の沢駅跡。
IMG_6466

























貨車を改造した駅舎があったけど、2024年3月に廃駅へ。120年もの長い間、駅は利用されてきたけど利用者がいない理由で廃止されたのです。そんな駅は全国至る所にありますけどね。
奥に見えるのは北海道新幹線の建設現場。2038年に完成して札幌までつながる計画だけど、それすら予定であっていつになることやら?
IMG_6465

























駅横には、かつて存在したゲストハウス兼ライダーハウス。安い料金で宿泊者が結構いたけど、潰れて建物は放置されています。10年ほど前に来た時は、現役で運営されていたのに残念です。
IMG_6467

























長万部駅からは室蘭本線沿いに行きます。最初の駅は「静狩駅」。長万部町最北端で最東端の駅。静狩集落は漁業の町で大きな漁港があります。
IMG_6468

























以前、ここの駅に車を停めて列車で隣の駅へ。そこは日本1の秘境駅の小幌駅。列車でしか行けない駅で、帰りも当然列車を利用して訪れたのでした。小幌駅を管理しているのは豊浦町で、日本1の秘境駅を売りにしていて、豊浦駅には小幌駅に関するグッズが販売されているほどですから。
IMG_6469

























静狩小学校へ。数年前に来た時は子供たちがいたので、今も現役かな?と思って訪ねたのですが。
IMG_6470

























令和4年3月に閉校されていました。4年前の2022年に閉じられたんですね。現在は、新幹線工事の現場で働く労働者たちの詰め所になっていて、多くの建設労働者たちが出入りしていました。
IMG_6471

























この日は豊浦町の温泉横にある広大な駐車場で車中泊。道の駅もあるけど、国道37号線沿いで夜間でも交通量が半端なくうるさいので利用せず。その代わりに豊浦町の「しおさい温泉」は海沿いにあって閑静な場所だから車中泊には向いていますね。入浴料金は650円だったかな?

で、国道37号線を東へ。ここは翌日の登別市または白老町辺りにあるドライブイン。巨大な熊と鮭がお出迎え。
IMG_6472

























いくら張りぼてでも巨大すぎる熊。屋根に登って吠えているみたい。国道沿いにあるから一目で分かります。
IMG_6473

























尻もでかい!これが売りで客寄せしているのでしょうね。これはカメラポイントです。
IMG_6476

























噴火湾は波もなく穏やかそのもの。
IMG_6474

























対岸に道南亀田半島の最東端に位置する恵山が見えます。左の端っこに見えている山です。618mの活火山で要警戒火山の一つです。右側の雲がかかった山は駒ケ岳かな?それとも横津岳連峰かも?
IMG_6475

























 この日は、苫小牧市で港にある名物食堂の「マルトマ食堂」で1時間半並んでエビ丼を食べ、千歳市へ進みました。そこで、どうしても見学したかった遺跡があったのです。
次回は、その遺跡を詳しく説明いたします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月14日火曜日、天気は曇りで最高気温は27℃だが、湿度が80%近くあって蒸し暑い1日です。明日は29℃にまで上がるとか。涼しい北海道と云われていたのは昭和の時代のことで、21世紀に入り暑い夏を迎えて道内でもエアコンは必要条件となっています。もっとも、35℃以上の猛暑日がないだけでも良いのかも?
といっても、函館では3年前の2023年には江戸時代末期の幕末から170年以上の気象観測史上初の35℃になる猛暑日を1日だけ記録したので、今後もあるかもしれないと思うと恐ろしい!

さて、ここは駒ヶ岳駅の南側にある駒ケ岳小学校跡。
IMG_6452

























木造校舎の平屋で、体育館も木造。バックに写るのは駒ケ岳。左の峯は剣が峰(1131m)、右の峯は砂原岳(1112.2m)。元々は富士山型のコニーデ型火山でしたが、度重なる噴火により形を大きく変えて、南の大沼側から見ると、駒つまり馬の形に似ていることから駒ケ岳となったのです。
北側の森町側から見ると、2つの剣がある双耳峰で、ツインピークス。後で写真見ると分かります。
IMG_6453

























開校は明治16年というから1883年のこと。それから2年前まで子供たちは通学していたのです。残念ながら2024年(令和6年)3月31日に閉校へ。141年の歴史ある学校でした。
校舎は築70年以上で、戦後すぐに建てられた校舎だったのです。
IMG_6454

























一時期は中学校も併置されていたんですね。10年ほど前に訪れた時はまだ学校としてありましたが、昨年訪れた時は地域の図書館になっていて、今回は玄関が閉まっていてこの校舎が使われていないことが悲しい。
IMG_6455

























続いて函館本線本石倉駅へ。函館本線始発駅の函館駅からちょうど60㎞地点の駅でした。
10年ほど前に訪れた時はホームも駅舎もあったけど、4年前の2022年3月12日に廃駅へ。駅があった場所に立っているけど、跡形もなくなっています。
IMG_6457

























駅の向い側にあった郵便局も看板が外されて営業しておらず。ポストだけが残されているけど。
IMG_6456

























噴火湾から10mほど高い場所にある駅でした。ここから駒ケ岳が見えていますね。左が砂原岳、右が剣が峰で、これで双耳峰ツインピークスであることが分かりますね。中ほどが大きくえぐられていて爆裂口の跡だと分かります。
IMG_6458

























続いて八雲町の黒岩駅へ。北には北豊津駅があったけど、2017年3月4日に廃駅となっていて次の駅である国縫駅のシールが貼られいますね。
IMG_6460

























もちろん無人駅です。北海道では駅員さんがいる有人駅の方が圧倒的に少なく、ほとんどが無人駅です。こちらのホームの右側はレールが撤去されていて、これも便数削減のせいなのか?
IMG_6461

























国道5号線から50mほど山側に入った場所にある駅で、となりはパークゴルフ場。トイレ(駅の左側に見えている建物)もあるから車中泊が出来るかも知れないけど、幹線国道の5号線のそばだから夜間うるさそう。
IMG_6462

























黒岩の名前の由来が書かれています。アイヌ語から来ていますね。
IMG_6463

























こちらが芝がキレイに整えられているパークゴルフ場。でも、利用者はいなかった。
IMG_6464

























 次回も函館本線駅巡りをしていきます。
明日は29℃にまで上昇するとか。それにしても湿度が高いのが気になります。数日前からどんよりした曇り空た雨の日が多く、しばらく太陽が拝めていません。明日夜も雨とか。それも結構降るらしい。
6月は晴れの日が多くて過ごしやすく旅には最適な季節だったけど、7月に入ってからはまるで梅雨みたいな天候で、ジメジメした不快指数が高い日が続いています。
カラッと晴れた日になって欲しいのですが。もっとも暑い日は要りませんけど。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月13日月曜日、天気は曇りのち晴れで最高気温は27℃。ただ、昨日は終日雨だったので湿度が高く蒸し暑い1日でした。それでも夕方からは晴れ間が出て来て、過ごしやすい時間へ。本州の35℃以上の猛暑日に比べたら、エアコンを付けなくても過ごせるから良い。
北海道にはJリーグのチームが10チーム以上合宿に来ていて、道南の函館や北斗市、七飯町にも4チームが集まって8月から始まるリーグ戦に備えてトレーニングしています。涼しい北海道で7月は合宿を!はこれからのムーブになっていくでしょうね。

さて今年6月に旅した夏の旅の総集編を始めて行きます。スタートしたのは6月9日。我が家を出発して函館本線の赤井川駅へ。この日は駅巡り。
IMG_6441

























もちろん無人駅です。国道5号線からはおよそ1㎞ほど離れていて周辺には人家が数軒あるけど、どうしてここに駅が造られたのか?不思議な感じがします。渡島富士の名を持つ駒ケ岳(1131m)の麓にある駅です。
IMG_6442

























電化はされておらず、列車はディーゼル車のみ。特急列車もそうです。
IMG_6443

























七飯町と森町の境界線付近にあり、一応森町に入るけど森町の市街地からはかなり距離はあります。
普通列車のみ停車で、上りは1日5本、下りは1日6本。汽車通学する高校生がいるのか?いないのか?
数軒の民家と云っても、ほとんど高齢者ばかりの住民です。
IMG_6444

























秘境駅に近い駅だから、駅マニアの鉄ちゃんは駅ノートを置いていますね。道内の無人駅のほとんどにこのような駅ノートが置かれていて、そしてノートには訪問者が書いているのだからすごい!
IMG_6445

























続いて5㎞ほど北にある駒ヶ岳駅へ。木造の可愛らしい駅ですが、ここも無人駅。
IMG_6451

























次の駅は森駅ですが、実は以前は「東山駅」と「姫川駅」があったのです。利用者が少ないので廃駅となって、森町の市街地にある森駅へと10㎞以上進むことになったわけです。
東山駅と姫川駅はいずれも秘境駅で、それぞれ趣のある駅だったので廃止されたのはとても残念でした。私の過去のblogで2つの駅は紹介されているので、関心ある方は是非ご一読を!
IMG_6446

























駒ケ岳登山口まで2.6㎞、山頂まで8.2㎞3時間とありますが、鉄道を利用して登山する人などいるのでしょうか?ほとんどは車で登山口まで行くだろうし、それに以前はヒグマが出ない山だったけど、最近はヒグマを見たという情報がいくつもあって、ちょっと怖い山の一つになっています。
そういえば、東大沼キャンプ場にもクマが出たとのことで、キャンプ場は閉鎖されてしまいましたね。
IMG_6447

























この列車はなんだろう?春の旅で見たバラストを積む貨車を引く動輪になるディーゼル車?
IMG_6448

























ここにも可愛らしいイラストがありますね。絵が上手い!
IMG_6449

























駅ノートもありますよ。
IMG_6450

























 ということで、今日から夏の旅の総集編がスタート。
ただ今年は、1月1日の元旦から落ち込むばかり。元旦にはウォーキングに出かけて凍結路面で滑って右肩を打撲。整形外科に2度も通う羽目になったが骨が折れてなかっただけでも良かったのか?
5月の春の旅では風をこじらせて3日で帰宅したり。その後の第2戦では一週間だけしか旅できず。
さらに6月の夏の旅では、遠く離れたオホーツク海の町紋別市で「帯状疱疹」の診断が出て急遽帰宅したりで、今年は今までとは極端に短い旅しかしていません。
これは年のせいなのか?年齢的には74歳になり、来年は後期高齢者免許証はゴールド優良ですが、来年からは3年ごとの更新になるし、何よりも認知症検査もあって心配なことが多いのです。

それでも今年10月には秋の旅をしたいので、それまでは夏の旅を振り返ってカメラで撮影したものを紹介していくことにします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月10日土曜日、天気は雨で朝から降り続いていますが、雨の量は大したことなく少量の雨。それでも、雨だと外に出るのも億劫になるし、畑や庭仕事も出来ないからつまらない。何とか晴れて欲しいが天気予報を見るとしばらく雨模様で、まるで梅雨に入ったかのようです。

さて、春の旅は23回目で最終回。昨日の続きで「倶知安町風土館」からお伝えします。
倶知安と云えば、冬の雪質世界1のパウダースノー。雪と云えばスキー。
IMG_6416

























倶知安町とスキーとの歴史は、1911年(明治44年)オーストリアテオドール・フォン・レルヒ大佐が日本(新潟県高田(現在は上越市))にて陸軍の青年将校にスキーを伝えた後、1916年に倶知安町内で初のスキー大会が開催されたことから始まっています。
IMG_6417

























あのレルヒ大佐が倶知安町にも来て指導されたのです。当時のスキー板は、ただの木製。エッジはあったのだろうか?先っちょが尖がっているのは、羊の皮のシールを貼って山の上にも登れるようにするためでしょう。
IMG_6418

























続いて鉄道関係のコーナーへ。旧国鉄胆振(いぶり)線の足跡が見れてうれしい!
IMG_6419

























胆振線は胆振管内の伊達市にある室蘭本線伊達紋別駅から有珠山や洞爺湖の東側を通り、後志(しりべし)管内に入り羊蹄山を東から北へ半周して倶知安町で函館本線倶知安駅に合流する全長83㎞の非電化単線のローカル線でした。
IMG_6420

























民営化される前の1986年(昭和61年)に全線廃止されました。全駅21。開業は1919年(大正8年)。
IMG_6421

























昭和の時代のコーナーは、あちこちの郷土資料館でも見られる学校風景で、木製の机と椅子と黒板。石炭をくべるダルマストーブが懐かしい!
IMG_6422

























スバル360のミニカー。自分が小学生の時だから1960年代で今から70年近い前のこと。自分が通う学校へ、大柄のお腹の出た中年男性の先生がこの車に乗って通勤していたことを思い出します。
見て分かりますが、ドアは前方から開きます。今のドアとは違いますね。4人乗りだけど、後部座席には大人は座れない(泣)。
IMG_6423

























この日は、ネットで天気図を見て長万部(おしゃまんべ)が雨が止む予報だったので、70㎞南下してキャンプ場で車中泊。温泉は長万部温泉ホテルで、昭和の香りたっぷりの湯船で500円でした。
ただ、雨は完全に止むわけではなく朝までポツリポツリと降り続けてはいました。翌朝は曇りで、10数㎞南下して長万部町函館本線の国縫(くんぬい)駅へ。
IMG_6426

























無人駅ですが、かつては鉄道マンの町で大勢の国鉄関係者の町だったのです。今は2038年開通予定(?)の札幌駅までの北海道新幹線の工事中。
IMG_6427

























この集落には国縫小学校がありますが、すでに閉校。玄関も草ぼうぼう。
IMG_6431

























グランドの奥へ来ています。なぜかというと、ここにある碑があるのです。それは北海道の歴史の1ページで、江戸時代の松前藩とアイヌの関係を物語る歴史です。
IMG_6430

























1669年に起きたアイヌの首長だったシャクシャインの戦いです。
IMG_6428

























1696年、日高から釧路以東を統率するシャクシャインは、和人の収奪と松前藩のアイヌ分断政策に抗議し、道内各地のアイヌ人に対し立ち上がるよう呼びかけます。2か月に及ぶ戦いでしたが、松前藩は姑息にも話し合いの席で酒を飲ませてだまし討ちへ。彼は謀殺されたのでした。
IMG_6429

























最後に、八雲町の最北端に位置する黒岩地区にある黒岩小学校跡へ。
IMG_6432

























立派な2階建て校舎ですが既に廃校されていて、遊具も草ぼうぼう。子供がいないのです。
IMG_6433

























グランドへ行くのも草をかき分けてだから大変。
IMG_6434

























体育館も今でも使用できるくらい立派なものですが、利用する若者がいないのです。
IMG_6435

























最後の最後に、教員住宅。灯油を入れるホームタンクが高い位置にあるのは、冬の雪が多いからでしょう。今は誰も利用することなく朽ちるまで放置されたままの住宅です。
IMG_6436

























 ということで、5月に旅した「春の旅」はこれにて終了。
次回からは、6月に旅した「夏の旅」をお伝えしますが、少しの間はお休みさせていただきます。。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月10日金曜日、天気は雨のち曇りで最高気温は25℃。湿度が高く80%はあって、エアコンの除湿を使って部屋の湿度を下げています。もっとも、本州の35℃超えの猛暑日に比べたら涼しい天候で、外を歩くのも苦にならないくらい。雨の量も大したことなく、1時間も降っただろうか?今は曇りで時々日が差し込むときもあります。

さて、こここは積丹町の市街地の美国地区にある宝島。ハートの形をしていて確かに地図では💗型だが、水平方向から見たら全然分からず。
IMG_6402

























「ソーラン節 鰊場音頭のふるさと」だったことは知らなかった。でも、江差ではないの?
それにしても島の形がハート型とは、ドローンでしか分からないのでは旅人はどうやって知るのか?地図を見て下さい。この形実際に見てみたい!
IMG_6403












IMG20260710144955













で、積丹町のから古平町へ移動し、積丹半島の山間部を北から南へ横切ります。最高地点はトーマル峠で標高は610m。近くには名前の由来となった当丸山(799.7m)があります。ここはその手前の当丸展望所。
IMG_6404

























天気が良くなく遠方はハッキリとは見えず。晴れていれば日本海や積丹岳(1255.4m)の雪山が見えるはずだけど。
IMG_6405

























途中から雨が降り出し本降りへ。雨宿りがしたいので、この辺では一番大きな町の倶知安町の郷土資料館である「倶知安風土館」へ。入館料は200円でした。
IMG_6425

























旅の途中での雨宿りは、①博物館・郷土資料館など時間を潰せるところへ。②温泉に入りゆったりする。③距離を稼ぐためひたすら走る(雨の中は危険なので、ゆっくり走行) などがありますが、皆さんはどうしていますか?
IMG_6424

























結構大きな建物で見応え十分。自分としては廃線となった国鉄時代の胆振線関係を見学したいが、その前にコースに沿って順番に見て行くつもりです。
これは幻の魚の「イトウ」のはく製。
IMG_6406

























体長は何と1m越えで、125cmもありますよ。体重は23.8㎞というから、どうやって釣ったのか?
IMG_6407

























この方が伝説的釣り師の草島山さん。尻別川で釣ったとか。何度も訪れている川だけど、あの川にこんな大きなイトウがいたとは!
IMG_6408

























釣り上げるのに、相当時間がかかったことでしょう。釣り道具も展示。
でも川での釣りは、ヒグマが出る恐れがあるので怖いです。もう40年も前のことですが、知っている方が道南木古内町の川で渓流釣りでクマに襲われなくなったことがあります。道内では渓流釣りはヒグマの出没があるから怖い!
今日も昨年ヒグマに襲われ亡くなった知床の羅臼岳でヒグマが登山者を襲い熊スプレーで何とか助かったけど、地元では「登山禁止」にしたニュースが流れてましたから。
IMG_6409

























そのヒグマの足元だけ展示。どうして?
IMG_6410

























爪をズーム。こんな怖ろしい爪でやられると、人間なんて一撃です。そのパワーも凄くて、パンチ力は1トンもあるとか。ボクサーの何倍もあるパワーです。
IMG_6411

























動物たちを展示。
北海道の動物は、本州の動物と違います。まずは、北海道には野生のイノシシとサルはいません。動物園にはいますよ。そして、熊・鹿・狸・狐などはすべて本州のとは違っていて、名にエゾと付けられています。
IMG_6412

























ブラキストン・ラインといって、幕末に箱館にやって来たイギリス人商人・植物学者が植物や動物を見て違いがあることを発見。津軽海峡を境に生物の違いのラインがあることを公表したのです。
IMG_6413

























エゾヒグマ・キタキツネ・エゾタヌキ・エゾシカ・エゾキロテン・エゾナキウサギ・・・みんなエゾやキタが付けられていますね。
IMG_6414

























エゾリス、エゾシマリス、エゾモモンガ・・・みんなそう。
IMG_6415

























 これは面白い。勉強になります。これで200円だから安いもんです。
次回も、ここ倶知安町の風土館からお伝えします。特にスキーと胆振線関係が興味深かったです。

実は次回で春の旅は最終回。
では、また次回でお会いしましょう。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月9日木曜日、天気は雲り後雨で、7月に入って初めての雨。最高気温は23℃で湿度があってジメジメした日です。今日は今年初めてエアコンの除湿を使用し、70%から50%へ下げるとスッキリ。
ニュースを見たら、本州では35℃以上の猛暑日が出ている地もあって、それに比べたら涼しくて過ごしやすい方でしょう。

さて、ここは積丹町の野塚地区にある野塚小学校跡。玄関の入り口がべニア版で閉鎖されていますね。
IMG_6389

























積丹町立野塚小学校の看板はまだあります。校舎の規模からいって、少人数の小学校だったのでしょう。多分、複式学級で1クラスを2学年が学ぶ方式で、それだと3教室分で済むからです。
IMG_6390

























グランドの奥には教員住宅が3棟。右の大きいのは校長先生の住宅で、家族で住まわれていたはず。左の2棟は教員用で、多分独身の先生が生活していた住宅です。若い先生方は僻地にまわされるから、このような辺地校で最初は勤務するのです。
IMG_6391

























中学校も併設されていたんですね。平成2年(1990年)で100周年だから、創立は1890年の明治23年のこと。日清戦争の4年前の年で、前年の1889年には大日本帝国憲法が公布され、国民皆兵の徴兵令が改正されています。
IMG_6392

























裏側へ回ると、小さいけど体育館も残されています。
調べてみたら、閉校されたのはつい最近で2025年3月だから、1年前のことです。
IMG_6393

























校舎の裏には、広い駐車場があります。何で、ここにたくさん車が来るのか?それは!
IMG_6394

























それは、ここに積丹町に唯一ある温泉「岬の湯しゃこたん」があるからです。昨日最後に紹介した「シララ姫の湯」は休業中だから、ここだけなのです。だから遠くからここの温泉に入りに来るので駐車場を広く取っているのです。が、気になるのはここの入浴料。何と!大人1200円もするのです(怒)!
高すぎる!まるで東京のスーパー銭湯みたいで、北海道でこれだけ高い入浴料を取るのは、そうないでしょうね。
IMG_6395

























続いて、国道229号線沿いにあった小学校跡。地区名は丸山で、丸山小学校跡、今は丸山会館になっていますが使用しているのかな?それに周辺には人家がないのだから、誰も利用できないのでは?
IMG_6396

























体育館もあるし、鉄棒も残っていたから学校であったことは確かです。
昭和32年4月1日に開校し、昭和54年3月31日に閉校となっています。わずか22年間だけの小学校でした。
IMG_6397

























続いて、婦美会館と書かれた建物は、元婦美小学校跡。その理由は横を見れば分かります。
IMG_6398

























校舎と体育館と分かりますね。昭和12年に開校し、昭和53年3月31日に閉校されています。こちらは41年間存在したんですね。
IMG_6399

























草ぼうぼうの元グランドには鉄棒など遊具類が残されているけど、錆びついて使用は出来ないでしょう。
IMG_6400

























今回は、積丹町の3つの閉校された小学校跡を訪ねました。子供の姿はほとんど見かけないし、小学校は町役場のある美国地区にあるから、子供がいたとしてもスクールバスで通学しているのでしょう。
IMG_6401

























積丹町の人口は1600人ほど。1956年(昭和31年)に役場のある人口が多い美国町余別村入か村(漢字が出てきません。舟と可という字で、「いるか」と読むのでしょうか?)が合併して、積丹町となっています。
今までは余別地区と入か地区を見てきたのです。次回は美国地区へ行き、宝島と見てきます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月8日水曜日、天気は晴れで最高気温は27℃を超えて夏日の、そして湿度もある今日は暑い日となりそうです。もっとも本州では30℃さらには35℃を超える猛暑日の場所もあって、それに比べたら涼しい夏の日かも知れませんが、暑さに弱い道民は30℃近くでも暑いのは苦手です。

さて、ここは積丹半島の神威岬。かつては「女人禁制の地」でした。
IMG_6376

























もっとも、それははるか遠い昔の伝説だそうで、今は全国から多くの女性が訪れて岬先端までの道のりを歩いていますからね。
IMG_6377

























先端の灯台までは歩くこと20分くらいか?ここは何度も来ているので、今回はパスします。
IMG_6378

























南側を見ると、前回紹介したジュウボウ岬、手前には沼前岬が見えています。この日は曇り空で、ここの最大の売りである「積丹ブルー」の海は見えず。晴れている日に見れば、美しいブルーの海ときれいな海底が見えて感動すること間違いなし!
IMG_6379

























半島の山々は、5月下旬にも関わらず雪が残っています。
IMG_6380

























今回は岬への道を辿らずに、違う道を散策。ここには電磁台といって、昭和15年に「ロシア軍が上陸?」と書かれているが、実際にはソ連軍のこと。それでレーダー基地を設置した歴史があります。
IMG_6381

























東の方向を見ても、積丹半島はほとんどが断崖絶壁の海岸線が連なる険しい場所だということが分かります。
IMG_6382

























波打ち際には、かつて岬先端まで行けた真っ暗な素掘りのトンネルが見えています。今から55年も前の19歳の学生時代。今はあるかどうかわからないけど、積丹町のユースホステルに宿泊し、同じ宿泊者どうしで岬を目指しました。その時にトンネルが真っ暗だったので、女の子と手をつないて通ったことを思い出します。
IMG_6383

























今は、尾根上に遊歩道が整備されて歩きやすくなっていますが、それでも高低差は結構ありますね。
登ったり降りたりの繰り返し。
IMG_6384

























メノコ岩とも云われる神威岩。伝説があって、義経が衣川の戦いで生きのびて、蝦夷地へ逃亡。ここでアイヌの若い娘と仲良くなったとか。だが、追手が迫っているため彼は弁慶とさらに逃げます。そこで、娘は悲しみのあまり岩になったとか。
道内には、あちこちに義経と弁慶の伝説が残っていますからね。
IMG_6385

























神威岬に一番近い集落の積丹町の余別地区。かつてあった小学校の建物は今も残り、公的施設の積丹町余別地区コミュニティーセンターとしてとして利用されています。
IMG_6386

























そして、うれしいことにユースホステルは今も残っていました。角田旅館と同居して利用できます。
IMG_6387

























先ほど紹介したメノコ岩になったアイヌの娘ですが、名をシララ姫と云います。
シララ姫は傷ついた義経を介抱し、恋に落ちます。が義経の旅たちで海に身を投げて岩になったとか。
その姫の名を付けた温泉があるのです。強烈な炭酸泉でお湯につかると体に泡が付くとか。
それとオーナーは大の猫好きとか。
IMG_6388

























 ただ現在は休業中とか。

サッカーワールドカップを毎日テレビで見てますが、今朝はスイスVSコロンビアの試合が最後はPK戦へ。最後はスイスの選手が決めて勝利。面白い戦いが続きますが、昨日のアメリカ対ベルギー戦。アメリカの選手に対して、トランプ大統領が電話でFIFAの会長にレッドカード取り消しをしたとか。まったくトランプはすべて自分の思い通りにならないと気が済まない、まるでガキ大将みたいな人物。

スポーツに政治が介入したらダメでしょう!と強く思ったのでした。

次回は積丹町の別な地区で廃校となった小学校跡を探ります。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月6日月曜日、天気は曇りで最高気温は23℃。ほぼ昨日と同じような天候ですが、西日本地方のように大雨になっていないだけでも助かります。ニュースを見れば、連日大雨でいつ土砂崩れが起きるか危険な状況で心配ですが、北海道は梅雨がないのでその点は安心で良かったです。

さて、5月23日は神恵内(かもえない)村の道の駅「オスコイかもえない」で車中泊。国道229号線に面しているけど、夜間の交通量は少ないし駐車場にフリーWi-Fiが効いているから車中泊には最適な道の駅の一つです。
道の駅を朝7時には出発。起床は5時。朝のルーティンは①車内の後片付け~寝袋収納、窓を覆うカーテンを収納、②体操とストレッチを20分ほど入念にする③朝食~旅に出るとほぼ毎朝同じで、パン(菓子パンまたはサンドイッチ)、ドリンクはコーヒー、野菜ジュース、野菜スープ、それと野菜(トマト、野菜サラダ)の3つ。

で、積丹半島西海岸を北上し神恵内村の最北端のオブカル石地区へ。ここは、かつて昭和の30年代までニシン漁を中心に集落があった地区ですが、ニシン漁の衰退とともに過疎化が進み今は誰も生活してなく無人地区になっています。そこにある「あんない展望公園」から撮影。窓岩という名の巨岩が見えています。
IMG_6365

























国道の山側沿いに10台以上駐車出来るスペースがあって、そこから草ぼうぼうの階段を登ってここへ。
ここは無人地区で、しかもヒグマの出没地域。だからクマ鈴を鳴らしホイッスルを吹きながら、リュックのポケットには熊スプレーを入れて、何時でも取り出せるようにして歩いて登ってきました。
北側にはジュウボウ岬と岩だらけの島、国道の先には西の河原トンネルという2000m以上ある長大トンネルです。
IMG_6366

























展望公園には、「昭和三年 御大典記念」の碑があります。1928年(昭和3年)11月に執り行われた昭和天皇の即位の礼(御大典)を祝して全国で実施された記念事業の一環で碑があちこちで造られたそうで、ここオブカル石地区でもこのような石碑が建てられたのですね。今から98年も前のことですよ。
IMG_6364

























展望台から窓岩を写します。もっと南側からだと巨岩に穴が空いていて、それが窓のように見えるので窓岩と名付けられた理由です。こちら側からは後ろ側だから、ただの巨岩です。
IMG_6369

























何やら怪しげな二人の白い像が見えます。ベンチもあるけど、ここへ来る人いるの?ほとんどいないでしょう。だいたい国道沿いからは見えないし、通過してしまうはず。
IMG_6367

























二体に見えたけど、ズームすると二人の大人と小さな子供の像で、三人いますね。
IMG_6368

























安内(あんない)小学校址と描かれた像。
ニシン漁で栄えた江戸時代末期には住民もいて、明治27年(1894年)には小学校が開校しています。
沿岸に人家が並び、子供たちも大勢いたのでしょうね。小学校は高台に建設されて、小さいながらもグランドもあったのです。
ただニシンが獲れなくなり過疎化が進行して、1967年(昭和42年)に閉校となったのです。今から59年も前のことです。
IMG_6370

























左に展望台があります。子供は性別不明ですが、大人の像は二人とも女性っぽいような気がしますが。
IMG_6371

























展望公園から下山して海岸線を撮影。こちらは南側。一部波打ち際へ降りられそう。
IMG_6372

























北側は「西の河原トンネル」入り口です。険しい断崖絶壁。
IMG_6373

























隣町の積丹町へ。最初に訪れた集落が神岬集落。神威岬の4㎞程手前にある集落です。トンネルをくぐらないで、坂道を登るとここへ。ここも元小学校だった建物です。
積丹町立神岬小学校で1885年(明治18年)に開校し、1977年(昭和52年)3月31日に閉校とありました。
IMG_6374

























閉校されて、今は神岬会館になっているけど、利用されてないみたい。
IMG_6375

























 次回は、積丹町の神威岬を訪れます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月5日日曜日、天気は曇りで最高気温は22℃と夏にしたら涼しいくらいの日です。

ここは共和町の北にある、サクランボやリンゴなど果物生産の町である仁木(にき)町の山奥にある銀山駅。もちろん無人駅です。銀山(640.5m)という名の山の麓にあって標高は158m。
IMG_6354

























共和町の小沢駅のとなりですが、一山越えて来ています。国道5号線で来ると、稲穂峠(266m)のトンネルを越えて下山後、右折して道道1020号線を東の方向へ走ってから再び山側へ走ると到着です。
その隣の駅の「然別(しかりべつ)駅」も仁木町の駅。
IMG_6353

























たまたま普通列車が到着し、一人の乗客を降ろして出発。左の線路だから、上り列車で次は小沢駅へ。
列車は、ディーゼル車。列車の上には電線がないから電車ではありません。北海道のほとんどの路線はディーゼルで、電化されている路線は札幌圏内と新函館北斗駅と函館駅の間くらいでしょうか?
自分の知識不足もあって他にもあるかも知れないけど、大部分は電化されていないはずです。
IMG_6352

























山の中腹にあって、道道1022号線はずっと下。道路沿いに民家が点在しています。
IMG_6355

























駅は秘境駅の一つで、ここを訪れた鉄ちゃんによって、いろいろとお飾り。千羽鶴まであるとは!
IMG_6356

























絵画まで展示。誰が描いたのかな?
IMG_6357

























続いて、東となりの町である赤井川村へ。赤井川村から仁木町へ向かう道道36号線の冷水峠には「カルデラ展望所」があります。短縮するためにトンネルがあって、そちらを通過するとここは見れません。だから、わざわざ峠の上までドライブ。
赤井川村はカルデラの底にある村なのです。
IMG_6358

























実際に見ると、赤井川村がカルデラの底であることが分かりますね。
IMG_6359

























市街地の奥には外輪山が周りを囲んでいて、そのさらに奥に成層火山(コニーデ型)の蝦夷富士の名を持つ日本百名山の一つでもある羊蹄山(1898m)が見えています。
右の山は内輪山の一つである丸山(450.7m)があります。
IMG_6360

























羊蹄山は、まだまだ雪深い。夏でも残雪がありますからね。赤井川村からは南へ走り樺立トンネルで峠をこえて俱知安町へ入ると、羊蹄山の麓へ到着します。北海道では数少ないヒグマの出ない山ですが、最近はどうか?100%絶対出ないのは函館山くらいか?
外輪山は700mから1000m前後の山々が連なっています。
IMG_6363

























右の手前の山は北丸山(295m)。右側にある雪山はニセコアンヌプリ(1308m)で、ここも残雪がありますね。
IMG_6361

























赤井川村の市街地と農地はおよそ8㎞四方。その中に人口1200人弱。ここは珍しく人口が微増している村で、農業中心ですがスキー場であるキロロリゾートを中心に外国人が増えているのです。
IMG_6362

























 「日本で最も美しい村連合」に加盟していて、確かに美しい景観の村であることは確か。
冬はパウダースノーを目指して、ニセコや富良野などと並んで南半球のオーストラリアやニュージーランドなどから多くの外国人スキーヤーが訪れているのです。

赤井川村では村営のカルデラ温泉に入浴。地元民ではないので600円と少しお高い値段でした。
その後は、余市町にてモダ石油で給油し、積丹半島をほぼ一周して神恵内(かもえない)村の道の駅で車中泊。

翌朝は神恵内村のとある廃校跡地を訪れました。そこは国道から草ぼうぼうの坂を登りたどり着く、とても危険な地。なぜかというと?熊の出没地だから。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月4日土曜日、天気は快晴で雲一つない好天。最高気温は24℃で湿度は50%前後で、とても過ごしやすい夏の日です。ニュースを見ると、西日本では豪雨が続いていて被害が出ている地域もあって大変みたい。でも、今週もしばらく晴天で旅するには最高の季節となっています。

さて、ここは共和町旧国鉄岩内線幌似駅です。岩内線は1912年11月1日開通だから、大正元年の年。大正は明治45年と同じ年で1912年で、7月30日に明治天皇が崩御し大正と改元しています。
そんな時代に開通して、1985年7月1日に廃止していて民営化される前のことでした。全駅6つ、全長は14.9㎞の単線非電化のローカル線でした。ここ幌似駅は岩内駅から4つ目、小沢駅からは3つ目のほぼ中間地点の駅。多分ですが、駅舎は廃止後に再建された比較的新しい建築物のような。
IMG_6347

























列車も展示されていて、鉄道記念公園となっています。奥に見える雪山はニセコ連峰の山々で、5月末でもかなり残雪が見えていますね。
IMG_6345

























以前の駅があった地は国道のバイパスになったので、移転して公園化されてますね。73年も地元住民の足として利用されてきたのに、道内では赤字だから廃線となった路線はかなりあります。
昭和の時代から見たら、ほぼ半分に減りましたから。
IMG_6346

























パンジーの花がとってもきれい!手入れがなされているんですね。花壇の囲いが枕木なのがうれしい!
IMG_6344

























駅舎と旅客列車。ホームもしっかりと残っています。
IMG_6343

























終点の岩内駅→西前田駅→前田駅→幌似駅→国富駅→出発駅の小沢(こざわ)駅の6駅でした。
IMG_6341

























車掌室にはダルマストーブもあって、冬は石炭を燃やして暖を取っていたんですね。
IMG_6342

























駅舎内には、昔の運賃表も。地元の観光パンフレットも置いてます。壁の穴を塞いでいる丸い蓋は、ストーブの煙突用の穴。道内では、石炭ストーブを焚くときは取り外し、夏場は蓋をしています。もっとも、今は石炭ストーブを焚く家庭はほとんどいないでしょうけどね。IMG_6340


























廃止された時は、住民は悲しかったでしょうね。バスが運行されるといっても、列車の方が時間は正確だし何よりも安全・安心ですからね。
IMG_6339

























で、出発駅の小沢(こざわ)駅へ。こちらは現役で函館本線の駅として今も活躍。でも無人駅です。
IMG_6350

























函館本線は橋を渡り向こう側。なぜかというと。
IMG_6348

























手前のホームが岩内線のホームだったからです。こちらから岩内線がスタートしたのです。でも、今は線路もない。
IMG_6349

























この跨線橋を使っている人はいるのだろうか?1日の利用者は何人なのだろう?
IMG_6351

























次回は私の大好きな駅の一つである函館本線銀山駅を紹介します。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月2日木曜日、天気は曇り。しばらく雨は降らない予報です。

さて、寿都(すっつ)町の道の駅で車中泊し、その朝寿都湾にあるキャンプ場の寿都浜中野営場へ。
湾の向かい側に寿都町の市街地があり、私の一晩寝た道の駅があります。
といっても、寿都町の人口はおよそ2600に人で、高い建物はありませんね。漁業中心の町です。
IMG_6331

























風の強い町として知られ、冬には波の華が出るほどの強い西風がありますが、この日はほとんどなく海も凪状態。北東方向は岩内町方面で遠くに見える地は積丹(しゃこたん)半島
IMG_6332

























ズームすると、残雪のある高い山々が見えています。一番高い山で余別岳(1297.7m)、となりは積丹岳(1255.4m)。
IMG_6333

























風の強い地だからか、風力発電のプロペラがいくつもあります。強風を利用して風力発電をしている場所は、主に日本海側に多く、さらに北へ向かえば向かうほどよく見かける風景です。
IMG_6334

























テントを張っている人たちや、キャンピングカーで来て車中泊している人も。
IMG_6335

























で、岩内町の雷電岬へ。ニセコアンヌプリ(1308m)から続くニセコ連峰の西の端、雷電山(1211m)から険しい山並みが海へと落ちる地です。
IMG_6336

























その先っちょにあるのが刀掛岩で、弁慶の伝説がある地です。巨人だった弁慶の巨大な刀を掛けた場所というらしいが・・・。この辺りは義経・弁慶伝説が多い。
例えば、寿都町には弁慶像もあるし、この山側には弁慶の薪積岩があります。
IMG_6337

























ニセコ町の文学者で小説家の有島武郎の文学碑もありますね。
IMG_6338

























 で、次回は岩内町の隣町の共和町へ向かい、かつての国鉄岩内線の駅跡を探ります。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

7月1日火曜日、天気は今日も晴れ。今日から今年の後半がスタートします。もう半分が過ぎたのですね。サッカーワールドカップは残念ですが、日本はブラジルに後半ロスタイムで逆転負け。午前2時からテレビの前で応援していて、1点を得た時は「これは勝てるぞ!」と思ったけど、ブラジルは強い。なかなか決勝トーナメントでは勝てないですね。また4年後に期待しますか!自分の生きている間に日本は優勝できるのかな?

さて、せたな町瀬棚区の日本海沿いに北上し、廃校跡を探します。ここは島歌小学校跡。
IMG_6320

























立派な校舎と体育館があるけど、実は今から18年前の2008年、ここの22歳の臨時職員が学校経費を着服して、その発覚を恐れて事務職員(24歳女性)を殺害した事件があったのです。函館地裁の判決は懲役26年。着服金額は21万円でした。
IMG_6321

























「風雪百年」の石碑がありますが、創立は1884年(明治17年)、2012年(平成24年)3月31日に閉校となりました。だから、百年記念の碑は1984年(昭和59年)に建てられたのです。
IMG_6322

























さらに北上しせたな町の最北端にある集落である須築(すっき)地区へ。ここにも廃校跡があります。
百基昇揚」の石碑が残る須築小学校跡。
IMG_6323

























狭いグランドは草ぼうぼう。閉校となって何十年も経つのでしょう。1997年7月に休校となり、2001年(平成13年)に正式に閉校となりました。だから29年も前にグランドは使われていないのです。
IMG_6324

























草が茂る中に校門があります。
IMG_6326

























瀬棚町町立須築小学校とあります。合併する前の瀬棚町です。今は北桧山町、大成町と合併してせたな町になっていますからね。
IMG_6325

























通ぢて、この須築集落には「日本1標高の高い灯台=茂津多(もった)灯台」があるのです。須築集落から看板を頼りに細い一車線の簡易舗装された山道を走ること15分ほど。所々は砂利道で、ここはヒグマの多い狩場山(1519.9m)の険しい断崖絶壁の地です。
IMG_6327

























1937年に建設され、灯台の一番てっぺんは標高290mもありますので、ここは標高270mほどでしょうか?
IMG_6328

























細い道があることが分かりますね。駐車場は広く10台ほどが停めれますが、ここへやって来る人はほとんどいません。やはりクマが怖いのです。自分も車のクラクションを何度も鳴らして来たのですから。
それと、行動中はホイッスルを吹き、クマ鈴を鳴らし、もちろん熊スプレーをリュックのポケットに入れて動いています。
IMG_6329

























日本海は霞んでいて、遠くはハッキリとは見えず。
IMG_6330

























 ということで、久しぶりに訪れた茂津多灯台でした。
この日は後志(しりべし)地方へ入り、島牧村を通過して寿都(すっつ)町の道の駅で車中泊したのでした。次回は、寿都町、岩内町、共和町へ行き、旧国鉄岩内線の跡を探ります。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

6月30日火曜日、天気は晴れ。今週は晴れの日が続く予報で、やっぱり梅雨のない北海道は良いなぁ!とつくづく思います。本州では大雨で地盤が弱りあちこちで被害が出ていて心配が事が多いですが、6月の北海道は花の季節で、ラベンダーや芝桜、バラなど各地で満開!

さて、ここはせたな町北桧山区太櫓地区にあるハム・ソーセージなどを生産する食肉加工品工房施設の「サッカムセタナイ」。営業日は金曜日と土曜日だけで、時間は午前10時から17時まで。多くはネット販売しているようです。ミニレストランもあり、自分はホットドックとリンゴジュースを注文。
IMG_6311

























日本海がとってもきれい!遠くの雪を頂く山は狩場山で1500m級の道南最高峰の山。ここは国道から少し山へ入った地。
IMG_6312

























下には、町の施設か宿泊出来る建物ですが閉鎖中で、残念。こんな素敵なロケーションの地で勿体ない!売り込み次第では、人も来るはず!と思うのですが。
IMG_6313

























で、せたな町瀬棚区へやって来ました。せたな町は瀬棚町と北桧山町、大成町が2005年に合併して出来た町。
IMG_6314

























かつて国鉄瀬棚線が走っていました。全長48.4㎞、1932年11月1日全通し民営化される前の1987年3月16日に廃止。全11駅でした。ここは終点の瀬棚駅の跡地。太平洋から日本海まで走っていた路線だったのです。
IMG_6315

























そして、ここは公園化されています。日本初の女医さん、女性のドクター誕生の地なのです。
IMG_6316

























荻野吟子(おぎのぎんこ)さんという方で、江戸時代末期の1851年に現在の埼玉県熊谷市で生まれました。様々な困難を克服して1885年(明治18年)34歳の時に医術開業試験に合格、日本で最初の公認女性医師となったお方です。
IMG_6317

























彼女は1897年(明治30年)から10年間瀬棚町で「荻野医院」を開業し、地域医療に貢献したのです。交通の便が悪いのは今も同じですが、当時は車もない中遠方まで往診に駆けつけ地域の人々の健康を支えたのです。
IMG_6318 

























そんな日本初の女医さんである荻野吟子さんの像がここにあるのは、如何に彼女がここで貢献したか!を物語る公園であることが分かります。

次回は瀬棚町の廃校となった小学校跡地を探ります。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

6月29日月曜日、天気は晴れで最高気温は23℃と暖かい初夏の1日でした。今夜は早く寝て深夜午前2時に起きる予定です。それはサッカーの日本VSブラジル戦を見たいから。果たして、日本が勝利することが出来るのか?今から楽しみです。
もっとも、このblogの読者の皆さんがこれを読むときには、もう結果が出ているので日本が勝利したのかどうか?はお分かりでしょう。

さて、春の旅の5月21日はせたな町大成区の道の駅で車中泊。国道沿いに面しているけど、夜間はほとんど交通量はなく閑静で、しかも駐車場にまでフリーWi-Fiが来ているので助かります。
その大成区の北に位置する「日本1危険な神社」へ行くために、太田集落へ来ています。
日本海には、奥尻島が見えています。その距離はおよそ20数㎞。
IMG_6292

























断崖絶壁が続く海岸線は、かつては陸の孤島と呼ばれた太田集落。今では何本もの長大トンネル(長いものでは4㎞近くあるものも)によって海岸線に道が切り開かれています。
IMG_6293

























左には昔の灯台があります。かつては油を燃やして、沖合を通る船に知らせたのでしょう。
IMG_6294

























ズームすると、日本1危険な神社として今では有名になった太田山神社の鳥居が見えます。
IMG_6295

























その少し北側に太田集落があり、高い台にはかつて太田小学校があったのです。集落はおよそ30軒ほどの民家がありますが、空き家も多く住民は何人暮らしているのか?
IMG_6296

























山の上にあるのが太田山神社ですが、こちらは太田神社。村社になっていますね。
IMG_6297

























危険な神社は海岸から急坂を登山しておよそ1時間。写真に見える断崖絶壁の斜面にあります。その工程は、ロープを伝わり急階段をおよそ200段登り、けもの道のような登山道を歩き、最後はもっと危険な橋を渡り鎖を直角にクライミングするのです!それについては最後に写真がありますので、どうぞご覧あれ!
IMG_6298

























室町時代に早くも信仰されていたと云います。
IMG_6299

























松前藩主の祖である武田信広のお墨付きで、江戸時代には円空もやって来てます。
IMG_6300

























江戸時代には二人の旅人も来ていて、詩も詠んでいますね。
IMG_6301

























一人は菅江真澄
IMG_6302

























もう一人は松浦武四郎
IMG_6303

























参道の入り口へやって来ました。これが噂の急階段。斜度は40度とか。階段のステップもわずか20㎝ほどで、降りる時はロープを掴まなくてはいけない。登るときだって怖いからロープにしがみついて登りますからね。
IMG_6304

























自分は、20歳代の時に1回、60歳代の時に1回、登頂しているので今回はパス。おそらく、もう登ることはないでしょうね。
IMG_6305

























登山口にある写真です。これをズームして紹介して終わることにします。
IMG_6306

























最後はこの怖い橋を渡ります。下は断崖絶壁で落ちたらひとたまりもありません。
IMG_6307

























そして、この鎖を登ります。上に洞窟があって、そこに本尊が祀られているのです。
IMG_6308

























これが洞窟から撮影したもの。下は崖です。
IMG_6309

























沖合に奥尻島が見えていますね。
IMG_6310

























 ということで、70歳代では体力もないし危険な場所に行く気力もないので登頂は止めたのです。
今はYouTubeでも見れるので、興味のあるお方はどうぞご覧になってください。

次回はせたな町の北桧山区太櫓(ふとろ)にある、若者が起業したある食肉工房とレストランへ行きます。海がとってもきれいでした。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

にほんブログ村 ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。

↑このページのトップヘ