函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2013年02月

 昨日に引き続いて日本最北端への旅 本日も快晴なり!
今日は稚内から宗谷岬まで、今までのブログの最高記録、写真18枚を一挙公開!
ここは看板にも書いてあるように「ノシャップ岬」だが、漢字では野寒布岬。アイヌ語で
「ノッ・シャム」 あごのように突き出て、波が砕けるところ、という意味です。
利尻島・礼文島を望む岬で、夕暮れ時は感動的な光景となります。
遠くの丘は宗谷丘陵、氷河期時代の地形です。

8  北海道バイクツーリング 055



















 サロベツ原野からの道道106号線は秘境駅でもある抜海(ばっかい)駅のある
抜海集落から道道254号線へと変わる。その道の最北端がノシャプ岬。
しかし、日本最北端ではない。市街地を挟み東にある宗谷岬が最北端だ。

8  北海道バイクツーリング 056



















 日本の灯台50選の一つ、もちろん日本最北端の灯台、稚内灯台だ。

8  北海道バイクツーリング 057



















 稚内市立ノシャプ寒流水族館と稚内市立青少年科学館が見える。
稚内市の年間平均気温は7℃。最北端に位置するが、冬は道東と違い、暖流
(対馬海流)の影響から比較的温暖である。過去の最低気温もマイナス19.4℃
(1944年1月30日)でマイナス20℃を越えてはいない。帯広、北見、旭川の内陸部と
比較しても冬は10℃以上は暖かい!(?)

8  北海道バイクツーリング 058



















 キャンプ場のうえ、丘陵地帯へ登る。宗谷丘陵に関しては後ほど書きます。
遠くに海上自衛隊のレーダードームが見える。その先は日本海。きっと北朝鮮・
ロシア・中国に向けているんだろうな。

 稚内の名は、もちろんアイヌ語からで、「ヤムワッカナイ」 冷たい水の流れる沢
という意味である。
 松前藩が宗谷場所を開設した江戸時代初期以降、港湾として恵まれた地理条件を
備え、良質な魚場に恵まれて漁業の町として発展してきた。

8  北海道バイクツーリング 059



















 北の方角を見る。霞んでいるためにサハリンは見えない。サハリンのサハリンクリリオン岬
までは43kmの距離、空気が冷たい冬ならばはっきり見えるのだが・・・。

 江戸時代中期以後、国防上の北の要として重視され、明治時代・日露戦争後
(1905年)には樺太(サハリン)航路が開かれた。大正時代には鉄道も建設され、
最北端の駅として旭川から伸びる宗谷本線が開通し、旭川以北最大の都市となった。
が、戦後はサハリン航路は廃止、漁業も衰退人口も減少の一途をたどっている。

8  北海道バイクツーリング 060



















 東の方角を見ると、稚内市街地が見える。ここは標高200m付近。 
1975年には55,000人を越えていたが、1990年5万人を切り、2008年には
4万人を切り、2013年2月現在では3万7000人となっている。人口減少に歯止めが
かからず、非常に深刻な状況であり、2002年には過疎地域の適用を受けている。
函館だって、心配だ。ピークは34万人いたのに、今は27万人、10年で7万人も減少
した。10年後には20万人を切ることが予想されたいる。

8  北海道バイクツーリング 061



















 遠くに今まで走って来たサロベツ原野が見える。南の方角だ。  

8  北海道バイクツーリング 062



















周りを海で囲まれているため夏は暑くはならないが、それでも過去の最高気温は
30℃を越えている。1946年8月22日、終戦から1年後 31.3℃を記録している。

8  北海道バイクツーリング 063



















 キャンプ場のある稚内公園にはエゾヤマザクラが植えられており、開花は
5月中旬から下旬、日本で一番最後に開花する。
1年を通して強い風の吹く町で、市内には74基の風車が建設され、風力発電が
行われている。これにより、市内で消費する電力の8割をまかなっている。

 朝、ツユで濡れるのが嫌なので東屋にテントを張る。キャンパーが多くない時は
屋根のある場所にテントを張る。雨が降った時など屋根のついた炊事場に張った
こともあるし、最悪はトイレの入り口に張ったこともあった。こんな時はまさにサイテー
みじめな気持になるが、一度寝てしまえば気にしない、気にしない!

8  北海道バイクツーリング 065



















 木の下の芝生に張ってもいいけどね!

8  北海道バイクツーリング 066



















 ここは北防波堤ドーム 稚内港にある大型の防波堤で、高さ14m、長さは
なんと427m 古代ギリシア建築をほうふつをさせる70本のエンタシス状の列柱群
は斬新な印象を与えている。時にはここで映画、テレビドラマのロケが行われている 
のも分かる。桟橋と駅を結ぶための乗り換え通路として1931年(昭和5年)から5年間
かけて建設された。北海道遺産になっている。

8  北海道バイクツーリング 067



















 桟橋とは、1923年(大正12年)北海道と樺太を結ぶ鉄道連絡船(稚泊連絡船)
のために建設された。泊とは現ロシア連邦共和国のサハリン島のコルサコフ(旧 
大泊オオドマリ)のこと。利用する乗客のために、国鉄は稚内駅からドームの手前
まで線路を延長し、雨に濡れず、波をかぶらずにドーム内を歩いて連絡船に乗り込めたという。
現在は民間のハートランドフェリーがサハリンコルサコフと利尻・礼文をフェリーで結んでいる。

8  北海道バイクツーリング 068



















 遠くにテントを張っていた人がいた。以前に来た時はたくさんのキャンパーがいた。
1970年代、利尻・礼文の離島ブームの時はここの桟橋から乗り込むので、船を待つ
旅人、乗りきれない人などであふれていた、という。いわゆるカニ族の時代だ。
ライダーはみつばち族と呼ばれていた。なぜかって?ブンブン、とうるさいから。
 この周辺に松坂大輔記念館のスタジアムがある。松坂の祖父が稚内出身、という理由
からだ。副港市場内の複合ショッピング・ビル内にある。
ところで、松坂大輔 メジャーリーグへ渡った元西部ライオンズのピッチャーって知ってる?

8  北海道バイクツーリング 069



















 国道40号線をさらに東へ、途中で国道238号線、別名宗谷国道を27km、走り、
ついに最北端へ到着した。朝8時ころなのにライダーも多く来ている。

8  北海道バイクツーリング 070



















 宗谷岬 北緯45度、東経142度
8  北海道バイクツーリング 071



















 間宮林蔵の碑。
間宮林蔵(1780~1844)とは・・・江戸時代後半、農民出身だが、幕府の下役人
となり、隠密(スパイ)および探検家となる。伊能忠敬から測量技術を教わり、
伊能に代わり当時未開の蝦夷地を測量、樺太・千島列島を20年以上にわたり
測量・調査し、地図を作製した。
樺太が島であることを発見、大陸との間に間宮海峡の名が残っている。
 
8  北海道バイクツーリング 072




















8  北海道バイクツーリング 073




















 というわけで、日本最北端の地に到達しました。やはり寒い!
ウインドブレーカーを着こまないとバイクは走れない。
 でも、函館から800km近く走ってたどり着いた嬉しさは格別です。やったぜ!

 明日は一路南へ!まだ見ぬ素敵な場所へと走ります。旅はさらに続きます!

 昨日に引き続き2009年にバイクで北海道一周をした時の記録をアップしていきます。

8  北海道バイクツーリング 044



















 天塩町の数少ない信号を海側に取り道道106号線を走る。しばらくは天塩川
を左に見ながら走り、やがて大きな橋を渡る。河口で見る天塩川は大きい。
さすがに日本第4位の長さの川だ、と思う。
間もなくして、オトンルイ風力発電所がある。一列に28基もの
風力発電のプロペラが並んでいる光景は驚きだ。

8  北海道バイクツーリング 045



















 ここサロベツ原野は23,000haの大湿原、ぐるり地平線の大パノラマが広がる。
大きな山はなく、小高い丘陵地帯が広がる。
8  北海道バイクツーリング 046



















 先の何もない道と違い道路の右側(山側)に電柱が立っている。風力発電を
しているわけだから、当然生産された電力を電線で引かなければいけないから
電柱・電線がある。ガードレールもある。
左側(海側)には歩道も設置されているが、ここを歩く歩行者っているの?
周囲には人家は全くないのだが・・・一応道路端を示す白線が引かれている。
交通量はほとんどない。ときおりライダーが通り過ぎるだけだ。

8  北海道バイクツーリング 047



















1年にたった1mmしか成長しない泥炭、そんなサロベツの歴史を見てみよう。

2万年前  大陸の一部だったサロベツは山の上から大量の土砂の流入と
       地盤の隆起により台地が形成された。さらに氷河期には海の後退
       により軟らかな土地は削られ大峡谷が出来た。
1万年前  温暖化による海面の上昇により第一次の湿原が形成された。
7000年前 海面の上昇は最大に達し、湿原は海面下となった。台地は大きな
       湖となった。
4000年前 砂丘の発達により、海水の流入が閉ざされ、現在の兜沼、ペンケ沼、
       パンケ沼などが残り、大湿原の誕生となった。

8  北海道バイクツーリング 048



















 海を隔てて遠くに利尻富士の別名を持つ利尻山(1721m)が見える。
島全体が成層火山(コニーデ型火山)で、海から突き出た富士山みたいだ。
牧草地のロールがこれまた絵になる。

8  北海道バイクツーリング 049



















 1974年(昭和49年)日本最北端の国立公園、利尻・礼文・サロベツ国立公園
は指定された。利尻島・礼文島の二つの離島、稚内の抜海(ばっかい)から稚咲内
(わかさかない)海岸、さらに豊富・幌延の1市2町にまたがるサロベツ原野を含んだ
広大な国立公園だ。

8  北海道バイクツーリング 050



















 この道の正式名称は「北海道道444号線稚咲内豊富停車場線」つまり
北海道内を走る一般道道である。ただ、ツーリング・マップルには道道106号線
と書かれている。444号線はウィキペディアから引用した。どちらが、正解だろうか?

 原野の中を道はまっすぐに伸びて行く。

8  北海道バイクツーリング 051



















北緯45度のモニュメントを越える。道路は、電柱はない、ガードレールもない。
道路標識もないし、もちろん信号もない。
海側も山側も牧草地、コンバインで刈り取られた牧草ロールが数えきれないほど
置かれ、乾燥させている。短い道北の夏を彩る風物詩だ。

8  北海道バイクツーリング 052



















 サリベツの名はアイヌ語の「サルオペツ」~アシの生える川 から来ている。
2005年ラムサール条約に登録、また国指定サロベツ鳥獣保護区(集団渡来地)
にもなっており、面積2,560haの全域が特別保護地区だ。

 ここで、いつものように問題。読みは?
 1 雄信内   2 敏音知   3 音標 
8  北海道バイクツーリング 053



















  1 おのっぷない  2 ぴんねしり   3 おとしべ 

 
時おり通り過ぎるライダーにピースサインを送る。彼らも返してくれる。
左手のVサインは北海道をツーリングするライダーの挨拶だ。
 なぜ左手かって?右手はスロットルを握っているため手を離すとスピードが落ちる。
左手はフロント・ブレーキのレバーなので離すことが出来るのだ。
ライダー同志がすれ違う時は左手で、右手はスピードを維持するために離せない。
ピースサインだけでなく、ガッツポーズを送る人もいる。敬礼ポーズの人もいる。
中には両手をバンザイしてくるライダーもいる。
 都会では誰一人も挨拶しないオートバイ乗りたちも、北海道のこんな絶景ツーリング
の道ではみんな喜んで挨拶してくれる。大きな声を出して通り過ぎて行くライダーに応える。
最高!エンジョイしてね! 」と

8  北海道バイクツーリング 054



















 今回はライダー憧れの地、日本の絶景ロード100選のno.1の
日本最北の道 サロベツ原野の一本道を紹介しました。
どうですか?走りたくなりましたか?ライダーでなくても絶対感動します!
明日はいよいよ日本最北端宗谷岬を目指して走ります!

 昨年夏、長崎県対馬と壱岐の離島へ旅した時の記録その5をアップします。

RIMG0591



















 ここは対馬市(以前の厳原(いづはら)市のこと、市町村合併により全島1市
の対馬市となった)の中心から歩いてすぐにある万松院(ばんしょういん)という名の
お寺である。対馬藩(最盛期は10万石あった)の藩主である宗(そう)家の菩提寺だ。
菩提寺(ぼだいじ)とは先祖代々の位牌を納めてある寺のこと。

RIMG0592



















 下に見えるのは、本堂奥の間に安置されている徳川歴代将軍の位牌である。
なぜ、江戸にあるはずの将軍の位牌がここにあるのか?それは12回に渡り
朝鮮使節団が対馬にやって来た時に、対馬藩が幕府に代わり国事行為を行う
ために設けたからだ。1645年に位牌を置いたが、一つは家康、もう一つは2代目
秀忠で、後には3代家光以後の歴代将軍の位牌を設置した。

 もっとも位牌は、家康を神とする東照宮が建立されて納められていたが、明治維新で
東照宮が廃止され、位牌は撤去されここ万松院へ移された。
高さ98.5cm。金箔の輝きは当時の日本と朝鮮の外交交渉の質の高さがうかがわれる。

RIMG0593



















三具足(みつぐそく)。それは右の鶴と亀を合わせたろうそく台、狛犬で装飾された
香炉、左にあるのが細かい彫刻のある花瓶の三つである。
現在1組だけが残されており、当時の見事な朝鮮工芸であることが分かる。
 
朝鮮国王が藩主の死に際し、墓前にこの聖堂の三具足をそえ、それが今残っている。
「朝鮮国王より寄贈の三具足です」と書かれている。
RIMG0594



















 万松院の正面。1615年、20代目の宗義成(よしなり)が、父の義智(よしとも)
の菩提寺として創建した寺を1622年に万松院と名を改めたことでその名がある。

RIMG0595



















  朝鮮と日本は古代から交易が盛んに行われていたが、豊臣秀吉の二度に渡る
朝鮮侵略(1592年の文禄の役・1597年慶長の役)により国交が途絶えた。

 家康の江戸幕府は、国交を回復しようとして対馬藩を仲立ちにし交渉を重ね、
1607年朝鮮国王は日本に使節を派遣した。これが朝鮮通信使の始まりである。
だから対馬藩の果たした役割は大きいことが分かる。

RIMG0602



















昔の面影をとどめる建物としては、対馬最古の建物である山門の左右にある仁王尊

RIMG0604



















 対馬藩は朝鮮の釜山に倭館(日本人館)を構え、ここで使節団を歓迎し、
江戸までのすべての道のり(往路・復路とも)を警護・案内した。
これが1811年までの約200年間に12回繰り返された。
 通信使一行は総勢400人から500人にも及び、学者・画家・医者・文人などもおり、
文化交流を始め学問、海外情報聴取が盛んに行われた。

RIMG0603



















 御霊屋(おたまや)は境内にあるお墓群で、石灯籠の坂道を登ると宗家10万石
の貫禄十分な、壮大なお墓がたくさんある。
代々の藩主のお墓、夫人たちの墓、側室、子供たちの墓まである。

RIMG0599



















石灯籠が並ぶ山の斜面に作られた坂道の脇にお墓が建てられている。

RIMG0600





















RIMG0597



















万松院の大杉 以前墓地や長い参道の坂道には20余りの大きな杉の木があった。
が、相次ぐ台風の襲来もあって倒れたり、傷んで枯れたりして今は3本だけが
残っているに過ぎない。
それでもこの杉、幹周りは5m、高さは35mあり、1966年県指定の天然記念物とされた。

RIMG0598




















というわけで、今回は対馬の歴史を少しだけ学習しました。37度の暑さの中
滅多に北海道からは訪問できない場所なので精力的に歩いて周りました。
対馬・壱岐の旅はまだまだ続きます。また近いうちにアップします。

 昨日に引き続き、バイク旅さらに北へ!

ここはホロピリ湖。朝から霧の世界が続く。朝ガスっているとテントを畳むのが大変だ。
テントの外側に水滴がついて濡れ、重くなるし、かさばるし、手は汚れるしでイヤになる。
 やっぱり天気のいい日は朝から気持も晴れ晴れし、良いスタートが切れるよね。

8  北海道バイクツーリング 032



















 キャンプ場のある沼田町から約50kmほどの達布(たっぷ)峠(220m)を越える。
道道867号線の終点、留萌郡小平(おびら)町達布で右へ、道道126号線を東へ。
 ここは小平ダム。奥に見えるのは、道内最長900mの湖上橋の「滝見大橋」だ。

8  北海道バイクツーリング 033



















 湖の名はおびらしべ湖、ダムの堤の下には公園が造られている。
ここもキャンプが出来るので、次来る機会があれば是非キャンプしたい。

8  北海道バイクツーリング 034



















 ダムの下はこのようにきれいに整地されており、ゆったりと遊ぶことが出来る。
といっても、ここを知っている人はほとんどいないせいか、誰もいなかった。
もっとも、朝8時ころだったからか?
 主要幹線国道を走るよりも、三ケタ国道を、と前に書いたが、さらに道道、市町村道、
林道と辺ぴな道をを走るのが好きだ。秘境、辺境大好き人間です。

8  北海道バイクツーリング 035



















 芝生がきれいに刈られていてキャンプすると寝心地は良さそう・・・
駐車場、トイレ、水道も完備。

8  北海道バイクツーリング 036



















 おびらしべ湖と書いたが、ここの川の名は小平蘂(おびらしべ)川。読めないよね。
北海道はアイヌ語に漢字で当て字をして地名を作ったため、ホントに読みにくい
ところがある。札幌、長万部、倶知安などはメジャーだけど超マイナーの地名は
地理のプロフェッショナルの私でも知らないところがたくさんある。前回の花畔(ばんなぐろ)
など全く読めない。
 湖から15kmで霧平峠へ、5kmほど下ると国道239号線に出る。ここは霧立国道という。
左へ曲がる。
30kmほどガソリンスタンドが一つもない国道は高速ワインデイング・ロードだ。

8  北海道バイクツーリング 037



















 日本海に出ると、国道232号線、天売(てうり)国道を北上する。苫前(とままえ)町、
羽幌(はぼろ)町、初山別(しょさんべつ)村、遠別(えんべつ)町へ快調に道を進めた。
遠別町の中心街で国道と別れる。海岸線の開拓農道の町道である浜更岸線を走る。

8  北海道バイクツーリング 038



















  ここは北緯45度50分付近。
 「思えば遠くへ来たもんだ。」・・・このフレーズ覚えている人はいますか?
武田鉄也主演の映画の題名です。テレビドラマだったかも知れないが、
映画もドラマもそれぞれ秋田県角館と長野県高遠が舞台だった。
その時の印象がとっても良くて、働き始めてから旅して訪ねた。どちらも小さな城下町、
小京都と呼ばれている町だけあって、雰囲気がとても和やか、やわらかな町だった。
 知らない町を訪ねてみたい!旅の魅力の一つですね。
雪深く寒さ厳しい今こそ、暖かい土地を旅したい!  今、心から自転車に乗りたい!!

8  北海道バイクツーリング 039



















 この道は遠別漁港から天塩郡天塩町の更岸までの町道で、日本海の面した
道路、行きかう車はほとんどない。道路の山側は広大な牧草地が広がっている。
 冷涼な気候のため、米の栽培は出来ない。米の生産の北限は旭川の上川盆地
周辺、最近は温暖化で少しは北上しているものの、北緯45度の海岸線は無理だ。
だからか、酪農を行うための牧場・牧草地が目に付く。道東、根室地方もそうだった。
道東バイク旅でも紹介したけれど、道南と違って稲穂の写真は一枚もなかったでしょう。

8  北海道バイクツーリング 040



















 晴れてはいたが、残念ながら水平線の向こうに利尻山(1721m)は見えなかった。
それでも透き通るような海、キレイそのもの、ゴミ一つ落ちていない美しい海岸線だ。
しばらくの間心地よい海風を受けながら走る。ここだったらランニングもサイクリングも
いいね!

8  北海道バイクツーリング 041



















 さきほどから気付いていますか?道路には電柱もない、ガードレールもない。
舗装された道路にはセンターラインだけが・・・雪の多い地方にある道路の端を
示す表示も道路標識すらない。対向車すら来ない。思わずハミングしたくなる。

8  北海道バイクツーリング 042



















 長さでは日本第4位、石狩川に次ぎ、12km短いだけの256kmの天塩川の
河口の町、天塩町に着いた。ここは河口のすぐそば、鏡沼海浜公園。キャンプ場にも
なっており、一泊200円のライダーハウスもある。相部屋と聞くと女性ライダーは
嫌がるけど、最近は男女別に部屋を用意しており、安心して宿泊出来る。 
奥の建物は「てしお温泉夕映」で温泉に浸かれる。近くにはコンビニもある。
道内どこでもある、地方に行けば行くほどあるセイコーマートだ。 

8  北海道バイクツーリング 043



















 というわけで、今日は、北緯45度のほんの少し手前まで来たところでおしまい。
日中はさすがに暑く、ウインドブレーカーは脱ぎ、Tシャツ一枚で走った。
ここまでは晴天の日が続いている。この先も良い天気でありますように・・・

 今日からは、しばらくの間4年前の夏 オートバイで旅した記録をアップしていきます。
コースは道央・道北・道東とほぼ北海道を時計回りに一周する旅です。
 時計周りは、日本を旅する時にメリットがあります。なぜかって?
 日本は左側通行、時計周りだと海側を走りますね。海のそばを走ることは、それだけ
海側の景観を楽しめる、ということ。逆時計周りだと山側を走り、海を見るとどうしても
対向車が気になるよね。
 時計周りだと海岸線をじっくりと見れるし、写真を撮るのも気にせずに駐車出来るので、
撮影が楽、対向車に邪魔されないよね。何よりも海風を受けながら走行できるのが気に入っている。
 だから、ほとんどの場合時計周りでバイク旅している。

8  北海道バイクツーリング 021



















 いきなり、小樽の街を見下ろす。標高470mの毛無峠から
ここまでのコースは倶知安までは国道5号線。長万部からは交通量はほとんどない。
倶知安からは右へ曲がり、国道363号線へと道を変える。
 2008年に完成したばかりの赤井川村への峠道だ。ほとんど車は通らない。
 三ケタ国道は交通量は少ないし、景色もきれい。思わぬ発見もあり、遠回りしてでも
利用している。
急がば回れ・・・距離は短い幹線国道よりも、のんびり走れる三ケタ国道をお薦めします。

8  北海道バイクツーリング 022



















きれいに芝が植えられたラグビー場が見えた。こんなところでプレー出来るって幸せだ。

8  北海道バイクツーリング 023



















 展望台からは、小樽市街地が一望できる。夜景がきれいそうだけど、それは
また次の機会に。
8  北海道バイクツーリング 024



















 国道5号線に戻り、混雑する小樽市街を10kmほど走り、銭函駅の手前を左へ、
国道337号線に入る。しばらくは海水浴客の車が多く、渋滞している。この日も30度
を越える暑さで、おたるドリームビ-チなど有名な海水浴場が続くからだ。石狩川の支流
である茨戸川(ばらとがわ)の手前、花畔(何と読むでしょうか?答えは下に)から
左へ曲がり、国道231号線へ入る。間もなく長ーい橋を渡る。日本第3位の長さ石狩川だ。
長さでは 1位 信濃川 367km  2位利根川 322km   3位 石狩川 268km
 私が高校生の時までは日本2位だったのに、その後は蛇行した河川の直線化が
行われ、100km近く短縮された結果3位となった。
流域面積では 1位 利根川  16,840km2     2位 石狩川  14,330km2
                          3位 信濃川  11,900km2    

8  北海道バイクツーリング 025



















 花畔は「ばんなぐろ」と読みます。難しい、とても読めない。
ここは国道231号線 石狩国道石狩市の厚田付近だ。海を挟んで雄冬岬方向が
見える。昔は、厚田町、浜益村だったのが、市町村合併により広大な石狩市へとなった。

8  北海道バイクツーリング 026



















 厚田から浜益へ。雄冬岬を越えると、留萌振興局(管内)の増毛郡増毛町
へと入る。ましけは読めますね。では途中通過した次の地名は?
 1 濃昼   2 送毛   3 信砂

 下の写真の山は黄金山(740m) 高山植物が豊富、希少生物の宝庫で、
入山が規制されています。富士山に似た成層火山(コニーデ型火山)です。

8  北海道バイクツーリング 027



















 (答え  1 ごきぶる   2 おくりげ   3  ぬぷしゃ)
 左端に雄冬岬が見える。1981年(昭和56年)幾つものトンネルが掘削されて開通した。
 ここは北海道三大秘岬の一つだ。他の二つは、一つはブログでも紹介した室蘭の地球岬、
もう一つは根室の落石岬だ。
 岬には暑寒別岳(しょかんべつだけ)(1491m)からの伏流水が出ている。
 雄冬冷清水というが、何と、1808年の「西蝦夷地日記」にも記述されている歴史ある場所だ。
1856年蝦夷地開拓で江戸時代の「冒険家」(当時はそんな職業はなかった)の
松浦武四郎(私のブログでは何度も登場していますね)がここを越えた記録が残っている。
 キャンプサイト、トイレも完備している。

8  北海道バイクツーリング 028



















 増毛から留萌市へ、国道233号線へと道を変え内陸部へ入る。
JR留萌本線幌糠(ほろぬか)駅付近から道道549号線へ変え、恵比島(えびしま)
峠(100m)を越える。恵比島駅を左へ、道道867号線で幌新(ほろしん)温泉へ、
そこでお風呂に浸かった。500円也。入浴し、ツーリングの汗を洗い流した後は、
本日の寝どころへまっしぐら。
コース選択は別にバイクにナビを付けているわけではない。すべて地図本の「ツーリング・マップル」
昭文社 北海道編は1600円、をよく読んで利用している。地図を読むのは私の特技のひとつ。
地図は読むもの、見るものではない。地図から光景を想像する。
だから地図は楽しい!地図を読むと夢が広がる。夢は大きく広がる。

8  北海道バイクツーリング 030



















 ここは以前来た時も宿泊した。芝生のキャンプサイトで夜は閑静だし、無料だ。
夜は花火大会が行われ、丘の上からきれいな花火を見た。
椅子、テーブルが備わっている。
8  北海道バイクツーリング 031



















 というわけで、初日は空知の沼田町の田島公園にてキャンプ。
見ての通り、街中の公園。でも町はここをキャンプ場に指定しており、誰でもが
利用できる。もっともこの夜利用していたのは私ひとりだけだったけど・・・
朝起きるとガスの中、さっさと朝食を済ませ、さらに北へ!
続きはまた明日!!



  対馬初日、宿泊は対馬の南部にある民宿「美女塚山荘」に泊まった。

RIMG0579



















 美女塚・・・とは
 その昔、村には鶴という名の、大変美しく賢い親思いの娘がいた。
その評判ははるか都にまで届いたそうだ。それゆえ当時の役人は、鶴を
宮中の女官として召し出すように、親に命令した。
 父はすでに亡く、母は「天子様の下で働くならば」と断れない。
愛する母と一緒に暮らしたい、愛する村を離れたくない、そんな鶴が村を出る時
鶴は村人たちに「私のような、辛く不幸な思いは、これから誰にもさせたく
ありません!この村から美人が生まれませんように!」と叫んで、舌を噛み
自ら命を絶った。

 以来村の娘たちは、顔を目立たぬように手ぬぐいで隠し、ハギレを縫い合わせて
みすぼらしい衣服を身にまとうようになった、という。

そんな伝説がここにはある。超美人に生まれたばっかりに、悲しい人生が待っているとは・・・
美人薄命、だれですか?私のこと、と思っている方います?

10ページ以上の美女塚に関する項目を300字前後にまとめるのは大変でした。
でも、ここは美人の多いところだったそうだ。今は、昔美人の産地。だって、ほとんどが
高齢者なのだから・・・島はどこでもそうかも知れないけれど。もっとも自分だって
その枠内に近づいているのだから、人ごとではない。

RIMG0580



















 夜明けの海岸です。ゴミがたくさんある。韓国、北朝鮮、中国からの漂流物だ。
プラスチック類のゴミにはハングル文字や漢字が書かれている。 

RIMG0581



















 朝、5時30分、まだ日の出が来ない。東経129度の対馬に対し、函館は東経141度
だから12度も違う。15度で1時間違うので、函館よりは1時間近く日の出が遅いのだ。
360÷24=15 なのでお分かりでしょう。
地球360度を24時間で割る。15度で1時間。
沖縄の石垣島は東経124度、函館とは17度も西に位置している。時期にもよるが
同じ日本でも、夏は西と南は特に日の出が遅くなる。

RIMG0582



















 断崖絶壁の上にある心細い遊歩道を歩く。

RIMG0583



















 釜山からたくさんの釣り人がここ対馬にやって来る。
ここは日本海のど真ん中、対馬海流は東シナ海から
日本海へ入るのに、この島で北と南に分断されて流れる。
だからここは、船で沖合に出て釣りをするのと変わらないほどだ。
 特に北は朝鮮海峡(西水道)といい、人口400万人の韓国第二の都会である
釜山から50kmもない。釣り道具を持ち、日帰り、または一泊二日でフェリー
を利用して簡単に隣の島へやって来れるのだ。
そこで言われるのが、韓国人の釣り人のマナーの悪さ。


RIMG0584



















 そんな彼らはゴミを捨てる。危険な崖を降りて戻れなくなる。撒き餌をまいて
周囲を散らかす。後片付けをしない。横柄な態度。
人口3万人の対馬の人々に対して年間50万人以上の韓国人、彼らのマナーの
悪さはyou tube にも出ている。対馬の人たちは何回もそう話していた。

 でも、一部の人だけだと信じます。
前に韓国(プサン)に行った時は、ほとんどの人たちはフレンドリーであり、親切に
対応してくれました。韓国には悪い印象は持っていないだけに、一部の人のマナーの
悪さで全体がそう思われるのは、とても悲しいことです。

RIMG0585



















 漁船が通りかかった。岩場がある難所を上手に通り過ぎて行く。

RIMG0587



















 海は本当にきれいだ。気温が高く、朝でも25度はある。遠くの景色は霞んでいる。
冬ならば、韓国を望むことが出来る、と地元の人々は話してくれた。
RIMG0588



















こんな絶壁でも下に降りる道があるという。釣り人たちは命懸けだ。 

RIMG0589



















 港へ行ってみた。山の国、対馬がお解りでしょう。平野部はほとんどない。
岸壁から海を覗いて見たら、小魚がうようよ、たまに大きな魚が泳いでいる。

RIMG0590



















 これは釣り人にはたまらない。安全に、岸壁から釣竿を出すだけでバンバン
釣れるという。次に来る時は絶対に釣り道具は持参したい!
素人でもその気にさせる海だ。誰でも釣れそう・・・かな?

 昨年のことですが、室蘭を訪れ室蘭名物カレーラーメンを
老舗「味の大王」で食べた、この記事は以前のブログに載せましたが、
今回はその時の旅の写真を紹介したいと思います。
RIMG1058



















 東室蘭駅から分かれる形の支線、駅は3駅しかない。輪西、母恋、そして
終着駅の室蘭駅だ。さすがに有人駅、中に入ると駅員さんは二人いたが、
客は数名しかいなかった。駅前の駐車場には客待ちのタクシーが10数台、
運転手は客が来ず、手持ちぶたさに時間をつぶしていた。
 駅前の市民生協の駐車場に車を止め、周辺を歩いた。最大の目的は
「味の大王」でカレーラーメンを食べることであったが、人口激減の元中心部を
歩いて観察したかった。
 窓ガラスが割れ放しの無人のビル、シャッターが降りて久しい商店、駅前でも
人通りがない。不安になった。わが町函館でも起こりうることだと・・・
10年後の2023年には函館市の人口は20万人を切ることが予想されているのだ。
ましてや、新幹線新函館駅が出来るとほとんど素通りするのでは?
と心配する。


RIMG1060



















 ここは白鳥大橋を渡り降りたところにある道の駅。ここの駐車場で宿泊した。
道の駅の2階は白鳥大橋(はくちょうおおはし)に関する展示室となっており、
この全長1380mの巨大な吊り橋のことがよく理解できる。
自動車専用道で、東日本最大の吊り橋である。
 名前の云われは室蘭湾の別名が白鳥湾から来ている。

RIMG1061



















 最盛期人口は20万人近くまで行った。1970年で162,059人。
今は10万人を割り、92,862人。
かつては「鉄の町」として道内最大の工業都市であった。新日鉄や日本鋼管など
日本を代表する重工業の街だった。函館ドックもここに造船所を構えていた。
知ってますか?函館ドックは1970年代まで東京証券所一部上場企業であったことを。


RIMG1062



















 測量山(199,63m)わずかに27cm足りずに200mを切っているが、半島部
では最大の山だ。夜景がきれいだが、この日は風が強くここまで来るのに躊躇
(ちゅうちょ)し、見れずじまい。次の機会に夜景の写真をお見せしましょう。


RIMG1063



















  北東の方向を写した。この室蘭湾には1854年アメリカ東インド艦隊司令長官の
ペリーが来航している。箱館に来て、その後に寄ったみたいだ。

 室蘭の云われは「モ・ルエラル」アイヌ語で「ちいさな坂道の降りたところ」という意味。
明治時代にはモルランと呼ばれていたそうだ。


RIMG1064



















 測量山から北西方向を見ると、白鳥大橋が遠くに見える。
この写真を見ると、平野部が極端に少ないことが分かる。


RIMG1065



















今度は西の方向を見る。谷沿いに街が形成されている。


RIMG1066



















東を見る。やはり小さな山に囲まれた室蘭の街が分かる。


RIMG1067



















  名前の云われは、1872年(明治5年)札幌への道路を造る時、アメリカ人
ワーフィルド(陸地測量道路築造長)がこの山に登り、道路建設の見当を付けた。
最初は、「見当山」の名だったが、後に「測量山」と改めて今に至っている。
 

RIMG1068



















 南の方向を見る。下に室蘭清水丘高校が小さな山に囲まれている。
グランドはきっと斜面を削って造成したはずだ。


RIMG1070



















 そして地球岬へ。測量山から車で20分くらいか?日曜日だけど観光客は
一人もいなかった。


RIMG1071



















 風は強く、写真を撮るだけでも大変だった。
名前の云われはアイヌ語の「ポロケチウエ」から来ていて、意味は二つあって、
一つは断崖絶壁、もう一つは大いに秘するところ、だそうだ。
江戸時代には探検家 松浦武四郎の訪れている。

RIMG1072



















 晴天無風ならこんな風な写真が撮れたのに。噴火湾の向こうに渡島半島が
はっきりと望める。
 が、立ってるだけでもきつい風、今にも降りだしそうな空模様。だから、実際には
こんな写真しか撮れなかった。


RIMG1073



















 断崖絶壁の上に白亜の灯台がそびえ立つ。ここは灯台マニア(旅をしていると、
全国の灯台を訪ね歩く旅人がいる。)のno.1人気だ。

RIMG1074



















 地球岬は灯台が1920年に建設されるため道路が完成、知られるようになった。
以前は下の写真のように、険しい崖が連なる危険な場所だったことが分かる。

RIMG1075



















晴れていれば、この方向に駒ケ岳(1131m)、恵山(618m)が見えるはずだが、
残念ながら曇天の中で全く見えず。
それでも、水平線は少しは丸く見えますか?
RIMG1076



















 駐車場の公衆電話BOXまで地球の形をしていた。これ、どうやって入るのだろうか?


RIMG1077



















 地球岬を降りると、JRの駅、母恋駅だ。ぼこい、と読みます。母の日には
入場券が良く売れるそうです。


RIMG1078



















そして、市内最大の駅である東室蘭駅。長万部から岩見沢までの室蘭本線の
中心的駅であるし、市内の中心部に位置している。


RIMG1079



















 といっても駅の周辺の人通りはまばらで、さみしい雰囲気。駅前に駐車が
堂々と出来る。もちろん駐車料金など必要ない。


RIMG1080



















 東室蘭駅を後にして、伊達方向に走らすと、白鳥大橋を望む展望台があった。
今にも降りだしそうな天気だったけれど、遠くに橋が見えた。右端の一番高い山が
測量山、200mの山だ。工業都市らしく工場の煙突が目に付く。

 室蘭市長に33歳の青山氏が当選し、頑張っているようだ。若さに期待し、再び
活気を取り戻すことを祈りたい!
 

 道東のバイク旅もついに今回で完結編、残りの写真をすべて一挙公開し、
道東の秘境を紹介して行きます。
  
 最初に映る湖はコムケ湖。名は聞いたことがあるでしょう?
昨年旭川の旭山動物園から逃亡(?)したフラミンゴがしばらく停滞していた
ところです。かなり長いこと滞在していたので、よっぽど栄養の良いところ
なんでしょうね。実際湖の栄養はとても良い。詳細はこの後で。
059




















 場所はオホーツク管内(昔の網走管内)、もっとも管内という言葉も古く、
今では振興局という言葉を使用しています。
 日本3位の湖のサロマ湖の北、紋別市(人口25、000人)の北東に位置している。
名前はこの湖の北西端に三日月状に曲がった部分があり、これをアイヌ語で
「コムケ・トー」と呼ばれていたことに由来します。小向沼(こむけぬま)ともいう。
060



















オホーツク海沿いに3つの湖が水路で繋がっている。サロマ湖、網走湖、能取湖
などこの地域でよく見られるタイプである。直線的な砂州によって、海と隔てられた
海跡湖だ。かつては海との出入り口を持たず、融雪期には砂州が決壊して湖の水が
あふれ出したり、逆に8月になると砂が押し寄せることで再び閉じたりを繰り返していた。
1977年から始まった漁場開発事業によって完全な出入り口が掘削された。

砂地の向こうに見えるのはオホーツク海。歩いて行ってみた。夏なので水温は
ぬるく、海水浴が出来そうだが、誰も泳いでいる人はいなかった。
観光客だって一人もいない。
061



















 湖ではヌマガレイが漁獲されるほか、カキの養殖もおこなわれている。
流入する川はオンネコムケナイ川。
062



















  面積はわずかに5.81km2、最大水深は3.8m、平均水深は1.2m、透明度は1.4m
富栄養湖ゆえ、透明度がかなり低い。濁っている、ということだ。面積も縦横2.4km
ほどでしかない。もっとも深いところで3.8m、平均の深さは1.2mだからプール並みだ。
ほとんどで足が着く。おまけに濁っていて1.4mしか見えない、という湖である。
でも、浅いからほとんど底まで見える。水草が発達し、栄養は豊かである。

063



















 だからか、鳥類の飛来が多く、それで旭山動物園のフラミンゴが逃げてきたのかな?
食べることに困らなければ、ずっーと居座るよね。

 鳥類はシギ、チドリ類が多く、特にアカエリヒレアシシギがよく見られる。
渡り鳥ではオオハクチョウ、ヒドリガモなどのガン・カモ類の飛来地であり、野鳥の豊富な
湖だ。冬季にはオジロワシ、オオワシなどの猛禽類も見られる。
アザラシの出産期には、親とはぐれた子が湖に入り込み、保護されたこともある。

065



















 上と下の2枚は隣の湖のシブノツナイ湖。コムケ湖の南東側に位置するが、
ほとんど知られていない湖である。コムケ湖を知っていても、シブノツナイ湖?
って地理の先生でも知っている人は皆無に近いのでは?
コムケ湖から砂地の道を1kmは走らなければいけない。オフロード・バイクだから
行けるが車では砂に取られて、危険ではなかろうか?

  面積はわずかに2.6km2の小さな湖で、まったく観光化はされておらず、訪れる人
もいない。道路標識や駐車場すらない。おまけに道は途中で行き止まりになっている。
 冬季全面凍結し、ワカサギ釣りの名所になっているが、凍結した湖上は
車のテストコースになる。冬季限定でブレーキテストが実施されたいる。

066




















 オホーツク海を北上、紋別市、興部(昨日クイズで出したおこっぺ)、雄武
(おうむ と読みます)、宗谷管内の枝幸(えさし)を通り過ぎ、内陸部へ、
上川管内の中川町に入る。さらに北上し、宗谷管内天塩郡幌延町へ、
町のはずれ、集落十数軒のここは宗谷本線の問寒別(といかんべつ)駅。
見ての通り、客車1両を待合室にしている。ここにも鉄ちゃんのノートがあり、
この駅内に泊った人がいる。結構駅を訪ね歩く旅人がいるんだな、と思った。
自分もその一人だけど・・・
さらに一つ北の糠南(ぬかなん)駅へ  そこは・・・

067



















 広い牧草地と原野の大地、遠くに牧場を営む人の家一軒、ホームは簡素な
板きれ、待合室は物置・・・まさにここは秘境駅
ランキングでも全国16位という高位置につけたまさに the 秘境 にふさわしい場所だ。
一つ前の問寒別駅でも裏寂れたところなのに、ここはホームに立つと何もない。 
 
068



















 写真を見てもお分かりでしょう。

この日は南に下って上川の音威子府町、さて何と読むでしょうか? 答えは下に

069



















 おといねっぷ  と読む。ソバが美味しいところ。ソバが生産されるということは、
米も取れない冷涼な気候だ。今夜は地元天塩川温泉のキャンプ場に宿泊します。


070



















 今回の道東バイク旅はこれで完全終了、後はゆっくりと南下して函館まで
帰るが、それは別の機会に道北、道央、道南編で取り上げます。
道東編はこれにておしまい。see   you    tomorrow !

 昨日に引き続き2011年夏北海道東部を中心に旅した記録をアップします。
 今回は国立公園釧路湿原と根室の広大な原野を紹介します。
 釧路湿原、鶴居村のキャンプ場は朝起きたらガスってました。
バイクで移動。30分ほどで展望台へ到着。

046



















 歩いて20分ほどかかる展望台へ登り、写してみたが、御覧のように一面
ガスの中、晴れていれば遠くまで見渡せるのになあ!

 釧路湿原とは?
釧路平野に位置する日本最大の湿原で、面積は18,290haあり、
湿原の中を釧路川が大きく蛇行しながら流れている。

047


















 
釧路湿原の自然保護は、1935年(昭和10年)8月27日に
釧路丹頂鶴繁殖地として2700haが国の天然記念物に指定されたことに始まる。
1958年(昭和33年)11月1日国指定 鳥獣保護区(希少鳥獣生息地)へ
1967年(昭和42年)6月22日天然保護区域へ
1980年(昭和55年)ラムサール条約登録地へ
1987年(昭和62年)湿原周辺を含む26,861haが国立公園に指定された。
048



















 いつ湿原が出来たのか?
10000年前 氷河期 海水面が低下し、陸地化していた。
 6000年前 温暖化し、海水面が2~3m上昇し、海となり浅い大きな湾を形成
        していた。
 4000年前 気温低下し、現在の海岸線が形成された。湿原では湾口部に砂州が
        形成され、水はけの悪い沼沢地になった。
 3000年前 この沼沢地に生い茂ったヨシやスゲが冷涼多湿の気候の下で
        泥炭化して現在の湿原になった。
  というわけで、日本最大の湿原、釧路湿原が形成された歴史がお分かりいただけましたか。
道内ではこのほかサロベツ原野、霧多布(キリタップ)湿原も同じ経緯で形成された。

 JR根室本線、釧路からは花咲線と名を変える、そんなローカル線の上尾幌駅。
秘境駅ではないが、周辺には小さな集落が形成されていたが、天候から見て分かる
ように寂しい感じがする。
049



















 釧路と網走を結ぶ釧網(せんもう)線の標茶(しべちゃ)駅です。
しべちゃ・・・なんて読めますか? ここは有人駅です。

問題です。
1 弟子屈    2 訓子府    3 興部  は何と読みますか?(答えは下に)
050



















 答え  (1 てしかが   2 くんねっぷ   3 おこっぺ )

 釧路から1時間30分ほど、この標茶駅からは30分ほど、晴れていれば
斜里岳(1547m)を始め、道東の山々など地平線360度見渡せる雄大な
眺めの展望台があるのが多和平(たわだいら)だ。
051



















標高70m~220mの丘陵地で冬季は厳寒、マイナス30度にもなる寒さ。
夏でも冷涼、20度を越えることはそう多くはない。
そんな場所が根室管内川上郡標茶町にある多和平だ。
ここのキャッチフレーズは 地平線の見える大牧場
052



















標茶町育成牧場があり、1279haの傾斜放牧地と404haの採集地の広さ。
夏には約3000頭、冬には約1800頭の乳牛が放牧され、飼育されている。
さらに数100頭のサフォーク種の羊も放牧されている。
牧草地の肥料まきが、ヘリコプターで2日半もかかるという、日本1の広さの
町営牧場だ。

 展望台の下に見える建物はレストハウスで標茶町の特産品を展示・販売
している。ここで買って、飲んだヨーグルトは最高に美味しかった。
また、摩周湖の伏流水が出ており、飲むことが出来る。冷たくておいしい。
053



















そして、ここは開陽台(かいようだい)。根室管内標津郡中標津町にある。
町の中心部から約15km、標高271mの小高い丘のてっぺんに展望台がある。
視界は330度、地平線が丸く見える。晴れた日には砂嘴(さし)で有名な野付半島
や遠く国後(くなしり)島まで見える。

054



















北海道を旅するツーリング・ライダーのメッカ・聖地としてライダーの間には広く
知られている。
 それは1982年に発表された佐々木 譲のツーリング小説「振りかえれば地平線」
に登場したことで、有名になった。

下の写真は中標津中心街方向を望む。(南東方向)
055



















二階建ての展望台は、入場無料。1階には「ハイジの家」という軽食・土産物の
店が入っており、乳製品を始め美味しい食品がある。
特に、多和平もそうだったが、ミルク、チーズ、ヨーグルトなどは本当においしい!
056



















展望台から武佐岳を望むが、頂上はガスっていて見えない。残念。
前回来た時はここにキャンプしたが、このときは禁止されていた。なぜか?
熊が何度も出て、「熊出没中、危険  キャンプ禁止」の表示があった。

058



















 宿泊したのは、毎回道東を旅している時に利用する、サロマ湖の計呂地
(けろち)ライダーハウス。以前の国鉄の駅を改造して正面左側に見える
「駅長の家」に泊った。宿泊料は500円也。畳敷きの10畳間くらいの部屋
に雑魚寝、相部屋、寝袋と下に敷くキャンプ用マットは持参。
シャワーもあり、3分100円で利用できる。管理人のおじさんがとても親切で
道内をツーリングするライダーには大人気の宿泊施設だ。
徒歩旅行者や自転車旅行者(チャリダー)、オートバイで旅するライダーが
格安で宿泊できるところがライダーハウスである。
情報交換が出来るし、ライダー同士でコミュニケーション出来る場所でもある。

また、次に続きます。お楽しみに!

 先日紹介したラグビートップリーグ ヤマハ発動機キャプテンの笠原雄太、私の甥っ子です、が2月19日(火)の函館新聞に掲載されていました。
image

ちなみに私の次男のプロレスラー、カツオの昨年12月の興行のポスター載せました。
今年は6月14日を予定しています!
場所は昨年と同じ亀田福祉センターです。
ご来場お待ちしています!
image

カツオ プロデュース    みちのくプロレス主催  6.14プロレス大会
お楽しみに

 対馬初日、前回は椎根の石屋根を見ましたね。
RIMG0562



















ここには5、6軒の石屋根があるが、現在は人の住居にはなっておらず、主に
倉庫として利用している。
RIMG0564



















 しばらくすると、韓国人観光客のバスが到着した。対馬は釜山からわずかに
50kmしか離れておらず、しかも釜山はソウルに次ぐ人口400万人の大都市
夏はたくさんの観光客がやって来る。
 
RIMG0563



















 しかも彼らは、中国人もそうだが所構わず大きな声で話す。写真の向こうに
見えるのが彼らだ。対馬の人たちにとってはお金を落としてくれるのは嬉しい
けど、マナーは悪いみたいだ。例えば、レンタカー、借りて事故るケースが多い。
なぜなら韓国は右側通行、対馬は交通量は少ないが、慣れない右ハンドルで
事故を起こす事が、特に夏のシーズンに多いという。


RIMG0559



















稲穂が夏の強い日差しの下ですくすく育っている。但し、この光景は対馬では
珍しい。山間部がほとんどの対馬では米を栽培できる平野部は限られている。
ここ椎根はその数少ない一つ。
 だから米のほとんどは本土から送られてきたものだそうだ。

それにしても暑い! 太陽が真上にある昼さなかだからか、地元の人は
全く歩いていない。歩いているのは観光客だけ。
RIMG0561



















 あまりの暑さに日陰に避難。
夏の旅の必需品①白いつばのある帽子②水に浸してクールになるスカーフ 
 ③うちわ  ④ハーフパンツにメッシュの明るい色のTシャツなど
RIMG0558



















日なたと日陰では気温は3度から5度は違うのでは?
しばらく休むことにした。

対馬は長崎県に属する第6位の島、周囲には100以上の属島が存在する。
九州からは132km、逆に朝鮮半島からは49.5kmの距離だ。
形は南北82km、東西18kmと細長い。人口は2010年で34000人余り。
RIMG0548



















ここは上見坂展望台、標高600mほどの場所にあって、遠くの山々を見通せる。
古戦場の跡があり、日露戦争に備えた砲台跡もある。
伝説によれば、今から1000年ほど前のこと、対馬を統治していたのは阿比留(あびる)
氏であったが、宗(そう)氏が豆酸(つつ)に上陸し、阿比留平太郎を倒して支配権を
奪った、その時の戦いがここで行われたそうだ。
RIMG0547



















遠くリアス式海岸が見えている。入江が複雑なのがわかる。

対馬は山ばかりなので隣の集落に行くのも大変だ。
ここには2週間ほど滞在してゆっくりと周りたい。
ではまた、続きは対馬・壱岐の旅 その4 

 旅は続くよ どこまでも!
2011年オートバイでの旅はさらに東へ 十勝から釧路・根室 日本最東端へ

 廃校巡りはここでも。十勝に入り太平洋側へ出る。人家が全くない原野に、
元学校があったことを証明する碑があった。
 
周囲の風景を見ても分かる通り、ここに学校があったなんて想像もつかない。
校門らしき石柱と小さな石碑があったので止まったけど、視界に入らなかったら
見過ごしていた。

040



















本当に何もないところだ。
学校の名前は十勝郡豊頃(とよころ)町立長節(ちょうぶし)小学校、調べるのに
苦労しました。メモを取らなかったため、写真を拡大して石碑に書いている字を読もうと
したら、今度は見えない。そこで、いろいろと時間をかけて調べました。

041



















 明治36年(1903年)に開校している。今から110年も前だ。
1903年というと、翌年の1904年は日露戦争が勃発している。
 廃校は昭和54年(1979年)、今から44年前。校舎もない、グランドは草ぼうぼう。
 廃校になって8年、卒業生が見かねてか昭和62年にこの記念碑を建てたのだろう。
人家がない、ということは農業・漁業離れから一人、二人と都会へ移り住み、そして
誰もいなくなった、からか?

 そしてしばらくして最寄りの駅へ、根室本線 帯広と釧路の中間にある厚内駅だ。

043




















  もちろんここも無人駅。周囲にはある程度の集落が形成されていた。
 ここも浦幌町。ここまでがオフロード・ライダー憧れの道、昆布刈石海岸の
ダート道だ。
オフロード・バイク(ダート専用)に乗っているライダーとしては嬉しい道だ。
044



















 釧路管内鶴居村へ、丹頂鶴のふるさとで有名なところだ。今日はここの
キャンプ場で宿泊。無料。川を挟んで向かい側、つまり写しているところに
温泉がある。つるつる温泉。ホントに肌がツルツルになった。
 
 鶴居村の名の由来は、もちろん特別天然記念物のタンチョウの生息地・
繁殖地から来ている。
この村は農業従事者一人当たりの平均年収額が全国1位であり、かつ一人
当たりの平均所得が日本1高い村でもある。

 人口2500人、人口密度はわずかに4.4人 / km2
国立公園 釧路湿原の真ん中に位置している。
観光と農業の村だが、村の特産品はチーズ。
045


















 
  ここはつるい村民の森グリーンパークという名のキャンプ場だ。
 
杉の木の下で、ツーリングで疲労した体を休める。洗濯ものも干している。
 温泉にも入り、洗濯もした。あとはのんびりと夕飯作り。

このテントはアルペンで買った2人用、やはり2人用でないとゆったり出来ない。
スペースに余裕を持ったテントでないとね。

バイクの旅はこのあとさらに続きます。明日はもっと東へ!

大野道場 そのスピリット
来るもの拒まず  去るもの追わず

この30年近く心身共に鍛えたい若者を受け入れ
ストレッチ、筋トレ、ランニング、スイミング、
登山などして受け入れて来た。
  
 そして今、最後の門下生が毎日鍛えている。
D大に進学し、自分の夢を叶えようとトレーニングしているK君だ。
 顔写真は出せないので、私がモデル
見たくないと思いますが、こんなトレーニングをしています。
image

体操のウォーミングアップとストレッチで25分
腹筋20回×3セット   背筋20回×3セット
その後
image

バランスボールを使用しての腕立て伏せ
20回×3セット  体幹を鍛えます。
いろいろやって
ベンチプレス  70kgから始めてこれは
80kg×10回 そして85,90へと上げて行きます。
image

これはレッグプレス 下半身強化のトレーニング
120kg×20回×3セット
image

得意な種目はこれ
image

ローラーを使用して全身を伸ばす。腹筋中心に体全体の筋肉を鍛えます。

というわけで計2時間ほどトレーニングしています。
お見苦しい姿をお見せしました。


 2年前の夏、マイバイク  ヤマハセロー225cc で北海道東部への旅を
した時の記録です。 最初の写真は北豊津駅。

020 



















   ここは秘境駅の一つ。
 秘境駅とは?
 鉄道マニアの牛山隆信さんが、全国のJRのみならず私鉄も含めてすべての
駅を訪問し、いかに秘境なところに駅が存在するかを独自の基準でランキングした
秘境駅ランキングを作りネットの載せています。1位は前に紹介した小幌駅、
ここは22位。過去北海道新聞に秘境駅特集で載ったことがあります。
 前回ブログで登場した道南の駅、東山駅は25位、姫川駅は44位と、さすがに
北海道は秘境駅が多い。

旅してると、こんなところにも旅のテーマがある。
こんな(失礼!)駅で乗る人いるの?降りてどこ行くの?と首を傾げたくなる駅ばっかり
全国の秘境駅にはそんなところがたくさんあります。

017




















 ここは函館本線長万部駅の2つ南側に位置する。
国道5号線から脇道の砂利道を入らなければいけない。周囲には人家がまばらに
あってもすべて空き家。
 昔、鉱山があって当時は賑わっていたため国鉄の駅が造られたが、今は利用者は
いるのだろうか?待合室のノートには鉄ちゃんたちが多数メモしていた。
宿泊した人もいる。夏、青春18切符を利用して秘境駅を訪問するのだろう。自分は
鉄ちゃんではないけど、道内、全国の秘境駅は訪ねてみたい。

 牛山隆信氏は「秘境駅へ行こう」・「すごい駅」・写真集「秘境駅」など多数著書があり、
北豊津駅のコメントは「人家1軒、元信号所、付近は無人の原野、国道まで未舗装」と
書かれている。

  *ネット「秘境駅ランキング」参照
026



















   ここでキャンプした。200円也。歩いて3分の静内温泉に行く。
 が、休みだった。汗をかいた体を洗い流したかった・・・残念

 
さわやかな朝を迎えた翌日6時に出発、さらに進路を東へ

028




















029



















 さらに隣の春立(はるたち)駅へ、たまたま数少ない列車が到着した。
朝早くに部活だろうか、高校生が列車に乗るためにプラットホームに立って
待っていた。一人だけの乗客。


ディーゼル機関車がやってきた。もちろん電化はしていない。1両のみ。

031



















<私が行きたい秘境駅は、九州南部 鹿児島県・宮崎県・熊本県を結ぶ肥薩線
の駅だ。秘境にはないが、木造駅舎人気no.1嘉例川(かれいがわ)駅。それと山閒部
の秘境駅 矢岳(やたけ)駅・大畑(おこば)駅・真幸(まさき)駅の三つは肥薩線
でも林道をかなり走らなければたどり着けない。

 それと岡山県、因美(いんび)線津山市の美作滝尾(みまさかたきお)駅。
ここは映画「男はつらいよ」ご存じ寅さんの最後の作品48作目「寅次郎 紅の花」の
冒頭のシーンに登場する駅だ。48作目は震災後の神戸が舞台だ。そして遺作でもある。
寅さんがうたた寝をしながら夢を見ていて、目を覚ます、その場所が美作滝尾駅だ。

 車寅次郎演じる渥美 清さんはこの作品を撮影後、8カ月後に亡くなった。
そこは是非訪問したい場所のリストのベスト10の一つだ。

1位はどこだって?それは秘密です。多分今年上半期までに、「ぼうけんの旅」で訪ねて
ブログで紹介出来るでしょう。すごいところですよ!
032



















沿線の日高線のほとんどの駅は無人駅だ。
033 



















馬の放牧場が目立つ。上の写真のようなサラブレット養成の牧場がたくさんある。
国道236号線、通称野塚街道。道内最大の野塚トンネル(4232m)を越える。

もっともこの時は最大だった、と確信していた。ところが、2011年2月2日
国道336号線のえりも黄金トンネル(4941m)が開通し、道内2位となった。
それにしても5km近いトンネルなんて、自転車だったら怖くて、怖くて通りたくないな。
035



















天馬街道の名でも知られる。長ーいトンネルを抜けると、そこは十勝
039
 
 

















8月でもひまわり畑。ただ今まで良い天気が続いてたが、どんよりした曇り空
が心配だ。今夜は大丈夫だろうか?
 今日はここまで、続きはまた後ほど!この旅さらに続きます。


 ブログを始めたのが2月9日(土)、その日の内容は旅の記録 1ページ
として昨年夏の対馬の旅の触りだけで終わっていた。
 なにせ初めてのブログ作りに悪戦苦闘して3時間は費やした。
今は慣れてきて毎日のブログの更新が楽しみです。

 今日からはしばらくの間、このブログを最初に始めた対馬・壱岐の旅の続編
の詳細を綴っていきたいと思う。

 まずは出発地の千歳空港から
RIMG0520



















 ここは国際線、国内線とは連絡通路でつながっているが、100m以上はあるかな?

RIMG0521




















 国際線は朝9時ころだったので閑散としていた。
国際線は10路線、年間利用者は約100万人とのこと
LCC格安航空会社は4社が乗り入れている。

RIMG0522




















  一方、国内線は朝から賑わっていた。それもそのはず、千歳空港の年間利用者は
約1800万人、成田、羽田に次いで国内第3位だ。国内30路線を持ち、千歳ー羽田間
はJAL・ANA・AD(エアドゥー)・SKY(スカイマークエアライン)の4社が競合しており、単一路線の
年間乗降客は1000万人を越え、世界1を誇っている。

 3000m×2本の滑走路を持つ、国内では数少ない黒字空港である。
RIMG0523




















 国内線のターミナルは4階建て、地下1階にJR新千歳駅がある。
札幌からは45km、快速エアーポートで36分、1040円
土産物売り場には、なんと温泉まであった。「万葉の湯」1500円もする。
値段を見て、温泉に入る気がなくなってしまった。

 なおこの新ターミナルは2010年3月26日から使用されているが、冬の
降雪を利用して、面積100m×200m 高さ8mの雪山を造り、夏の冷房
に活用しているというからエコな空港でもある。これによって2100トンの
二酸化炭素CO2を削減している。

RIMG0524




















 飲食店もたくさんあるし、1時間以上ターミナル内を歩いたが、あきることがない。
映画館もある。ロイズのチョコレートのミニ博物館もある。

 千歳発11:25  JAL3510便  福岡空港着13:45   皆さん知っていますか?
札幌から福岡へは、福岡から札幌へより時間がかかる、ということを。
東から西へ行く時は上空を流れる偏西風の影響で時間が余計にかかるのです。
逆に西から東へは少ない時間で行けます。ヨーロッパへ行くのも同じですね。
日本上空10000mは常に西風が吹いています。


 福岡空港から太宰府の九州国立博物館へ、国立博物館は東京・京都・奈良とここ
福岡の4ヶ所しかありません。

RIMG0526



















 入場料は420円  160m×80mの長方形のかまぼこ型。屋根の一番高いところは36m
サッカー場がらくらく一面すっぽり入るほどの広さの建物の中にたくさんの展示物がある。
 特別展示室では、翌日訪れる対馬藩藩主の宗家(そうけ)の特集をしていた。

RIMG0529




















 大宰府(だざいふ)政庁を復元したミニチュアです。

RIMG0528





















RIMG0531




















 続いて大宰府政庁跡地へ行った。

RIMG0537




















 ここは九州全体を治める役所があったところ、7世紀の後半から奈良時代・
平安時代を通じて九州を治め、一つは日本の西の守りとして防衛を果たした。
もう一つは外国との交渉の窓口として重要な役割を果たした。
 
 今は、当時を偲ばせる立派な礎石が残り、そこを中心に門、回廊などが
復元され、公園となっている。

RIMG0534





















RIMG0539




















 大宰府といえば、菅原道真が有名だ。10世紀平安時代、醍醐天皇の時
時の権力者藤原時平が対立する菅原道真を平安京から大宰府へ左遷した。
摂政・関白として藤原氏が権力を独占していた時だ。
 930年平安京の内裏に雷が落ち、道真の左遷に協力した貴族が死亡した。
これは道真のたたりと恐れられた。以上は日本史の教科書に書かれている
ことなので、賢い皆さんはご存知ですよね!
RIMG0540





















 というわけで、8月3日を終了、翌日はフェリーで3時間、海を渡り対馬へ向かいます。
夜は、久しぶりに博多ラーメンを食べた。福岡は10数年ぶりに訪問、やっぱり大きな
町だ。人口は140万人を越え、九州では一番大きな都市だ。
 旅の記録をどんどん載せていきます。今は過去の旅を振り返り、思い出しながら
ブログにアップしています。
明日からもよろしくお願い致します!!

↑このページのトップヘ