函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2013年02月

 2008年(平成17年)に200周年を迎えた伊達市の善光寺
江戸時代11代将軍の徳川家斉が蝦夷地を幕府直轄地とした時
蝦夷の三官寺を建立した。
様似の等澍寺、厚岸の国泰寺とここ昔有珠と呼ばれた伊達市の善光寺だ。

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蝦夷地に仏教を広めることを目的に建立された。

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そもそも伊達市の名の云われは仙台藩一門の亘理(わたり)伊達家から来ている。
戊辰戦争で敗北し、領地を失い北海道へ、9回にわたり2700人の家臣がここ伊達
の開発に注いだ、という。

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ここは旧伊達邸の迎賓館。和洋折衷の建物、無料、ボランティアの方が案内する。
近くには殿様の子孫が住んでらっしゃる、とのこと。



 箱館と名乗っていた頃は幕末の1860年代
1869年5月には戊辰戦争最後の戦い箱館・五稜郭の戦いがあった。
土方歳三は残念ながら市街戦で鉄砲にあたり倒れた。33歳(旧暦、数え)。
その場所は

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 市内若松町の総合福祉センターの一角、ここに土方歳三最後の碑がある。
 訪ねたこの日、写真を撮っていたら観光バスが到着、高齢の方々の一行が
降りてきた。大半の人はガイドさんの説明を聞いてすぐにバスに戻ったが、
一人だけ長い間手を合わせていた人がいた。

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 「観光客ですか?」と尋ねられたので、「いいえ、地元の人間です」
 もっと話したそうな顔をしていたが、バスの時間を気にしてすぐに戻った。
きっと、土方について聞きたかったのかな?


 実は、坂本竜馬の養子(姉の子)の坂本直(なお)は新政府側の一員として
箱館へ来ており、参戦していた。
 土佐藩は薩摩・長州と組んでいるから。
龍馬自身も蝦夷地と呼ばれた北海道へは渡りたかった。が、時代が許さなかった。
そこで、私は彼龍馬に会いに行くことにした。

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十字街に立っている龍馬。
北海道坂本龍馬記念館がある。144年前二人の人生がここ箱館でクロスしていた。

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1869年5月二人の接点となった場所がここだ。

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 箱館奉行所  蝦夷共和国の拠点、榎本武揚が総裁に選ばれた、
幻のいわば大統領官邸だ。

 龍馬は1年半前の1867年11月京都・近江屋で暗殺されたが、甥の直は叔父の
龍馬を慕い養子となってここ箱館にやって来た。

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 土方歳三と坂本龍馬 この二人を追って日野、京都、高知へ旅をしなくちゃ!
だから歴史はおもしろい!この旅はこれから始まる!


土方歳三  1835年5月31日生まれ     1869年6月20日死亡
坂本竜馬  1836年1月 3日生まれ     1867年12月10日死亡

いずれも西暦表記、江戸時代は旧暦なので歴史書とは違うが、同年生まれだ。
(龍馬は早生まれだが)、ともに30代早々に殺害された。 34歳と31歳。






祝日の今日 早起きして近くの湯倉神社へ
長い間住んでいたのに全然知らなかったことがあった。
温泉があることは1617年から、というのは覚えていた。松前藩主が利用していた。 
170年ほど前の箱館.五稜郭の戦いで榎本武揚や土方歳三らが傷を癒すために温泉に入っていたとは

リスペクトしている土方歳三も浸かった湯の川温泉、今度入る時は思い出そう!
土方と同じ湯に入っていることを!!

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10月末の土曜・日曜の連休、朝は晴天。
今回は①伊達の歴史を学ぶ ②室蘭・白鳥大橋を渡る ③地球岬を見る
をテーマに車を走らせた。自転車を積まなかったのは、正解だった。
それは土曜の午後から曇り空へ変わり、肌寒くなる。日曜の午後からは
雨が降りだし、やがて土砂降りとなった。
ヤッパリ雨男だ! 昔から大野と行くといつも雨に降られる、と言われたものだ。

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長万部町の静狩駅。国道36号線から離れ、行き止まりの集落静狩にあるJR
の駅だ。ここの東隣の駅が秘境駅no.1の小幌駅だ。いつかは行ってみたいと
思っている。駅への道はない。もちろん車では行けない。山道すらない。
列車に乗らなくては行けない、まさに秘境の駅、全国no.1だ。

ここも無人駅だが木造の建物が素敵だ。
歩いて数分のところに静狩小学校があった。

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伊達の歴史に関してはまたその内に書きます。強い風で揺れる白鳥大橋
を渡り、室蘭市内へ。夜は室蘭駅から歩いて直ぐの「味の大王」本店へ
名物カレーラーメンを食べる。700円なり。
味は?まあ、美味しかったです。

夜は白鳥大橋の下、道の駅で車中泊、駐車場の隣に温泉があった。600円
は少し高いけど、温めて寝よう。

翌日強風の地球岬

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地球は丸い、を実感出来るかな?


 倶知安での帰り、ニセコを過ぎて、蘭越の駅に駐車し自転車を取り出す。
利別川に沿って快適なサイクリングロードがある。
が、下流に向かうのにいきなり登りの急坂 キツーい

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蘭越町立港小学校~2008年に20km離れた蘭越小学校に統合されて廃校となった。
校舎はまだまだ使用できるが、やはり子供が少なくなって維持できなくなったのだろう。
どこでもそうだが、過疎地ではどんどん廃校になっている。
学校は地域の文化センターも兼ねているんだけど、子供がいなくてはやっていけない。
うるさく感じる時もあるけど、子供がいると賑やかで活気があるよね。
旅してて、集落の中にこんな廃校と化した建物を見つけると悲しくなってしまう。

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蘭越町立名駒小学校、ここも2001年蘭越小学校に統合されて廃校になった。
校門の前にはこんな像もあった。

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 昨年8月、7年乗ったダイハツ・アトレーを手放し、4ナンバーのダイハツ・ハイゼットを買った。
前の車をかなり高く下取りしてくれたので、チャンスと思い購入したのだ。
 この車のいいところは序々に紹介していきたいが、まず商用車なので税金が安い、
二つ目には燃費がいい、1リットルあたり16km以上は走る。もちろん軽自動車なので
パワーはなく坂道ではトロトロしか登れないが、それは仕方がない。
第三には前にも書いたが、後部座席を取って平にすると広いフラットな面が出来る。
幅1.3m、長さ1.8mの人一人十分寝ることが出来るスペースを確保出来るからだ。
 4月からは収入がなくなるわけだから出来るだけ支出を抑えなくてはいけない。
早速最初の車中泊に出かけた。

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左側のダンボール箱に入っているのはキャンプ場で焚き火をするための木材や焚付である。
右側には愛車のクロスバイク・ブリヂストンアンカー、色が気に入っている。
後部座席を取っ払ったのでそこのスペースにキャンプ道具を積める。
寝袋・テント・イス・テーブル・鍋などを格納した。

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ここは江差町の北の乙部町。箱館戦争官軍上陸の地の碑があった。
つまり薩摩・長州を中心とする彼ら明治新政府軍により箱館・五稜郭の戦いが
1869年5月まで続き、土方歳三が戦死した。
地元ゆええぞ共和国宣言をした榎本武揚、土方歳三の肩を持ちたいので
この碑には複雑な心境だ。


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 乙部の海岸にはこんな地形がある。波打ち際の穴は波に削られたからか?
横に伸びる線は形成された時代を表している。上のぐにゃりと曲がっているのは
褶曲で、何か変化が(地震など)があったと思われる。

 この日は江差町の南の上の国町の夷王山キャンプ場で、この車で初めての車中泊
をした。ここは数少ない焚き火が出来るところだ。多くのキャンプ場は芝生を痛める
という理由で焚き火を禁止をしているけど、ここだけは大丈夫。焚き火台があるほど。

 昨年キャンプした時は満天の星空だった。北斗七星、オリオン座(深夜から早朝)、
カシオペア座を始め天の川がきれいに見えた。

 残念ながらこの日の夜は曇っていて星は見えなかった。夜半から雨が降りだし、
朝方はかなりの雨、テントを張っていた人たちもいたけど、大変だったのでは?
雨のテントほど厄介なものはない。何度もイヤな目にあった。
結局、朝食も取らず帰宅した。帰りの道も豪雨の中、神経を使い運転した。



 昨年10月は倶知安へ旅した。駅の裏かわに旭ヶ丘キャンプ場がある。
無料の上、景色も抜群、近くには温泉もある。
が、朝はさすがに冷え込んだ。気温は車の中でも3度C 冬用の羽毛の寝袋でも震えていた。

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この時の旅も廃校巡りともう一つ廃鉱探しもあった。羊蹄山の東麓京極町にあった
脇方鉱山、国鉄まで走っていた鉱山跡地を探しに走りました。


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1960年代に廃校になった脇方小中学校の記念碑。この奥に鉱山があったが
今は跡形もない。当時を偲ぶのは

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この記念碑だけだ。

この続きもまた後ほど・・・


 蝦夷富士の別名の羊蹄山(1896m)は形が美しい。

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 ここはほとんど知られていない場所だ。誰も来ない羊蹄山を望む最高の
ビューポイントを独り占め!


津軽海峡に面する大森浜へ散歩してきました。
最初は晴れていたのにあっという間にガスがかかって見えなくなった。
さあ、4月にはこの海を渡るぞ!
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 長く旅するのは金がかかる、と誰もが思うはず。
3大支出は①宿泊費 ②交通費 ③食費 この3つが大半を占める。
①の宿泊はホテルを利用すれば毎日数千円が出て行くので、ここを削らなければいけない。
そこで、安心して寝るためには、下の写真を

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つまり車中泊ということになる。右端に自転車を積んでいる。長さ1.8m、幅1.3m、高さ1.2m
の快適な空間があり、十分睡眠が取れる。もちろん耳栓は必要だけれどね。
窓は全てアルミマットを切って貼り付け、明かりを遮っている。

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 そして自転車での移動。この時は今金町、日本一の清流の後志利別(しりべしとしべつ)川
の河川敷をサイクリングした。
 ほとんど交通量のない快適な河川敷ロードでペダリングするってとっても気持ちがいい。 
 だから、旅には自転車が絶対必要!


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サイクリングしていて見つけたひとコマ、大平原にひまわり畑、いやされますね。

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場所は今金町神丘 インマヌエル教会の近く 


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一泊二日のこの時の旅の行き先はせたな町北桧山地区と今金町。
旅の目的は①廃校になった場所を探す ②明治以降、会津若松のの人たちの入植地をたどる
です。上の写真は1970年代に廃校になった小学校を古い地図から探そうと、車を走らせたのだが
全く痕跡もなかった。既に校舎は取り壊されてしまっては、どこにあったのかはわからない。
今は草原となった場所でパチリ。


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旧大成町、現在はせたな町大成地区若松。 明治維新で徹底的に破壊された会津藩の人々は
年中冷たい風が吹きまくる、米も生産されない下北半島へ移動させられ、斗南藩として冷遇された。
が、一部は蝦夷地へ渡り、ここ大成で原野を切り開き開拓していった歴史がある。



この旅の記録もまた近いうちに書いていきます。一人旅って( ・∀・) イイネ!





これがマイ自転車、車に積んで行きます。
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 初めてブログに書き始める、というよりパソコンそのものが苦手で果たして上手くいくかどうか?
とても心配な部分があるが、まずはやってみましょう、ということで始めました。
 昨年60歳を迎え、今年3月退職、長い間暖めていた「ぼうけんの旅」をスタート出来ることになった。
それまでも旅はしてきたが、時間に振り回されずにどこでも、いつでも自由に旅が出来ることに喜びでいっぱい!が今の心境です。
その旅を記録として、かつ私の足跡として残したく、このブログを始めます。
 といっても、旅は4月からスタートするので今は試運転として過去の旅の記録を載せることにしました。
このページは昨年8月九州は長崎県対馬と壱岐へ行った時の記録です。札幌→福岡→対馬→壱岐→福岡
→東京→函館と旅をしてきました。

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 これは昨年8月3日気温37度のクラクラするような暑さの中で九州へ旅した時のひとコマ、太宰府の国立博物館の前です。このあと対馬・壱岐へとフェリーで渡り、生の日本史を体験する。

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 福岡・博多港から高速フェリーで2時間ほどだったか、と記憶している。フェリーはそれほど揺れもせずに対馬・厳原港に到着した。さて、いよいよ元寇跡地へと行くが、自分の腕時計(カシオ・プロトレック)の気温は太陽の下ではなんと40度を振りっきってしまった。一体何度あるんだ?後に新聞では最高気温38度と書かれていたけど陽の当たるところはプラス5、6℃はあったと思う。熱ーい!

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  今は全島対馬市だが、市町村合併の前は厳原市だった。島の中心で九州側に面した(つまり島の東側)厳原から山越えして韓国に面した島の西側へ移動、集落の名は小茂田(こもだ)に元寇古戦場跡がある。
 元寇というと、1274年文永の役と1281年弘安の役の2回あるがいずれも神風が吹いて鎌倉幕府はモンゴル軍を撃退したということを学んだと思うが、実は対馬と壱岐はモンゴル軍により絶滅したことは知られていない。
 静かでのどかな小茂田浜だが、モンゴル軍はここに上陸し、対馬の人々を皆殺しにしたのだ。

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小茂田の近く椎根(しいね)には、日本ではここしか見られない石屋根倉庫があります。高床倉庫でこの中に食料、衣類などを格納したそうです。非常に珍しい建造物です。RIMG0555

台風や冬の強い風から守るために作ったが、屋根には何トンも石が積まれていて大丈夫なの?少し心配

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豆酸(つつ)という集落にある豆酸多久頭魂(つつたくずたま)神社の巨木。くすのきで幹周りは
7.29mと対馬では最大級。
この続きはまた近いうちに書きます。

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