函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2013年08月

いよいよ8月も今日が最終日。明日からは9月です。昨日は、ついにラグビートップリーグがスタートしました。日本のラグビーのトップチーム16が集い、日本1を決める2014年2月まで行われる戦いです。今年の記念すべき第1戦は、王者サントリー・サンゴリアスNTTコミュニケーションズ・シャイニングアークスが対戦、さすがに昨年無敗のサントリーが大勝しました。トップリーグ16チームの中に、函館出身者が3人もいますよ。一人は何度も紹介している笠原雄太(七飯高校から流通経済大学を経てヤマハ発動機・ジュビロ 186cm)。もう一人は菅原崇聖(たかとし、函館ラサール高校から同志社大学を経てキャノン・イーグルス 175cm)。そして今年、入団した萩澤正太(函館工業高校から流通経済大学を経てクボタ・スピアーズ)。以上3名います。笠原は私の甥ですし、息子のカツオの七飯高校ラグビー部の1年先輩。萩澤は私の3男とチームメイトで、フォワードのメンバーとして北海道大会決勝まで一緒に戦っています。187cmの恵まれた体格をしています。テレビで登場した時は是非応援お願いします。

さて、立待岬の続編です。

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与謝野寛と晶子夫妻が、相弟子であった石川啄木の死後、1931年(昭和6年)函館を訪れ、啄木の義弟である宮崎郁雨の案内で墓参。その時に詠んだ和歌2首が石板に彫り込まれて岬の丘の岩場にありました。

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函館山最南端の大鼻岬が見えますが、行くことは出来ません。険しい断崖絶壁が続き歩いて行くことは不可能、波打ち際を行くにしても波を被ってしまいます。一度ゴムボートで行こう、としましたが潮の流れが早く、もし行っていたら津軽海峡の沖合いに流されていたでしょうね。(冷や汗!

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左に見えるのが、地蔵山。立待岬から「七曲りコース」の登山道があり、地蔵山を経て函館山山頂(御殿山334m)へと続いています。右の山には砲台の跡があります。今は立ち入り禁止になっていますが、昔探検したことがあります。函館山のあちこちに砲台跡地があり、まさに津軽海峡を監視する要塞基地だったことが分かります。明治時代から、日露戦争時に「アジアのジブラルタル」を目指していたそうです。ジブラルタル海峡とは、ヨーロッパとアフリカのわずか17kmの間を指す国際海峡で、スペインの領土でありながらイギリスが所有しています。1815年のウイーン会議でナポレオンに勝利したイギリスが、フランスの同盟国であったスペインから奪い、今も返還せずに所有しています。当時ナポレオンの兄ジョゼフがスペイン国王をしていたからです。その時のスペイン人民は国王に抵抗しゲリラ戦をしますが、惨殺されます。その時の抵抗するスペイン人民を描いたのがゴヤの「1808年5月3日の虐殺」の絵です。1808年5月、マドリード占領中のフランス軍は、抵抗するスペイン人に対して残忍な報復を行ったのです。この絵には、同胞が処刑されるのを目の当たりにしたゴヤの怒りが込められています。世界史の図表によく掲載されていますので、ご存知の方も多いと思います。

国際海峡は、どこの国でも通過できる海峡のことで、21世紀の平和な時代の今も津軽海峡を、ロシア、中国、北朝鮮、もちろんアメリカも含めて、どんな船も、例えば軍艦、潜水艦も通過出来るのです。日本では他に宗谷海峡、対馬海峡など。世界では、先のジブラルタル海峡、マラッカ海峡、マゼラン海峡、ドーバー海峡などがありますね。

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こうやって見ると、函館の市街地は平坦ですね。もともと海だった場所に砂が押し寄せ、島だった函館山とつながった陸繋島ですからね。地盤は砂で、硬くはありません。人口の大半は標高30m以内で生活しています。よく観光ガイドブックに「函館は坂の多い町」と紹介されますが、それは函館山からの坂で、主に西部地区を指しており、町の大部分はこの写真を見てもお分かりのようにほぼ平坦です。

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というわけで、今日はラグビーとゴヤの絵で盛り上がりましたね。明日は碧血碑へ行きます。このあと、さらにキツイ坂を登ります。
それでは、また、明日♪ 

昨日の函館の最高気温は24,7℃。最低気温は14,0℃で、当然窓は閉めて寝ました。今までは日中の暑さもあってか、夜も20℃前後で窓を開けて寝ていましたが、さすがに15℃を切ると涼しくて窓を締め切り、タオルケット1枚ではなく薄い肌掛け布団で寝ることに。ちなみに昨日の東京の最高気温は32,6℃。最低気温は25,0℃。真夏日で、しかも函館の最高気温を越える最低気温です。気温の差ははっきりしていますね。函館の夜に関しては、もう秋です。湿度もカラッとしていて湿度計は今朝は54%を示していました。太陽が出ている昼は暑いですけどね。

さて、函館における啄木の足跡を訪ねての第2弾。いよいよ、立待岬へ向かいます。

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市電の終点、谷地頭から坂を登りること10分。最後まで何とかペダルをこぎ続けることができました。大森浜の啄木公園からずーっと一緒にサイクリングしてきた若い女性がいましたが、彼女はきつい坂は押して歩いていました。一番ローにギアチェンジしてもかなり傾斜の厳しい坂です。実は黄緑色のクロスバイクに乗った女性は、日吉町に実家がある北海道文教大学(恵庭市)の学生(4年生)で、里帰りしていて、天気の良いこの日サイクリングに出掛けたとのことです。このあと碧血碑(へっけつひ)まで行動を共にすることになりますが、写真は取らないで、とのこと。残念ながらブログには登場しません。カッコイイクロスバイク(私のとほぼ同じタイプです)に乗る若い女性はそう多くはないですよね。

立待岬に通じる道路沿いに、歌人石川啄木一族の墓があります。はこだてには、わずか4ヶ月しか暮らしていませんでしたが、「俺は死ぬときは、函館で死ぬ」というほど函館を愛していました。27歳という短い生涯を東京で終えた啄木の遺骨は、夫人の希望で、一周忌の1913年(大正2年)に函館に移され、啄木が愛した大森浜を望む高台に、義弟の宮崎郁雨など文学仲間の手で墓碑が建てられました。

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碑面には「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」という歌が刻まれています。
宮崎郁雨は、啄木の妻の妹と結婚し啄木を物心両面からサポートした歌人です。

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というわけで、立待岬に到着。昔、森昌子によって歌われていたことはご存知ですか?題名は文字通り「立待岬」です。
このあと、さらに坂を登り、戊辰戦争で「賊軍」の汚名を受けた旧幕府軍の戦死者を弔う碑の碧血碑へ向かいます。が、それは明日。
それでは、また、明日♪

15年前ですが、夏休みオートバイで東北を旅しました。毎日雨が降り、辛い旅でしたが、岩手県では、啄木の生家である、現在は盛岡市の常光寺を訪問。杉の大木に囲まれた、静かなお寺でした。その後、渋民村玉山の啄木記念館も訪れ、南部富士の名の岩手山を眺め、姫神山を登山し、少しは啄木の少年時代を想像したりしたものでした。曹洞宗のお坊さんだった父親の転勤に伴い渋民村の宝徳寺へ移ったので、渋民村が彼の少年時代でした。現在は盛岡市に編入されています。
本名は石川一(はじめ)。1886年(明治19年)の2月20日生まれ。1912年(明治45年)4月13日逝去だから26歳の若さで亡くなっています。
1907年(明治40年)に函館に来ています。今日はその彼の函館における足跡を訪ねます。

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函館山の左端の立待岬を目指します。その前に湯川の温泉街と戸井方面を望みます。

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この日は、西からの風が強く我が家からは逆風でしたが、何のその、自転車で鍛えたこの足は快調に西へ!
途中、石川啄木・土方歳三記念館をスルーし、大森浜海岸へ。この記念館は以前ゆっくり見学したことがあります。特に、五稜郭の箱館奉行所を見学する前に、事前学習しようとここで土方歳三について学びました。もちろん啄木についてもたくさん知りましたよ。

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「潮かおる 北の浜辺の 砂山の かのはまなすよ 今年も 咲けるや」が歌われている啄木公園です。

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1907年に函館にやって来た啄木は、5月5日函館商工会議所の臨時雇いとして働き始めます。その後弥生尋常小学校の代用教員へ、8月には函館日日新聞の記者も勤めます。が、函館大火が起こります。
啄木一族の眠るお墓がある立待岬と弥生小学校に関しては、明日詳しくお伝えします。
それでは、また、明日♪

  昨日函館では対して雨は降らなかったのですが、札幌では「記録的短時間大雨情報」が出され、これは今年10回目となった、といいます。ゲリラ豪雨は正式な気象用語ではなく、マスコミが使用する言葉だが、1時間に数十ミリの降水量がある場合を指します。
今夏、函館でも何度かありました。ほぼ同じ定義の「ゲリラ雷雨」が昨年夏の4倍も発生しています。理由としては、全国的な猛暑により南からの湿った暖気に北からの寒気が流入し、積乱雲が発達して豪雨をもたらす、というものでこれも地球の温暖化の影響でしょうか?
1時間で100㍉以上の雨は、まさに熱帯地方のスコールです。日本では沖縄でしか見られない現象でしたが、今では日本各地で発生しています。昔、東アフリカを旅した時に、ものすごいスコールに見舞われたことがありました。車の窓を締め切っても雨が入ってくるし、舗装道路に降る雨は跳ね返って下から上へ降り注ぐ感じ。前はほとんど見えず、走行することは困難で、一時待機していました。1時間もしない内に止み、あとはカラッとして蒸した暑さに戻ったけど、あの時を思い出します。この先が心配ですね。

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 最初の写真は、五稜郭タワーです。五稜郭公園周辺の続きです。公園の周りにはいろいろな公的施設がありますが、その一つは北海道立美術館です。

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 地元の画家、岩船修三さんの常設展を始め、今はユトリロ展をしています。日本初公開42点を含む76作品が公開されています。

 そのとなりにあるのが、芸術ホールでコンサートなどの催しが良く開かれています。何年か前に妻と「柳ジョージとレイニーウッド」を聞きに行ったことがありました。以前学校祭もここで行っていたんですよ。

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公園内には、松川弁之助の記念碑があります。

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以前ブログで、五稜郭を建築したのが、四国は愛媛県大洲市出身の武田斐三郎を伝えましたが、実際に作業したのは新潟県三条市出身の松川弁之助でした。農夫たちと一緒に労働奉仕し堀を作ったのです。彼の功績を碑にしています。形が五角形なのがいいですね。

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実は、彼はその後5kmほど北の美原地区や石川地区を開拓し、米の栽培が出来るように水路を作り農地開墾をしたのでした。石川公園に彼の碑があるので、行って見ました。

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というわけで、今日は幕末、箱館の歴史で表には出てこなくても、私財を投げ打ってでも五稜郭や農地を開発した、越後からやって来た一農民を取り上げました。芸術ホールの向かい側の公園内に彼の碑があります。目立たないですが、是非探して見て下さい。
それではまた、明日♪

暑かった8月も、あと5日。北海道では、夏もそろそろ終わりに近づいています。我が家の居間に置いてある湿度計は、夏の盛りの頃はいつも80%近くか、越えていた日もありました。特に雨が降った時など85%を越えていた時も。でも、ここ2,3日は60%を切って50%になろうとしています。
湿度が高いと、同じ気温でも体感温度は熱く感じるし、何よりのムシムシして不快指数が高くなります。カビも生えてダニが出たり、湿度は低い方が良いですね。といっても、人間の体には60%から40%くらいが適正で、あまり低くなってもダメですね。冬は乾燥しすぎて、逆に加湿器をつけていますからね。湿度が低くなるとインフルエンザなどのウイルスが発生しやすくなります。冬場、学校の職員室では、30%を切ることがあって加湿器をつけてなんとか40%へ上げた日が何度もありました。だから、湿度は気温と同じように気を付けて調節しなければいけませんね。
ちなみに、晴れた日の夏の間、我が家は南からのさわやかな海風が入って来てエアコン要らずです。気温も最近は25℃前後でとても過ごしやすくなっています。

さて、先日2週間ぶりに市の図書館で本を借りて来ました。貸し出し期間が2週間ですので、月に2回は行っています。今日は市の中央図書館を紹介します。

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晴れた日には、いつも自転車で行っています。湯川から20分くらい、途中五稜郭公園を通るので
写してみました。

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5月に咲く桜の花もなく、6月のふじの花もツツジの花も散り、今公園には花はないですが、堀の周囲をサイクリングするだけで気持ちが良いです。

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1周1800メートル、すべて舗装されていて走りやすいですし、ウォーキングしている人、ランニングしている人、犬の散歩をしている人など車が通らない、人間専用の道となって自然にとけ込んでいます。
夏休みの間に使われた野外劇のセットである黒船が岸に係留されていました。

というわけで、図書館の外観です。

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最近は、建築や家造りに関する本を借りています。専門書ではなく、家に関する書物で、例えば太陽光発電に関して、断熱・気密性能に関して、エコな家とか、そんな本をこの夏20冊以上借りて読んでいます。一度に借りれる本の冊数は10冊までです。
図書館の前に花が咲いていました。ムクゲです。紫色の花が満開でした。

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図書館内部は冷房も効いているのかな?とても過ごしやすいです。前回行った時も、椅子に座って読んでいて、思わず夢の世界を漂っていました。静かな環境で、休みの日など学習室は受験生でいっぱいです。函館の高校生の皆さん、五稜郭の図書館を訪れて見てはいかがですか?
それではまた、明日♪

昨日のスポーツで感動したことがあったので、一つ紹介します。それは、何か?というと、決して日本テレビ系列の24時間テレビで森三中の大島さんが88kmを走り切ったことでもなく、また同時刻に行われたフジテレビ系列のプロボクシングで、2012年ロンドンオリンピック男子ミドル級金メダリストの村田諒太選手が鮮烈の2回TKO勝利のことでもありません。
その後に放送された9時50分からのNHKのスポーツニュースで、ファイターズの斎藤佑樹投手の特集に感動したのです。7年前の夏、彼は甲子園で駒大苫小牧高校の田中投手と決勝戦で投げ合い、優勝しました。その後は早稲田大学へ、4年後ファイターズへ入団したことはご存じの通りです。決勝で投げ負けた田中投手ことマーくんは、楽天ゴールデンイーグルスへ入団後、今や日本球界のエース、21連勝の日本記録まで打ち立て、今も継続中です。完全に差をつけられ、おまけに肩のけがで大きく出遅れてしまい、今2軍の鎌ヶ谷生活をしていますが、復帰に向けて真剣に取り組んでいます。そんな彼を特集していました。けがを治し、早く1軍に戻って来て欲しいですね。投球フォームを変えた彼の勇姿を、札幌ドームのマウンドで見たいです。

さて、昨日紹介した湯の川を流れる川についてです。鮫川と松倉川は、最後海へ出る50mほど前で合流します。それが、下の写真です。

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左の赤い橋が鮫川、右の緑の橋が松倉川です。二つの川が一つになっているのがお分かりいただけるでしょう。一つになって、津軽海峡に注いでいます。函館山が見えますね。

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周辺には、温泉の大衆浴場があります。昨日紹介した熱い風呂で有名な永寿湯以外に、市電の通りに面した超レトロな山内温泉・長生湯です。

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中は大正時代そのものです。今度写したものをアップさせたいですが、時代を感じさせる温泉です。
一方、その近くにある大盛湯は近代的な温泉です。普通の銭湯とそれほど変わらない感じです。

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松倉川の河口に近い根崎にあるのが根崎湯。

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目の前に、温泉の熱い湯を利用した植物園があります。全国的にも珍しい猿の温泉がありますが、(そういえば、競馬場には昔、馬の温泉がありました。今もあるのかな?)詳しくはそのうち紹介します。

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最後に、2年前に廃業して今は営業していない日の出湯を紹介します。

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ここも熱くて有名な温泉でした。昔風の懐かしい趣の銭湯で、何度か利用させてもらったことがあったのですが、後継者もいなかったのか、残念ながら廃業したのでした。湯川には他にホテルの温泉に入れるところもありますが、一般大衆浴場は時代と共につぶれて、今は紹介したところくらいでしょうか?たまには、誰でも420円で入浴出来る、こんな温泉の大衆浴場を利用して体を癒してみてはいかがですか?今日は湯の川温泉のPRでした。それではまた、明日♪

毎日生活している地元の湯川温泉を良く知らなかったので、この際少しは知っておこう、と思いいろいろ調べてみました。

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最初に、湯川を流れる川である鮫川(さめかわ)の河口です。鮫川とは、アイヌ語で、和人を意味するシャモ、シャムからサメになってさめかわになったそうです。


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一方、津軽海峡に面する大森浜の海岸には、函館市内を流れる川としては、最大の川である松倉川が流れていて、この二つの川は、河口で合流し、一つの川として海に流れています。
松倉川の由来は、戸倉・湯倉・石倉と倉のつく名から松倉川になったそうです。


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湯川の名は、アイヌ語で湯(ゆ)の流れる川(ぺつ)から来ています。1639年に当時の9代目松前藩主が湯治に訪れて、病を治したことから知られるようになり、1869年の箱館・五稜郭の戦いでは、旧幕府側のリーダー榎本武揚は傷病兵を治療のために湯に入らせた、といいます。土方歳三も湯川の温泉に入っていたんですね。

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この説明している看板は、足湯が設置している場所にあります。足湯に入りながら、ゆっくり湯川の歴史を知ってみてはいかがですか。

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路面電車が湯川まで運行された時の、大正時代の絵をご覧ください。今の市民会館や市民体育館に遊園地があったんですね。これは知らなかった。結構広い敷地に、さまざまなアトラクションがあったなんて、今まで知りませんでした。

最後に、地元では有名な大衆浴場の「永寿湯(えいじゅゆ)を紹介します。ここは、とにかく熱い!熱い! 男湯しか知りませんが(当たり前ですよね)、湯船が3つありますが、いずれも熱い!
でも、順に熱くなっている。つまり、一番ぬるい(?)湯船はhotの湯、中間がhotterの湯、一番熱い湯がhottestの湯で、最低でも42度くらいはありそう。最高温度は47度くらいか?まあ、一度は入ってみては?
常連がいて、熱い湯が好きなんでしょうね。

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というわけで、地元湯川の温泉を紹介しました。温泉は好きでたまに、大衆浴場に行きます。名物の風呂もありますので、いずれ紹介していきますね。それではまた、明日\(^_^)/。

温泉街である湯川(ゆのかわ)の西の端に黒松の森があります。

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市街地を守るための、防風林と防砂林として1889年から10年間かけて、なんと20万本の松が植えられました。1889年(明治22年)は、大日本帝国憲法が発布された年であり、この年の内閣総理大臣は2代目の黒田清隆です。なんと、薩摩藩出身で、戊辰戦争の最終ラウンドである箱館・五稜郭の戦いで勝利し、旧幕府側のリーダー榎本武揚の命を救った北海道開拓使次官(1874年)を勤めた人物です。
彼は、北辺防備を兼ねて軍事訓練を受けながら農耕を行う屯田兵制度を採用した、北海道開拓の歴史を進めた人物です。もっとも、屯田兵制度は、四民平等により生活の基盤を失った士族を救済するとともに、薩摩・長州が権力を独占した明治新政府に対する不満・暴動を押さえることを狙いもありました。
ちなみに、黒田の前の初代総理大臣は長州出身の伊藤博文であることは、皆さんご存じのことと思います。

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ハナナスの朱色の花が咲いていました。この松は静岡県の沼津から持って来たものなんですね。

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ということで、地元も地元の湯川の一つの歴史を紹介しました。昨日の午後はすごい雨、朝は雨など降る気配はまったくなかったのに、まるで本州のゲリラ豪雨のような感じの雨でした。
地球の温暖化により、北海道は本州並みの気候へと変化してきていますね。昔、北海道の米は不味い!と云われていたけど、今は北限も伸びて広い範囲で米作が行われているし、コシヒカリやササニシキよりも美味しいお米が栽培されています。
夏は30℃を越える真夏日が何日も続いているし、25℃以上の最低気温の熱帯夜もありました。生態系も変わってきています。10年後はもっと暑くなり、台風の襲来や大雨が降るのかな?心配ですね。
それではまた、明日♪

いつもコメント投稿してくれているtunoくんは、私が4月まで勤めていた高校のただ独りのラグビー部員でした。3年間でたった一人でご苦労様でした。4月、5月は新入部員も入るのですが、月日が経つに連れて、一人辞め、二人辞め、結局彼だけ。顧問のM先生と二人だけの練習でしたね。
昨日は応援に行けなくて申し訳ないです。残念な結果でしたね。他校と一緒の合同チームで望んだのですが、0ー60という大差がついて敗北しました。
tunoくん、3年間ご苦労様でした。くしくもこの日は高校野球の最終日。決勝戦では群馬県代表の初出場の前橋育英高校が優勝しましたが、tunoくんも応援団長を兼ね、学校祭実行委員長もするなど有意義な高校生活を送った金メダリストですよ!お疲れさまでした。

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今日の誰もいないラグビー場です。私の子供もやっていました。今プロレスラーのカツオも高校時代はフッカーの役をしていましたが、3年間はほとんど負け続け、最後に1勝したのが思い出みたいです。1年先輩に、いとこの笠原雄太がいて彼は今、トップリーグのヤマハ発動機でロックとして頑張っています。
三男は、フランカーのポジションで、3年生の最後の大会は、道大会決勝で札幌山の手高校と対戦し、接戦の末全国(大阪・花園ラグビー場)行きを逃しました。
だから、ラグビーはよく見ます。男同士がぶつかり合う格闘球技です。いいですね。
下に降りて緑の芝生を見てみましょう。

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高台に上がって見ると、湯の川の温泉街がよく見えます。

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中央に函館山も見えますね。今日は雲っていますが、晴れていると下北半島や津軽半島も見えます。

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というわけで、今日は根崎ラグビー場を紹介しました。3年生の皆さんは卒業までの高校生活悔いを残さないよう送って下さい。tunoくんは関東の大学進学を考えているとのこと、入試まで全力で勉強して下さい。就職する人も、9月から入社試験始まります。落ち着いて臨んで下さいね。3月の卒業式には全員進路が決まれば良いですね。
では、今日はこの辺で!SEE YOU TOMORROW !!

 昨日ローカルニュース(NHK道内版)を見ていたら、「函館の大学生がこの夏休み
超秘湯を探す!」の5分ほどの特集のコーナーがありました。私が昔、オフロード・
バイクでトレッキングしていた時に探し当てた、磯谷温泉跡地のことでした。
 場所は、今は函館市に吸収されたが、旧南茅部町の磯谷地区。海岸線から険しく
厳しい山道を車で登ること15分くらいか?途中枝道もあって迷いやすいが、なんとか
たどり着いたところが、50年前まで営業していた小さな旅館があった温泉後でした。
 もちろん今は建物もなく、湯が流れるまま。半世紀の間、温泉が誰も利用しないまま
流れ放しの場所です。
 学生たちは、スコップで即席の野天風呂を作り、入浴しエンジョイした、というニュース
でした。

 さて、十勝岳の麓にも同じような野天風呂があります。もっと、立派な風呂です。ただし、
脱衣所もなければ、シャワーもない、あるのは岩で囲んだ風呂場だけ、という大自然の中
で、太陽の下で裸になる、という超野天の風呂、それが吹上温泉・露天の湯です。
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手すりもあって、人にやさしい?
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どこにも脱衣所がない。ないということは、湯船のそばの岩の上に脱いだ服を置いて、入浴
するという、人に見られるのを覚悟しなければいけない温泉です。女性は厳しいですね。
昼過ぎだと、結構観光客も来るのでは?なにせ、舗装路から少しだけ脇道に入っただけでの
ところで、誰でも訪れることが出来ますから。勇気が必要な温泉?!ですね。

 誰もいないここ吹上温泉の露天風呂で湯につかった後、中富良野町へ移動し、ファーム富田
を見学。ラベンダーをはじめ、いろいろな春の花がが咲き始めた良い季節でした。
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ラベンダーはまだ満開ではなく、うっすらと紫色に変わりつつありますね。
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 というわけで、明日はここファーム富田を詳しく紹介します。函館では少しずつ涼しくなってきて
います。8月前半は、30度を越える真夏日が何日かあったし、湿度も高かったです。居間にある
湿度計は75%をオーバーし、ムシムシして気持ち悪い日が続きましたね。雨も多く、あちこちで
土砂崩れが起きて、全国ニュースのもなったJR北海道の脱線事故もありました。
 でも、今は最高気温は27度くらい、湿度計も65%を切って62%ほど。過ごしやすくなっています。
本州はまだまだ大変でしょうね。暑さには、十分に気を付けて生活して下さい。
それではまた明日 

 今ブログで紹介している上川管内・美瑛の町は「丘の町」として知れられる、北海道の
ほぼ中央部にある農業と観光の町ですが、東京都心に農産物や加工品を販売するアン
テナショップを開店させた、の記事が今日の新聞に載っていました。
 東京・千代田区、JR有楽町駅前にある東京交通会館地下1階に「丘のまち美瑛」を開店、
トウモロコシ・トマトなどの季節の青果、美瑛産小麦のパスタや菓子などを取り扱うといいま
す。物販だけではなく、飲食のスペースも備え観光や移住などの情報発信の拠点にもする
ようです。
 東京からのアクセスは楽。2時間のフライトで旭川空港へ、車で30分もかからない距離。
旭山動物園にも近く、ラベンダーの町富良野と一緒に観光するなら最低2日あれば十分。
ホントはもっと滞在すれば見応えあるところも堪能出来ますが、旭川空港でレンタカーを借り
れば、美瑛・富良野地区は2日で主だったところは周れます。朝一番で来て、翌日の最終
便で帰京すれば、土曜・日曜利用で可能ですからね。
 観光に関しては、函館のライバルですが、北海道全体を盛り上げることでは良いことです。

 さて、美瑛町「青の池」の続きです。
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池の中に埋没林があります。枯れてはいますが、いつまで生き続けるのでしょうか?
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不思議な光景ですね。
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拡大して見ると「出来た理由」と「なぜ青いのか」が分かります。
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上流の「白髭の滝」も青いのです。
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 というわけで、「青の池」特集これで終わります。美瑛の町は自転車で走るには最高のロケ
ーションです。レンタ・サイクルもありますので、訪れた際は是非自転車で走って見て下さい。
自分の足で汗を流して見た光景はまた格別ですよ!それではまた明日 

 昨日は実に感動した1日でした。何に感動したかって?高校野球です。すべてを見ていた
わけではなかったのですが、準々決勝の4試合が4試合とも1点差のハラハラワクワクする
感動の試合だったからです。家の仕事の合間に、特に一番おいしい8回、9回を中心にテレ
ビで観戦していました。逆転あり、延長あり、ピッチャーの交代あり(9回熱中症により)、とに
かく楽しめました。
 高校野球は、今日は休養日、明日の準決勝に期待を持てます。特に花巻東日大山形
2校には、初の東北優勝を期待したいですね。
 というわけで、4試合とも終盤の時間しか見れなかったのですが、すべて心を震わせる試合
ばかりだったのでした。

 さて、写真は昨日の続き。美瑛の「青の池」です。
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十勝岳の噴火により、美瑛川に防災ダムを造ることになりました。ダムを造ることで、市街地へ
泥流が流れ込むことを防ぐ目的があったのです。ダムにより低地に水が溜まり出来たのが、ここ
の池なんだけど、それがただの水貯まりではなかった。地下にアルミニウムがありそれが溶け出
して、こんな色を出したそうですが、詳しくはまだ分からないそうです。
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朝早かった(7時前)ので、観光客はほとんどいなく静かそのもの、広々とした駐車場も閑散。
こんな素晴らしい光景を独占できました。
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白樺の遊歩道があり、ゆっくりと池を見ながら歩けます。
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5分も歩かないうちに美瑛川に、川の水も青いです。
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奥に見えるのが、美瑛富士。青の池はこの堤により維持されています。
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このような防災ダムが美瑛川にたくさんあります。その中の一つに「青の池」が出来たのですね。
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というわけで、「早起きは三文の徳」とはよく言うけれど、この日は特に得したな!と思える朝
でした。天気は快晴そのもの、明日も絶景を紹介します。それではまた、

 昨日も天候は不順で、地元で実施されるはずだった花火大会はさらに延期され、
今日の夜(8月19日 月曜日)に行われることになりましたが、人は集まるのでしょう
か?若い人たちが来てくれるかどうか?不安だからです。なぜかって?今日からほ
とんどの学校で二学期がスタートします。3日前のコメントにもあったようにいつもコメ
ントしてくれるtunoくんは「17日の土曜日から二学期始まります」と寄せてくれたように、
一部の私立はもう始まっています。だから、見物しに来る客は少ないんじゃないか、と。

 さて、十勝岳からの下山です。南の方角を見ると、日高山脈の峰々がはっきりと見え
ます。
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谷にはまだこんなに雪が残っていて、中にはスノーボードを持参して登山して、帰路滑って
降りる若者もいました。楽そうで良いけど、持つだけで辛そう
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下山して、疲れた体は温泉で癒し、夜は前夜車中泊した上富良野町の日の出公園展望台。
誰も宿泊している人はおらず、満点の星空を独占してグッスリと眠りにつくことが出来ました。
朝は5時起床。なんと、5時から観光客が来て、鐘を鳴らしたのです。前にも紹介したように
ここの公園には、恋人たちがつく鐘があります。快晴のこの日、朝早くから来た人が、カーン・
カーンとつく音で目覚めたのでした。
今日のコースはまず、白樺街道を走り、「青の池」へ。
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上の写真は松の並木、下の写真は白樺の並木。どちらもまっすぐに東へ向かっています。
直線道路が何キロも続いています。
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というわけで、到着したのが「青の池
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ここに関しては明日詳しく紹介します。それでは、また

 昨夜(8月17日)、我が家の近くの湯の川温泉花火大会は強風のため今夜(18日)に延期され
ましたが、今日も天気は良くないです。悪い、くらい。今も強風が吹き荒れていて、花火を揚げる
ことが出来るのかな?
 一方、JR北海道は毎度のように脱線事故を起こしており、昨日も八雲周辺で事故。多くの利用
者が大迷惑。散々なお盆休みになりました。この夏(まだ終わったわけではないけれど)は暑い上
に、雨も多く旅するには、最適とはいえません。しかし、日本の夏休みは8月中旬のお盆の時期に
短期集中しており、結果この1週間は民族の大移動ということになるのでしょうね。ヨーロッパ並み
に1ヵ月間のバカンスが義務付けられる、ということは有り得ないのかな?

今日の1枚目。頂上真近かです。遠くに見えるのは北海道の最高峰旭岳(2290.2m)。大雪山と
いうのは旭岳を中心として、広い範囲を指すのであって大雪山という名の山はありません。いくつも
の山の集合体をいうのです。
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麓がはっきりと見えます。緑色の部分はゴルフ場ではなく、美瑛町の広域牧草地で多くの乳牛が
放牧されています。
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西側を見ると、右の方から美瑛町、上富良野町、中富良野町、富良野市と市街地が続いています。
ここは北海道のヘソ、富良野盆地の真っただ中です。
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富良野市の向こうに見えるのは夕張山地で、夕張岳(1667.7m)が最高峰です。その西側に
夕張市が広がっています。
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というわけで、登り始めてから3時間38分かかり、やっと登頂!しんどかったです。
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下を見下ろすと、今でも噴煙をあげている火口がありますね。ここ十勝岳は要注意の活火山、
時々夜中に溶岩の火柱が立ち、それがまるでUFOのように見えてよくヤフーのニュースになり
ますね。今夏も何度かありました。だから時々登山禁止になることがあります。この時は大丈夫
でしたが、活発な火山活動で危険な時もあるのです。北海度には要注意の火山は何か所もあり
ます。函館周辺でも、渡島富士の駒ヶ岳(1131m)、恵山(618m)が。
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よくよく見ると、下山しているのは親子連れ。小学生の女の子とお父さん。よく頑張りましたね。
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奥には、トムラウシ山(2141m)が見えます。2年前の夏、登山ツアーで来た本州の高齢者の
登山客10名近くが悪天候の中、下山中低体温症になり亡くなったことは記憶に新しいでしょう。
山に登ると、100mにつき0.6度気温は下がることはよく知られています。つまり、2000mの山頂
では、20×0.6=12。麓が20度でも山の上は8度ということになります。それに、風が1mにつき
体感温度は1度低くなります。つまり風速5mの風が吹いていたら、5度も低く感じる、ということ。
麓は良い天気でも、山の上は大きく変化しているということ、だから十分気を付けて登らなくては
いけませんね。
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それでは、下山は気を付けてゆっくり下ります。膝に負担を掛けないように
また明日 

 一昨日の夜は、寝苦しく何度も起きたり寝返りを打ったりで、汗をたくさんかいて朝を
迎えました。それもそのはず、熱帯夜だったのです。最低気温が25度という、この夏
最高の最低気温を記録したのでした。窓は開けていたし、タオルケット1枚それも蹴飛
ばして寝ていたのに・・・今年の夏も暑い!暑い!! この先どこまで暑くなるのだろう?
盆を過ぎた今夏、今年はこれまでか?でも来年、再来年、もっと、もっと暑くなるのか?
とても心配です。

 さて、上富良野町の日の出公園展望台の駐車場での車中泊は2日目。夜は連日、満天
の星。素晴らしい夜空を見上げていました。そのせいか、朝は5時起床の予定が6時過ぎ。
旅に出て朝早く起きる習慣が出来たため、腕時計やスマホのアラームはストップしたまま、
自然と目覚めるようになっていました。この日は特に「明日は山に登るぞ!」の決意で早起
きするはずでした。が、6時過ぎ。仕方がないので、ゆっくり出発し、駐車場に到着した時は
8時20分を過ぎていた。
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登山靴に履き替えポールを持って、リュックを背負って登山届を提出した時で8時38分でした。
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快晴のこの日、しかも日曜日とあって駐車場は朝からいっぱい。やっと見つけた端っこに停めて
スタート。正面に噴煙をあげている山が、ここ十勝岳連峰の中でも最高峰の十勝岳(2077m)。
日本100名山の一つです。
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美瑛岳(2052.2m)と左に美瑛富士(1888m)。一番左の奥に見えるのがオプタテシキ山
(2012.5m)です。
火山灰地の土と溶岩の塊、所々に低木が見えますね。
駐車場はご覧のように満車状態。
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この日は、遠く残雪多い暑寒別岳(1491.6m)が西の方角に見えたし、標高を稼ぐと何と
蝦夷富士の名の羊蹄山(1898m)まで、富士山そっくりな形で見えました。
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草木もない火山灰地を2時間ほど歩いて、まだ中間地点。やっと山頂がはっきりと見えてきた。
噴火口をぐるっと跨いで山頂部分の岩場へ、そこまではまだ時間がかかりそう。
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美瑛岳が近くに見えますね。といっても、とてもあそこまで歩いて行けませんけど…。
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というわけで、登頂するのはこの後です。久しぶりの山登りだったので、何度か途中で止めよう、
と少しは弱気になった自分がいましたが、あともう少し、あの尾根まで、とだましだまし登り、や
っと山頂手前の岩場へ。ここまで来たら登頂しなくては!と強く思い頂上目指します。80歳の三浦
雄一郎さんがエベレスト(8848m)登頂したのですから、2077mの十勝岳は登らなくっちゃ!と頑張
りました。途中、下山してきた小学生(5、6年生くらい)と話して「朝は6時から登った。しんどかった
です。頑張って下さい。」と励まされて、あともう少し、頑張るぞ!とその気になりなりました。
明日は山頂から。そして半袖のTシャツで登ったため、紫外線で真っ黒に日焼けした姿の醜態を
(山頂でのVサイン姿)が登場します。
それでは、また明日 

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