函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2014年05月

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飛鳥山」で下車したところ、すぐにやって来た電車がこれ。
2007年(平成19年)5月に、14年ぶりに都電に登場した新型車両です。昭和初期の
東京市電をイメージしたデザインで、屋根はダブルルーフ、丸窓を付け、エンジとクリー
ム色のツートンカラー。室内は床や壁面を木目調で統一し、手すりは真ちゅう風に、さら
に半間接照明でレトロ感を演出しています。 
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王子駅前から早稲田行きの電車でした。上の写真をみてお分かりのように、ここだけが
一般道路と交差する、隔離されていない線路です。残りのほとんどは鉄道と同じく人や
車が入らないように柵をしていますが、ここは違いました。
函館の市電は、車と同じ道に線路が敷かれていて、交差点では線路を横切るし、人が
渡る横断歩道も線路にあります。まさに、上の写真ですね。
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飛鳥山は、もう一度訪れますので、詳細はのちほど。
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王子駅前の次の「栄町」。ここで下車して、昔お世話になった遠い親戚の家を訪ねました。
今は、もう既に亡くなっていて空き家になってますが、再訪したかったのです。それと、近く
にボクシング・ジムがあったのを、もう一度見たくて。
残念ながら、ジムはなかったです。新築の家々が立ち並び、どこにも見当たらなかった。
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そして、荒川車庫前
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今の季節はバラの花がきれいに咲いて一段と素敵な電停ですね。
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都電荒川線の唯一の車庫で、都電運行の司令塔になっている。乗務員もここで、交代。
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こんな面白い自動車も。東南アジアでよく走っているオート三輪だ。
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私立学校の広告電車。
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「銀座」と書かれていますね。昔、銀座を走っていた電車ですよ。
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と、いうわけで終点の三ノ輪橋まで、まだまだ。なにせ電停が30もあるのだから。
この日は日曜日だったので、電車には小さな子供を連れたヤング・ママたちがたくさん
いました。なぜなら、次の電停は「荒川遊園地前」。沿線最大の観光スポットです。

明日は、終点の三ノ輪橋を紹介します。それでは、また明日 

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 路面電車の旅東京編、都電で唯一残る荒川線を紹介する3回目は、一気に北上し
庚申塚(こうしんづか)」電停へ。その間にある「東池袋四丁目」、「向原」、「大塚駅前」、
「巣鴨新田」は飛ばします。なお、大塚駅前は後で登場します。

というわけで、おばあちゃんの原宿と云われる巣鴨、JR巣鴨駅があるのだが都電で
下車する。電停の名は庚申塚。庚申とは、干支(えと)の一つで、猿のこと。塚とは土
を小高く盛り上げて造った墓。だから猿の墓か?というとそうではない。
庚申には別な意味もあって、道教の教えの一つでもあり調べたけど良く分かりません
でした。
どちらにしても、電停のすぐ近く電車を下車後に名の由来となった巣鴨庚申塚がある。
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史跡 「巣鴨の庚申塚」と書かれた碑がありますね。
ここは猿田彦大神を祀っているので、やはり猿と関係あるのか?1502年の創建だが
1657年明暦の大火で焼失し再建されています。
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旧中山道と王子道の交差点が近くにあり、中山道を往来する旅人が休憩する場としても、
江戸時代は名所の一つだったみたいです。

さて、ここから巣鴨駅までの道のり「巣鴨地蔵尊通り商店街」をJR巣鴨駅方向へ歩いて
見ましょう。
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とげぬき地蔵尊 高岩寺(こうがんじ)参道入口と左側に書かれているし、右側には史跡 
江戸六地蔵 眞性寺(しんしょうじ)参道入口と出ている。

全長約800mの商店街は旧中山道に沿って続いている。とげぬき地蔵尊の参詣客で賑わ
う飲食店や巣鴨名物の塩大福の店、さらには年配者をターゲットにしたファッションの店、
例えば「元祖 巣鴨の赤パンツ マルジ」など昔ながらの雰囲気を漂わせる庶民的な商店
が200軒以上も軒を連ねている。

高岩寺に到着。
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ここの左奥に、とげぬき地蔵尊がある。これです。
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曹洞宗のお寺で、1596年湯島で創建されたのちに、1891年(明治24年)に現地へ
移されたわけで、ここでの歴史は意外と浅く120年ほどなんですね。
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像に水をかけて布で拭うと、その箇所の病気や怪我が治るとされる洗い観音像
さっそく、持病の腰と歩き疲れて痛くなった足に水をかけましたが・・・。
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日曜日の午前9時過ぎだったので、この程度ですが昼頃になるとまるでディズニーランド
並に順番を待つ行列が出来るのです。昼だと30分待ちか?いや1時間も待つ時があるとか。
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高岩寺からさらに南東方向へ5分ほどで、眞性寺。旅人の安全を祈り、江戸の出入り口
6か所に祀られた江戸六地蔵の一つ。
眞性寺の地蔵菩薩は、中仙道の入り口で旅人を暖かく見守っていたのです。
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我ら旅人の守り神は、この方ですよ。
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高さ2.68メートルの銅で製造された笠をかぶった地蔵菩薩の坐像は、1717年江戸時代
中ごろに造られています。
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ここで思わぬものを発見。
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それは何か?というと。これ、巣鴨のゆるキャラの。
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すがもんのおしり」でした。

巣鴨の地名の由来が書かれていた。いろいろあったんですね。
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こんなのもありました。
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にこにこ地蔵。5円玉に触れると挨拶してくれました。
というわけで、さらに都電に乗車し終点目指します。

今日はこれにて、ごきげんよう。さようなら。

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学習院といえば、JR山手線では「目白駅」。メジロの意味は今まで野鳥のこと、と
ばっかり思っていました。実は違っていました。勝手に自分でそう思い込んでいた
だけでした。あぁー勘違い!

目白の名は、ここ学習院下の電停から近くの江戸五街道を守る神様の五色不動
の一つである金乗院目白不動尊から来ています。

五街道とは、一つは奥州道中。江戸から、現在の福島県白河まで。二つ目は日光
道中。家康を神とする東照宮のある日光までの道のりですね。
三つ目は甲州道中。四つ目が中山道。高崎を経由して碓氷峠を越え、木曽福島か
ら京都に至るルート。そして、東海道。箱根峠を越えて、駿河を経て太平洋沿いを
名古屋へ、最後は京都へ。東海道五十三次で有名。

この5つの街道を守る神様として、江戸時代の3代将軍徳川家光が江戸の5か所に
不動尊を選び、天下泰平を祈願したことに由来しています。
その五色とは、目黒、目白、目赤、目青、目黄の五色。そういえば、
目黒といえば、「目黒のサンマ」で有名だけど、目白は野鳥の名と思っていたし、そ
れ以外は知らなかったです。意外と東京の人たちも知っている人は少ないのでは?
 その「学習院下」。
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鉄道の線路と変わらないほど。踏切がありますものね。
色々な車両があり、素敵ですね。例えば、これ。
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カラーといい、カッコいい!
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次の電停、「鬼子母神前」。
安産・子育ての守り神として知られていますね。
まず、電停を降りて少し歩くと、ケヤキ並木の表参道。素敵ですね。
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鬼子母神の「鬼」の字をよーくご覧下さい。「鬼」の字の一番上のノがありません。
ツノを取った漢字が当てられているのです。それは、幼児を抱いた菩薩の姿なので
鬼ではない、から来ています。
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東京都で指定した天然記念物となっているのですね。
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表参道を歩いて数分、正面に本堂が見えて来た。
横を見たら、巨大な銀杏の木。
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高さ30m、幹回り8mもある都内でも屈指の大木です。
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その前に、千本稲荷のような百本稲荷ほどの朱塗りの小さな鳥居。
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ぐるっーと1周しています百本くらいはあるのかな?

そして、本堂へ。
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朝早くから参拝客が見えていたし、テレビ局も取材に来ていました。

駄菓子屋の上川口屋。土曜、日曜、祝日に名物の団子やせんべいなどを売る昔風のお店。
名物おばあさんが一人で店番していて、参拝客や子供たちを暖かく迎えていました。
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そして、次の電停「都電雑司ヶ谷」。
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大きな墓地があります。雑司ヶ谷霊園
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開園は1874年(明治7年)のこと。10.6万㎡の広大な敷地には有名人のお墓があり、
訪れる人も多いといいます。いわば、「お墓マニア」のような方。
例えば、夏目漱石、永井荷風、小泉八雲、ジョン・万次郎、サトウハチロー、東郷青児
芸能人では大川橋蔵など。
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江戸時代の将軍は、こんな部屋まで持っていたのですね。鷹狩りに来て、休憩する場所。
庶民は、「生かさず殺さず」で奴隷のように年貢を納めていたのに、ひとり将軍は、のんびり
とお休みしていた、300年前はそんな時代だったのです。
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色々と探しましたが、なかなか発見することは出来ない。そうですねよね。いくら著名な
方のお墓でも、血縁関係のない人に押しかけられたらたまらないですね。
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というわけで、さらに次の電停へ。
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それでは、今日はこの辺で。ごきげんよう、さようなら。

 今日からは、2月から4月にかけてお伝えした函館市電「路面電車の旅」の、東京版として
都電が唯一残る荒川線の旅を紹介していきたいと、思います。
30ある電停、停留所から今日は「早稲田」と「面影橋」の二つを取り上げます。首都圏に
在住している方の中でも都電に乗ったことがない、という人もいるのでは?実は私も4年間
東京で生活したにもかかわらず、一度も乗車したことがありませんでした。今回、函館市電
と江差線の二つをブログしてみて、少しばかりの鉄道ファンになり、同時に路面電車の愛好
者にもなりました。
というわけで、お伝えします。題して「都電荒川線の旅」。
1日乗車券というのがあります。なんと400円
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始発から終電まで1日フルに乗っても400円ですよ。非常に安上がりな旅の乗り物ですね。
1回ごとの乗車券は170円ですから、3回乗れば元が取れる、という優れもの。今回はなんと
20回は乗り降りしたでしょう。充分活用しました。

 さて、始発も早稲田駅。
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函館の市電と違い、一応自動車道路と隔離して電車が走るようになっていますね。
このように。
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道路が横切っていますが、踏切もあってまるで鉄道のよう。やはり広告電車が走っている。
さて、早稲田の名のように早稲田大学があります。一番有名な、というより象徴的な建物の
大隈記念講堂
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1882年(明治15年)に大隈重信が設立した東京専門学校に始まり、2年前の2012年
(平成24年)に創立130周年を迎えた私学の雄である早稲田大学。今一番有名な卒業
生としては、あのSTAP細胞の小保方晴子さん(理工学部卒業)でしょうか?

ちょっと、皮肉っぽかったですね。いやいや、政財界始めスポーツの世界などたくさんの
著名な方を数多く輩出しています。私の1年前の職場にも卒業生の方もいましたし、ファ
イターズのピッチャーにも齋藤祐樹投手がいますものね。
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この記念講堂、1927年(昭和2年)に竣工された重要文化財。ホントかどうか分からないが、
大隈重信の人生125年説にちなみ、高さが125尺ある時計塔。1尺とは、30.3cmなので、
この高さは38メートルあります。125年も生きたなんてホントなのでしょうか?それって信じ
ますか?
四方にある時計塔では、4つの鐘が1日6回美しい音を響かせています。
次の電停の「面影橋」。
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名の通り、川があって橋の名前が面影橋。
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名の由来が書かれていました。
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由来の一つに、平安時代の貴族であり、歌人であった在原業平(ありわらのなりひら、825~
880)が「鏡のような水面に姿を映した」とありますが・・・。
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残念ながら今の姿は、ゴミが浮き決して美しい川?ではありませんね。
まあ、1200年前のことですから当時は、高層ビルも建っておらず、もちろん電車も走って
いませんからね。
早稲田の名のように、田んぼが広がっていたのかな?
ウィキペデアで調べたら、水田や稲作からきていない、新宿区早稲田は、古くは小さな川が
入り組んだ地形で、わせとは裂(わざ)が語源、田は場所を表していて、どうやら田んぼとは
直接関係がなく、意味が違いますね。
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というわけで、今日はここまで。明日は「学習院下」。それこそ下の写真です。
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何回かに分けて、都電の電停および周辺の見どころを紹介していきます。
それでは、また明日 

 昨日、東京の4日間の旅を終え、自宅へ帰って来ました。さすがに東京は広いし、
人が多く見どころのたくさん。でも、歩きすぎて疲れ切りました。
詳しくは、後ほど東京編として紹介しますのでお楽しみに。 

 さて、5月11日に廃線となったJR江差線。今回は最終回として、絶景写真を中心に
紹介します。
まずは、 天の川駅から。
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廃線となる前日、非常に肌寒い日の土曜日、それでも多くの鉄道ファンが来ていました。
車のほとんどは「わ」や「れ」のレンタカーで、千歳空港で借りたのか札幌ナンバーや函館
ナンバーの車が多い。
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保安員の方が安全指導しているほど、多くの観光客が来ている。テレビ局のカメラも回って
いました。
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手前のテントが勝手連的な「天の川」駅を造ったクラブの人たち。今回限定のグッズを販売
していて、飛ぶように売れていました。彼らはすごい!です。ここ天の川が流れる絶好の地に
私設の未承認の駅を造ったのですから。当然、時刻表には載っていないし、列車は止まるわ
けはない。素通りしてしまうが、でもロマンがありますよね。プラットフォームと駅の表示板を造
り、まさにファンタジー。を仮想の駅を創り上げたのですから

そして、最終日の江差駅
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この日で最後、多くのファンがやって来ていました。この日ばかりは江差のホテル、旅館は
満員御礼、なにせ駅寝をする人たちもいたほどだったのです。いかに、多くの鉄道ファンが
ここ江差に集まったかを証明するものです。
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手前の方は駅長さんです。
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NHK始め、地元の民放のテレビ局など多数のマスコミ関係者も多く取材に来ていました。
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駅の時刻表を見て下さい。
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1日6往復、最終が午後9時52分で、東京とは大違いですね。
懐かしの写真が展示されていました。
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車内を見ましょう。ほぼ満席。いつもこんな感じだったら赤字にはならず、廃線とならずに
すんだのに。でもいつもは1車両に数人、ほとんど空気を運んでいる日が多かったのです。             
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運転席をパチリ。
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列車を追いかけて、車で走ります。
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そして、宮越駅と湯ノ岱駅の間、天の川駅を少し過ぎた場所、天の川に架かる橋梁へ。
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多くの鉄道ファンが撮影に来ていました。
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30分まで、これだけ。この後続々と駆け付け、場所取りが始まります。やっぱりみんな良い
場所で撮影したいですものね。
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この場面が、北海道新聞に出ていました。こちらの方がインパクトがあるのかな?
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9時台に上りと下りが通過するので、2回にわたりシャッターチャンスがあるのです。
もちろん単線ですので交差することはありません。そのために湯ノ岱駅でタブレット交換が
行われていますね。
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1両だけの上りの列車がやって来ました。スマホを優先したので橋の真上では取れず仕舞い。
もちろん列車は待ってくれず、去ってしまった。
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30分ほど待って、下りの2両編成の列車がやって来た。今度はバッチリ。
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良い写真が取れました。
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当日は江差線をランニングする人たち、サイクリングする人、この写真のようにウォークング
して全線歩く人たちがいました。廃止区間42.1kmですので、ちょうどマラソン区間と同じ距離。
自転車だったら2時間もあれば走り切れるし、ウォーキングも朝から1日かけて最終便の十分
間に合いますね。
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というわけで、さよなら江差線終わります。しばらくしてから再び訪問して見たい、と考えて
います。江差線再訪と題して、こうご期待!

ではまた明日 ごきげんよう!

最終日の今日は、東京で働く二人の息子と遠い親戚にあたるララさん(台湾出身です)と会います。9時新宿駅東口の約束、通勤ラッシュの総武線で水道橋駅から新宿駅へ。しばらく振りの都内の通勤時間帯の電車は予想したほど混んではいなかった。自分の学生時代は、ものすごい混みようだったので拍子抜けでした。一つ違いがありました。午前10時までは長椅子が畳まれていて、全面スタンディング状態で、広くスペースを取っているのは良いですね。
新宿駅南口のスタバでおしゃべりしたあと、南新宿のデパート高島屋14階でランチタイム。新宿駅周辺は毎年変化していますね。来る旅毎に新しい建物が出来ています。

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外を見ると、西新宿の高層ビル群が見えます。

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下の電車が小さく見える。

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その後、山の手線で品川駅へ。

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途中で、若い女性運転士と交代。やっぱり電車は、一番前が良いですね。

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品川駅東口を初めて訪れる。再開発して10年は過ぎたはずだけど、今まで西口ばかり利用してました。
10数回行った修学旅行では、東京のホテルは品川プリンスホテルが定番ですからね。40年も昔の話ですが、古い本館に宿泊していました。その後、40階建ての別館やアネックス等にも宿泊。
だから、西口は知っているつもり。しかし、東口は初めてでした。
修学旅行と聞けば、良いね、とよく云われるけど「ただほど高いものはない」の言葉通り、決して引率する方は楽しくないですよ。先生も料金払っているの?と聞かれた時は「冗談じゃないよ」と思いました。生徒は夢のような旅かもしれないけど、引率する方はヘトヘトになって帰ってきます。神経が擦りきれて、自宅へ帰った途端バタンキューです。
もちろん引率する側は料金は払っていませんよ。少しばかりの手当てが付くだけです。

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品川インターシティの高層ビル群を、見学中に面白いもの発見しました。

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檻の中で、何をしているか分かりますか?
そこまで分離しなければいけないのでしょうか?それとも、そこまでしてでも吸いたいのでしょうか?
答えは、喫煙所でした。

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そして、超高級ホテルのロビーで素敵なもの発見。綺麗ですね♪

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最後、京浜急行の特急で羽田空港へ到着。

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地方の空港と違い、さすがに大きい。5時の飛行機で帰ります。東京は、大きすぎて目がまわります。人も多すぎ、歩くスピードも早く酔ってしまいます。
やっぱり、旅は田舎が良いですね。
歩き疲れでくたびれました。乗換駅の間が距離がありすぎる。例えば、大手町で乗り換えると、一駅くらいは歩きますよね。駅の間も長いし、そして東京の人間の歩くスピードは早い。しかもスマホやりながら、見事に人を交わすのは離れ業です。よく衝突しないな、と感心するばっかり。
楽しいところはたくさんあるし、見学したい場所もありましたけど、未定の次回にします。

東京は、山登りするくらい歩きました。
では、また明日♪♪♪

東京の今日の最高気温は27度だったが、湿度があり歩くと汗ばむ、まるで夏のよう。新聞を読んだら、関東地方の内陸部は30度を越すという。まだ5月なのに、真夏日だ。
そんな気候の中、都電荒川線を始発の早稲田から終着の三ノ輪橋まで全線乗車しました。

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JR飯田橋駅から地下鉄東西線で二つ目の早稲田駅で下車し、歩くこと15分で早稲田大学講堂へ。1882年(明治15年)の創立だから、132年を迎えますね。この建物の大隈記念講堂は1927年(昭和2年)に建設されています。まさに、早稲田の象徴ですね。

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創立者の大隈重信の像が見えているけど、ガードマンにより校内に入ることが出来ず近づけない。残念です。大隈さんに会いたかった。

都電の早稲田電停。ターミナルであることが分かりますね。

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次の電停の面影橋。

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人工的な河川の神田川に架かる橋は、江戸時代は水が澄みきっていて魚もいたそうだが、今の川は大きなごみがあり汚い。名前負けですね。

都電荒川線の停留所は30ヶ所あり、営業距離は12、2km。1日4,9万人の利用客があるそうです。

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朝7時30分から乗り始める。早稲田、面影橋、学習院下、鬼子母神前、雑司が谷と一つずつ下車し、周辺を散策した後、再び乗車を繰り返したが、この2日間の疲労も重なり、かなり疲れてしまった。次の東池袋四丁目、向原、大塚駅前、巣鴨新田を通過し、庚申塚で下車。目的はとげぬき地蔵尊のある高岩寺へ。巣鴨地蔵尊通りを歩いて15分ほど。
下の写真は、鬼子母神ですね。

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おばあちゃんの原宿と呼ばれる、巣鴨。とげぬき地蔵尊の高岩寺の境内の隅にありました。

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朝早い9時に行って良かったです。どんどん、観光客がやって来て、昼には水をかけるのに行列が出来る、といいます。ディズニーランドみたいに並ぶことになります。像に水をかけると、その部分の痛みが消える、といいます。足が痛かったので像の足元に水をたくさんかけました。痛いの、痛いの飛んでいけ~。

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さらに、次の新庚申塚、西ヶ原四丁目、滝野川一丁目、飛鳥山、王子駅前、栄町、梶原を通過し、荒川車庫前で下車。

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ここには、昔銀座を走っていた電車が展示されていました。

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終点の三ノ輪。今の季節は、バラが咲いていてとっても綺麗。

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車内をアップ。都電は函館の市電と同じです。軌道も同じ、1372㎜。中古の都電を購入していますからね。

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終点の三ノ輪で、ちょうど昼の時間。地元の商店街の食堂でランチタイム。

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今度は早稲田方向へ逆戻り、町屋駅前や栄町で下車。飛鳥山でも下車し、無料の「あすかパークレイル」に乗って山へ。といっても、高さは25メートルしかない。
まるで、ゴンドラみたいだけど、モノレールのようなレールがついています。

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偶然、山の上から新幹線が見えてパチリ。

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そうそう、1日乗車券を買っているので、何度も乗り降り出来るのですよ。400円だから、15回以上乗り降りしたので十分元を取った、と思います。

大塚駅前でも下車。そしたら、北口広場で無料コンサートが行われていて、アマチュアコンテストで優勝したグループが演奏していて、上手でした。

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そして、2時からなんと小室 等さんがギターを弾きながら、歌います。超ラッキーでした。

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水道橋のホテルに戻ろうと、王子駅前へ行き地下鉄南北線で後楽園へ。

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そういえば、今夜は東京ドームでファイターズvsジャイアンツの試合があるのですね。さすがに巨人のホームだけあってジャイアンツのレプリカユニフォームを着たファンが圧倒的に多い。当日券売り場にものすごい行列。ホテルに戻りテレビで応援します。もちろんファイターズの応援ですよ!!

それでは、明日、東京最終日です。

東京2日目の今日、気温は上昇し25度を軽く越えて夏日となりました。柴又9時集合に遅れまいと、6時に起床し、地下鉄東西線と千代田線を乗り継ぎ、町屋駅へ。そこから京成をさらに2本つないで柴又へ到着したのは、なんと7時40分。1時間20分も時間があるじゃありませんか?
そこで、観光客が一人もいない、柴又周辺を一人で散策しました。

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まずは京成、柴又駅。ここのプラットフォームで、いつもさくらさんと寅さんの別れがありますね。

続いて寅さんの像。わがままで、いつも迷惑をかけているけど憎めない寅さんの良い雰囲気が出ています。

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帝釈天への参道を歩きます。
団子屋とらやのモデルとなった高木屋のお店。寅さんの予約席があります。いまでも、「よっ」って登場しそう。

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続いて帝釈天。いつも夕方になると寅さんの弟分の源公の衝く鐘がありますね。

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今日は時間がないのでこれまで。このあと江戸川のサイクリングロードを自転車で走り、葛飾区の水元公園へ行きます。寅さん記念館も行きますが、残念ながら続きは、夜か明日へ持ち越します。ではひとまず失礼します。

現在25日午前6時26分。2泊した東京セントラルユースホステル18階からの眺めです。

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新宿の高層ビル群が見えます。

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昨日の続きを書きます。

葛飾区の水元公園へ。地図を見たら、ここは昔、蛇行する江戸川の三日月湖、つまり河跡湖ですね。

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江戸川の河川敷きに到着。

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江戸川を渡る矢切の渡しの船に、自転車ごと乗ります。

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川幅約150メートル、最大深度8メートル。最初は手で漕ぎ、後で船外機へ。午後は風が強くなってきた。

下の写真は午後3時ころで、上流への強風が吹いていることが分かりますね。

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途中寄った「しばられ地蔵」。1本100円の縄で願い事をしながら、お地蔵さんを縛っていくのです。

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で、その後寅さん記念館へ行きました。

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では、また。

全く、田舎から出てきたおのぼりさんです。
学生時代4年間過ごしたといっても、はるか40年も昔の話。その後何度も上京しているけれど、年々変化している世界1の大都会東京にはついていけない。
というわけで、おのぼりさんになりました。実は2年に1度開かれる大学のクラブのOB会に出席するためですが、今回は少し時間をかけて東京をまわろう、と金曜日に旅たちました。

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まずは函館空港。1時間20分後には羽田空港へ到着。

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シャトルバスの中から写したために青がかった空模様ですが、外は灰色の薄曇り空。それでも東京では晴れ、なんですね。湿度がかなりあり、歩くだけで汗ばむ。函館を出た時は、肌寒く上着を来て空港へ。機内ではポロシャツ1枚になり、羽田空港では1枚でも暑いくらい。それでも東京の人たちは上着を着ており、半袖ポロシャツ姿はいません。今日などは函館の最高気温が東京の最低気温ですね。今日の天気予報を見たら、網走の最高気温は何と6度!寒い!!ストーブを焚いていますね。ここ数日北海道は寒いです。いわゆるリラ冷えです。

モノレールの一番前の席へ。

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まさに観光客根性丸だし。
浜松町でJR山手線に乗り換え、秋葉原で総武線へ。下車した駅がここ、錦糸町。

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これを、見に始めて錦糸町に降り立ちました。駅前にはロッテの大きなビルがありますが、駅自体はそれほど大きくない。錦糸公園を歩いて、最初に見た東京スカイツリー。

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まっすぐに歩いて行きます。15分くらいかな?とうちゃこ!

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とにかく大きい。いや高い。634メートルもあるのですね。函館山が334メートルですからその倍近い。この写真、寝転がって写しました。カメラを横にすると、こうなります。

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麓しか写らない。残念ながら料金が高いので登りません。見るだけ。
ここから、さらに歩いて、隅田川へ。この人に会いたかったのです。

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勝海舟さんです。幕末の英雄、西郷隆盛と対等に話し合って江戸城を無血開城し、江戸の町を戦場にしなかったのです。幕末の人物では、勝海舟、坂本龍馬、そして土方歳三、この三人が好きですね。うち、二人は函館と関係がありますからね。

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隅田川に架かる吾妻橋から見たアサヒビールのビル。この雲みたいなオブジェは有名ですね。
そして、浅草へ。

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外国人が多いですね。アジア人もたくさんいます。いろいろな言葉が聞こえて来ます。
仲見世通り。すごい人。

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ここで、人形焼きを購入。10個入って半額の300円。お店の人が夕方になって半額にするよ、と。自販機で100円のペットボトルを買い、浅草寺の境内で5個食べました。残りは朝に取っておきます。

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浅草寺から合羽橋通りへ、さらに上野駅まで歩き通したため足が痛くなった。この程度で痛くなるなんてダメですね。今回、スイカを購入し、それこそスイスイ通過しました。当たり前ですが、改めて便利ですね。それにしても車が多くて、東京では自家用車は持てない、ことを実感。自転車で走るのが一番良いですね。
明日は、その自転車で「寅さん」に会いに柴又へ行きます。
今回の詳しい話は、また改めて総集編でアップしますのでお楽しみに!

それではまた明日 ♪♪♪

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             どこからお伝えするかは、お楽しみに!
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 さて、江差線の旅、いよいよ最後に近づきました。
最初の写真は渡島鶴岡駅の一つ江差より、これまた無人駅の「吉堀駅」。もっとも有人駅は
始発の木古内駅と終着の江差駅、中間の湯ノ岱駅の3つの駅だけですけどね。
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貨車を改造しただけの駅ですが、中では十分ステーションビバーク出来ますよ。
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続いて、桧山管内に入って、神明駅、湯ノ岱駅、宮越駅、そうそう湯ノ岱と宮越の間に
「天の川」駅があるのを忘れていました。宮越の次の駅がここ桂岡駅です。
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内部を見ると、こうです。ここで昼ご飯を食べました。
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農村部の小さな駅で雰囲気がありますね。でも利用する人はほとんどいないのです。
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そして、さらに歩いて次の駅の中須田駅へ。
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上ノ国町の田んぼと畑の真ん中に、ポツンとある貨車の無人駅。

続いて上ノ国駅。町の商工会の建物の中に駅が併設されています。この建物の大部分が
駅ではありません。
左側の一部だけ駅。
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それでもいつも掃除している小奇麗なソファ付きの待合室がありますよ。
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この日も上ノ国キャンプ場で車中泊。キャンプ場の近くにある「夜明けの塔」という高い塔
から撮影しました。まず、南の方向。たくさんの風力発電のプロペラがある。
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東の方向は「天の川」に沿って市街地が伸びている。
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北を見ると、左端にソーラン節で有名な鴎島、それと緩やかな傾斜地に発達した江差の町。
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西の方向は日本海。晴れていれば、奥尻島渡島大島が見えるのに。
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こちらは、南西の方角です。6月下旬になると一面菜の花のまっ黄色のお花畑になります。
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江差駅です。
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始発列車を待つ。キハは気動車の普通車。後の40 840は分かりません。どなたか、
教えて下さい。
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線路の向こうは町営住宅で、ここが終着駅であることが分かりますね。
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ホームまで行きます。
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始発にもかかわらず、たくさんの旅人を乗せて出発を待ちます。

駅の外では明日の最終日に備えてのセレモニーの用意。
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駅長さん。長いこと、ご苦労様でした。
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駅には江差の町の地図。見るところがたくさんあるので、駅だけではなく歩いてもらいたい
ですね。町内には温泉もあります。
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というわけで、江差駅と上ノ国駅を中心に取り上げました。この間の絶景ポイントの
風景は、後日再びお伝えすることにします。

それでは、また明日  

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 昨日は、北海道新幹線最初の駅となる木古内町の隣町である知内町を取り上げました。
今年3月まで、津軽海峡線の道内最初の駅があったのに、廃止されました。もう在来線は
使用されないからなのか?役目が終わったからなのか?すべて新幹線優先で進められる
んですね。
このままだと、道内のローカル線はいずれほとんどの路線は、自然と廃線になります。
赤字しか出さない線は廃止だ!と。

 さて、知内町のはずれ、湯の里小学校が目に留まりました。湯の里、とは知内温泉のこと
ですね。道内最古の温泉の知内温泉。昔は写真で登場した旅館の向かいに、もう1軒旅館
があったのですが、確か火事で焼けてその後は廃墟のまま、今回訪れた時は何もなくなって
いました。栄枯盛衰を感じます。
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立派な校舎ですね。
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1894年(明治27年)に開校している歴史ある学校です。この建物は1993年(平成5年)に
建てられているから、もう20年は経過していますね。

近くの、といっても自転車で30分以上走って、重内(おもない)神社へ。
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確か、ここ周辺の農地は、福井県出身の人たちによる開拓地、という碑があります。今は
知内名産のニラが有名ですが、明治時代の開拓時代は熊の恐怖と戦いながらの開墾だ
ったのでしょう。神社の裏に延びる階段を登って行くことにします。
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山頂から見た南側。晴れていれば、津軽海峡越しに津軽半島が見えるはず。
一直線に伸びる農道の左側には桜の木が植えられている。

西側を見ると残雪の知内山系の山々。標高800mくらいだが、人を寄せ付けない深い山だ。
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北側を見ると、農地が広がる。少しでも平らな土地に農作物を植えようと、農地を広げて
行ったのでしょう。先人の苦労が分かります。
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そして、市街地から10kmほどの行き止まりの集落である小谷石(こたにいし)を目指します。
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トンネルをいくつか越えてたどり着いた小谷石。先っぽには道はない。
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この防波堤の先で終了。矢越岬までは、高くて険しい断崖で、歩くことすらままならない。電線
もあと3本で終わり。先にはありません。
道内で3か所、海岸沿いに道がない場所の一つです。一つは恵山。トロイデ型の活火山であ
る恵山(618m)を周回する道は、険しい断崖絶壁のためにいまだに造られていません。
もう一つは、みなさんご存知の知床半島。知床岬までの道はないですね。半島の南側の羅臼
と北側の斜里を結ぶ知床峠の道はあっても、半島の先端までは遠いですね。

昨年は、やはり未開通の道だった桧山、せたな町の大成区、太田部落の尾花岬がついに完成。
ほとんどトンネルだけど北桧山区へ日本海沿いルートの道が出来ました。
道南に多いのは、それだけ開発と縁遠い地域だったからなのか?渡島・桧山の地域は道路すら
造られていないところが多すぎます。

廃校となった矢越小学校
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自転車は、降りて押さざるを得なかったです。あまりの急傾斜の道。
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今は、「矢越山荘」という宿泊研修施設になっています。
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1882年(明治15年)の開校です。
ここで、クマザサをがさがさと揺らす音がした。グワッー。ヒグマか?と大きな声を叫びそうに
なったけど、クマザサから出てきたのは、山菜取りをしていたおばあさんでした。ホッ!
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というわけで、今日は江差線とは少し離れていますが、木古内町のとなり町の知内町の
秘境である小谷石を取り上げました。商店は一つもなく、私が滞在していた2時間の間に
Aコープの農協とCOOPの生協の車の巡回車が2台、地域を周って必要な食料品を販売
していました。買いに来る人たちはみな高齢者ばかり。限界集落の実態をまざまざと見せ
つけられました。
昔あった商店は廃屋になっています。何年も前に営業がストップしてしまったのでしょうね。

明日は、いよいよ最後の江差線の駅、「江差駅」・「上ノ国駅」を取り上げます。
それでは、また明日 

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 「渡島鶴岡駅」では、駅舎のとなりの鶴岡公園で車中泊を2日間しました。下の写真は
鶴岡公園から見た、小さな駅舎と始発列車。
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そして、夕方の列車。
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5月に入り、陽が沈むのは7時ころか?随分と昼の時間が長くなりました。
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さて、朝を迎えこの日は木古内駅から松前線の跡地を探す旅へと出発。
まずは、この3月に廃駅となった知内駅へ。途中、こんな碑を発見。
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建有川が、松前藩と幕府領との境、という関所の跡地。開国に伴い箱館周辺は天領へ。
松前藩の領地は、ここより西側と定められました。その境界を示した碑です。
何度も通過していたけど、初めて知りました。
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今は道の駅しかない。鉄道駅は廃止されました。新幹線の開通に伴い木古内駅が、
道内最初の駅となるからです。
新幹線の工事、真っ最中の中を在来線の貨物列車が通過していった。
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遠くに見えるトンネルが青函トンネル。次に出る時は青森県です。北海道側の入り口、
出口ですね。
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知内はニラとホタテ、そして北島三郎の出身地。彼はここ知内駅から、汽車通学して函館西
高校へ通っていました。2時間はかかりそうで、偉かったですね。

さらにとなりの町である福島町千軒へ。
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廃校となって、もう20年以上経つ千軒小学校。体育館だけが残されて、地元の人たちに
利用されています。
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近くには千軒神社も。
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ここで、千軒駅跡を探しました。多分、この一直線に伸びるている道らしきものが昔の線路
かな?と思いますが・・・。
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携帯電話の電波塔だけが、現代を象徴する建物ですね。
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そして、地元の人に聞いて、やっと探し当てた駅の場所。この白樺の木があるところに
駅舎があったのでした。
私が教職に就いて仕事を始めた1975年(昭和50年)、遠くに見える千軒岳登山をする
ために、松前線の列車でやって来て、近くの山小屋で1泊し、翌日登山開始し、下山し
函館へ帰宅したのもこの駅から、という思い出の駅です。
でも、廃線となったのは1977年というから、私が乗った2年後には廃止されたんですね。
今頃になって、思い出したかのように来て見ても、もう遅いけど、出来れば当時写真に撮
って残しておけば良かった、と悔やむばかりです。

知内への帰り、知内温泉へ寄りました。道内最古の温泉です。
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文面にある「宝治元年」とは?なんと1247年のこと。今から800年近くも以前の話です。
時代は鎌倉時代、執権北条氏が政治を仕切っていた時代です。
神社もあったけど、比較的新しい建物でした。
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かくれキリシタンの碑もあった。
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そういえば、千軒の名の由来は、江戸時代前半禁教政策により本州から逃げて来た多くの
キリスト教徒たちが、ここに隠れて生活していた。やがて、知内川上流で金が発見され、
多くの金を採掘する連中が本州からやってきた。その数が1000軒、家が建つほどになった
ということで千軒の名が誕生しています。

しかし、やがて幕府の知られるところになり、隠れキリシタンの人々は処刑されます。今は
その歴史を証明するために、山の麓と山頂に十字架が建てられているのです。
そんな悲しい、血に塗られた歴史があるのです。江戸から遠く離れた、当時蝦夷地と云われ
た辺境の地まで逃げ延びて来たキリシタンの人々の物語がここにありました。

ということで、今日はおしまい。それではまた明日 

 毎朝見るBS・NHKの「こころ旅」で火野正平さん、ホントに高所恐怖症なんですね。
今日も高さ120mの橋を自転車で走る場面があったけど、おっかなびっくりで橋の真ん
中でついに降りて押して歩くという体たらく。何度も拝見して来たけど、これほど高い
ところが苦手とは。先日もゴンドラに乗ったんだけど、一度も風景を見ることなく顔を
覆っていました。
 いろいろな恐怖症があるけど、高所恐怖症では旅していて困ることもあるでしょうね。
高くて険しい山、恐ろしく高い橋など、どうしても通過しなければならない時があります。
テレビを見て、笑っていてはいけないけど、つい面白くて・・・失礼なことですね。
火野さんには、頑張って北海道上陸をはたして欲しいですから。

 さて、本日の1枚目。
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渡島当別駅の次の駅、「釜谷駅」。貨物車両を改造して駅としています。中を覗くと。
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綺麗に整頓されていて、駅寝には最高。ステーション・ビバークという言葉は20年ほど前に
STBのすすめ」という旅の本を買って読んだ時に知りました。旅の経費削減のために駅で
寝る。今では日本一周をしているライダーやチャリダーの方々は「道の駅」で寝る旅人が多
いですが、昔は鉄道の駅で寝ることが多かったのですよ。私も自転車で旅している時は、何
度もお世話になrました。
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ストーブまであって、冬でも暖かそう。
次の駅までの途中に、チューリップの群落がありました。
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威臨丸(かいりんまる)の眠るサラキ岬」と書かれている。
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開国間もない1857年、安政4年にオランダはインデルダイクで生産され幕府海軍の主力艦
として期待されていた軍艦です。1860年には、勝海舟、福沢諭吉、ジョン万次郎などを乗せ
て太平洋を渡っています。
1871年(明治4年)、戊辰戦争で敗れた仙台藩の401名を乗せて函館経由で小樽へ向かう
途中の9月20日、サラキ岬沖で座礁し沈没する、という悲劇に見舞われます。
そんな威臨丸は、栄光と悲劇の船として幕末から明治初期の1ページを飾っています。
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こんな素敵な帆を持つ蒸気船だったのです。
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そして、「泉沢駅」。花の駅としても知られています。
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長いこと駅の管理人をしてこられたおじさんです。3セクになると出来ないとのこと、ご苦労
さまでした。
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たまたま特急列車が入線。
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函館発の青森行きの上り列車と、下は青森発函館行きの下り列車。
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その間、貨物は待機です。
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しばらくおじさんとお話しした後に、次の駅「札苅駅」へ。
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木造の可愛らしい駅ですね。泉沢駅も同じような造りでした。
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というわけで、昨日、今日と江差線の中でも廃線されずに残る駅を取り上げました。
電化区間の五稜郭・木古内間が、第3セクターとして2016年から運行される駅です。
2年後、そして運行されて5年後、これらの駅はそのまま残っているでしょうか?
住民の足になっているでしょうか?心配な部分もあるのですが、どうなるることか?

ではまた明日   

 今回廃線となったのは木古内駅から江差駅までの区間です。これで、桧山管内では
一つも鉄道がなくなってしまった。以前に瀬棚線が廃線となり、残っていた唯一のJR線
である江差線まで廃止されると、あとはすべてバス輸送のみ。桧山はますます人口が
減少し、過疎になるばっかりです。悲しい。

 さて、江差線は、正確には函館駅の次の五稜郭駅から木古内まで、そして江差駅まで
の区間を走っています。全線79.9km。今回はそのうちの非電化区間である木古内・江差
間42.1kmが廃止となりました。

 それでは、五稜郭駅と木古内駅はどうなるのか?というと2016年北海道新幹線の開通
に伴い第3セクターとなり、沿線の自治体が赤字を負担することになります。ただでさえ、
人口が減っているのに赤字分を補えるのか?そのうちに廃線となるのは目に見えていま
す。三陸鉄道のように、全国から支援があって、しかも地元民に愛されているのなら別で
すが、果たしてどうなることやら?とても心配です。

 五稜郭駅から上磯駅までは都市間輸送ですので、通勤・通学の利用者も多く、ここは
今回はカットして、いきなり過疎地の無人駅「茂辺地駅」からお伝えします。
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1930年(昭和5年)国有鉄道の駅として開業しています。モヘジという名について調べました
が、分からず。不思議な名前ですね。へのへのもへじ、みたいなところから来ているのかな?
ここは、北斗市茂辺地。木造の可愛らしい駅ですね。駅寝(ステーションビバーク)に良いかも?
次の駅は「渡島当別駅」。
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地名は石別。実は、1906年(明治39年)茂辺地村と石別村が合併し、茂別村へ、1955年
(昭和30年)上磯町へ編入されます。その後上磯町は大野町と合併し2006年2月1日、
北斗市へ。
山梨県には北杜市という市があり、同じ発音で紛らわしいですね。

ここ、渡島当別にはトラピスト男子修道院があります。そこまでの道が素晴らしい!
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そして、周囲は果てしのないほど広がる牧草地。
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ここでは、修道士たちが修道院を維持するための労働奉仕として、トラピストクッキー
バター飴などを生産してして、そのために牛などの家畜も飼育しているのです。
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赤とんぼ」の作者、三木露風はここで4年間過ごし洗礼を受けています。
近づいて見ましょう。
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北海道まちづくり100選」にも選ばれています。
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1896年というから日清戦争後に設立しているのですね。これを読むと、日本にある7つの
修道院のうち、5つは女子、男子は2つのみ。函館近郊には男子と女子の両方があります。
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この説明では6か所だけのよう。
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坂道がずーと続いています。
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中に入ることは出来ませんが、予約すれば見学が出来るそうです。但し、男性のみ。
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駅の近くには男爵博物館がありましたが、今は閉鎖中。
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男爵イモも開発者である川田龍吉男爵は、ここでカトリック教徒として洗礼を受けています。
大正天皇の次に自動車に乗った人物としても知られています。
以前見学した時は、ここに書いてあるように、日本最古の蒸気自動車が展示されていました。

明日は、次の駅である「釜谷駅」・「泉沢駅」・「札苅駅」を紹介します。
それでは、また明日   

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 江差線の中で、始発の木古内駅と終着の江差駅以外で唯一駅員さんがいるのが
湯ノ岱駅です。ここは町営の日帰り温泉センターもあるし、何よりもタブレット交換
ある駅でもあります。タブレット交換って?知らない人もいると思います。タブレットって
PCのこと?ではありません。単線の線路での列車の通行証みたいなもので、これが
なければ走ることが出来ない。上り列車と下り列車が交差する時に、これを交換する
ことで、やっと単線を走ることが出来る。
それが、ここ湯ノ岱駅で行われているのです。全国でも珍しいのです。
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国民温泉保養センターの案内が書いてますね。歩いて10分。湯ノ岱スキー場湯ノ岱小学校
にあります。つまり、ここの小学校はスキー場を持っている、ということ。すごいですね。全校生
徒合わせても何人もいないのに、ロープトゥ付きのスキー場を持っているなんて。
ただ、残念なことに、湯ノ岱小学校は来年3月で以って閉校となります。児童数の減少によりま
すが、寂しい限りですね。
木造のこじんまりした駅舎です。
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何と、ここで鉄道マニアには超有名人の横見浩彦さんとお会いすることが出来ました。
感激!
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右、横見さん。彼は、全駅下車達成者として知られ、著書も何冊かあります。現に今読んで
いる本「すごい駅!」はこの横見さんと秘境駅訪問家の牛山隆信さんとの対談共著で、まさ
に全駅を知っておられる鉄道ファンの中では「神さま」的存在。このあと何回も江差線沿線で
お会いすることになりました。
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ここで、知り合った方たちともパチリ。全国から江差線廃線の前に乗ろう!と来ていました。
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先ほどのタブレット交換を写し損なってしまった。失敗・・・。赤旗を持つ方と運転にいる方が
タブレットを交換するのを写す予定が…遅れてミスしました。
多くの鉄道ファンがそれを狙ってシャッターを押したのに。

最終日のことです。湯ノ岱の集落はさよならセレモニーで賑わっていました。
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ゆるキャラの「カミゴン」。
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「さようらな江差線 2014.5.11」の看板を掲げて走って来ました。
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昼時「お別れセレモニー」が、多くの町民とともに行われました。そのほとんどはお年寄りで
したが。
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湯ノ岱は、もともとは林業の町、最盛期の1960年代は林業従事者だけで数百人はいた
といいます。
貨物専用線が3本も備わり、毎日貨車で丸太を函館方面へ運んでいました。構内では
多くの作業員が働き、丸太を貨車の荷台に積み込んでいる光景が見られました。
ところが、トラック輸送へ変わる1970年代になると貨車の姿が見られなくなり、林業も
勢いを失い廃れていきます。

現在の湯ノ岱の人口は250名ほど。子供数はそれこそ数える程度に減少していったの
です。
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ホントに寂しくなりますね。駅がなくなり、学校もなくなるなんて・・・。
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後ろ姿を見ると、高齢者ばっかりです。
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この列車が去ると、一人消え、二人消えてやがてこのテントも撤去されます。宴の後の
閑散とした会場です。それでも、全国から来た鉄道ファンはまだ残り、3時過ぎの特別列車
の到来を待ちます。その多くは、待ち時間を先の温泉センターへ歩いて行き、源泉かけ流
しの温泉へ浸かり、また戻り到着を待つのです。

というわけで、今日は、湯の町、林業の町、そしてタブレット交換が行われる湯ノ岱駅を紹介
しました。廃線となって1週間、駅舎は今どうなっているのでしょうか?
出来れば、そのまま残して欲しいですね。バスの待合い室でもいいし、バスターミナルとして
も存続して欲しいです。

では、また明日 

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