今月19日に紹介した「石倉稲荷神社の奥ノ院」、それの本宮はどこにあるの?との声が
あり、それでは、と訪ねることにしました。
奥ノ院は、沿岸部を東西の延びる旧銭亀沢村の海岸部分にあるわけではなく、文字通り
奥の山中、石倉山にありました。詳細は1.19をご覧ください。
湯川から車を走らせること20分ほど、サケの遡上する川である汐泊川の右岸より100m
ほど市内よりの場所に、本宮が存在します。
駐車場がなく、国道278号線の海寄りに空き地があったので、そこに駐車し歩くことに。
道路沿いにあり、赤い鳥居が目につくのでのですぐ分かります。

総本山の京都伏見稲荷大社の千本鳥居に比べると比較にならないが、それでも4本の
朱色の大きな鳥居が並んでいる。右には、「石倉稲荷神社」の石碑も。

階段の上に神社の本殿が見える。
ここは、1647年というから江戸時代3代将軍の徳川家光の時だから、今から470年も前の
話です。ここ銭亀沢村の商人、秋田屋蛯子太郎左衛門が商売繁盛のため京都伏見稲荷
大社から分霊して、石倉山に小さな祠を設けたのに始まります。
その後は、村の鎮守神として今に至っています。
階段を登ると、左右に狐の石像がある。

寒いのか、毛糸のコートを羽織り、マフラーまでして首を暖めている。
稲荷神は、もともとは農業神。狐は稲荷と同一視され、古来より神聖とされていました。
なぜか?その理由①狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食するから。
その②狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ているから。
だから、狐は神の使いとされました。
江戸時代には、商売の神ともなり狐は白くなります。そういえば、陶器製の白狐は各地で
見かけたことがありました。
だから、稲荷神社は、他の神社で見かける狛犬ではなく宝玉をくわえる狐の像になったの
ですね。
左の狐。

頭に白い雪を被っているけど、フードをつけて可愛らしい。左右で同じファションだ。
稲荷は、稲成りとか稲生りから来ている。まさに、お米の出来を司る神様だ。
俵を模した俵型の寿司が稲荷寿司。
でも、キツネは肉食動物で油揚げは食べない。

額には「石倉稲荷神社」と金色で描かれている。

商売の神様でもあるから、だからよくデパートの屋上にもあるのですね。
日本の神社で一番多いそうです。全国に8万社以上ある中で、稲荷神社は3.2万社も。
以下、2位 八幡神社2.5万社。 3位 伊勢神明社1.8万社。 4位 天満宮1.4万社。
5位 諏訪神社1.3万社 と続きます。
日本の神社は八百万(よおろず)の神、というくらいだから8,000,000もあるのかな?
なんて思っていたけど意外と少ないのですね。
後から調べたら、八幡神社は4.4万社あって日本で一番だという記事もあったけど、
どちらにしてもどこの町村に行っても、どこの田舎でも神社はありますからね。
最後に、神社の裏手の土手をよじ登ってみたら、何と旧戸井線の跡地があった。

きっと、夏場は草木が茫々でここまで辿り着けないだろう。冬場だから葉っぱが落ちて良く
見える。
真ん中の凹んだ左右に延びる道が、昔といっても戦前ですが軍事目的のための鉄道「戸井
線」の跡地。
稲荷神社の裏を走る予定だったとは!
思わぬ発見をしたことに稲荷神社の神様に感謝!狐の頭を撫でて来ました。
それでは、また明日
















































































































































