函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2015年09月

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。



以前、このブログで岩泉線の廃止を今年、と書きましたがそれは間違い。廃止されたのは2014年の
4月1日でした。この場で、訂正いたします。


さて、田野畑村の民俗資料館から終点の岩泉駅へ行くには、国道45号線を南へ行き、思惟大橋を
5kmほど過ぎて「田野畑南」の信号を右折、県道44号線の険しく細い山道を行かねばならない。

越ノ石峠(280m)にかかる大芦トンネルを越え、さらに名もなき峠を越えるとそこは岩泉町。
まもなく国道445号線へと。進路は西へ。
道の駅「いわいずみ」を過ぎ6kmほど西へ進むと、➡龍泉洞の看板が見える。日本三大鍾乳洞
一つである龍泉洞の見学は、今回はパスし国道をさらに西へ。岩泉町の中心街に入り小本川に
架かる橋を渡ると岩泉駅だ。

全距離38.4km、全線非電化、駅数9駅
IMG_0424



















今でも営業しているかのような建物だが、実際には2010年7月31日に発生した土砂崩れによる
脱線事故のため、以来前線で運休。
2012年3月30日にJR東日本は鉄道での復旧を断念し、バスによる輸送を継続したいという方針を
発表、2013年11月8日に廃止届が提出され、2014年4月1日廃止されたわけで、すでに5年間鉄道
は動いていないのだ。

ホームに立つ。
IMG_0425



















線路は草茫々。レールは錆び付いている。
進行方向を見る。
IMG_0426



















やはり雑草がレールを覆い隠している。5年間ホームに立つ人はいないのだから。
それでも、車止めへと歩く。
IMG_0427



















ここで、岩泉線は終わっている。本来は、この後海側まで伸びる予定であった。現在は三陸鉄道の
小本駅となっているが、国鉄時代は小本駅へとつながるはずだった。もっとも岩泉線となる前の名は
小本線だったのだから。

しかし、乗客は少なく廃止の道へ。ところが、道が狭くバス運行に支障をきたす恐れがあり、国鉄は
廃止申請を取り下げ岩泉線は存続されることとなった。

が、2010年の土砂崩れがついに廃止へとなる。

次の二升石(にしょういし)駅
IMG_0428



















地区の名前が二升石。意味は?二升(1.8リットル×2=3.6リットル)ほどの石があった?
調べたけど分からず、残念・・・。
IMG_0429



















駅名を示す看板も取り外されている。でも、レールは撤去されずにまだ残っている。

続いて2.8kmしか離れていない隣の駅の浅内駅へ。
道路は小本街道と呼ばれる国道455号線を西へ、間もなく南へ行く国道340号線へと道を変える。
道は狭く、ゆっくりと進む。浅内発電所を通過して浅内駅へ。
IMG_0430



















木造の駅舎が、まだ残っていた。元々は交換設備を備えていて、かつては駅員さんもいて貨物も
取り扱う一般駅だったのだ。
構内を歩くと、何と!給水塔があった。
IMG_0431


































かつては蒸気機関車へ水を供給していたのだ。 そうそう、駅前の商店でおばさんとお話ししたら、昔は転車台もあったと。

駅前に小さな、でも何でもそろっている商店があったので牛乳を久しぶりに買う。
しかし、これがいけなかった!牛乳は回転の速い大型スーパーで買うべき旅の鉄則を忘れ、野菜
ジュースがないからと代わりに買ったのだった。

しかも、1リットルの紙パック入り。残すわけにいかないからと、いきなり半分以上も飲み込む。
さらに賞味期限を読まずに購入していた。田舎では、パンや牛乳は買う前にチェックすべし!
期限切れの商品は買うな!は当たり前なのだが、その日に限って忘れてしまった。

その結果は、明日詳しくお伝えします。

さて、次の岩手大川駅
IMG_0432



















ここも、雑草でレールのほとんどが覆い尽くされている。

そして険しい峠道を越えて秘境駅のひとつである押角駅へ。
国道沿いに駅を示す案内板はあった。
IMG_0435



















右が国道340号線。やっとの2車線。峠は押角峠(530m)、トンネルになって越える。
この矢印へと歩く。が、いきなり通行止め。
IMG_0434



















「あぶないから入ってはいけません」

でも、自己責任で越えて行きました。板は川に架かる橋の役目を果たしている。その向こうに
はしごが見える。そのはしごを登ると駅のはずだったが・・・。
駅の跡を示すものは何一つなかった。ホームも見当たらないし、レールもない。
発見できなかった自分が悪いのか? ここが駅だったとは?

そんなわけで、廃止された岩泉線の各駅巡りをさらに続けます。


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


昨夜、道の駅「たのはた」で車中泊したものの、すぐそばの国道を走るトラックの騒音でなかなか
寝付かれず。睡眠時間は、5時間もなかった。
三陸では、まだまだ復興工事が終わらず、というより工事の真っ最中といった方がいいほどで、幹線
国道の45号線は終日トラックなどの工事関係の車両が走っている。

さて、それでも6時前には起床。最初に島越(しまのこし)駅を目指す。
その前に、道の駅の目の前が思惟(しい)大橋
IMG_0407



















何で、思惟の橋なのか?というと。
IMG_0406



















心を渡すという意味で名付けられた、と書いている。が、橋が完成する以前の昔あったここの坂は
辞職坂」と呼ばれていた。
なぜか?田野畑村に赴任した公務員、例えば小学校の教員は県庁の盛岡市からやって来て、
標高差300mほどの坂を上り下りしてたどり着いた時に、ここを毎日村役場まで歩くのか?と考えると
辞職したい!と思ったからだ。
それほどしんどい坂。橋が出来た今は楽だし、誰もが車を所有出来る時代だからいいけど、昔の人は
本当に辞職を考えたのは、本当だろう。

詳しくは、この碑に書かれていますのでズームしてお読みいただければ理解できるはずです。
IMG_0408



















さて、橋の横から海岸へ下りる細い道がある。そこをたどり海が見える場所まで行く。
島越駅が見えてきた。
2年前の2013年4月「春の旅」では、鉄道の線路は流されコンクリートの塊が散乱していた。
それが、今ではすっかり片付きキレイに整備されて島越駅は営業している。

2013年4月のブログを見ていただければ、当時の惨状はどんなに酷いものであったか、が分かります。
IMG_0409



















駅の周辺は今も整備中。
高架橋が立派になっている。ただ、手前の雑草茫々の土地には民家があって人々の営みがあった
のだが・・・。今は手前の高台が整地されて新しい住居が何軒も完成していた。
IMG_0410



















カルボナード島越駅のホームに立つ。カルボナードとは、岩手県の詩人、宮沢賢治の童話「グスコ
ーブドリの伝記」の舞台の一つであるカルボナード火山島に由来する。
IMG_0411



















素敵な駅舎が完成していた。
IMG_0412



















ここで、駅の管理をしている地元の方とお話をする。
この方、テレビで拝見しています。上方漫才のご夫婦宮川大輔と花子さんが復興支援にやって来て
ここ島越駅の名誉駅長となっている。
IMG_0413



















「津波は上から降ってきた」
「駅も線路もズタズタにして流してしまった」
など1時間も滞在してお話を聞けました。お茶やお菓子まで出していただき、本当にありがとう
ございました。
駅舎の中は、津波の写真がたくさん展示しているし、テーブルやイスがいくつもあってサロンの
ようで乗客でなくてもくつろげる。
ぶらーっと立ち寄りたくなる駅です。

こんな可愛らしい列車が走っています。
IMG_0414



















続いて田野畑駅へ。
IMG_0415



















ここも素敵な駅舎だ。駅の愛称はカンパネルラ。宮沢賢治の童話「銀河銀河鉄道の夜」に登場する
人物に由来している。
IMG_0416



















賢治の詩がありますね。「発動機船 三」。
IMG_0417


































ここでも、ゆっくりとした時間を過ごし、再びきつい坂を上り(といっても車だから汗もかかないけど)
高台にある田野畑村の民俗資料館へ。
幟に書いてあるように、「小〇民俗資料館」とある。何のことかは、中へ入り学習した後に分かった。
IMG_0418



















小〇とは、「困る」から来ている。
南部とは、今の岩手県のこと。南部藩は盛岡に城を構えて南部地方を支配していた。
三閉伊(さんへい)とは、三陸沿岸の野田・宮古・大槌の三つの通りを指す。

幕末の1847年と1853年の二度にわたって闘われた民衆の一揆である。
IMG_0419


































南部藩は、領内の農民へ大豆・塩の買い上げなど総額6万両という巨額の御用金が課した。
それに対して、領民たちがついに爆発したのが1847年の一揆。

70歳の老人切牛弥五兵衛をリーダーに、12000人が立ち上がったのだ。
南部藩は、一揆の要求を受け入れたので一揆は解散したが、藩は最初から約束を守る気はなかった。
弥五兵衛は逮捕され斬殺される。仲間も磔(はりつけ)や流罪など重刑となる。
IMG_0420



















しかし、6年後の1853年再び決起する。16000人の農民、漁民など住民すべてが立ち上がったのだ。
一揆は、となりの伊達藩に訴える。木綿の幟に「小〇」(困る)と書いて進軍したのだ。

一揆は成功し南部藩は49か条の要求を全面的に受け入れ、指導者の処分を一切しないことを仙台の
伊達藩の役人の前で約束する。
5月19日の蜂起から140日を要した大一揆は、民衆の全面勝利に終わった。
IMG_0421



















1853年とは、歴史の教科書には「ペリーの黒船来航」としか出ていない。
日本史の教科書には登場しない民衆の一揆があった、それも江戸から遠く離れた岩手の沿岸で
あって、しかも成功するのだ。
まさしく、これは民衆の勝利の歴史なのだ。
IMG_0422



















ということを知った2時間でした。
IMG_0423



















この後、今年廃線となったローカル線の岩泉線の各駅を巡ります。
それは、明日。


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。



三陸鉄道北リアス線の最北駅であり、終着駅の久慈駅の次の駅から駅巡りをしていきます。

最初に、陸中宇部駅
IMG_0391



















宇部といったら、山口県にあるのでここは陸中と岩手県を示す。「縄文の花」と宣伝しているので
縄文時代の遺跡が近くにあるのでしょう。

不思議の国の北リアスとあるが、久慈市と洋野町を除く3つの村である野田村・普代村・田野畑村
は、平成の大合併時どの自治体とも合併しなかった村。そして岩手県では、この3つしか村はない
という。
それだけ過疎地区でもあるだ。
IMG_0390



















駅は高台にあって、ホームに立つと見晴らしは良い。

さて、次の駅である陸中野田駅までの国道45号線沿いを走っていたら、面白いものを発見。
IMG_0392



















それが、これ。松を刈っていろいろ動物の形に仕上げている。
これは、面白い!国道沿いだけに車はビュンビュン通過しているので、ぎりぎりに車を駐車して
撮影しました。
IMG_0393



















奥の軽トラの持ち主が、この面白庭園を造ったのだろうか?
IMG_0394



















5分間ほど、楽しませていただきました。

さて、道の駅も兼ねた陸中野田駅
IMG_0395



















ここで、いつも買うものがある。それは野田で生産している塩。量的には、わずかだが値段は高い。
でも、手作りの塩田で生産しているだけに、とても美味しいのです。

続いて野田玉川駅
IMG_0396



















八戸線に玉川駅があったが、ここは岩手県。ホームの向こうに太平洋が見える。
IMG_0397



















駅はもちろん無人。駅前には老人ホームがあった。今は、小学校が廃校へ代わりに老人ホームが
建つ。子供数は少なくなる一方、高齢者はどんどん増加している。
自分もそのうち前期高齢者の仲間入りをするけど、日本はまさしく老人大国。

続いての駅。
IMG_0399



















袖が浜駅?
エェー!そんな駅は地図に載っていないぞ!ナビでもなかった。
まして、隣の駅の北三陸駅や磯野駅なんてあるわけがない。

実は、ホントの駅名は堀内駅
IMG_0398



















「あまちゃん」のロケが行われて有名になった駅です。
となりの駅は、先ほど紹介した野田玉川駅ですね。
IMG_0400



















カメラを持った観光客が数人。そこにお座敷列車がやってきた。
IMG_0402



















列車は、満員に近い。ほとんどの乗客が降りてパチパチ。中には、中国語で話す人も。
もしかして、台湾でも「あまちゃん」放送しているのかな?

そこで、誰もいない列車の内部を写す。
IMG_0401



















なかなかいいですね。堀コタツのような座席ですね。

5分ほど停車して次の駅へと去って行きました。
IMG_0403



















次の駅は、秘境駅の一つである白井海岸駅
国道から海岸へどんどん降りていく。
細く険しい道を数キロも海側へ降りると、駅はあった。
IMG_0404



















トンネルとトンネルの間に駅がある。まるで、日本1の秘境駅の室蘭本線小幌駅のようだ。
でも、ここは車で行けるけど小幌駅へは道はない。列車に乗らなければ到達出来ない駅なのだ。
だから、日本1の秘境駅なのだけど。
最近の新聞を読むと、小幌駅で降りるために多くの観光客が来ているとか。
地元の豊浦町は、日本1の秘境駅を売りにして観光化するため、JR北海道に絶対つぶさないで!
と訴えている。

皮肉なもんですね。駅は廃止される、と聞くと途端に観光客が増えるのは。

最後に普代駅
IMG_0405



















普代村出身で、もっとも有名な人はプロ野球東北楽天ゴールデンイーグルス銀次選手
本名は赤身内銀次、普代村から盛岡市の盛岡中央高校を経て2006年高校生枠ドラフト3巡目
で楽天へ。
楽天は、2004年10月創立のプロ野球界では一番新しい球団ですので、創立2年目に入団した
わけですね。首位打者を狙う実力を持つ打者です。

そんなわけで、この日は隣の田野畑村の道の駅「たのはた」で車中泊。
目の前の国道を走るトラックの騒音でなかなか寝付かれず、悶々として朝を迎えることに。
それはさておき、北リアス線の全駅を巡る旅はさらに明日詳しくお伝えします。



にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


2年前の9月末、4月からNHKで放送された朝の連続ドラマ「あまちゃん」が終了し、現地は
観光客で大賑わいを見せていました。
何せ、4月から毎日月曜から土曜まで朝と昼の15分間、テレビで流された久慈市は一躍大観光
地へ。
あまロス、なんていう言葉まで登場したほどです。
2年前の秋、訪れた時は道の駅の駐車場は満杯で、入るのに道路で待っていたのでした。

で、今回はというとすんなり駐車出来ました。その久慈市の道の駅から市内を散策。
道の駅のすぐそばにある地元の食堂へ。
IMG_0379



















ちょうど、昼の12時。でも、カウンターを見て下さい。誰も座っていません。
2年目も入り、「まめぶ定食」を注文したので、再び食べようと。
IMG_0377



















まめぶ汁と2個のおにぎり。上のおにぎりはウニ入り。下のおにぎりはウド味噌の焼きおにぎり。
おにぎりは1個150円、まめぶ汁は400円で計700円。

ちなみにまめぶ汁とは?下記参考に。
IMG_0378



















焼き豆腐・しめじ・油あげ・ニンジンなどいろいろ入ってますね。
まめぶとは、右下に書いています。小麦の団子の中にクルミが入っています。

おかみさんと話をしたら、2年前のピークに比べて10分の1に激減した、と。確かに10個ある椅子
には自分だけ。当時は、満席でした。
早く続編を放送して欲しい、と願っていました。

通りに出ると、確かに人通りは2年前よりは少ない。

そうそう、久慈市は柔道の神様である三船久蔵十段の出生地でした。
IMG_0380


































身長159cm、体重55kgの小さな体で、よくぞ10段を取ったことよ。現在までに15人しかいない
というから、まさしく名人の部類に入りますね。

さかなクンが協力したミニ水族館
IMG_0381



















無料です。3階建てで、子供たちには見どころいっぱい。様々な魚がいて、大人が見ても面白かった
ですよ。

昨日紹介したJR久慈駅のとなりに、三陸鉄道久慈駅があります。
IMG_0382



















そして、駅前デパートもそのまま。
IMG_0383



















デパートといっても営業しているのは1階だけ。それよりも2階に掲げられている「あまちゃん」の看板。
ズームして見よう。
IMG_0385


































潮騒のメモリーズ」懐かしいですね。ユイちゃん可愛かったですね。

やっぱり人通りが少ない。2年前の当時は、駅にもたくさんの観光客があふれていて、テレビの影響は
大きいなぁ!と感心していたのに。
2年経つと、こんなにも減少するのかな?

温泉に入ろうと、久慈市の郊外にある「べっぴんの湯」へ行く。
IMG_0387



















郊外といっても、山間部にあるため車で30分近くかかった。
温泉名は、新山根温泉。PH値10.8で強アルカリ。東北では最高のアルカリ値だそうです。
ラドンの含有量も高く、つるつる、すべすべで肌触りのよい温泉でした。

そこから三陸鉄道久慈市の次の駅に行くためには、山越えをしなくてはいけない。
野田山形線という県道29号線は、地図にも悪路と書いてある。白石峠(460m)を越えなくては
海岸にたどり着けない。

苦労して野田村陸中野田駅に到着する前に、大きなお寺を見かけ寄ることにした。
IMG_0388



















海蔵院という名のお寺。
IMG_0389



















広い境内、立派な本堂で歴史もある。
その後、東北には1000年近い歴史があるお寺・神社を知ることになる。
やっぱり、北海道とは違うことがどんどん分かる。
東北も本州の歴史の一つで奈良時代・平安時代からの歴史があるのだ。もちろん、それ以前の
縄文・弥生時代の歴史があり遺跡が各所に残っている。

とうわけで、久慈市を散策して三陸鉄道北リアス線の各駅巡りを始めます。
明日から、どんどん紹介していきますね。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

長いこと、もう15年くらいか?函館勢は札幌山の手高校に決勝で敗北し、全国大会である大阪花園ラグビー場へ行くことがなかった。
山の手高校のHPを見たら、2000年から2014年まで15年連続して花園出場をしていることが分かった。
ということは、函館勢は16年ぶりに花園へ行くわけだ。

札幌山の手高校は、1回戦で函館工業高校に、準決勝では函館大有斗高校に勝利しているだけに、決勝では函館ラサール高校には絶対勝ってもらいたい。

なお、ちなみに広い北海道では各地で全道大会の予選があって、函館地区からはラサール高校と有斗高校が、それと地元開催枠で工業高校の3校が出場している。
予選出場校が一番多い札幌地区からは3校、山の手高校、立命館慶祥高校、大麻(おおあさ)高校の3校が全道大会へ。

さて、朝から雨が降り続いていた根崎ラグビー場。
12時からは、北北海道代表を決める試合、遠軽高校VS北見北斗高校が行われた。

image


image


ブルーのユニフォームが遠軽高校、エンジの早稲田カラーが北見北斗高校。

image


image


結果は、遠軽高校の勝利で2年連続全国へ。

一方、1:30分から行われた南北海道の代表を決める試合、函館ラサール高校VS札幌山の手高校。

image


赤のユニフォームがラサール高校、青が山の手高校。

前半は、5ー7でワントライずつあげて、キックはラサール高校、風下もあって失敗。

後半は、風上のラサール高校が有利な展開。
3トライをあげ、PGも1つ決めて22点。

image


山の手も1トライあげて12点。が、そのままノーサイド。

image



大会会場から歩いて10分ほどの近くにあるラサール高校。生徒たちが大勢応援に駆けつけていました。

image


ラサールの関係者だけではなく、函館のラグビー関係者は皆大喜びです。
実に16年ぶりの函館から全国出場ですからね。
嬉しいですね。そしていい試合でした。

北海道1の進学校でもあるラサール、文武両道で、是非シード校を倒して欲しいです!

以上、雨が降りしきる根崎ラグビー場から報告致しました。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


陸中八木駅から次の秘境駅で知られる有家(うげ)駅へ行く途中、集落の中に思わぬものを発見
しました。集落の名は小子内浜
一つは、民俗学者の柳田国男が、一軒しかなかった宿屋に宿泊したことを明かす案内板。
清光館」という宿屋でした。
彼は、再び訪れる。1920年(大正9年)には、八戸線が八木駅まで開通したことで清光館を訪ねた
が、もうそこにはなかった、という。
IMG_0365



















記念碑の裏をご覧下さい。八戸線の鉄橋が架かっています。完成から95年が経過している、まさに
記念すべき鉄橋。
IMG_0366



















道路を挟んだ向かい側に、こんな碑があった。
それは、過去の津波の教訓を示すもの。
一、地震があったら津浪を思え
一、津浪が来たら高い所へ
一、あぶない所に家を建てるな

IMG_0367


































昭和9年3月3日 中野村長の名が読めます。
前年の1933年(昭和8年)3月3日昭和三陸地震により、死者1522名、行方不明者1542名、
負傷者12053名を出すという大震災でした。
だからこの碑は、震災から1年後に建てられたものですね。

三陸では、それ以外に1896年(明治29年)6月15日に明治三陸地震が発生し、死者21915名、
行方不明者44名、負傷者4398名を出しています。

IMG_0368


































明治と昭和と平成と115年間で3度も巨大な地震および津波が来ているのです。
それを示す碑ですし、先人は教訓を残しているのです。

次に、有家駅を訪問。高台を走る国道45号線から、海岸にそれて下ること約3km。
IMG_0369



















周囲に人家は見当たらない。目の前は太平洋。
多くのサーファーが来ていた。
ここから線路を渡り、遠くに見えるサケマス孵化場へ行く。
IMG_0370



















煉瓦造りの鉄橋があった。
ここから、国道へ戻る際に大きなミステイクをしてしまった。それは、雑草が深く生い茂る道を走っていた
時だ。高台に神社が見え、そこへ行こうと端に寄せるとガタンと車が左側に落ちてしまった。何と、路肩
を外れて側溝に落ちてしまったのだ。
それを脱出するために何度かトライし、バックギアで何とか側溝を出れたが、タイヤとホイールとフロント
部分のカバーが傷ついてしまった。
あー、何たることか、まさしくこちらの運転ミス。
IMG_0371



















続いて陸中中野駅。JR東日本には、東京に中野駅がありますものね。学生時代は、中野駅から
毎日通学していました。
でも、ここは岩手県。国道から海岸へ約4kmほど離れた場所にある駅。坂道沿いに集落があった
が、駅はその一番下がったところにある。
小さいが、木造のログハウス風の素敵な駅舎だ。
IMG_0372



















半農半漁の暮らしをしているのかな?見かけた人は、皆高齢者ばかり。
IMG_0373



















続いて侍浜(さむらいはま)駅
国道45号線から内陸部へ5km以上も入る。国道沿いは人家もあり商店もあるが、ここまで内陸に
入ると人家も数件しかない。それも空き家が目立つ。
IMG_0374



















自転車が2台あったが、高校生の通学用か?
駅舎は立派だが、集落から離れた場所にあり利用者はどのくらいいるのだろうか?
IMG_0375



















かつては、向こう側にもホームがあったようで、利用者も多かったのだろう。
今は使用されなくなり雑草が生い茂るホーム。

陸中夏井駅へ行く。
IMG_0376



















国道から100mも離れていないし、周囲は新興住宅街で久慈市の郊外。
ここは、高校生の通学や勤め人の通勤に利用される駅だ。

そして、本日の最後はJR久慈駅
IMG_0384



















久慈駅のホームを挟んで向こう側に、久慈市で一番高い建物の久慈グランドホテルが見える。
三陸鉄道久慈駅は、この建物の左側にあるが、それは明日お伝えします。

明日は久慈市を散策し、2年前に「あまちゃん」で全国から観光客が殺到した久慈市内と道の駅
を訪ねます。2年後の久慈はどう変わったか?それを見たい、と思います。

それでは、また明日!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

今週は、ラグビーワールドカップの日本VS南アフリカの劇的な逆転勝利に始まり、昨夜のスコットランドとの敗戦、そして地元でも高校生のラグビーの試合が始まり、まさにラグビー三昧の一週間でした。

日本代表の試合は、10月に入りサモア戦、アメリカ戦がありベスト8に進出出来るかどうか?大事な試合が控えています。
ワールドカップでは、24年振りとなる勝利、それも優勝候補のランク3位の南アフリカから後半ロスタイムでの逆転大勝利に日本中が湧きましたね。

さて、地元では高校生が全国大会、大阪花園競技場での出場をかけての大会が、函館フットボールパークで始まりました。

image


北北海道代表と南北海道代表を、それぞれ1校ずつ選出する大会が、今年7月完成したばっかりの函館フットボールパークで開催されています。

ここは、もともとは市立函館北高校があった敷地、しかし北高校は同じ市立の東高校と合併し市立函館高校へと。
そこで、北高校の敷地がサッカーとラグビーの大会が出来る競技場へとなったのです。
それが、今年7月。何と!以前にお伝えした函館アリーナと時同じくして完成したのです。

image


ラグビーとサッカーの公式戦が出来るピッチが2つ、とその間にフットサルの試合会場が3つ。
それと15年以上前に完成していた、道路を挟んで向かい側に、天然芝のサッカー場1つと土のサッカー場。計2コート。
テニスコートが5つ。

以上が、函館市の東部、函館山を望む高台にあります。

その完成したばっかりのフットボールパークのラグビー場で大会が始まっているのです。

image


北の代表を決めるトーナメント表。
遠軽高校と北見北斗高校が有力で、昨日の準決勝でそれぞれ勝ち上がって来ました。
今日1日お休みで、明日は根崎競技場で決勝があります。

一方、南北海道の代表を決めるトーナメント表。

image


予想通り、左右のシード校である13年代表となっている札幌山の手高校と、片や地元函館代表の函館ラサール高校。
昨年の新人戦決勝では、ラサールはロスタイムまで勝っていて最後に逆転されるましたが、今年は山の手にストップをかけることが出来るか?
見所ですね。

実は、ここ天然芝ではなく人工芝なのです。

image


人工芝は年々材質が上昇し、今ではほとんど天然芝と変わらないほど。
やけどの心配もないし、足にも負担がかからない。おまけに春先も真っ先にプレー出来るという北国には、もってこいのコートです。
例年春の大会は、雪解けのドロドロの状態でプレーしていた高校生。
今年からは、この人工芝の上で伸び伸びプレー出来そうです。

敷地内には、クラブハウスがあります。

image


ここには、函館北高校がかつてラグビーの強豪だったことの証しが展示されています。

image


何と5回も花園へ出場しているのです。

image


その中に、日本代表になった有名な選手がいました。井沢義明さんです。

image


井沢さんは北高校から、早稲田大学へ進み日本代表となります。輝かしい経歴がある人ですが、残念ながら昨年他界されました。

南の代表は、10年以上札幌山の手高校が独占していますが、かつてはほとんど函館の高校でした。
函館東、函館西、函館工業、函館有斗、函館稜北などが全国へ行っていた時代があったのです。

今年は、久し振りに函館代表の高校が花園で暴れて欲しいですね。

image


山の手高校の選手がラサールの試合を観戦しています。
選手の中には、ニュージーランドの留学生もいます。
9年前、札幌山の手高校フォワードの選手だったマイケル・リーチ選手。
今は、日本に帰化してリーチ・マイケル。
日本代表のキャプテンですね。

彼が3年生の時に、準決勝で対戦した函館工業高校のフォワードで同じ7番フランカーだった2年生が、実は私の息子だったのです。
リーチが抜けた翌年決勝であたり逆転負け。

今となっては、いい思い出です。

image


image


というわけで、今週はラグビー三昧。
明日26日、12時から北代表の試合が、13時30分から南代表の試合があります。
すでに、1回戦で函館工業が、準決勝で函館大有斗がそれぞれ山の手に大差で負けています。
函館の代表として、ラサール高校に是非勝ってもらいたいです。

勝利を願い、明日は応援に行って来ます!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。


JR東日本、八戸線種差海岸駅です。
IMG_0335



















思い起こせばこの日が最高の天気で、後は旅の終わりころに晴天が続いたが、この日以降は
毎日雨が降っていた。

無人駅だが、木造の清潔な駅舎で素敵な駅だ。
IMG_0336



















駅舎は左側、右側はトレイ。駅前広場は秋の花で埋め尽くされている。
いいですね、花壇やガーデンが整備されている駅前は。きっと、地元の人たちが、いつも雑草を
取ったり季節ごとの花を植えたりして、手入れをしているからでしょうね。

再び海岸へ歩いていく。
IMG_0337



















ここは、小高い丘の上。奥に見えるのはキャンプ場とキャンプファイヤーをやれる場所。
IMG_0338



















太平洋を望む。水平線がはっきりと見えた。
波はあまりないが、それでも土曜日とあってか近くの海岸ではサーファーが波乗りをしていて、
水温はまだまだ高いのだろう。

土曜日の朝はヨガの日らしく、多くの人が来ていた。ほとんど女性。みるみる間に駐車場はいっぱい
になった。
IMG_0339



















さて、私も八戸線の駅巡りに出掛けよう。
IMG_0340



















まずは、階上(はしかみ)駅
IMG_0343



















以前来た時は、古い木造の駅舎だったが、昨年建てられたばっかりの新しいモダンな駅舎。
それとトレイが整備されていて、ウォシュレットまで完備している。もちろん水洗ですよ。
かつては、ボットントレイだったけど、地方でもどんどん新しい設備になっているのはいいこと
ですね。

階上駅にあった、昔使用していた駅の道具。
IMG_0355


































駅舎が昔、こんな感じだったような気がする。
IMG_0349



















ポイントの切り換えだろうか?手作業で行っていたのかな?
そういえば、ホームは複線でしたね。上りと下りの列車が来ていて、昔は手作業で切り換えして
単線に戻していたのかな?

続いて玉川駅。三陸鉄道には、陸中玉川駅があり、東京には多摩川があるが、ここは玉川。
IMG_0359



















一直線に伸びるレールが1本。
IMG_0360


































レールの上に立って大丈夫?ご安心を!
本数が限られているので、当分来そうにありません。

続いて宿戸駅
IMG_0361



















春に来ると、駅前の桜の木がキレイに咲いているのかな?4月下旬か5月の初めころか?
IMG_0362



















そして、海岸線へ。それまでは、海岸段丘の上を走っていたけど、ここ陸中八木駅は目の前が海。
IMG_0363



















駅舎が新しいには、4年前の震災で流されたからかな?
それだったら、ホームもすべて新しいものか?
IMG_0364



















駅表示の看板も錆びてなく新品のようだ。

次の駅は「有家(うげ)駅」と出ているが、そこは秘境駅の一つでよく知られている駅の一つ。
そこへ行くのも今回の目的の一つ。
その前に、ここの集落を歩いて発見したものがあったので、次回はそれを紹介して有家駅へ
と行きます。

それでは、また明日!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。



夏泊半島を時計回りで一周し、白鳥渡来地で知られる東津軽郡平内(ひらない)町へ。

展望の良い高台から下北半島を見る。
IMG_0323



















ここ平内町の有名人として、今年プロ野球パリーグで優勝したソフトバンク・ホークスのキャッチャー
細川亨(ほそかわ とおる)選手がいて、大きな看板を掲げていた。

彼は、35歳、ここの中学を出てから青森北高校、青森大学を経て埼玉西武ライオンズへ自由獲得枠
で入団、2011年にソフトバンクへ移籍している球界を代表する捕手の一人ですね。
IMG_0324



















穏やかな内海だ。
陸奥湾の東岸が見える。西の遠くに釜臥山(878.6m)が、頭が雲に隠れているが見える。
湾沿いにJR大湊線が走っている。

平内町では、幕末期戊辰戦争の一つである野辺地戦争が行われた。
IMG_0325



















新政府軍に対して、東北や越後の雄藩は奥羽越列藩同盟を結成し戦うが、秋田藩と津軽藩は
離脱し、南部藩と戦うこととなった。
ここには、その南部藩と戦い戦死した弘前の津軽藩士のお墓があった。
IMG_0326



















戊辰戦争は、何も鳥羽伏見の戦いや箱館戦争だけではなくあちこちで戦があったのですね。
IMG_0327



















ここには、弘前の津軽藩士の戦死者27名の名を刻んだ墓石4基がありました。

さて、このあと「温泉博士」を活用して温泉へ行きます。野辺地町を通過して下北半島の付け根部分を
横断、上北郡六ケ所村の温泉施設「ろっかっぽっか」へ。
IMG_0328



















入浴料は700円もかかるが、この冊子のお陰で無料に。
六ケ所村は、高レベル放射線廃棄物貯蔵管理センターがあったり、ウラン濃縮工場があったりする、
まさに原子力発電の村。
だからか、原燃PRセンターもあるし、政府や電力会社からの補助金がふんだんに出るのだろう。
贅沢な宿泊・入浴施設も、元はといえば我々が支払う電気代から出ているのだ。
まったく、原子力発電所はこのような大都市から離れた場所に立地する過疎な集落だ。
高齢者だらけの過疎な町や村に原発を造り、このような無駄な施設を造る。人口1000人足らずの
北海道の泊村には、誰が利用するのかアイススケート施設まであるのだ。

事故が起きても責任を取れない過疎な自治体は、被害をこうむる周辺の自治体をどう見ているの
だろうか?
自分たちさえ裕福になればいい!という考えと同じだ。
下北の大間町もそう。対岸の函館市民が大反対しているのに、まったく無視している。病院や買い物
などでフェリーを利用して函館に来ているのに、平気で危険な原発を造ろう、なんてヒドイ!

温泉施設の向かい側には、焼酎の工場まであった。
IMG_0329



















さて、この日八戸市街地を通過して青森県南部の種差海岸へ。そこで車中泊する。

翌朝は快晴だった。
IMG_0330



















天然芝の広がる広大な公園、白砂青松100選にも選ばれている海岸だ。
IMG_0331



















白砂と巨岩が織りなす海岸線は、それは美しい。
IMG_0332



















海岸には、三陸海岸を歩くコースが造られていて前線を歩くと数百キロもの道のりになる。
ところどころに、キャンプ場もあったりしてトレイルには最高の道だ。
IMG_0333



















国道沿いには旅館や民宿があったり、海の幸をたっぷりに使った名物の料理を出す食堂もある。
IMG_0334



















というわけで、秋の旅このあと三陸海岸をゆっくりと南下して行きます。
天気は、どうなることか?雨男の自分はこの上天気を維持できるのか?はたまた雨が降るのか?
それは、明日からお伝えしていきます。

では、また明日!



にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。

                                                                               

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。


今月東北へ、再び一人旅をしてきました。今回はその総集編として、カメラに写したものをブログへ
アップして紹介していきたいと思い、書いているわけです。
書くといっても、キーボードを打っているわけですが、今思い起こすだけでも雨の日が多かったなぁ、
とつくづく自分の雨男加減にがっかりするのですが、何せ12日間で7日も雨が降り、しかも台風の影響
を受けた猛烈な豪雨だったのですから。

それも、旅の間知ったのですが、通過した場所が河川の氾濫で被害を受けていて、大変な時期に旅を
したんだ、と思い返します。

雨の話は、そのうちブログでもお伝えしますので、まずはスタートから。
IMG_0315



















スタートした朝から雨。函館港のフェリー乗り場で、乗船を待機している時にゲリラ豪雨。
フェリー会社の係員は、いきなりの豪雨にずぶ濡れ。
それでも、津軽海峡の真ん中辺りにまで来ると曇りへ。

下の写真、遠くにかすかにですが函館山の後ろ姿が見えますね。
IMG_0316



















陸奥湾に入ると、太陽が顔を出し晴れてきました。
IMG_0317



















進行方向の右側、方位では西側に見えるのが津軽半島。山は雲がかかっているが、麓は晴れだ。

函館と青森を結ぶフェリー会社は2つある。一つは、乗用車を専門に取り扱う津軽海峡フェリー
もう一つは、かつて貨物専門だった青函フェリー
津軽海峡フェリーは、内装が豪華だし、いかにも船の旅を満喫出来そうなフェリー。
ネット予約すると1割引き。

一方、青函フェリーは二つの貨物フェリー会社の合同事業で、以前はトラック専門だったが規制緩和
で一般乗客も乗船可能となった会社。
津軽海峡フェリーよりも価格は安い上に、会社のクーポン券をプリントアウトすると3割引きになる。
但し、便が限定されているけど。

そんなわけで、本州へ渡る3時間50分の旅はそのほとんどを寝ているわけだから、当然少しでも安い
方を選ぶ。
結局、1万円ちょっとで青森へ。21000円でお釣りがくる値段で往復出来た。
IMG_0318



















島影は、もちろん島ではなく夏泊半島。島が見えるのは、これから行く予定の大島。

夏泊半島にくっ付くかのように存在する、その大島。
IMG_0319



















青森のフェリー乗り場に到着した途端に大粒の前が降ってきた。
まったく、よく降るなぁ。
市街地を走っている間は、ずーっと雨だった。市街地を抜けて浅虫温泉に入ると、晴れ間が見えてきて
夏泊半島を周遊した時は晴れ。それでも風は強かった。

西の方向を見る。津軽半島がうっすらと見える。
IMG_0320



















北側を見ると下北半島の一部、旧脇野沢村が見える。現在はむつ市と合併した。
IMG_0321



















大島へは歩いて渡ることが出来るが、以前来た時に登っているので、今回はパス。
IMG_0322



















そんなわけで、秋の旅スタートしましたが、果たしてどうな旅となるかは明日からのお楽しみ!?

では、本日快晴の函館から、また明日!ごきげんよう!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ ←応援クリックお願いします。



昨夜というか、早朝すごいニュースが入ってきました。イギリスで一昨日から始まったラグビー・
ワールドカップで、日本が何と!過去優勝2度の強豪南アフリカを34-32で勝利したのです。
ワールドカップ史上、勝利は2度目だが相手が南アフリカなのだから、これはすごいこと!
日本ラグビー界にとっては、歴史的大勝利です。
これは、2019年の日本開催となるワールドカップに大きなプレゼントです。
ワールドカップは、サッカーだけではないぞ!と胸を張って云える勝利でした。

さて、今回で完結する夏の旅、日高本線の不通区間である清畠駅からスタートします。   
IMG_0301



















海抜3.7mとある駅は、まさに海のそばに建っている。奥に見えるホームと駅の看板の先は
草原と海です。
太平洋がまじかに見える駅なのだ。
IMG_0302



















続いて豊郷(とよさと)駅
IMG_0303



















同じような駅舎。プラスチック板が両面に張ってあるが、冬は寒そう。暖房もない駅の待合室で
長い時間は待てない。乗車する人は、時間通りに来て、汽車に乗って行ったのだろうか?
多分、利用者は通学に使用する高校生だろうから、若いので寒さに耐えれるけど高齢者には
きつい冬。
IMG_0304



















続いて日高門別駅
伊達紋別駅というのが、道南の伊達市あるが、ここは門に別れると書いて門別。
他に、オホーツク管内(旧網走管内)に紋別市があって、昔紋別駅があったが廃線ににより、今は
道の駅はあっても鉄道駅はない。
確か、名寄本線で名寄から紋別を経由して遠軽まで通っていたが、廃止されてしまった。
IMG_0305



















ここも、周囲は馬の牧場。競馬馬、サラブレットを生産している。だからか、ここにも馬のエンブレムが
ある。
IMG_0306



















ホームの両面を使っていたので、待ち合わせが行われていたはずだ。

続いて富川駅
IMG_0307



















ここで、代替バスを待っていた高校生がいた。彼女はここからバスに乗って鵡川駅へ、そこから
汽車で苫小牧駅へ行くという。
日高本線が運行していれば1本で行けるのに、不通のため乗り換えしなければいけない。
苫小牧まで行くのだから、乗せてあげようかと思ったが、きっと断るだろうから止めといた。
余計な心配をさせたらお互い困るしね。
IMG_0308



















汐見駅
奥にあるのが待合室。周囲は畑だけ。遠くに人家が何軒かあったけど、利用客はいるのかな?
と余計な心配をさせる駅。
IMG_0313



















そして、今回の旅の終着駅である鵡川駅
IMG_0309



















大きな駅舎、広い待合室には夏休みだからか、高校生か中学生か5、6人の女の子がおしゃべりに
夢中になっていた。
多分、苫小牧市に買い物でも行くのかな?
列車が到着するまでの間が楽しいんだろうな、うれしくてはしゃいでいた。
IMG_0310



















この駅から東方向は運休中。
列車が動いているのは、西の苫小牧方面だけ。
IMG_0311



















やがて列車がやってきて、彼女らや病院通いか?高齢者を乗せて再び西へ。
部活の高校生もいましたね。ここいら辺の高校生は、地元の鵡川高校か苫小牧市の高校へ通う
のかな?
そういえば、苫小牧には駒大苫小牧高校がありましたね。かつて、田中将大投手を擁して甲子園
に出場。田中投手の時は、ハンカチ王子の斎藤佑樹投手早稲田実業高校に決勝戦で負けてし
まったけど、その前年や前々年には全国優勝してるのだから、すごいこと!
IMG_0312



















というわけで、夏の旅は道内の秘境駅や廃止される駅を中心に道北・道東を周って来ました。
鵡川駅は、その終点です。
道内の駅巡りの旅は、これからも続けるつもりです。

明日からは、9月上旬に旅した秋の旅・東北編の総集編をアップしていきます。
それでは、また!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ ←応援クリックお願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。


秋の旅から帰り、一休みしたのが昨日。
秋の旅の総集編をやろうかな?と思ったが、夏の旅の総集編がまだ終了していなかったことに
気付き、夏の旅の残り3回分ほどをアップし、それが終了した後で秋の旅の総集編を行うことに
します。


それでは夏の旅、北海道内の秘境駅や廃止される予定になっている駅などを巡る旅、とりわけ
今年1月以来運休が続いている日高本線について取り上げていきます。

まずは、1枚目。
IMG_0288



















日高本線では、1番大きな駅である静内駅。もともとは静内町だったが、三石町と合併して日高郡
新ひだか町へ。平仮名でひだか、という町名。
もっとも、苫小牧寄りには沙流郡日高町というのがある。

ここは、駅員さんが2名もある。札幌への高速バスも出ているからだろう。

駅前を見る。
IMG_0289



















駅前のシンボルが馬なのは、さすがに日本1のサラブレットの産地だけある。

それだけではない。国道の街灯にも馬のマークがある。
IMG_0290


































馬の首だけというのが、ちょっと怖い?
桜のマークは、桜100選、道100選にも選ばれている二十間道路桜並木を示しているから。
道内の桜の名所の一つだ。

続いて新冠(にいかっぷ)駅へ。高江駅跡の碑がある。
IMG_0291



















駅舎は、木造の素敵な建物だ。
IMG_0292



















しかし、無人駅で使用されなくなって半年以上。早く再開するのを待っているかのようだ。

続いて節婦駅。この辺りは、新冠郡新冠町。節婦の駅の近くには、日高軽種馬学校やホロシリ乗馬
クラブといった馬に関する施設が多い。
IMG_0293



















駅の正面を見る。
IMG_0294



















海抜5.7mだから海のそば。
だからか、隣の駅の大狩部駅と次の駅の厚賀駅の海沿いを走る区間が、大波を被り被害が出て
不通になったのか?
そこで、秘境駅の一つである大狩部駅へと行く。
IMG_0295



















確かに海が目の前。レールの横には、新しい板で造られた波を防ぐ壁が出来ている。
防波堤ならぬ防波板。
IMG_0296



















階段を9段登るとブロック製の待合室。その上を国道235号線が走っている。
ここへは、駅から離れた場所に駐車して国道を歩いてこなければ辿り着けない。
または、この待合室から国道の下を通る歩行者専用のトンネルがあって、小さな集落へと通じている
ので、そこへ駐車しても可能だ。

次の駅がある厚賀駅方面を望む。
今年、1月の決壊後に完成した新しい板の防波堤が見える。
IMG_0297



















そこで、不通区間の大狩部駅のとなりの駅である厚賀駅へと行く。
IMG_0298



















木造の渋い駅舎だ。
IMG_0299



















雨も上がり、青空が見えてきた。1月から列車が走っていないから、レールは錆び付いている。
IMG_0300



















誰も利用する人がいなくなって半年、8月にはまたしても大波によってほかの部分が決壊し、
再開がまた遅れてしまった。
いつになったら列車が動くのか?
新幹線は来年3月26日と決まったが、ここ日高線の再開はいつの日か?

というわけで、残り鵡川駅までの旅を続けます。
では、また明日!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。

いよいよ、秋の旅も最後となりました。
今回の旅のテーマは、東北の私鉄を中心にローカル線の鉄道駅巡りでした。
今まで、JR八戸線、三陸鉄道北リアス線、南リアス線、山形鉄道フラワー長井線、由利高原鉄道、JR五能線、そして最後に津軽鉄道のほとんどの駅を見て来ました。
それも、これで終わり。

さて、金木町で太宰治記念館と津軽三味線記念館を見学した後に、寄った駅は嘉瀬(かせ)駅。

image


ここで、地元の方と話す機会があった。
20年ほど前、潰れかかったけど今の社長が来て再建した。いろいろとアイデアを出して、何とか持ちこたえているけど、もっと地元の住民が利用しなくてはいけない、など真剣に考えているようだった。

次の毘沙門駅。

image


ここに:鉄道林という聞きなれない林があった。

image


多分、冬場は風が強烈なので防風林として植林されたのではないだろうか?

次は、津軽飯詰駅。

image


そして五農校前駅。

image


五所川原農業高校が駅の前に、その広大な敷地を持って存在している。
校門から校舎までが、相当遠い。
校門から自転車が必要なくらいだ。
農業高校だから、田んぼや実習農場を持っているから普通高校と比べるとけた違いにその面積は違う。

駅の周囲は、広い田んぼ。だだっ広い津軽平野に屹然と、その勇姿を見せているのが岩木山だ。

image


終着五所川原駅の一つ手前が十川(とがわ)駅。尖り屋根が面白い。

image


津軽半島では、一番の大きな町の五所川原市。
その中心に、JR五所川原駅がある。
ここは五能線の駅でもある。
五能線の終着駅は、弘前駅の手前の川部駅だが五所川原駅は、昨日の木造駅のとなりの駅でもあるのでここで終了したい。

JR五所川原駅のとなりに、小さく津軽鉄道五所川原駅があった。

image


その前には、津軽鉄道の本社ビル、というより2階建ての建物があった。

image


1階が、旅行者のためのレストランと観光案内所。
その津軽鉄道サポーターの皆さんが経営するレストランで応援がてら食事する。

image


津鉄汁セットを注文。650円。

津軽鉄道の汁とは、お餅の団子3個入りとキノコは舞茸か?餅米を使ったおにぎりと鮭の入った普通の🍙の2個、地元の山菜の漬け物、菜の花のおしたしなど。

ここで、グッズも購入。

三陸鉄道、山形鉄道、由利高原鉄道、そして津軽鉄道、これら東北の私鉄にはもっと、もっと頑張って欲しいですからね!

image


というわけで、青森港へ。

image


快晴の青森を出航し、一路北へ。函館港へと。
今回も無事故無違反の安全運転で終えることが出来ました。

秋の旅、これにて終了!

本日も晴天。やっと旅が終わりかけて来て晴天になるのは、いつものパターン。

さて、道の駅「十三湖高原」は爽やかな早朝5時に目覚めた。
道の駅にある展望塔から。

image


十三湖を望む。十三の名は、十三湊(とさみなと)から由来する。中世の時代、栄えた港。
真南に、津軽富士岩木山が頭を隠して見える。

image


下の駐車場、車中泊したのは3台。鹿児島ナンバーと奈良ナンバー、そして函館ナンバー。

image


北を見ると、小泊の半島部と小高い津軽の山々の風力発電が見える。

image


間もなく創業100年を迎える津軽鉄道は、当初から私鉄。決して国鉄が手放したわけではない。
地元の人たちが頑張っているからこそ、やって来れたのだ。

その終着駅の津軽中里駅。本州私鉄最北の駅でもある。

image


image


続いて、深郷田(ふごうだ)駅。

image


走れ メロス号がやって来た。

image


大沢内(おおざわない)駅。ここでも、走れメロス号。
ちょうど、通学時間帯だったからでしょう。

image


image


image


川倉駅。

image


ここで、通学する高校生と話をした。
金木高校へ通っていて、野球部に入っている。木造高校が、以前甲子園に出場した話をすると、覚えていた。彼の生まれる前のことだけど。
汽車の時間が気になるので、遅くまで練習出来ない、と嘆いていた。

image


田んぼの真ん中にある駅だ。
昨日から、岩木川が流れる津軽半島が実り豊かな土地であることが分かる。
どこからでも岩木山が見え、まさに津軽のシンボル。

image


芦野公園駅。桜の名所で日本100選にも選ばれている。

となりに、素敵な木造旧駅舎があった。

image


芦野公園を散策する。太宰修の出生の地だけあって、太宰の碑も多い。

あっ!これ。昔格闘家でプロレスラーの前田明がリングスを旗揚げした時、リングで叫んだフレーズがあった。

image


「選ばれて見ることの、恍惚と不安、二つ
割れに有り」

前田明は「選ばれし者の 恍惚と不安 我に二つ有り」と叫んだんだっけ。
もう、20年以上も前のことか・・・。

image


公園は広く、歩くだけでも1時間はかかるだろう。
桜の時期に来て見たい。

image


金木駅に到着。

image


ここで、無料の自転車をレンタル。自分のでもいいけど、たまにはママチャリで。
行った先は、もちろん太宰治の生家。
ものすごい大きさ。それもそのはず、彼の父は土地の名主。
貴族院議員もしたほどで、青森県内で第4位の高額取得者だったらしい。

image


部屋の数抱けでも10以上あるし、30人以上もの人が働いていた、超豪邸。

image


庭園も立派ですね。
このあと、太宰治記念館と津軽三味線記念館の共通券(900円)を買ったので三味線を聞きに行く。

image


演奏者は、日本1になった人で、何と函館出身でした。

image


津軽じょんがら節など20分間演奏してくれました。
素晴らしかったですよ。しばらくの間、津軽三味線の音色に酔いしれました。

image


夏に来ると、このたちねぶたを見ることが出来るのだが。

image


さて、フェリーは青森港を出航し、快晴の津軽海峡を走っています。電波が届かなくなり写真のアップが困難になってきました。

金木町からは、夜か明日紹介します。
では、また!

轟駅でゆっくりとした時間を過ごし、昼飯も作り腹ごしらえ。
そこへ、昨夜の道の駅でキャンプしていたサイクリストの一人がやって来て、トラブル発生・輪行して青森市まで行くという。
しかし、時刻表は午前9:35の次は17:35で5時間はここの駅で待たなくてはいけない。
そこで、彼の自転車を車に積んで自転車屋さんのある鰺ヶ沢町まで運びことになった。

image


左の若者で大学2年生という。
それで、五能線の各駅巡りの旅をしながら鰺ヶ沢まで走ることになった。

まずは、風合瀬(かそえ)駅。冬は、文字通り風の強い地域。

image


続いて大戸瀬駅。

image


さらに千畳敷駅。

image


駅舎はない。海岸の平たい岩場が、それこそ千畳以上もあることから名付けられている。

次に、北金ケ沢駅。

image


陸奥柳田駅は見逃すくらいの小さな駅。となりのトイレに便所の漢字が使われている。
使用する気になれないトイレ、いや便所🚻。

image


続いて陸奥赤石駅。

image


ここの駅の近くに自転車屋さんがあったが、彼のクロスバイク27インチのスポークはない。
田舎の自転車は、子供用かママチャリが売れていてスポーツ用の部品は置いていない。

鰺ヶ沢駅の近くに自転車屋さんがる、というのでそこへ行く。

image


ここにも置いてなく、彼は青森市まで輪行して行くことに。だから、ここでお別れ。
無事に、スポークが手に入り修理して再び走れますように!祈っています。
彼は何と!鹿児島佐多岬から走って来て、これから北海道に渡り、稚内空港から神奈川県川崎市へ帰る予定でいます。

彼の走りを期待します。

さて、ここからまた一人旅。
それにしても、自転車のトラブルで人を乗せたのは今年7月のスウェーデン人以来二人目だ。
私も若い頃に、多くの方のお世話になったので少しでも手助け出来れば、と思ってお手伝いしました。

鳴沢駅と越水駅。

image


image


陸奥森田駅。緑の壁の色が青い空に映える。

image


ここの駅の近くで温泉に入る。地元のおじいさんが入っている小さな温泉。300円。

image


中田駅は、田んぼの真ん中。ここはコメどころ津軽平野のど真ん中。

image


最後に、木造駅。ここの駅を見たかった。

image


近くで発見された土偶がモデルになっている。

image


すごいでしょう!
駅の入り口のドアと比較しても、その巨大さが分かりますね。

さて、明日はいよいよ秋の旅の最終日。
青森フェリー乗り場に午後2時までに到着しなければいけない。
明日は、だから津軽鉄道を各駅巡りをして行くために、今晩は十三湖高原の道の駅で車中泊します。終着駅の津軽中里駅から順に南下し、太宰治の金木駅などを見て、五所川原駅まで行きたいな!と。

では、また明日!

↑このページのトップヘ