函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2015年10月

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昨夜の日本シリーズ、やっぱり福岡ソフトバンク・ホークスは強かった!今年の交流戦の結果を
見ても分かるように、パ・リーグは投・攻・守すべてにおいてセ・リーグを上回っていたことが証明
されました。
4勝1敗でしたが、内容は圧勝といっても過言ではない勝ち方。11年前に新庄選手がファイターズに
やって来た時に言ったことば「これからは、パ・リーグの時代」は本当でした。
しかし、それにしてもホークスは強すぎる。2016年の打倒ホークスはかなり厳しいぞ!

かつて、北海道のプロ野球はジャイアンツ一色で観客も中年男性ばっかり。それが今ではスタンド
はファイターズファンが大多数、それも女性客が半数で黄色い声が飛び交っています。
交流戦のファイターズVSジャイアンツは9割はファイターズのファンで埋め尽くされています。

時代は、変わるもの。いずれはホークスも敗れる時が来るでしょうが、来年も優勝できる戦力がある
ことは確か。まずは、ファイターズに期待して応援しますか。
そのためには、大谷翔平は投手に専念して20勝目指して頑張って欲しい!週1のローテを守ってい
けば20勝は可能だと思いますが・・・。


さて、今日からは秋田県から青森県にかけて日本海沿いに走るJR五能線を紹介することにします。
最初に、始発駅の東能代駅。奥羽本線の駅でもあり、能代線はここから米代川沿いに走り能代市街地
へ、さらに東北第4位(1位は北上川249km、2位阿武隈川239km、3位最上川229km)の川の米代川
(長さ136km)に架かる橋を渡り北へと進みます。

東能代駅は、奥羽本線の駅として開業は20世紀に入って間もなくの、1901年(明治34年)11月1日
と早く114年の歴史がある。
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ようこそ五能線へ」の看板がありますね。
五能線とは、青森県の五所川原と能代を結ぶことから五能の名前が誕生している。
路線距離147.2km。全駅43。開業は1908年(明治41年)で、日露戦争後のことで、ただ全線開通は
1936年(昭和11年)で太平洋戦争の始まる5年前。
もちろん全線非電化。ディーゼル機関車が走ります。電車ではありませんよ。

雨は激しく降ってきて、外で撮影するのも大変な状況になってきた。

続いて、能代駅へ。
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バスケットボールの町能代は、この雨でスルー。本当は外を歩き、バスケットが描かれた(多分?想像
ですが)マンホールや街路灯を写したかったが、外に出るのもおっくうだ。
この写真も車の中から、やっと窓を開けて写したもの。
駅の構内には、バスケットのリングがあるそうだけど次の機会にします。

続いて、向能代駅。能代シリーズは4つあって、これが三つめ。
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雨は降っているが、無人駅で駅前に駐車も出来るたのでホームに立つ。
開業は1952年(昭和27年)の1月の戦後のことで、きっと能代市の発展で新駅が必要になったからか?
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続いて、北能代駅。開業は1926年(大正15年)4月。
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1926年に開業した時は羽後東雲(うご しののめ)駅。当時は山本郡東雲村だったので、村の名前の
東雲を取っている。戦時下の1943年、北能代駅へと改名。
このモダンな駅舎は2009年に改築されたもので、改築前は貨車改造の待合室だった。
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雨が本降りになったり、おさまったりを繰り返している。ホントに雨男で情けなくなる。

次の鳥形駅へ行く途中、列車を見つけパチリ。
周囲は、まさしく田園地帯。
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能代市から山本郡八峰町に入り、最初の駅の鳥形駅へ。
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周囲は田んぼ、田んぼで、まだ日本海は見えない。海からは直線距離にして2kmほど離れている。

続いて沢目駅。1926年(大正15年)4月、当時、国鉄の駅として山本郡沢目村に初めてできた駅。
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建物は立派だが、駅を利用する乗客はほとんどいない。が、この建物は集落の会合の場ともなって
いて、コミュニティー・センターとして役割を果たしているから地域にとっては大事な建物。
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雨が降っているせいもあるが、人通りがまったくない。駅を利用する人なんているのかな?と思う。
きっと、通学時に使う高校生の汽車通の時だけしか利用されないのかも知れない。


さらに続いて東八森駅へ。
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八峰町の名は、八森町峰浜村が合併して八と峰で八峰町となった。
昔は、ここが町の中心で役場も近くにあったそうだ。

ここを過ぎると、やっと日本海が見えてきた。
鹿の浦展望所という、国道101号線沿いにある見晴らしの良い場所から陽が沈みかけた時間。
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南に眼を転じると、島影のように見える男鹿半島
男鹿半島の西端には男鹿三山があり、最高峰は本山の715.2m。
左側の平坦なところは、八郎潟を干拓した日本最大の米どころ大潟村。
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北の眼を転じると、これから向かう秋田県最北部や青森県の深浦町がある艫作(へなし)岬が見える。
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それでは、最後に八森駅を見ましょう。
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この建物、白神八峰商工会と同居しているログハウス風の素敵な駅。

さらに北へと向かいますが、それはまた明日お伝えします。



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昨夜は、ホークスがイ・デホの大活躍で6-4で勝利し、日本1に大手をかけましたね。今夜の試合で
決まるのでしょうか?ここはスワローズの意地で、せめてホームである神宮球場の最終戦に勝って
福岡へ望んで欲しいです。そうでないと、土曜・日曜の楽しみがなくなってしまいますよ。

深夜は、ラグビー・ワールドカップの3位決定戦と決勝がありますが、夜のテレビはプロ野球でないと
ねぇ。日本シリーズの後は、プレミア12の国際野球が続くけど野球は今回で今年は終わり。
11月からはラグビー・トップリーグを応援しますか。

さて、本日の1枚目。昨日紹介した真っ青なトタン張りの小さな待合室の久保田駅から1.9km離れた
次の駅である前郷駅から。
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このころになると激しく雨が降り出し、傘を差しながらの撮影はキツイ。
それでも、ホームに出て「おばこ号」をパチリ。

ここは、有人駅で若い駅員さんが一人で勤務していたが、笑顔でホームに立つことを許してくれた。
大きな駅ではありえないけど。地方の駅員さん一人の小さな駅では、みなさんニコッと笑って見逃して
くれますね。
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乗客の中にも反応してピースサインを出す人も。
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由利高原鉄道の列車は、すべて気動車。気動車とはディーゼルエンジンを用いた熱機関を利用しな
がら走る鉄道車両のこと。
創業(1985年10月の開業時)以来の車両は、2014年12月をもってすべて引退し、2012年から導入した
バリア・フリーの新型車両3両と2000年と2003年に購入した車両2両の合計5両で運行している。
車両の長さは、5両とも18mに統一されている。

続いて1.4km離れた曲沢駅へ。
ここは、田園の中の駅。見渡す限り田んぼ、田んぼ。もちろん無人駅。
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そして、わずか800mしか離れていない次の駅の黒沢駅へ。
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ここの駅舎は、ホームに隣接してなくて少し離れた場所にある独立型駅舎。
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可愛らしい駅舎ですね。
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こんな素敵な駅だと、ステーションビバークも楽しそうだ。
でも、地元の人が最終便が通過した後に戸締りするかも?始発まで駅は閉鎖されたままでしょうね。
もっとも、不用心だしホームレスに寝泊まりされかねないから仕方がない。
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こんな感じの少しばかりメルヘンチックな駅でした。

さて、続いて2.1m離れた次の駅の鮎川駅へ。それこそ名前の通り鮎が取れる川があるのかな?
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さっきの話だけど、最近の駅舎内には防犯カメラがついていて寝泊まりなどしようものなら、すぐに
警察のパトロール・カーが駆けつけることもありえますね。
やっぱり、治安は地方でも悪化してきているのかな?
まぁ、旅人は駅で寝るのは止めた方がよろしいでしょうネ。
駅寝は、昔の出来事ですね。私が若いころ、もう40年以上も前の話ですけど自転車で旅していた時は、
よく地方の駅で、駅員さんに話しかけられてそのまま駅寝、さらには駅のお風呂にまで入ったこともあり
ましたけど、今では考えられないことです。
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2.9km離れた次の駅の子吉駅へ。
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ご覧のように、郵便局と一緒の建物の駅。玉の池簡易郵便局と子吉駅が同居しています。
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2.3km離れた薬師堂駅へ。
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そして最後の駅の羽後本荘駅。JR羽後本荘駅の一角にある鳥海山麓線専用の切符売り場。
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左がJR.自動改札口があるけど、右の由利高原鉄道は駅員さんが切符を切ります。

というわけで、全長23kmの全12駅の由利高原鉄道 鳥海山麓線を二日間にわたり紹介しました。
「おばこ号」の季節ごとのイベント列車もあり、11月には沿線B級グルメ列車が、12月にはクリスマス
列車忘年会列車、3月にはおひなっこ列車が走ります。
今度来る機会があったら、1日乗車券で全駅乗り回したいです。

旅は、さらに北上してJR五能線へと向かいますが、それはまた明日!



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昨夜の日本シリーズ、ヤクルトスワローズの山田哲人選手の三打席連続ホームランという大活躍
で、初白星。スワローズは1勝2敗としましたね。シリーズ記録となった三打席連続ホームランは見て
いて、それこそ間中監督ではないけど鳥肌が立ちましたね。
燕が鷹に勝ちましたねぇ。今日も勝って、第7戦までもつれて欲しいです。

さて、東北最高峰の山である鳥海山(2236m)の北側の麓にある日本海に面した由利本荘市
人口8万人の町ですが、JR東日本の羽越本線の駅がある羽後本荘駅から終着駅である矢島駅まで
南東に23km伸びる鉄道が由利高原鉄道です。

1985年、当時国鉄から第3セクターのローカル線として再出発し、現在は駅数12、通称「おばこ号」が
走る地元沿線の貴重な足いなっています。

終着の矢島駅には、本社屋や車両基地もあるが、以前は矢島町として独立していた。2005年3月に
周辺の岩城町、大内町、由利町、東由利町、西目町、鳥海町とともに本庄市と合併し、由利本庄市と
なった。

駅は昨日お伝えした通りだが、たまたまか秋のお祭りが開かれていたので、しばらく一緒についていく
ことに。
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山車の上には、金剛力士像が乗っかり「仮装バブル」と書いてあるけど、一体何?
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子供たちが小太鼓を叩いている。
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山車を引っ張るのは、地元の若手有志たち。若者も結構ますねぇ。
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もちろん女性たちもいて、楽しそう。

さて、矢島駅から2.9km離れた次の駅の「川辺駅」へ行きます。
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曇り空で、まだ雨が降っていないが、すぐにでも降りそう。木造の比較的新しい駅だ。
駅の待合室へは階段を10段ほど登らなくてはいけないのは、冬の豪雪地帯だからか?

真冬の重たい雪は、1mいやそれ以上積もるかも?

ホームに出てみる。
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稲穂が黄金色に輝いているし、ホームの赤いサルビアの花がキレイだ。
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鳥海山麓は、ミネラルに富んだきれいな水が豊富で、水田耕作にはもってこい!の地。
続いて3km離れた吉沢駅へ。
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ここも、ホームは道路からかなり高い位置にある。
ホームに立つと、田んぼの中にポツンと立つ駅だ。もちろん無人駅。
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秋田県といえば、「あきたこまち」が有名だけど、最近のお米が特一等米がいくつも生まれ、美味しい
ごはんがどこでも食べられるようになったのはありがたいことですね。

北海道は、以前は不味いお米の代名詞だったけど、21世紀に入り温暖化の影響もあってか、とっても
美味しいお米が生産されるようになりました。特一等米は、たくさんありますよ。
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続いて1.4kmしか離れていない西滝沢駅へ。
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木造の素敵な駅舎です。
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この辺りから雨がポツリ、ポツリと降り出してきた。傘を差しつつの撮影です。
次の2.1km離れた「久保田駅」につく頃には、土砂降りの豪雨へと。
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視界も悪く100mくらいか?遠くは雨でかすんで見える。
トタン板に青色のペンキが塗られた小さな、こじんまりした待合室を利用する人はいるのかな?
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雨はますます強くなってきた。登山用のカッパを着込み、傘を差しつつの撮影。カメラを体で隠しての
撮影だが濡れてしまう。
それでも、全駅制覇の旅をする覚悟だからずぶ濡れになっても頑張るゾ!

ということで、明日は次の駅員さんがいる前郷駅から始発の羽後本荘駅まで紹介します。



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プロ野球日本シリーズは、今夜から舞台を福岡からヤクルトの本拠地である神宮球場へ移し、
第3戦が始まりますが、今までの2戦を見るとレベルの差がかなりありホークスの4戦全勝かな?
とも思えるくらい、ホークスは強い!
実際、パ・リーグでもダントツの首位を走り続けていたし、キャプテンで4番の内川選手を欠いても
強力な打線で2連勝。今夜も勝利するのかな?セ・リーグの覇者スワローズの意地を見せて欲しい
ところだが、やっぱりツバメが100羽集まっても1羽の鷹には勝てませんね。
しかし、4試合で終わったのでは面白くない。スワローズの反撃を期待したい!

とはいえ、ファイターズにはホークスの独走を許してしまった責任があるわけで、来年こそは優勝
目指して打倒!ホークスを果たしてもらいたいです。

さて、小杉の大杉というよりトトロの杉の木を見た後は、「温泉博士」を活用して近くの羽根沢温泉
入浴。
羽根沢温泉は、かなり廃れた温泉で倒産したホテルも数軒あって、淋しい感じがした。

今日の1枚目は、温泉から約1kmほど離れた場所にあった閉校となった旧羽根沢小学校から。
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周辺には人家が数軒あるのみで、この学校も閉校してから10年以上は経過している、と感じる。
窓ガラスは割れ放題だし、雑草が伸び放題。
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冬は、豪雪地帯だから雪の重みで屋根も傷んで崩壊寸前の有様だ。
しかし、旅に出ると必ず閉校となった学校を見てきた。一体何校、いや何十校、いや何百校の
廃校跡を見てきたことだろう。
子供たちの声が聞こえなくなった学校を見ることほど辛いものはない。出来れば、完全に撤去して
欲しいけど予算のない地方自治体では放置されたままになっているのが現状だ。
こんな風景を見るにつれて悲しくなってしまう。

さて、山形県から秋田県へ。国道13号線ではなく、奥羽本線沿いに県道35号線を通過する。
それでも雄勝峠を越えて秋田県へ。下りた場所に院内関跡があった。
江戸時代、山形と秋田の国境にあった関所だ。
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江戸時代は、今の県は国であって関所が置かれていた。入国検査があった場所だ。
特に「入り鉄砲に出女」と云われたように、鉄砲が入るのを検査し大名の妻が出ていくのを取り調べた。
江戸で人質に囚われていた大名の妻は、国(ふるさと)に帰りたかったからだ。
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ここの主な業務は、浪人の取り締まりと院内銀山の警備と書かれている。

そこで、国道13号線とは別れ、国道108号線を山中へと進路を取る。その院内銀山を見たかった。
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最盛期は、戸数4000、人口15000人を越す東洋最大の大銀山だった。
1606年に発見され、金・銀を産出し秋田藩の財政を支える重要な鉱山で、江戸時代を通じて
日本1を何度も記録している。
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ピークは、1800年で秋田藩の城下町久保田(秋田市)を凌駕するほどの最大の町となり、「出羽の都
と呼ばれる繁栄を誇った、という。
1881年には明治天皇も巡行したほどだ。

しかし、明治末期に銀の価値が暴落して採算が悪化し、大正時代は規模を縮小して採掘していたが、
戦後1954年についに閉山となった。

学校だけではない。閉山した鉱山もいくつも見てきた。北海道には廃坑となった石炭の産地がたくさん
あるからだ。ここも、石炭ではないけど廃鉱の一つ。


この日は、道の駅「清水の里 鳥海郷」で車中泊。
幹線道路から外れた田舎の道の駅に車中泊している車は、自分の1台だけ。
この日も夜空には、満天の星が輝いていた。

翌朝は曇り空。由利高原鉄道の本社があり、車両基地にもなっている矢島駅へと向かう。
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この日はお祭りらしく、出店がたくさん出ていた。
まずは、ホームへ。
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車両基地が奥にあるがその前に駅構内をぶらぶら歩く。と、ここにも人形が。
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今年「春の旅」で訪れれた鳥取県の若桜鉄道の各駅になった人形を思い出す。一人でも賑やかな
方がイイですよね。

車両基地内を見学。
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というわけで、明日からは由利高原鉄道の各駅巡りをしていきます。
では、また!


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昨夜、その前の夜とラグビー・ワールドカップの準決勝、素晴らしい戦いが続きました。
ニュージーランド対南アフリカは20-18で、NLの勝利。オールブラックスは強い!
昨夜のオーストラリアVSアルゼンチンは、オーストラリアの勝利で、予想した通りに決勝は
世界の二強のオールブラックス(ニュージーランド)VSワラビーズ(オーストラリア)
来週の決勝戦が楽しみです!

さて、今日の秋の旅は最上川沿いの町大石田からお伝えします。
町立歴史民俗資料館。入館料は200円。
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江戸時代、最上川舟運の中継基地「大石田河岸(かし)」として栄えた町であり、松尾芭蕉、正岡子規、
斎藤茂吉などの著名な文化人が訪れ、その足跡を残して町としても知られている。

開館は、1978年(昭和58年)5月1日だから、もう37年も経つ。
別館にあるのは、斎藤茂吉の別荘。終戦直後の1946年(昭和21年)2月から翌年11月まで疎開した家。
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その庭にあった里芋の葉。
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山形の秋といえば、芋煮会。イモは里芋。これが葉とは知らなかった。茎も食べられるそうです。

最上川に出てみる。まずは、上流を望む。江戸時代は天領で、幕府の舟役所が置かれたほど。
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下流方向を見る。
芭蕉は大石田に三泊している。同行した曾良の旅日記にとると、元禄二年(1689年)5月28日から
30日にかけて。
五月雨を 集めて涼し 最上川

一方、そのおよそ200年後、明治26年(1893年)には正岡子規が夏に訪れている。
ずんずんと 夏を流すや 最上川

蚊の声に らんぷの暗き はたごかな
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その昔、多くの旅人が舟で通った最上川。
今自分は、車で最上川に架かる橋を渡り、気楽に通過しているが、当時の旅人は命がけだったはずだ。

かつての旅人の苦労を想像するが、今の自分にはとても出来ない旅だった、と思う。

最上川沿いは、ソバどころでもある。
美味しいそばでも食べようと、立ち寄った。
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やっぱり、美味しい!700円だったかな?

その後は、最上郡鮭川村の山中へと進む。「小杉の大杉」を見たかった。
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というより、トトロの木の方が知られている。
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県道58号線を北上し、さらに県道315号線に入り、その後は農道を走りたどり着く。

樹齢は約1000年という。根回り6.3m。高さは20mもある天然も杉の木。
その姿は、長いこと夫婦杉とか縁結びの杉と呼ばれてきたが、今ではトトロの杉の方が有名。
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祠もあって、祀られている。昔の人々が、御神木として信仰したのが分かるような気がする。
根は一つだが、根元からいくつも分かれて伸びている。
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鮭川村というくらいだから、サケの遡上する川があるので名前が付けられたはずだが、こんな素敵な
杉の木もあった、とは。
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何度見ても飽きない。
もう、1枚。
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白いそばの花が咲く畑の中に、木道が通っている。奥の坂道の上に駐車場があり、そこから歩いて
100mくらい。木道は1周200mほどか。

最後に、その駐車場から1枚。
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見てお分かりの通り、地元農家の私有地。その中を歩くのだからゴミを捨てたりしたら、絶対ダメ!
砂利道をバイクや自転車で進むのもダメ!
神聖な場所なのだから、そばを取ったりしない!撮るのは写真だけにしましょう。

というわけで、トトロの杉の木に心を癒されました。
では、また明日!


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昨日の快晴とは打って変わって、今日は朝から雨降り。道北では雨から雪へと変わるらしい。
カブで旅しているトミーさんは大丈夫だろうか?昨日は浦河のライダーハウスで宿泊したことをブログで
拝見したが、今日は帯広まで行く予定なので雨と雪が心配です。
どうか、無事にたどり着けますように!

北海道は日に日に冬へ向かって寒さが増している。これから3月末までの長い冬の時期に備えなくては。
私の車はすでに冬タイヤを履き、ワイパーも冬仕様。トランクにも、解凍スプレーや雪かきなどの装備を
置いています。
まぁ、道内でも温暖な函館では、積雪の心配は当分ないけど備えあれば憂いなし、ですね。


さて、秋の旅の26回目。山形県置賜地方での車中泊は、道の駅「たかはた」。天の川も見えるほどの満天
の星空に感激!雨降りの日が続いて夜空を眺めることなど忘れていたが、無限の星がきらめく夜を再び
見ることが出来、うれしい。
やっぱり、夜空には満天の星ですね。
そう、五つ星の高級ホテルより、満天の星の車中泊ホテル!

朝5時過ぎには起床。晴天だった。東の方向にある奥羽山脈から昇る太陽がまぶしい。
昨夜から気になっていた、国道113号線を挟んだ向かい側にある三重の塔を見に行く。
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まるで奈良か京都のような雰囲気。法隆寺の五重の塔を思い出す。
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ここは安久津八幡神社
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何と創建は860年。平安時代の前半、清和天皇の時代だ。平安京遷都(794年)から、まだ66年が経過
したばっかり。
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鎌倉時代がもっとも栄えていたらしく、12の坊があったそうだ。つまりお寺が隆盛だったのです。
つまり仏教が栄えていた、わけですね。江戸時代までは、神仏習合、神仏混交だったから。

さて、鳥居をくぐり本殿へと向かう。
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鳥居のそばにある横たわった大きな石。両側に置かれているのが見えますね。これは何?
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じじばば石とは?
昔、歩いて参拝したお年寄りがここで休憩した椅子の代わり?

杉の大木が茂る参道を歩く。中間地点にあるお神楽の舞台。
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三面から見学できる造りになっている。
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さらに苔むした石畳の道を本殿へと歩を進める。
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藁ぶきの屋根にまで草木が生えている。かなりの歴史ある建物だ。
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この神社、長い歴史の中で何度も火災に見舞われたらしい。
先ほどの三重の塔は、もともとはお寺の塔だったが、明治時代の神仏分離令(1868年 明治元年)で
お寺が破壊され、塔だけが残ったらしい。
神仏分離令、さらにそれに続く廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動によって、日本各地で多くの寺院・仏像・
仏具などが破棄されたり経文が焼かれたりしたが、ここでもそれが起きたのですね。
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耳の神様」も鎮座している。
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ここから、さらに山道を歩けば奥の院へ行けるが、熊が出そうなので止めておきます。
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舞台の説明ですね。
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子育て地蔵尊
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歩くこと30分。朝の散歩には最高の、ゆっくりと神社の境内を見学出来ました。
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さらに、この道はとなりにある「まほろば古(いにしえ)の里」と考古資料館へとつながっている。
縄文時代の竪穴式住居があったり、散策には最適なコース。
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稲穂も実り、快適な朝を迎え目もバッチリ。

この後、進路を北へと。明日は、最上川の河港として江戸時代繁栄した大石田の町へ、さらにトトロの
森の木を見に行きます。
それでは、また明日!



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プロレス愛好の仲間であり、いろいろな場で知り合いになった函館のプロレス亭卍楽さんより連絡があり、ご自宅へ行きました。

何と!そこには日本一周のblog1位に燦然と輝く「スーパーカブ110で行く日本一周の旅」の作者であるトミーさんがいるではありませんか!

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blogでも拝見していましたが、今冬を北海道でも一番の寒さになる帯広で過ごす、といいます。
帯広は、十勝の内陸にあって、夏は暑いし(35度を越える時も!)、冬は寒いし(マイナス30度)、海洋性気候の函館とは全然違う自然環境です。
よく、まぁ半年近くも帯広で、しかもライダーハウスで生活するものだ!となかば呆れたり感心したりで、お話を聞きました。

極寒の地で、体験したい!とのこと。一緒に行きましょう!と誘われても絶対拒否する今回の旅、是非お望みの極限の寒さを体験して来て下さい。

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やっぱり、トミーさんは若いですね。頭が薄くなった私には、とっても無理な今回の旅。
道中の安全を祈るとともに、羨ましいです。

まぁ、自分も2016年春の旅に備えて、体力と気力をこの冬充電することにします。

プロレス亭卍楽さんのご自宅で3時間にわたり、お話出来たことに感謝です。

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最後に、トミーさんの愛車を拝見。

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これが、レジェンド・ライダーのトミーさんのカブです。
私も、以前はハンターカブやセロー225でツーリングしていただけに、バイクのパッキングには興味が持てました。
合理的な積み方で、感心しました。

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そんなわけで、快晴・温暖な本日はもう出発したでしょうね。
くれぐれも道中気をつけて旅して下さいね。
朝夕は、凍結してブラックアイスバーンになっていますので、無理なさらずに!

ということで、昨夜はトミーさんとの出会いに感動して、夜はなかなか寝付かれず。

でも、朝は雲一つない快晴!
しかも、気温は上昇し9時でも暖か!最高のツーリング日和ですね!

頑張れ!トミーさん!!

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何と806年というから平安時代が始まってすぐの9世紀初めに創建された記録がある。
その一方で、平安時代の末期平維盛(1158~1184)により創建されたとする説もあるが、いずれに
しても1000年以上か、またはそれに近い歴史を有する神社だ。

熊野大社のHPでは、「東北の伊勢」と銘打ちし1200年の歴史は東北随一の歴史と規模を誇る、と。
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縁結びの神様としても知られていて、道理で若い人が多かった。女性だけでなく、ご覧のように
若い男性の姿も見られる。

実は、ここ熊野大社の本殿裏に、うさぎが三羽隠し彫りされている、という。
そして、いつの頃からかそのうさぎを三羽発見した人は次々と成功を収めたとか、または恋や願い事
が成就した、とかと言い伝えられてきた。

しかし、最後の三羽目は、人から聞いたり場所を教えてもらうとご利益が失われると云われているため、
何処にあるのかはいまだに不明。

それでは、「幸せになれる」・「願いが叶う」三羽のうさぎ、それを見つけに行きましょう。
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この建物のさらに裏へ。
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巨木の杉と赤い鳥居をくぐり抜けると、「三兎招福」と書かれた幟がある。
三羽のうさぎは、幸福を招く。ならば、発見しようじゃないか?
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ズームして、1羽目発見!長い耳が二つある彫り物のウサギちゃん。
しばらくして、もう一羽発見!
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その横にあった。
この写真だとよくわからないが、確かにうさぎの模様が彫られている。
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しかし、三羽目が見つからない。
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10分近く経過する。そうこうしているうちに、人がどんどん増えてきた。
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やっぱり、若い人が多いでしょう。みんな真剣に探している。何処に三羽目があるのだろうか?と。

結局、三羽目は発見できず、残念。
お参りだけして帰路につく。

おみくじや破魔矢などを販売する場所に、うさぎの置物などが売られていてそれらを買う人もいた。
わらにもすがる思い、ではなくうさぎにすがって願いを叶えてもらう、が正解か?
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この参道の左側は小学校。ちょうど下校時間にあたっていて、子供たちがいた。
その子らとお話しできた。
「三羽目のうさぎ見つけた?」と尋ねると、
「おばあちゃんと探したけど見つけられなかった」とか「いないんじゃないの?」とか
「言っちゃだめなんだよ」という子も。
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つまり、三羽目のうさぎは教えちゃだめだから、本人の心の中にあるのですよ。
希望をもたらすために三羽のうさぎの「神話」があるのでは?と思いました。


というわけで、熊野大社のうさぎの話は終わり、次の宮内駅へ行きますが、そこで本物のうさぎ
と出会うのです。

まずは、その宮内駅。
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開業は1913年というから100年を越す歴史がある。
有人駅で、駅員は一人だが駅長は三人ならぬ三羽。
その前に駅前の風景。
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うさぎのベンチやさまざな像がある。楽しそうな駅前。さて、駅長さんに会いに行きましょう。
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もう一羽は、事務机の陰に隠れていて出てこず。人見知りするのかな?
ここで、うさぎのグッズを購入。
ホームに出てみた。
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1998年無人駅となったが、2010年にウサギの駅長が就任すると部下の駅員さんも一人置かれる
ことになった。
きっと、ここから歩いて10分ほどの熊野大社の三羽のうさぎから、駅のシンボルとして飼われることに
なったのでしょうね。

結局、この日は、その後南陽市の赤湯温泉の共同浴場「ゆーなび からから館」(200円)で入浴し、
近くの道の駅「たかはた」で車中泊。
夜は、久しぶりの満天の星☆。ぐっすりと眠りにつきました。


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おりはた駅から歩いて10分の場所にあるのが夕鶴の里。内部は、資料館と語り部の館の二つに分か
れていて入館料は320円。
資料館は、1925年(大正14年)に建築された製糸工場の繭(まゆ)蔵を改造したもので、養蚕が盛んだ
った頃の生活が展示されている。
それと地元に伝わる「鶴の恩返し」の映像も鑑賞できる。

「鶴の恩返し」は全国にあるようで、ここでは江戸時代後半の文化元年(1804年)に編まれた古文書の
鶴城地名選」から、地元「鶴布山珍蔵寺」に伝わる伝説をもとにした民話「鶴女房」が誕生し、それが
「鶴の恩返し」という有名な民話となった。

さっそく、入館しよう。
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鶴の形を表現している近代的な建物だ。
資料館は撮影禁止なので、1枚もなし。養蚕は、全国各地で行われていたことを知る。
今まで、養蚕といったら信州や群馬などかな?という程度の知識だったが、今夏の旅でも知ったが
岩手・遠野やここ山形でも行われていたとは・・・自分の無知を知る羽目に。

旅をして、いかに自分が無知であったかが分かるのだ。やっぱり、百聞は一見に如かず
Seeing is  believing !

実際に見て確かめることが大切。100冊の本を読むよりも、現地で体験することです。
もちろん知るための読書は大事なことで、出発する前にリサーチはしておきますが、それでも知らない
ことが多すぎる。旅して良かったことは、やっぱり見て確かめたこと。

さて、語り部館へと行こう。
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地元の方がお話ししてくれました。
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むがし あった けずまなあ

織機(おりはた)川のほとり ここ新山さ 金蔵ていう正直ものぁいだっけど

いつだったか 宮内のまちがら商いの帰りみち 別所前あたりで 腕白やろこめら
大きな鶴一羽いじめったけど

金蔵 もごさいがって 財布はだいて その鶴 たすけだんだと

と始まる「鶴の恩返し」。 

やぁ、なかなか良かったです。感動しましたよ!

とーびんと。おしまい、という意味です。

早速、その鶴布山珍蔵寺へ行く。歩いて5分ほどの場所。
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鶴の布の山、金蔵から訛って珍蔵の寺。

曹洞宗のお寺で、室町時代に開山したと、伝えられている。
1804年、文化元年に作られた「鶴城地名選」の中の話に記されていて、寺の名前の「鶴布」は
鶴が恩返しに自分の羽で織った布に、珍蔵は鶴を腕白どもから助けた金蔵から由来する、と
書かれている。

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静寂に包まれたお寺。
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続いて、宮内駅へと。その前に、熊野大社を訪れる。

車で10分ほどの距離。駐車場も整備されている。
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杉の大木が茂る参道を登る。

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多くの参拝者が来ていた熊野大社。
日本三熊野の一つで、米沢城の東北にあたる鬼門の鎮守として、上杉家から大切に守られてきたそうだ。
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能舞台もある。
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と、ここで思わぬことを聞く。それは、明日詳しくお伝えします。


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昨夜から今朝にかけてのブログの閲覧者がついに5万人を越えました。ブログを開設したのが2013年、
私が定年退職する直前の2月。自由の身となった4月から何回もの旅をしてそれをアップし、その結果
今まで3年と8か月かけて総訪問者が5万人を超えたのです。

うれしいですね。人気のあるブログだと1日だけで、あっという間に5万人を越えるのもありますが、4年近く
をかけての達成には感動もあります。よく中断せずにコツコツ積み上げたな、というのが本音です。
もっとも、アクセスは1日平均で200回以上で、月平均7000。計算したことはないけど、今までの合計は30万
は越えているはずです。

日本一周といっても、一度に達成したわけではなく、何度にも分けて少しずつ旅して日本国内を見てやろう!
と、1年に4、5回それも1回の旅が20日程度の旅で、どうしても東日本に偏りがちですが、旅してきました。

もちろん、これからも旅するつもり。次は2015年春の旅!の予定。
家庭の事情もあり長期間の旅は無理ですが、季節ごとに「春の旅」、「夏の旅」、「秋の旅」をしたい!と。
さすがに、「冬の旅」は・・・。冬は充電期間に当てます。


というわけで、閲覧者5万人突破記念の本日もまた山形鉄道フラワー長井線を紹介していきます。

昨日は「あやめ公園駅」で終了。長井駅と南長井駅は都心部にありスルー。時庭駅を目指す。
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開業は1914年(大正3年)11月15日、長井軽便線の梨郷(りごう)・長井間が開通すると同時。
実に100年の歴史がある。もちろんこの駅舎は新しいもの。
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ホームには、花がいっぱい。さすがにフラワー長井線だ。奥の芝生では、地元の高齢者たちが
パークゴルフに興じていた。

続いて、今泉駅
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JR今泉駅とあるように、ここはJR東日本の米坂線の駅でもあり、山形鉄道と並行して走っている。
跨線橋があるのは、2面4線あるから。
米坂線とは、山形県米沢駅と新潟県村上市坂町駅を結んでいるので米と坂で米坂線。
約3kmほどが並行区間。
時庭駅近くで、南西に別れて新潟県方面へと向かっている。

続いて西大塚駅
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見るからに古い!
開業は1914年(大正3年)11月15日だから、この建物100年は経過している。
前に紹介した「羽前成田駅」とともに2015年8月4日、駅本屋及びプラットホームが国の登録有形文化財
に指定されている。
それでは、そのプラットホームに出ましょう。
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もちろん単線の無人駅。1日当たりの乗車人員は、わずかに20人というからせいぜい地元の高校生
の通学用か?
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駅舎から長い庇が伸びていて、雨の日や冬の雪の日に助かる。
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駅ノートがあり、たくさんのファン(?)が来ていて書き込んでいました。

続いて「梨郷(りごう)駅」。
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梨の郷と書いて、「りごう」と読む。ログハウスの素敵な建物だ。

聞くと1999年(平成11年)に南陽市がこのログハウスの待合室を建てたそうで、それまでは西大塚駅
や羽前成田駅と同様の古い木造駅舎があったそうです。
それを聞いたら、勿体無い!と思った。残しておけばいいのに、と。
でも、古い建物ほど維持費がかかるから取り壊して新しい駅を建てたのでしょうね。

ホームに立つと、遠くに低い山々が見えてその麓に農家が点在する。田園が広がる、実に絵になる
農村風景。
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心休まる駅です。ここでランチタイム。インスタントラーメンを手作りし、のんびりと過ごす。

次の「おりはた駅」。
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ここの駅では、見たいものがあったのです。駅から歩いて数分の場所にある、とある建物。
それは明日詳しくお伝えしますね。


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昨夜は、ラグビー・ワールドカップ順々決勝を深夜まで見て、大興奮。
アルゼンチンは、優勝候補の一つであったヨーロッパ・チャンピオンのアイルランドに43-20の大勝。
一方、オーストラリアは35-34でスコットランドに逆転勝利し、何と準決勝は南半球4か国で行われる
ことになりました。

準決勝はアルゼンチンVSオーストラリアニュージーランドVS南アフリカの組み合わせです。
楽しみですね。もしも、南アフリカが優勝したら、そこに勝った日本は隠れチャンピオンですよ!

さて、山形鉄道フラワー長井線の旅の続きです。
今日の1枚目は羽前成田駅。何と!今年8月4日に国の登録有形文化財に西大塚駅と共に指定され
ましたので、ほっかほかの最新の指定です。
が、もちろん駅舎は相当古い。
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開業は1922年。大正11年の12月11日。
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他の駅舎が平成に入って新しい駅舎に新築されたにも関わらず、ここ羽前成田駅と西大塚駅だけは
開業当時のままの姿。西大塚駅は明日紹介するとして、ここ羽前成田駅をたっぷりとご覧下さい。
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駅の看板が、実にいい味を醸し出している。
でも、これかなり今とは違うぞ!

となりの駅は、現在は左が「白兎駅」、右が「あやめ公園駅」なのに、「ごくわ」と「ながい」になっている。
「ごくわ」とは白兎駅のさらに隣の駅の「蚕桑(こぐわ)駅」のことだろう。
「ながい」とは、となりのとなりの長井駅のこと。現在の「あやめ公園駅」は2002年の開業だから。

最初は「たがい」と読めて、たがい駅なんてあるのかな?と思ったけど「ながい」と読むのが正解。
それに、成田は「なりだ」になっていて、駅看板も相当の歴史がありそうだ。戦前のものかな?
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改札口の上を見ると、電球がぶら下がっているのもレトロ。窓枠も木製の1枚ガラス。新しい駅では
アルミサッシの窓枠だけど、如何にも歴史を感じさせる。
何せ、90年以上も前の建物なのだから。
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自在鉤(かぎ)と火鉢に鉄瓶なんて、まさに大正時代か昭和初期か?といった風景。

ホームに立っていたら、列車がやってきました。
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2両編成だ。もちろん非電化なのでディーゼル車の単線です。
駅の周辺を歩いて見る。
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近くの小学校から児童たちの声が聞こえてきた。
うれしいですね。田舎の学校がどんどん閉校されているのに、今も健在の小学校があるのは。
元気な声が聞こえるのは、いつまでかな?

自転車で走るには最高!交通量も少なく安全だし、秋風はさわやか!
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と、次の駅の「あやめ公園駅」へ。
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駅のホームの向こうに長井工業高校があり、ここは彼らの通学のための駅でもある。
(  )付きで山形県立長井工業高等学校前とある。徒歩で176mとは近い。
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ここでも周辺散歩。
大きな神社があった。
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長井一の宮総宮神社という。鰐口が巨大だ。直径が1m近くもありそうだ。
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何よりも驚いたのは、境内の巨大な杉林。
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直江杉というらしい。そうえいば、米沢は近く。米沢といえば、上杉藩。愛の文字を兜にデザインした
直江兼続が有名だ。
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直江兼続と関係する神社とは!改めて歴史の古さを実感!

となりには、お寺もある。
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というわけで、歴史を感じる駅が続出。
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山形鉄道フラワー長井線を行く旅、面白いです。いや面白すぎ!
明日もお楽しみに!


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開業は1913年というから、もう100年を越えた鉄道。元国鉄、JR東日本から3セクの山形鉄道へ
移行したのが1988年。
路線は30.5km、全線非電化、全駅17駅のこじんまりしたローカル鉄道です。
起点は南陽市の赤湯駅。終点は白鷹町の荒砥(あらと)駅

荒砥駅の駅舎は昨日お伝えした通りの大きな建物でした。

昨夜は、台風の影響もあったか、一晩中豪雨でなかなか寝付けず睡眠不足の中それでも6時には
起床する。
始発は、何と5時45分で寝袋の中で目覚まし代わりの汽笛を聞いてい起きた次第だ。
空を見ると、雨は上がって曇り空。でも、遠くの空には青空が見えて晴れそうな気がする。

まずは、荒砥駅のホームに立つ。
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いきなり、奥に見える車両基地をスタートした列車がやって来た。先ほどの5時台に続いて6時すぎの
2番列車。乗客は、長井市や南陽市へと通学する高校生が数名。
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南陽と云えば、南の都市を想像するが、山形県の南陽市は冬は豪雪地帯。
そういえば、以前新南陽市という都市が山口県にあったが、徳山市と合併し周南市へとなった。
周防(すおう)の南という意味で、周南(しゅうなん)市か。

そして、この鉄道沿線は、2004年の映画「スウィングガールズ」の舞台だった。
高校生数名を乗せた列車は、間もなく田園地帯を走り去っていった。
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車両基地が見えた。
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まさに、ここは起点であり終着駅なのだ。

さて、次の駅に向かってスタートする。
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四季の郷(さと)駅。緑色の稲穂が鮮やか。
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やっと雨が上がったので、心はルンルン。やっぱり雨降りはいやだよね。
次の駅の鮎貝駅
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続いて次の駅の蚕桑(こぐわ)駅
文字通り、蚕(かいこ)と桑(くわ)だから、養蚕が行われてたのか?それとも今でも行われているのか?
実は、蚕桑駅の写真は1枚もない。撮れずじまい、その代わり駅の近く歩いて5分もかからない場所へと
急ぐ。
なぜかって?そこに田んぼアートがあるからです。
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遠くに最上川が流れていて、その水を引いて美味しい山形米が生産されている。
そこに描かれたお嫁さんと足元にはおにぎり🍙。

近くの農家の片とお話したら、8月上旬が一番見応えある、という。9月だと色あせてしまった、と。
でも、これでも感動ですよ!
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実は、この絵はストーリーがあって、10年ほど前から「おかいこ姫」の登場→結婚→娘のまゆみ
誕生→成長→婚活という流れがあることを教えてくれた。
すぐそばまで行ってみよう。
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最初は、稲穂にカラーを塗っているのかな?と思ったけど、イヤイヤ違います。ご覧のように、色の違う
品種を植えていくのです。黒や緑、黄色や茶の稲を植えて描くのですね。
随分と凝った作品です。

田んぼアートといえば、青森県の田舎館村や北海道旭川市の近くの鷹栖(たかす)町が有名だけど、
ここにもあったんですね。農家の方は、今年田んぼアートサミットに出席してきて、来年はもっとすごい
のをやるぞ!と話してくれました。

続いて白兎駅
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田んぼのど真ん中。
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小さな駅舎の中には、なんと兎さんが。それはウサギの彫り物。眼が可愛い。
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太陽も顔を出してきて気温も上昇。ここの駐車場に車を入れて自転車を取り出してサイクリングを
エンジョイすることにした。
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後ろ姿が素敵な女子高校生が、遅刻して登校?ここまで親の車で来たのかな?それとも歩いて?
近くの人家までは数百メートルもある。
急いで!間もなく2時間目が始まるよ。

というわけで、山形鉄道、面白いです。この後自転車で国の文化財に指定された由緒ある駅舎を
訪ねます。沿線は見学すると楽しい場所がいっぱい!あります。

では、また明日!

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道の駅「尾花沢」で迎えた朝は、やはり雨だった。このところ毎日雨。台風が来ていたので、その雨は
後に豪雨へと変わるが、9月を旅するということは雨降りが12か月の中で一番多い!ことを実感する
のだった。

さて、この日の1枚目。
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木造駅舎として知られる東根市の神町駅
しかし、全然大したことがない駅で、ガッカリ・・・。

県都山形市へと行く。まず訪れたのが霞ケ城跡。現在は霞城公園になっている。
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山形城の別名は霞城または霞ケ城。平坦な地に築かれた平城である。
日本100名城の一つ。
築城は1356年の南北朝時代の斯波氏だが、現在の形にしたのは最上義光。

最上義光(もがみ よしあき)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽の国(山形県)の大名。
最上氏第11代の当主であり、出羽山形藩の初代藩主。
伊達政宗の伯父でもある。
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橋を渡るが、その下には奥羽本線と山形新幹線の鉄道が走っている。
大きな門をくぐると、そこに堂々たる最上義光の像がある。
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関ヶ原の戦いで徳川家康側の東軍につき、最上家を57万石の大大名へと成長させて全盛期を築いた。
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しかし、義光は1614年1月18日病死する。享年69歳。
死後、後継者争いが勃発し、これが最上騒動として幕府に知れ、1622年には改易される。
最上家は石高を5000石げ減らされ、大名の座から落ちてしまう。
広大な出羽の国には、いくつもの藩が出来、まさに山形藩は最上義光一人だけの藩だった。

その後の城主はかなり変わり、変わるたびごとに小さくなる。
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しかし、最上義光は山形では一番の人気で、最上義光記念館もあるほど。

新潟県上越市では、上杉謙信が人気のように、ここでは最上義光が人気者。
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現在は、城跡の復元工事が行われている。春だと1500本の桜で彩られる。
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と、傘を差しながら公園内を歩いていたら、すごい建物があった。
それが、現在は山形県郷土館になっている明治11年に建てられた山形県立病院の旧済生館本館
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明治11年というと、1878年のこと。今から137年前のことだ。
開館中の札があったので見学する。無料です。
靴を脱いで、中に入ると。
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中庭が素敵だ。洋風建築だが、庭は和風。1階はぐるりと回れる回廊式。3階建ての建物だ。
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1階は各部屋ごとに郷土の医学に関する資料を展示している。
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その後は、県立博物館へ。300円の有料だが、たっぷりと見応えあり。
雨は止むことなく降り続けている。
今晩の寝床を考える。明日は、山形鉄道フラワー長井線を見たいので、峠を越えてその終点の
白鷹町の荒砥(あらと)駅へ行く。
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夕食を作るのもおっくうだ。仕方がない。コンビニで弁当を買うことにする。
雨音が、一晩中屋根叩く。
明日は晴れることを祈りながら、何とか夜を明かすことが出来そう。

明日は、素敵な駅が豊富な第三セクターの鉄道会社、山形鉄道フラワー長井線を紹介します。


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ラグビー日本代表が帰国して、ものすごい人気でテレビでは引っ張りだこですね。
やっぱり、結果を残すことは大事なことです。これが、今後の日本国内のラグビー人気へとつながって
くれればいいのですが。

秋、これからがラグビーの季節。大学ラグビーは始まったばかりだし、トップリーグの間もなくスタート
します。
高校ラグビーの全国大会は12月と、秋から冬にかけてラグビー大会が目白押し。
何よりもワールドカップはこれからが本番。ベスト8、準決勝、決勝と世界1を決める試合が続きます。
ニュージーランドが本命と見ていますが、果たしてどこが優勝するか?楽しみです。

さて、三陸鉄道南リアス線の終着駅の盛駅を後に内陸部へと入る。
最初の1枚目は、岩手県一関市の千厩(せんまや)駅
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かつては、千厩町だったが、一関市へ吸収合併された。1000の厩(うまや)があった、という意味か?
それほど内陸部だから馬が必要だったのだろうか?

さらに南下して、宮城県へ入る。旧東和町、今は登米(とめ)市
登米といえば、昔は登米(とよま)町だったが、周辺の町村と合併し登米市へとなり、読みも「とめ」と
なった。かつての「とよま」の方が良かったのに。でも、なかなか読めないですね。

旧東和町の道の駅「林林館」でランチタイム。
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地元産の「コロッケ定食」で、550円は安い。

この日の行きたかった場所は、同じ登米市でも中田町。ここには石ノ森章太郎記念館がかる。
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2年前の4月、震災で津波の被害を受けたが、その後再建された石巻市の石ノ森章太郎漫画記念館
を訪れたが、ここは石ノ森章太郎の出生地。
彼は、ここで誕生し成長したのだ。

最初に彼の実家を訪問。
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記念館から歩いて1分もかからない。すぐそばにあった。

1938年(昭和13年)戦争が始まる3年前に、ここ登米郡石森町(現在は登米市中田町石森)で誕生。
本名は小野寺章太郎。姉2人、弟2人、妹1人の5人兄弟の長男。
1953年(昭和28年)高校1年の夏休みの時、「漫画少年」の仲間らと「東日本漫画研究会」を結成する。
1954年(昭和29年)5月、手塚治氏より電報来る。「シゴトヲテツダッテホシイ」。
学校を休み上京し、アシストする。
同年12月「二級天使」の連載でデビュー。

内部を見る。
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立派な家だったのですね。外の格子戸が素敵だ。

1956年宮城県佐沼高校を卒業と当時に上京し、5月トキワ荘に移り住む。

さて、記念館へ戻り、入場料700円を払い入りましょう。まずは、外観を見る。
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自販機まで漫画チック。

1966年(昭和41年)「ミュータント・サブ」・「サイボーグ009」で第7回講談社児童まんが賞を受賞。
1968年「ジュン」・「佐武と市捕物控」で第13回小学館漫画賞を受賞する。
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内部は、もちろん撮影禁止なので1枚も撮れませんでしたが、外の庭をパチリ。

1998年(平成10年)1月28日東京で逝去。

記念館の道路の前には、こんな像が建っていた。
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さすが!です。

というわけで、石ノ森章太郎に満喫!
その後は豪雨の中を山形県へと峠越えし、最上町の瀬見温泉の共同浴場で入浴。
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義経、弁慶の伝説もあるとか。
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100円玉を2個入れると、戸が開く仕組み。
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結局、この日は尾花沢市の道の駅「尾花沢」で車中泊することに。雨は相変わらず降り続いている。
広い駐車場の片隅で、大型トラックは一晩中アイドリングしていた。道の駅のトイレ近くの屋根のある
ベンチでは、寝袋にくるまって寝ている若者2人。
車中泊している車は10台ほど。キャンピングカーも1台。

そんなわけで、ついに山形県入り。

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昨日のファイターズ、1-2で千葉ロッテに敗退。今シーズンのプロ野球公式戦がすべて終了しました。
残念ですけど、負けてしまっては仕方がない。あとはマリーンズとホークスのファイナルを見るしかない。
でも、セ・リーグにだけは今年も勝って欲しいですね。

さて、恋し浜駅での車中泊。案の定、夜半から雨が降り出してきた。しかし、よく雨が降りますね。
この後も雨、いやそれ以上の台風の襲来まで受けるのだから、とことん雨男ですよ。

翌朝、曇り空の中を出発する。綾里(りょうり)駅までの途中になった過去の津波の石碑。
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明治三陸大津波伝承碑の趣意と書かれた案内板とそのとなりにある石碑。
ここは、標高40m付近。過去たくさんの犠牲者を出していることが分かる。

そして綾里駅。
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駅前にあった碑。「津波でんでんこ」~津波が来たら、かってに逃げよ!
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駅のとなりには、綾里大権現保存庫があって、200kgもある大権現様の頭が展示されていた。
でも、それを写しては来ず。失敗!です。
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織り姫の里とあるように綾を織るお姫様が描かれている。

続いて陸前赤崎駅
周辺は、復興工事の真っ最中でダンプが行きかう中、交通整理の警備員にご迷惑をおかけしました。
それでも、何とかたどり着いた駅舎は、震災後に再建されて新しくなった建物。
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三陸鉄道南リアス線の終点である盛駅へ着く寸前、見かけた岩手開発鉄道の盛駅
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現在は、山間部にある石灰岩の鉱山から石灰を載せた貨車が大船渡湾の太平洋セメントに運搬する
貨物専用の鉄道だが、かつては乗客も乗せていたことがある。
うれしいことに、その時の駅が今も残っていたのだ。

そしてJR盛駅。JR大船渡線の始発駅。
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この建物のとなりあるのが三陸鉄道南リアス線の始発及び終点の盛駅
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可愛らしい駅ですね。
JR盛駅は、鉄道駅といってもバスしか走っていない。
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震災前は、アスファルト舗装された道路ではなくレールがあったが、流されてしまい今はBRTと呼ばれる
バス専用道路になっている。

この道は横断禁止で、面倒でも跨線橋を渡らなければいけない。
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同じホームにある三陸鉄道は、震災後2年経って2013年4月南リアス線が全線開通し、立派に
鉄道は運行されている。
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お座敷列車がやって来た。
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たまたま大阪大学の学生たちと先生方の団体が来ていて、まるで修学旅行の高校生のように
はしゃいでいた。
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三陸鉄道を見学に来たそうだ。
ここで、集合写真を撮らせられた。まぁ、気を付けてよーく見てきて下さいね。

ホームの端に行くと岩手開発鉄道の本社が見えた。木造の一軒家だ。
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偶然、石灰岩を満載した貨物列車が通過した。このまま太平洋セメントの工場まで行くのだろう。
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というわけで、三陸鉄道南リアス線は全駅訪れることが出来ました。
このあとは内陸部へと向かいます。

それは明日!

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