函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2015年11月

11月も今日で終わり、昨日の雪はすっかり溶けて歩きやすくなったので、我が家から5分ほどの湯川漁港へ散歩へ出掛けました。

image


正式名称は、函館湯川漁港交流広場。
津軽海峡へと延びる堤防を見ると。

image


遠くに函館山が望めるが、沖合いに続く堤防にはプロムナードな整備されている。

波打ち際から50mも沖合いになるだろうか?堤防の上に立って遠方を見る。
まずは、函館市の東、汐首岬の方向。

image


かつて、下北半島の大間に向けて北海道・本州架橋の構想があった場所だ。
もっとも近い距離で17km。

一方、下北半島を望む。

image


函館山から見ると、現在建設中の大間の原子力発電所が見える。もっとも危険な原発、大間に対しては函館市民は大反対!
現在、建設即時凍結の訴訟を東京地裁に起こしています。

目を西にそらすと、津軽半島が見えた。

image


そして、肉眼では、津軽半島の二つの山塊の間から遠くに津軽富士の名を持つ岩木山が見えた。
標高1625mの岩木山が見えるのは、年に10回ほどか?津軽半島も見えない時があるから、半島がはっきりと見えた秋か冬に直線距離で130kmも南の岩木山が見えることがある。
だから、今日は珍しい。

西には函館山が。

image


振り返ると、湯川温泉街のホテル群が立ち並ぶ。冬でも台湾や中国からの外国人観光客が来ていて、先日の降雪の時はおおはしゃぎしていたとか。

来年3月26日の新幹線開通に合わせて、増築工事をしているホテルもある。

image


最後にもう一度、津軽半島を見よう。

image


うっすらと、半島の二つの山塊が見えて、その奥に三角の形をした岩木山が見えますか?
カメラでは捉えることは出来なかったかな?
ポケットに入れて来たのは、スマホ。100倍のズームが付いたカメラはもって来なかったので、スマホだけなら4倍くらいかな?

ということで、散歩の途中で見た光景でした。

昨日から、恒例となった函館クリスマスファンタジーが始まり、12月25日のクリスマスの日の夜まで行われます。
昨日は、姉妹都市カナダの姉妹都市ハリファックス市から送られた、高さ20mのもみの木への点灯式があったり、周囲1800メートルの五稜郭公園をLEDで彩どったり、多くのイベントがありました。
冬も多くの観光客が来ていますよ。冬の函館山からの夜景素晴らしいです!

その翌朝、起きてみると周囲は真っ白。
深夜に降り続いた雪が、溶けずに積もっていたのです。積雪数センチですが、この冬初めての積雪でした。
札幌や帯広のように数十センチということではないですが、温暖な函館にも冬到来!という感じで朝を迎えました。

我が家の庭の花も真っ白。

image


ガザニアの花。下はパンジー。

image


続いて、ラベンダーと桜草。

image


image


キャベツのような葉牡丹。

image


リンドウは花を閉じているし、マリーゴールドも真っ白。

image


キンセンカも。

image


最後に、ピンク色の半を咲かせていたバラも凍結して、シャーベット状になっている。

image


先日、太陽光発電のことを書き込みましたが、今日は、どれだけエコだったかをお知らせします。

image


まだ終わってはいませんが2015年度の数値です。
co2削減が2611kgもあり、それを木に植えると186本分で、石油に換算して1885㍑も消費せずに済んだということです。
太陽光発電のもたらすエコな点は、自然のエネルギーを使用して電気を作っていること。
化石燃料である石油や石炭を燃やすことなく、二酸化炭素も排出することもない。
その結果、186本の木を成長させた、といことですね。

素晴らしい環境に優しいエネルギーですね。我々の生活に欠かせない2次エネルギーの電気を生産するのは、1次エネルギーですが、それを石油や石炭などの化石燃料ではなく、まして原子力に頼ることなく太陽の光で作ることに意義があります。

といっても全面的に依存できないのが欠点。
例えば、昼間だけ、それも晴天の日のみ発電。曇りの日はかなり落ち込むし、今日のように晴天でも屋根に雪が少しでも積もっていると、こんな有り様。

image


発電していません!
外は、陽の光でいっぱいなのに発電はゼロ。
早く、溶けて欲しい‼

太陽光発電に、全面的に頼れないのが欠点です。私の計画では、10年後に大量生産して安くなった蓄電器を購入し、昼間に発電した電気を蓄電し夜に使用する。安い深夜電力を利用して蓄電する。
冬場は、電力の小売り自由化によって北海道電力よりも安い電力会社から購入する。

余分に発電した電力を、北海道電力よりも高い価格で買い取ってくれる会社に売る。

などを考えていますが、どちらにしても最初から儲けようという考えはありません。出来れば自家生産、自家消費、つまり電気の自給自足を目指しています。あくまでも予定ですけど・・・。獲らぬ狸の皮算用にならないように計算しないとネ😱

というわけで、雪が積もった函館からお伝えしました。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。



我が家は、函館の奥座敷と呼ばれる湯の川温泉街のはずれ、JRA函館競馬場の近くにあります。
100mも歩けば、大きなホテルがあって、昨日お伝えした鮫川の河口や津軽海峡に面した大森浜には
ホテルが軒を並べています。

通りを歩くと、こんな街路灯があります。
DSCF3183


































高さは、1m50cmほど。

鮫川と並んで、津軽海峡にはもう一つの川が流れていて、松倉川という。その川沿いを歩いて
いて、上を見上げたらステンドグラスの街路灯を発見!今まで気が付かなかった素敵な街路灯
だったので紹介することにしました。
DSCF3179


































高さは10mはありそう。ステンドグラスをズームして見よう。
DSCF3182



















これは、外人墓地だ。そういえば、昨日お話しした1854年に来航したペリー一行の中で、箱館に
滞在していた水兵さんの中で2人亡くなった方がいて、彼らもここ外人墓地に埋葬されています。

これは、温泉ですね。温泉の歴史は江戸時代の前半、1653年に松前藩主の子息でのちに4代藩主
となる松前高広の病気療養の場所を探していた際に発見された、と云われています。

江戸時代は湯治場として知られていて、明治維新の新政府軍と旧幕府軍との戦いである戊辰戦争
の最後の戦い、箱館戦争・五稜郭の戦いでは旧幕府軍の負傷者が療養していたのです。

あの榎本武揚や新選組の土方歳三が湯に入っていたのですね。
DSCF3180



















これは、石川啄木ですね。岩手県生まれの啄木は、1907年(明治40年)5月5日函館へとやって
来ます。6月には、弥生尋常小学校で代用教員を務めています。8月には函館日日新聞の記者も
兼ねていましたが、函館大火により札幌へ移り住みます。

そのわずか4か月の生活でしたが、啄木は函館をこよなく愛しました。
1912年(明治45年)4月13日、東京は小石川で肺結核でなくなります。享年26歳。
その1年後の1913年(大正2年)、大森浜を望む立待岬に宮崎郁雨らの手で墓碑が建てられて遺骨
が移されています。
DSCF3181



















磯の砂浜でカニと戯れているますね。

東海の 小島の磯の 砂浜で 蟹と戯むる

これは、函館山とその麓の護国神社ですね。坂がいくつもあります。
DSCF3170



















五稜郭とタワーですね。
DSCF3178



















これは、ハリストス正教会
ギリシア語でキリストを意味するハリストス、1859年にロシア領事のゴケシヴィッチが領事館内に
聖堂を建てたの始まりで、日本正教会の最初の聖堂を持つ教会です。
DSCF3172



















ウォーターフロント西部地区の金森倉庫群と函館湾の遊覧船。
DSCF3173



















湯の川郊外にあるトラピスト女子修道院ですね。
DSCF3166



















道内では、札幌市と函館の2か所しかない路面電車です。
DSCF3176



















これは、公会堂。1910年(明治43年)に完成した木造2階建て洋風建築。翌年には、当時の
皇太子、のちの大正天皇が来函し宿舎となっています。国指定の重要文化財です。
DSCF3174



















などなど、ほかにもいろいろありますが、今まで長い間住んでいながら以外に気が付かなかった
です。
上を見たり、下を見ると今まで見落としていたものを発見できます。
これからも、紹介していきますので、どうぞよろしく!お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

新聞を見たら、昨夜は雪が舞って「今シーズンの初雪」らしいです。
でも、積雪はゼロ。午前中にみぞれが降ったけど、それも地面に付くと溶けてしまう。
50km北の八雲では、積雪15cmも。
函館は温暖なのです。

先日は、新幹線開業を待つ函館駅を紹介しました。今日現在であと123日まで迫っていますが、
開業日の3月26日はどれだけ人がやって来てにぎわうのか?
果たして、どうなることやら?

その函館駅のそばにあるのが、朝市
DSCF3205



















函館市のHPを見ると、以外と歴史は浅く戦後の闇市からスタートしているのですね。
1945年(昭和20年)駅前広場の隅で周辺の農業生産者の一部が、換金に迫られて野菜の立ち売り
を始めたことからスタートします。

当時は、組織化された配給ルートもなく闇市の一部と見なされていたのです。
DSCF3206


































駐車場の囲いにもこんな看板があって、市内の観光地を紹介している。

朝市まで歩きましょう。通りの名前は開港通り
DSCF3207



















幕末の1854年(安政元年)、幕府はアメリカとの間に和親条約を締結し、伊豆の下田と蝦夷の箱館
を開港します。200年以上もの鎖国が解けたのです。

条約を締結したアメリカ東インド艦隊司令長官のペリーは、その足で箱館に向かいます。
彼らが入港したのは、4月15日。翌日から港内の測量を行っています。
ペリー一行は、滞在中箱館市内を見学し、買い物を楽しんでいたようです。

朝市発祥の地の碑。
DSCF3210


































今は、近代的なビルになった朝市の建物と周辺の売店。
DSCF3211



















どちらかというと、地元向けではなく観光客向け。
DSCF3212



















観光客の服装を見れば、一目で分かりますね。この日は暖かかったのにも関わらず、まさに冬の装い
で歩いている。こちらは、上着を羽織るだけ。
最近は台湾からの観光客が大勢来ていて、やはり寒いのでしょうね。

駅前に戻り、国道に出るとこんな表示があった。
DSCF3213



















国道元標とは?多分ここから札幌へ向けて国道5号線がスタートするのでしょう。
DSCF3214



















上を見ると、こんな信号がある。
DSCF3216



















電車専用の信号なんて、全国的には珍しいはず。

電車の終点は湯の川。その一つ手前が湯の川温泉。ここを歩いて見ました。
イカの絵が描かれている。左に進めば650mで熱帯植物園。100頭以上もの猿が温泉につかって
います。

右に進めば、今年7月にオープンした函館アリーナ。こけら落としにGLAYの2日間のコンサートが
あり、今までに柔道、ハンドボールなどの全国大会や学会などが開かれていますし、バスケットや
フットサル、バレーボールのリーグ戦も開催されています。
DSCF3191


































津軽海峡に注ぐ川が流れているが、名前は鮫川
DSCF3186



















イカの形をした表示板です。

国道に出ると、駅からの通りが「漁火(いさりび)通」。
DSCF3187



















ここにもイカの絵が描かれていますね。

街路灯を見ると、カモメの形がある。
DSCF3185


































そして、さすがに雪国!どう見ても雪が積もらない東京や大阪には、こんなのは道路に置いて
ないでしょう。
DSCF3189


































融雪剤滑り止めの砂袋です。
DSCF3190


































自由に使用していい。なくなったら、すぐに補充します。

観光客に分かりやすいように大きな案内板もあちこちに設置してある。
DSCF3188




















DSCF3184



















日本語と英語だけではない。これをご覧ください。
DSCF3193



















中国語、台湾の漢字、ハングル、ロシア語も。

足元を見たら、ここにもイカが描かれていた。
DSCF3192



















そして、素敵な街路灯を発見します。それは、明日!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ応援クリック お願いします。



津軽鉄道の各駅を巡る旅も、始発駅であり本社のある五所川原駅で終了し、あとは青森港目指して
帰るのみとなりました。
2015年秋の旅も、今回にて完了。

さて、44回目となる秋の旅は、その帰り道を紹介します。
IMG_0922



















県道26号線を通り、五所川原駅から五農校前、さらには津軽飯詰駅へと戻り、山間部へと入って行く。
津軽あすなろラインと呼ばれる道の、ここはまさに分水峯。文字通りに峠の名前は分水峯(250m)。

分水峯だから、雨が降るとこの峠の水は二つに分かれる。一つは、写真にある陸奥湾へ。一方は、
日本側へと流れる。だから、水を分ける峯だから分水峯。

アスナロとは、ヒノキ科の常緑針葉樹で、松や杉の仲間。ヒバのことだが、あすなろは青森県でよく
使われていることばで、県木にもなっている。

写真の奥に見える半島は、夏泊半島。旅の初日に半島を一周しましたね。風の強い日でした。
IMG_0923



















青森港と八甲田山も見える。100名山の一つである八甲田山は、文字通り8つの山の連峰で、
最高峰は大岳で1584.6mある。高倉健さん主演の映画「八甲田山」でも有名で、感動した映画です。
IMG_0924



















というわけで、青森港へ到着。フェリーは青函フェリー。秋は3割引きのクーポン券あり。
ネットを見ると出ていて、プリントアウトしてもいいし、スマホの画面を提示するだけでいい。
IMG_0925



















今日は、全くの凪(なぎ)状態。風もほとんどなく、波もない。晴天無風とはこのこと。
IMG_0926



















行先は左津軽半島、右下北半島がくっきりと見える。手前は陸奥湾。その間が平舘海峡。そこを過ぎて
北海道との間が津軽海峡となる。
津軽半島の外ヶ浜町と下北半島のむつ市旧脇野沢村との距離は、わずかに10kmほど。
IMG_0927



















9月秋の旅と題して旅経って12日間、旅の大半は雨また雨の連続。
途中に台風が上陸し、茨城県や宮城県では水害に見舞われ大きな被害をこうむった。

そんな中での短い旅だったが、三陸鉄道はじめ山形鉄道、、由利高原鉄道津軽鉄道といった私鉄を
中心に駅巡り、さらには八戸線五能線などのJRのローカル線を巡り十分旅を堪能できた。
IMG_0928



















さて、長い冬をどう過ごそうか?旅に出るのか?その答えはしばらく考えてみます。
とりあえずは、明日から地元函館や周辺の紹介ブログを作っていくつもりです。

では、では44回にも及んだ秋の旅、お読みいただきありがとうございました。
明日からもよろしくお願いします、と同時に応援クリックもご協力お願いします。



にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。



今朝は一段と冷え込みました。北海道でも一番南の函館はまだ初雪は降ってはいませんが、早朝
6時に外に出てみると、霜が降りていて土が一部凍っていました。吐く気も真っ白で、冬の訪れが
もうすぐであることを感じました。

さて、秋の旅もいよいよ次回で終わり。9月に秋の旅をして以後は、日帰りの小旅行をしたのみで
宿泊をした旅はゼロ。
行こう!行こうと思いつつも、いろいろな事情でここまで来てしましました。

冬を前にした今、2016年春の旅が待ち遠しい!冬が過ぎて早く春が訪れて欲しい!と願うこの頃
で、旅をしたい病が発生しそうです。


津軽鉄道の始発駅にして、本社のある五所川原駅まで今日は紹介します。
最初に嘉瀬駅をもう一度紹介。
IMG_0903



















次は毘沙門駅でしたね。そして津軽飯詰駅
IMG_0908



















ここで、駅舎を撮影していたら、待合室のいた中年の男性が声を掛けてきました。
地元を紹介するパンフレットをよこして、いろいろと駅周辺の良さを伝えています。
よくよく見ると、手作りのパンフレットで、地元の人しか知らない場所が克明に記載されていて、
まさしく地元loveを感じる「青森県五所川原市飯詰と周辺散策マップ」と題したパンフでした。
IMG_0909



















かつては、手前の線路を鉄道が走っていたのでしょうね。今は使用されなくなって草ぼうぼうのレール
が少し哀れに感じる。
遠くに岩木山がくっきりと見えてきた。

周囲は、津軽平野の米どころで収穫前の稲穂が十分に実っている。
IMG_0910



















ここで、先ほどの方と10分はお話ししただろうか、全盛期の頃のや今は寂れてしまった駅前のことを
話してくれました。
どこもそうだが、鉄道駅の周辺は寂れる一方だが、車で行く道の駅は大いに賑わっている。
車全盛時代の今は、もう鉄道の時代ではないのか?
IMG_0911



















そんなことを感じていたら、また走れメロス号がやって来た。
IMG_0912




















IMG_0913



















続いて五所川原農業高校の前にあるので五農校前駅
IMG_0914



















道路を挟んで高校があるが、高校の正門ははるか遠くにある。さすがに農業高校の敷地は広い!

続いて十川(とがわ)駅。三角屋根の待合室が可愛い。
IMG_0915



















山頂が見えてきた岩木山。まさしく津軽富士の名に相応しい姿だ。
IMG_0916



















そして始発駅にして最後の駅となった五所川原駅。津軽鉄道の駅は、この大きなJRのとなりに
ある。
IMG_0917



















左に歩いていって発見した津軽五所川原駅。鈴虫列車と書いてあるのは、夏鈴虫のカゴを乗せて
いるからか?
IMG_0918



















ここにふるさとがある」と書かれているように、まさしく地元に愛され、地元を走る鉄道だ。
IMG_0919



















少しでも協力しようと、ここでお土産とグッズを購入。ローカル鉄道の駅では、少しだけどお金を使って
役に立てれば、と思っています。
三陸鉄道や山形鉄道でも、ピンバッチやキーホルダーなど帽子やリュックに付けれるような小物を買っ
て、旅の思い出みたいにしているのでここでも購入。
IMG_0920



















本社ビルのある(といっても2階建ての木造建築だけど)1階のレストラン「さん・じゃらっと
ここで地元の名物を食べる。
IMG_0921



















はしいれメロス」と書かれた箸入れ。
地元の野菜ときのこが入った団子とおにぎり。美味しかったです!

ということで、津軽鉄道はこれで終了。明日は、いよいよ秋の旅の最終回。五所川原駅から青森港
のフェリー乗り場までで、最後は晴天に恵まれました。

では、また!



にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。




昨夜は、悔しいのとショックでなかなか寝付かず寝不足のまま朝を迎えました。野球のプレミア12
の試合で昨夜は準決勝、日本VS韓国。ファイターズの大谷翔平投手の好投は7回まで1安打ピッチ
ング11奪三振しかも85球と、9回まで投げ完封勝利を確信させるものでした。

が、8回からは交代でベンチへ。9回韓国の猛反撃で4点が入り、結果3-4で敗退。
優勝どころか、21日は3,4位決定戦へと回る屈辱的な敗北でした。

今更云ってもどうしようもないが、なぜ大谷を投げ続けさせなかったのか?疑問に思うところです。
あんなに好投していたから、韓国チームは大谷が交代させられて「ラッキー!」と感じたのでは?
ないでしょうか。まぁ、仕方がないですね。


さて、五所川原市旧金木町の三味線会館です。
IMG_0894



















建物の左側にあるのが、屋外ステージ。晴天のお祭りの時は、ここで演奏が行われるのでしょうね。
IMG_0895



















建物の内部は、二つに分かれている。一つは多目的ホールで、いわば演奏会場。
もう一つは津軽三味線の歴史を展示している会場で、津軽三味線の元祖である仁太坊、その弟子の
嘉瀬の桃、白川軍八郎の3人が紹介されている。

仁太坊は、本名秋元仁太郎。幕末の1857年生まれ。8歳の時に失明し、12歳の時に上方から流れて
北女三味線弾きから手ほどきを受けたという。
彼の口癖は「俺は乞食ではない、芸人だ」と、まさに元祖で彼から歴史は始まる。

嘉瀬の桃は、本名黒川桃太郎。仁太坊の芸に魅せられて24歳で弟子入り。よされ節、じょんがら節を
作ったことから津軽民謡中興の祖と呼ばれている。

白川軍八郎は仁太坊最後の弟子。9歳で弟子入りし、わずか3年で師匠の腕をしのぐまでになったと
いう。
仁太坊の「叩き三味線」に対して「弾き三味線」を得意とした。
津軽三味線の神様と呼ばれた人物。

それでは、当日の演奏を聴きましょう。
IMG_0896



















この方、何と函館出身で全国大会で優勝し、師匠の奥様になられた方。
IMG_0897



















素晴らしい演奏でした。知ってるのは津軽じょんがら節しかなかったが、感動しましたよ。
IMG_0898



















津軽じょんがら節といったら、その昔エレキギターの伝説的存在の寺内タケシとブルージンーズ
エレキでロック調に演奏して有名になった曲で、ビートが効いたアップテンポの曲ですね。

今度は夏に来たいですね。その時は、五所川原の立佞武多(たちねぶた)を見たい。
IMG_0899



















これとか、この下の写真のとかを間近に見てみたい。
IMG_0900


































さて、金木を後に次の駅へ行く。嘉瀬駅
先ほど紹介した嘉瀬の桃はここの出身なのでしょう。嘉瀬の桃太郎から付けられた名前ですね。
IMG_0901



















何台かある自転車は、金木高校へ汽車通する高校生のものでしょうね。
IMG_0902



















もちろん無人駅。
IMG_0903



















実にのんびりした駅でした。時間がゆっくりと流れていくような、心が落ち着く雰囲気をもっている駅
のたたずまい。
IMG_0904



















次の毘沙門(びしゃもん)駅
IMG_0905



















窓の下に走れメロスと書かれていますね。
IMG_0906



















というわけで、津軽鉄道の旅さらに続きます。
IMG_0907



















では、また明日!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。



来年2016年3月26日に、東京発の新幹線が北海道へやってきます。
その日まであと128日となりました。

ということで、新幹線がやってくることでどれだけ賑やかになっているのか?新函館北斗駅から
快速で17分の函館駅へ行ってきました。

まずは、駅前広場が工事中の函館駅正面から。
DSCF3200



















実物大の新幹線の写真があります。

駅へ行ったのは今月の16日だから、開業まであと131日となっています。
DSCF3201



















でも、今日11月19日ではあと128日。残すところ4か月少々。

駅の周辺を歩いて見たら、こんな可愛らしいポストがありました。
DSCF3196


































そのとなりには、旧函館駅所在地の碑が。
DSCF3199




















DSCF3198



















何が書かれているかというと。
DSCF3197



















旧函館駅は、ここより数百メートル北の海岸町にあったこと、連絡船の関係でここへ移されたこと、
旧名は亀田駅だったことなどが説明されていますね。

駅構内に入って見ましょう。まずは、2階から改札口を見下ろすと。
DSCF3204



















改札口の真上に、2016年3月26日開業の幕がかかっている。
天井からぶら下がっている垂れ幕にも、同様の文字が。
DSCF3203


































外に出てみると、街路灯にもありました。
DSCF3209


































というわけで、新幹線開業で湧き立つ函館駅周辺を紹介しました。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。


パソコンが上手く作動してくれるかどうか?それが気がかりです。購入して4年が過ぎようとしている
デスクトップ型のPCだけど、昨年あたりから思うように動かず、それでもウインドウズ10を入れてから
は少しは良くなった気がしたが・・・。
でも、やっぱり、ダメな時もありどうしようかな?と最近感じています。
PCには詳しくないので、以前は勤めていた時に若い人やそれこそ情報処理の先生に聞いたりして
何とか動かしていたけど、このPCそろそろ潮時かな?

さて、今日はトラブることなく動いてくれることを期待してブログ進めます。

一昨日の芦野公園駅から。
IMG_0878



















となりは、金木駅
ここは、桜の名所としても知られていて、津軽半島屈指の桜の名所でもあり、桜100選にもなっている。
IMG_0879



















もちろん、今は桜の季節ではなくて秋だから桜の花は咲いていない。
昔の駅だったこの建物、レストランになっているが、さすがに朝早くて営業していない。
でも、素敵な駅舎だったのですね。
IMG_0880



















駅前は広く、ここに駐車して歩くことにする。芦野公園は、線路を跨ぐとすぐそば。
IMG_0881



















歩いてすぐに発見したのがこれ。津軽三味線発祥の地だったんだ。

津軽三味線と云えば、すぐに連想するののが高橋竹山。その元をたどれば、新潟地方の瞽女
(ごぜ)
の三味線と云われる。
「ごぜ」とは、盲御前(めくらごぜん)という敬称に由来する女性の盲人芸能者のことで、北前船で
日本海各地の音楽が津軽に伝わって津軽民謡は独特の発達を遂げたようだ。

めくら、という言葉を使ったりしていた時代のことで、かなり差別的な表現ですが、今のような福祉
が発達していない時代では、自分の力で稼いで生きて生きていくしかなかったのです。

津軽では、「ボサマ」という男性視覚障がい者として、長く蔑まれてきた歴史がある。
津軽三味線の始祖は、19世紀後半の幕末、五所川原・金木地区に生まれた「仁太坊(にたぼう)」。

高橋竹山(1910年~1998年)は、津軽一地方の芸事だった津軽三味線を全国に知られた第一人者。
3歳の時に麻疹をこじらせて半失明へ。その後ボサマから三味線を教わり17歳から東北・北海道を
旅して稼いだ、という。

その昔、函館市民会館で一度彼の演奏を聞いたことがありました。それは、まさに魂(ソウル)を揺さ
ぶるような響きで、今でも脳裏に刻まれています。
すごい人物がいたんだな、と。
今は2代目高橋竹山が活動していますね。
IMG_0882



















後で、金木町の三味線会館へ行き、生の演奏を聴いてきます。

広々とした公園は、ゆっくりと歩くと1時間以上はかかる。
ふと発見した太宰の碑。
IMG_0883



















選ばれしものの 恍惚と不安 二つ我にあり
これ、有名ですね。
思い出すのは、20年以上前に格闘家でプロレスラーの前田日明(まえだ あきら)が格闘団体リングス
を開いた時の第一声。太宰のこの言葉を用いたのです。

実はこの言葉、太宰が生前もっとも好んで口にしていたフランスの詩人ヴェルレーヌの一節。

これが、太宰治の銅像。
IMG_0884


































彼の作品は「走れ メロス」とか「津軽」とか「人間失格」とか何冊か読んだことはあるけど、金持ちの
ボンボンのイメージがあったが、今回は彼の故郷を知り、彼の人生を知る旅でもある。
少しでも理解出来たら、と思う。

公園には大きな池もある。
IMG_0885



















青天の青空の下、池は青い空と白い雲を映し出している。
IMG_0886



















太宰治、本名津島修治(つしま しゅうじ)。1909年(明治42年)6月19日生まれ。1948年(昭和23年)
6月14日死亡。38歳。
結婚していながら、愛人とともに東京・玉川上水で入水自殺したことは有名な話ですね。
金木町の、県下有数な大地主の津島源右衛門と母の夕子の六男として誕生しています。
父は、衆議院議員や多額納税で貴族院議員も務めた地元の名士。

津島家は「金木の殿様」とも呼ばれていたそうです。
頭は良く、青森中学(現青森高校)から弘前高校(現在の弘前大学)、そして東京帝国大学文学部の
フランス文学科に入学します。

在学中に、カフェの女中で人妻の田部シメ子と出会い、鎌倉の海岸で入水自殺を図っていますが、
シメ子だけが死亡し太宰は生き残っています。

よっぽど、入水が好きなんですかね。

1937年(昭和12年)に内縁の妻と毒物自殺未遂事件を起こしています。
IMG_0887


































ということで、かなりナーバスな、神経質な男性だったのですね。見るからにか細く、とても体育会系
には見えないですよね。
IMG_0888



















太宰のことを考えながら、この芦野公園を1時間ばかり歩いていました。

まずは、金木駅へ。ここは有人駅。
IMG_0889



















そして、ここから太宰治の生家であり斜陽館という名前の太宰治記念館へ。
IMG_0890



















ここと津軽三味線記念館と合わせたチケットが900円だったので、購入。
まずは、この大きな生家をじっくりと拝見する。

入母屋造りの建物で、1907年(明治40年)に落成している。実に108年も経っている。
IMG_0891



















高さ2m以上もある赤煉瓦の壁をめぐらしている。
生家の一部屋一部屋が広く、12畳と床の間がついて、それがいくつも連なっている。

それもそのはず、1階は11室278坪、2階は8室116坪、宅地680坪の大邸宅である。
国の重要文化財にも指定されている。
IMG_0892



















和風庭園も広々している。こんな家で、たくさんの使用人がいて乳母の下で幼少期を過ごしたんだなぁ。
六男といったけど、11人中の10番目。母は病弱だったので、乳母によって育てられている。
弘前高校時代から文学にいそしんでいて、芥川龍之介や泉鏡花の作品に傾倒していた。

こんな家で育ったことで、自らの階級に悩んでいたらしく当時流行のプロレタリア文学の影響も受けて
いて、同人誌も発行している。
IMG_0893



















そして、その後は三味線会館へと行く。
IMG_0894



















ここの話は、また明日!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリックお願いします。

2週間前の11月1日に野球場や陸上競技場、テニスコート、屋内プールなどがあるスポーツ施設が集合している千代台公園へと行って来ました。

その頃は紅葉が真っ盛りでしたが、昨日行ってみると葉っぱは散ってしまい、枝だけの裸の木々になっていました。

image


image


image


これは16日前の紅葉の盛り。

この写真を御覧ください。

image


image


image


この場所が、昨日はこうです。

image


image


そして、黄色の銀杏の葉がいっぱいだったこの木もこのように変わっていました。
紅葉最前線。

image


紅葉の終わり=冬の始まり

image


そして足元には枯葉がいっぱい。

image


そんなわけで、季節の移り変わりの早さがこの2週間ではっきりと肌で感じ取れました。

ところで、先週保健所の指導で健康教室へ行き、ヘルシーランチなるものを食事してきました。

別段、体の悪いところはないのだが、食事に関心を持つ、というテーマで行ったわけですが。

530kcalのランチとは?

image


これでした。御飯は、まるで子供が食べるような小さな茶碗に、軽く一膳。215kcal。
1g単位で計って盛り付けました。

豚肉で巻いた野菜は、ニンジンといんげん豆。
小松菜のカラシ和えに細いチーズと味噌汁。
デザートは、トマトジュースのゼリー。

感想は、確かにヘルシーだが物足りない。
何せ、キャベツの千切りにはドレッシングが付かない。ドレッシングはカロリーが高いから、何も付けずに食べる、と云う保健婦さんの指導だ。味気ないよ🎵

あと2年経つと、間違いなく前期だけど高齢者の仲間入りを果たす。
少なくてもあと10年は貧乏旅行の旅を続けたいので、健康には気をつけて生活したい!

今回の経験を毎日の食生活に活かし、といっても我が家のかみさんが毎日作るのだけど、感謝してヘルシーライフを送りたいものです。

来年春の旅を計画しているが、何はともあれ健康が大事!
足腰鍛えて、自転車ツーリングが出来て、登山もやって、車中泊のタフな旅が出来ること。
それが来年以降への課題です。

タフで安全な旅をエンジョイする!これが基本です。そして未だ見ぬ土地を訪れること❗

そのためにも元気でいます。ということを感じた次第です❗

とりとめもないblogになりましたが、今日はこれにて、また明日!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


野球のプレミア12を見ていると、毎日ファイターズの中田翔選手の大活躍がテレビで登場します。
連日のホームランやタイムリーで勝利に貢献している姿を見ていると、2016年度の北海道日本ハム
ファイターズの優勝は間違いなし!と。でもペナントレースが始まるとそうはいかないけど、それでも
すごい!打率5割を超えているなんて、来年期待しますよ!

さて、津軽鉄道「芦野公園駅」から。                             
IMG_0878 ここまで進んだところで、突然パソコンがフリーズして写真を取り込めなくなりました。 大変申し訳ありませんが、今日はここで終了し改めて明日作りたい、と考えています。が、果たしてパソコンがこちらの言う通りに動いてくれるのか?心配はありますが・・・。 ということで、今日はここで!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


昨日から雨が降り続いていて、外に出るのもおっくう。外気はそれほど寒くはなく、気温は15度で
11月中旬では暖かいくらい。でも、傘を差して外出するのは面倒くさい。
というわけで、1日引きこもり状態。

昨日は、昼間CSでラグビーの試合を見てヤマハを応援する。五郎丸選手は通算1000得点を挙げ
ましたね。夜は、地上波でプレミア12の野球を見て、中田選手や松田選手のホームランに喜んだり
して1日を過ごしました。

ところが、今朝も雨。仕方がない、昨日同様テレビ観戦したり、図書館から借りてきた本を読むことに
しようか?

さて、津軽鉄道を行くの2回目。昨日は終着駅の津軽中里駅を紹介しました。
町役場のある中里駅は、旧中里町の中心地。2005年、旧小泊村と合併して、両者の文字を一文字
ずつ取って中泊町の名になった。
しかし、地図を見ると旧小泊村は十三湖の北に位置していて、十三湖のある旧市浦村は五所川原市
と合併したので飛び地になっている。当然、旧市浦村も飛び地だ。

つまり、中泊町は二つに分かれている。平成の大合併は、津軽半島を複雑にした。旧三厩(みんまや)
と旧平舘(たいらだて)村と旧蟹田(かにた)町が合併して外ヶ浜(そとがはま)町へ。
その間にある今別町はそのまま。きっと、北海道新幹線の津軽今別駅があるから?

一方で、太宰治の出生地の旧金木(かなぎ)町五所川原市へ。さらに車力村稲垣村柏村森田村
木造町が合併してつがる市へとなった。

そんなわけで、結構自治体のエリアは複雑だが、津軽鉄道は中泊町と五所川原市を南北に走る私鉄
で、総距離20.7km、全駅12、開業は1930年(昭和5年)で85年の歴史がある。
もちろん全線非電化。
冬季間のストーブ列車が知られていて、ストーブの上で焼くスルメのイメージがある。

津軽中里駅の次の深郷田(ふごうだ)駅
IMG_0865



















ご覧のように、田んぼのど真ん中にある駅で、待合室も小さい。周囲に人家はない。
IMG_0866



















始発列車がやって来た。電車ではないので列車というが、1両でも列を使うとは?汽車でもいいのでは?
IMG_0867



















走れ!メロス号だ。
IMG_0868



















始発の五所川原駅からやって来て、津軽中里駅へ向かう。朝の1番列車だからか、乗客は誰もいな
かった。
IMG_0869



















ホームの左端の19は五所川原駅からの距離、19kmを示している。

南方向を見ると、岩木山がやっぱり山頂を隠している。平野の真ん中に屹然と立っている姿は、まさに
津軽富士の名に相応しい。
IMG_0870



















北を見ると、津軽半島北部の低い山々。あの先に北海道を見ることが出来る。
IMG_0871



















さらに続いて大沢内(おおざわない)駅へ。
IMG_0872



















かつては、駅員さんがいた駅だが今は無人。それでも、冬は石炭ストーブが使用されている。

ここで、通学する男子高校生が上り列車を待っていて、「おはようございます」と見ず知らずの私に
挨拶したので少しお話をする。黒いエナメルバックを持っていたので運動部の生徒さんだ。
もちろん、お返しに朝の挨拶をする。「クラブは何?」
「金木高校の野球部です。」
「昔、木造高校が甲子園へ行ったことがあるのを知っている?」
「知っています。でも、青森県は私立が強くて無理ですよ。」
そう、最近の青森県代表は弘前市の聖愛高校、青森市の青森山田高校、八戸市の旧光星学院、現
八戸学院光星高校の3校で独占している。
山田と光星は、関西からの助っ人でやって来た高校生が多いが(例えばジャインアンツの坂本勇人選手
兵庫県伊丹市出身から光星学院へ)、聖愛高校は全員青森県の「りんごっ子」選手。
「甲子園はいいところだよ。何度か応援に行ったことがあるけど、一度行って見てごらん。」とかつて
勤めていた学校のことを話した。
IMG_0873



















ホームから待合室を見る。高校生の長い脚が見えるでしょう。白くて新しい運動靴がイイネ。
IMG_0874



















列車が来たので、彼は「ありがとうございました。頑張ります!」と礼儀正しく去って行ったが、久しぶりに
清々しさを感じました。
IMG_0875



















続いて川倉駅へ。
IMG_0876



















ここも田んぼのど真ん中にある駅。
IMG_0877



















ちょうど今から2か月間前の写真だが、稲穂が実って稲刈り直前の田んぼ。陽の光を浴びてすくすくと
伸びた美味しいそうなお米に育ってくれている。農家のみなさん、ありがとうございます!
美味しいごはんが食べられるのもみなさんの努力のお陰です。

というわけで、朝から気持ちの良い日を迎えました。
明日は、太宰のふるさとへと向かいます。


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。   



昨夜から始まった2015~2016ラグビー・トップリーグのオープニングはパナソニックVSサントリー
日本代表でも活躍したバックスの山田選手の2トライや南アフリカの代表選手だったピーターセンの
トライなどで38-5の圧勝でした。
パナソニックの日本代表選手が大活躍した試合でしたね。サントリーにも代表選手は何人もいたの
ですが、畠山選手がシンビンで10分間の退場になるなどチグハグで大敗してしましました。

今日の2時からはヤマハの試合があり五郎丸選手が出場しますが、残念なのは地上波テレビで放送
されないこと。昨夜の試合もそうでしたが、生放送はCSのJスポーツで見るしかありません。
あれほど、地上波のバラエティー番組で日本代表選手が出ずっぱりだったのに、いざ本番の試合では
放送ナシとは・・・。がっかりですね。

ルールが複雑で分かりずらいなどあるけど、国民的人気が出てきて今年の流行語大賞では「五郎丸
ポーズ」がMVPを取れそう!との話題もあるのに、残念です。

午後7時からのゴールデンタイムの生放送は、やはり無理があるのか?まだまだ浸透していないのか?
見ていてこんな面白いスポーツはないのでは?と信じますが、それは少数派なのでしょうか?
秩父宮の観客数とともに、少しだけ落ち込みました。

さて、昨日紹介した五能線の木造駅。20年以上前かな?その昔、高校野球青森県代表として甲子園へ
木造高校が出場したことがありました。監督は、ドラエモンのような肥満体の体で確か、試合は相手投手
の力投で完全試合寸前までいったことを覚えています。もちろん大敗しましたが、その時に木造は「もく
ぞう」と読まずに「きづくり」と読むことを知りました。

その木造駅から。次の五所川原駅は、津軽鉄道で紹介しますのでこの日は宿泊地の道の駅
十三湖高原」へと急ぐ。
駅名の看板ににまで土偶が描かれている。
IMG_0854



















30kmほど離れた十三湖の高台にあるのが道の駅「十三湖高原」。夜は満天の星空で、午前2時に
トイレタイムで起床した時にはオリオン座が見えたし、天の川も無限の星で輝いていた。

翌朝、展望台に登って十三湖を望む。
IMG_0855



















まずは、南の方向。ズームすると岩木山が、昨日と同様山頂に雲がかかっている。岩木川の沖積平野
である津軽平野は広々としていて、黄金色の稲穂が実っている。
IMG_0856



















西側の駐車場を見下ろす。
IMG_0857



















サイドドアを開けた軽自動車白のハイゼットは私の車。フルフラットになった場所はゆったりと寝れるが、
どうしても朝になると窓ガラスは水玉でいっぱいの状態。外気と内側の気温差が原因なのだろうけど、
毎朝起きると結露している。
朝は、すべてのドアを全開して外気を取り入れて水分を除去するが、それでもフロントガラスは拭かなく
てはいけない。何とかならないものかと、いつも苦労しています。

トイレに一番近い所に停めているいるのが鹿児島ナンバーの高齢ご夫婦。トヨタハイエースを改造した
キャンピングカー。
朝早く出発したけど奈良ナンバーの一人旅の乗用車もあった。

展望台は30mはある高さ。
IMG_0858



















北方向は、龍飛岬へと続く山並みが見える。
IMG_0859



















陽が差す東方向は牧草地。
IMG_0860



















さて、今日は1日津軽鉄道の各駅巡りをする予定で、早速スタートする。朝食は軽くパン食とコーヒー。
体を温めるために、コーンスープも飲む。

最初に訪れたのが、十三湖。
IMG_0861



















岩木川の河口にあって、淡水が流れてくるが、西側に一部は日本海とつながり海水が入ってくる。
だから、汽水湖で最大水深はわずかに3m、日本有数のシジミの産地だ。島根県の宍道湖や青森県
東部の小川原湖と並ぶほど。
周囲は30kmで自転車で走れば、快適なサイクリング出来る距離。ほとんど平坦だからビギナーには
最適。
IMG_0862



















名前の由来は、日本海と湖の間にある砂州に13の集落があったからとか、アイヌ語で「トサ」=川尻の
湖を意味しているなどの説もあるが、同じ青森県でも秋田県境にある十二湖とは、全く関係がない。

中世の時(13世紀~15世紀 鎌倉時代~室町時代)は日本海沿岸の交易港「十三湊(とさみなと)」の
在った場所であり、津軽の有力豪族の安倍氏安藤氏の拠点として栄えた場所でもある。

2013年秋の旅では、河口にある中島遊歩道を渡り、歴史民俗資料館を見学しているので今回はパス。
津軽鉄道終着駅の津軽中里駅へと急ぐ。
IMG_0863



















大きな看板のある駅の屋上。北津軽郡の中泊町の中心地にある駅。
ホームに立つ。
IMG_0864



















開通した当初から私鉄で、日本最北の私鉄とある。私鉄としては最北の駅だ。
かつては、北海道にも私鉄はあったが、それは炭鉱が全盛時代の話で、今はすべて廃線へ。
だから、ここが最北になる。

というわけで、津軽鉄道すべての駅を巡ります。明日から詳しく紹介していきますね。


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。   

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


今夜から始まるラグビー・トップリーグ開幕については、昨日のブログでお伝えしましたが、今朝の北海道
新聞では道産子ラガーの記事が載っていましたので紹介します。

函館ラサール高校出身のキャノン所属の菅原崇聖(すがわら たかとし)(28歳)選手です。
俱知安町の小・中学校時代はアルペンスキーの選手、高校進学後にラグビーと出会う。
1年の浪人を経て同志社大学へ一般入試で合格するも、希望した文系ではなく工学部。理科系は苦手
だっために2年も留年をした。同志社大学は、尊敬する高校の監督荒木先生の母校だったから。

推薦で入部した花園常連校の選手とはすべての面で最初から違っていたが、80kg弱の体重を2年かけて
110kgへ、3年生からは出場機会も増えていった。

OBのつてでキャノンの練習に参加したところ永友監督に見込まれて入社。昨年はレギュラーとして
フォワード第1列を必死で守っている。

そんな函館の高校出身のラガーもいるので紹介しました。もし、テレビで見た時に少しでも応援してい
ただければうれしいです。


さて、五能線を行く旅も終盤に差し掛かりました。
今日は鳴沢(なるさわ)駅から。
IMG_0840



















津軽富士の名を持つ岩木山(1624.7m)の麓にある駅で、ここに来るまではリンゴ畑の中を走って来た。
駅の周辺もリンゴ園。中には、美味しそうなリンゴが何個も枝から落ちて道路淵にあった。一瞬、拾おう
かな?と思ったけど、近くに農家のオジサンがいたので止めといた。

フェンスもないからいいかな?とも思ったけど、やっぱりリンゴ泥棒と間違われたらイヤなので素通りした
が、それにしてもそのまま放置しているのは勿体ない!
落ちリンゴを格安で売っていないかな?とも思いましたよ。
IMG_0841



















続いて越水(こしみず)駅。跨線橋の上から撮影しました。
IMG_0842




















IMG_0843



















そして道の駅「もりた」へ。敷地内にあった古民家。
IMG_0844



















こんな大きなお屋敷に住んでいる人は、きっと豪農だったのでしょうね。
続いて陸奥森田駅へ。
IMG_0845



















赤い屋根と緑の壁が印象的。
駅の近くにあった森田温泉。300円で入浴できる、個人が経営しているこじんまりした温泉の銭湯。
IMG_0846



















3人も入ればいっぱいの浴槽に洗い場が2か所。地元のおじいさんが二人入っていました。
話をすると、半分しか分からない津軽弁でかなり強烈だ。それでも、歩いてすぐだし安いから毎日来て
いるとのこと。
経営しているおばあさんともども、ほのぼのした気持ちでほっこり!
2日ぶりのお風呂で汗を流しました。

続いて中田駅
IMG_0847



















津軽平野のど真ん中、青森の米どころだ。今年の特一等米である「青天の霹靂(へきれき)」の産地。
見渡す限りの米、コメ、こめ、※、広大な稲穂!
遠くに山頂を雲で覆われた岩木山が見えた。
IMG_0848



















そして、これが見たかった木造(きづくり)駅
IMG_0853


































巨大な土偶だ。
その説明もある。
IMG_0850


































1887年(明治20年)、亀ヶ岡遺跡で出土した遮光器(しゃっこうき)土偶。遮光器とは、サングラスの
こと。もちろん紀元前のことだから木製のはず。少し前までアラスカの先住民族のイヌイットたちが使用
していたものに近い。

縄文時代の晩期の土偶の一つで、土偶を作ることで豊かな収穫を祈った。当時は、まだ稲作が行われ
ていなかったので、山で狩猟や山菜取り、川や海で魚や海産物を獲って生活していた。縄文時代は飢餓
・天災・他の部族との戦さなどの災難から逃れるために呪術に頼った。そのための崇拝する道具が土偶
だったのではないだろうか?
自然を畏怖する気持ちが、土偶を作ることで祈りへと変えたのかも知れない。

きっと、縄文時代に行われたセレモニーの屈葬抜歯などもそうなのだ。

実物は高さ34cmだが、駅の巨大土偶は17.3mもある!

列車が到着すると土偶の眼が光るそうだ。

しかし、駅前は寂れていて殺風景。
IMG_0851



















汽車通する高校生の自転車が無造作に置かれた目にあった石造りの重厚な建物は、昔の歯科医院
だったもの。
IMG_0852



















戸は閉じられていて、今は営業していなかった。
駅前通りも活気がない。どこもそうだが、国道沿いのバイパスに広い駐車場を持つ大型店が出来ると、
地元民は車で押しかける。よって、駐車場のない商店街は寂れる一方。
悲しいかな、全国的に同じ傾向で、特に地方では顕著だ。

最後に、もう一度巨大土偶を見て終わりにしましょう!
IMG_0849






















にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


いよいよ明日、待ちに待ったラグビ・ートップリーグが始まります。イギリスで行われたワールドカップ
で3勝、しかも南アフリカ、サモア、アメリカを破っての3勝は素晴らしい結果で、過去の弱い日本では
ないラグビー強国日本を印象付け、今年のトップリーグの争いが数段レベルアップしましたね。

初優勝なるか?五郎丸選手要するヤマハ発動機、それとも3連覇するか?パナソニック、キャプテンの
リーチ・マイケル選手のいる東芝か、古豪神戸製鋼か。はたまた日本代表選手が何人もいるサントリーか?
さらには資金力にものをいわせて外国人選手を入れているキャノンNTTドコモか?

全16チームが2組に分けてリーグ戦を実施した後に、各組上位4チームでトーナメントで優勝を争います。
来年1月24日に行われる決勝戦はどのチームになるのか?楽しみですね。

さて、昨日紹介した秘境、山岳信仰の見入山観音堂のある追良瀬駅から。
IMG_0823




















IMG_0824



















そして、大好きな駅である、次の驫木(とどろき)駅へ。
IMG_0825



















たまらないですね、この風景!
波静かな日本海に面して、ポツンと佇む木造駅舎。もちろん無人駅だが、地元の方が清掃しているのか
いつ行っても待合室はキレイだ。
IMG_0826



















ここで、ランチタイム。といってもインスタントラーメンを作って食べただけだけど。
その間に、昨日秋田県の最北部の道の駅「はちもり」で知り合った神奈川県・川崎市から日本一周中の
サイクリストがやって来て、何やらスマホで電話をかけまくっていた。

食後、話を聞くと後輪のスポークが2本折れていてこれ以上走ると危険、という。
ネットで調べ、この先の陸奥赤石駅と鰺ヶ沢駅の駅前に自転車屋さんがあることが分かり、彼は輪行して
修理をしたい、と云った。
が、時刻表を見るとこの先3時まで列車は来ない。何と!朝9時に下り鰺ヶ沢方面へ出た後は、3時45分
まで運行していないのだ。
上りの列車も能代方面ではなく、途中で止まっているため大きな町はない。
そこで、私の車に積んで陸奥赤石駅と鰺ヶ沢駅へと向かうことになった。

でも、途中で駅をカメラに収めながら行くので、彼には迷惑な話だがせっかく来ているので彼に事情を話し
付き合ってもらうことにした。

次の駅の風合瀬(かそせ)駅。文字通り、冬は強風地帯。風が合う瀬(浅瀬)。
IMG_0827



















冬は、ホームに立てないほどの強風が吹くのだろう。簡素な建物だけど、ないよりはマシだ。
IMG_0828



















続いて大戸瀬駅。こじんまりした可愛らしい駅舎。
IMG_0829




















IMG_0830



















次の千畳敷駅はホームだけで、駅舎はない。
IMG_0831



















日本の夕陽100選」に認定されている千畳敷は、江戸時代後半の1792年の地震により隆起した
岩浜で、津軽藩の殿様が1000枚の畳を敷いて酒宴をしたといわれる岩棚が広がっている。
が、今回はゆっくりと見ることは出来ずパス。

続いて北金ヶ沢駅。駅の近くには、日本1のイチョウの木があるのだけど、これまたスルー。
IMG_0832



















駅舎だけ。これはホームから写しました。
IMG_0833



















続いて陸奥柳田駅。駅の前の便所の文字が印象的。ここまでが深浦町のエリア。
IMG_0834



















そして、鰺ヶ沢町に入って最初の駅である陸奥赤石駅
IMG_0835




















IMG_0836



















駅前の自転車屋さんを探す。あったけど、彼のクロスバイクに合うスポークはない。
田舎の自転車さんにはママチャリ専用の26インチか子供用の自転車のスポークしか置いていない。
27インチの13番のスポークはなかった。

そこで、鰺ヶ沢駅へと行く。
IMG_0838



















結局、ここでも同じ結果に終わった。それでも、列車の本数はかなりあって、30分後には弘前、青森方面
に行ける。彼は、ここで輪行して青森へと向かい専門店で修理してもらうことに。
だから、ここでお別れ。
IMG_0837



















大学2年生の彼は、2か月前に友人と九州・鹿児島県の最南端にある佐多岬からスタートした、という。
目的地は北海道、最北端の宗谷岬。
頑張って下さい!と握手して今後の健闘を祈る。
IMG_0839



















輪行袋に入れる前にパチリ。先はまだまだ、気を付けて旅を継続してネ!

というわけで、今日は鰺ヶ沢駅までサイクリストを送ってきたお話しでした。
この後も、五能線を行く旅は続きます。それは、また次回!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

↑このページのトップヘ