2月も今日で終わり、明日からは3月です。本州ではカンザクラが咲いたり春の訪れを感じて
いますが、北海道では、まだまだ冬の季節。
それでも、あと26日に迫った北海道新幹線の開通のころには雪も融け、真っ白だった地面も
真っ黒な土が顔を出して、春を知らせるフキノトウが伸びていることでしょう。
春よ、早く来い!来い!
さて、七飯駅をあとにして、山側へと足を延ばします。山に近い東側が標高が高く、函館湾に
近い西側が平野部です。七飯町の町そのものが横津岳連峰の扇状地にあたり、だから斜面
にはリンゴなどの果樹園やビニールハウスでの園芸農業が形成されている。
一方で、扇状地がない平野部では稲作が行われているし、扇状地を伏流水として流れた横津岳
の清らかな水は平野部で出てくる。
だから、平野部にはその伏流水を使用した産物、例えば岡田製麺のラーメンや北海道でしか
販売されていない炭酸飲料水の「ガラナ」を生産する小原商店が工場を構えている。
七飯駅は、扇状地が終わった平野部の末端に位置している。だから、東へ行くにしたがって標高
は上がる。結構な勾配で、山へ登るかのよう。
国道5号線が中間地点で、人口も密集し商店街も形成されている。
そこから、少しばかり上へ上がった場所に町役場があった。

役場の正面は右に高い塔が建っていて、その建物は奥行きがある。さすがに人口3万人弱
のある役場だ。以前だったら市に昇格できたのに。
人口1万人を切っている市は、歌志内市(3587人)や夕張市(8845人)、三笠市(9080人)など
いくつもあるから28130人の七飯町は、町としては日本でも最大クラスの町。
道内では、帯広近郊の音更町が44835人でこれに次ぐのが七飯町。
人口は、いずれも2015年10月1日の国勢調査の速報値。
道を挟んで向かい側にはファミリースポーツセンターという名の町民体育館。

役場の正面には、七飯町出身の二人のプロスポーツ選手のポスターが貼られていた。
一人は先日、函館アリーナで応援してきたプロバスケットボールのレバンガ北海道の野口大介
選手。七飯中学校から、東海大四高へ進み1年次より全国大会へ、日本体育大学へ進学しプロ
へ。

もう一人は、北海道日本ハムファイターズのピッチャー、鍵谷陽平。背番号30。
北海高校で甲子園出場し中央大学へ。2012年のドラフトで3位指名されファイターズへ。

2人の有名なプロ選手がいるなんてすごい!函館市民も応援していますよ!
となりの建物が文化施設で、七飯文化センター。コンサートや各種催し物が開催されるホール。

その奥にあるのが七飯町歴史館。

まだまだ雪が深いが、通路は除雪している。

年末年始を除き年中無休で、しかも町民以外でも無料で観覧できるのはありがたい。
早速入館して見ましょう。

まず、最初に七飯町の春夏秋冬の農業。さすがに農業の町だけある。
その明治・大正・昭和の歴史を紹介している。

様々な農機具。七飯町は道内では、明治初期に始まった近代農業の発祥の地でもある。

これは、冬の道具。手前は板スキーやそり。奥には藁で編んだ防寒具や長靴。
当時の農家の一部屋。囲炉裏があって鍋で食事を作っている。でも、火の周りだけが熱くて
それ以外は寒そう。当時の家は断熱性がほとんどなかったですからね。

りんごの種類だ。さすが、西洋りんご日本発祥の地だけある。
この中では、「ふじ」が好き。
1869年、明治2年当時プロイセンと呼ばれていたドイツ人のR・ガルトネルがここ七飯で植栽
した一つにリンゴがあります。彼は、ここで日本初となる西洋農法を教授したのです。
だから、七飯は、近代農業発祥の地でもあるのです。

縄文時代には、七飯の町に先住民が暮らしていたのですね。たくさんの土器や土偶が発見
されています。

人の顔を模したものや、まるで南茅部町の大船遺跡で発見された北海道唯一の国宝である
「中空土偶」のようなものもある。

明治天皇も訪問(1881年、明治14年9月)されていて、後の昭和初期新日本三景のひとつに
選定された大沼国定公園を見学されている。

孤高の漂泊者、永遠の旅人の円空も訪れていたとは!驚きです。

江戸時代の前半、1666年に大中山駅のある大川村で作製された円空の観音様像。
道南では、上ノ国町やせたな町の大成区太田集落で見てきたが、全国どこにでも旅して作品を
残しているからすごい!の一言です。
というわけで、七飯歴史館はオススメ!です。
明日は、500年以上の歴史を誇る三嶋神社へと向かいます。


















































































































































