函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2017年07月

手術が成功してから5日目となった今日7月30日の日曜日午後、ついに4人部屋の一般病棟に移りました。

まずは、手術日の25日から。
8時間半以上もの間、手術室にいたのですね。
私が出てきたのが午後6時過ぎと、妻が話してくれました。
私が気がついたのは、午後8時過ぎたあたりか、それとも10時以降か覚えていませんが、夜には気がついたようでした。

主治医から「成功しましたよ」の言葉があり、それだけはしっかりと記憶しています。

もっとも、それは手術室ではなく集中治療室でのこと。
当日と翌日の26日までICUにいました。
体につけていたチューブは7本まで記憶しています。
まずは、尿管。外すときが痛くて、それとしばらくオシッコをする時とても痛かったです。

体の体液を出す管が2本。真っ赤な血の色ではなく、シソジュースのような明るい赤色で、血が薄くなってタンクに貯まります。毎日、それを取り出す作業が3日間続きました。

首に2本と左手に1本点滴のチューブ。
さらに口には酸素マスク。次の日から鼻へのチューブに換わりました。それも3日目まで。

それ以外にも管が付いていたような、でも当日の記憶は余り詳しく覚えていません。

ただ、朝の5時まで水分を取ってはいけないので、喉が乾いて乾いて看護師さんたちに「水飲みたい」と何度も時間を尋ねています。確か15分後とに「今何時?」とか「水、まだ」とか。それは記憶にしっかりとあります。

3日目となった27日に個室へ。一人部屋は、楽でした。何せICUは、うるさくて(当たり前ですね。救急用の器具がたくさん稼働しているし、右となりも左となりも手術を終えたばかりか、はたまた救急車で搬送された患者さんばかりですからね。

それに比べると、まるでホテルのような個室での3日間。ただ、2つ隣のかなり高齢の患者さんは、夜中に唸り声を上げていて、「お願いします」とか「ウー」と泣き声あげたり、それがまるで犬の遠吠えみたいで、薄気味悪かったです。
認知の症状のあるようで、1日中寝ていた患者さんでした。
隣は40代の患者さんで、若い人もいるんだな、と思った次第。一般病棟でも、ほとんど高齢者、それも75才以上の後期高齢者で、前期高齢者は少ない。

最初は50mも歩けなかったけど、今日は200mを2往復出来るまで回復しています。それでも、歩くスピードはゆっくりで、まるで亀の如し。

それでも、手術から5日目ですから「よし!」としなくては。
献身的な活動でサポートしてくれている看護師さんや理学療法士の皆さんには、本当に感謝です。
それと何よりも日曜日の夕方、検診に部屋を訪れて下さった主治医のkドクターさんには、頭が下がる思いです。

「手術は、私が責任を持って当たりますから、
術後のトレーニングは自分でしっかり行って下さい」とアドバイス。

呼吸の訓練、ゆっくりと有酸素運動のウォーキング。国立函館病院のスタッフの皆さんには、心から感謝です。

ということで、一般病棟に移り後は退院までトレーニングの日々。でも、ホッチキスで止めた胸は、腰痛ベルトのようなベルトで縛られています。
それが、きつくて夜なかなか寝れず。昨日初めて体を横向きにして、何とか寝ることが出来ました。
この分だと、退院も近いかな?と自分勝手に思っていますが、果たしてどうなることやら?

では、また!

今日7月29日、土曜日。手術が終了してから4日目を迎えました。

本当に、手術は大変なものだったことを改めて思い返します。

待機していた妻の話だと、手術室に入ったのが午前9:30。なかなか出てこず、終わりました、と云われたのが午後6時過ぎだったから、計8時間30分以上もの大手術。

しかも、僧房弁を糸で結ぶだけではなく、僧房弁はかなり分厚く、削り取ったといいます。

もしかして、主治医はその部分がガンだったかも知れない、と。

怖い話ですね。結果としてそれはガンではなかったのですが、もしガンだったらと想像すると・・・末期ですよ。

それに僧房弁が切れたのは2年前頃で、旅の途中で心不全で亡くなっていたかも知れません。

本当に、恐ろしいことです。
よく生き返れた、と心から思います。

お見舞いのコメント、本当にありがとうございました。感謝しかないです。

個室を写しました。

image


一人部屋は良いですね。トイレも洗面所も付いていて、あとバスルームがあればホテルみたい。

image


まだまだ時間がかかかりそうですが、ゆっくりと養生します。

本当に、生きてて良かった。すべての皆さんに感謝です。

心からのありがとうございました❗を伝えます。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ 25日に行われた心臓の手術、無事に成功致しました。 まずは、ホットしたところです。 相当難しかったそうで、時間が相当かかり自分が気がついたのは、当日の夜。朝9:30から1日かかりだったそうです。 詳しくは、後日ゆっくりと詳細を書きますが、やっと集中治療室から抜け出て、個室へ。 一人部屋で、のんびり過ごしていますが、まだ傷口が痛く休み休みです。 お見舞いのコメント、いくつもいただいたにも関わらず、御返事が遅れたことお詫びします。 体がだるく、呼吸するだけで精一杯な状態で、満足にblog書けませんが、今生きている!ことを実感しています。 きっと、来年は旅に出れるかな? 皆さん、ありがとうございました❗ 「日本一周」に無事生還出来ました。 皆さんと一緒に喜びたい!と思います。 では、また!

7月24日月曜日、晴れ時々曇り。
秋田地方は、すごい大雨で洪水も出ている。何度も旅した土地だけに、被害が最小限度で済めばいいのだが、とても心配です。

本日は手術前日で、まずは午前5時に採血があり、6時過ぎには血圧・体温の検査と体重測定。

呼吸のトレーニングも毎日の日課で、それに加えてイソジンガーグルでうがい、バクトロバン軟膏を綿棒を使用して鼻の中に、1日3回塗布。

まずは、昨日の夕食から。

image


朝食後の9時過ぎには、全身の体毛を剃りました。それこそ、胸毛から脛毛まですべての体毛を看護師さんがバリカンで剃っていきました。


3月の検査入院に次いで2度目の体毛剃り。もう恥ずかしい、なんていう気持ちは消え去りました。もうどうにでもなれ!と、なかばやけっぱち。

そのあとは、シャワーを浴びて体をきれいにし爪を切って、最後の検診の歯科へ。歯の検査も大事。口の中を清潔にします。

歯医者さんから、大丈夫と。

11:45にランチタイム。

image


生野菜が食べたい、と思っていたら夕食と昼食には出てきて嬉しい!

それにフルーツのデザートも。

昼に妻がやって来て、リクエストした美味しい菓子パンを買って来ました。

image


これはカレーパン。アンパンは、あまりに美味しく見えて、写す前に食べてしまいました❗

生協内にある自家製のパン。病院食は3度3度ご飯なので、パンが食べたかった。

今日の夕食で終わり。しばらく食べれません。
20:00に下剤を飲み、浣腸。

明日は、6:00から水分もとれない。7:000には再び浣腸し、8:00に点滴し手術室へ。
全身麻酔をかけ、10時過ぎには心臓の手術へ。

17時過ぎには集中治療室へ行く予定です。

果たして結果は?

そんなわけで、明日からblogしばらく作れません。

外は天気良好!

image


青空が広がっていて、自分の体もこんな青い空のようになって欲しい!

曇り空でも雨でもなく、雲一点もない澄んだ空のように、心から願って明日を待ちます。

手術成功を祈り、再びblog作れるように!
一般病棟に戻るまでの間、しばらくblog休みします。
お見舞いのコメントを寄越した皆さん、ありがとうございました❗

それでは、また!

昨夜7月22日の土曜日は、カツオの自主興業。亀田福祉センターで、午後7時にスタート。

特別外出許可をとって、午後3時には自宅へ戻る。やっぱり自分の家はいいなぁ。シャワーを浴びて、早めの夕食を食べる。

注文通り「刺し身の盛り合わせ」。病院食では刺し身などは出ませんからね。
美味しかったです。それと、冷蔵庫にあったアイスクリームとかき氷、シソジュースも飲む。

つかの間の休息で、わずかの時間だったけどリラックス出来ました。

その間、貯めておいたビデオ鑑賞。時間がないので、BS・NHKの「ツール・ド・フランス」25分にエキサイテング。

いつかは、フランスで自転車レースを生で見たいもの。ツール・ド・ホッカイドウ」は何度も見ているけど、やっぱり世界最高峰の自転車レールはレベルが違いますからね。

さて、6時会場し、7時から第1試合。

image


第2試合は、3人により楽しい試合で、会場は大いに盛り上がりました。

image


会場は狭いけど、250人くらいは入ったでしょうか?

image


image


スクリーンに映像を出したり、選手を紹介して知らせていて分かりやすい。

ハーフタイムでは、地元空手団体の子供たちによる演舞の披露があって、これまた保護者のお母さんたちが盛り上がる。

image


ビックリしたのは、高校生の女の子が野球バットを足でへし折った場面。
まさか、脛でバットの握り部分ではあったが、1発で折ってしまった。弁慶の泣き所が痛くないのだろうか?

それが終わると、寄付のお願い。カツオが募金箱を持参して会場を回りました。

image


その名目は、函館から60km北にある八雲町の養護施設にプロレスを届けたいから。

感染症の予防のため外出がままならない子供たちや車イスの子供たちに、養護学校内で慰問・出前プロレスを見てもらいたい!とのこと。

昨年11月には、初の開催に成功し北海道新聞でも取り上げられました。

それの資金集めですね。

後半戦に入り、第3試合が始まったところで、タイムアップ。病院で戻らなくてはいけない時間の8:20。

image


カツオの試合はメインイベント。終了する時間は9時を過ぎるだろう。これでは無理だ。

折角、応援グッズを入院前に用意してきたのに・・・。紙テープは真ん中の芯を外し、中から巻いていき33mのテープを2本作る。それを50本作りました。

それと「カツオ」のボード。厚紙や段ボールを利用して100枚ほど。試合が始まる前にお客さんに配っておきました。

卒業生や知り合いが何人も来場していたので、回収の手伝いを頼み、泣く泣く会場を後にしました。

image


そんなわけで、第3試合の途中で退室し病院へ。

仲良くなった看護婦さんたちからは、10時でも良かったのにと言われたけど、やっぱり規則を破るわけにはいけませんね。
これも仕方ないこと。

今日日曜日は、検査もなくのんびりと過ごしています。幸い天気も良好で、暑くもない。窓からは、本来の夏の爽やかな風が吹き込んでいて、これだと冷房もいらない。

午後は、ゆっくりと本でも読みましょうか?

明日は、忙しいです。体毛を剃ってシャワーを浴びて、夜には浣腸が待っています。初体験です。そして明後日25日は1日かかりの心臓形成手術。

では、また!

昨夜、というか深夜は雷が連発しバケツをひっくり返したような豪雨。スマホにも大雨警報のアラームが鳴り響き、思わず手で塞いだりして大慌てでした。

もっとも、少し窓を開けていたので雷の轟音と叩きつける大雨でアラームも打ち消されるほどで、まさしくこの夏全国で起きている異常気象の一つでしょうか?

あんな雷と豪雨なんて、体験したことのないほど。今夏九州北部の豪雨は、新潟・福島などでも同様で、今後全国各地で発生し被害をもたらすかもしれませんね。

それに、2年前の広島の土砂崩れもありましたしね。日本各地で起きる自然災害は、我が町でも発生することを肝に命じて、いつなんどきでも自分の命を最優先して助かる方法を考えておいた方が懸命かと思います。

そんなことを考えた深夜の雷・豪雨でした。

朝は曇り空で、少しずつ気温も上昇。蒸し暑くなりそうです。

今日、土曜日と明日日曜日は検査もなくのんびりと過ごせそうです。

まずは、朝食から。

image


毎朝、乳酸菌飲料が付きます。ヤクルトではなく、道内の酪農会社の製品です。

普段朝食はパン食なので、ご飯だけだと食べきることは無理で、ご飯の上にのせるのもはないか?と。そこで、妻が持ってきたものを紹介します。

image


ご近所の方で、娘さんが和歌山に住んでいらっしゃり送ってもらったとのこと、お裾分けで頂いた「梅」。
それと愛知県産の「大葉味噌」。これがあればご飯の上にかけられますね。

それと、売店で購入したヨーグルト。家では毎朝ヨーグルトを食べているので。

手前の黄色いのは、パイナップルです。妻が食べやすく小さくして持って来てくれました。

それと、「すりおろしリンゴ」。これはランチに食べることにしましょう。

さて、昨日のリスクですが、お医者さんから云われたことは、肺炎になる恐れ・敗血症・創感染などで、それと心因反応(ストレス)があって、それをICU症候群というのだそうです。

手術を極端に怖がったり、緊張の余り忘れてしまったり(高齢者が多いので認知症の方もいます)する患者さんもいるとか。

だから、何よりも前向きに考えて望むことが大切だ、と。

私も先月前期高齢者となりましたが、病棟を見ていると私などはかなり若い方で、かなりのご高齢の患者さんがおります。

だから、手術自体に相当負担がかかっていて
術後の治りが遅く、1日中寝てばっかりの患者さんがおります。

担当医から云われたことは、本を読むなら日中横にならないで椅子に腰かけたり立って読むこと。背筋を伸ばし筋肉を退化させないこと。

確かにそうですね。手術翌日から、立たせるそうです。痛みに耐えて立って歩く、出来るだけ自分のことは自分でこなすこと、それが大事なのだと。

そうなのですね。ポジティブな気持ちが大切で、来年は再び旅に出るぞ!と夢を持って手術に臨みます。

そういう意味で、朝病院内にある床屋さんに行きスポーツ刈りにしてきました。
頭はスッキリ!心も決めた!

その前に、今晩のカツオのプロレス応援!がありますね。

循環器病棟では、看護師さんの間で評判になっています。昨日担当医とお話しした時に外出の理由は?と聞かれ正直に話したところ、あっという間に広まったのです。

もっとも、3日前に北海道新聞に掲載されたので、読んだ方も多かったようで理解出来たようです。

ということで、明日は日曜日でのんびり過ごして、24日朝から翌日の準備に取りかかります。
例えば、体の毛を剃るとか、夜下剤を飲んで浣腸するとか。
もっとも、入院した20日から呼吸練習とか手術に向けたトレーニングをしていいます。

さて、あと3日に迫った人生初にして最大の手術、リラックスして前向きに臨みます。

では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ 今日は、天気予報でも暑い!と云われていたし、テレビの高校野球北北海道大会の準決勝の放送中にも「道内、高温注意!」のテレップが流れ、北海道中が暑くなっていることを知らされました。 その証拠に、冷房の効いている部屋でも29度もあります。
image
部屋が南に面しているから日差しが強く、いくら窓を開けて風を入れても生ぬるく涼しくならない。 もちろん、冷房をしているので窓を閉めたが、閉めたら閉めたで冷蔵よりも日差しの方が強力で、一向に涼しくならない。 体が汗でベトベトしています。シャワーを浴びたいけど、今の時間帯は介護者中心で、もう少し時間が経過しなくてはダメ。明日雨が降るようだから、明日まで我慢ですね。 明日は、カツオのプロレス興業がある日。でも、外出許可は午後9時までで、8:30には会場を出なくてはいけない。多分メインイベントに出場するから、カツオの勇姿を見る前に会場を退出し、病院へ戻ることになります。 まぁ、これも仕方ありませんね。 今日は、主治医から25日火曜日に実施される手術に関しての説明が妻と私に対し行われました。 まずは、昨日の夕食から。
image
それと今日の朝食。 image どちらも温野菜中心の低カロリー食で、満足した食事ではない。もちろんレストランではないのだから、当たり前のことですが・・・。 それにしても味気ない。 でも、25日は1日絶食だからこのくらいでも我慢しなくては。 昼飯には、珍しくうどんが出ました。冷やしうどんでしたが、説明が長引きうどんは伸びきってしまって、固くなっていました。
image
さて、心臓手術のリスクですが、これを書いていたら何時間もかかりそうです。 手術により様々な病気を併発する恐れがありますし、もちろん死の危険もあります。 それを承知で、承諾書にサインして臨むわけですから。 それよりも、心を前向きに持って臨みたいです。 心的要因もかなりあるそうだから、主治医を信頼して任せるしかありません。 明日土曜日は、午後3時から外出し消灯時間の9時までには戻らなくてはいけません。 でも、3日振りの家での夕食。シャワーを浴びて、5:30にはプロレス会場へ。 今日1日生きていることに感謝!そして明日にも感謝です。 たくさんのクライシス(危機)を克服して、手術を成功させたいです。そのためには、お医者さん力だけではなく、患者本人の前向きな気持ちと行動が絶対必要です。 大丈夫!頑張ります!

ついに、入院となりました。
何と病室は、3月~4月に15日間入院した部屋とまったく同じ、しかも場所まで同じでした。

image


2階南側の左端。こんなこともあるんですね。
入院早々に採血。5本も採り、さらに血圧・体温の測定に加え検尿。検便や痰は出ず明日の持ち越し。

さらに呼吸練習器具の購入(3780円)、早速複式呼吸の練習や器具を使用してのトレーニングをしました。

午後からは、レントゲン・心電図の検査があるとのこと。
それに明日、歯の検査もあるといいます。
とにかく、明日金曜日までは検査漬けの2日間でしょう。

ランチを写すの忘れました。写すことのものでもありませんが、カロリーを計算したあっさりしたものです。

冷房は、1時間おきに入れていると話していましましたが、窓を開けると涼しい風が入り思ったより過ごしやすいです。

来週25日、火曜日は朝から集中治療室です。

その前に、明日11時担当医から家族への説明があります。

ということで、前回と全く同じ部屋ベッドとは驚きでした。

では、また!
明日もblog作れると思います。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ


「ちょっくら〇〇してきます!」と話すのは、新日本プロレスのプロレスラー
棚橋弘至選手のコメントで、よく使用してますね。

昨日札幌でスタートした夏の風物詩27回目となるGⅠクライマックス、棚橋は
最初の試合で負けてしまったけど、私の好きな選手の一人ですので「ちょっくら
〇〇してきます」を使わせてもらいました。

今日18日は、地元函館オーシャン・スタジアムファイターズVSイーグルス
デーゲームがあります。

照明施設がないので、午後1時からの試合。今日の天気は曇り時々晴れなので
大丈夫。それに日没は午後の7時過ぎだから、例え延長12回まで行っても暗くは
ならず、試合終了まで行われるでしょう。

全席完売だそうで、手術前だったら応援に駆けつけたけど、今回はテレビの前で
応援します。 それに3時間見続け、行きと帰りを合わせると5時間くらいかかりますので、
それだけの時間、体を維持するのは困難なので仕方ありませんね。

今日は午前中、力仕事を要する畑仕事や花壇の整備をして、後は収穫のみとする
作業をしました。

何せ、自宅でゆっくりと過ごせるのは、明日1日のみ。20日の10時には、病院で
入院手続きをして昼は病院のランチ。カロリーを計算した病院食を食べるので、
以後1ヶ月美味しいものは食べれない。

それもあって、今日のランチはトンカツカレーを食べる予定。それと北海道限定販売の
乳製品のカツゲンを飲んで、後は手術を待つのみの「まな板の鯉」状態です。

さて、我が家の畑の収穫物を紹介します。 まずは、ズッキーニから。
image
昨年は大雨が降って、腐ってしまって失敗。
今年は妻の友人の、実家は農家で農業の専門家からのアドバイスもあって、
ビニールの屋根を作り雨を防ぎ育てました。

この分だと、来週には食べれそうですね。 次にキュウリ
image
ネットを張っていて、蔓は上へ上へと伸びます。もう既に1本収穫。
新鮮でとても水水しかったです。黄色の花が咲けば1週間で採れ、我が家の食卓に
登場します。

それはサンチュもそう。
image
サンチュは韓国野菜ですが、採っても採っても伸びてきます。次々と収穫出きるので
有り難い。パンに挟んでハムと一緒にサンドイッチにしたり、肉に挟んだりして食べて
います。

長ネギもそう。 特別な長ネギで、頭の部分を摘まんで植えるとまた伸びてきます。
これは重宝です。 写真左側に小さなネギがそれです。
image
独活(ウド)を掘り出し、株分けしたら再び成長。一つの株から4本の独活ができました。
image
天婦羅にして食べると美味しいですね。

それとトウモロコシ。一部でヒゲが出てきて、あと一月もすれば食べれそうです。
トウモロコシの上にはキラキラ・テープを張ってカラス対策しています。

昨年台風で倒れて、キラキラ・テープを外した途端にカラスにやられましたからね。
悔しいので、今年はカラス撃退策をします。
image


続いてデトロイト・ダークレッドビーツ。赤株の仲間ですが、葉っぱが美味しい。
まだまだ成長するので、あとひと月は伸びるのを待ちましょう。
image
これはサラダにして食べれます。
サラダといえば、プランターでレタスも栽培中。
image
ナスは今年初めて植えました。まだ1本だけですが、実が出来て欲しい。
image
ジャガイモもそれそろ収穫の時期でしょうか? 今年は、しっかりと芽欠きをしたので
大きな丸々としたジャガイモが出来そうです。
image
ブラックベリーの実も赤く色付いて来ました。
image
これがブラックベリーの名のごとく黒なってきたら収穫の時期。ジャム一瓶くらいは
採れそう。
今年は23年ぶりの暑い夏なので、7月に入ってグングンと成長、農作物の収穫が
楽しみの季節となりました。

7月半ばで30度を越える日が何日も続くなんて、今までになかったような暑さです。
この分だと、8月はもっと暑いのか?先が思いやられるますね。 でも、私は病室の中で
休んでいます。

25日の手術は4時間ほど心臓を止めるそうで、その間人工心臓を動かすそうです。
胸を開き僧房弁を縫い合わせる、お医者から云わせると「針仕事ですよ」だそうだけど、
ベッドの上の自分は全身麻酔をかけられていて意識はない。

任せるしかありませんね。じたばたしてもしょうがない。祈りだけして、手術に臨みます。

無事に生還出来たら、数日後にはblog再開出きるかな?
それを期待して20日入院します。

では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック ありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ

記録的な猛暑が続く北海道、14日も各地で気温が上昇しついに7月としては
10日連続真夏日で、これは1997年以来20年ぶりとなりました。

帯広では最高気温36、2度の猛暑日。函館でも30度を越す夏日連続で、
とくかく暑い!

連日エアコンフル稼働です。
なにせ、道内ではもっとも夏涼しい町の一つである根室でも、今日は30度の予報。

北海道一円、今年は7月前半から猛暑に見舞われていて、今年道内を旅する人は
暑さの覚悟をしなければいけないでしょう。
それに湿度も高く、この分だと7月後半から8月が思いやられます。


そんな暑い7月、ついに入院・手術が決まりました。

まずは、暑さの中にけなげに咲いている花を紹介しながらお伝えします。
まずは、満開のツツジ
image
畑のキュウリも食べれそう。
image
バセドウ病もほとんど治り(といっても今後も通院し薬を飲み続けなければいけませんが)、
心臓の手術OKとなりました。

クリニックからの手紙を国立病院へ届け、心臓血管科の担当医の都合もあって
(ほぼ4週間ほど入院なので、8月後半・9月下旬は休暇をとるとのこと)、ならば
7月25日に手術しましょう、と。

9月頃を想定していたので、心の準備が出来ていませんでしたが、信頼できる
担当医が云うのですから任せるしかありません。

急な話でしたが、来週20日に入院することにしました。実は22日、息子のカツオ
選手が函館市内でプロレスの自主興業があって、焦りましたが外出許可をとって、
何とか応援出来そうです。

次は、真夏の花壇の花。
image
まずは、ラベンダーの花が満開で、今週がピーク。
富良野辺りでは昨年の長雨の影響で枯れている農園もあるそうですが、我が家のは
バッチリ咲きました。

続いてキク科の仲間の花。詳しい名前はわかりません。
image
息子たちから母の日にプレゼントされたカーネーションを昨年地植えしたら、
今頃咲き始めました。
image
ナデシコも満開。
image
25日は、4時間ほど心臓を止めて人工心臓で動かすとか、開胸してから糸で僧房弁を
結ぶ手術で、人工弁を付けたりバイパス手術ではなく、まして内視鏡でもありません。

不安もあるけど、元気になった今やらなければいけないこと。大袈裟ですが、
勇気を持って臨みます。

やっぱり、今年は旅はまったく出来そうにありません。術後も回復するまで時間が
かかりそうです。それに入院も最悪8月末までで、一月かかりそう。

病院は、冷房は入っているけど暑いんだろうなぁ・・・。

そんなわけで、7月20日からは「闘病日記パート2」が始まります。

とんだ真夏の入院・手術です。 さて、花壇の紹介後編。
image
フランネルソウも満開。紫色の花が多いですね。
北海道の野生の花の「エゾカンゾウ」も伸びきって、後は咲くのを待つだけ。
image
バラも咲いてます。
image
アジサイも、今が見頃。
image
ということで、しばらく我が家とご無沙汰となりそうです。

この暑さでどんどん伸びてきたトウモロコシやジャガイモ、ズッキーニなどは
妻や友人たちに食べられそう。

でも、旬な内に食べた方がいいから、それは仕方ありませんね。

こっちは、不味い病院食でまた痩せそう。 4月には一時15kg減り、Tクリニックへ
通う内に8kg増。
そして一月入院すると、また痩せることでしょう。

どうなる自分の体重?果たしてなんキロになるのか?

それでは、その報告は後程病院からお伝えします。

では、また!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

北海道で30℃を越す真夏日が11日で7日連続、7月の記録としては2010年以来の
7年ぶりとなりました。

函館でも、昨日こそ30度を越えることはなかったけど29℃、湿度も高くと蒸し暑い日
で、どうやら今年の夏は過ごしにくい暑い夏になりそうです。

暑さに弱い道産子、この1週間で熱中症で救急搬送された人は240人で、前週の4.4倍
で、この蒸し暑さは16日まで続く(気象台発表)というから、今週は暑い日々が続くこと
でしょう。

本州から観光客がたくさんやってくる7月・8月。涼を求めて北海道に来るのに、本州並み
の暑さに驚くことでしょうね。

さて、昨日の続きです。
遠くに見えた像に接近しましょう。
DSCF7310



















イエス・キリストの像でした。何やら、ブラジル、リオデジャネイロのポン・デ・アスーウカウ
の山の上のキリスト像とそっくり!

昨年のリオ・オリンピックや古くは映画「007」でジェームズ・ボンドがジョーズに追われた
場所でも知られていますね。

そう、ここはカトリックが運営する老人ホームの広大な敷地の中にある公園の一つです。
今は亡きフランスからやって来たクロード神父により運営されている福祉施設の一角。

だから、こんな看板も。
DSCF7311



















見よ 天国は神が人と共にいて 

    もはや 死もなく悲しみも

       嘆きも苦しみもないぞ

          万物はすべて新しくなる


DSCF7312



















背後に回ってみると、扉があって文字が書かれていました。
DSCF7313



















我は復活なり  生命成り

ソレイルの丘の名のごとく太陽が描かれていますね。

函館は、幕末に開港し多くの外国人がやって来ました。そして、キリスト教の教会が
宗派を問わず建てられ、市内には20以上もの教会がありますし、信者も多い。

人口26万人の町に、キリスト教系の高校が3校もあるなんて珍しいのではないでしょうか?

DSCF7314



















函館の町に「野外劇」(五稜郭公園を舞台に、箱館から函館へ変わる頃の歴史を
多くの市民が夜間演じる、フランス風の演劇)など、大いに貢献したクロード神父を
思い出しながら帰路についたのでした。

では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ


全国的に暑かった昨日、ついに30度を超える真夏日に、さらに最高気温は31.4度を
記録する今年最高をマーク!


本当に暑かったです。加えて湿度も高く90%を越えたために、今年最初のエアコンを
使用。今までは、床暖房を止めた後に寒い日があって、エアコンの暖房を使用したこと
はあってもクーラーを使ったことはありませんでした。

それが、ついに冷房を使用するほど暑くなったのです。

本州の方からみれば、31度なんて大したことない、というでしょう。確かに今日は富山で
37度とか、もっとも同じ北海道でも帯広では連日30度越えで、35度を越える猛暑日も
ありますが、ここ函館では30度を越えることはそうあるわけではないのです。

だから、暑さに慣れていない体にはかなりきつかった日でした。外で畑仕事をちょこっと
しただけで汗だらけへ。

そんな暑さの日は、1日家の中に閉じこもり読書三昧。
先日、涼を求めて外出したのがソレイルの丘。今日はそこを紹介します。
DSCF7316




















見晴らしの良い丘の上に展望台があって、函館市街地を見渡すことが出来る場所です。
DSCF7307



















丘の上に、さらに高さ15Mの展望台があって、階段を登って行きます。
DSCF7306



















そこから見る風景。まずは函館山を見ましょう。
DSCF7303



















暑さで、空気も暑さでぼやけてはっきり見えない。
それでも、北側や東側は山がくっきりと見えます。
DSCF7304



















右の奥に見える山は、三森山。文字通り三つの頂きがありますね。

手前を見ると、メガ級の太陽光発電のパネルが並んでいました。
DSCF7302



















以前は、丘陵地帯の牧草地だったのに、平らに削りどれだけのパネルを敷き詰めた
ことか?これで何万KWを発電しているのでしょうか。

津軽海峡越しに下北半島もうっすらと見えますね。

東側を見ると、私の生誕の地、亀尾地区が遠くに見えます。人口数百人の小さな集落
です。汐泊川(しおどまりがわ)の右岸に発達した水田地帯。でも、それも昔の話。

今は、高齢者だけの地区。コンビニ1軒ない過疎地区です。
DSCF7305



















そんな丘を歩くと、なにやら怖い道がありました。その名は!
DSCF7308



















何と!熊通路。
土の道を歩いて行くと、遠くに何かが見えてきました。何やら像が建っていますね。
DSCF7309



















明日は、このラベンダーが辺り一面覆うこの像に接近して見ます。

明日は、国立病院で二か月ぶりの検診です。きっと、再入院→心臓の手術が決まりそう
です。7月か、はたまた8月か、それともいつも行く調剤薬局の薬剤師さんが話していた
「急を要する手術ではないし、お医者さんたちは8月に休暇を取るので9月になるでしょう」
で、9月か?

どちらにしても、暑さの中での手術です。もちろん病院・病室にはエアコンがあるので
暑さに悩まされることはないけど、楽しいことではありません。


では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック ありがとうございます!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ

1分前に、せっかくたくさん書いた文章が、あっという間にすべて消えてしまう
という惨事に見舞われてしまいました。ショック・・・。

1時間かけてつくった今日のブログが、一瞬のうちに消えるなんて・・・。

すべてを、再び復元する気にもなりません。

今日はバラガーデンについて、書くつもりでした。
DSCF7293



















バラについても、いろいろ調べて書いたのに・・・悔しい。
DSCF7294



















思い出しながら、少し書いてみましょう。

バラは花好きの永遠の憧れ。
DSCF7295



















こちらのご主人は、20年以上かかて手入れをしています。
しかもすべて自分一人で。地面に敷いたタイルも、ホームセンターで購入し
自分一人で敷き詰めたそうです。

お見事!
DSCF7296



















バラのうんちくをたくさん書いたのに・・・私のpc技術が下手くそで消えてしまった。
残念というより悔しいのが先に立ちます。
DSCF7297



















バラは、紀元前よりたくさんの人々が魅せられて守り育てられてきて多くの新品種
が作り出されています。その数、およそ1万種以上とか。
DSCF7298



















バラの魅力は何か?というと。
甘酸っぱい香り、花を開いた時の優雅な姿、散り際の美しさなどなど・・・。

でも、美しいものほどトゲがあることを忘れてはいけませんね。
DSCF7299



















それにしても、ものすごいたくさんのバラが今が旬と咲いています。
DSCF7300



















バラの香りに圧倒されます。
DSCF7301



















ということで、素晴らしいバラ・ガーデンを訪問しました。

明日は、2週間ぶりにクリニック通院の日。6時に起床し、6:50にはクリニックの
駐車場に着いて、並ばなくては!診察は9:30からだから多分午前中は帰れない
でしょう。結果はどうなるか?それはまた次のブログで。


では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック ありがとうございます!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ



今日も朝から小雨が降り続いていて、湿度も高く外出するにはためらう天気です。
それでも、少しでも運動しようと先ほど傘を差しながら散歩。

半袖では寒いくらいだったので、ウインドブレーカーを着て10分ほど散歩。
早歩きは出来ないけど、ゆっくり・のんびり散歩してきました。

やはり、まだ早歩きは出来ません。まして、走ることは無理。2日前の日曜日は
函館マラソンがあって、7000人近いランナーが初夏の函館市内を走り抜けました
が、見ていて羨ましかったです。

自分も40代までは、マラソンをやっていてフル(42.195km )の最高記録は
3時間24分、ハーフは1時間21分で、結構トレーニングもしていました。

それも、50代から距離も徐々に減り始め10kmを走るのが精いっぱいに。
今では、5kmも走れないでしょう。そして今年は歩くだけでもキツイ!
なぜなら、心臓の欠陥が見つかり、ついに手術をしなければならなくなったのです。

それって、加齢のせいもあるのかな?

さて、マイナス10度の寒さ、道路は凍結し滑りやすい中を散策した函館山麓の
西部地区の最終回です。

テーマは「蔵」でしたので、蔵が続く場所へ。ここは茶房「ひし伊」。
018



















場所は、宝来町。市内を走る市電の電停の近くですし、目の前には江戸時代の豪商
高田屋嘉兵衛の像も建っています。

1905年(明治38年)建造の土蔵で、当時は石川啄木とその妻である節子さんとも縁が
あったそうです。なぜなら、当時は今風の茶房ではなく質屋さんだったからです。

借金に苦しむ啄木や妻節子さんは、ここに何度もやってきたそうです。

左側が茶房となっています。
019



















しかし、質草が入りきらなくなったため1921年に建て増しされています。
それが右側の建物。
020



















1934年(昭和9年)3月21日に発生した函館大火(死者2054人、行方不明者662人、
重軽傷者12592人、被災戸数24186戸という未曽有の大火でした)でも崩壊せず、
黒く塗られた漆喰の外壁が健在です。


余りに寒く、帰ることにします。まずは、元町カトリック教会へ。
021



















幕末、最初に1859年(安政6年)に来函した人は、カトリック神父メルメ・デ・カッション。
その後来函したマレン神父が、1875年(明治8年)に元町教会聖堂を建てます。

しかし、木造の建物だったため聖堂は焼失、その後はがっしりしたレンガ造りの聖堂へ
建て直しされました。

が、それも1921年(大正10年)の4月4日の大火で焼失。
当時のベルリオーズ司教は、欧米の信者の協力を得て、傷ついたレンガ壁の上から
モルタルを塗り、鐘楼を増築して今日の教会へと完成させます。
022



















なかなか素敵な教会ですね。普段、内部は公開されています。

写真の左側にあるのが、昨日紹介した亀井勝一郎生誕の地の石碑です。
023



















小学校は、弥生小学校を卒業しているんですね。啄木が一時教鞭をとった小学校です。
亀井勝一郎は「サケの寿司やイカの刺身を好み食べた、ということも書かれていますね。

でも、最近はイカの町なのにイカが獲れていません。海水温と関係があるのか、イカが
全然獲れなくなっているのです。

因みに、市の魚は「イカ」です。本当は魚類ではないですけどね。でも、海の生き物に
違いありませんが・・・。
024



















奥に見える建物は日本最初の鉄筋コンクリート寺院である東本願寺函館別院本堂で、
間口は約32.8メートル、奥行き約35メートルで、1912年(明治45年)に起工し、3年後
の1915年(大正4年)に完成しています。
025



















ここが有名な大三坂。以前にも説明しましたが、昔この坂の下に木下さんという方が
住んでいて、当時は木下坂と呼ばれていたそうです。

その後、大三という家印の方が住み始めたので、大三の坂と云うようになったとか。
026




















027



















この上にあるのが、これまた有名な坂の一つである「チャチャ登り」の坂道。
028



















左側の教会は、イギリス国教会の聖ヨハネ教会。16世紀の宗教改革で旧教・カトリック
から分離したイギリスだけの新教ですね。中身はほとんどカトリックと変わりません。

坂の名前のチャチャはアイヌ語で、「おじいさん」。
この坂は急な坂で、おじいいさんのように腰を曲げて登らなくてはいけない、から名付け
られたとか。

ここから見た元町カトリック教会です。
029



















最後に、帰る間際に発見した「蔵」の一つを紹介します。
030




















031




















ということで、半年前の真冬の1月に散策した函館山山麓の散策を終えます。
当時は、心臓も大丈夫で寒い中を歩いても元気そのもでしたが、今では無理。
坂道を登ったり、1時間以上歩くのは厳しい。

先日、町会の行事で高齢者の方たちのゆったりしたスピードで五稜郭公園まで
およそ4KMほどを歩いたけど、それは何度も休憩を挟んだからです。

一人で、歩いて旅するのは今はダメ。夏に行われるであろう心臓の手術に成功し
秋以降にリハビリをして、来年春または夏に「ぼうけんの旅」を再開する決意で
います。

それまでは、辛抱、辛抱。
我慢が大切です。
長い時間を要しますけど、これも神が与えた試練だと思って、その間は旅以外の
ブログを書くことにしますのでご勘弁を!

では、また!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック ありがとうございます!

テレビのニュースを見ると、本州の関東より南の太平洋側では30℃越えの気温だ
そうで、中には35度を超える猛暑日になっている地域もありましたね。

ものすごい暑さになっていますね。函館では、昼から雨で気温は20度を少し上回る
程度で、暑い!とは感じません。

夏に本州を旅するなんて、暑さに弱い自分としては考えられません。特に車中泊する
立場では。車の中で蒸し風呂状態で寝るなんて、苦しいだけ。

やはり、夏の旅は北海道です。

といっても、今は手術を控えて旅出来ない状況で、とってももどかしい。
多分8月辺りに心臓の手術があるので、そのリハビリもあるから年内は旅することは
出来ません。

今年の後半は、体力・精神力をつけて来年の「ぼうけんの旅」に備えるつもりです。

さて、まだ元気だった今年1月の真冬の函館山山麓の西部地区を散策した時の第2回
目は、函館を代表する作家の一人である亀井勝一郎の石碑から紹介します。
009



















人生邂逅(かいこう)し 開眼し 瞑目す」と亀井勝一郎の自筆を
彫ったもの。

大三坂にあるカトリック教会の向かい側には亀井勝一郎誕生の地の石碑がありますが、
ここにあるのは文学碑。

私が中学生、または高校生の時の国語の教科書には、よく亀井勝一郎の文学作品が
取り上げていて、授業で紹介されていた記憶があります。

亀井勝一郎は、今から110年前の1907年(明治40年)に生まれ、函館中学(現在の
函館中部高校)から山形高校、東京大学へと進学し文学者へ、戦後は芸術院会員と
なり1966年(昭和41年)に亡くなっています。
008



















「終生、函館弁を使い、如何なる美食よりも故郷函館の食べ物を好んだという」
と書かれて書かれています。
010



















その場所は「あさり坂」。
011



















あさりとは、アサリ貝の名ですね。明治時代に函館に住んでいたイギリス人
のブラキストンがジョン・ミルンやアメリカ人のエドワード・モースと協力して
山麓で貝塚を発見。

その貝塚では、古代人が食べたアサリが数多く発見され、それで「あさり坂」と
命名されたそうです。

少し歩くと、こんな説明板がありました。
012



















石川啄木居住地跡とあります。

啄木は、1907年(明治40年)、先ほど紹介した亀井勝一郎の生まれた年でもありますね、
その年の5月5日に函館に来て、夫人の節子さん、娘の京子さんも遅れて岩手県から
来函、さらにお母さん、妹さんもやって来て一緒に住みます。

が、その年の8月25日大火が発生、9月には札幌へ移り住みます。結局、わずか4か月余り
しか住んでいません。

それでも彼のお墓が函館にあるのは、彼の希望であった「死んだら函館に埋めてくれ」と、
26歳2ケ月の短い生涯の中で4ケ月しか住まなかった函館を永眠の地として選んだからです。

その啄木が住んだ場所はというと。
013



















青柳町15番地。

青柳町と云えば、「一握の砂」にありましたね。

函館の青柳町こそ悲しけり 友の恋歌 矢ぐるまの花

少し歩けば、近くには「蔵」がありました。
014




















015



















坂の名前は「青柳坂」。
016



















旧町名は、「春日町」。
017



















そんなわけで、マイナス10度の凍てつく函館の坂道をおっかなびっくり、へっぴり腰で
歩きました。

テレビでは、今日もファイターズ大敗です。今年の優勝は無理、どころか3位以内も不可能
でしょう。仕方がないですね、大谷が前半ほとんど出てないし、近藤も今季絶望ですからね。

それでも、テレビの前で応援してますが・・・。

では、また!

↑このページのトップヘ