函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2017年09月

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今日で9月も終わりですが、今日も晴天。9月は雨の多かった8月と違い日照時間が多く、
我が家の太陽光発電は900kwも発電し、バッチリ稼いでくれました。

でも、秋分の日を過ぎてからは寒い日が続いていて、特に日が暮れてからと朝方はかなり
冷え込んでいて、気温も一ケタへ。北海道の山々では初雪の便りも聞かれるようになりました。

明日からの10月、ますます冬へと向かって寒くなるでしょう。そろそろ冬物の衣装を出さなく
てはいけないかな?夏服も終わりですね。

さて、廃止された函館市電の電停を訪ねては4回目を迎え、いよいよ盲腸線の終点駅である
五稜郭駅前」へと向かいうことにします。

まずは、ガス会社前の次の電停である「亀田町」へ。
DSCF7348



















かめだ、と書かれた道路標示。この辺りかな?と向かい側に渡ると、バス停にも亀田町の
表示。ガス会社前から、だいたい300mくらいですので電停はこことしましょう。
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なお、右奥に「115.8」の数字が見えますが、これはレギュラー・ガソリンの価格で、
市内のGSでも一番安い方でしょう。「アサヒ商会」という地元資本の会社です。

旅をしていないので、他地区のガソリン価格が分かりませんが、全国的に見ても
格安の方ではないでしょうか?

続いてやはり300mくらい北へ行って、「大野新道」。
DSCF7349



















国道5号線から斜めにそれた道で、函館本線に架かる踏切を越えて道道347号線となり、
間もなく4車線の国道227号線となって旧大野町(現在の北斗市大野)に向かいます。

大野の地名は、明治維新以後開拓(実は、大野町は北海道稲作発祥の地)、現在の福井県
大野市からの入植者が切り開いた町、それで故郷の地名を採って大野と付けたのです。

北海道の地名は、一つはアイヌ語の地名が多いのですが、例えば札幌市、倶知安町、長万部町
など。
もう一つは入植者のふる里の地名を付けるケース。
例えば釧路市鳥取や北広島市、伊達市、新十津川町とか。

それで大野新道といいますが、電停はこの辺りの国道5号線沿いにあったはずです。
というのは、実は昔私の父がこの先2kmくらいの場所の港小学校へ勤務していて、一度
休みの日に連れてこられたことがあったのです。

湯の川の家から電車を乗り換え40分くらいして、ここ大野新道電停へ。ここからこの道を
歩いて30分くらいして小学校へ着いたのです。当時、10歳くらいの子供だった私の記憶では
かなり遠い道のりだったことを覚えています。

父は、この小学校へ10年ほど勤務して転勤していますが、よく通勤したと思います。1時間
以上もかけての通勤。東京では珍しくないでしょうが、冬場は大変だったと、今は家族を養う
ために通勤した父を偲びます。
DSCF7350



















電停は、この信号の先だったのか?それとも下の写真の手前側だったのかは分からず。
多分、下の写真が正解かな?道路の真ん中に上りと下りの電車の停留所、つまり安全地帯
を設けていたわけで、それだけのスペースがあった、ということです。

今では想像がつきませんね。
DSCF7351



















向かい側に「大野新道入口」のバス停があったから、この辺だった、ということにしましょう。
DSCF7362



















バス停から見た大野新道の入口です。「米」の大きな看板のある米屋さんの手前を
左に曲がった道が大野新道です。
DSCF7363



















続いて、「鉄道工場前」。
DSCF7353



















多分、この辺りでしょう。なぜなら上を走っている陸橋は道道347号線で、先ほど説明した
大野新道とつながるからです。そして、陸橋は函館本線の線路をまたいでいるからです。
DSCF7352



















左を見たら、北海道新幹線の終着駅である新函館北斗駅と函館駅を15分で結ぶ函館ライナー
が通過していきました。陸橋の上から写せば何本線路があるか分かるのですが、時間もないので
今回はスルー。
DSCF7355



















貨物列車の奥に見えた建物が鉄道工場でしょうか?

鉄道工場とは何か?修理工場のこと?
DSCF7356



















さらに奥には巨大な煙突が見えました。これって、かつての蒸気機関車の給水塔で
しょうか?それとも工場だからばい煙を出すための煙突なのか?

梯子が架かっているけど、この煙突を登って一番てっぺんまで行くのだろうか?
何のために?
DSCF7357



















さて、さらにここから北へ300mほど行くと、終点の五稜郭駅前。
DSCF7354



















ここがJR北海道函館本線と第三セクターの私鉄いさりび鉄道五稜郭駅
DSCF7358



















といっても、五稜郭とは2.3kmも離れていて、よく間違えて下車する観光客が多い、と
聞きます。駅にも地図が貼りだされていて、ここから五稜郭公園までは歩いたら1時間
以上もかかります、と。

だからか、タクシーが何台も客待ちしていました。大きな旅行バッグを持って歩いたり、
トランクを引きづって歩くのは大変ですものね。

国道5号線を挟んで向かい側には、大型家電店のビックカメラ・コジマ。
このお店の前に電停があったのでしょうね。
DSCF7359



















国道の北側を見ましょう。この先は札幌へと向かう道で、市電はここまで。
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来た道を振り返ります。今ある中央分離帯の辺りに安全地帯があったのです。
DSCF7361



















ということで、1955年(昭和30年)11月27日に運行開始され、1978年(昭和53年)
11月1日に廃止された、わずか23年間しか運行されなかった全1.7kmの路線、
ガス会社前~五稜郭駅前を紹介しました。

廃止された路線の中では一番早く廃止されていて、理由としては利用者が少なかった
からなのでしょうね。
通勤客がいても、働く場所が多くある函館駅前付近へは鉄道を利用した方が早いから
です。
電車で8つも電停に停車して30分以上かけて函館駅へ行くより、鉄道だと一駅。
ほんの5分ほどで到着するからですね。

それに沿線には高校がありません。高校生は、この線を利用することもなかったのです。
通勤客も通学客もいなかった五稜郭駅前線は、だからいち早く合理化されたのでしょうね。

明日は、1993年(平成5年)に廃止された、ガス会社前から函館駅前へ3つの電停を見て
いきます。

それでは、また!

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今回のテーマの参考文献として活用しているのが、このブログに時々登場していて、
月に一度箱館歴史散歩の会を主宰する、まさしく函館を知り尽くしている人物の中尾仁彦さん
が著した市電でめぐる函館100選」(中尾さんと大西剛さんとの共著で、
新函館ライブラリーから発行 1429円+税)、と。

[画像:14c34bd6-s.jpg]

市電を運営している函館市企業局交通部が編集した「函館の路面電車100年
(北海道新聞社 1700円+税)の2冊です。

[画像:d6d7c6d5-s.jpg]

昨日、紹介した中で路線図がよく分からなったので、今日はこの2冊で紹介されている地図を
アップさせ、より分かりやすく致します。掲載されている地図を、活用させていただくこと
お願いします。

というのも、昨日の路線図、スマホでは正確に描かれず、かなり混乱してご覧になった読者の
方も多かったはずで、改めて紹介することにしました。悪しからず。

まずは、現在の路線図
[画像:c221defc-s.jpg]

赤いラインの10.9kmの市電路線図は函館山麓の十字街から北と南の2方向に別れ、
北は函館どつく前へと南は谷地頭が終点となっていますね。

一方、十字街からは函館駅前を通り五稜郭公園前を経由して終点湯の川までの1本道。
これが、現在の路線です。

そして、廃止される前の路線図

[画像:f9611f45-s.jpg]

違いが分かりますね。五稜郭公園前から直進しているのが昨日から紹介している宮前線。
さらに、ガス会社前から北へ延びているのが五稜郭駅前行き。

南へ延び函館駅前で合流している線もありますね。

それと、松風町蓬莱(ほうらい)町(現在の宝来町)をつないでいる東雲線
この4つの路線が1978年(昭和53年)から1993年(平成5年)にかけて次々と廃止されました
のです。

ただ、この路線図は1964年(昭和39年)のもので、昨日紹介した「梁川町」は「梁川町開発
建設部前」となっているし、次の「西武テーオー前」も「交通局出張所前」となっていますね。

これは、西武デパートとテーオーデパートが完成する前のことなので、そんな名前になった
のでしょうね。
1964年といえば、東京オリンピックが開かれた年で私が小学校6年生のころ。だから、ほとんど
記憶にないのです。家からも遠いし、出かけることもない地域だったからです。

電停のあった場所探しは、この写真集「函館路面電車100年」を見ながら、当てることに
しました。

西武テーオー前は、やはりそれぞれのデパートの真ん前で、電車を下車し横断歩道を
渡って、最短距離ですぐにデパートの入り口に入れるようになってなっていました。

新世橋前は、橋を渡り切ってすぐの場所です。

そして今日の宮前町。
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以前は、「宮前町学芸大学前」となっていますね。
学芸大学とは、現在の北海道教育大学函館校のこと。昔は、教員養成課程のある
国立大学は学芸大学と呼ばれていたのですね。

そういえば、東京学芸大学は今でもありますからね。ファイターズの栗山監督
そこの卒業生です。教員養成が目的の東京学芸大学、きっと彼も教員資格を所持
しているはず。だから、若手の指導法が上手なのでしょうね。

ファイターズの監督として今年で6年目、来年も監督を継続するようですね。

その以前の学芸大学、現在の教育大学は写真の交差点左から右へ延びる道の右側
200mほど行った場所にあります。

電停は、ちょうどここにあったらしい。もちろん、道路の真中で、鉄道でいうプラットフォーム
の乗客待合ホームの安全地帯が左右両側に設置されていました。

五稜郭公園前方向を見ます。新世橋は遠くに見える歩道橋のさらに先。
この4車線の道路に、軌間1372mmの線路が2本敷かれていたなんて想像もつきません。

それが撤去されて24年。今では、以前市電が走っていたことを知らない住民も多いはず。
実際廃止されたのは、通学に利用する教育大生の誕生する前のことなのだから。
DSCF7340



















それでは、次のガス会社前まで行って見ましょう。少し右にカーブしたこの先まで。
DSCF7341



















右側を行くと、200mほどで大きなガスタンクのあるガス会社の前に到着。
DSCF7342





















北海道ガス会社函館支店
と書かれた入り口の門。タンクの高さは20m近くあるか?
それともそれ以上か?巨大なガスタンク!

さらに進み、交差点へ。左にちょっとだけ写っている建物がガス会社のビル。
道路の向こう側にあり写真の正面に見える建物が、先日「全国落語大学」が開かれた
萬年寺というお寺。

五稜郭公園前から直進した市電宮前線はここまで来て、目の前に電停があったらしい。
五稜郭公園前からここまでが、道道571号線。

DSCF7343



















下の写真。左に北洋銀行の看板が見えるが、写真集を見ると廃止された平成5年では
たくぎん」の看板が架かっていました。

北海道最大の銀行にして都市銀行の一つだった「北海道拓殖銀行」はバブル経済時
巨額な投資をし、失敗。1998年(平成10年)破綻。多くの支店は北洋銀行に受け継がれ
ましたが、ここ万代支店もその一つ。
DSCF7344



















北洋銀行とセブンイレブンのある看板方向が、函館駅前方向への道の国道5号線。
かつて市電はここでTの字のように交差していたのです。

国道5号線の北側を見ると、五稜郭駅方面へと伸びていて、この道を市電が走っていた
のだと分かります。
DSCF7345



















交差点のセブンイレブン側を見ると、右に陸橋が見えますね。
赤信号で停車しているトラックや乗用車が並ぶ3車線の道は、JR北海道の函館本線
の上を通過する国道228号線と国道227号線のスタート地点。
DSCF7346



















そして写真集を見て驚きました。1954年(昭和29年)ガス会社前での路線拡張工事の
様子の風景がありましたが、何と現在の線路をまたぐ陸橋の辺りは函館湾の海の一部
だったのです。

海を埋め立てた土地が広がっていますが、その埋め立てられない一部が、まるで運河の
ように、すぐそばまで来ています。そこで南の函館駅前方向からの線路と東から延びた
五稜郭公園前からの線路がつながろうとしたのですから。

さすがに、その写真をそのまま引用するわけにはいけませんね。もし興味のある方は、
是非「函館の路面電車100年」を購入するか、図書館でお読みください。

7ページに白黒写真で掲載されています。

ということで、明日は国道5号線を北上し五稜郭駅前へと進みます。
DSCF7347



















1955年(昭和30年)11月27日に完成し運行開始され、1978年(昭和53年)11月1日に
廃止された五稜郭駅前までの距離1.7km、4つの電停を調べます。

明日は、「札幌まで280km、長万部まで103km、森まで40km」と書かれた看板の先
1.7kmに、盲腸線の終点にしてわずか23年間しか運行されなかった市電の電停を探ります。

では、また!

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9月27日、水曜日。今日も午前中は晴れで、少しばかり蒸した気温に動くと汗ばむ。
夜からは雨のマークが出ていたけど、乾いた土にはありがたい。

さて、今でこそエコな乗り物として見直されてきているけど、高度経済成長時代の
1970年代は路面電車は無駄な長物として邪魔者扱いされていました。

1970年代、マイカーの普及は通勤手段として一般化し、車を所有する市民は利用しなく
なりました。
さらに陸繋島の函館市の中心部である土地代金が高い幅1キロにも満たない狭い市街地が
空洞化し、マイホームを郊外に造り住宅街が拡散化していきました。

つまり、扇の形をした函館市、狭い部分から北部や東部の広がった郊外へと移り住んで
いきました。人口の移動現象です。

さらに、商業地域も拡散化します。函館駅前から五稜郭地区、さらには市電から遠い
が広い駐車場を持つ美原地区へ。
現在は、高速道路に近い広大な土地がある石川町へと、どんどん人口が移動しています。

その結果が、市営交通の大幅な利用者減となります。乗降客は通学に使う高校生か
車を持たない高齢者。これって、今の鉄道と同じですね。

国鉄が民営化されてJRになった1989年、北海道の鉄道が廃止されていくその前に、
函館の市電は路線がどんどん廃止されていったのです。

1974年には交通事業財政再建団体に指定され、赤字を垂れ流す利用者が少ない路線
は3分の1が廃止されることになります。

最初に、ガス会社前から五稜郭駅前までの1.7kmある区間で、いわいる盲腸線。
これも、まさしく鉄道と同じ。今年春に廃止された留萌線の留萌・増毛間と同じですね。

五稜郭駅前までの路線は、1978年(昭和53年)11月1日に廃止されました。

今日は、五稜郭公園前からそのガス会社前までの宮前線の各電停を訪ねて行きます。

廃止された路線の地図を描くとこうなります。宮前線は、ガス会社前で函館駅前からの
線と合流します。ブログでは亀田町でつながっているみたいに見えますが、それは間違い。
作っている画面とブログで掲示されている画面は、若干相違があるようです。



◎____◎___◎___◎___◎_____◎___◎____◎_____◎
函館駅前  若松町 海岸町 万代町 ガス会社前 亀田町 大野新道 鉄道工場前 五稜郭駅前
                         |
        1.9km              |                            1.7km
                         ◎宮前町
                         |
                         | 
                         ◎新世橋前
                         |
                         |
               1.7km        ◎西武テーオー前(開発建設部前)
                         |
                         | 
                         ◎梁川町
                         |
                         |
                         ◎五稜郭公園前


上の図の他に、東雲(しののめ)線がありますがそれは後日紹介するとして、今回は
上の図の3つの路線の各電停を一個一個紹介していきます。

今日は、昨日紹介した五稜郭公園前から直進して西へ伸びていた宮前線の梁川町と
西武テーオー前電停。

その前に、最も乗降客の多い電停の一つである五稜郭公園前電停から。
DSCF7326



















今は左に曲がり中央病院前・松風町経由函館駅行きのみですが、以前あった宮前線を
訪ねて直進します。

電車が左にカーブして行きますね。
右の電車は下り湯の川方面行きで、左の電車は函館駅方面への上りですね。
DSCF7327



















因みに、両電車とも広告電車になっていますが、電車への広告代はいかほどか?
というと。

この広告電車は最低でも6か月間続けなければいけなく、料金は1両一月で10万円
プラス消費税の8000円で、計108000円。×6か月で64.8万円

どうですか?余裕のあるお方、会社のPRのために投資してみませんか?

それに車両復元費用として216000円がかかりますので、合計半年で86.4万円。
なお、自分の会社のペイント代も必要ですね。それは、各会社によって違いますが、
20万円以上要するみたいです。

なお、一番安いのは窓ステッカー(150mm  × 450mm)で、1日1枚30円。最低5日以上
掲示必要で、計150円。なお、ステッカー代金は自前ですよ。

電車内の中吊広告は、(A3サイズより一回り大きい364mm × 515mm)で、1日1両当たり
177円。最低3日以上で、計531円なり。

なお、貸し切り電車もあって1両を1運行(1時間くらいか?)大人19000円、小児10000円で、
飲食の持ち込みは可能とのこと。

私の知り合いで、市電を貸し切り結婚式の披露宴として電車内で行った方もいますし、
同窓会や町内会、会社の宴会行事にも利用でき、カラオケも出来るというから下手な居酒屋や
飲み屋よりも安上がりかも?

詳細は、函館市交通局のHPをご覧ください。


梁川町の電停があった付近です。
DSCF7328



















1993年(平成5年)4月1日に廃止された宮前線は1.7kmしかなく、電停の数は5つ。
だから各電停間は、平均すると350mくらい。歩くと5分ほどの距離ですね。

交通量の多い道道571号線と高砂通りが交差する付近ですが、電停跡はどこにも
ない。多分、昔の記憶を頼りこの辺りかな?と。

実際、五稜郭公園前電停から300mくらい西へ行った場所です。
DSCF7329



















続いて、次の西武テーオー前電停へ。西武は、以前西武デパートがあったこと、
それと現在も存続しているテーオーデパートがあるので西武テーオー前。

なお、テーオーとは、オーナーが小笠原 孝氏で、アルファベットでT・O
市内で、不動産・住宅・木材・ホームセンターなどを営む大きな会社です。

電停の名前は、以前開発建設部前。現在スポーツ用品を扱うアルペンがある辺りに
北海道庁の開発建設部のビルがあったことから名付けられたのでしょう。
DSCF7330



















しかし、西武デパートは2003年に閉店されます。宮前線廃止されてから10年後のことです。
やっぱり、電車が来なくなると来店客も減ったのでしょうね。

その西武デパートの建物は、現在パチンコやボーリング場、居酒屋など総合アミューズメント
施設へと変身しています。昔の名はパボッツ、今はテキサス。

この建物がそう。利用したことは一度もありませんので、中身は分かりません。
DSCF7331



















西武デパート時代の巨大駐車場は、今は高層マンション群へ。
DSCF7332



















地盤が弱い函館でも、最近は高層マンションがいくつも建設されています。
高齢者が多くなり、一軒家だと雪かきが大変だから引っ越す人もいるとか。

また、東京などの富裕層の別荘としても利用されているとか。3000万円クラスで
4LDKの家が持てるから東京と比べると格安なのでしょうね。

実際、函館山山麓の西部地区のマンションは、普段灯りが点かず利用されていない
部屋が多いのです。避暑と美味しい海鮮類・農産物を食べるための、夏の間だけ利用
する別荘なのでしょうね。

その答えは、土地代が安いから、なのです。

なお、右のレンガ造りの建物は、地元放送局のHBC。北海道放送局でTBSの系列です。

続いて次の新世橋前へ。
DSCF7333



















何と読むかというと、「しんせいはし」。
奥に、テーオーデパートが見えますね。確か6階建て?
手前にテーオー・フォレストという木材の会社がって、住宅建設もしていてテーオー・
ハウスという会社もあります。
DSCF7335



















橋というからだから、川の名はというと。亀田川です。
市内を北の横津岳方面から流れて、南の大森浜へと注ぐ河川です。奥に函館山が
見えますね。
DSCF7336




















DSCF7337



















電停はこの橋を渡った場所ですが、どこにあったのか?
DSCF7338



















鉄道駅と違い、どの電停もそうですがまったく電停の跡も見られず想像するだけです。

そうこうする内に次の宮前町へやって来ました。ここは、また明日紹介しますね。
DSCF7339



















ということで、最盛期は6路線・12系統の合計17.9kmあった市電。ところが、1970年代から
1990年代にかけて4路線が廃止されます。廃止された線路は計7km。実に3分の1が廃止
されています。

エコな乗り物として見直され、札幌では昨年新たに市電の路線が延長されループ線として
延長されましたが、函館では予算の関係でこれ以上延伸はなし。

現在はわずか10.9kmのみ。
明日は、ここ宮前町からガス会社前、そして真っ先に廃止された五稜郭駅前まで電停を
探しに行きます。

では、また!


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雲一つない秋晴れの9月26日、火曜日。日が差し込む朝方は、ぐっと冷え込み
朝刊を取りに玄関の外の出てみると吐く息が白くなるほど。

それでも、時間が経つほどに気温は上昇し、日中は25度まで上がり動いていると
汗ばむくらい。そんな秋のさなかに、「廃止された函館市電の電停を訪ねる旅」を
してみました。

きっかけは、昨日読んだ「函館・道南鉄道ものがたり」(原田伸一 著 北海道新聞社)。
その中で、函館で路面電車が運営された記事がありました。

「市電か・・・しばらく乗っていないなぁ、そう云えば廃止になった路線もあったな」と。

今までの旅を振り返ると、廃止された線及び駅を訪ねる旅をしていきたが、地元函館で
廃止された電停を訪ねたことはなかったな、と。

そんなことを思い出しながら昨夜、明日は「あの電停跡はどうなっているんだろう?」とか
「電停があった、あの場所はどうなのか?」と訪ねる旅をしよう!と眠りについたのでした。

心臓の手術からちょうど2か月経過した今、動いて大丈夫なのか?心配しながらも興味津々
の自分を抑えることは出来ない。

やっぱり、好奇心が勝り出かけました。無理せずに動いてみます。

そんなことで、今日からしばらく「廃止された函館市電の電停を訪ねる旅」が始まります。

まずは、自分の家の一番近くにある電停「駒場車庫前」へ。

ここは、1934年(昭和9年)3月21日の函館大火で新川町の車庫が焼失し、電車48両
始めその他各施設が焼失したために、その代替施設として同年の暮れも押し迫った12月27日に
完成しています。

だから、今年で83年目を迎える古い車庫でもありますね。
DSCF7320



















車庫前の名の通り、ここは函館市電の車庫です。
ここには、乗客を乗せる路面電車以外に、除雪をするササラ電車や函館港まつりで使用
される花電車も保管されています。

路面電車と云えば、東京の都電、長崎広島、松山などを思い出しますが公営はわずかに
5つの自治体のみ。東京都以外では、札幌市・熊本市・鹿児島市と函館市だけなんですね。

第三セクターとしては、富山や高知などにあり、民営は長崎・岡山・広島など。

そんな中で、函館では1897年12月に馬が客車を引く馬車鉄道が運行を始めています。
下の写真をご覧ください。
DSCF7317




















1897年と云えば、日清戦争で日本が勝利し下関条約が締結されてから2年後。
清国の旧満州に進出する日本を警戒したロシアはフランス、プロイセンを誘い
三国干渉をしてきた時代です。

経営は、亀函(きかん)馬車鉄道株式会社。亀は亀田のことで、函館の北部の地名で
歴史的には函館より早い時期に集落が出来た場所。市となったのは1971年だが2年後
の1973年函館市に編入されています。

市としては、わずか760日の命で京都府伏見市の700日に次ぐ日本で2番目に消滅した
短命の市です。
その亀田と函館を結ぶ目的で出来たので、亀函馬車鉄道の名が付けられました。

その路線図を見ましょう。
DSCF7318



















それが、電気の力で走るようになったのが、1913年(大正2年)6月29日。
東雲(しののめ)町と湯の川を結ぶ5.83kmで開業しています。

ここは、その終点「湯の川」の三つ手前の電停です。(現在は湯の川、湯の川温泉、
函館アリーナ、そして駒場車庫前)

上りと下りの電車が入ってきましたね。
DSCF7319



















当時、東京以北では最も早い路面電車で、まさに東京以北最大の都市、日本9番目の
大きな都市、西洋文化を真っ先に取り入れたモダンな街、「ハイカラ」な町の函館らしい
動きだったのです。

レールの幅は1372mmで東京都の電車と同じ幅で、これはJRの電車の幅よりも長いの
ですよ。JRの在来線は1067mmですからね。

かつて電車車庫があった柏木町電停。
ここの車庫は、1936年(昭和11年)2月15日に完成していますが、38年後の1974年
(昭和49年)4月19日に閉鎖されています。
DSCF7321



















その車庫は電停の南側にありましたが、今は、広大な駐車場へ。
かつては、ホテルが建てられていたが、現在はスポーツジム「ホリデー」の駐車場へ。
左側は地元のスーパーが経営する回転寿司屋さん。
DSCF7322



















廃止されたのは、五稜郭公園前から直進していた宮前線という路線。
そこで、五稜郭公園前まで行って見ました。
DSCF7324



















ご覧のように、現在は左に曲がった路線だけです。直進する線路はありませんね。
左の大きな建物は、札幌に本店がある「丸井今井デパート」で三越の傘下に入って
います。
DSCF7326



















最後に、ここまでの線路を振り返って見ましょう。奥が柏木町、湯の川方向です。
DSCF7325



















終点「湯の川」から駒場車庫前を経て五稜郭公園前までは、高校生の利用客も多く
結構朝夕は込み合っています。沿線には、函館大学、函館短期大学、函館高専、
函館ラサール高、函館大有斗高、函館工業高校、函館大柏稜高、市立函館高、
函館大妻高、遺愛女子高
など10校も学校があるのですから。

明日からは、廃止された電停巡りをしていきます。

それでは、また!

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今日は秋分の日、昼と夜の時間が12時間で、今までは昼の時間が勝っていましたが、
明日からは夜長になり冬至の日まで夜の時間が増えていきますね。

北緯42度の函館では、今日は昼・夜12時間ですが、これからは2分ずつ夜が増え続け、
12月22日の冬至には夜が15時間、昼は9時間となります。

逆に、6月の夏至の頃は昼は15時間、夜は9時間ですね。もっと北の地域では、さらに
夜の時間は長くなり、12月は北緯68度以北の北極圏では極夜といって、1日中陽が
射さない夜を迎えることになりますね。

さて、そんな秋分の日ですが北海道では高校ラグビーの決勝戦

前回のblogでは、函館フットボールパークを特集しましたが、その中で函館はラグビーが
強い!と書きました。

札幌山の手高校が昨年出場した全国大会、今年はどうなったのか?
というと、今日の決勝で函館ラサール高校26-21で山の手高校を破り優勝!

2年ぶり2回目の全国大会出場を決めました!

万歳!万歳!めでたし!めでたし!

試合内容は、前半19ー0と圧勝していても、後半は7ー21で劣勢。
1トライの5点差で冷や冷やの勝利でしょうか?

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この花、我が家で今日咲いたユリの花です。名前を「コールドプレイ」。

ラグビーと関係ないけど、大会は小樽で開かれているために行けず。
それで、花の写真を使用しました。悪しからず・・・。

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今まで96回開催されている中、函館代表は戦前1931年(昭和10年)の
第4回大会に函館商業が出場しその後4回出場。

戦後は1947年の第27回大会で函館市中(その後の函館東、現在の市立函館高校
が初出場し、何と優勝しているのです!

すごい!
ただし、秋田工業と6ー6の両校優勝でしたが。市中は2回出場。

さらにその後は、函館工業高校が5回、函館西高校が2回、函館北高校は5回
(これは前回のblogで紹介した通りですね)、函館稜北高校が3回、私立では
函館大有斗高校が13回。

それに加え、一昨年と今年の函館ラサール高校が2回と函館の高校は37回も出場
しているのです。

やっぱり、函館はラグビーが強い!と自信を持ちました!
少しくらい自慢出来るものがないとね。

我が家の花、2つ目。秋の花のしゅうめい菊も咲き始めました。

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それと、昨年の種がこぼれて今頃咲き始めたナスタチウム

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そんなわけで、年末の高校ラグビー、花園でのテレビ中継が今から楽しみです。

地上波では入りませんが、CSのJスポーツでは全試合生中継ですから地元
函館ラサール高校の試合観戦出来ますね。

それにしても、今まで進学校として有名だった函館ラサールですが、最近は
スポーツも強い。野球でも函館地区を勝ち抜き全道大会に出場しているし、
他のスポーツでも代表権を勝ち取っています。

全国大会の健闘を祈ります!

では、また!

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台風18号は、ものすごい風と雨を伴い北海道に上陸し、南から北へと縦断して
行きました。

昨年に引き続き、今年も台風上陸。いままで台風は勢力も衰えて、せいぜい
温帯低気圧くらいだったのが、最近は力も強く被害を出すほどのパワフルな
ものが来ています。

台風の経験も少なく、備えもない北海道民にとっては驚きの台風一過でした。

通りは、街路樹のプラタナスの葉がたくさん落ちているし、真っ赤に色づき始めた
ナナカマドの実も。
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北海道の秋の木といえば、ナナカマド。まだ木の上には真っ赤な実をつけています。
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そんな台風が過ぎ去り秋晴れとなった今日、久しぶりに我が愛車のクロスバイクで、
フットボールパークへサイクリングしてみました。
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人工芝のサッカー場も兼ねるラグビー場2面とフットサル3面。

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さらに道路を挟んで向かい側には、天然芝とクレーのサッカー場2面、テニスコート5面が
備わる函館フットボールパーク。

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かなり広大な敷地を持つボール・パークですね。
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実は、ここ元々は函館北高校の校舎とグランドだったのです。
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1963年(昭和38年)4月に開校した北高校。函館市が建てた市立高校です。
市立としては戦中に建てられた東高校があり、2校目となった市立高校です。

当時は、子供の数も多く、進学率も上昇し高校の建設が叫ばれていたのでしょう。

1963年といえば、私が小学校5年生の時のことです。当時の15才は、1948年生まれ
だから団塊の世代、いわば戦後のベビー・ブームの時代です。

4年後の私が高校へ進学するころの高校進学率は70%で、当時の中学校の
クラスメートの進路を思い出すと、クラスの生徒は高校へ行く大半の生徒以外に、
集団就職で本州へ行く女の子や職業訓練校(通称、職訓)へ行く男子が数名いました。

クラスの人数は50名もいた時代です。

北高校は、44年間続き約1万人の卒業生を出しましたが、平成に入り子供の数が減少し
2007年(平成19年)に東高校と合併し、ついに閉校。

東高校と北高校が一つになって市立函館高校になっています。

パークの片隅に、閉校の記念碑が建てられていました。

ありがとう 北高」も文字が見えますね。横には校歌が。
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その北高校の全盛期はラグビーが強く、南北海道の代表として5度も全国大会である
大阪・花園へ出場しています。

それは、このフットボール・パークのクラブハウスの中を見学すると分かります。

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立派なクラブハウスの中に、優勝のトロフィーや全国大会出場のメモリアルがあるのです。
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とりわけ今は亡き井沢選手は、日本代表にも選ばれた名選手。

かつては、函館はラグビーが強かったのです。ラグビーだけではありません。
野球も、ハンドボールもサッカーも道内では最強だったのでした。が、札幌に
人口が集中すると、中学校で活躍した生徒が函館に残らず札幌に行くのです。

野球は、もう20年近く甲子園に行っていませんし、ラグビーは日本代表キャプテンの
リーチ・マイケルが卒業した札幌山の手高校が独占状態。

やっと2年前に函館ラサールが山の手に勝利し花園へ行きましたが・・・その時の様子は
blogに書いてあります。

この辺り、再開発が行われているのですね。

以前は、かなり古い平屋の市営住宅が立ち並んでいたのですが、そういえば
アントニオ猪木が出演した映画のロケが行われていた市営住宅です。

それが、今はすべて取り壊されて更地へ。そこで再開発されて新興住宅街や商業施設
などの大きな建物が建設中でした。
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ということで、数年前に建設された函館フットボールパークへ行ってきました。

風は少しあるけど、秋晴れの最高の天気です。気温も25度くらいで、少し汗ばむほど。

暑い!と感じることはないし、半袖・短パンでサイクリングするには最適な天候でした。

では、また!

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今日、9月16日土曜日。函館が誇る全国大会の一つである全国落語大学が明日と
2日間に渡り開かれましたので、見聞きしに行きました。

その前に、美味しいお蕎麦屋さんへランチしに行きます。

名を「喜の家(きのや)」といい、元々サラリーマンだったご主人は、蕎麦打ちの趣味が
高じて退職後店を構えた、まさに道楽の極みのお店。その証拠に、休みの日が毎週
水・木・日曜日と週に3回もあるのです。
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それにしても、立派な構えのお店ですね。
お店のコンセプトとして

蕎麦打つ人 食する人の 分かち合う
  よろこびの1日1麺


食べたのは、お勧めの海老天丼セットで1100円。
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とにかく蕎麦が美味しい上に加え、天丼も美味い!

蕎麦は、地元福島町の千軒で収穫されたものでしょうか?
雪蔵蕎麦といい、雪の冷気で玄蕎麦を保存し糖分を高めたソバ粉で、時期的には
6月初旬から9月中旬までだから、そろそろ終わりの蕎麦ですね。

営業時間が11:30からだから、時間前に行き一番乗り。そうでないと、4台しか
停めれない駐車場が満車になるからです。

案の定、席に着いて注文を待っている間に席は満席へ。
中には駐禁道路に駐車している車も。

14:30で営業終了ですが、蕎麦がなくなり次第店を閉めるそうで、昼過ぎの2時前
に終えることもあるとのこと。

美味しい蕎麦と天丼を食べて幸せでした。

その後、万代町の万年寺の2階で開かれる全国落語大学へ。

第27回ということは、平成2年の1991年からスタートしていますね。

姫路や越谷で開かれたこともあるが、ほとんど函館開催だそうで、地元函館や
渡島地方、さらには東京・関西からもアマチュア落語家が集まり、その腕を競って
います。
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まずは、全国落語大学学長の地元函館の落語家「東家 夢助」さん。

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何と77才になった夢助さん、いつまでも若々しいお声で15分間落語を聞かせて
もらいました。

続いて、地元津軽三味線の愛好グループである「川股三弦会」による民謡「ザ・津軽」。

2020年の東京オリンピックの開会式で、2000人による三味線弾きで日本文化を
披露する中に選ばれたそうです。凄いですね!

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続いて落語家は、最年少の高校一年生の桂仙吉君。
これで7回目だそうで、ということは小学校4年生から高座に出ている、まさに
天才落語家です。

話が上手く、とっても面白くて笑えました。
将来の「笑点」メンバーか?と云えるくらいの実力者でした。

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続いて八雲町の落語家「東家 きむち」さん。

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次は、埼玉県越谷市からお出での「夢見家 朝楽」さんの落語。

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ということで、午後3時過ぎに中入り。その後も17時過ぎまで続きますが、
今日はこれで失礼してきました。

明日は午前10時から始まり、最初に講談家として有名な「荒到 夢形」さんの
ペリー来航物語」があるので、明日も楽しみです。

これで、2日間通しで1000円、でも前売りは500円だったのでお得ですね。

では、また!

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9月も今日で半ばの15日。来週は秋分の日となり、昼と夜の時間が同じ。そしてだんだん
と冬に向かって日照時間が短くなっていきます。

さて、昨日のプロ野球。セ・リーグでは阪神が巨人と引き分けたのでカープの優勝は明後日
までお預けのM1。

パ・リーグでは、ホークスの優勝まで同じくM1。

いつもは地元北海道日本ハムファイターズを応援していますが、今年は残念ながら5位を
低迷しCSもほど遠い位置にいるため、2番目に好きなカープを応援することにしました。

だから、昨日はCSのガオラでファイターズを見つつ、BSNHK1で阪神・巨人戦の延長戦を見、
地上波NHKの広島・横浜戦の結果を見届けるという、かなり綱渡り的テレビ観戦をしていました。

そこで今日は、カープの優勝を祈り広島風お好み焼きを食べに行くことにしたわけです。

場所は、私の生活圏の湯川町2丁目。自転車で5分のところ。
店の名前は「お好み焼き105」。

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広島発となっているので、暖簾の色は赤。ご主人はカープファンですね。

11:30開店に合わせ入店し、ネギ焼きを注文。

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店名の「105」は、かつて就航していた函館から広島への直行便が100分かかって
いたことと、お店から函館空港まで5分を足して105にしたとのこと。

当然、広島でお好み焼きの修業したとのことで、ソースや魚粉などは広島から取り寄せ
ているというこだわりのお店です。
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熱くなった鉄板に、20cmくらいの丸いころも。その上にキャベツともやし。

さらに、豚肉などをのせて。
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驚くのは、その上にのせたネギ。
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今年で開店20年となるそうで、以前は青果店を営んでいたそうです。それを平成9年、
1997年に現在の大将のご両親が始めたといいます。

お父さんが亡くなった後は、お母さんとその息子さんと奥さんの三人で続けているとのこと。

カープの優勝を祈願して、美味しく食べました。

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学生時代の友人が広島出身で、その影響でカープファンとなりましたが、以前はご多分
にもれず巨人ファン。何せ巨人のテレビ中継しかない時代でしたから。

初めて優勝した古場監督時代の1970年代に彼の結婚式に合わせて広島市民球場
日本シリーズを観戦したことがありました。

山本浩二衣笠選手が活躍していましたね。

もちろん、札幌にファイターズが移転後は当然一番のファンになりましたよ。

でも、2番目はカープですね。
昨年の日本シリーズは、どちらも応援していてとっても面白いシリーズでしたが、やっぱり
地元ファイターズの日本一をお祝いしました!

ということで、今年はカープ頑張れ!ホークス倒して日本一へ!と応援します。

では、また!

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今日は、私が初めて可動式の太陽光発電システムを見たお話をします。


2016年4月と云えば今から1年5か月前のこと。実はこのブログでも「2016年春の旅」
として紹介していたのですが、その途中で「夏の旅」、「秋の旅」をリアルタイムで紹介
し、中途半端な形で終えていました。

2016年春の旅は東北の旅で、コースは三陸から福島浜通りを経て南会津へ、その後は
山形県へ。

JR只見線の各駅を巡り、米沢市からJR米坂線各駅巡り、さらにJR羽越本線を経て
鶴岡市・酒田市を通過して秋田県由利本荘市から由利高原鉄道各駅を見て、その後
内陸部へ入り国道13号線で湯沢市へ入ったところで、この可動式太陽光発電を発見
したのです。

(鶴岡駅で、朝察官から女子高校生盗撮犯と間違えられた話は、以前紹介したので
覚えている方もいることでしょう。)

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道路沿いにある太陽光発電のパネル。可動式とは、太陽の動きに合わせて同時に動く
太陽光発電のこと。

多くの太陽光発電のパネルは、家庭用だと屋根に架台の上にありますよね。
また、メガソーラーのパネルは、地上に数万枚のパネルを架台に並べていますね。

これは、効率よく太陽光をキャッチするため太陽の動きと一緒に動く発電システムなの
です。

DSCF5489




















以前本で読んだことがあり、年中太陽光発電が出来るアメリカ・カリフォルニア州、
アリゾナ州
の砂漠、エジプトなどに設置していることは知っていました。

でも、まさか日本にあるとは・・・!

もっともこの旅の後、2016年秋の旅で中国地方(最大の目的は2018年3月に廃止される
島根県江津市と広島県三次市を結ぶ三江線のすべての駅を見てくること)を旅しましたが、
多分(?)鳥取県を車で走行中に同じものを発見しましたが、これよりはだいぶ小振りのもの
でしたし、交通量が多く停めて写真を撮ることは出来ませんでした。

ですから、私のアルバムにある可動式太陽光発電はこれだけ。それで、今日は是非とも
紹介したく取り上げた次第なのです。

恐らく50KW以上ある大容量パネル

DSCF5490




















太陽の動きに合わせて、朝の東から夕方の西へ。そして季節に合わせて角度も変えて
6月はほとんど平らに近く、冬至の時は直角に近い位置までパネルは動くのです。

1枚目の写真を見ると、太陽の影がこの巨大パネルの真後ろにあることから理解
出来ますね。

すごいものを見せてもらいました。
と云っても、自分が勝手に写真撮影したものですけどね。

私の旅で大発見の、可動式の太陽光発電システム装置です。驚きです!

一体誰が造ったのでしょうか?費用も地面設置に比べると格段に高いはず。
屋根設置や地上設置型は、1KW当たりおよそ30万円ほど。今はもっと安くなって
きていますが、これはかなり値段はするし、動かすのに電気代もかかるはず。

私の家のは、屋根一体型で7.8KWで設置費用は230万円。でも、売電(1KW/H 38円)
していて、その費用で設備投資した費用(10年払い)を支払っているから実質費用ゼロ。

つまり、太陽が出ている時や薄曇りの時に発電した太陽光発電で、日中の電気代は
タダだし、年間の支払いは売電で相殺されているのです。

もっとも、冬は極端に発電量は少ないし(屋根に雪が着くとゼロ)、もちろん雨の日もゼロに
近い。逆に5月・6月はかなり発電して稼いでくれます。


でも、この可動式は豪雪地帯の秋田県内陸部の冬でも発電しそうですね。
冬は地上と直角に近い角度だから、雪は落ちるし晴れていれば十分発電してくれます。

夏至の頃は、朝4時から夕方7時まで1日15時間も発電しますよ。

でも、ペイ出来るのかな?設置費用がどのくらい要したのか知りたいですね。

ということで、では、また!

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今日9月10日は、手術を終えて22日間入院生活を送った病院を退院してから、
ちょうど一月目に当たります。

体の調子も日毎に良くなり、今日は朝から自転車レースである「ツール・ド・
ホッカイドウ」の最終日を応援・見学。

選手たちが通過する津軽海峡に面した国道278号線までママチャリに乗って
行きました。

早朝にスタートした一般参加(市民)のレーサーたちが、峠越えコースから戻ってきた
午前9:30ころ競輪場をスタートした98名のアスリートたちがものすごいスピードで
通過。

あっという間でした。時速45kmをオーバーし、先導する関係者のオートバイに付かず
離れず。サイレンを鳴らして交通規制するパトカーを追い越すかの勢いです。

10分前から待っていたのに、わずか数秒で通過して行きました。

ビックリするほどの速度で通りすぎてしまい、掛け声を出すゆとりもないくらい。

ホントに一瞬の出来事でした。


さて、今日は我が畑で収穫されたビーツに関して。

ビーツは地中海沿岸が原産とされる根菜で、砂糖の原料に使用される甜菜(てんさい)と
同じ仲間にあたる野菜の中ではかなり甘い部類に入ります。

まずは、今年6月に蒔いた種のパッケージから。
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赤い色をしたカブですね。正式な名前はデトロイト・ダークレッドという食用ビーツ。

種から育ち4ヶ月すると、ピンポン玉よりも大きなカブに成長します。

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となりのジャガイモ比較すると大きさは分かりますね。

大きいのになると、ソフトボール大になったものもありました。

茎と葉っぱは、軽く茹でてサンチュなどと共にサラダにして食べることが出来ますが
、ここではカブの方を食べます。

皮を剥いて、1個を10等分くらいの小ささにしてジューサーにかけます。
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左は、ジューサーから取り出したもの。100%ビーツですが、これだけだと野菜の渋味で苦い。

そこで、これにハチミツとレモンを入れて飲みやすくしたのがこれです。
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氷を入れて、少し冷やして飲むと美味しい。

まさしく「奇跡の野菜」、「飲む輸血」です。カリウム、ナトリウムが豊富にあるし、
ベタシニアンというポリフェノールの一種が含まれていてガンの予防にもなり、
また老化防止にもなるそうです。

なお、カブはキンピラにもして食べて美味しかったのですが、「食べる血液」とも
云われたり、「飲む点滴」とも称されるほどのもっとも栄養満点の野菜なのです。

ただし、飲んだ後トレイでご注意を!
オシッコが赤いのです。真っ赤ではないけど、薄い赤色の尿で血尿かと、間違えるほど。

それほど赤い色が出ますし、まな板で切っている時でも赤い汁が出て色が付きます。

まな板にも付くし、白いフキンにでも付いたら色落ちしません。それだけかなり強烈な色。

だから調理する際には注意が必要です。それがビーツなのです。

最後に、先月退院後に蒔いたベビーサラダのリーフ。
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わずか1mmくらいの粒みたいな種を蒔きましたが、8月下旬から9月上旬にかけての
好天に恵まれ、今が食べ頃。ここまで育ちました。
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長さは10cmくらい、8種類のベビーリーフがあり生で食べれます。

それが2000枚ほど育ったのです。我が家では、トマトなどととも毎日サラダとして毎日
テーブルに並んでいますし、友人たちにもお配りしています。

このあとも、ジャガイモを収穫した場所に第2陣として蒔いたので、11月ころまで収穫
出来そうです。

ということで、今日は栄養満点の「食べる輸血」のビーツジュースを取り上げました。

では、また!

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9月8日金曜日、快晴。今日はツール・ド・北海道の第1ステージ。函館競輪場からスタート
するので、早速チャリで応援しに朝から出掛けました。

自転車レースは、学生時代サイクル・ツーリング・クラブに入っていた時から関心があり、
ロードレーサーに乗っていました。

社会人時代は、トライアスロン競技に参加するため自転車レースにも参加し競技したことが
あったので、興味津々。家からママチャリで10分ほどの場所にある競輪場へと。

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1時間前には、このステージで各チームの紹介が行われていたんですね。
さすがに朝早くて間に合いませんでした。

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道路には、多くの報道陣が待ち構えているし、市民の応援もありますね。

函館市長はスターターとして駆けつけていました。
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今年のレースは、第31回目。海外の5チームを含め、全20チーム100名の選手が
参加しています。

本日の第一ステージは162kmで、函館市から北斗市、木古内町を経て峠を越えて
江差町へと日本海へ出てから厚沢部町へ。中山峠を越えて北斗市へ戻るという峠越え
のレース。

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各チームのサポートカーも勢揃い。
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3日間で行われ、2日目の明日は松前半島をぐるり、北斗市から木古内町、松前町を
通過し日本海を北上、上ノ国町から峠を越えて木古内町に戻り、北斗市がゴールの
185km。

いよいよ9時30分スタート。
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地元北海道大学や北海道選抜チームも出場します。

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100名の選手が一斉にスタートすると、あっという間に走り去って行きました。
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早い!早い!

応援グッズをもらったので、最終日の9月10日日曜日、9時30分競輪場スタートに
合わせ、持参することにします。
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最終日のゴールは、函館山山頂で普段自転車禁止の道路ですが、この日ばかりは
自転車天国。市民が参加できるレースもあります。

元気だったら走りたかったけど、半病人の今は応援するだけでも良しとしなければ。

ということで、久しぶりの函館開催となった国内最大級の自転車レースである
ツール・ド・ホッカイドウ」の開会式へ行って参りました。

天気良し、参加選手のレベル高く雰囲気最高!

では、また!

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9月に入り晴天が続いていて、8月の長雨と対照的な天候になっています。
8月は雨の日が多く、当然日照時間も少なく我が家の畑の農作物も被害を被りました。

トウモロコシは、昨年と違い短く細く実も半分で不作でした。それでも、ジャガイモやキュウリは
豊作で、毎日新鮮なものがテーブルに上がり美味しかったです。

さて、今日も朝から太陽が顔を出して、快晴。
そこで、自転車で20分くらいの場所にある香雪園へと向かいました。

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ほとんど平坦な道なので体には負担はなく、ゆっくりとペダルを踏んで到着。

広い公園は、濃い緑に覆われていて森林浴にはもってこい。白樺林を歩いて行きます。
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歩くスピードは、遅くゆっくり。まだ手術の傷口が痛いので、のんびりと。途中のベンチで
休みながらの散歩。

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紅葉が始まるのは11月初め頃で、今は緑色の真っ盛り。

いつも紅葉が素晴らしい楓の木々の辺りも、緑一色。エゾリスがいないかな?と探すが
見当たらず。
まだ餌を蓄える必要がないのかな?
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それでも、秋の花であるコスモスは満開。
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奥に見えるのは、温室です。
ここは、戦前の豪商岩船家の別荘った場所。
広い庭園は、手入れされていて歩きやすい。

平日だったど、天候に恵まれたせいかウォーキングしている方もチラホラ。

観光客も何人かおりました。本州だと、これだけの庭園は有料化されているでしょうが、
ここは無料。だからか、観光バスも乗り付けるほどの人気ぶり。
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5月は桜が満開になる広場は、芝刈りが行われていました。
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9月は市内の幼稚園などの運動会や遠足があるから、芝を揃えておくのでしょうね。

そこで、今まで気がつかなかったものを発見しました。

何と「日朝友好の碑」。
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裏側を覗いたら、「1959年に函館から帰国した在日朝鮮人たちとの永遠の友好を
願う心から桜の木を植えた」とのこと。

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この当時は、まだ北朝鮮と少しは友好ムードがあったのでしょうね。今では考えられ
ないことです。

今は北朝鮮は日本に対して戦争を仕掛けようとしているのか、先日も北海道の真上を
北朝鮮のミサイルが飛んで行きましたね。

半世紀前は、こんな友好の石碑が建てられるほどだったとは・・・。


ゆっくりと30分くらいは歩いたでしょうか。
途中の池では、カモが休んでいました。トンボとカモのワンショット。
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カモは寝るとき目を瞑るんですね。瞼を閉じて休んでいますが、時々カラスの鳴き声
などあったときは目を開きます。

じっくりとカモを観察してい気がつきました。
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ということで、私の体は少しずつ回復しています。
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帰りも20分ほどで家に戻りましたので、1時間少々のポタリングとウォーキング。

歩いた距離は1kmくらいか?途中休憩も入れて、ゆっくり、のんびりと歩きました。

今はそのくらいが限界。それ以上だと体に無理がかかりそうで、怖い。

少しずつ元気を取り戻しています。

では、また!

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入院していた時のことです。9時間を費やした心臓手術が成功し、その後3日間は
正常値だった心臓でした。

ところが、その後不整脈が出て投薬と24時間の点滴を3日間続けましたが、良くならず。

そこで、最終手段として電気ショックを行いました。
その結果、不整脈はなくなり心拍数は60前後に落ち着き、予定よりも早く退院が出来ました。

ただ、その電気ショックの時のことです。
5分間のみの全身麻酔をしましたが、その麻酔が解ける直前に、私は宇宙服を着て宇宙を
遊泳していたのです。眼下に青い地球を見ながら・・・。

そのことは、入院中のblogに書きましたので覚えている方もお出ででしょう。

退院前日、よくコメントを寄越して頂いているクロスツブさんがお見舞いに来てくれて、
その後本を送ってもらいました。

その本の名は「転生と地球 価値観の転換へのメッセージ」。著者は高木善之さん。

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彼は交通事故で九死に一生を得ましたが、その入院先で臨死体験をします。

地球が・・・
苦しみが無くなり、なめらかに上昇し始めた。偉大に高度が増し、目の前の風景が
遠くなる。河原の両岸が寄ってきて狭まり小さくなる。両側の森も寄ってきて狭まり
小さくなる。

山々も集まってきて小さくなり、やがて四国が見えて小さくなる。日本が小さくなり、
そしてついに目の前に地球が現れる!

これが地球なんだ・・・これが僕が生きた地球なんだ・・・


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まさしく自分が全身麻酔から目覚める寸前に見えた光景がこれです。

私は、宇宙を漂いながら青い地球を見ていたのです。

これって、臨死体験そのものではないでしょうか?

よく天国は、きれいなお花畑だと云われていますが、天国へ到達する前の段階で
宇宙を漂っていた自分。

まだ、地球でやり残していることがあるだろう、と戻されたのだと思います。

本当に不思議な体験だった入院中の出来事、宇宙を遊泳している自分のことは、
今でも鮮明に覚えています。

クロスツブさん、「転生と地球」の本ありがとうございました。

読み終えてしばらく経ちましたが、もう一度読み直してみると、自分とダブることが
あったのです。

そして、その体験で自分は変化したはず、と思います。

それは、少なくとも「生きていることの素晴らしさ」を感じたこと。
普段何気ないことでも、幸せを感じるようになったこと。

例えば、歩くことだけでもうれしい!と感じたり、花を見て美しいと思ったり、畑の野菜の成長を感じたり。

生きてるだけでうれしいな!と。

まだ以前のように動けませんが、外を歩いたり花いじりや畑仕事は出来ます。

敏感に自然を肌で感じることが出来るようになった、気がします。

生きていることは素晴らしいことです。

そんなことを感じています。

では、また!

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今日から9月。秋晴れの日となった9月最初の日、退院後初めて自転車に
乗って遠出しました。

図書館に本を返しに行くのも兼ねて、五稜郭公園まで片道3.5km、往復7km
のポタリング。
サイクリングまでいかないゆっくり、のんびりの自転車乗りです。

東京以西では、今日から二学期の始業式で授業も始まるのでしょうけど、東北や
北海道では既に二学期はスタートしています。

日中はまだ残暑が残っていて暑い日もありますが、朝夕は冷え込んでいて夜寝る
ときは窓を閉めて寝ていますし、タオルケット1枚だった真夏も、今は薄い夏仕様の
羽毛布団で寝ています。

乾いた涼しい風は、完全に秋の風。
アウトドアのスポーツには最適の季節でしょう。遠くまでサイクリングしたいな!

それでは、秋晴れの五稜郭公園へ。
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桜の木の間から写しました。5月ゴールデンウイーク辺りは満開の桜で、芝生の上では
お花見客でいっぱいになりますが、さすがに今はいませんね。
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平日にも関わらず、ウォーキングしたりジョギングする人も。正門では観光客の姿が
見られるのはいつものこと。団体さんも来ていましたね。




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まさに秋晴れの日です。

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距離にしたらわずか7kmくらいの自転車でしたが、今の自分にとってはとっても
幸せなこと。何気ないことでも、動けることに幸せを感じます。

生きている!と実感した1時間でした。

こうして少しずつ回復していけば、来年春には体力はついてくるかな?

函館山にも登りたいし、一泊の車中泊の旅にもチャレンジしたいな!と。

でも、のんびり・ゆっくりとリハビリしていきます。

堀の裏側を見たら、芸術ホールと美術館が見えました。そういえば、しばらく
コンサートとか絵を鑑賞していないな。

元気になったら、出掛けてみたいな。
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ということで、久しぶりの自転車遠出でした。

手術から一月以上が経過して、少しずつ動けるようになってきました。嬉しいです。

では、また!


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