函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2017年11月

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冬になって畑仕事が出来ず、日中の時間をもてあそぶようになったと書きましたが、
有効な時間活用法が見つかりました。

それは、我が家から歩いて5分もかからない場所にある函館アリーナ・トレーニング
室で体を鍛えるということです。

来年の「ぼうけんの旅」をスタートさせるにあたって、今年二度の入院・手術で衰えた
体を再び旅する体に戻す!という意味も込めて、先週から週3回ペースで通っています。

鍛える方法は、有酸素運動筋トレ

それでは、本日も行ったので紹介いたします。

まずは、函館アリーナの外観から。
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こちらは、大アリーナでガラス面のランニングコースは一周260mあります。

一方、小アリーナ
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こちらが小アリーナで、2階にトレーニング室があります。

この日は、1日中真冬日のとっても寒い日で、天気も悪くあいにくの暗い曇り空
ゆえ写真写りも悪いですね。

大と小の中間が出入り口。
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今年65才の前期高齢者となったので、市の施設は料金が半額で、トレーニング室も
通常400円が200円に。これはお得です。

月間パスもありますが、月に10回から15回ほど行く予定なので11回の回数券2000円を
購入。
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右下緑のカードに、函館市長の文字と公の施設利用は半額と書かれていますね。
右上の白いカードが函館アリーナ・トレーニング室利用証。
左が回数券。

まずアリーナに入ると、ミニ資料館があって展示物があります。

函館アリーナのこけら落としは、函館出身のロックバンドのGLAY。
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まるでビートルズみたい。
北海道新幹線開業の前年の一昨年夏にオープン第1号として2日間にわたり
コンサートが開催されました。
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全国からファンが集い、湯川周辺はものすごい人だかりで、中にはチケットが
ないため入場出来ない方も大勢いて、人であふれかえっていましたね。
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4年前は、函館湾の人工島である緑の島でGLAYの野外コンサートが開かれ、
何と5万人が集まりました。

これは、すごい数字ですよ。年に一度のファイターズの野球試合の観客よりも、
はるかに多い数字ですから。

小田和正さんも来ていたんですね。
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北海道といえば、室内スポーツはバスケットのBリーグ1部の強豪レバンガ北海道
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私も応援に行きましたよ。
それとフットサルのエスポラーダ北海道
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外でやるサッカーでは、千代台にある陸上競技場で北海道コンサドーレ札幌
試合を応援したことがありますが、室内のフットサルは初めて観戦しました。

大相撲も巡業に来ていたんですね。
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この時は、横綱日馬富士関も来ていたんですね。

さて、トーレニング室へ。
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この中ですが、内部は撮影禁止。午前9時オープンとともに行きましたが、
もう既に数名がいましたし、時間とともにどんどん増えていきました。

私のメニューです。
まずは、ストレッチ10分。エアロバイク20分は、負荷60kで回転数1分間に80回転。
これで、ケーキ1個分の消費カロリー。

それを3回繰り返し。その間にランニングマシーンで、1時間6kmペースの少し早めの
ウォーキングを30分。
それぞれ目の前にテレビが備え付けられていて、BSの番組を見ながら汗をかいています。

筋トレの器械を使い体の各部を30分。
最後は、軽くランニング。
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いつもは、大アリーナの260mコースを走るのですが、今日は高体連バトミントン
大会のため、一般は使用禁止。

そのため小アリーナの1周130mコースを走りました。
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体育館の中では、卓球を楽しむ高齢者の方たちがおりました。やっぱり、午前中は
高齢者が多いですね。

夜になると、学生たちや働いている人たちが来るのでしょうね。
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ということで、2時間30分みっちりとトレーニング。心地よい汗をかいて帰路へ。

シャワー室もありますが、冬はダメ。風邪を引きそう。
もちろん寒いので毛糸の帽子、手袋、ダウンの上着を着込んで家に帰りました。

3月までは週3回くらいは通って鍛えたいです。4ヶ月間真面目に取り組めば、
少しは元通りに戻れるかな?
今はトレーニング室で、指導員の方から色々な器具のやり方を教わり、それが
楽しみでもあります。

では、また!

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昨日の11月26日、日曜日は午後から雪が降りだし気温も下がり、4時を過ぎて日が暮れてからは氷点下へ。

そんな悪天候の中、道南リングカツオプロレスが7月以来4か月ぶりに開催されました。
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場所は、いつもの亀田福祉センター。
午後5時開場、6時試合開始、天候不順にも関わらず、大勢の入場者がいて狭い会場はほぼ満員。

その数、およそ300くらいか?準備不足の中での開催でしたが、よく入りました。
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第一試合は、千葉県からやって来た海援隊道場の洞口善浩選手。黒の革パンツを履いた選手です。

対戦相手は、山本裕次郎選手。
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基本に忠実なプレーで、手に汗握る攻防の末、洞口選手の勝利でした。

外はマイナス気温でとっても寒かったですが、初戦から会場はベリーホット!熱い闘いが繰り広げられました。

第2試合は3人で闘うもので、これはお笑いありの楽しい試合。
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上下赤いコスチュームを纏った選手は正体不明。もう一人のマスクマンは大阪プロレスのタコヤキーダー選手。

もう一人は、北都プロレス所属のイケメンレスラー池田昌樹選手。

観客を笑いの渦にさせる楽しい試合の中にも、プロフェッショナルな選手たちの技とパワーを見せて、これまた盛り上がりました。

第2試合終了後はハーフタイム。
空手教室のちびっこたちによる演舞が披露。
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女の子もいて、可愛らしい❗
チョップや蹴りでの板割り、肘打ちや頭突き、回し蹴りでの板割りなどを披露してくれました。

子供たちのお母さんらは、スマホでバチバチ撮影。黄色い声も飛び交って、まるで運動会の声援みたい。

子供たちの後は、大人の選手による試合形式による実戦。
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続いて第3試合。地元函館出身で期待される大型新人選手で、海外で経験を積んで帰国した柴田崇選手VS登別在住のヘビー級選手、プロレス歴20年以上のベテラン選手の斗猛矢(ともや)選手。
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激しいバチバチした試合展開で、痛みを感じる。チョップ合戦で両者の胸は真っ赤!うっすらと血も流れてくるほどで、両者に大きな声援が飛びます。

地元出身だけに、柴田選手の応援団が大きな声を出していましたが、斗猛矢選手が柴田選手の技をすべて受けきり、最後はベテランの意地を見せ勝利。

試合終了後はノーサイド。会場からは両者に大きな拍手と声援が送られました。[画像:0790077a-s.jpg]
新人のスピード溢れる試合展開に対し、スキルとパワーに勝るベテランらしい闘いで、ワクワクする素晴らしい試合でした。

二人ともあっぱれ!あっぱれ!

メインイベントは時間無制限のタッグマッチ。
青コーナーは、コーナーポストに長時間逆立ち出来るペールワン小仲選手。顔と上半身に白いペイントをしていますね。
パートナーは、ヘビー級なのに宙返りをする身軽な石切選手。

対する赤コーナーは、アルテメット・スパイダーJr選手と地元のヒーロー・カツオ選手。
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右端、青コーナーのポストで逆立ちしているペールワン小仲選手がいますね。

この人、とっても変人です。時々奇声を発し、観客席に乗り込みます。女性は要注意!たまにはセクハラ紛いの行為も。イエローカードもんです!
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最後は、カツオ選手が大声援の中でパワーボムでペールワン小仲選手に勝利!
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ローカルなプロレスですが地元密着型で、地元では新聞始ラジオなどで知られており、熱心なファンが集まりました。

寒くて外出するのが億劫になる季節ですが、こんな面白いイベントがあると、外は吹雪いていても応援しに来ますよね。

というわけで、昨夜の道南リング、カツオのプロレス楽しかったです。

では、また!

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昨日は大雪、何と降雪量は26cmを記録。市民は除雪に汗を流していました。
新聞によると、今月1日からの累積積雪量は43cmで、これは平年値の3.3倍だ
そうで、過去1983年、1981年以来とのこと。
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ここ数年は、雪も少なく12月でも自転車に乗れたことがありましたが、今年は
11月中旬整備して物置に収納、自転車は無理、いや歩くのも難儀するほどです。

積雪は、昨日の段階で道内では倶知安の45cmに次いで2番目。小樽や札幌よりも
多いのです。まったく参りました。
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さて、今日紹介するのは、「胃袋の宣教師」と呼ばれたドイツ人食肉マイスター
カールレイモン(1994~1987)さん。

皆さんは、ハム・ソーセージと云えば、日本ハムを真っ先に思い浮かべますね。
もちろん北海道では、ファイターズのスポンサー企業ですから当然です。

他には丸大ハム伊藤ハムなどですかね。
今日は、函館で古くから愛されているカールレイモンのハム・ソーセージを紹介
したいと思います。

彼の工場で生産されたハム・ソーセージは、ここ元町の大三坂と二十間坂の間にある
お店で販売されています。
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工場は、市内東部の鈴蘭が丘の工業団地内にあり工場見学(無料)も可能です。
ここは、昔彼の住居(右となりの建物です)もあった場所ですので、いわば
発祥の地。
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1894年に、当時ハプスブルグ家のオーストリア・ハンガリー帝国内ボヘミア王国
の都市カルルスバード(現在のチェコのカルロヴィ・ヴァリ)にて誕生。
父親は食肉加工職人で、14歳で家業を継ぎます。

欧米で修行し、アメリカから母国へ帰る途中で日本に立ち寄り、当時外国人が
生活しやすい門戸開放した町であった函館で、ある女性と出会います。

名を勝田コウさんといいました。28歳で彼女と結婚し、函館でハム・ソーセージの
店と小さな工場を1924年に開業。

大正13年という時代は、ハム・ソーセージを食べる習慣がなく、新しいもの好きの
函館市民も食べなかったといいます。

それでも函館に住む外国人の間で評判が広がり、たまたま函館に寄港したドイツ
軍艦から大量に注文があったことで大きな利益を生み、工場建設となったのです。

1935年、41歳の時に長女フランチェスカさん誕生。

しかし、4年後の1939年から始まった第二次世界大戦中では同盟国ドイツ人なのに、
外国人というだけで迫害を受け操業停止処分となります。

戦後再び生産を開始し、その味は函館だけではなく道内、全国に広まり、その味は
絶品で数々の賞をいただいています。
1974年には西ドイツ大統領からも勲章を受けています。

1987年末に脳梗塞で死去。93歳でした。

となりの旧宅です。
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奥様となられた勝田コウさんは、当時の函館における大きな温泉旅館である
勝田旅館の娘さんで、恋に落ちますがコウさんは1901年(明治34年)生まれで、
出会ったときは21歳。カールレイモンさんは28歳でした。

いくら国際色豊かな港町函館でも当時は国際結婚はほとんどなく、当然コウさん
の家族は大反対。
しかし、恋に落ちた二人は駆け落ちしてドイツへ行き、そこで2年間生活します。

その後函館の親は二人を許し、1924年に函館へ戻りお店を開いたのは先に紹介した
通りです。
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1930年(昭和5年)に建てられていますね。ここで生活したのは1937年(昭和12年)
からです。
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こうやって調べてみたら、カールレイモンさん、これまたすごい人生ですね。
まさに情熱の人です! あっぱれ! あっぱれ!

函館市の大きな功労者の一人です。

その日の帰り、旧東川小学校跡地へ。
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沿革を読むと、1936年(昭和11年)に東北・北海道随一の校舎完成と
あります。卒業生は11059名、65年の伝統と。

残念ながら2001年に閉校し、となりの大森小学校と統合しあさひ小学校と名を
変えて旧大森小学校の敷地に新しい小学校が誕生しています。
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敷地は、現在市営住宅へ。
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ということで、今日はカールレイモンさんの偉大さを学びました。
めでたしめでたし。

では、また!

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今日のスタートは、プロテスタントの教会である日本キリスト教団函館教会から。

旧教のカトリックは、それこそ1549年にスペイン人フランシスコ・ザビエルが鹿児島
に上陸し、日本で最初のキリスト教の伝道活動をしたことは歴史上有名な出来事です
が、新教のプロテスタントは明治維新以後のこと。

1873年(明治6年)に、やっとキリスト教の禁止が解け伝道活動が許可された時代、
翌年にアメリカのメソジスト派の宣教師M・C・ハリスが始めたがここの教会です。


当時は、まだ欧米人やキリスト教に対し偏見があった時代で、ドイツ領事ハーバーが
殺害された事件も起きていました。

ハリスは、知人が護身用にピストルを与えたところ、「武器を持つのは恥だ」として
海に捨てた、という逸話も残っています。

ハリス夫人はカロライン・ライト・モメモリアル女学校を開き、これがのちの遺愛
女学院となっていくのだから、御夫婦そろって函館に足跡を残していった功労者。
偉い!拍手です!!
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もっともこの建物は、何度もの大火で焼失した後の1931年(昭和6年)に鉄筋
コンクリートで再建されたもの。
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プロテスタント教会としては日本で3番目に、メソジスト派教会としては横浜に次いで
2番目の教会として、1877年(明治10年)に建設されました。
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第二次世界大戦中に、日本基督教団に合併され現在の名となっています。
それにしても、幕末から明治維新後にかけては内外から函館にやって来てますね。

一旗揚げようと目論む商売人や、伝道活動をする宗教活動家など日本人だけでは
なく海外からもやって来ました。それだけ開拓する魅力のある土地だったのです。

教会の向かい側にも蔵がありました。
この通りを歩くだけで、一体いくつ発見したことでしょうか?
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教会からすぐの坂が、「日本の道100選」の大三坂
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坂の上には、元町カトリック教会やハリストス正教会、聖ヨハネ教会がある
雰囲気のある石畳の坂。
「日本の道100選」の記念碑もありました。
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ここの坂を登ります。
道の両側には、伝統的建造物が並びます。

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歩いているだけで、ほのぼのさせる道で癒されますね。
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隣の三角屋根は、ハムで有名なお店カールレイモンですが、これに関しては次回に
お伝えします。
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ということで!
では、また!

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今日は、11月23日木曜日、勤労感謝の日で祝日です。働いている時は旗日で
仕事が休みとなって嬉しかったのですが、退職して毎日が日曜日となると、
曜日の感覚がなくなり、どうも世間の動きと合わなくなります。

だからか、日曜日に関係なく朝起きる時間は、一週間通してほとんど同じ時間。
それに、畑仕事が出来た10月までは朝から昼までは労働したな!と感じる汗を
かきましたが、11月以降の冬の季節は畑も店仕舞いし、やることがありません。

旅に出たいのですが、まだ手術後4か月しか経過してなく、それに今の季節は寒すぎ
ます。
一応、冬の期間は晴耕雨読の読書に力を置いて図書館から本を借りてきていますが、
本を読むだけに1日の大半を過ごすのはしんどいです。

明日は、何かをしなければ!と若干焦りを感じつつ、長い冬の1日の過ごし方を
考えています。

さて、14回目の今回は、弥生小学校の横通りを南西へ向かって歩きます。通りの名前は
弥生小学校までは「弁天末広通り」と地図には書かれていますが、小学校からさらに
南西の通りには名はありません。

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でも、地図を見ると函館湾に近い一番北西側の魚見坂から函館山山麓をトラヴァース
して市電谷地頭終点までの電車通りまで伸びているのが、今歩いている通りで交通量も
結構あるし、すべての坂との交差点には信号もあります。

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中華会館からさらに南西へ歩くと、また蔵が。
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歩くと蔵にぶつかるほど。少し歩いただけでも、もう10いくつも発見!
広い公園と駐車場は、市立函館病院跡地でたくさんの観光客を乗せた大型バスの
駐車場です。
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公会堂が見えますね。ズームして見ましょう。
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元町公園と公会堂は、函館山をバックに絵になりますね。

この家は、蔵を部屋へと改造した造りでしょうね。
格子窓は、北海道の家としては珍しい造りです。
トタン屋根には、雪止めが付いているのが分かります。
人が歩く通りに、雪が落ちないようにいているからです。
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基坂との交差点には、素敵な洋風建築物が出来てました。
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さらに歩くと、食事も出来る喫茶店の「グリーンゲイブルズ」。
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文字通り緑色の屋根。ゲイブルズとは切妻屋根の家のことですが、「赤毛のアン」の
アンが生活したカナダ・プリンスエドワード島のカスバート家の屋号ですね。

世界中で読まれている児童文学の「赤毛のアン」は、1908年にカナダの作家L・M・
モンゴメリーが発表した長編小説。

その場所は、カナダ西海岸・北大西洋セントローレンス湾のプリンスエドワード島で
函館の姉妹都市であるノヴァスコシア州の州都であるハリファックスにも近い。
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ツタで覆われた2階の屋根と壁。玄関はバラで囲まれていて、とっても素敵な建物
です。

店内は、ヨーロッパ風アンティーク家具があって、とっても落ち着いた雰囲気。
若い女性向きのお店です。ケーキ、パイ、パンはホームメイドで美味しいですよ!

さらに歩くと、和洋折衷の建物があり、そのとなりは以前紹介した築100年日下部家
伝統的建築物です。
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手前の建物は、確か宿泊施設で旅籠となっていました。
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日下部家にも蔵がありましたね。
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表札を見たら、どちらも日下部と書かれていて現在も使用されている建物。
出来たのは、1918年(大正7年)というから、まさに来年で築100年です。

木造2階建てですが、蔵は鉄筋コンクリート造りだそうです。
日和坂を下りた角地にあります。
ピンク色の建物は、昭和7年築。

今度は、日和坂を登って以前紹介した高橋病院天使寮へ。
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ホントにカッコイイ建物ですね。
さらに登って、前回写真を載せれなかった相馬邸正面。
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新潟県出身で幕末箱館で財を成した豪商、相馬哲平の邸宅です。
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明日は、再び日和坂を下り歴史あるプロテスタント教会を見ることにします。

どうやら、大谷翔平選手はニューヨーク・ヤンキース入りか?そして明日は
2018年度のファイターズ新人紹介で清宮幸太郎らが登場します。

来年のファイターズは期待が持てそう! メジャーリーグも見る機会が増えそう!

では、また!

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昨日までの寒波で、道北の幌加内町では60cm以上も積雪があり、11月にしては
驚きの雪が降りました。
今日11月22日は、一転雨模様で積もった雪が溶けだしべちゃべちゃ状態になること
でしょう。函館では10cm近く積もった雪も、昨日から溶け出してほとんど積雪なし
になっていて、生暖かい風が吹いています。

どちらにしても、もう真冬に突入した北海道です。

さて、13回目となった西部地区散策の今日は、東坂からさらに北へ進み、弥生坂
下ることにします。
坂の途中で、また蔵を発見!
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イギリス積みのレンガで出来た蔵で、見た目は重層です。ほとんどが個人の所有で
敷地内にありますね。何に利用しているのでしょうか?

多分、想像ですが幕末・明治時代のご先祖様の財産を保管しているのかな?
何が入っているのでしょうね?

西部地区には100以上もの蔵があるそうですよ。すごいですね!

しばらく下ると、バス通りに出てその角にあるのが弥生小学校
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1882年(明治15年)に創建されますが、校舎は何度も大火で焼失、1934年
(昭和9年)死者2166名を出した函館大火の後の1938年(昭和13年)に鉄筋
コンクリート造りの耐火建築で再建されます。

その校舎も老朽化のため2010年(平成22年)に解体され、2年後の2012年に旧校舎
の外壁を一部利用して再再建しています。

実に135年の歴史ある北海道では、一番古い学校の一つです。

校舎の前に「旧寺町界隈」の説明板が。
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もともとは、浄玄(じょうげん)寺、称名(しょうみょう)寺、実行じつぎょう)寺
が並び、寺町となっていたのですが、1879年(明治12年)の大火で焼失し、移転。

そのお寺が並んでいた土地に、弥生小学校が建設されることになったのです。
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4階建ての立派な校舎ですね。
道路沿いの前庭にはいくつもの碑があり、例えばここは「北海道警察発祥の地
とか。
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1876年(明治9年)に、明治天皇が巡幸した地であるとか。
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早い時期に、明治天皇は北海道へやって来られたのですね。
1869年(明治2年)に、蝦夷地を北海道へ改名してから7年後のこの年にはやっと
廃刀令があり、お侍さんの時代に幕が降りるのです。

翌1877年(明治10年)には、維新後国内最大の内戦である西南戦争があり、明治維新
の立役者の一人である西郷隆盛が自刃していますね。

旧アメリカ領事館の跡でもあったのですね。
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それは、先に紹介した寺町時代の浄玄寺に1857年(幕末の安政4年)に初代アメリカ
領事館が置かれ、実行寺にはロシア領事館、称名寺にはフランス領事館を兼ねた
イギリス領事館が置かれていたのです。

アメリカは、何せ1854年ペリーが強引に日米和親条約を締結し、下田と箱館を開港
させ、同年に箱館にも寄港していますから当然領事館を開く理由がありますよね。

ロシア・イギリス・フランスも遅れずに領事館を建てたのです。

向かい側にあった元町ホテル。
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ここの蔵は、スペシャル・ルームで、実はここは新選組の屯所跡地でもあります。
屯所とは、兵士などが詰めている場所で、きっと土方歳三らがここで待機していた
のでしょうね。
そのとなりにも蔵があって、何と薬局になっています。なぜなら、となりは歯科
だからですね。
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弥生小学校の斜め向かい側にあるのが中華会館
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現在は、老朽化のため開館していませんが、かつては一般公開していました。
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函館には、横浜・長崎・神戸といった幕末開港した港町につきものの中華街が
ありませんが、幕末以後中国人商人たちはやって来てます。

その彼らが建てたもので、1910年(明治43年)12月に完成ています。
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三国志に登場する関羽を祀っているのは、さすがに商売の神様だからですね。
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当然、ここは国の登録有形文化財に指定されていました。

明治期の中華会館としては、神戸や横浜では焼失しているため函館のが国内唯一の
建築物で、外観を見るだけでも素晴らしいものがあります。

以前内部を見学したことがありましたが、それはそれは豪華絢爛で派手好みの華僑たち
のコレクションが、これ見よがしに展示されていました。

確か、関羽はそろばんを手にしていた、と記憶しています。かなり昔のことですが…。

では、また!

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昨日の雪に続いて、今朝はさらに雪が積もり10cmくらいはあったのでしょうか?
さすがに、今朝は雪かきをしました。家の周りと道路を含めて、時間にすれば20分
くらいでしょうか、いい運動になりました。

もっとも風は冷たく、冷え冷えとしたお天気で空気を吸い込むと肺が痛むような寒さで、
だから手術して間もない心臓に悪いので、無理しない程度にしたつもりです。

函館はまだいい方で、朝刊の北海道新聞を見ると札幌は27cm、稚内は34cmもあります。

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午後になっても、吹雪いておりいつまで続くのやら?今年は雪が多いのかな?

さて、12回目となった西部地区散策。今日は東坂を登ります。
その前に、ハリストス正教会の隣にある遺愛幼稚園の裏側から。
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車も通れないほどの狭い坂道へ出ると、北側に位置するのが遺愛幼稚園です。
紹介はすでにしていますが、建物は立派な洋風です。

コンクリート製の集合煙突が2本も立っていますね。

坂を下りて八幡坂へ。
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高所作業車で取り付けているのは、12月1日から始まるクリスマス・ファンタジー
イルミネーションです。飾りつけをしていますね。その数5台で一斉に取り付けて
います。

4階建ての建物の看板「国立ロシア極東大学」は、青白赤の横じまですが、ロシア
国旗は本来上から白・青・赤3色旗
文字を入れるために、白を真ん中にもってきたのかな?

旧ソ連の崩壊に伴い、帝政ロシア時代の国旗が復活。白は高貴と率直を意味し、
青は名誉と純潔性赤は愛と勇気を示すものだそうです。

さらに横道を歩き、公会堂を横切り高級住宅街の横道へと。
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海抜50mくらいのこの辺りの家からは、函館湾で打ち上げられる花火が家の中から
眺められ、羨ましい環境です。
毎年8月1日の港祭り初日を祝す大花火大会、12月1日から毎日打ち上げられる
クリスマス・ファンタジーの花火など家に居ながら見れますね。

その先にあるのが東(あずま)坂。
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もともとは、ひがしの坂と呼んでいて当然西の坂もあったが、明治12年の大火後
で1本になったそうです。

山側を見ると、立派な洋館がありますね。ズームして見ましょう。
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素敵な家ですね。よーく見ると、左側に階段がずーっと続いていますね。
この階段を登るつもりです。

坂の下を見ると、啄木が教鞭をとった弥生小学校の校舎があります。
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横を見ると、市営(道営だったかな?)住宅がありますが、とてもモダンな
建築物に見えますね。家賃はどのくらいなのだろう?
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坂を登り、階段に取り付き振り返ると。
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函館湾の埋め立て地である緑の島が見え、はるか遠くに五稜郭タワーも見えますね。
桟橋には、青函連絡船だった摩周丸が横付けされています。

さらに登って行って北側を見ると、函館どつくの造船会社が。
道南最高峰の横津岳駒ケ岳は雲に隠れていて見えませんね。
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北の函館湾と南の津軽海峡側の細い間は、わずか1kmほどしかありません。
南側を見ましょう。
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その一番狭い通りを「1km通り」というほどですから。
遠くに霞んでいますが、戸井地区がある亀田半島が見えますが、恵山は見えず。

階段が尽きたあたりで、民家の横を通り抜けて坂道を下ると公会堂の横へ出ます。
DSCF7613



















この間、約50m登って50m降りてと急坂をアップダウン。
この日も台湾の観光客が大勢来ていました。

紅葉を見て大はしゃぎ。
元町公園のとなり、元市立函館病院の跡地の公園では、まるでモデル気取りの
観光客がいて、写真撮影。
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枯葉が落ちる中で、寝そべってパチリ。何枚も撮影していましたね。
台湾あたりだと、常緑広葉樹が多く紅葉することもないし、葉が落ちることも
ないですからね。芝生も青々していて、この日は思わず寝そべってしまいたく
なるほどの暖かさでした。

ということで、2週間前の11月7日はあったかい日和だったのです。
それが、昨日・今日はまさしく真冬の天気で、外は真っ白の銀世界。

台湾や中国の南部から来ている観光客は、これまた大喜びでしょう。
雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりしているのかな?

12月からは、クリスマス・ファンタジーで彩られた冬の西部地区を散策すること
にして、それまで秋編をお伝えします。

では、また!


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朝起きたら、辺り一面真っ白。
時間と共に吹雪へ!

道路も真っ白で、ついに銀世界へとなりました。

[画像:25872d82-s.jpg]

我が家の前の道路も雪化粧し、直前に通過した車の轍だけが残っています。

ついに、冬の季節へ突入です。気温も氷点下です。
止むことのない雪がしんしんと降っている函館でした。

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昨日紹介した英国聖公会、いわゆるイギリス国教会のことですが、そのキリスト教会
が上から見て十字の形をした聖ヨハネ教会でした。

チャチャ登りという名の坂道を挟んでとなり、方向でいうと北側にあるのが本日紹介
するロシア正教の教会であるハリストス正教会です。

ハリストスとは、ギリシア語でキリストを意味し、キリスト教の3大宗派である正教会
の教会です。因みに、キリスト教の3大宗派とは、本家本元、多数派のカトリック
(旧教)、16世紀の宗教改革で誕生したプロテスタント(新教)、と4世紀末に分裂
したローマ帝国の東ローマ帝国(ビザンツ帝国)で誕生した正教会です。

どうして、カトリックと分離したのか?
4世紀末、約400年続いた世界帝国でもあるローマ帝国が東西に分裂し、その東ローマ
帝国は首都をビザンティウム(その後のコンスタンティノープル、現在のトルコ最大
の都市であるイスタンブール)に定めます。

それで、東ローマ帝国のことをビザンツ帝国といいますが、6世紀に全盛時代を迎え
ます。
その時の皇帝ユスティニアヌス1世は、教会の権力を自分のものとし政治権力と宗教界
の権力を独り占します。

8世紀には、マリア像などの聖像を崇拝する問題を巡って西欧のローマ法王と対立し、
11世紀には、完全にキリスト教会が東西分裂へ、そしてギリシア正教が成立するのです。

ところが、1453年ビザンツ帝国はイスラム教のオスマントルコ帝国により滅亡、その時
に多くの聖職者がロシアに亡命し、ロシア正教会が出来るのです。

なお、文化人の多くはロシアではなくイタリアへ亡命、結果ルネッサンスが起きるの
です。

簡単に歴史を見ましたが、ロシア正教会の成立がお分かりいただけましたか?
DSCF7600



















函館山を背景に建ち、緑色の屋根と白い壁の素敵な建物ですね。
完成は、1916年(大正5年)のこと。

まず、正門から入りましょう。
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門の前には、説明板がありますので読んでみてから教会へ。
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最初建てられたのは1859年(安政6年)で初代ロシア領事館の付属聖堂として建立
された、とのこと。江戸時代の末期で、前年の1858年には日米修好通商条約に続き
日露修好通商条約が結ばれているから、ロシア人もたくさん箱館にやってきたことが
分かります。
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境内(教会でも敷地のことを、こう呼ぶのでしょうか)には、司祭を務めた聖ニコライ
の碑も。
十字架の形が、ちょっと違いますね。これロシアン・クロス、八端十字架(はったん 
じゅうじか)と云っていて、十字架の上の横線は「罪状書き」です。

例えばナザレのイエスとかと、罪人の名を書くもので、下の右下がりの斜め線は足を
のせる台のこと。

ゴルゴダの丘で処刑された時、キリストとともに2人の罪人が処刑されます。
こちらから見て左側、でも磔にされたキリストから見ると右側には悔い改め天国
迎えられた罪人がいたので上向きになっています。

逆側が下がっているのは、キリストに悪態をついたので地獄行きだから?

庭を歩いて函館山側から写すと。
DSCF7602



















ホントにきれいな建物です。

ここはただの観光名所だけではなく、今も実際に信仰の場になっていて、実は
函館市民に多くの信者もいます。
私は、プロテスタントを信仰していますが、前の職場には先輩に数名しましたし、
ここで司祭をしていた方(理科を担当していた非常勤教師)もいました。

厨川先生といって、当時で70代前半だったかな?教養あふれる先生で、その影響か
同僚で信者になる方もいたのです。

ここは信者会館。ここでは、クリスマスの時期になど、いろいろなイベントが催さ
れます。
DSCF7603



















落ち着いた雰囲気の教会で、聖堂の中には木や金属の板に聖母子象、キリストなどを
描いたイコンと呼ばれる絵が何枚もあります。
DSCF7604



















最後に、司祭館を。
DSCF7605



















これまた緑色の屋根と白い壁の教会と同じ色合いの建物です。

後ろの元町カトリック教会の十字架と形が違うことが分かりますね。

ということで、次回はまた別な場所を散策することにします。
昨日のテレビ番組で、函館市の西部地区を特集していて、「散策していて歴史を感じ
飽きないし、ところどころに美味しく飲食できる場所もあり、とっても楽しい!」
とレポーターが話していて、その通り!と思いました。

これからは雪も降って寒くなりますが、冬は純白の世界を楽しめますよ!

では、また!

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朝起きたら、地面にはうっすらと雪が積もっていました。昨夜降ったんですね。
でも今日は晴天で、日が差してきて太陽が照り付けると雪は消え、家の中に
いる分には暖房もいらずポカポカ陽気。

太陽の力は大きいですね。昔から、人々が太陽を神として信仰してきた歴史が分か
ります。

しかし、外は風が冷たく寒い。やっぱり、北国には本格的な冬到来を思わせる天気です。

さて、函館山山麓西部地区散策シリーズの10回目ですが、今日からは別な日に訪れた
二度目の散策の紹介です。

11月7日の良く晴れた日に、もう一度同じ場所を歩くも、前回紹介出来なかった
ところを見ていきました。

最初に、元町にある聖ヨハネ教会です。
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この日は、よく晴れ渡り気温も上昇し観光客の中には半袖姿の方もいて、あったかい
日でした。10日後の今は、寒くてカメラを持って散策しても指がかじかんで、よく
写せないのでは?と杞憂します。

何せ、ウインドブレーカーを着て行ったけど、暑くて途中でリックにしまったほで
でしたから。

さてこの教会、ご覧のように上から見ても横から見ても十字の形をしています。
なかなかカッコいいい建築物ですね。

さて、正門から入ることにしましょう。
DSCF7590



















日本聖公会 函館聖ヨハネ教会となっています。横に説明板がありましたので
読んでみます。
DSCF7589



















このカッコイイ建物は、1979年(昭和54年)完成だから築38年にもなるんですね。
十字の形に見える建築様式は、中世ヨーロッパの建て方だそうで、オシャレなデザイン
です。

英国聖公会とは、世界史で学んだイングランド国教会のことです。
16世紀初めドイツでマルティン・ルターがカトリックを批判して宗教改革を起こし、
フランス人のカルヴァンも続きプロテスタント(新教)を誕生させたことは有名です
ね。

イングランドでは、当時の国王であったヘンリー8世が離婚問題からローマ法王と
対立し分裂。自らを教会の首長になってイギリスだけの新教を誕生させます。

[画像:46f2ad0f-s.jpg]



このヘンリー8世という男は、史上まれにみる好色かつ暴君で、何と離婚を5回繰り返し
結婚を6回した人物で、しかも妻を殺害したという歴史上最悪の男の一人なのです。

2番目の妻であるアン・ブーリンの子のエリザベス1世により確立したイギリス国教会
は、かつてのイギリスの植民地などで信仰され続けているキリスト教の一つです。
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この建物は牧師館で、立派な家に住まわれているんですね。
赤い屋根を持つ素敵な洋館です。

1874年(明治7年)に、英国人宣教師W・デニングが函館で伝道したのが始まり、
と書かれていましたね。

明治7年というと、前年の明治6年にやっとキリスト教禁止を解いたばっかりの年
です。そんな危険いっぱいな時代に、新天地北海道へやって来て信仰をスタート
させたのですから、前々回のブログで紹介した日日学校を開いたM・C・ハリス
さんと同じですね。

教会は、扉を開けていました。誰でも見学・祈りが出来るようになっていました。
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来るもの拒まず、の精神ですからね。

山側を見ると、とっても素敵な建物がありました。
DSCF7593



















見晴らしも良いし最高の立地ですが、歩いて行くのが大変そう。
特に冬の凍結した坂道を歩くのはしんどそう・・・。

冬は山のせいで日が陰るのが早く、3時過ぎには太陽が隠れてしまうからです。

となりを見たら、ハリストス正教会が見え。
DSCF7595



















坂の下を見たら、元町カトリック教会があります。
DSCF7596



















明日は、このチャチャ登りを下りてロシア正教のハリストス正教会へ行くことに
します。
DSCF7597



















それでは、また!

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11月16日木曜日。今朝は0度まで冷え込み、新聞を取りに外へ出るとかなり肌寒い。
吐く息も真っ白で、天気予報通りに感心。
本日の病院へは、ダウンを着こんでお出かけ。

いつもは自転車を使うのに、今日に限っては車。わずか2kmもないのに、一度は
自転車に乗ったけど、すぐに寒くて断念。

午後、ブログを作っている今も窓の外を見ると、白いものがチラチラ舞っていて
雪だな、と冬の訪れを知る。今まで温暖だっただけに、やっぱり今年も年末は
銀世界になるんだろうな。

さて、そんな冬の季節になりましたが、ブログは先月の暖かい日に訪れた函館山
山麓の西部地区の9回目。

前回は、ここで終えていましたね。
DSCF7485



















正面に見える元町カトリック教会とチャチャ登りから下ってきた大三坂
最後の写真は、画面右端にチラッと見える洋館でしたね。

教会を正面から見る通りを散策。この通りにも伝統的建造物が並びます。
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特に、この建物は1階の全面だけが和風で、2階が洋風。まさに和洋折衷の木造
建築物です。
2階の窓は、上下に開くものでなかなか味がある建物。色彩も薄緑色で、通りに
マッチしていますね。
DSCF7583



















同じような建物が、教会の向かい側にありましたね。上の建物は何か商売でも
しているようで、看板が出ていましたね。でも、ここは一般の住宅っぽいです。
DSCF7582



















ここも、塀や奥の家屋は和風ですが、手前の部屋は洋館風で、窓が広々ととって
いますね。
DSCF7585



















再び、カトリック教会の上に出て、ハリストス正教会の横の通りを歩くと
蔵がありました。
DSCF7482



















2階建ての蔵は窓もなく、扉が重そうな鉄製。でも、かなり錆び付いている。
DSCF7483



















広い坂に出たら、そこは二十間坂
DSCF7663



















道路の幅が二十間=約36mあることから呼ばれていますが、これも1879年
(明治12年)の大火後のこと。

大火から得た教訓で、延焼を防ぐために道幅を広くしたのでしょう。
さすがに36mもあって広い。
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二十間坂道とある石碑の奥は、日本初の鉄筋コンクリート寺院東本願寺大谷派
函館別院の本堂
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間口32.8m、奥行き35mの大本堂で、1912年(明治45年)起工というから
明治の最後の年。(その年の7月に明治天皇が崩御し、大正天皇へ)。
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4年の歳月をかけて、完成したのが1915年(大正4年)のこと。

そもそもは、江戸時代の中期1710年に現木古内町、旧泉沢村から箱館山山麓へ
移り、1879年(明治12年)の大火で焼失・移転し、さらに1907年(明治40年)
の大火でも焼失。

そこで、木造だとまた焼ける可能性もあるから不燃財で建てよう、ということで
明治末期の時代に鉄筋コンクリート製のお寺が出来たのです。

最後に、もう一度広い広い二十間坂を。
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ホントに広いですね。間もなく両側の木々にはイルミネーションが吊るされます。
12月になると、冬の観光名物である今年で20年目を迎えるクリスマス・ファンタジー

1998年からスタートして、今年で20周年の節目!
赤レンガ倉庫群周辺をメイン会場として、西部地区一帯がイルミネーションで彩られ
ます。

姉妹都市であるカナダの西海岸大西洋に面したノヴァスコシア州の州都ハリファックス
市から送られた巨大クリスマス・ツリーのイルミネーション(私のブログの表紙の顔に
なっていますね)、毎日の点灯式で上がる真冬の函館湾に繰り広げられる花火など12月
1日から25日まで行われます。

この時期も、また再び観光客が大勢やって来ます。特に冬を知らない台湾や中国南部の
観光客は大喜び!

だからか、11月は端境期のようで町を歩く観光客は、意外と少ないように感じます。
クリスマス・ファンタジーに関しては、またのちほど。12月に入ってからお伝えします。

では、また!

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ついに、函館市内にも初雪が観測されたそうです。気象台が発表したのですが、
自分としては実際雪を見ていないので、ちょっぴり不満です。

今までも近郊の山には雪が積もって、それは紹介していましたが市街地での初雪
とは!やっぱり11月も中ごろになると冬の季節なのです。

でも、お届けするのは秋の風景。先月10月に訪れた函館山山麓の西部地区の8回目
を紹介します。

北海道最古の神社である「船魂神社」を見て、再び通りへと出ます。
ここは、茶房「菊泉」。ここも格子戸の窓を持つ古風な木造建築です。
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八幡坂へ戻る途中の石垣は、函館西高校。
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高い石垣が続いていますね。左側奥の白い建物が、ロシア国立極東大学の校舎です。
そして、再び八幡坂へ。
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坂を下りずにまっすぐ南へ。函館山山麓をトラヴァースしていきます。
山側にあるのが遺愛幼稚園
これまた素敵な建物!
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1907年(明治40年)の函館大火で初代の建物は焼失しましたが、ここは1913年
(大正2年)にアメリカの篤志家の寄付で再建されたとか。

すごい寄付をした方がいたんですね。遺愛女子学院は、プロテスタントの中学・
高校を持つ学校で、現在は市内東部地区の杉並町に広大なキャンパスを持つ学校
です。
DSCF7577



















1874年(明治7年)に、アメリカ人宣教師M・C・ハリスが函館へ来て付近の子女を
集めて日日学校(Day School)を開いた、と書かれています。

明治新政府の政策である1868年(明治元年)3月に出された五榜の掲示は、旧幕府の
政策を継承してキリスト教を禁じていました。

それは1873年(明治6年)まで続き、やっと同年キリスト教を黙認したのです。
ハリスが来たのはその翌年のことで、日本の国にはキリスト教に対してまだ偏見と
迫害があった時代です。

だから、宣教活動にはかなりの勇気を要したのではないでしょうか?
そして、黙認された翌年からミッションスクールが開校し、子供たちが通学したことも
素晴らしいこと。

カトリックの全国にある白百合学園も、日本においては函館の地で一番最初に開校して
いますから、函館はキリスト教布教の先進地だったのです。

1878年(明治11年)、フランスのシャルトル聖パウロ修道女会の3人の修道女が函館へ
来て、元町に授産所・病院・孤児院を開き、1886年に女学校を開校している歴史が
あります。

それにしても、ここの幼稚園は素敵な校舎で、学ぶ子供たちも恵まれていますね。
もう一度建物を見ましょう。
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この通りの下側には、元町カトリック教会が見えます。
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そして、山側にはハリストス正教会がありますが、教会群については後日また
紹介することにします。

チャチャ登りという「坂」の名がない坂です。
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チャチャは、アイヌ語で「おじいさん」。ここは急坂で、登るにはおじいさんの
ように腰を曲げて登らなければいけない、ことから名付けられたといいます。

最後に、元町カトリック教会の下にある洋館。
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外観からして日本じゃないみたい。どこか、ヨーロッパの建物のよう。
こんな建物が今も残っているのですね。

ということで、西部地区にはまだまだ見る価値のある建築物がたくさんあります。
函館山山麓は、何度訪れても飽きることがありません。来るたびごとに新たな発見
があり、散策することが楽しみです。

寒くなって、手術した傷口が痛みます。散策するには、体を温めなくちゃ!
防寒対策をして、さらにもう一度来ます。

では、また!
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日和坂の突き当りにあるのが船魂神社で、函館西高校と隣接しています。
何と!ここは伝説の上での話だが北海道最古の神社とか。

それでは、行って見ましょう!
早速、鳥居には「北海道最古の」と紹介していますね。それと「義経の里」の
文字も。
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左奥に見える建物が、函館西高校の校舎の一部です。
戦前は女子校でしたが、戦後は男女共学へ。卒業生には歌手の北島三郎、作家の
辻仁成佐藤泰志などがいます。

DSCF7553



















まずは、案内板を読んで、と。
1135年(保延元年)、この地に良忍(りょうにん)という高僧がやって来て観音堂を
建てたのが始まりとか。

時代的には、平家が政界に進出し始めたころで、平清盛が政権を奪う32年前のこと。
世界では、十字軍の遠征が行われていた時代です。

良忍は、平安時代後期の天台宗の僧で、12歳で出家して比叡山で学んだというお偉い方。
そんなお坊さんが、津軽海峡を渡って函館の地へやって来たのですね。

でも、仏教の僧ですよ。実は、この頃は、神も仏も一緒だったのですね。いわゆる
神仏習合、または神仏混淆で明治維新に伴う神仏分離以前の日本は、1000年以上も
神と仏は同居していたんです。ウーン、納得!
DSCF7555



















とにかく坂が多く、おまけに階段も登らなければ到着出来ない。そこが坂の多い
西部地区のツライところ。

まずは、手を清めましょう。
DSCF7559



















慶応の文字が見えますね。幕末のころに造られたものですね。

境内には「融通念仏宗開祖 良人上人巡錫之跡」の文字が。
巡錫(じゅんしゃく)とは、錫杖(しゃくじょうと読み、僧の持つ杖のことです)
を持って巡り歩くことです。

それにしても、今から900年近く前に京都から仏教を伝えにわざわざ北海道まで
すべて歩いてやって来たお坊さんがいたんですね。偉いことです。
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義経伝説「童子岩」。
平泉の衣川の戦い(1189年4月)で、義経はお供の弁慶と共に殺されたはずですが、
どっこい生き残り、その後は北上して蝦夷地へ!という伝説が数多くありますね。

ここもその一つです。
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背後の大きな岩かな?
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と思ったら、目の前にありました。これがそうで、蝦夷地に無事に逃げ延び上陸後、
喉が渇いたので水を探すと、子供が現れて教えたそうです。
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それがこれでしょうか?
でも、ここの水少し濁っていますね。実は、この水たまりに願い事を書いた紙を
浸けると願いが叶う、のです。紙と神をかけてますね。
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社務所に置かれていた紙。お願い事を書いて鉢に浮かべると叶う、とあります。
しばらくすると水に溶けるというから、人に読まれることもなく祈願出来ますね。

もっとも、これ1枚100円でした。商売上手な神社です。
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境内には、船の安全を願う船魂神社だけではなく、稲荷神社などもありました。
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商売繁盛、豊作祈願を祈っている神社の稲荷神社には、キツネがつきもの。
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七福神まで。
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寿老人(じゅろうじん)を真ん中に、恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天、
福禄寿、布袋尊の7つの神様。
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七福神の信仰は、七福神を参拝すると7つの災難が除かれ、7つの幸せが授かる、
から来ています。
という数字は、ラッキーセブンと外国にもあるようにハッピーな数字なんですね。

出雲神社や弥彦神社の出張所(?)も。
DSCF7570



















神社の奥には、「護北神社」の碑もあって、さすがに北の地を護る神様なんだな、と。
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ということで、今日は神社や仏教を少しは学べたかな?という船魂神社でした。

では、また!

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ついにファイターズ大谷翔平選手がアメリカへ行くことを決めました。
ポスティングでメジャーリーグで行くことを、ファイターズも認めたわけ
ですが、「行ってらっしゃい!思いっきり投げて、打って頑張って来て!
そして、またいつかまた北海道へ戻っておいで!」
と応援したいです。

来年は、メジャーリーグを見る機会も多いかな?と思いますが、それにしても
ファイターズは良い選手を育てていますね。来年は、清宮幸太郎選手がプロ・
デビューするし、観戦する楽しみがますます増してきます。

ファイターズが北海道へ来てホントに良かった!
来年は、2年ぶりにまた日本一へと夢を見させて下さい。

さて、6回目となる今日は八幡坂にあった旧町名の碑から。
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旧町名が会所町だったのですね。
このような昔の町の名は、行政エリアが拡大すると消滅していき、それに対して
広域エリアの新しい町が生まれています。

まるで市町村合併で、旧町村が消えるように。
そんな例は、函館市内でもとりわけ西部地区に多くみられますね。

さて、八幡坂の上の突き当りにある函館西高校から北へ、日和坂・基坂と
向かって横切る形で歩いてみます。
DSCF7549



















歴史のある伝統的建造物が何軒も連なり、見ごたえ十分。
中には、新幹線ブームに連動して新築されたレストランも。

ここは初めて見た建物だから、今年新築されたものでしょう。なかなか洒落た
素敵な建物ですね。
DSCF7550



















この通りは、観光客が大勢往来していてお土産物屋さんや飲食店が多い。
緑色の屋根を持つ、ここ「花かんろ」は大正10年築だから、1921年のこと。
築96年、でもかなり改築しているようですね。
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壁の緑色がいいですね。窓は上下に開放するもの。
DSCF7547



















石畳の道を歩いた先にある林が、公会堂の敷地です。八幡坂から距離にして100m
くらいか?夏の間は、車の通行禁止にするくらい観光客が大勢きています。
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洋風もあれば和風もあって、家を見るだけでも楽しめます。
でも、住民はここで生活しているわけで、観光客からじろじろと見られるのは
あまりいい気持ちはしないでしょうね。

ベランダに洗濯物を干すのも、躊躇うのではないでしょうか?

もし、我が家の前を外国人を含めた大勢の観光客が通り過ぎたら、と考えると
イヤな気持ちになります。

観光業に携わる方だったら良いですけど、商売をしていない民家も並んでいる
のですから。
そんなことを言っても、自分はカメラのシャッターを押しています。これも観光地の
宿命みたいなものですかね。やっぱり、観光客は多い方が良いですからね。

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公会堂の横で基坂へとつながる坂を見ると、純和風の建物が。
黄土色の壁の蔵、瓦屋根、格子戸の窓、黒い下見板張りの壁はまさに純和風。

その下には、公会堂を眺めるように大きなガラス窓のカフェがあります。
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最後に、日和坂を少し下った場所にあった陶芸屋さんの「」。
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窓辺には、いろいろな焼き物が展示されていました。売り物でしょうね。

昔、箱館焼という名の焼き物があったのです。
幕末の1858年というから開港して間もなくの頃、蝦夷地では初の陶磁器であり
箱館奉行所は美濃の国岩村藩から陶工を招いて生産を開始したそうです。

しかし、土が悪かったり冬の寒さで操業できなかったり、商品が売れなかったりで
事業は失敗。結局、幕末から明治にかけて、北海道で必要な陶磁器は本州から運ばれた
そうです。

明日は、11月11日。1が連続する日ですね。昔ファイターズの投手だったダルビッシュ
の背番号は11。ダルビッシュは増毛町の国稀酒造の日本酒が好きで、明日とうとう
ダルビッシュが描かれた公認酒が11にちなみ1111本売り出されます。

発売時間は、11日の11:11で、まさに11尽くし。
大阪育ちで仙台の東北高校卒業ですが、ファイターズで成長したダルビッシュの
北海道愛がよーく分かります。

さて、大谷翔平選手の北海道LOVEはどんな形で見れますでしょうか?
それは、メジャーで二刀流をさらに進化させ、大活躍すればファイターズで育てられた
ことの恩返しになるし、テレビを見て道民は心の底から喜ぶはずです。

5年間ファイターズでありがとう! アメリカでも頑張って下さい!

では、また!

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昨日は立冬で、暦の上ではもう冬のはずが、天気はまるで春のように暖かい。
今日などは最高気温20度で、日中は半袖で畑仕事をしてたほど。

今日は雨の予報が出ていたけど、太陽が顔を出してポカポカ陽気でした。
でも、明日からは冷え込むみたいで1日1日真冬に向かって行くんですね。

1年でもっとも昼の時間が短い冬至まで、1か月以上もあるのに4時を過ぎると
外は暗いです。冬至のころの12月下旬は昼の時間が9時間しかなくて7時過ぎて
から日の出、日没は4時前。

それに太陽の角度が低い。夏至の頃は真上近くにあった太陽が今は30度の角度。
部屋の奥まで日差しが差し込みます。

さて、5回目となった西部地区の歴史的建造物、今日はレンガ造りから。
DSCF7523



















よーく見ると、この造りはイギリス積み。長手のレンガと小口のレンガが交互に
積んでますね。
明治時代、函館のレンガ建築は最初はフランス式だったそうです。それが手間が
かかると理由でイギリス式へと変わっています。

上下に開放する窓を持つ洋館は、レストラン「もみの木」。
DSCF7525



















建物に合わせて自動販売機までピンク色。
DSCF7539



















この奥にも蔵があるレトロな家があります。
DSCF7526



















塀の上から庭が見えます。縁側が庭を見渡せるように続いていますね。
随分と豪華な造りの和風建築です。
DSCF7528



















向かいの家も、伝統的建築物奥の。奥の古めかしいビルは、ロシア連邦共和国の国立
極東大学。日本国内で唯一のロシア国立大学です。
DSCF7527



















かつては白百合学園高等学校の建物で、私の義妹も50年前に通学していました
ので、もう築50年以上。耐震構造もなく、地震の時は大丈夫なのだろうか?

何と、玄関にあった電話番号は昔のもの。これって、電話局にかけてつなげる方式
ですよね。戦前の電話番号?六の下が錆びていて読み取れません。
DSCF7529



















向かい側にあったレストラン。
DSCF7530



















屋根に積もった雪が自然に落ちる傾斜が急ですね。これだと2階の面積が半分しか
とれないのでは?

日本一美しい坂である八幡坂を下っていくと、道の両側には素敵な家が目に
つきます。
DSCF7538



















来月の12月1日から、クリスマス・ファンタジーのために街路樹にイルミネーション
が飾られます。紅葉し葉が落ちて裸になった枝に、冬の夜人工の灯りが点ります。
DSCF7532



















八幡坂は、なんでもランキング「観光で訪れたい坂の名所ベスト10」で、堂々の
1位となった坂です。

因みに2位 産寧坂(三年坂)~京都市。3位 オランダ坂(長崎市)
4位 千光寺新道(広島県尾道市)、5位 中尊寺 月見坂(岩手県平泉まち)
6位 首里金城町石畳道(沖縄県那覇市)、7位 海光町 石畳の坂(静岡県熱海市)
8位 北野坂(神戸市)、9位 寺院と教会の見える坂道(長崎県平戸市)
10位 化粧坂切通し(神奈川県鎌倉市)


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坂を楽しむ3か条」というのがあって、それは
①有名な坂に歴史あり~建物など手掛かりから過去に思いをはせる
②歩いて往復すべし~坂の上下でまったく異なる風景がある
③様々な時間に再訪~四季や朝夕など時間に応じて違う顔がある


のだそうです。

蔵の跡もこのように改造して、部屋として利用されています。
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坂ですから山側には石垣があります。結構古い建物もありますが・・・。
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とっても素敵な家もありました。
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上下に開く窓、黄色の壁は下見板張り。庭にはクリスマスツリーになるもみの木、
絵になる家ですね。
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八幡坂は、何度もテレビのCMやポスターなどに撮影されていて、それを知っている
観光客はそのポーズをして写真を撮っています。

例えば「チャーミーグリーン」のCMなど。映画テレビのドラマの舞台にも使われて
いますね。

ということで、西部地区は秋になっても観光客が絶えず訪れている場所です。
函館空港には海外から直行便もあって、外国人観光客も多く来ています。

ちょうど今は紅葉の真っ盛り。11月中旬まで見ごろでしょうか?
それが終わると、冬の季節。12月からは、今度は冬の観光シーズンです。

その時期になりましたら、冬の函館を紹介することにします。

では、また!

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