函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2017年11月

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トランプ大統領が、わざわざゴルフをしに日本へやって来ましたね。本国では、
またしても銃乱射事件が起きて大勢の人々が亡くなっているのに、それも教会
で発生していて、いいんですか?ゴルフをしていて。まったく困ったもんです。

事件の起きたテキサス州は、親の務めとして子供に銃の取り扱いを教えるとか。
射撃場へ連れて行き、指導するそうです。どうしてなんでしょうね?

少なくても日本では、銃規制を徹底的に行って欲しいです。それでなくても恐ろ
しい事件が起きている昨今ですから。

さて、今日は昨日の日和坂を少しばかり下ったところから。
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日和坂の由来は、文字通り天気を見ることから付けられたそうです。天気を見て
船の出入りを判断することが出来る高台を、よく日和山とか云いますが、港町で
ある石巻や酒田などに日和山公園があることからも分かります。

高橋病院と書かれたバンが駐車していますが、この建物現在は背後の緑色の屋根が
ある高橋病院の天使寮。とっても素敵な、看護師さんたちの寮なんですね。

昭和3年完成と云いますから、1928年。来年で築90年を迎えますが、以前は海員
ホームで、昭和の初めの時代、港町函館を出入りする世界中の船乗りたちの社交場
だったのです。
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上下に開閉する窓なんて、ヨーロッパの建物みたいでカッコイイですね。
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まさしく戦前、昭和時代初期のモダン建築です。

さらに日和坂を下り、バスが通る大きな道路へ出ると蔵のある古風な建物が
あります。
海運業で財を成した日下部久太郎の邸宅です。
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スミマセン。同じ写真を使用してしまいました。
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1871年(明治4年)岐阜県羽島市出身の日下部は、港町横浜・釧路・函館で海運業を
経営、20世紀初め第一次世界大戦時(1914~1918)には、開運・船舶の売買で巨額の
利益を得、その後は金融業を営んだ戦前の函館における豪商の一人です。

1953年(昭和28年)まで82歳の生涯を終えている方ですが、この建物は1917年(大正
6年)の完成で、実に築100年の木造建築です。
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見晴らしの良いベランダに大根が干してあって、今でも生活しているのですね。
それにしても、函館山を借景にして絵になります。


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ダブルクリックしたので、またしても2回同じ過ちをしてしまいました。
PC技術が下手くそなので、申し訳ありません。

隣接している建物の屋根の形が面白い。屋根のてっぺんにあるのは避雷針で
しょうか?
なかなか凝った建築です。

坂の下を見ると、ウイニングホール・ホテル。
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北島三郎記念館を併設していて、5年前の2012年(平成24年)完成ですが、実は
ここには以前、戦前東京以北最大の北日本1のデパートがあったのです。

その名は、金森森屋百貨店。昭和一桁のころまで大繁盛しますが、1936年(昭和11年)
函館駅前へ移転。

建物は終戦時にアメリカ軍に接収され、その後は幽霊ビルとも云われるほど荒廃し、
とうとう21世紀になった2001年(平成13年)に解体されました。

ちょうど電車が来ましたね。
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坂の突き当り、函館湾に面した場所にあるのが東浜桟橋で、かつてはそこから
青森へ向けて連絡船が出ていたのです。

もっとも水深が浅く、乗客や荷物は艀(はしけ)を利用して沖合の船まで行った
そうです。

横を見ると、これまたレトロな建築物。
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高い石垣の上にある2階建ての木造建築は、相当歴史がありそう。
上へ上がって見ると。
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下見板張りで、北海道の民家では珍しい瓦屋根。屋根に雪止めが見えますね。
でも、雪が屋根に溜まって凍結すると、瓦が痛むし割れる心配もあります。

一方、1階の屋根はトタン屋根ですね。
ホームタンクは、本来の大きなものから見て半分の容積。最近はアパートとか
土地の関係で、半分の大きさのホームタンクも多くなりました。

最後に、国の登録有形文化財のプレーリー・ハウス。
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柵の中にあって、よくわかりません。
高橋病院内の敷地内にあるので、入ることは出来ず外から写しました。

ということで、函館山山麓の西部地区には歴史を感じさせる建物が今も残っていて、
興味深いです。
観光名所になっているハリストス正教会など有名な建物以外にも、路地裏を歩くと
意外な発見があります。車が入れない人が歩くだけの路地裏に、人々の生活があり
歴史があります。

明日は、さらにいろいろな建物を見ていきます。

では、また!

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訂正をいたします。二日前、初回の散策で訪れた公会堂建設の資金提供をした
人物を、当時の豪商であった2代目相馬哲平と書きましたが、2代目ではなく
初代の誤りでした。

実は、参考にした北海道新聞社で1982年(昭和57年)発行した「はこだて歴史
散歩
」を読み、そのまま書いたのですが、読者から指摘があり調べた結果、
実は初代だったのです。申し訳ありません。

初代の相馬哲平は、生まれは越後で今の新潟県胎内市。幕末の1861年(文久元年)
28歳で箱館にやって来て、日雇い人夫から始めてお金を貯めその資金で米穀商を
開業しています。

7年後の戊辰戦争最後の戦いである箱館戦争で、コメの買い占めや投機をして巨額の
富を得た人物で、その後は海産物商、不動産業、金融業など商売を拡大し豪商と
なり、北海道屈指の富豪でかつ貴族院多額納税者議員にもなった人です。

当時、多額納税者は貴族院議員になれたんですね。

その彼は1833年(天保4年)生まれで、1921年(大正10年)まで88歳の生涯を送り
ましたが、1907年(明治40年)の函館大火の時は64歳で、現役バリバリだったの
です。だから、大火の3年後に多額の寄付が出来たのですね。納得です!

その彼が、過ごした家があります。
現在彼の住まいは、旧相馬邸として一般公開されています。
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この立派な屋敷がそれですが、見学しようと中に入ると残念ながら私が訪れた
当日は休館日。ショック・・・。仕方がないので周辺を散策。

まずは、急な坂の途中に建設されたことを確かめます。
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横から見ると、本当に急傾斜で冬は凍結して坂を登るのは大変ですね。
多分、冬季間はロードヒーティングが入るのかな?道路のタイルの下には
電熱線があって、電気のパワーで雪を溶かし凍結を防止するものですが、
電気代がかかりますね。
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この真下にあるのが、昨日紹介した旧英国領事館。

今度来た時に見学しょう!と気持ちを切り替えて他にもある歴史的建造物を
探します。まずは、相馬邸の向かいにあった茶房「無垢里(むくり)」。
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近くにあった案内図を参照して見ましょう。この「無垢里」は、何と明治24年に
建てられています。1891年のことで、その後大火に見舞われなかったのでしょうか?
それとも、再建したのかな?
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2017年、今年の函館市都市景観賞を受賞した建物でした!
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洋館や和洋折衷型の家が多い西部地区ですが、格子窓の純和風建築は珍しい。
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このような建造物は、伝統的建造物として函館市教育委員会からのプレートが
あるので、よくわかります。ただ、維持費が相当かかりそうですね。

改築するにも許可が必要らしいです。生活する分には大変なのでしょうね。
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実際、冬の生活はきついでしょうね。最新の断熱材を入れれなかったり、そもそも
断熱材が使用されていない時代に建設されたものかも?
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下見板張りの木造建築物ですが、北海道仕様ではないでしょう。
暖房は何を使用しているのかな?と、どうしても冬の生活を優先して考えます。

幕末や明治の時代に本州からやって来た人たちは、ふるさとのことを思い出して
家づくりをしたと思いますが、想像外の寒い函館の冬に驚いたことでしょうね。
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次回は、周辺を散策し和風・洋風・和洋折衷のいろいろな建物を見ていきます。

昨日寝たのは0時近く。日本シリーズ、福岡ソフトバンク・ホークスと横浜DeNA
ベイスターズの第6戦を最後まで付き合いました。

延長11回にホークスが勝利し優勝。ものすごい、見応えのある試合でしたね。
本当に面白かったです。

来年は、清宮幸太郎選手がホームランを30本以上打つ大活躍する北海道日本ハム
ファイターズがリーグ優勝し、セリーグの優勝チームにも4勝3敗で日本一になる
ことを夢見ことにして、プロ野球の応援は今年終わりにします。

11月と12月はラグビーのトップリーグとサッカー、Jリーグ北海道コンサドーレ
札幌
を応援し、J1残留!を決めてもらいたい!

では、また!

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文化の日の昨夜は、ものすごい豪雨。今朝はぐっと冷え込み吐く息は白く
冬に一歩ずつ近づいているんだな、と実感します。

それでも、朝から太陽が顔を出して家の中にいる分には暖房も必要ないし
ポカポカであったかい。

スポーツの秋、今年は見るだけ。今日はラグビー、日本代表がオーストラリア
と対戦、夜は日本シリーズ第6戦。ワクワク・ハラハラする番組が連続します。

さて、今日で2回目となった秋の西部地区は昨日紹介した公会堂の下からです。
真下にあるのが元町公園。
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函館湾を見下ろす高台にあって、五稜郭公園内にある箱館奉行所は最初ここに
設けられていました。なぜ五稜郭へ移転したかというと、幕末開港した箱館湾に
入港した軍艦から狙われる場所だったからです。

つまり、港から至近距離になるため大砲が飛んでくる位置で、とても危険。それで
内陸部にある場所に引越ししたのです。

公園内にある建物の一つは、旧北海道庁函館支庁舎で1909年(明治42年)完成。
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現在は、元町観光案内所及び函館写真歴史館として活用されています。
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カメラに関心がある方は、レトロなカメラなどが展示されていますので見る価値
ありですよ!

そのとなりにあるのが、旧開拓使函館支庁書籍庫。
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「明治七年函館製造」、「明治八年函館製造」と刻印がある赤レンガがあり、
完成は1880年(明治13年)。

石川啄木も函館を離れざるを得なかった1907年(明治40年)の大火でも、
この書籍庫は焼け落ちず残ったのですから大したものです。
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公園の下の坂は、基坂(もといさか)。
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名の由来は、明治時代この坂の下に当時の距離を示す里(り)程元標が建てられた
そうです。1里は、3.927kmで国際基準であるメートル条約に加入した後の1891年
(明治24年)に制定した度量衡法で決められています。

その距離を示す指標である里の数を図る基点があったので、基坂と云う名が生まれた
のです。

もっとも古代は、1時間で歩いた距離を1里呼んだそうですが、大体の目安だったの
でしょうね。豊臣秀吉は1里=36町=3927m   に基づく一里塚を導入しています。

同じ1里でも、中国では500m、朝鮮では400mで、国によって違うんですね。

この写真の右側に旧英国領事館があります。
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建物の完成は1913年(大正2年)ですが、最初は、今の場所よりもっと北にある
現在の弥生小学校の辺りにあったといいますが、火事などで焼失し移転。

そこで、ここに建てられ第二次世界大戦前の1934年(昭和9年)まで業務は続き
ました。
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中庭で、バラが生い茂る美しいパティオですが、さすがに今は一部しかバラの
花は咲いていませんでした。

春や夏、ここで結婚式をするカップルがいます。赤や黄色など様々なバラに
彩られた中での結婚式、羨ましいですね。

内部は資料館や売店、お茶やケーキを出すカフェがあり、特にイギリスのお茶は
とっても美味しかったです。

ということで、異国情緒あるれる西部地区。1854年(安政元年)、前年強引に
訪れて開国を迫ったアメリカ東インド艦隊司令長官のペリーにより、日米和親
条約が調印され伊豆にある下田とともに開港した箱館。

同年、イギリス・ロシア・オランダとも条約を調印し、1858年(安政5年)には
米・英・露・蘭の他フランスとも修好通商条約を結び、外国人が住み生活する
ようになり各国の領事館も建設されました。

次回は、外国人が生活した洋館や開国でぼろ儲けした豪商たちの建物、和洋折衷の
建物などを見ていきます。

では、また!

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毎日テレビで観戦しているプロ野球日本シリーズ、昨日はとっても興奮した
面白い試合でしたね。

第1戦から3戦でまでは福岡ソフトバンクホークスの総合力が勝り、全勝で優勝
かな?と思えましたが、そこは横浜DeNAベイスターズがホームの応援を糧に
して逆襲し2連勝。舞台を、福岡へと戻しました。

一昨日・昨日で終えてしまったら、今年もう野球は見れないと落胆していたら、
ベイスターズの2連勝で、土曜もテレビ観戦出来る!のでうれしい!

やっぱり、4試合で終えるよりは7試合やって最後で決着をつけてもらいたいです。
明日もベイスターズ勝利して3勝3敗のタイに持ち込み、日曜の夜に最終決着を!
と期待します。勝利のために、どちらも全力を注いで欲しい!

さて、秋晴れの昨日と今日は11月初めにも関わらず暖かで気温も15度を越え、
日差しのある場所では20度近いのでは。太陽が当たる部屋の温度は、窓を開けても
24度を指しているほどですから。

今日は文化の日の休日で、3連休を函館で過ごすために多くの観光客が来ています。
というのは、我が家から大きなホテルが見えますが、昨夜はほとんどの窓の明かりが
点いていたからです。おそらく満室ではないでしょうか?

そこで、昨日はリハビリを兼ねて散歩を函館山山麓の西部地区で、のんびり・
ゆっくりとして来ました。

中国語・韓国語・英語が飛び交う中、もちろん日本人の観光客も多くいる中、黄色や
赤く染まった木々を見、たくさんの落ち葉を踏みしめて多くの写真を撮影してきました。

今日からは、しばらくの間函館山山麓の西部地区を紹介していくことにします。
本日は、その第1回目で函館公会堂から。
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元町公園から函館山をバックに見た公会堂。
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坂を登って公会堂の正面入り口へ。
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市内に数多くある明治時代の建築物の内、ここは国の重要文化財の指定を受けた
明治洋風建物。

といっても、ヨーロッパ風の建物ではなく、アメリカ風。コロニアル・スタイルと
いって、アメリカが植民地だった時代(1776年独立以前の18世紀)に公共建築物に
用いられた建築様式です。

そういえば、カラーは違いますが大統領官邸のホワイトハウスにも似ているような
気が、少しはしますね?
バルコニーから独立戦争時の指導者であるジョージ・ワシントンやジェファーソン、
フランクリンらが出てきそうな・・・少しオーバーかな?

内部は何回も入っているので、今回は建物の周囲を散策。まずは、裏側を見るため
に山側へ。
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正面は、いつもメインテナンスされていて建物は塗装していますが、裏側は
一部ペンキが剥がれているところも見られます。予算がないのかな?
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イタヤカエデなど広葉樹林の落ち葉が多い。
窓を見たら、若い女性の観光客がドレスアップした洋装姿で歩いていました。
有料で、ドレスアップして函館湾を見下ろすバルコニーから写真撮影できる
からです。

まるで、映画「風と共に去りぬ」のビビアンリーのよう、といったら大袈裟か?
少なくともトランプ大統領の娘のイバンカ大統領補佐官よりはカッコイイ!
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この建物の完成は1910年(明治43年)で、5月に大逆事件があり幸徳秋水ら社会
主義者12名が、天皇暗殺を企てたという理由で処刑された年であり、8月には韓国を
併合していて、戦争への道をまっしぐらの時代でした。

実は3年前の1907年(明治40年)8月25日の函館大火(戦前、大火は何度もありました。
同年5月に石川啄木が函館へ来て弥生小学校で代用教員、函館日日新聞社で記者をして
いましたが、大火により9月札幌へ移らざるを得なります。)がありました。
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その大火により函館の町の3分の1が焼失。西部地区はほとんど壊滅状態だった、
といいます。その結果、市民たちが集まる建物も焼失したため、有志が建物建設の
ために寄付を募ったが、集まらなかったといいます。

そうでしょうね。自分の家も焼け、毎日食べるにも事欠く時だったのですからね。

それを見かねたのが、当時の函館の豪商であった2代目相馬哲平。自分の持ち家や
店舗を焼失したにも関わらず、巨額の寄付をしたのです。

その金額は5万円。建物の総工費が7.2万円(今の16億円に当たるといいます!)
だったから、そのおよそ7割だから11億円以上の寄付だったのです。
110年前には、すごい人もいたんですね。

当時は「香雪園」の寄付者である岩船氏を始め、函館には大富豪が何人もいたの
ですね!
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子供たちが、何人もいて尋ねたら修学旅行で来ていて今日は1日自由研修日。
5,6人のグループで西部地区を調べて周っているといいます。

岩手県から新幹線で来ていて、明るい小学生たちでした。さすがに顔写真を
撮ることはしません。今は、顔を写すと悪用されますからね。
まして子供の顔はダメ。
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台湾からのグループもいて、カタコトの英語で会話。「台湾では紅葉がなく、とっても
キレイ!思ったよりは温暖で、ダウンのコートを用意して来たが必要なく脱いでいる」
と。きれいな落ち葉を拾っていました。
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この日はコートもジャケットもいらないほど暖かで、先の子供たちの中には半袖、
ハーフパンツの子もいたくらいです。

台湾の観光客もソフトクリームを食べていましたからね。
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というわけで、公会堂を一周。

入館料は大人300円。学生以下は150円。先ほど紹介したゴージャスなドレスアップ
するには衣装代1着1000円で、時間は20分。男性用や女児用もたくさん用意しています。

因みにヘアメイクもしてくれるそうで、1回5分で1000円とのこと。
女性には、函館観光のいい思い出となることでしょう。

今日の新聞では、2019年のラグビー・ワールドカップの開催地と対戦相手が決まった
ことが掲載されていました。札幌ドームでは、9月21日にオーストラリアvsフィジー、
翌22日にイングランドvsトンガの2試合が予定されていますが、残念なことに日本
チームの試合はなし。

それでも、世界の強豪がやって来ますし、北海道ではたくさんのチームが事前合宿を
行うそうで、それを見学に行きたいです。多分、網走や北見で行うでしょう。
1年半後が楽しみで、2019年夏の旅のテーマは、世界のラグビーチームの練習風景を
見学する!です。

もっとも、自分の体調を整え旅する体作りをしなくては!

そして、2018年は昨年出来なかったテーマである「アイヌ文化を知る」の旅を
したいです。アニメ本「ゴールデンカムイ」に触発されて、アイヌ文化に関して
多くの本を読みましたが、来年を実際に見聞してきたいです!

では、また!

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