函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2017年12月

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ついに明日が大晦日で、2017年もあと1日で終わろうとしています。
早いものですね。あっという間に1年が過ぎ去って行きます。そこで、
今年1年を振り返ってみて、漢字一文字で表現してみました。
それは「」!

今年は、人生初の入院そして手術と、65才という前期高齢者の仲間入りを
した節目の年なのに、とてもめでたくない出来事が相次ぎ、どちらかというと
落ち込んだ年でした。

その前に、今年は例年になく大雪。史上最速を観測した根雪を始め、寒く雪が
多い年でしたので、まずはその雪を。
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本日は晴れ!冬の太陽にしてはサンサンと輝き雪を溶かし幹線道路は水溜まりが
いっぱい。
車で走ると、バシャバシャ雪融け水を跳ねることに。
車はその泥水が車体について汚くなっています。
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今月24日から降り続いた大雪も、かなりとけて駐車場はアスファルトが
顔を出しています。
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それでも、我が家の畑は真っ白。今年とうもろこしやジャガイモ、きゅうりなど
多くの野菜を食べさせてくれた畑ですが、3月まで冬休み。
例年だと3月中頃から土起こしが出来ますが、来シーズンはどうでしょう?

庭では餌を求めて雀がわんさと集まってきています。
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台の上に餌を置いても、行儀が悪いのか散らかし放題。餌が雪の上に飛び散って
いて、それを求めて雀たちがついばんでいますね。

雀だけではなく、シメや四十雀ひよどりなどが来ています。
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さて、今年1年を振り返ると。
まず1月から何度も風邪引きを繰り返し、2月になると腰痛が酷くなり、
日常生活にも支障が出るようになってきました。

2月中旬から心拍数が異常に上昇し、平常値で120とまるで激しい運動を
した直後のようで、休んでばかり。

普段の平常の脈拍は50前後で、医者からは徐脈と云われたほど数値は低いのです。

食欲もなく、みるみる間に体重は減り何と60kgを切ってしまいました。
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この写真は、25日頃に母の入院している病院から撮影したもの。

この日、朝から大雪で30cmくらいの積雪があり、1日中降り続いていて天気も
ご覧のようにどんよりした曇り空。屋根に積もった雪の量にビックリです。
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さて、そんな2月下旬に家の近くのクリニックへ。そこでの診断は「ノロウイルス」。

2週間分の薬をもらい飲んでみたが、一向に良くならない。

後日、誤診と分かりましたが・・・。

体重は50年以上前の中学生だったころの57kgまで減少。一気に15kg以上も
減ったのです。
ズボンはがふがふだし、胸の筋肉もかなり落ちてやせ形の体型へ変化。

ダイエットなら成功ですが、筋肉だけではなく体力もかなり落ち1日中寝てばかり。
何せ動けないのです。外に出て10mも歩けば、ゼーゼーと帰って来る始末。

そこで、思いきって大きな病院へと。家から車で5分ほどの国立病院へ。

レントゲン、心電図は何ともなし。最後にエコーを撮ってみたら、心臓の僧帽弁
壊れていて血液が逆流していることが判明。
おまけに、血液検査の結果バセドウ病と。

ショックでした。すぐ入院だ!と。

普通は救急車で搬送されるか、心不全で亡くなるとドクターに云われ、大ショック😱。

3月から4月にかけて15日間の検査入院。バセドウ病を直さなくては手術は
出来ないとのこと。

退院後は、紹介された甲状腺専門のクリニックへ2週間毎に通院。

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母が入院している病院から今日の景色です。
室内にいると暖房の必要なしの暖かさ。
とってもポカポカです。

さて、甲状腺の専門医は「血液検査の数値はかなり悪く、甲状腺の全摘手術か、
放射線を当てるアイソトープ治療か、どちらにしても心臓の手術は2年後くらい」
と。
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一時は絶望的な状況でしたが、処方していただいた薬をきちんと毎日飲んでいたら、
血液の数値が徐々に向上し、何と!奇跡的に6月頃には正常値へとなりました。

ドクターの話では、こんなに劇的に良くなることは珍しいとのこと。ネットでも
たくさん調べたら、多くのバセドウ病患者は何年も苦しんでいて、まさしく奇跡の
回復でした。

その間、手術が行われる国立病院と専門医のクリニックへ何度も通院。とりわけ、
クリニックは多くの患者さんが来ていて、朝の6時には並ばなくてはいけないほど
の大人気。

5:30には起床し、6:30には列に並びました。それでも10番目で、中には
ホテルに宿泊して治療している遠方の方もおりました。
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7月20日再入院。25日朝9時から6時過ぎまで9時間に及ぶ大手術の結果、
成功し僧帽弁は再生され再び正常に作動されました。

入院中は、不整脈が出てそれを治療するため電気ショックを受けて、全身麻酔から
寝覚める直前に「臨死体験」を感じたり。

まさに、人生初の体験尽くしでした。
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退院後、最初は50m歩くだけで精一杯だったのが、毎日リハビリに励みその距離は
伸び、今では数キロ歩いても大丈夫。

11月からジムに通い自転車は1時間こぎ続けてもOK、ランニングマシーンで走れる
ようにまで回復し、これだと来年は「ぼうけんの旅」に出れそう!と自信を持つよう
になりました。

ところが、先月29日私の母が倒れ救急車で搬送、診断の結果脳梗塞で即入院、
その後転院しリハビリ専門の病院へ。

写真はその病院から函館市内を撮影したものです。残念ながら年末年始は家に戻れず、
病院で正月をむかえることになりました。

そんなわけで、今年は「病」の一文字がピッタリ
あまり良い言葉ではないのですが、今年1年を振り返るとまさしく「病」があてはま
った年だったのです。

来年は、母が退院し自分の体が回復することを願うと同時に、またこのblogの読者の
皆さんにとって、2018年良い年になるように心から祈ります。

今年1年、私の拙いblog「函館発ぼうけんの旅」お読みくださりありがとうございました!

そして、来年も再びよろしくお願いいたします❗

では、また!来年!

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ついにファイターズ大谷翔平選手が、5年間活躍した北海道を
離れることになりました。

今日は、午後6時から札幌ドームでお別れ会見があるということで、道内各局
NHK・TBS系列の北海道放送HBC・日本テレビ系列の札幌テレビSTV・テレ朝
系列の北海道テレビHTB・フジテレビ系列のUHBの5局で、ただしテレビ東京
系列のTVHだけは放送せず)で特別番組が組まれ、中には4時台から大谷翔平選手
特集を放送する民放もありました。

NHKでも6時から全国放送されるニュースを流さず、札幌ドームの生中継をする
など道内は大谷さよなら!一色

北海道以外の地域には、今回の特番は放送されたのでしょうか?
それとも、道内限定?

今日の写真は、テレビの放送を写したものです。直接札幌ドームへ行った訳ではなく、
申し訳ないのですが、テレビの画像を使用させていただきました。
ごめんなさい。
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すみません😣💦⤵
テレビに向かってスマホのカメラを押すと、フラッシュが写ってしまって一部
見苦しいですね。

岩手県花巻東高校から18才で北海道へ、5年間のプロ野球生活で数々の偉業を
成し遂げ、今回アメリカへ渡ることになりましたが、大谷選手に対しては本当に
感謝しかありません。

多くの夢を、実現させてくれてありがとう!と。
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二刀流を本当にやり遂げたわけだから、こんな素晴らしいことはありません。
ピッチャーで165kmの豪速球を投げ、打ってはホームランを、それも投手で1番
敵地で(福岡ヤフオクドーム)第1球をホームランするなんて、まるでアニメの
世界の如し!

球界の老害であるご意見番たちの二刀流批判を、もろともせずグランドで結果を
出してはね除け、プロ野球の歴史に新たな1ページを作り出したことは素晴らしい❗
のひとことです。

来年は、ロサンゼルス・エンゼルス背番号17番として、メジャーリーグの舞台で
ピッチャーとして、バッターとして多いに活躍してくれることでしょう。
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生で見る機会はもう出来ないけど、NHK・BSやCSのJスポーツでテレビ観戦して
楽しみます。

3年前の2014年5月13日、対西武戦、函館オーシャン・スタジアムで完封し勝利したことが思い出されます。あの日は、とっても風の強い日でしたからね。
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ファイターズが北海道へやって来て本当にありがとう!

この間、新庄選手、ダルビッシュ選手、稲葉選手など多くの名選手を出し、そして
今回大谷翔平選手という100年に一度出るか出ないかの名プレイヤーがまた
旅たちます

そして来年、清宮幸太郎という、これまた楽しみな選手がやって来ます。
北海道には、とってもうれしい話ですよ。

こんなに道民に愛され、道民を愛してくださったチームである北海道日本ハム
ファイターズ 万歳です!

道内は、今年最後の大寒波襲来です。巨大台風並みの超大型低気圧が来襲し、
外は大暴風雪で明日の雪かきが思いやられます。

でも、寒くて暗い冬が終われば必ず新緑の春がやって来ます。
長い冬に耐えてこそ春が待ち遠しい!

来年のファイターズが再び日本一になることを、今日12月25日クリスマスプレゼント
として神様から受け取り、また一週間早い初夢を見させてもらいます。

こんなに地元に愛され、地元を愛してくれてありがとう!

大谷翔平選手、ありがとう!さようなら!

アメリカへ行っても応援しているよ!

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根雪とは、積雪が30日以上続いた状態を指しますが、函館では道内で観測が
開始された1961年以後で最速となりました。

その根雪が始まった日は、何と!11月19日。
だから、今日で30日目。

特に先日の大雪が、まだ溶けない内にさらに毎日のように降雪があるし、それに
連日真冬日が続く寒い冬となっています。
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庭の餌台を覆い尽くしていた雪を払い、お腹がペコペコの鳥たちに餌をやったら、
あっという間に群がってきました。彼らも必死です!


鳥たちは、どこで餌を仕入れているのだろう?冬になって虫もいないし、草や葉っぱ
もない状態で、どうやって生きてるのでしょうか?

それだけ動物たちも、早すぎる根雪に対し準備不足だったのでしょうか?

それを伝える今朝の新聞です。
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札幌・帯広では史上2位、函館最速か」と出ています。

昨日17日現在の積雪量は22cmで、平年の7cmに比べると3倍。

それに、最近は雪のない年末・年始だっただけに11月から雪が降って、雪かきを
しなければならないなんて、キツすぎる!

今日のテレビニュースでは、沖縄の子供たちが修学旅行で訪れた北海道・ニセコの
スキー場で大喜び!とありましたが、住んでいる我々にとっては今年の雪の多さは、
迷惑過ぎます。

新聞では、「例年は小雪の函館では、道路障害も深刻化している。17日午後3時
時点の積雪は平年の3倍の22cm。中でも生活道路の除雪が行き届かず、市によると
除雪に関する苦情や要望はこれまでに約150件に上った。」とあります。

それと市の除雪予算が大幅に不足とのこと。まだ年も開けていないのに、予算を使って
しまい、今後1月2月の大雪にどう対処するのか?心配になります。

そして、夕刊を読むと。

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観測が始まった1961年以後、今までの記録は1969年11月21日でしたが、今年は
それを2日早める11月19日の記録更新!との記事。

おまけに市内の累積降雪量は昨日の17日で、平年の2.3倍の157cm

雪が多い上に寒い日が続き、厳しい冬となっています。
理由は、太平洋東部の海面水温が低い状態が続く世界的な異常気象の原因となって
いる「ラニーニャ現象」とか。

喜んでいるのは、スキー場や台湾からの観光客。毎日函館へやって来る台湾の人たちは、
初めて見る雪に大興奮!

寒さも何のその、雪だるま⛄を作ったり、雪合戦をしたりして大喜び!

これから先の来年1月・2月も、さらに雪が降って寒い日が続くのだろうか?
雪と寒さは、もう結構です!

では、また!

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しばらくご無沙汰していおりました。
実は、この2週間とっても慌ただしく過ごしました。というのも、92才になる母が11月29日朝倒れ
救急車で病院へ搬送され、診断の結果が脳梗塞だったのです。

右手が完全にマヒしていて、長期リハビリになるかな?もしかしたら二度と
我が家に戻れないのでは?と心配もありましたが、最近はなんとか少しずつですが
回復し、あとはリハビリ専門の病院へ転院してトレーニングすれば春までには退院
出来そうな状況です。

早期に連絡したのと、早めに治療したのが良かったのでしょう。まずは、一安心。

家から4kmほどの距離にある市内中心部の五稜郭電停周辺にある病院なので、
毎日見舞いには通っています。

そんななか、7日に叔母が亡くなりました。明治45年生まれの105歳!

西暦にすると、何と1912年。二度も世界大戦を経験し、明治・大正・昭和・平成
生き延びてきたのです。

自分が子供の頃は、良く可愛がられた記憶があります。
ほんとに叔母さん長生きしたね❗

葬儀の日は、雨で積もった雪がほとんど溶けたのに、ところが昨日から激しい雪が
降り続け、昨日は朝・昼・晩と3回も雪かきをしたにも関わらず、朝起きてみると
さらに驚きべき降雪がありました。

時々紹介している庭にある鳥の餌台が雪で見えません!
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幸い10時頃から太陽が顔を出して来て暖かい。早速雪かきしました。

腰が痛い!腰痛ベルトをして、毛糸の帽子をかぶり、厚い手袋を履いて長靴で
よいしょ、ヨイショと。
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大変な作業です。
いつもは、乾いた軽い雪が降りますが、今回のは重い!まるで本州で降る雪みたく
サラサラ雪ではなく、どっしりある雪で雪を飛ばすのも力を要します。
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何とか家の前の道路はきれいにしましたが、この先もまだまだだあります。
ゆっくりと、時間をかけて午後も雪かきします。
庭の木々にもたくさんの雪、雪、雪。
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そんなわけで、午前中は雪かき。
今年はもっと降るのでしょうか?ここ数年雪のないホワイトクリスマスとお正月で
したが、こんなにドット降ったのは、久しぶり。

1985年2月のある休日の朝、起きてみたら玄関が開かないことがありました。
50cm以上も降り、1日中雪かきをしたことが思い出されます。

今日のは、今朝の朝刊によれば昨日深夜零時の段階で37cmで、さらに朝方まで
降り続けたのでそれ以上の積雪があったのです。

数十年ぶりは、ちょっと大げさかな?
しばらく経つと忘れますからね。

今までも大雪はあったのですが、昨日は、函館空港が閉鎖され多くの飛行機は
千歳へ飛んで行ったそうです。
いつもは、千歳は雪で閉鎖されるのに今回は逆のケース。


もう、北朝鮮の漁船と大雪は来なくていいです!

では、また!

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今日は真冬日、太陽が顔を出していても風が冷たく、さすがに最高気温でもマイナス
だと感じました。

それに加えて毎日雪が降ります。新聞によれば、函館の累積降雪量は平年の2.4倍の
91cmだそうで、通りで雪が多い年だということが分かります。

道内の7日の最低気温は、十勝の陸別町でマイナス23.8℃。これだもの、陸別では
オーロラが見れます。それだけ寒いということ。道内のあちこちで、ダイヤモンド
・ダスト現象が見れたことでしょうね。

さて、20回目となった函館山山麓の西部地区散策は旧幕府軍の兵士たちが眠る碧血碑
(へっけつひ)から。
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中国の故事に「忠義を貫いて死んだ者の血は、三年たてば地中で宝石の碧玉と化す
という伝説がありますが、ここはそれにちなんで名づけられています。
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箱館戦争は、幕末の戊辰戦争のファイナルで五稜郭や市内各地で、旧幕軍が統治する
蝦夷共和国」に対し、薩長中心の新政府軍が仕掛けた戦いです。

イギリス軍が味方し最新軍備力に勝る新政府軍の勝利に終わり、旧幕軍は「賊軍」の
汚名を付けられ戦場の死体は放置されました。賊軍の死体は葬るな、と。

埋葬されないまま放置された死体は、腐敗し無残な姿をさらけ出していました。
当時、箱館で任侠をしていた柳川熊吉は見るに見かねて、その死体を集め丁寧に葬った
といいます。
そばには、その彼の碑がありました。
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また2枚同じ写真を使ってしまい申し訳ありません。PC苦手な高齢者に免じて
許して下さい

この碑は、戦争が終結し新しい時代明治が始まり8年経った1875年に建立
されています。碑の裏に何か文字がありました。

書かれている意味は、「明治2年に、このことは実際にありました。山の上に石を
建てて悲しみを気持ちを表します」と。

つまり、明治時代初期は戊辰戦争の内容に触れることははばかれ、曖昧な表現で書かれ
ざるを得なかったのです。それだけ、薩長の政治力が強く旧幕府のことを言葉にすること
が出来なかった時代だった、ということです。


この高さ6mもの碑は、生き残った旧幕臣の榎本武揚大鳥圭介らが、伊豆産の石を使い
東京で造り船で運ばれて来たもの。

碑石の文字は、大鳥圭介のものと云われています。
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徳川・・・宮田登輔の文字が見えますね。彼も旧幕臣だったのでしょう。
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今でも、土方歳三ファンかな?千羽鶴が添えられています。
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カギがかかった内部に、旧幕軍の戦死した兵士たちの骨が眠っているのでしょう。
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土方歳三は箱館で戦死していますが彼の遺体は発見されておらず、ここには骨は
ありません、が彼もまた旧幕軍の一人で仲間ととともに葬られているのです。

夏には、よく土方ファンが訪れています。

ということで、西部地区でも函館山中腹にあり観光名所からは遠い場所にある
碧血碑は、それこそ歴史好きで土方歳三ファンくらいしか訪れることのない
ひっそりとした山中にあります。

では、また!

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今夜は暗い夜、外ではしんしんと雪が降っています。昼頃一度雪かきをしたのに、
寝る前にもう一度雪かきをしなければいけません。

本当に今年は雪が多いし、寒い。昨年は12月でも自転車に乗れたし、現に
クリスマス・ファンタジーを撮影するために、昼間でしたがチャリンコで
西部地区まで走ったのに・・・それが、今年は11月半ばから根雪になっています。

そんな今年の冬ですが、今お伝えしているのは今年10月のこと。ほんの2か月
前のことですが、気候は天と地の差があって、10月に散策した時は汗ばむほど
で、今となっては懐かしい思い出です。

さて、19回目となった西部地区散策。今日は函館山山麓の最南端の小学校で
あった(ということは、すでに閉校しています)谷地頭(やちがしら)小学校
訪ねます。
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函館公園からほぼ真南へ、直線距離にして500mですが坂を下りたり上がったり
して倍くらい歩て函館山の3合目(多分?)くらいまで登ります。

谷地頭の名の由来は、その名の通り低地で湿地帯だったから。大雨が降れば、
しょっちゅう土地はぬかるみ水があふれかえっていた土地です。

そこの高台に旧谷地頭小学校があります。まずは、記念碑を見ると校歌がありますね。
大正13年というから1924年に建設された小学校で、最初は鉄筋コンクリート造り
の設計ありの予定でした。

なぜなら、何度も函館では大火に見舞われていて木造建築では簡単に焼失して
しますから、と。
それを提唱した人物は、前回紹介した函館の文化人であり函館図書館の初代館長に
して当時函館市議も務めていた岡田健蔵氏。

彼は、1921年(大正10年)の函館大火で木造建築があっという間に燃え尽きてしま
ったこと、逆に鉄筋コンクリート製がいかに頑丈であることを市議会で訴えます。

しかし、予算の関係かその訴えは聞き入れられず、結局市の計画で木造建築へ。DSCF7416




















残念ながら、1924年に建設された校舎は68年後の1992年(平成4年)に解体
されます。それは、児童数の減少からとなりの青柳小学校に統合されてしまった
からです。

出生率の低下が年々減少し、子供の数は昭和の時代と比べて半分以下へ、学校は
統廃合されますよね。

現在の校舎は、4年後の1996年(平成8年)に当時と同じように再現されたもので、
函館における青少年宿泊研修センター「ふるる函館」として生まれ変わったのです。
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屋根に特徴がありますね。これ、ヘディメント=三角形破風といって大正時代
後期の流行らしいです。

ここの宿泊施設は、ユースホステルのように2段ベッドが4つある相部屋で、それが
いくつもあって、よく学校の宿泊研修で利用されています。

低料金だから、小学生から高校生まで市内の子供たちがよく宿泊している施設なの
です。
元グランドだった場所は、中庭となっていて全面芝生張りです。
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体育館も建て直されていますね。
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裏の函館山のうっそうとした森林には、いくつもハイキングコースもあります。
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代表的な北海道の木造校舎の一つで、増毛町の増毛小学校や当別町の弁華別小学校
などともに、戦前からの木造校舎の小学校として知られていました。

が、老朽化と少子化で25年前に閉校となったのです。

さて、これから夜の雪かきをしてきますので、今晩はこれまで。
短いブログで申し訳ありません。
明日は、函館山山麓の南側をもう少し散策することにします。

では、また!

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市内青柳町にある函館公園は、今から138年前の1879年(明治12年)に開かれた
北海道初の公園です。

明治12年というと、日本最初の地方議会である東京府(当時は都ではなく府でした)
に府会が開会されたこと、沖縄では琉球藩及び琉球王国が廃止されたこと、いわば
歴史上琉球処分がなされたこと、そんな時代です。

明治維新から11年目のことで、まだ文明開化の花が開いたばっかりの頃です。
当時の日本人は、市民が憩い・集うことが出来る公園の意味を知っていなかったはず。

そんな時代に、函館にあったイギリス領事館の領事を務めていたユースデンが公園を
造ろうと、市内の豪商たちに呼びかけ寄付金を集め、国からも補助金が出て前年の
1878年3月から1年7か月を要して完成したものです。

それも、東京や大阪といった大都市ではなく、首都から遠く離れた蝦夷地から改名され
北海道となって10年しか経っていない地方都市の函館で公園が出来たのです。
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そんな市民公園を散策します。

イギリス領事のユースデン夫妻は「病人には病院が必要であり、健康の人には養生の
ための公園が必要」(「市電で巡る函館100選」より)と、市民に憩いの場の必要性を
訴えたことから公園が造られました。

封建社会からやっと解放されて、西欧の文明が少しずつ受け入れてきた時代ですが、
当時は市民という概念もなかった時代です。

それでも、函館の多くの人々はスコップ片手に公園造りを手伝ったそうです。
北海道開拓使函館支庁長の時任為基は、囚人までも動員して山を削り、さらに遊郭の
芸者さんたちまでも残土を運び、樹木を植えるなどのお手伝いしたそうです。

重機のない時代だから、全部手作業だったのです。

まさに市民の公園が完成したのです!すごい!
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思わぬものを発見!
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箱館通寶(寶は宝の旧字体) 銭座跡の石碑が。
左の説明を読んでみましょう。
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幕末、開港してまだ2年目の箱館で幕府は蝦夷地でしか通用しないお金の鋳造
ここで始めたとのこと。

ここは、箱館でも当時は尻澤辺村字谷地頭と呼ばれていたんですね。
尻澤辺村に関しては、今までのブログでも何度か登場しています。青柳小学校の
石碑にも尻澤辺村のことが書かれていたし、湯の川の漁村に「是より西は尻澤辺村」
の石碑もありましたね。

今から160年も昔、ここで通過が生産されていたとは!驚きです。
それも蝦夷地のみ流通できないお金とは!

銭座とは、そのお金を鋳造する工房みたいな場所ですね。生産工場があったのです。

コンクリートの滑り台の跡も発見!
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石造りの滑り台跡で、当時の写真もありますね。
当時は、こんなものでも遊べたのですね。
DSCF7409



















公園内には、昨日お伝えした図書館だけではなく市立博物館もあります。
まさしく文化の場所でもあります。
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展示物としては、ペリー来航(1854年)時の資料や過去何度もあった函館大火のこと、
アイヌ風俗画など約62万点もの収蔵品があるのです。
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何度か見学したことがありますが、この日も入ろうととしたら月曜日は休館日
とのこと、残念・・・。また次の機会に見学しましょう。

ということで、また明日!


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早いもので12月も3日が過ぎて、2017年はあと20数日で終わりとなりました。
本当に時間が経つのは早いもの。

Time is money.  「時は金なり」ですが、これって西洋のことわざ
なんですね。
時間は貴重なもの、金銭と同様の価値があるから無駄にしてはいけない、という
意味です。

いや、それ以上のもので時間は金では買うことは出来ません。時間は、アマゾンでも
ヤフオクでも売られていませんからね。
商品にならないほどのとっても大切なもの。

私にとっては、自分の自由になる時間は残りどのくらいあるのか?あと20年生きると
仮定して計算すると、20年×365日=7300日。時間にすると7300日×24時間=175200
時間です。

といっても、3分の1は寝ている時間だし、全部が自分の時間になるわけではない。
それに、今のように動けるのか?おそらく今から10年後の75歳以後は、車中泊など
いわば「ぼうけんの旅」は出来ないでしょう。

それを考えたら、「ぼうけんの旅」が出来る時間はあと数年か・・・と少しネガティブ
に考えてしまします。

それでも、時間は刻一刻と過ぎ去るもの。本当に大切にしなくてはいけない!
そんなことを考えてブログを作ります。

さて、今日からは今年10月に西部地区でも南側、つまり函館湾側ではなく津軽海峡に
面した側を散策した記録をアップしていくことにしました。
[画像:5b96c944-s.jpg]

いつものように、西部地区の無料駐車場である函館山ロープウエイの旧FMイルカ
へ。そこに駐車し歩きます。

今日の目的地は函館公園。そのまえに石川啄木が生活した青柳町を散策。
素敵な家を発見。
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唐草館という名のレストラン。以前はツタの葉が家全体を覆っていたけど、撤去した
のかな?

調べてみたら、ここはフランス料理のお店で北海道の新鮮な食材に、フランスから仕入れ
たぜいたくな素材を組み合わせた料理を出すそうです。(入ったことはありませんが…)
DSCF7401



















家の造りが素敵ですね。
上下に開閉する窓。下見板張りの木造家屋で、壁の色は薄緑色。外に出れる2階の
テラスがいい味を出していますね。洗濯物干し場ではガッカリですよね。

予算に合わせる4つのコースがあるとのことですが、家族で行ったら福沢諭吉さん
が何人いても足りないかも?

函館公園へ向かって歩いていくと、蔵がありました。
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ピンク色の蔵は、部屋になっていて生活感が漂っています。
母屋もまたピンク色の家で、これまた素敵な建物。ストーブの煙突が北国らしい
風景です。
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函館公園に入って散策すると、図書館が見えてきた。
10数年前に、五稜郭公園付近に近代的な中央図書館が完成してからは、ここは
まったく利用していないし、市民からも忘れられた存在になっています。
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ここがオープンしたのは、1928年(昭和3年)のこと。
前年に、市内の豪商である小熊幸一郎さんなどからの多額の寄付があり、建設され
ます。

蔵書は、函館における図書館の生き字引である岡田建蔵氏の私立函館図書館から
3万冊寄贈されています。
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岡田健蔵氏は、函館の文化人にして後の市立函館図書館の初代館長でもあります。

2005年(平成17年)、旧渡島支庁の建物があった跡地に中央図書館が完成すると
ここは閉館しているから、今は開いていないんですね。

自分が中学3年生の高校受験期には、友人と市電で通いよく勉強していました。
通うのに約1時間費やしたけど、長い冬休み朝から夕方まで学習していたことを
思い出します。

北海道の冬休みは長い。12月24日が2学期の終業式で翌25日から1月の18日まで
25日間はありましたからね。

東京以西では、大抵2週間くらいで1月の8日からは3学期が始まりますよね。
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立派な建物ですね。入り口の柱が、まるでギリシア建築で使われているエンタシス
の円柱様式です。

建物をよーく観察したら、一番てっぺんに何かが鎮座しています。
ズームして見ましょう。
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神社の狛犬みたいな姿ですね。横から見てみると。
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やっぱり、狛犬です。まるで、図書館を護るシーサーのような、大火を防ぐ守護神
のように、屋根の一番高い場所でにらんでいます。

「火事を出すなよ!」と。

ということで、明日からも西部地区の南側紹介していきます。
では、また!

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