函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2018年09月

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超強力な台風21号が四国へ上陸しようとしています(午前10時)。この後北上し北海道にも接近とか。台風に慣れない道民としては、とても心配です。何ともなければいいのですが、まずは外にある飛ばされそうなものを片付けるとか準備だけはしておきます。

さて、鴻之舞鉱山から約8kmほど紋別市よりに北上すると上藻別(かみもべつ)の集落へ到着します。
集落と言っても、住んでいる人はほとんどおらずこの建物があるだけ。この古めかしい建物こそ、国の登録有形文化財に指定されている旧上藻別駅逓所です。

駅逓所とは何か?というと、明治以降の鉄道開通以前の北海道だけの交通システムの中の一つで、
宿泊施設を兼ねた中継基地といえば分かりやすい。人だけでなく馬の休憩・食事もし、郵便物の配達、物資の流通もする、いわば究極の道の駅みたいな建物です。

道内に100か所以上ありましたが、現存するのはここを始め数か所のみ。根室管内の別海や中標津の上武佐で見たことがあり、ここで3か所目。ここは、内部も公開している貴重な場所です。
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紋別市中心部から南へ23km地点になり、この道を南下すると鴻之舞鉱山を通過し、金八(きんぱち)峠(500m)のある金八トンネルを越えて丸瀬布(まるせっぷ)の市街地へと通じる道道305号線です。
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金八トンネルは2009年7月に完成し、険しく厳しい峠越えは必要なくなりましたが、金八とはアイヌ語ではなく、その名に云われはあるのか?と調べてみたら、料亭の芸者さんの名前でした。

鴻之舞鉱山の金を運搬するには、石北本線の鉄道を利用した方が良く、丸瀬布駅までの道路開削は遠軽か丸瀬布かでしのぎを削っていた1927年(昭和2年)、近距離である丸瀬布に軍配があがりました。

この路線選定にあたって、料亭の美濃屋で働く芸者「金八」が調査に訪れた役人を、おもてなしして丸瀬布に決定したそうです。4年後の1931年(昭和6年)に開通式がある前、峠の名称を付ける際に陰の
立役者である金八の名が浮かび「金八峠」となったのです。

金八には、金が開くという末広がりで縁起が良いという意味もあって異論はなかったといいます。
駅逓所の前に置かれたお地蔵さんは、道中の安全を祈って造られたものでしょうか?
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内部は無料ですが、志を入れて下さいとのカンパ箱があり、わずかばかりの寸志を寄付。
びっしりと、資料が展示されています。
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開拓当時の資料や鴻之舞鉱山の資料を始め、鉱山で採掘されたさまざな石も。
因みに、鴻之舞の地名は、「コウノトリが舞うような場所」から名付けられています。
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この菊花石はめずらしい。ホントに菊の花が描かれていますよ。
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昨日紹介した映画館「恩栄館」の写真が右側にありますね。戦前(昭和13年)に2500人も収容出来た映画館とは、どれだけ大きかったことか。
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外には、紋別と鴻之舞をつなぐ狭軌の鉄道もありました。狭軌とはゲージの幅が762mmで、JRの標準が1067mm、新幹線は広軌で1435mm。狭軌の鉄道は主に森林鉄道や軽便鉄道で使用されていました。
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今は使用されなくなったサイロや馬小屋などもあり、鉄道開通以前は当時は牛馬が交通手段だったのですね。
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鴻之舞元在住者の会の会長さんである林さん(1930年生まれの88歳)から本を「鴻之舞遺産を語り継ぐ」という本をいただき、いろいろなお話を聞くことが出来とても参考になりました。
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林さん、ありがとうございました。足腰が弱っているとのことでしたが、お体大切にしてくださいね。
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駅逓業務は1940年(昭和15年)に廃止され、その後は高地旅館として1949年まで営業、さらに住宅として活用された後に、上藻別駅逓保存会により修復され一般公開されるに至っています。
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近くには、閉校された藻別小学校。校舎はまだまだ使用できる立派な建物のようですが。
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その後は、オホーツク国道238号線を南下しコムケ湖へ。
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ここのキャンプ場で宿泊しても良かったが、温泉に入りたく湧別町へ。
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この日の宿泊場所は、道の駅、湧別町の「かみゆうべつ温泉チューリップの湯」。
500円で入浴し、夕食はレストランでホタテ定食。
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ということで、2日目終了。駅逓所を調べたら、道内には8か所あります。
道内の旅、またテーマが出来ました。「駅逓を訪ねて」も一つのテーマにしよう。

今日のコタローです。
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台風関係のニュースに心配顔? なわけないか!
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ボクは、外に出たことがなから雨も風も気にならないんだ。家の中で一生を終えるんだから。
新聞読むのは、難しい漢字がいっぱいあって分かんないよ。遊んでた方が楽しいな!
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遠軽駅を出て、今回の旅3日目の給油です。ガソリン、レギュラー151円は、函館でいつも利用している
所よりも10円以上も高い。出発した時に、家のそばのG・Sで入れて139円。高速降りた追分では152円。そして遠軽で151円。やっぱり、車での旅はガソリン代金が安いのに越したことはありませんね。

それを思うと、佐渡の旅は島価格で高かったのは仕方がないが、どうして道内でも価格がまちまちなのだろう?

さて、遠軽市街地から北へ2km左折して道道137号線へ。上原峠(460m)を越えて道道305号線へ合流して右折、間もなくして巨大な煙突が見えてきました。
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これが、かつての鴻之舞(こうのまい)金山の跡地です。
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かつては東洋一を誇っていた鴻之舞、埋蔵量でも佐渡金山、鹿児島県の菱刈金山に次ぐ日本第三位。
戦前の1940年には年間金2.8トン、銀51トンを産出。戦後の1954年には金年間2.97トンの最高産出量を記録しています。

紋別市立鴻之舞小学校があった場所です。今はうっそうとした森の中。ヒグマ出没中のエリアなのです。あちこちに「ひぐま注意」の看板があります。
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鴻之舞と紋別を結んだ鉄道の記念碑で、「銀色の道」誕生の地とありますよ。
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今から半世紀以上前の1966年、ダークダックスとザ・ピーナッツがそれぞれ発表し大ヒットとなった「銀色の道」。その作曲者の宮川泰さんの父親は、ここ鴻之舞金山でその専用鉄道「鴻之舞・紋別軌道」(区間28km)の建設に携わっていて、子の泰さんはその光景を覚えていたといいます。

当時の景色を下敷きにして作曲したのが「銀色の道」なのです。
2003年7月20日、同鉱山閉山30周年を記念して「銀色の道」歌碑が建立された時には、宮川氏自身がここを訪問しています。
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開山したのは、1916年だから、開山百年の2016年、今から2年前に完成した記念碑です。
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ズームして見ると、最盛期の頃の絵がありました。
1916年大正5年に金鉱が発見去れ、翌年には財閥の住友が買収。1918年には精錬所が完成し、医療・学校施設も開かれ、多くの住民が生活していました。
最盛期の1942年には住民14640人、従業員は4600人を超えていたといいます。
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その中に従業員の厚生施設として、「恩栄館」という映画館があり、何とその収容人数は2500人で道内最大だったそうです。戦後テレビが普及していない時期に、土曜日と日曜日には映画が上映され、しかも無料だったと。
鉱山の厚生施設では、秋田県の小坂鉱山の芝居小屋「康楽館」もそうでしたね。「康楽館」は明治時代の建物でしたが。
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最盛期の写真を見ると、商店街が形成され終戦直後の中学校にはプールまであるし、高校もあったのです。今は森となって原始の姿に戻ったようなここ鴻之舞も、かつては1万人以上の人が暮らす町があったのです。

この碑は、1年前の2017年8月に建てられていますよ。
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しかし、やがて金の品位が低下し採掘量は減少、鉱害問題や1971年の集中豪雨被害もあり、2年後の1973年に閉山となりました。
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教師をしていた時の同僚に鴻之舞出身の先輩がいました。彼は「閉山になって、働くために父が函館に来た」と。そういえば、同じく先輩に夕張から来た方もいました。彼の卒業した高校は、今はダムの底だと言っていました。

鉱山は採掘している間は景気は良いけど、閉山するとゴーストタウンになり、一気に過疎へと。
多くの人は、都市へと移り住んでいるのです。札幌市の人口が増加したのも産炭地が次々と閉山し、働くために札幌へ移住していったからです。
石炭採掘のピークの1960年、夕張は人口12万人近く、札幌は52万人。それが1972年の札幌オリンピック時には100万人を超え、今や200万人目前(196万人)です。

産炭地の人口のかなりが札幌へ移って行ったことが分かります。その間、道内人口は1995年の569万人をピークに、2015年は538万人へと減少しているのですから。
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哀れなキタキツネ。昔は餌もふんだんにもらえたのに・・・今は一人ぽっち。
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明日は、この先にある上藻別へ行き明治の頃に建てられた駅逓所を見学します。
では、また!


今夜のコタローです。
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ボクコタロー。生後3か月だけど、母親と離れて1か月以上。だからお母さんを思い出して、寂しい時もあるんだ。
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眼を見てごらん。涙目だよ。お母さん、何処にいるの?そして3匹の兄弟たちはどこ?
兄さんや弟はどうしているんだろうか?会いたいなぁ!
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でも、いい人に保護されてホント良かった!救われなかったら、カラスの餌食になっていたかもしれないし、食べ物もなくて飢え死にしていたかも?ここの家では、食べ物に不自由はないけどね。ミャーとネコ撫で声で鳴けば食事を用意してくれるんだ。

心配はあるんだ。それは、これから寒くなるし、怖いのは初めて迎える冬!
ぼくらネコ族は寒さに弱いんだ。だって、「ネーコはコタツで丸くなるー」と歌にもあるよう。
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でも、考えると眠くなってきちゃった。食べて 遊んで 寝て。これが、ボクの生き方さ!
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昨日から9月です。北海道では、すでに学校が始まっているし、長かった日照時間も少しずつ短くなり、すっかり秋の気配が漂っています。
湿度40%の乾いた風も冷たく感じられ、もう夏は終わったのかな?と。

そんな中、先週GLAYの野外コンサートが行われた緑の島へサイクリング。
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函館山をバックに、緑の島のヨットハーバー。
函館湾にごみを埋め立てて出来た人口の島です。東京で云えば、さしずめ夢の島。

対岸は、観光客が集まる赤レンガ倉庫群。
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9月1日といえど、まだ観光シーズンで数多くの観光客が散策していました。
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2日間で5万人を集めたコンサート。さすがに芝生は養生していて、立ち入り禁止。

ここで、コンサートが行われたのです。
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この日の函館湾は穏やかな海。
芝生から見た函館湾。
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函館どつく方面を見ると、いろんな大型船が見えました。
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函館駅周辺は、ホテルの建設ラッシュでした。
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ということで、爽やかな風の中をサイクリング!気持ち良かった!

最後に今日のコタローです❗
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食べるのに夢中。
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食欲旺盛で、以前は半分近く残していたのに完食です。これじゃ、大きくなりますね。
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食べるた後は、すぐに💤おやすみなさい❗
寝る子は育つ、でしょ❗

では、また!

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遠軽へと向かう旭川紋別自動車を走っている途中、上川町付近で自動車の単独事故を目撃しました。ポールが並べられているだけの1車線の対向車線で、網走方面から旭川方面へ走る車が突然壁にぶつかり、そのはずみでこちら側へぶっ飛びポールをなぎ倒してストップ。
こちらに突っ込んでくるのかな?と一時は恐怖へ。でも、フロント部分が壊れただけで運転手と助手席の方も無事でした。

エンジンからは白い煙が上がり、ボンネットは外れ内部むき出しでストップ。対向車線は通行が止まり、道路には部品が散乱していていました。見通しのいい高速道だから、原因は多分居眠りか脇見運転か?いずれにしてもこちらも気を付けてハンドルを握らなければ!と自分を戒めた目撃でした。

さて、遠軽到着。真っ先に訪れたのが、この巨大な岩。ここを登るつもりです。
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公園から頂上までの高さは、78mでほぼ垂直。およそ700万年前の火山の溶岩です。
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すごい壁となった一枚岩は、ガン望岩。ガンの字が出てこないので下の写真を参考にして下さい。
アイヌ語でインカルシ。見張りをするところ、という意味です。
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人口20700人の道東の町、遠軽。町唯一の高校である遠軽高校は、ラグビーと野球が強いことでも
知られています。町のマンホールにも、インカルシ(ガン望岩)が描かれていますね。
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登る前に、公園にあった消火栓を。水の出口が1ヵ所しかありませんね。きっと、遠軽は過去に大火がなかったでしょう。過去に大火が何度もあった函館の消火栓は、水の出口つまりホースをつなぐ口が
3つもあるのです。
それと、消火栓を知らせる標識の高いこと。これは冬、雪がたくさん積もるのでここにあるよ、と知らせる意味で高くしているのでしょうね。
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壁を登るのは、余りにも危険なので断念・・・というより出来るわけありません。
実は、裏側に道路があって自動車でかなり登れ、さらに歩いて5分ほどで山頂へ行けるのです。
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まずは車を停め、トレッキング道を歩きます。こんな感じの道だから誰でも歩けますよ。
山頂の東屋が見えてきましたね。
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遠軽の市街地が見えてきました。
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盆地となっている遠軽は、夏暑く冬寒いところ。5月に、30℃を越えて日本で一番暑かった町として
ニュースで紹介されています。
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水準点がありますね。地図記号で見かけますが、上空から分かる位置にあって、標高を測るのに
使用します。今は飛行機から電波で計測していますね。ここは標高160.8m地点。
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何かの記念碑の奥に、展望台らしき建物がありますよ。行ってみましょう。
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さすがに展望台からの方が見晴らしは良好。ズームで遠軽駅を!ここは旭川と網走を結ぶ石北本線が
走っていますが、駅でスイッチバックしています。
普通、スイッチバックといったら急傾斜の山間部の路線で行われていますね。
例えば島根県木次線の出雲坂根駅とか熊本県人吉市肥薩線の大畑(おこば)駅とか有名ですが、平坦な場所では珍しい。秋田県鹿角市花輪線の十和田南駅も同じですね。
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かつて、名寄本線があった時はさらに画面左奥、湧別町方面へとへレールが延びていたのです。
しかし、民営化されて廃止へ。今は、石北本線1本のみです。
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中央部を流れるのは、オホーツク海へ注ぐ湧別川。
この岩の先は垂直で、80m落ち込んでいて怖くて近寄れません。フェンスもなくて危険!
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遠くにスキー場も見えていますね。
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最後に遠軽駅。
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この後、上原峠を越えて旧鴻之舞鉱山へ、そして数少ない駅逓所へと行きますが、それは明日。
では、また!

コタロー日記から。

昨夜のことですが、コタローは新聞を読んでいますよ。
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ボクだって、読めるんだよ。スポーツ記事が好きで、特に赤いエンゼルスのユニフォームを着た
大谷翔平選手を応援しているんだ。
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でも、少し読んだら疲れちゃった。
今日9月1日土曜日は、朝からいい天気!太陽が差し込むベランダで日向ぼっこしよう!
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あー、眠くなってきちゃった。この後、昼過ぎまでぐっすりと居眠りするコタローでした。


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