10月15日月曜日、天気は今日も秋晴れ。ここのところ最高の天気模様で、太陽からは雪が降らないうちに外に出ておいた方が良いよ!と云われているみたい。
さて、上ノ国町の道の駅「もんじゅ」に到着。海岸段丘上の高台にあるから見晴らしが良い。
底から江差町の鴎島を見る。遠くに小さな島が見えるでしょう。砂州でつながった島、それが鴎島です。
そして、ここから一番高く見える山、写真では右に見える山、それが乙部岳(1016.6m)、別名九郎岳で、そう判官九郎義経の名を取った山です。

遠くに見える地は、昨日紹介した北海道の本土最西端の尾花岬(せたな町大成区)。

大崎漁港の一部が見えるけど、この辺りは上ノ国町推薦のトレッキングコース「竜灯伝説残る神(かん)の道」と呼ばれるコースで、道が整備されていて歩きやすい。

夷王山(いおうざん、159.1m))へ移動し、5分ほど山を登り山頂へ。山の麓には勝山館跡を取り囲むように、室町時代の墳墓が600余り分布し、白い標柱が海風を浴びながら立っています。

勝山館とは、松前氏の祖である武田信広が1470年頃に築いた山城で、16世紀末頃まで日本海側における政治・軍事・北方交易の拠点として栄えていました。
右の建物は、その勝山館跡を説明する資料館。でも、この日は休館日で残念ながら見れず。

夷王山神社から見えた鴎島。ススキの穂が風になびき秋を漂わせます。晴れているとはいえ、夏の風とは全然違う。もう、すっかり秋です。

江差町までは砂浜の海岸が続き穏やかな海に見えるけど、一転冬は荒れ狂う海へとなり数多くの海難事故を引き起こしています。それは昨日みた薩摩藩建造の「昇平丸」、さらには「開陽丸」などいくつもの船がこの海に沈んでいるのです。

牧草地の中に、夜明けの塔が見えますね。1988年(昭和63年)に完成した塔で、中間あたりまで階段があり登れます。

近くのキャンプ場は昔良く利用していたけど、今はご覧のように「ヒグマ出没注意!」の看板が。
これじゃ、誰も利用出来ないですよね。

ホントは道の駅で「てっくい丼」を食べたかったが、この日はレストランは休みで諦め、江差町へ。
江差の鴎島に残る義経伝説を追います。それが、この馬岩。

鴎島には、戊辰戦争最後の戦いの箱館戦争で、旧幕府側に最新鋭の艦船「開陽丸」がありましたけど、
鴎島沖で座礁し沈没しています。これは開陽丸を復元した船。

南を見ると、遠くに風力発電の風車群が見えますが、あの辺りに先ほどのヒグマ出没のキャンプ場があるのです。

波打ち際を歩き、洞窟を潜り抜けて馬岩の近くへ。
白馬が首を上げていなないているかのように見えます。これ義経の愛馬で、帰らぬ主人を待ちわびている間に岩になったといいます。
津軽の三厩で、荒れ狂う津軽海峡を見て、海を鎮めるために三日三晩祈り続けた義経。その時、白髪の老人から3頭の白馬を与えられます。それで、三馬屋から三厩となったと。

無事北海道に渡りここまで来たが、白馬の1頭は残されます。それがこの白馬だと。

アイヌの伝説には、このように岩に化身した話がいくつもあるのです。この後も登場しますよ。
この日は、「HO」を使い無料で温泉へ。江差町のとなり厚沢部町の温泉です。その前に厚沢部町の郷土資料館へ行き、歴史を学習。

メークインの里、厚沢部町のマンホールはジャガイモ。それもメークインらしく縦長です。

ということで、この日は厚沢部町の土橋レクの森キャンプ場で車中泊。
夜トイレタイムで起床したら、満天の星空がとてもきれいでした。
その代わり、朝はかなり冷え込み寒くて寝袋からしばらく出れなかったほどでした。
では、また!



































































































































































































































