函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2018年10月

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10月15日月曜日、天気は今日も秋晴れ。ここのところ最高の天気模様で、太陽からは雪が降らないうちに外に出ておいた方が良いよ!と云われているみたい。
さて、上ノ国町の道の駅「もんじゅ」に到着。海岸段丘上の高台にあるから見晴らしが良い。
底から江差町の鴎島を見る。遠くに小さな島が見えるでしょう。砂州でつながった島、それが鴎島です。
そして、ここから一番高く見える山、写真では右に見える山、それが乙部岳(1016.6m)、別名九郎岳で、そう判官九郎義経の名を取った山です。
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遠くに見える地は、昨日紹介した北海道の本土最西端の尾花岬(せたな町大成区)。
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大崎漁港の一部が見えるけど、この辺りは上ノ国町推薦のトレッキングコース「竜灯伝説残る神(かん)の道」と呼ばれるコースで、道が整備されていて歩きやすい。
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夷王山(いおうざん、159.1m))へ移動し、5分ほど山を登り山頂へ。山の麓には勝山館跡を取り囲むように、室町時代の墳墓が600余り分布し、白い標柱が海風を浴びながら立っています。
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勝山館とは、松前氏の祖である武田信広が1470年頃に築いた山城で、16世紀末頃まで日本海側における政治・軍事・北方交易の拠点として栄えていました。
右の建物は、その勝山館跡を説明する資料館。でも、この日は休館日で残念ながら見れず。
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夷王山神社から見えた鴎島。ススキの穂が風になびき秋を漂わせます。晴れているとはいえ、夏の風とは全然違う。もう、すっかり秋です。
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江差町までは砂浜の海岸が続き穏やかな海に見えるけど、一転冬は荒れ狂う海へとなり数多くの海難事故を引き起こしています。それは昨日みた薩摩藩建造の「昇平丸」、さらには「開陽丸」などいくつもの船がこの海に沈んでいるのです。
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牧草地の中に、夜明けの塔が見えますね。1988年(昭和63年)に完成した塔で、中間あたりまで階段があり登れます。
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近くのキャンプ場は昔良く利用していたけど、今はご覧のように「ヒグマ出没注意!」の看板が。
これじゃ、誰も利用出来ないですよね。
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ホントは道の駅で「てっくい丼」を食べたかったが、この日はレストランは休みで諦め、江差町へ。
江差の鴎島に残る義経伝説を追います。それが、この馬岩。
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鴎島には、戊辰戦争最後の戦いの箱館戦争で、旧幕府側に最新鋭の艦船「開陽丸」がありましたけど、
鴎島沖で座礁し沈没しています。これは開陽丸を復元した船。
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南を見ると、遠くに風力発電の風車群が見えますが、あの辺りに先ほどのヒグマ出没のキャンプ場があるのです。
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波打ち際を歩き、洞窟を潜り抜けて馬岩の近くへ。
白馬が首を上げていなないているかのように見えます。これ義経の愛馬で、帰らぬ主人を待ちわびている間に岩になったといいます。

津軽の三厩で、荒れ狂う津軽海峡を見て、海を鎮めるために三日三晩祈り続けた義経。その時、白髪の老人から3頭の白馬を与えられます。それで、三馬屋から三厩となったと。
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無事北海道に渡りここまで来たが、白馬の1頭は残されます。それがこの白馬だと。
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アイヌの伝説には、このように岩に化身した話がいくつもあるのです。この後も登場しますよ。
この日は、「HO」を使い無料で温泉へ。江差町のとなり厚沢部町の温泉です。その前に厚沢部町の郷土資料館へ行き、歴史を学習。
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メークインの里、厚沢部町のマンホールはジャガイモ。それもメークインらしく縦長です。
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ということで、この日は厚沢部町の土橋レクの森キャンプ場で車中泊。
夜トイレタイムで起床したら、満天の星空がとてもきれいでした。
その代わり、朝はかなり冷え込み寒くて寝袋からしばらく出れなかったほどでした。

では、また!



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10月14日日曜日晴れ。今日の秋晴れの外出するには最高の天気で、それに今日は「函館ぶら探訪」の日だったので、函館西部地区を散策するにはグッドコンディション!第29回目の今回のテーマは「西部地区の発祥の地碑巡り」で、日本初や道内初のいろいろな記念碑を巡って来ました。

それについてはまた後日紹介するとして、秋の旅の6日目をお伝えします。
まずは、松前町から上ノ国町へ。渡島管内から桧山管内へ。渡島の発音わかりますか?「おしま」と読みます。
ここは上ノ国町の小砂子(ちいさご)集落にある灯台。
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漁港の上の高台に設置されています。遥か北方には、うっすらとですが、明後日以降向かう予定のせたな町の道内本土最西端の尾花岬が見えています。
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道内最西端は、奥尻島(東経139度24分)ですが、本土ではせたな町大成区の尾花岬です。東経139度46分の位置。
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振り返ると、山側に学校の校舎が。行ってみましょう。
それにしても、平坦な場所がまったくなく、斜面に家が密集して建っていますね。
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上ノ国町立小砂子小学校。でも閉校されていて、付近に住まわれていたおばあさんに尋ねると、もう10年以上前のこと、だと。何せ子供がいないのだから。
それにしても、この校舎もったいない。何かに使用できないのだろうか?
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続いて、石崎集落へ、以前訪問した時は開校していた早川小学校、ここも閉校していました。
歩いていたおばさんに尋ねると、ここは以前は石崎中学校だったが、中学校はかなり以前に閉校し、この校舎を使って早川小学校として存続していたと。ところが、子供がいなく数年前に閉校したと。
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まだまだ十分活用できる立派な校舎ですが、子供がいなくては生かせません。
ここの駐車場でランチタイム。
その後は、さらに奥にある鉱山跡へ行こうと国道228号線から離れ、山間部へ向かう道道607号線の道を進めたが・・・。
道路にあるのは、何か所ものヒグマの糞。写真は、車に引かれた糞。
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こっちは、湯気は立っていないが新しい糞。なぜなら、2日前の雨に打たれていないから。
馬糞と違って、雑食性のヒグマ、よくよく見ると髪の毛みたいな繊維質が混ざっていて、草100%の馬とは違う糞だと、見て分かります。臭いはそれほどせず、しかしこの近くに居ることは確か。対抗する車は、まったくなく長居は無用だ。写真を撮影したらさっさと去ろう。
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国道に戻り北上すると、汐吹地区に小学校。ここはまだ健在で、子供の声が聞こえました。
滝沢小学校という名で、校庭にいた先生と話をすると、上ノ国町には小学校は3校で、市街地の町役場近くにある上ノ国小学校と2014年5月に廃止されたJR北海道の旧江差線沿い桂岡駅周辺にある河北小学校と、ここだけだと。中学校は1校のみ。子供たちはスクールバスで通学しているとのこと。
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途中、日本初の洋式軍艦「昇平丸」最終の地と書かれた碑発見。
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日本海の冬は荒れるんですね。
戊辰戦争の旧幕府側の最新艦の「開陽丸」も江差の鴎島で座礁し沈没したし、この薩摩藩が建造した日本初の国産洋式軍艦「昇平丸」も冬の日本海で沈没したのです。
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美しい砂浜海岸が4kmも続く大安在浜。
写真右端の岬は、先ほど灯台と小学校を紹介した小砂子集落。
山々は、大千軒岳(1071.6m)の峰々。
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ということで、上ノ国町の中心街に向けて道を進めて行きました。
明日は、上の国町、江差町を紹介します。
では、また!

今日のコタローです。
今日は、ネコのことわざを話題にするね。何回か取り上げてきたけど、最近こんなの見つけたよ。
「猫に念仏」これって、「馬の耳に念仏」、「犬に論語」、「スズメに鞠」、「豚に真珠」と同じ意味で、価値の分からない人には何の役にも立たない、ということなんだって。
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随分と動物たちを馬鹿にしているね。人間はそんなに偉いのかね?

しかしね、動物たちは決して大量に殺し合いなんてしないよ。それなのに、人間たちは昔から肌の色が違うから、宗教が違うから、民族が違うからと言った理由で、同じ仲間の人間を殺し、しかも大量に殺し合っているじゃないか!そのために原子爆弾と言った超破壊兵器まで造って、何十万人も殺したことがあるんだよね。

だから、「人間に平和を!」って、「猫に小判」や「猫に念仏」、「猫に石仏」などと同じ意味を持つことわざじゃないかな?
人間に平和を!なんて、絶対あり得ないことなんじゃニャン。ネコの方が平和だニャー!
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今朝は、この秋で最も寒い最低気温を記録、ついに一桁の7度。朝6時に起床し外へ出てみると、息が白くなるほどで、これから冬に向かって増々冷えて行くことでしょう。

でも、空は青く澄み渡り快晴。こんな日を逃すんじゃないぞ!と今日も函館山へと出かけました。
それについては、また後日に紹介するとして、今日は第5回目の秋の旅。松前町の続きです。
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巨大なケヤキの木がある松前藩主松前家の墓所です。
それにしても、巨木のケヤキ。周囲は何メートルあるのか?少なくとも5人以上の手をつながなくては
いけないでしょうね。いや、5人できかない。10人は必要じゃないかな?
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ここには、松前の歴代藩主やその家族など、55基の墓が立っていいます。石造りの霊廟が多く、北前船交易によってもたらされた笏谷石や御影石が多く使われています。
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続いて、法幢寺(ほうどうじ)。創立は15世紀末の1490年というから室町時代。松前藩主の菩提寺であることから、松前藩主の墓所に隣接して境内があります。
それでは、山門をくぐりましょう。
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山門を建てたのは、1838年とのことで江戸時代の後半。
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6代目住職は、江戸時代松前藩に関する有名な事件である「門昌庵(もんしょうあん)事件」の和尚さんだったんですね。道南では、かなり知られた事件でした。この事件については、後程現場である八雲町熊石区の寺で改めて紹介します。
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それにしても広い境内です。
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寺町を散策した後、駐車場に戻り北鴎碑林(ほくおうひりん)公園へ。ここには、松前町の有名人である書の大家の金子鴎亭(かねこ おうてい)先生の石碑が高いても建てられています。
松前町出身で書を広め指導した金子氏(1906~2001)は、近代詩文書の父と呼ばれた日本の書道の大家でもあって、だからか松前高校書道部はよく全国大会に出場しているし、書道パフォーマンスもしているんですね。
ここには、鴎亭とその門人の作品が彫り込まれた石碑120基が道沿いに並び、書の世界へ誘っています。
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最後に、郷土資料館へ。ありがたいことに無料です。
ここで、松前町の歴史をしっかりと学習し理解を深めました。
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電柱を地下に埋めてすっきりした城下通り。江差町のいにしえ通りみたいで、味わいのあるストリートに変身していました。
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市街地を出て日本海沿いに北上。まずは、海上に松前小島(左)と渡島大島(右)が見えてきました。
右の方が小さいように見えますが、実際は小島の何倍も大きいのですが、距離が2倍以上遠くにあって小さく見えているのです。
松前小島と渡島大島の2つとも無人島で、どちらも上陸には文化庁の許可が必要です。2つとも火山島で、江戸時代には大爆発をして津波を引き起こし、大きな被害を与えています。
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確か、昨年は北朝鮮の漁民たちが漂流して、松前町の漁民の小屋を荒らしまくり、海上保安庁に逮捕されたことがありましたよね。
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最初の集落である館浜。ここには小学校があったが、すでに廃校となり校舎はなし。
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続いて、日本海沿いにある最大の集落の大島へ。大島開発顕彰の碑がありますね。渡島大島の島影が小さいけど、碑の左側に見えます。
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かつて、野球で常勝チームだった大島中学校も閉校へ。寂しいなぁー。子供がいないんです。
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原口集落へ。ここの原口小学校も閉校し、地区のセンターへ。校舎と体育館は立派です。
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この辺りの唯一の大島小学校は、緑の芝生のグランドと素敵な校舎と体育館。でも、児童数は何人?
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ということで、北上するにつれて寂しい風景が連続する日本海沿いの集落が点々と並んでいます。
この後、さらに北上し桧山管内へ入り最初の町である上ノ国町へと向かいます。

では、また!

今日のコタローです。
そうそう、今日はね、知り合いの東京から一時帰省した若いお母さんと赤ちゃんがコタローを見に来たんだよ。
まだ、ハイハイしている赤ちゃんに愛想よく一応挨拶したけど、分かってんのかな?
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野良猫の真っ黒いネコが庭に遊びに来て、コタローとにらめっこ。
お互い意識し合っていましたが、野良は大人でさっさと去っていきました。
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玄関の鉢をひっくり返してしまい、玄関は土だらけに。
家のお母さんに叱られているコタローです。
神妙な顔をして、お説教されて聞いています。
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ごめんなさい。悪さはしていないけど、つい遊びに夢中になって、許して下さい。
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反省していいます。これ以上怒られると、コタローは涙が出てきます。
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今日10月11日木曜日、天気は曇りで低く雲が垂れこめていて、今日1日は太陽はまったく顔を出さないみたいで、気分もブルー。
気温も低く,午後からは雨も降りだし、半袖姿では寒く感じられ、長袖を着込んで生活しています。

さて、松前町の寺町を散策。昨日は義経伝説第2弾を発見した光善寺を訪れましたが、今日は他の寺へと足を運びます。まずは、光善寺のとなりの龍雲院へ。
この石垣と塀は、城下町らしく趣がありますね。
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1869年の戊辰戦争最後の戦いの箱館戦争で唯一焼失を免れた寺です。1625年の創建というから江戸時代の初期。現存する本堂は、1842年越後は柏崎の大工によって建てられたといいます。
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松前城の北に位置する寺町は、現存するだけでも5寺あって、それぞれに歴史がありじっくりと訪ねたい。
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町内では、一番古い建築物だそうですね。別殿の龍神堂は、羽前の国、今の山形県の善宝寺の分神を勧請したものだそうで、善宝寺と云えば2年前に訪れていますよ。境内に鉄道博物館があるというので行きましたが、扉は閉ざされていて、たまたま歩いていた若いお坊さんに尋ねたら「もう、10年以上前に閉鎖した」とのことで、ガッカリしたことを覚えています。
でも、善宝寺は歴史もありかなり大きく見応えのあるお寺でしたね。
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山門の彫り物がすごい!
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そして、本堂の彫り物もまたすごい! 良く焼けずに残ったことよ。
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象の鼻のような長い鼻を持つ龍、牙が鋭い。空想の動物でしょうが、ものすごい迫力です。
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続いて、松前神社へ。ここは、松前家の始祖である武田信広を祀る神社。
そして、ここは縁結びの神様としても知られています。
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その証拠がこれ。縁結びの木で、二本の木が途中でつながっていますね。まるで、乙部町にある縁桂の木みたいに。
2本の木が手をつないでいるようなイタヤカエデの木で、ここでは縁結びのお守りも売られています。
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田崎東(たざき あずま)の碑。幕末の松前藩は、旧幕府側につくか新政府側につくかでもめていたそうです。田崎東は幕府を倒す側=勤皇派=薩長の新政府側について藩内で争い、戦死した若き(27歳)サムライだったのです。
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そして、松前城。正式な名前は福山城。日米和親条約が結ばれ、長年鎖国をしていた日本が開国した年である1854年に、日本で最後に築城された日本式の城で、現在は、天守の内部は資料館として開放されています。
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もっとも、終戦後の1949年に火事で本丸御門を残して全部焼失しましたが、11年後の1960年に天守など復元工事により、往時の姿がよみがえりました。
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松前家の家紋は、元々は武田家出身だけに、❖の家紋を〇で囲んでいますね。

続いて、1469年に創建された法源寺へ。
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奥尻島から移されたという曹洞宗のお寺で、山門は道内最古だそうです。この山門、国指定の重要文化財です。
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境内には、松前藩家老にしてアイヌ古老の絵などを描いた画家であった蠣崎波響(かきざき はきょう)のお墓があります。
道内では、とても珍しい竹林ですよ。これほど見事な竹林は、北海道広しといえどありませんね。
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じっくり拝見していたら、何と猛毒のトリカブトじゃないですか。
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トリカブトに含まれているアコニチンという毒性は、青酸カリの100倍もあるといいます。矢じりの先に少量のトリカブトを塗っておくだけで、体重200㎏以上のヒグマを殺すことが出来たというほどです。
「ゴールデンカムイ」にもアイヌの少女アシリパが、第1巻からトリカブトの毒を使ってヒグマを倒す場面があります。あの不死身の杉本佐一がヒグマに襲われ、絶体絶命のピンチを救ったのがアシリパ。
これが、二人の最初の出会いです。

トリカブト、函館山にもあるんですよね。猛毒のトリカブト、身近なところにも生えているのですね。
ということで、松前町見どころいっぱい。明日も続きます。

では、また!

今日のコタローです。
今日は、猫に関することわざを教えるね!
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「犬猫は三日飼えば 恩を忘れず」~コタローは知っているんだ!恩を仇で返すなんてことは絶対しないからね。ネコだって、愛情をもって接すれば深い愛情で返してくれるんだよ。
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「女の心は猫の眼」~女性の心理は、ネコの眼のように変化しやすいという例え、だって。
女の人って、そんなに変わりやすいの?女心はわかんねぇニャー。
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「窮鼠猫を噛む(きゅうそ ねこを かむ)」~ネズミでも追い詰めればネコに噛むつくことがある。この意味はね、絶体絶命のピンチに立たされれば、弱い者が強い者を負かすことがあるんだよ!ということ。つまり、ネコだって犬に勝ったり虐める人間をやっつけることだってあるんだ、ということだよ。
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あーぁ、そんなこと考えていたら眠くなっちゃった。寝よーっと!
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じゃー、またね!

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10月も今日で10日目。外を歩くと、冬を告げる虫である真っ白い雪虫が飛んでいて、間もなくやって来る雪の季節を予感させます。自転車で走ると、顔に当たるわ口の中に入るわで、歓迎されざる虫ですが、やはりというか、毎年訪れる冬将軍の先遣隊なんでしょうね。

さて、9月の秋の旅の初日の車中泊は、松前の道の駅「北前船松前」の駐車場。
朝5:30に起床した朝焼けの津軽海峡です。
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左の岬は、北海道最南端の白神岬。青森県津軽半島の竜飛岬までは19.2km。
でも、写真に写っている陸地は下北半島です。地図を見ると分かりますが、松前は下北の大間よりも南に位置しているのです。だから、松前から東の方向を見るとまさかりの形をした下北半島の刃の部分にあたる西海岸が見えるのです。

道理で、昨夜の灯りは大間町と佐井村の町の灯りだったのだ、ということが分かりました。

一方で、南側は津軽半島の竜飛岬を望みます。左の薄く映っている陸地は、同じ津軽半島の高野崎方向で、函館から見ても津軽半島は2つに分かれた陸地に見えます。それは、間に三厩湾と今別川の狭いけど沖積平野があるからで、それ故によーく晴れた日には、直線距離で140km以上離れている秀峰津軽富士の岩木山(1624.6m)が見えるのです。といっても、冷たい空気の澄んだ朝方だけで1年に10日ほどですが。
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まずは、松前藩屋敷のある駐車場へ移動し、車を置いて歩いて寺町へ。最初に訪れたのは光善寺(こうぜんじ)。
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寺の前に説明板2枚があって、「伝説・血脈桜その1」と。
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次に、「その2」が。読んでみると、どうやら江戸時代の松前城下に住んでいた鍛冶屋の父と娘の物語です。父子は長年の願いが叶って京都・奈良へ旅に出ます。そこで、娘の静江は知り合った尼僧と仲良しになり、別れに桜の苗木をもらいます。長い旅を終えて帰宅後、それを光善寺に植えました。

やがて年月が経ち、静江もいません。寺では本堂を建て直すために、静江が植えた桜が邪魔になり切り倒すことに。その前夜、住職の枕もとに現れたのが静江の亡霊。「桜を切るならば、血脈を授けてくれ。」と懇願するではありませんか。
住職は、翌朝にそれが夢ではなかったことを知り、桜を切らずに残したといいます。
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光善寺の由来も書かれていました。1533年の創建というから、間もなく500年の道内では、かなり古いお寺です。
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何と!西郷隆盛の書も。でも、本人直筆ではないと思われますが。
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これが、血脈桜ですね。5月のゴールデンウィークだと、大勢の観光客で賑わうのでしょうが、9月の末ともなると閑散とした境内です。
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血脈とは、「亡くなった人が仏になれるようにお坊さんが与える書付」と書かれていますね。
静江の亡霊が現れたのは、18世紀中ごろのことだったようです。
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大仏さんも見てますよ。
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長い境内を歩いて本堂へ。
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後ろを振り返ると、仁王門と鐘楼が見えます。
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立派な扁額と鰐口。
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で、ここに義経伝説があります。津軽海峡を越えて無事に蝦夷地に上陸した義経。彼は神仏に感謝して阿弥陀千体仏を刻んで義経山欣求院というお寺に安置したと。
ところが、この寺は1869年の戊辰戦争最後の戦いである箱館戦争で火災に見舞われて焼失。しかし、阿弥陀像だけは焼け残り、それが光善寺に改めて祀られたといいます。
ここ光善寺の境内に残っている義経山と刻まれた碑が、これです。この石碑の文字は、義経が矢じりで彫ったと伝えられているそうです。
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どうぞ、説明板をお読みください。
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義は読めますね。次の経は「理」のようにも読めますね。
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近くにあったこの像、何を手にしてるのでしょうか?まるで、優勝トロフィーみたい。
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境内には、ワインレッドのきれいな花が咲いていましたが、これ何という名前の木なんだろう?
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ということで、松前で義経伝説第2弾を発見!
この後、さらに北海道唯一の城下町松前を歩いて歴史を探訪します。
では、また!

今日のコタローです。

「コタローです。」(例の「ひろしです。」の哀愁を帯びた口調で言っています。)
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涙目のコタロー、今日は悲しみの日なのでしょうか?
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でも、なんか企んでいる眼だな?コタローは何を考えているのかな?
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朝から動きまくって、暴れてお母さんを傷つけて、傷だらけにして荒らしまくりましたコタローです。
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とにかく、動き回るのがコタローの特権だ!じっとしているのは、寝る直前のひと時だけ。
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この後、グッスリと3時間ほど寝ていました。

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体育の日の翌日の9日の火曜日も晴れ。秋晴れの日が続いています。
正面左奥に三森山が見えますが、亀田富士の名の通り、富士山型をした山ですね。
この写真を見てもお分かりのように、市街地の大半は平坦地です。観光番組で、よく函館は坂道が多いと云われますが、坂があるのは函館山の山麓だけで、陸繋島のくびれた部分や人口の大部分を占める平野部は、ほとんど平坦なのです。
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正面奥、渡島富士の異名を持つ駒ケ岳が山頂を隠して見えますね。その下に、溶岩堰止湖の大沼・小沼があり、とても風光明媚です。国定公園に指定されています。
中央に、造船会社の函館どつく。かつては函館ドックの名で、一部上場企業従業員3000人以上いた大企業でしたが、1980年代に入ってから縮小し身売りを繰り返して今は700人規模の会社へ。
それでも、市内を代表する企業の一つではあります。
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遠くに白い線が見えますが、それが北海道新幹線の高架橋です。左右の山並みの一番低い部分辺りに新函館北斗駅があり、ここは「新幹線ビューポイント」として撮影場所にもなっているところです。
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一番観光客でにぎわうハリストス正教会周辺をズーム。右に聖ヨハネ教会、赤い屋根が元町カトリック教会、大きな黒い瓦屋根が日本初のコンクリート製の寺院である東本願寺函館別院。
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展望台にあったレリーフは、「伊能忠敬北海道最初の測量地」。
2日目のblogでは、福島町の吉岡に伊能忠敬の像と伊能忠敬上陸の説明板がありましたね。
箱館上陸を目指して、津軽の三厩を出たものの潮の流れか風の影響か、福島町に上陸し函館まで海岸線を歩く羽目になったのでした。道のなかった時代に、どうやって歩いて箱館までやってきたのでしょうか?
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明治政府は、函館をヨーロッパとアフリカの狭い海峡を睨むイギリス領ジブラルタルにするつもりでした。ロシアの南下政策に対抗し、津軽海峡を通過するロシア船を監視するために函館山に要塞を築いたのです。写真のような大砲を設置して。
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だから、登山はおろか写真撮影を始めスケッチすら許されなかった時代が、戦後まで続いたのです。そのおかげで、野鳥や高山植物など自然は保たれたのかもしれませんが。
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このレリーフの人物こそが、ブラキストン。ブラキストン・ラインで有名ですね。
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猿とイノシシは北海道にいませんね。その代わり、ヒグマ、キタキツネ、エゾリス、エゾシカなど本州にはいない動物がいますよね。その境目を発見したのがブラキストン。
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山の各地に要塞跡が残されていて、防空壕跡もあります。
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南側を見ると、遠くに下北半島が見えますね。
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明治20年代に写された写真を見ると、ほとんどはげ山だったんですね。住民が薪として切り倒していたのです。その後に杉の木を植林して、森が出来、軍事要塞化してからは、人の立ち入り禁止となったために自然が残されたのですね。
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帰りは、それほど人の通らない潮見コースを。こんな素敵な道です。下山は、登りの半分の30分。
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ということで、体育の日の函館山登山は気持ちの良い1日でした。

昨日お伝え出来なかったコタローです。
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昨日のお昼は、お父さんもお母さんもいなくてコタローだけでお留守番していて、とっても寂しかったよ。
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この哀れみの顔を見て!悲しみの表情だよ。
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あ、そうそう。今朝ね、野良の黒猫が庭にいたんだ。コタローは複雑な心境です。
なぜかって?外には出たいけど、自分一人で、いや一匹で暮していけるのかな?と切実な問題があるのです。寒い冬を乗り越えられるのか?という。野良は自由で良いなぁ!と思う反面、自分は暮せないないうあきらめがあるのですよ。
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家に居れば、食事は食べ放題!ニャーオと鳴けば、いつでも食べれるし、用意してくれるんだ。
家中のネコは楽ちんだよね。幸せ者,いや幸せネコです。
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腹減った!飯食うぞー!そのあとは寝るぞー!
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今日は10月8日月曜日祝日で体育の日。今から54年前の1964年10月10日に東京オリンピックの開会式が行われた日です。
天気はバッチリ晴れ!こんな日に家に閉じこもっているのは、もったいない。
ということで、朝6時に起床した時点で久しぶりに函館山へ行こう!と。
実に2年ぶりの登山です。というのも、昨年は2月から体調が悪化し、人生初の入院・手術さらにリハビリと、何処へも行けなかったのです。おまけに、主治医からは「ハイキングもダメ。途中で心臓がおかしくなったら、施しようがないから。」と云われ、天気のいい日でも家で引きこもりの毎日だったのです。

11月から3月までのの冬期間は、函館アリーナのジムでトレーニングして体力回復を図り、無事今年4月から車中泊の旅に出れ、9月の秋の旅まで何とか何事もなくラフでハードでタフな旅を続けることが出来ました。
ならば、2年ぶりとなる函館山へも行けるだろう!楽勝だ!ということで、登山開始!
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散策コースはいくつかありますが、今回は初心者コースともいえる一番楽な道を進みます。
旧登山道コースで5合目までが1020m。
もっとも、ここまで来るのに15分ほどウオーキング。ロープウェイ付近の無料駐車場に車を停めて歩いてきました。ロープウェイを使うのは、体力的にも経済的にも、余りにもったいない。
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緑の山 紺青の海 美しきかな 函館  ~これ誰の詩でしたっけ?
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一方、自動車道はこんな感じで、杉の大木の間を通過して10分くらいで山頂駐車場へ着けるのかな?
今日は車で行くのももったいない天気。歩いて汗をかくのが最高!
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こんな道を歩きます。さすがに体育の日だけあって、多くの市民がハイキングしていて、朝から「おはようございます!」の挨拶が聞けます。良いですね、ハイカー同士が挨拶するのは!
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山には33番の札所があって、ここは3番目。1から33まで歩くのも楽しそう。
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函館山、高さは334mで昔火山でした。昔といっても100万年前のこと。地球の歴史46億年前から見ると、ほんのちょっと前のこと。火山活動で爆発して成立した島だったのです。
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今でも、その形跡はあちこちに見られます。
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先ほどの5合目、歩くこと1020mの野鳥観察小屋へ。
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こんな鳥たちが見られるのです。
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ここでウォーター・タイム。
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野鳥観察小屋で小休憩後、一気に山頂展望台へ。結局1時間弱というところかな?
以前の元気だったころは40分くらいで登れたし、走って20分で山頂まで行ったこともあったけど、
それは若いころの話。66歳になった今は、年相応にそれなりに歩いて行けることに感謝です。
晴れ渡った青空の下に、函館市街地がクッキリと見えました。
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横津岳と駒ケ岳の山頂は雲がかかり見えず。でも、海は穏やかです。
夏に、GLAYの5万人コンサートが行われた緑の島もみえていますね。
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ということで、明日は函館山をもっと詳しく紹介しますね。
では、また!


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現在滞在している場所は、道南の知内(しりうち)町。演歌歌手の北島三郎の出身地として知られていますが、主に農業と漁業の町で、特産品は「北の華」ブランドのニラと知内かき。外海で牡蠣の養殖をしていて、生カキを食できる「カキ小屋知内番屋」もあります。
特に、知内産のニラは道内では有名です。

さて、矢越山荘、ここは知内町が建設した海と山に囲まれた学ぶ場です。
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内部は、知内産の杉をふんだんに使用していて、木の香りがぷーんとするほど、真新しい。
知内町在住の画家・横山朝覧氏の絵画がミニ・ギャラリーとして公開されていて、うれしい。
無料で公開されていますが、キッチンなどを借りる場合は、有料。シャワー室は一人1回100円で利用出来ます。
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絵に関しては、これだけしか写してこず。近々訪れる機会がありますので、すべての絵を紹介したいです。素晴らしい絵ですよ。
小谷石には、無料のキャンプ場もあるし、何よりも海はキレイ。松前・矢越道立自然公園になっているんですね。
対岸には、津軽半島が見えていますが、写真ではよく分かりませんね。晴れていればはっきりと見えます。
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知内町を後に松前半島を南下し、横綱千代の富士の出身地である福島町へ。
まずは、矢越岬に一番近い集落の岩部地区へ。
まずは、岩部小中学校を探すが、すでに廃校となって数十年か?すごい廃墟となっていて、崩壊寸前の校舎です。
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体育館もご覧の通り。20年ほど前にオフロードバイクで来たときは、学校は閉校していたが、校舎は釣り人の民宿になっていて賑わっていたけどそれも止めて、ひどい状態になっていました。
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岩部集落の行き止まりへ。小さな入り江になっているが、舟もなし。漁業を成している方はいないのかな?釣り客を乗せる釣り船もない。
写真を見ても分かるように、矢越岬へ歩いて行くことも出来ません。
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かつては、漁業の集落だったのに今や限界集落、いや消滅集落になろうとしています。
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民家は20軒ほどありますが、住んでいる方は数軒のみ。車は2台駐車していましたが、後の家は生活感なし。空き家でしょうね。学校跡はこの道のずーっと奥にあります。
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ここが道の終点。奥に番屋がありましたが、使用されているのかな?
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夕方になって来たので、松前町の道の駅で車中泊しようと車を走らせると、「伊能忠敬」の像を発見。
今年5月の東京の旅では、門前仲町の富岡八幡宮境内で伊能忠敬の像を見つけた時、彼は測量の旅に出るときは必ずここで参拝してから出かけたとのこと、を思い出しました。
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そのことが書かれていますね。
江戸深川の富岡八幡宮を参詣後に蝦夷地に旅たったと。津軽の三厩から船出して箱館を目指したけど、ここ福島町の吉岡にたどり着いたと。
そういえば、函館山山頂に伊能忠敬測量開始の碑がありましたが、北海道上陸第一歩はここだったんですね。
ここから箱館に向かって歩き始めたのです。知らなかった。勉強になるなぁ。
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もう一度、測量をしている真剣な表情の伊能忠敬さんです。
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ということで、この日は松前町まで移動し、車中泊。初日から土砂降りの雨に見舞われたが、それも夜には上がり夜中には星空も見えるようになり、明日の旅が期待できそう。

明日は、松前町で義経伝説第二弾を発見する予定です。
では、また!

今日のコタローです。
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今日朝から午後2時過ぎまで、コタローは留守番していたんだよ。
家のお父さんとお母さんが外出したため、家の鍵を掛けられ水と食べ物だけ与えられて留守番。
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だから、今日1日遊んでくれなかったから、むくれているんだ。
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写真など撮らせないぞ!おだてたって駄目だよ!今日1日独りぼっちで寂しかったんだから。
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モデルになってくれないコタローでした。

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台風25号が接近している今日10月6日土曜日です。明日の7日が上陸が予想されていますが、来てほしくなし、まぬかれざるもの、決して歓迎されない台風です。

さて、9月に旅した秋の旅、そのテーマは「北海道における義経伝説を追う」。
blogは、リアルタイムでアップしていましたが、今日からはカメラで写したものを紹介する総集編。
まずは、第1回目。スタートは、9月24日の月曜日、我が家から。

最初の休憩地点は、北斗市当別にあるトラピスト男子修道院。
さすがに、観光地だけあって駐車場は満杯に近く、本州ナンバーや「わ」、「れ」のレンタカーが多く目立ちました。中には、帯広からのレンタカーで来ている方も。
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キャンピングカーも数台駐車していて、恐らく道内各地を旅して帰路につく前にここへ来たのかな?
10月に入って道内を旅する人は、さすがに少ないでしょう。最近は、朝方の最低気温はどこも一けた台で、霜注意報も出ている地域もあるくらいだから。
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トラピスト修道院は、奥へ歩いて行くと面白いのだが、なかなかそこまでしている観光客はいませんね。歩いて20分ほどで「ルルドの泉」があるし、ここは歩いて5分もかからない場所。
函館山の背後が見えて、とても景色がきれい!
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ランチタイムは、日本一貧乏な鉄道会社にして日本一素敵な鉄道とランキングされた道南いさりび鉄道の泉沢駅。ここは「花の駅」としても知られていて、お昼ご飯を食べながら花を見ると、心が和みます。ランチと言っても、家から持参のおにぎりですけどね。IMG_1837






























木古内町を過ぎて、知内町へ。北島三郎の生まれ故郷です。
ここでは、郷土資料館へ。無料で見学出来ます。まずは、廃止された国鉄松前線(1988年2月1日廃止、全長50.8km、全12駅)コーナーへ。
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同じく2014年5月に廃止された江差線(木古内駅・江差駅間 42.1km 全駅9)の発着駅でもあった木古内駅から先、松前駅までの各駅の看板がありますよ。
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その他、アイヌ民族の衣装とか、さまざまな知内の文化を紹介。
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出る時間になったら、外は土砂降りの雨。建物全体を写すことは出来ず。豪雨の中を矢越岬方面へ。
なぜなら、スマホで雨レーダーを見たら、同じ知内町でも矢越岬辺りは晴れの地域。それで、岬の手前の行き止まりの集落である小谷石へ。
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まずは、義経伝説第1号の「矢越岬」から。
字がかすれて良く読めないけど、津軽の三厩から北海道へ船出したものの、櫂を忘れたためになぎなたで漕いだといいます。ようやくの思いで岬の一歩手前まで接近したが、空はみるみる間に真っ暗になり海は大荒れ。
義経は、「この岬には何か妖怪が住んでいるようだ。私が退治してあげる」と自慢の弓を、岬に向けて矢を射たところ、たちまちのうちに嵐の海はおさまり空は晴れ渡り、ようやく上陸できたといいます。

それで、この古事に従って矢が越す岬➡矢越岬となった、といいます。
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復興記念碑なるものがありましたが、これは1973年(昭和48年)の小谷石土砂崩れ災害のこと。
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1973年(昭和48年)9月23日から25日にかけての豪雨により、土砂崩れが発生し死者4名、行方不明4名を出した災害のことです。
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その行き止まりの集落の、さらに山に昔小学校がありました。その名は小谷石小学校。
現在は、矢越山荘という名の町の施設へ。
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20年前に来たときは、築70年以上という戦前からの建物で、かなり老朽化した廃校となった小学校の校舎があって、その建物を使用した山小屋風の公的施設がありました。近隣の山登りのための宿泊施設だったらしいです。
それも解体し、新築したのがこの素敵な建物。昨年か数年前のことです。
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グランド横には、「「開校百年の碑」があって、校歌が。
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1882年(明治15年)に創立された伝統ある学校だったんですね。でも、漁業中心の小谷石も今や
限界集落で、高齢者ばかりの戸数数十。平坦な場所がなく崖にへばりつくように家が密集して並んでいます。
それでも、このような建物があると何かに利用できましね。
トイレを借りようと中へ入ったら、ミニ・ギャラリーになっていて、思わず声を上げるほどの感動する作品が展示されていたのです。

それについては、明日お楽しみに!
では、また!

今日のコタローです。
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今日も怒っているんだ!
「猫の眼」とは何事か!プリプリ!意味は「猫の瞳の開き方が明暗によって著しく変わることから、物事の事情が目まぐるしく変わる意味に用いられる」そうだけど、どうしてネコの眼なの?
他の動物だって同じだよ。動物は、たいてい夜行性だから瞳の開き方が変化sるんだよ。
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「猫足」もひどいなぁ!意味は、「ぬき足」の異称らしいけど、上から次第に細り、先が丸くなって終わる形のもので、たこ足ともちょう足とも云われる」とか。
ぬき足なんて、まるで泥棒みたいだよ!ぬき足・さし足・しのび足なんて、盗人でしょう。
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「猫跨ぎ」もひどいよ!「魚の好きなネコでさえ跨いで通る。俗に不味い塩魚の称」だなんて、ネコたちは人間みたく好き嫌いしていません!まったく、もう!

見てごらん!美味しく食事しているでしょう。家のお父さん、最近はコタローの食事代が掛かなぁー、とぼやいていたよ。今日も雨の中傘をさして、近くの生協までキャットフードを買い物に行ってたんだ。
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食べたら眠くなっちゃった。
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もう、寝るね。睡眠の邪魔しないでね。オヤスミナサイ。  

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10月5日金曜日、天気は晴れ、最高気温20度くらい。今日も秋晴れで過ごしやすい天候です。
でも、日曜日に襲来する台風25号が気がかりで、北海道直撃は避けて欲しい。

今朝も先月の胆振東部地震の余震がありました。震源地の厚真町では震度5弱とか、函館は震度2でそれほど感じはしなかったけど、現地の方々は毎日おっかなびっくりの生活をなさっていることでしょうね。間もなく到来する冬に備えても、これ以上続いて欲しくないし終息に向かってもらいたいです。

さて、夏の旅はいよいよ今日で最終回。一昨日から伝えている北海道開拓の村の3回目。
先日紹介した旧札幌警察署南一条巡査派出所を、もう一度訪ねたら当時の警察官のユニフォームを着た
方がモデルになっていました。

聞くと「ボランティアで行っているとのこと」で、いろいろな建物にもボランティアがいて、ここを支えていることが分かります。
皆さん、偉いですね。大勢のボランティアの力によって、ここが維持されているんですね。
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明治時代から昭和初期にかけての建築された道内各地の歴史的建造物合わせて52棟を、ここ野幌森林公園内に移転し、復元・再現された野外博物館、それが北海道開拓の村。
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広大な敷地内を移動するのに、馬車鉄道を利用することも出来ます。有料で、15歳以上の大人250円。冬期間は馬そりも走っていますよ。
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北海道で、一番早く馬車鉄道が走ったのは函館です。初めは、走るコース沿いに馬糞が落ちていたとか。馬そりは、私が小学生の頃通学路をよく走っていて、乗せてもらい小学校へ通ったことを覚えています。
馬車に関しては、時々し尿を汲み取りに農家の方が来ていたことがありました。畑の肥料にするために
各家庭から汲み取っていってたのです。まだ、水洗トイレなどない昭和30年代のぼっとんトイレ時代のことです。
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その後は、近くにある北海道博物館へ。ここも高齢者割引がきき一般600円、特別展1000円がそれぞれ無料へ。超ラッキーでした。
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ここのコンセプトは、「北東アジアの中の北海道」・「人と自然のつながり」で、北海道の自然・歴史・文化を5つの展示で物語る北海道が丸ごと理解できる総合博物館です。

それは、・プロローグとして「北と南の出会い」
・第1テーマ「北海道120万年物語」
・第2テーマ「アイヌ文化の世界」
・第3テーマ「北海道らしさの秘密」
・第4テーマ「わたしたちの時代へ」
・第5テーマ「生き物たちの北海道」

初めて北海道を旅する方には、まずここを訪問し基本的な知識を仕入れてから実際に旅に出かけることがよろしいでしょう。何も情報がないより、まずはここで北海道を理解しましょう。

道内唯一の国宝、函館市で発見された縄文時代の空中土偶です。
レプリカが、道の駅「縄文ロマン南かやべ」に展示されていますが、こちらは本物。
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江戸時代末期、松浦武四郎が何度も探検した当時蝦夷と呼ばれた北海道の地図でしょうか?
でも、よくよく見ると2枚下の函館周辺図は明治21年以降の地図であることが分かりました。
何よりも、箱館ではなく、函館の地名を使用してることから明治時代の地図ですね。
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函館周辺を見ると、左側に★のマークがありますが、これは五稜郭ですね。
近くを流れている亀田川の水を引っ張ってきて堀を埋めていますが、亀田川は津軽海峡に面した大森浜に流れていますね。
最初は西部地区側に流れていたのを、1888年(明治21年)に人工的に大森浜側に流したのです。
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ということで、北海道博物館見応え十分。その後は、特別展へ。
「幕末維新を生きた旅の巨人 松浦武四郎」を特集して展示。特別展観覧料は1000円。これが65歳以上だと無料になるのだからありがたやです。

さすがに、内部は撮影禁止。その後、さらにもう一度北海道博物館常設展へ。
特に、第2テーマの「アイヌ文化の世界」を詳しく見学。大いにためになりました!

夏の旅は、ここで終了。あとは高速を使って函館へ帰るだけ。5時間かけて無事帰宅。
夏の旅も、無事故無違反で無事帰還して完了です!

今日のコタローです。
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今日もポカポカ陽気で、まるで春のよう。眠くて眠くて、朝から寝ています。
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良い夢見ようーっと。場所も変えて寝ようー。
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そうそう、今日もアッピールするコタローだよ。
「猫に鰹節」~これも、ネコを馬鹿にしているよ。意味は「大好物の意味から、すぐに餌食や犠牲になりそうで、危険千万なことへのたとえ」なんだけど、どうしてネコに対して鰹節なの?
今のネコは鰹節など見向きもしませ~ん!プリプリ(怒)

「ねこそぎ」~これは、根こそぎと書くんだけど、ネコの文字があるからクレームをつけたんだ。
意味は「草木を根まで全部引き抜くこと」なんだけど、何もネコの字を使わなくてもいいんじゃない!
「犬そぎ」でもいいと思うけど・・・。
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じゃー、またね!


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今日10月4日の木曜日。天気は快晴で最高気温は24℃くらいまで上昇し、湿度も少なくとても過ごしやすい天候です。この分だと、秋の旅をまだまだ継続していても良かったな、と思うほど。
でも、昼間青空が見えるほど早朝はグッと冷えていて、道北・道東では、最低気温は一桁で霜注意報も出るほど放射冷却の冷え込みです。

さて、札幌市の北海道開拓の村第2回目。昨日北海中学で終えていましたが、今日はその校舎から。
内部には、道内の学校の写真が展示されていて、函館の常盤学校のも。
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常盤学校というと、函館山山麓の西部地区。外国人墓地に至る途中にある旧ロシア領事館の向かい側に
あった学校のことではないでしょうか?
山上大神宮のすぐ下、現在は船見公園となっている場所に、「旧常盤小学校跡地」の石碑を見かけたことがあります。明治11年開校とありますので、1878年のこと。戊辰戦争の最後の戦いであった箱館戦争から9年、明治維新から10年後のことです。

この写真は、「函館の女紅場(にょこうば)」とあります。
女紅場とは、明治維新後の1870年代に、女子に対して読み書き算盤(そろばん)や裁縫・手芸を授けた教育機関のことで、縫製所とも云われたそうです。
義務教育がなく、特に女子には学問の必要がない江戸時代から近代国家に生まれ変わった明治政府は、
貧民の女性にも最低限の学問は必要との立場から、裁縫・手芸・染色などを教育し、学費の払えない生徒のために、修得した技術で作成された作品を持って学費の代替えとする事例もあった、といいます。

女紅=女工とも表記していたとか。中には、後に女学校へと変遷を遂げた女紅場もあったそうです。
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明治10年(1877年)開校の私立鶴岡学校とあります。当時は、義務教育の小学校でも私立があったのですね。当時の函館は、全国10大都市の一つで教育熱心な親御さんも多くいて、子供たちを私立に通わせていたのでしょう。

1877年当時の義務教育4年間の就学率を見ると、男女平均40%しかなく6割は通学せず。というより、貧困から学校へ通えなかったのです。内訳を見ると、男子は55%、女子は20%しかありません。
女性の8割は最低限の義務教育4年間の学校へも行けなかった時代だったのです。
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続いて暑い中(この日は、特に暑く30℃を越えた真夏日でした)を歩いて、漁村群へ。
こちらは、ニシン漁で栄えた日本海沿岸の漁労施設が並び、展示された船や漁具から往時の浜の賑わい
が感じられます。
この大きな建物は、旧秋山家漁家住宅。確か、小平(おびら)だったかな?それとも古平だったかな?
どちらにしても後に平がついていた地区のニシン御殿です。
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現在の羊蹄山の麓の町である喜茂別町にあった駅逓所です。当時の名は、ソーケシュオマベツ駅逓所。
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何度かこのブログに登場している駅逓所ですが、明治時代に鉄道のなかった場所に設置された中継基地みたいな建物、それが駅逓所です。人・馬車の休憩所を兼ねていて、宿泊施設・郵便物の受け取り・食事など、いわば今の駅以上の役目を果たしていたところ、ってとこでしょうね。
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実は、来年道内を旅するにあたって、この駅逓所を訪ねるというのもテーマにしています。
道内に現存する建物は、8か所。今まで、沼田町の本願寺駅逓所、別海町の奥行臼駅逓所を訪ねていて、さらに今年夏の旅で紋別市の上藻別駅逓所を訪問。

そして、ここソーケシュオマベツ駅逓所を入れて4か所。
来年は、北広島市の島松駅逓所、南幌町の幌向駅逓所、旭川の忠別太駅逓所、標茶の塘路駅逓所を訪ねて、計8つすべてを見てみたいです。
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続いて、旧田村家北誠館蚕種(さんしゅ)製造所。
つまり蚕を飼い、絹の生産するところです。明治の頃は、北海道でも養蚕が行われていたんですね。
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生きている蚕がごろごろで、決して気持ちのいいものではありませんよ。

下の写真は、旧岩間家農家住宅。
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そして、札幌農学校寄宿舎である恵迪(けいてき)寮。
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「Boys be ambitious!」で有名な、ウイリアム・スミス・クラーク(1826~1886)博士が開校した札幌農学校、現在の北海道大学。彼は、当時のいわゆる「お雇い外国人」の一人でした。
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当時の部屋が再現されています。右にはベッドが置かれていますね。
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こちらは広瀬写真館。
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場所鉄道を挟んで向かい側にある山本理髪店と渡辺商店。どこから移転したのかは、暑さでくらくらしていて、すっかり忘れてしましました。
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ということで、北海道開拓時代の建築物がずらりと並んだ開拓村、じっくりと見学するには丸1日以上は必要です。それにしても暑い!最も暑かった7月下旬の昼下がりでした。

観光客の多くは中国人か?大声で記念撮影に夢中!暑くはないのだろうか?それにしても声が大きい!
家族や友人同士、恋人同士で連れ立って観光していました。
皆さん、たくさん日本円を落として帰国していってね。

今日のコタローです。
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今日もアッピールするコタローです。
怒っているんだ!

「猫に小判」。この意味は、「客観的にどんな価値があるものでも、そのことの分からない人にとっては、なんの役にも立たないことのたとえ」だそうだが、ネコだって小判が大事な価値を持つお金だということは、十分わかりますよ。
お父さんの知り合いの猫たちは、お正月に「お年玉」までもらってるんだよ。
ボクも、来年1月1日にはお年玉もらいたいな!何を買いたいかって?それは、金額にもよるけど、とっても美味しい御馳走だよ。
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もう一つあるよ。
「猫の額」。この意味は、庭などが非常に手狭なことのたとえ」だけど、どうしてネコの額なの?
犬の額じゃだめなの?ウサギの額でもいいんじゃない!
ボクの頭にだって、脳みそはたくさんあるんだよ!

それと、「猫も杓子も」なんて、あまりにも馬鹿にしている!(怒)
意味は、「偉い人もつまらない人も例外なくすべて」という意味だけど、どうしてネコと杓子を一緒にするの?杓子って、しゃもじやお玉のことでしょう?ネコに何関係あるの?意味わかんねぇー。
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あー、色々頭を使うと眠くなってきちゃったヨ。
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さぁ、寝ようーと。オヤスミナサイ。
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久しぶりに夏の旅へ戻り、23回目をお伝えします。前回は三笠市の高校生レストランでしたね。
その夜は三笠市の公園で車中泊。朝早く札幌市へと国道12号線を南下し、野幌森林公園内の百年記念塔へ。北海道開拓の村の開村時間が9時からなので、1時間近くまだ時間があるのでここへ。
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ここは、北海道命名100年を記念して建てられた百年記念塔ですが、老朽化のために内部へは入れません。建設は1968年のことだから、当時から50年も経過しているのです。命名は1868年の明治元年、それから100年の1968年に建設着工し、1970年9月に竣工、1971年4月から一般公開された、高さ100mの塔です。
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25階建てで、エレベーターで展望台へ。しかし、2014年から金属片が落下し閉鎖中。
解体の話もありますが、その費用が莫大にかかるそうです。そりゃ、そうだ。これだけ大きかったら
解体するのも、建設するのと同じくらい費用がかかりそうですよね。何でも箱物を造ればいいってもんじゃないです!
公園内からは、新札幌駅方面の一番高いシェラトンホテルが見えますね。
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朝早いにも関わらず、ウオーキングやジョギングに励む人たちが多いです。
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開拓の村の駐車場に停め、まだ30分以上時間があっため散策して瑞穂池へ。人工池ですね。
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入村料は一般個人で800円ですが、65歳以上は無料。免許証で確認して無料で入れました。ラッキー!
入口は、旧札幌停車場で初代札幌駅のことですね。
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村へ入って裏側を見ると、とってもレトロでかっこいい!
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左に見えた、これまた素敵な建物は旧開拓使札幌本庁舎。つまり道庁の前身ですね。
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待合旅館は、1919年(大正8年)築。
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旧浦河支庁市庁舎。1919年(大正8年)築。
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小樽新聞社。1909年(明治42年)築。
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当時の小樽市にあったソバ屋さんまで。1909年築。
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旧開拓使工業局庁舎で、1877年(明治10年)築で、国の重要文化財に指定されている建物です。
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旧近藤医院は、積丹半島の古平町にあったもので、1920年(大正9年)築。
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旧札幌警察署南一条巡査派出所で、1911年築。
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現在の北海高校の前身である北海中学の旧校舎。1909年(明治42年)築。
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まだまだありますが、また明日お伝えしますね。

では、また!

今日のコタローです。
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ボクはキレイ好きなんだよ。だから、毎日こうやって舌でペロペロ舐めて、毛づくろいしているんだ。
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体が柔らかいから、前身を舐めまわすことが出来るんだよ。お風呂に入れないから、いつもきれいに
身だしなみを整えなくちゃね。
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今日は、ジェントルマンのコタローだから、しっかり覚えてね。
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全国のコタローファンの皆さん!コタローは、とっても元気だよ。毎日走り周って、遊び疲れて寝て、食べて、ハッピーだよ!

さて、今日もネコに関する言葉ですよ。
猫舌なんて、ネコを馬鹿にしてるよね。意味は「熱い食べ物を、冷ましてからでないと飲み食い出来ない人」のことなんだけど、どうして猫舌なんていうの?確かにネコは熱いものを飲めないけど、それは動物すべてに当てはまるもの。ネコに限らないよ! プン、プン!

もう一つあるよ。猫なで声もそう。意味は「優しい気持ちを持っていることを装うように出す声」のことを言うんだけど、どうしてネコが撫でるような声なの?
確かに、ネコは「ニャーオ」と人の反応を測るような声は出すけど、これもネコに限らないでしょう。

もっとあるけど、今日はこれまでにしてあげる。また明日もネコ差別を取り上げるね。
全世界の猫たちよ! 団結せよ!
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今日は10月2日火曜日。日照時間は日毎に短くなっていくものの、今日も晴天で気温は24度くらいはあったでしょう。昼間は半袖短パンでもOKでした。

さて、秋の旅に出たために「ゴールデンカムイ」15巻をやっと手に入れました。

今回の表紙は、陸軍最強北鎮舞台である第7師団、反逆の情報将校である鶴見中尉の部下、暴走鬼軍曹の異名をとる月島です。
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体は小さいものの、射撃の腕前はピカイチ!
そして、今回からトレーディング・カードが付いているんです。これにはビックリ!

記念すべき第1号は、牛山辰馬ですよ。
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不敗の柔道王にして脱獄囚の巨漢、怪力!
大好物は札幌ビールと、なぜか桃!
次回から誰になるのか?楽しみです。

さて、今日のコタローです。
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まだ乳歯だけど、親愛のつもりで噛んでいるんだよ。でも、お父さんやお母さんの手の甲は傷だらけ。血が出るほど噛んでるみたい!
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もちろん、本気で噛んでいないよ!
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軽く口に入れてちょこっとだけ噛むんだけど、それが痛いみたいで時々絶叫しているよ。「痛い!」って!

ほら、お腹を見せて無防備でしょう。敵対心なんて、これっぽっちも無いんだから!
みんな!愛してるぜ!💕💕😌💕💕
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あー、人間の相手をするのは疲れるなぁー。眠くなっちゃったよ~。

それにしても、長い舌と鋭い牙!犬歯ならぬ猫歯。これで、本気に噛みつかれたらたまらないですね。
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横を向いてオスマシ。
今日も、コタロー見たさにお客さんが3組も来てくれたよ。
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一人は、お母さんの体操の先生だって!
かわいい猫をみたいからって、わざわざ来てくれたんだ。
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もう一人は、いつも来るお母さんの友人。ボクを最初に紹介してくれた恩人なんだ。

ここに来れなかったら、どんな運命が待ち構えていたのか?それこそニャンとも分かりませんネ!
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猫に関する言葉には、あまり良いことないね。ほんと、お母さんは、時々コタローのことを、「猫ばばするような目をしている。」なんて言うんだ。猫ばばって、「拾った物などを、そのまま自分の物にして、知らん顔すること」って意味があるんだよね。
酷いよ!😭💔

それと、「猫かぶりしている」と云われる時もあるんだよ。
それって、「本当はおとなしくない(悪いことをした)のに、そうでないふりをすること。本性を隠していること。」という意味なんでしょう。これも酷すぎる!😭💔
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猫背なんて、最悪。ボクは、毎日ストレッチしていて体は柔らかいんだから。おじいちゃんやおばあちゃんの高齢者のような猫背なんかじゃないよ!(怒り)ボクは、まだ生後4か月なんだからね。
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あー、何だかんだ言っても眠気には敵わないや。1日に20時間は寝たいなー。
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じゃー、お休みなさい。これから、しばらくネコろんで、ネコみます。ネゴとは言わないからね。
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また明日ね!

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昨日の夕方、家のお父さんが旅から帰って来たんだ。
何やら義経伝説を追う、という旅に出たみたいなんだけど、一人で旅するなんてボクには出来ないや。それに車の中で寝るなんて、寒すぎでしょう!

久しぶりのお帰り!しばらく遊んでないから、寂しかったよ。
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今日から、たっぷり遊んでちょうだいね!
コタロー、少し大きくなったでしょう?乳歯も、もうすぐ大人の歯になるから今の内に噛んじゃうね。
パクッ!  ウヘッ!不味い!ペッ!
年寄りの指は、あんまり美味しくないね。
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外が騒がしいなぁ、カラスが庭木に止まってカァー、カァーと鳴いているんだ。
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何で鳴いているのかな?かぁらーす、何故鳴くの?
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もう、飽きちゃったよ。
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日向ぼっこしようーと。
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そういえば、台風が来ているんだよね。
被害に在った人たち大変だね。家の中にいると安心だし、函館は全然何ともなかったけど、地震のあった地域は心配だね。
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外を見たら、風もないし太陽も出てるから大丈夫なんだけど、すごい雨と風だったんだね。
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久しぶりに遊んでやったら、疲れちゃった。寝よーっと。
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コタローは今夢の中です。コタローも夢を見るんだよ。
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何の夢かって?それは、内緒・・・。
でも、時々お母さんどこにいるのかな?って思うんだ。
僕の産みの親は何処へ行ったんだろう?
それにボクの3人の兄弟は、何してるんだろう?元気かな?って。

じゃ、またね。コタローは今日10月1日で生後4ヶ月を迎えました。
元気に生きていますよ。食事も以前の倍は食べているから、体はドンドン大きくなっているんだ。

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