函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2019年01月




1月も今日で終わりの31日木曜日。天気は曇りで、かなり寒い。昨日は道内一円でかなり冷えて、旭川市ではダイヤモンドダストサンピラーが見えたとか。空気中の水蒸気が凍りつき、空中で氷となり太陽の光でキラキラ光って、ダイヤモンドのように見えることからダイヤモンドダストと、一方風が全くない時に、それが太陽の光で柱のように見えることからサンピラーと名付けられていますね。

いづれも、極寒地の北海道でしか見られないし、しかもマイナス20℃以下になる地域で、道北や道東での現象です。それにしても、寒い日が続いています。

さて、北斗市の郷土資料館です。まずは、合併後の北斗市のマンホールから。
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トラピスト修道院と新幹線が描かれたマンホール。大野町時代のマンホールは雪の中で、雪どけの時期にもう一度訪れて撮影してきますね。

北斗市で発見された縄文時代の土器が展示。
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北海道唯一の国宝である「中空土偶」や青森県の土偶と同じような顔立ちですね。眼の辺りや鼻や眉毛のところがピッタリ。北東北・南北海道の縄文時代の遺跡、早く世界遺産に登録されて欲しい!
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三木露風は「赤とんぼ」の作者で、トラピスト修道院にその石碑がありました。
明治32年(1899年)兵庫県現たつの市生まれの三木露風は、7歳の時に両親が離婚し、祖父に育てられることに。そんな生き別れの母の消息が知りたい。

彼女は、はるか遠い北斗市の当別にあるトラピスト修道院で働いていたのです。
露風はすぐに函館へ行き、母と再会したのは1920年(大正9年)で20歳の時でした。そこで、講師として働き、2年後には妻と共に洗礼を受けてクリスチャンとなります。

そんな露風は、函館の地からふるさとの瀧野に思いをはせて作った歌が「赤とんぼ」。
夕焼け小焼けの 山の空 負われて 見たのは幻か」あの有名な詩ですね。
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北斗市の文化財。
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北斗市各地で出土される縄文時代の土器などの遺物。
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昔の暮らしの展示物は、日本中どこにでもあるもの。ブラウン管テレビ、柱時計、もんぺ姿、おひつ、ダルマストーブなど懐かしいものばかり。
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歴史は、細かく紹介されていて、室町時代に和人の到来、アイヌ人との交易、江戸時代は松前藩の領土。
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そして、幕末は箱館戦争の舞台へ。榎本武揚や土方歳三の顔がありますね。
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明治から大正、昭和の時代。北斗市でも空襲はありました。終戦間近の1945年(昭和20年)7月14日、15日。
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そして、戦後。平成の時代へと。
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ということで、北斗市郷土資料館で学習し、さぁ実際に見学に行こう!と。
それは、また明日!

では、また!

今日のコタローです。
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朝から暴れてしまって、お父さんやお母さんに叱られてしましました。
鉢をひっくり返して、土を床の上へバラまいたのです。
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でも、コタローは若いから激しく動きたいだけなんです。それが、運悪く鉢に引っ掛かってしまい台から落ちて土が床に散乱してしまい、片付けるのが大変だったみたい。

でも、怒られたって平気!平気!落ち込みもせず、すぐにスイミングしちゃうのだ!
怒られても寝れば忘れるよー!
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1月30日水曜日、天気は曇りで今朝の最低気温はマイナス7℃。朝方は寒く、昼間はプラス気温。でも、2月に入ってもドカ雪が降るときはあるし、寒い時もまだまだあります。

さて、今までは北斗市でも旧上磯町でしたが、今日からは北斗市の旧大野町の紹介です。
南大野地区の田園地帯の一角に墓地があって、その奥になにやら看板が見えています。
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雪の深さは30㎝以上で、長靴を履いて行って良かった、と。ズボッ、ズボッと埋まりながらもお墓の前へ。足跡は私の靴跡。この時期、誰も好き好んで雪原を歩く人はいません。
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このお墓、福山藩士 千賀猪三郎と同じく福山藩士の松本喜多治の両名が入っているお墓ですね。
右の墓に二人の名前が書かれています。
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説明板を読んだら、千賀猪三郎は20歳で松本喜多治は17歳の若で亡くなっているんですね。
旧幕府軍と新政府軍の戦いである戊辰戦争の最後の戦いである1868年(明治元年)10月24日の箱館戦争・大野の戦いは、付近の神社の境内で銃撃戦となりました。

実は戦いの行われた4日前、1868年10月20日に旧幕府軍は榎本武揚をトップに3000人が8隻の軍艦で森町鷲ノ木に上陸大鳥圭介隊土方歳三隊の二手に分かれて箱館へ進行。

大鳥隊は今の5号線沿いに南下し、内陸から大沼を経てここ大野へ。土方たちは海岸線に沿って川汲から峠を越えて箱館へ、それぞれ違うルートを通り奉行所のある五稜郭へと兵を進めていたのです。

一方、守備する新政府軍は広島県の福山藩、福井県の大野藩(大野の地名はここから採ったのか?)と松前藩、3藩の合同部隊でした。
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戦の結果は、大鳥隊の勝利で福山藩は8名が戦死しその中の二人が千賀と松本だったのです。
可哀そう、余りにも若い二人の死に虚しさだけが残ります。

戦場となった意富比(おおひ)神社=大日社は、旧大野町の中心地にあり、まずは旧大野町の町役場があった北斗市総合分庁舎へ。
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大野の歴史を知ります。まずは、地名の由来から。
福井の大野藩から地名を採ったというのは、こちらの勘違い。
地形説~広々とした大きな野があるから、以前は函館平野と言わず大野平野と呼んでいた。
アイヌ語説 
の二つがあるそうです。
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大野の名前が出てくるのは、1670年の江戸時代前半からで、アイヌ民族との戦いがあって松前藩を支援した津軽藩が史書に残しています。
17世紀末期には、蝦夷地で最初のコメ作りがおこなわれたこともあり、ここは「北海道水田発祥の地」でもあるとか。

ということで、分庁舎内にある北斗市郷土資料館へ。
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入場無料の北斗市郷土資料館で、じっくりと学習してきます。

では、また!

今日のコタローです。
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冬の間は、野菜不足だから草をたべなきゃね!ビタミンを摂取しなきゃ、長い冬は乗り切れない!
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運動不足ということはないけど、食べ物はしっかりと取らなきゃ!糖尿病や通風にはなりたくないからね。ネコにも肥満体が増えてくているというから気をつけなくては!皆さんも健康を維持して下さいね!
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1月29日火曜日、天気は晴れ。気温も最高気温がプラス3℃で、日中は暖かく雪どけも進みそう。
さて、久しぶりに北斗市の紹介の続きをしていきます。

先日は、北斗市の神社と教会をお伝えしましたが、今日は清川口駅を下車してすぐの通りに3軒連続してお寺さんがあったので、北斗市の寺町として紹介することにしました。

まずは、曹洞宗のお寺「廣徳寺」から。見ただけでかなり広い境内。
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入ってすぐ右側にあったお地蔵さん。手前の六地蔵は分かりますが、奥の少し大きな地蔵さんの顔が
かなり素朴というか変な顔立ちですね。
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本堂の前は、除雪した雪が山のように積まれていますよ。
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その左側に墓地があって、一番大きなのが「種田家」の墓。
さすがに、北斗市の前身である上磯町の主的存在だった種田家。以前にも紹介しましたが、関ヶ原の戦い(1600年)で敗北した西軍の武将の片割れで、逃げて逃げて蝦夷地へ。海を渡ってここへやって来て住み着き400年、江戸時代はここの主だったのですから。
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お堂と説明板がありました。石坂武兵衛一族の墓とありますよ。
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八王子千人同心の一員だった石坂武兵衛。八王子千人同心とは、戦国時代の甲斐武田家が滅亡後に徳川家康によって庇護された下級武士や豪農で組織された集団で、天領であった武蔵と甲州の境を警備していた治安維持部隊でした。

それが、1800年に集団で蝦夷地へ移住し、現在の苫小牧市や白糠町の基礎を作ったといいます。
さらに、八王子のある多摩郡からは、幕末千人同心の中から新選組に参加する者も現れた、といいます。
そういえば、土方歳三は八王子のとなりの日野出身でしたね。近藤勇もそうでした。

蝦夷地に渡った、そのメンバーの一人が石坂武兵衛で、彼はここ北斗市周辺の開墾事業に従事したのでした。そういえば、北斗市の前身の旧大野町には「北海道米発祥の地碑」がありますので、コメ作りに精を出したのかもしれません。
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続いて浄土宗の禅林寺。
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ここは本堂。左の松の木がかしがって伸びていて、おもしろい形。倒れそうですよ。
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3軒目は、浄土真宗大谷派の東光寺。
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実は、ここには会津藩のお侍さんの奥方だった人のお墓があるのです。
それは、会津藩士太田藤蔵の妻としか分かっていません。
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江戸時代末期、ロシアはシベリアから不凍港を求めて南下し樺太・千島列島へ。幕府は、主に東北諸藩に命じて北方警備をさせました。会津藩の守備エリアは①別海から標津(しべつ)~知床半島南から根室半島北側まで、②網走から雄武~オホーツク海側。
そして、箱館や戸切地(へきりち)村(上磯の前身の村名)には会津陣屋が置かれ、ここには40名が勤めていたのでした。その中の一人の妻が亡くなり、そのお墓があるのです。
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鉄筋コンクリート造りの本堂。
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説明板は、このお堂の裏側にありました。
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ということで、北斗市の寺町を紹介しました。

今日のコタローです!
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明日から寒くなるから、皆さん風邪引かないでね❗早く春が来て!
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1月28日月曜日、天気は午前中は雨。積もっていた雪が融けだして道路はビシャビシャで、走りづらいしきっと明日の朝は凍結してアイアスバーンになっているでしょう。
冬の雨は、まったく歓迎されない天気で、雪が降った方がよっぽど良いです。


さて、blogをよく読んでくださる地元函館のKTさんよりコメントが届きまして、長らく地元の銭湯として営業してきた「山内温泉」が廃業したと。それと、湯川町にはたくさんの温泉保養施設があったけど、軒並み廃業してしまったと。

以前は、ありましたね。函館市や市交通局、市内の大企業、電電公社、郵便局などの宿泊施設を兼ねた保養施設が湯川のあちこちにありました。でも、今は1軒もなし。

その一つの、函館どつくの保養施設である「寿楽荘」へ。
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看板には、函館どつく株式会社 寿楽荘の文字がありますけど、まったく営業している様子はありません。それどころか、閉鎖してから数十年も経過している雰囲気です。
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最盛期の函館ドックは、函館市民にとっては「嫁に行くなら函館ドックの社員へ」云う言葉があったくらい、好景気に沸いていた企業でした。

戦前にも、同じような言葉がありましたね。「嫁に行くならニチロへ!」と。ニチロは日本と露西亜(ロシア)から採った言葉で、現在のマツハニチログループのこと。かつての日魯漁業(株)のことで函館に本社があって、今は亡き父の話では「ボーナス2回で豪邸が1軒建った」というほど、気前のいい会社でそれだけ収入が良かったのですね。
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1975年ころまでは、景気も良くて旧名の函館ドックは東京証券所一部上場企業で、名立たる造船会社と共に、名を連ねていた函館を代表する大企業だったのです。

実は、私は1975年(昭和50年)に大学(文学部)を卒業して就職し、市内の私立高校の教員へ。初任給は8,2万円でした。高校時代の友人、彼も大学(理工学部)を卒業して函館ドックへ。初任給をもらって会い、比べて見ると大ショック!彼は残業代込みでしたが、22万円でした。

何と!私の3倍近い給料。偉い違いだなぁ!と、かなり落ち込んだ記憶があります。
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そんな市内を代表する大企業の函館ドックは、オイルショック後の製造業が重厚長大型から軽薄短小型へ変化していく中で、造船業界自体が韓国や中国の造船会社に市場を奪われ、何度も身売りして今は大阪に本社のある名村造船所のグループの一つへ。

最盛期には船を注文する外国人を宿泊させる施設が市内各所にあったし、3000人(下請けを含めると1万人以上いたと云われていました)以上働いていた従業員の寮や住宅もありましたが、それらも次々と無くなり、湯の川にあったこの保養施設も廃業。そして、ながらく放置されて今に至っているのです。

電車通りにある「山内温泉」別名長生湯も廃業、という話を聞いて居ても立っても居られず、確かめに行ってみました。
確かに、玄関前は除雪もされず営業している様子はこれっぽっちもありません。
超レトロな温泉で、まるで大正時代にタイムスリップしたかのような雰囲気を持つ銭湯料金で入浴できる温泉でした。

脱衣所から5,6段の階段を降りて浴槽や洗い場のある入浴場へ。今は、カメラに収めておけば良かった!と後悔するばかりです。
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そんな悲しみの湯川ですが、コタローは知っているぞ。沈滞する函館を元気になる男がいることを!
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人口も減少し大企業のない函館だけど、一人元気を発散している男が今日の夕刊に載っていたよー。
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コタローが読んでいた「大坂なおみ全豪V」じゃないよ。
下の記事だよ。函館のプロレスラー、カツオ選手が北海道を代表して東京ドームで戦ってきた、というニュースだよ。詳しくは、下の記事を読んでね!
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ということで、函館を盛り上げるのはコタローとカツオだぁー!
と、外を見つめるコタローでした。
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では、また!


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市電の終点「湯の川」です。ここから乗車すると、五稜郭までは20分くらいか?函館駅までは35分ほどか?谷地頭または函館どつく前の終点までは1時間近く要します。


電車と云っても、ゆっくりとのんびりと走るので一部並行して走るバスと比べると遅いかもしれませんね。もしかして自転車の方が速いかも?
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ご覧のように車止めがあって、これ以上先はありません。左奥に見える赤い鳥居は、以前紹介した湯倉神社です。
今回は、左側に見える通称産業道路、道道100号線を500mほどさかのぼった場所を紹介します。
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市内で、一番交通量のある産業道路は、平日の通勤時や帰宅時はいつも渋滞し通行することが嫌になる道。出来るならば走りたくない道です。
そんな道を歩いて7,8分で湯川中学校が見えてきます。
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その敷地の一角になるのが、これ。
函館湯の川球場跡地とあります。そこに描かれている肖像画が戦前の都市対抗野球の北海道代表チームとしては常連の函館大洋倶楽部(函館オーシャン)の主将にして、全日本選抜チームの主将だった久慈次郎選手と、あのメジャーリーグの元ホームラン王のベーブルース
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このグランドで1934年11月8日に行われたのです。
結果は、アメリカ5-2日本で、敗退。

アメリカチームの3番は一塁手のベーブルース、4番はライトのルーゲーリック
1回の裏に、6番打者のセンターを守るエイブリルが満塁ホームランで、一挙4点を先行、4回と7回に1点ずつを入れて2点とするも、5回に1点入れたアメリカチームの勝利。
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先日、図書館から借りてきた「北の球聖 久慈次郎」を読むと、そのことが詳しく書かれていました。

冬がそこまで来ていた雪の舞う11月8日のこと。
実は予定ではその前日の7日に行われることになっていたが、朝から雪まじりの雨で、野球が出来るコンデションではなかったのです。
しかし、函館オーシャンの主将であり、かつ全日本軍の主将であった久慈次郎は、同年3月21日の大火に見舞われて2000人以上の死者をだした函館を何とか元気づけようと奔走して、東京へ戻ろうとしていたメジャーリーグの選手・スタッフたちを引き止め、函館の状況を説明し1日延期を懇願していたのです。
野球が函館を救ってくれる」と。
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日本チームには、あの伝説になっている沢村栄治スタルヒオンがピッチャーとして待機していたのですから、これはすごい! 残念ながら函館では投げず、当日のピッチャーは青紫投手。もちろん受けたキャッチャーは久慈次郎です。
一番は杉田屋、2番苅田、3番三原、4番は堀尾選手でした。ヒット数はアメリカチームが6本に対して日本は7本と上回っていたけど、満塁ホームランを打たれては負けてしまいますよね。

現在でも、都市対抗野球では「久慈賞」という賞があることは、野球好きな人なら誰でもが知っていること。
そして、アメリカチームが帰国後に初のプロチーム「東京ジャイアンツ」(今の巨人軍)が結成された時には、久慈はチームの主将になることを要請されましたが、函館で生きることを決意した久慈は断るのです。沢村・スタルヒンが給料120円に対し、久慈には500円を出すのを辞退したのでした。

今日のコタローです。
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へぇー!函館にそんなすごい野球選手がいたとは知らなかった。戦前の函館は、日本国内で10本の指にるくらいの大都市だったんだってねぇ。野球チームも強かったんだね。
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いろいろ勉強になりました。でも、コタローは盗塁は出来ても、ヒットを打つことは出来ませーん。
走ることだけしか出来ないや。


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1月27日日曜日、天気は曇りだが雪は降らず、穏やか休みの日。
ついに、大坂なおみ選手が全豪オープンテニスで優勝しましたね。ランキングも世界1になり、名実ともに世界1の女子テニスプレーヤーとなりました。根室出身のお母さんを持つ大坂なおみは、日本とアメリカの二重国籍を持っていますが、母の母国である日本を選んだことがとてもうれしいです。
まだ21歳、これからもどんどんメジャーな大会で活躍してくれることを祈ります。

さて、2回目となった寺町のある湯川。下は、曹洞宗のお寺である龍吟寺で、湯川寺の裏にあります。
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若いお坊さんが雪かきをしていました。今年は去年に比べると少ないかな?と少し安心していたら、やっぱりどっと降って、何度も雪かきせざるを得ず、冬の北海道は毎年厳しいなぁ!と実感しています。
こちらが本堂。
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横には、大きな銀杏の木と三社堂。その横は、1934年(昭和9年)函館大火の犠牲者を祀ったお社があります。
何度も大火にあった函館ですが、その中でも昭和9年の大火は、最大規模で一番亡くなった方がいましたからね。
死者2166名、焼損棟数11105棟。3月21日に発生した大火は、まだ春遠からじの季節で寒さが厳しい時期でしたので、凍死者も217名、溺死者917名もいたのです。
この大火が元で人口も減少し、北海道第一の都市を札幌に譲ることになったのです。
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こちらは、3軒目の浄土真宗の中お寺「明光寺」。
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3軒の中では、一番地味な存在で、駐車場も少なく幹線道路に面しているため、通り過ぎてしまう。
もっと、工夫が必要なお寺だと思うのですが。

では、また!

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1月26日土曜日、天気は晴れ。雪も降らず穏やかな日です。今日は午後から大坂なおみの応援です!
全豪オープンテニスの決勝ですよ。これで勝利すると、ランキング1位へ!ぜひ勝ってもらいたいですね!

さて、我が町湯川紹介の12回目として、湯川3丁目には3つのお寺さんが連続してある寺町があるのです。その一つ、湯川寺(とうせんじ)。浄土宗のお寺ですね。
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横には、「元函館山・安置の西国移土三十三観音像  天保三年~明治三十三年」と書かれた石碑がありますよ。天保三年とは、江戸時代後期の1832年で、翌33年から39年にかけて大飢饉が会った前年のことです。明治三十三は1900年。
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正面には、本堂と事務所、住職さんの自宅がありますね。
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説明板を読むと、江戸時代後期から函館山にあった三十三観音像があったが、明治時代に山全体が陸軍の要塞となり裾野に下ろされ湯川村に移され、湯川は三十三観音像霊場巡りのコースとなった、と。
が、道路建設などがあり1975年(昭和50年)に湯川寺に移され、新たな像も造られて今はここで三十三観音像巡りが出来ることとなった、と書かれています。
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かなり朽ちたものもありますね。何せ、高田屋嘉兵衛が四国の花こう岩で造られた観音像を、船で運んできて函館山に安置したのだから。それから200年近い年数が経過しているから風化しているわけですね。
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こちらは、三十番台。
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西国33観音ご利益一覧表があって、私はどれを選んで拝んできたか?というと。
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29番の「ペットの守り観音」でした。
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どうか、コタローが健康でありますよーに!と。

と、お父さんが祈ってきたそうだけど、ボクにはサッパリご利益がないよー!
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体には自信があるんだ。コタローは、病気一つしない頑丈な体を持った鉄猫だよ!
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でも、二人とも「まんぷく」に夢中だから、何言ってもダメだねー。
コタローに神頼みはきかないよーだ!
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1月25日金曜日、朝方は快晴だったけど昼からは曇りのち雪。朝8:10の新函館北斗駅は雲が出てきていますね。気温はマイナス7.1℃で、寒い。今朝の最低気温はマイナス9℃だから、かなり冷えこんだみたい。夜から朝にかけては雲一つない快晴だったから、放射冷却現象でグッとしばれたのでしょうね。
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朝、閑散としている新函館北斗駅。新幹線の一番列車が9:31だから、まだお客さんは来ていませんね。在来線のホームには遅刻しそうな高校生が何人かいましたが、この時間じゃ遅れるよー。
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昨日の大雪を除雪して、大きな雪山が出来ていますよ。とにかく昨日はものすごい雪でしたから。
ここまで来るのに、1時間ほど。まだ朝早くに家を出たので渋滞には巻き込まれなかったけど、10分遅れて出ると、到着するのは30分遅れになるから早めに出た方が安心です。

自動車道は完全に除雪が行き届いているから70km平均くらいで飛ばして来ましたが、一般道はスケートリンクのようなアイスバーンで、滑る滑るでゆっくり慎重にハンドルを握って運転。冬道は怖いです。
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さぁ、今日は4日ぶりの新幹線乗車のお仕事。乗車する一番列車がやって来ました。
となりのは回送列車です。ホームの端っこに立っていると、寒くて寒くて!外気がまともに当たります。

そういえば、朝欧米系の外国人の親子連れがいて、ガタイのでかいお父さんはTシャツの半袖姿、10歳くらいのその子は何と!短パン姿。その季節外れの異様な姿にビックリ!寒さ知らずなんですかね?
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昨日と打って変わって、晴天の空。山々がくっきりと見えています。
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逆光ですが、函館山が見えたのでパチリ。函館平野は、真っ平なので市街地はかなり遠くに見えていますが、写真では見ずらいですね。
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トンネルが3分の2以上の函館・青森間、約1時間かけて新青森駅へ。青森も大雪だったのでしょう、駅周辺にはかなりの雪が積もっています。
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新青森駅で見つけた青森市のねぶた弘前市のねぷたの違いです。
まずは、青森市のねぶたは勇壮で立体的。
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一方、弘前市のねぷたは扇形でおしとやか。青森市が男性的なのに対して弘前市は女性的な感じ。
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今日の青森でのお土産は、友人に頼まれた日本酒。ブログを見て「買って来て!」と云われたお酒の「田酒(でんしゅ)」は超人気で品切れ、入荷待ち。しばらく手に入らないと店員さんは話していました。そこで、2番人気の「陸奥 八仙」。
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買ってきた「八仙」がこれ。八戸市の八戸酒造で造られた日本酒で、特別純米、国産米100%使用、アルコール度15度、原材料は米・米麹、精米歩合60%の「八仙」。辛口です。
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「田酒」がなかったので、その代わりに田酒の麹で作ったお餅「田酒餅」を、おつまみになるかどうかわからないけど、買ってきました。
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一方、お酒を飲まない友人にはお菓子一番人気の「りんごステック」を。因みに、2番人気は先日blogにアップした「手作り煎餅」でしたね。
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帰りの新幹線には、「元気です 北海道」のステッカーが貼られていて、地震後の落ち込んだ観光客に対して、逆に「元気!」をアッピール!
本州の皆さん、北海道へ遊びに来てください!とPR。
寒いけど、一番美しい景色が見れるのが極寒にして真冬の北海道ですよ。
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ということで、今日の2往復、4回乗車の新幹線でした。新函館北斗駅と新青森駅間は、すでに40回以上も乗車していますが、まるで豪華版高速地下鉄に乗車しているようで、ちっとも鉄道旅を味わえない路線です。

鉄道旅を味わうのなら、青森駅から今別駅まで津軽線を利用して今別駅へ。木古内駅までは新幹線乗車しかないので、それで青函トンネルを潜り抜けて北海道へ。木古内駅からは、道南いさりび鉄道で函館駅へ、それが一番車窓の風景も楽しめるし、鉄道旅を楽しめる!と思うのですが。

もっとも、一番安上がりのフェリーを利用するのが一番景色を堪能出来るはず。3時間半かけて、ゆっくり・のんびりと旅を味わうことが出来ますよ。

今日のコタローです。
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朝早くからお父さんが仕事に行っちゃったから、遊び相手がいなくて寂しいよー。
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今日はふて寝だよー!寝てばっかりいよーっと!皆さんオヤスミナサイ。
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1月24日木曜日は、ものすごい大雪で昨夜からの雪は一晩で30㎝以上積もり、積雪量は50㎝ほどになり、札幌市とほぼ同じ量。昨年は、観測史上初めての累積積雪量が5メートル超えで毎日の雪かきに苦労したのに、今年も同じくらいに降っています。


もう勘弁してよ!これ以上雪はいりません!と、天に向かって叫んでも雪は止むことはなく、今もしんしんと降り続いています。

さて、今日も新幹線業務はなし。今日は、3か月ごとに通う病院へ行き、2017年7月の心臓の大手術後の経過検査。血液検査も心電図・レントゲンも異常なく、まったく正常とのこと。血液検査では一部が若干オーバーしているものがあったが、ほとんどの項目は正常値。

今年も安心して旅に出れます。昨年は2週間程度で帰宅したけど、今年はもう少し長旅が出来ると思い、この長い冬に計画を練っているところです。

さて、大雪の数日前にに我が町湯川を歩いて、blogのテーマを探し撮影してきました。
題して、市電のある風景。路面電車は、北海道では札幌市函館市のみ。東北になく、東京都高岡市、富山市、豊橋市、福井市、広島市、松山市、高知市、熊本市、鹿児島市など全国には数えるほどしかしかありません。確か17か所と聞きましたが、戦後の車社会で次々と廃止されて残っているのは、上記都市くらいなのでしょう。

我が町湯川にも電停があります。ここは「湯の川温泉」電停。函館山の麓で、2か所ある終点の一つ「谷地頭」行きの市電ですね。赤茶色の湯の谷地頭温泉があることで有名な町です。
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料金体系は、他都市と比べると高く最初は2kmまで210円から始まり、距離に応じて20円ずつ値上がりしていき、4km230円、7km240円、7km超が250円、子供料金はその半額です。
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観光客には1日乗車券がお得で、大人600円。3回乗れば元は取れますね。

湯川町1丁目付近、電車の奥に見える建物は以前生命保険会社のビルだったが、最近リニューアルされてゲストハウスに生まれ変わりました。
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TUNEという名のゲストハウス。最近は外国人が多く宿泊していて、きっとネットで見て料金が安くて来ているのでしょうね。
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1階がミュージックバー、2階・3階がホステルとして宿泊出き、4階がシェアハウスとなっています。
となりが、ジンギスカンのレストランになっているのも北海道らしくていいでしょうね。
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300mも行かないうちに電停があって、ここは「函館アリーナ」電停。大と小のアリーナ2つあり、大は5000人収容のかなり大規模の体育館。観光都市函館で開催したい!と、最近は中体連・高体連始め北道大会や全国大会が毎月有るし、大学の全国大会も時々あります。特に、ハンドボールの全国大学選手権が毎年3月にあって、応援しに行くのが楽しみ。

また、音響施設も良好で地元出身のGLAYミスチレなどの興行があり、全国からファンが鑑賞に訪れています。今年は大相撲の地方巡業もありますね。

もちろんスポーツでいえば、地元Bリーグレバンガ北海道のリーグ戦やフットサル、ハンドボール、つい最近はバトミントンの大会があり世界選手権で優勝した北海道出身のペアが来て試合を行っていました。

さらに、夏は避暑をかねてか、医師会の学会の全国大会や労働組合の全国大会なども開催されていて、スケジュール表を見ると、大アリーナはほとんど日程が塞がっているような状態です。
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電車は、最近リニューアルされたNHK函館放送局の広告電車「どーもくん」号です。
車体全部に広告(フルラッピング)すると、1年間で251万円ほど費用がかかるそうです。
結構、値段が張るんですね。でも、地元はじめ全国の有名な会社からリクエストが来ていて、今はすべての車両にラッピングされていて、予約も数年先とか。意外と人気があるんですね。
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ということで、市電が通る町の風景でした。

今日のコタローです。
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今日は大雪で、お父さんは朝から何度も雪かきに汗を流していたよー。コタローと一緒に遊ぶ時間がなくて、寝てばかり。だって、することないんだもん!コタローは雪かきは出来ましぇーん!
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どんな夢を見ているかって?それは内緒!
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そういえば、午後4時過ぎに家のお父さんは大声を出していたな!「大坂なおみ、勝ったぞー!次は決勝だぁー!」って。テレビでテニスを見て興奮していたみたい!
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テニスなんかより寝ている方が楽しいよーん!

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朝起きたら30cm以上の雪、そして今日1日猛吹雪‼️
前も見えないくらいの横殴りの雪が降り続いています❗

朝から何度も雪かきに追われています!

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1月23日水曜日、天気は晴れ。今日も新幹線乗車のお仕事はなく、家でのんびりしています。
さて、久しぶりに我が町湯川(ゆのかわ)の10回目の紹介で、それは海岸に近い黒松林です。

まずは、函館駅から東の海岸に沿って走る国道278号線をおよそ6km、そこは湯の川温泉街
以前にもお伝えしたように、楽天トラベルの日本の温泉ランキング6位に輝いた温泉です。
左の小屋はバス停で、雪や雨を防ぐ屋根付きの小屋でよく田舎に行くとありますね。地方の中では、トイレまで備わったバス停までありますよね。
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国道は「漁火通」の愛称で、名のように津軽海峡に浮かぶ漁船の灯り=漁火から採用された名前です。
左側に黒松林が見えていますね。
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ここは「湯川黒松林」で知られていて、北海道初の暴風砂林です。
明治の時代、函館の豪商であるこのblogでは何度も登場している人物、初代渡邊熊四郎(北海道最初の百貨店である棒二森屋デパート(150年の歴史も今月1月31日に閉店します。)を創業した人物として有名。大分県出身で、引退して名を孝平としています。)
が、公共のために私財を投入して植林した森林です。
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明治時代の湯川でもこの辺りは、砂漠さながらの無人地帯。強風で波打ち際の砂が飛ばされてきていたとか。それで、渡邉は防風と防砂のために、払い下げられた土地約57000㎡(=約17000坪、東京ドームが47000㎡なので、およそ1,2倍)の面積に、1889年(明治22年)から32年間かけて、静岡県は沼津産の黒松の苗22万本を植えたのです。
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渡邉熊四郎は郷土の偉人として知られ、平田文右衛門、今井市右衛門、平塚時蔵氏らと並び明治の函館四天王と呼ばれて親しまれている人物です。それだけ、当時の函館経済は日本国内でも10指に入るほどの景気の良さだったんですね。
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左に見える建物は、函館市内の高齢者が利用できる日帰り入浴施設。
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湯川老人福祉センターで、確か入浴料は無料だったはず。もしかしたら、最近100円徴収しているかも? 夏の間隣接している公園でトレーニングしていると、よくカラオケが聞こえてきます。
駐車場の20台くらい完備していて、高齢者にとっては1日遊べて過ごせる場所ですね。
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この黒松林の外れにあるのが、これまた何度も紹介している個人的には日本1の寿司屋さん
雷門寿司」です。
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何せ、前浜で獲れた極上で新鮮な魚を提供しているのだから。眼の前の浜には、湯川漁港がありましたね。津軽海峡の豊かな海で獲れた魚や魚介類が食べられるのですから!
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ということで、湯川紹介10回目終わり。まだまだ有ります!地元湯川町。

では、また!

今日のコタローです。
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昨日と今日はたっぷり遊んでやったよ!お陰で、こっちもぐっすり寝れたからね。
インフルエンザが大流行しているようだから、皆さん気を付けて下さいね!

手洗い、うがいはしっかりと行ってね❗コタローは風邪引かないから大丈夫‼️ 手洗いも必要なし!
うがいなんかしたことないよー❗

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1月22日火曜日、天気は晴れ。気温はマイナス8度でかなり寒い。陽が高くあがり明るい日差しの下での午前9時、昨日降った雪が5㎝ほど積っていたので久しぶりに雪かきに汗を流す。ということは、今日の新幹線業務は4日ぶりのお休み。朝はゆっくりと寝ていました。

そんなわけで、今日は昨日までの新青森駅で写した写真を紹介することにします。
まずは、津軽弁から。紫色の幟をご覧ください。
よぐきてけだっきゃ~どーも どーも」これはよく分かりますよね。
ほとんどの方は理解できると思いますが、標準語しか話せない外国人の方へ翻訳すると「よく来てくださった! どーも どーも」です。

最近は、日本在住の外国人もこのblog見て下さっているとのこと。7年目にして、インターナショナルのblogになったこと、うれしい限りです。
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東北新幹線八戸駅が2002年12月1日、七戸十和田駅が2010年2月4日、新青森駅が2010年12月4日、
そして奥津軽今別駅が2016年3月。ということは北海道新幹線開業の年で、かつ開業月に奥津軽今別駅がオープンしたということですね。
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巨大な錦石も展示中。大きさは高さ25㎝くらい、長さは30㎝くらいある大きな石です。
とても、人間の力では持てないでしょう!?
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新青森駅構内の在来線と新幹線駅をつなぐ回廊は、「ねぶたロード」と名付けられていて、ねぶたに関して学習できます。

少し調べましたので、「ねぶた」の語源を紹介します。
ねぶた(ねぷた・ねふた)」という名称は、東北地方を始め信州地方の「ネンブリ流し」、関東地方の「ネブチ流し・ネボケ流し・ネムッタ流し」などの祭りの言葉や方言から、「眠りながら」の意味の「眠り」が「ねぶた」に変化していった、とも言われています。

津軽藩の城下町弘前は、青森県下では古くからの町で人口も多く、祭りも盛んに行われていました。「ねぷた」という名の祭りも江戸時代からあり、江戸時代は漁業中心の寒村だった青森よりは盛んだったのです。
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江戸時代の中頃、享保年間(1716年~1735年)に、青森市油川町付近で、弘前のねぷたまつりを真似て灯篭を持ち歩き踊ったという記録があるそうで、それが青森のねぶたの始まりでしょうか?
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ねぶたが出来るまでの順番が説明されていますね。
ねぶたの製作には約3か月を要する制作にあたる人数は延べ300人とか、費用は約2000万円とか。
すごい祭りですね。
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最大サイズの基準があって、幅は9m、高さ5m、奥行き7m、重さは4トンとかですが、それは青森市の場合。
五所川原の立佞武多(たちねぶた)は、もっと高いはず。高さが5mに抑えられているのは、電線よりも低くするため。

そうやって、完成したねぶた。その一部が展示されていますよ。
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ということで、新青森駅まだまだ見どころいっぱい!
それに比べると、地元の新函館北斗駅はかなり劣るなぁ!とガッカリ。

今日のコタローです。
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今日は、朝から夜までたっぷりと遊んでもらえたから、うれしい1日となったよ。運動不足も解消されストレス発散出来たし、余は満足じゃ!
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後は、美味しいものを食べて寝るだけ。そういえば、先日から人間も食べている「サケの缶詰」を御馳走になっているけど、人間は美味しいものをたくさん食べているんだな。

でも、それで肥満になったり病気になったりしているみたいで、じゃ食べなきゃいいし運動すればいいのにと思うけどね。人間は食事を制限するダイエットなどしているけど、何ともったいない!ことをするんだ! 食べるのに苦労している人間や動物はたくさんいるんだぞぉー!

野良ネコの気持ちになれば、どんな食べ物でも粗末にしてはいけないぞ!
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それでは、またねーこ!


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1月21日月曜日、天気は雪。札幌では猛吹雪で交通網に支障をきたしているとか。函館はそうでもないけど、それにしても寒い!新函館北斗駅での8:20、気温はマイナス5.5℃。

昨日のマイナス3℃と比べて、2℃の差だけどかなり寒いです。
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今日の1日2往復の新幹線。午前中の新青森駅のホームの端っこから写した風景です。
雪を融かすスプリンクラーの水が凍結して壁に張り付いていますよ。昨夜の青森は真冬日だったのでしょう。それに朝方は冷え込んでいたから、凍り付くのも当然でしょうね。
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昨日よりも8㎝増えて60㎝の積雪。60㎝あるっきゃ~
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今日の新青森駅の紹介は1階の旬味館。今まで何回も訪れていましたが、今回初めて発見したものを紹介します。ここで1時間は過ごせて、お腹も満たされます。
ちなみに、新青森駅、2階が改札口と待合室。3階がホームです。
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ハチミツ入りリンゴ酢~水で7倍にうすめているものを試飲出来ます。
美味しくて、何杯もいただきました!ホント美味しいんだから!1本1296円もするんですね。
もしかして、400円分くらい飲んじゃったかも?
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お酒も1杯100円で飲めるのです。もちろん、未成年者は絶対ダメ!
今回は仕事で来ているし車の運転もあるので試飲はダメですが、鉄道で訪れた人には飲み比べできるからバッチリ!
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成人確認も含めてカウンターで店員さんから専用グラスを受け取り、100円入れてお好きな酒のボタンを押せば、1杯飲めます。銘柄は、5種類でいずれも青森名産の美味しい日本酒。お米と水が美味しいからお酒も美味しい!
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そして、おつまみもたくさんありますよ。無料で試食できるコーナーがいくつもあって、例えばここのスルメとか、煮干しなどの干物の魚とか。一口サイズだけど、お茶も飲めるしご飯も食べれます。
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今日のお土産は、昨日に引き続き煎餅で、ゴマ。南部せんべいみたいな美味しさ。ゴマの香りが漂って、香ばしい。
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美味しそうなゴマせんべいを食べているお父さん!4日間遊んでくれなかったら、明日は休みだからたっぷり遊べるなぁー。しっかり寝て体力回復してね!
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コタローは、4日間暇で暇でストレスいっぱいだよ。明日は運動して発散しようーっと!
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そのためには、まずは睡眠!じゃ、オヤスミナサイ!
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1月20日日曜日、天気は曇り。朝の新函館北斗駅です。気温は、マイナス3.7℃。昨日よりはずーっと暖かく感じます。マイナス5℃を越えるとやはり冷たいけど、マイナス3℃は、2℃しか違わないけど暖かいのはなぜだろう?

道の雪も半分融けかかっっていて、昼間の温度はプラスになっているはずです。
郵便ポストの上の北斗市のゆるキャラズーシーホッキーは大人気で、観光客と一緒にカメラのモデルに。写真に写る女性2人も撮影した帰りでした。
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午前中の新青森駅です。
駅構内に展示されていた、2㎝四方の折り紙7000羽以上で作られた「ねぶた絵」です。
これは、すごい!新幹線新青森駅完成に合わせて、市民の力で作られたとか。
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2cm四方の小さな折り紙を、みんなの力を合わせた作品は賞賛もんです。
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となりを見たら、長靴の無料貸し出し中!です。
さすがは、青森市。濡れ雪の中では、長靴が一番です。それにしても、無料で貸し出し中とは!

でも、借りた人は長靴を履いて何処へいくのでしょう?周辺を散策?
まさか、写真にある八甲田連峰の山々を登るわけではないでしょうね?
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今日のお土産は、青森名物の一つ「煎餅(せんべい)」です。
それも、ゴマの南部せんべいではなく、ピーナッツや豆が入ったもの。
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しかも、手作りで実演中でした。
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元祖手焼きせんべい!だそうで、青森のお土産のNO.2の人気でした。
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家に帰って食べてみたら、美味しくて美味しくって!歯ごたえ十分のせんべいでした。
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大雪の新青森駅では、2日前同様にスプリンクラー作動中!水を撒いて雪を融かしていました。
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今日のコタローです。
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お父さん、早く帰って来て!淋しいよー!
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1月19日土曜日、天気は曇りのち晴れ。寒さは昨日より一段と厳しく、新函館北斗駅での午前8時15分の気温はマイナス5.2℃。シバレル寒さです。
といっていたら、道北や道東の人たちに笑われてしまいます。道東・道北の内陸部ではマイナス20℃を越えている地域もあるのだから。

北海道の内陸部は、夏30℃を軽く越えるし冬はマイナス30℃にもなるし、寒暖の差が激しいのです。函館は、周囲を海に囲まれているので寒暖の差は少なく、せいぜい夏30℃を越えることは数日で、夏の平均気温22℃、冬はマイナス二桁になることはほとんどありません。だから夏涼しく・冬温暖?


それでも、マイナス5℃は自分にはかなり冷え込んでいて、服装は完全防備で来たけどカメラを構えている間ブルブル震えて撮影していました。
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ズーシーホッキーは寒くないの?冬服はないのかな?せめてマフラーくらい首にまいといたら。
でも、首がないか!
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さて、今日の新幹線に乗り込みます。今回も新函館北斗駅から新青森駅まで、午前1往復、午後1往復の2往復=4回の乗車です。それぞれ1時間くらいの乗車。

ホームから北を見ると、行き止まりが100m先にあって、これ以上先は11年後。札幌延伸は2030年を目途に工事中です。11年後なんて、想像もつかないけど果たして工事は進められるのでしょうか?
向こうに見える山を掘り、トンネルの連続で最短距離で札幌へ向かうそうですが。
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鼻の長ーい北海道新幹線の運転席側。1号車と10号車がこの形。
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下は新青森駅での北海道新幹線。車体のラインが上と下では違いますね。上の新函館北斗駅に停車中のは、赤紫色。新青森駅のはラベンダーカラーです。
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新青森駅で南側を見ると、昨日と違って今日はスプリンクラーは作動してませんね。
昨日の遅くに再度作ったblogでは、レールの上の雪を融かすために何本ものスプリンクラーが噴水のように水を噴き上げていました。昨日の最後の写真を参照していただければ理解できます。

今日は、雪が降っていないから作動しないのかな?
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仕事を終えて、15:31の新幹線で函館へと帰ります。
いつか、左の「はやぶさ」に乗って東京まで行ければいいなぁ!と思うけど、新幹線の車窓風景はツマラナイから4時間は寝て過ごすことになるのかな?

この冬何度も乗車して気が付いたのは、スキーまたはボードをかついだ欧米人が目立つこと。きっと、世界1のパウダー・スノーのニセコへ行く、またはその帰りなんですね。ニセコで滑るために、わざわざヨーロッパやアメリカからも来日するそうです。オーストラリアからはたくさんの冬をエンジョイする人が来ていますが、その多くは千歳へ。

もしくは、東京周辺に住む欧米人が新幹線で来てるのかも?外国人ならJR全線新幹線乗り放題を、格安で購入できるチケットがありますからね。

それと、中国人・台湾人・東南アジア系の人たちは、大型キャリバックを引いて旅していて、雪に大喜び。きっと、中国南部や台湾・東南アジアの人たちは雪を見たことがないからですね。

寒いのも忘れて、素手で雪玉を作ったりして楽しんでいて、「そんなに雪が珍しいのかな?」と思ったり。
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ということで、明日も新幹線乗り込みます。速いけど、車窓を楽しむことはほとんどなし。
これじゃ、鉄道旅を満喫することは出来ません。もっとも、私は仕事で乗っているんですけどね。

今日のコタローです。
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ここ数日、お父さんは朝早く出かけ夜6時ころに帰ってくるから、ちっとも遊んでくれないんだ。
いつもは、猫じゃらしで遊んでくれて、激しく動き回るんだけど、運動不足で肥満にならなければいいんだけど、チョット心配。
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まぁ、こんな時は寝るに限るね。果報は寝て待て!なんちゃってね。寝てればいいことあるかな?
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