1月も今日で終わりの31日木曜日。天気は曇りで、かなり寒い。昨日は道内一円でかなり冷えて、旭川市ではダイヤモンドダストとサンピラーが見えたとか。空気中の水蒸気が凍りつき、空中で氷となり太陽の光でキラキラ光って、ダイヤモンドのように見えることからダイヤモンドダストと、一方風が全くない時に、それが太陽の光で柱のように見えることからサンピラーと名付けられていますね。
いづれも、極寒地の北海道でしか見られないし、しかもマイナス20℃以下になる地域で、道北や道東での現象です。それにしても、寒い日が続いています。
さて、北斗市の郷土資料館です。まずは、合併後の北斗市のマンホールから。

トラピスト修道院と新幹線が描かれたマンホール。大野町時代のマンホールは雪の中で、雪どけの時期にもう一度訪れて撮影してきますね。
北斗市で発見された縄文時代の土器が展示。

北海道唯一の国宝である「中空土偶」や青森県の土偶と同じような顔立ちですね。眼の辺りや鼻や眉毛のところがピッタリ。北東北・南北海道の縄文時代の遺跡、早く世界遺産に登録されて欲しい!

三木露風は「赤とんぼ」の作者で、トラピスト修道院にその石碑がありました。
明治32年(1899年)兵庫県現たつの市生まれの三木露風は、7歳の時に両親が離婚し、祖父に育てられることに。そんな生き別れの母の消息が知りたい。
彼女は、はるか遠い北斗市の当別にあるトラピスト修道院で働いていたのです。
露風はすぐに函館へ行き、母と再会したのは1920年(大正9年)で20歳の時でした。そこで、講師として働き、2年後には妻と共に洗礼を受けてクリスチャンとなります。
そんな露風は、函館の地からふるさとの瀧野に思いをはせて作った歌が「赤とんぼ」。
「夕焼け小焼けの 山の空 負われて 見たのは幻か」あの有名な詩ですね。

北斗市の文化財。

北斗市各地で出土される縄文時代の土器などの遺物。

昔の暮らしの展示物は、日本中どこにでもあるもの。ブラウン管テレビ、柱時計、もんぺ姿、おひつ、ダルマストーブなど懐かしいものばかり。

歴史は、細かく紹介されていて、室町時代に和人の到来、アイヌ人との交易、江戸時代は松前藩の領土。

そして、幕末は箱館戦争の舞台へ。榎本武揚や土方歳三の顔がありますね。

明治から大正、昭和の時代。北斗市でも空襲はありました。終戦間近の1945年(昭和20年)7月14日、15日。

そして、戦後。平成の時代へと。

ということで、北斗市郷土資料館で学習し、さぁ実際に見学に行こう!と。
それは、また明日!
では、また!
今日のコタローです。

朝から暴れてしまって、お父さんやお母さんに叱られてしましました。
鉢をひっくり返して、土を床の上へバラまいたのです。

でも、コタローは若いから激しく動きたいだけなんです。それが、運悪く鉢に引っ掛かってしまい台から落ちて土が床に散乱してしまい、片付けるのが大変だったみたい。
でも、怒られたって平気!平気!落ち込みもせず、すぐにスイミングしちゃうのだ!
怒られても寝れば忘れるよー!











































































































食べるのに苦労している人間や動物はたくさんいるんだぞぉー!
































