函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2020年11月

11月29日日曜日、天気は曇りでかなり寒い日です。西高東低の完全な冬型の天気図で、雪が降ってもおかしくない天候で、外出するのが億劫になる寒さ。こんな日は1日家にこもり読書をしたりテレビを見たいのだが、野球が終わってしまい今日のスポーツはとくになしだからガックリ😖⤵️。
プロ野球日本シリーズはホークスの4連勝ジャイアンツの完敗。というか、野球は今や実力も人気もパ・リーグを魅せ付けられたシリーズでした。
北海道でも、かつては巨人一色でしたが、今や全道民がファイターズファンと云っても過言ではないくらい日ハムが好き。なぜならチーム名が「北海道日本ハムファイターズ」だからです。それに、選手が応援大使として地方の町村に出向くし、地方の町村はいたるところに応援パネルを設置して彼らを応援します。かつての巨人ファンは、ごくごく一部の男性老人くらいでしょうね。
東北でも、「東北楽天ゴールデンイーグルス」の人気は強く、子供たちのキャップがそれを証明しています。以前のような巨人・阪神が黄金カードだった時代は終わり、人気もパリーグの時代。
その中で福岡ソフトバンクホークスの圧倒的な力が、球界ナンバーワンになっているのを目のあたりにした先週でした。

さて、津軽線を行くの2回目はもう一度蟹田町に戻り、陸奥湾フェリー会社のある「風のまち交流プラザ トップマスト」から。展望台まではエレベータはなく歩くのみで、ならば行って登って見ましょう、と。
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132段を制覇といってもあっという間で、あの弘前市の久渡寺の700段以上の階段に比べれば大したことはない。香川の金毘羅さんの奥の院までの階段は1000段以上あったし、山登りをしていると思えば、標高50mくらいの低山です。
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まずは西側。蟹田の町と国道280号線、奥には前回紹介した中小国駅などの津軽線の駅があります。
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南東側を見ると、対岸は下北半島の南端に位置する脇野沢。右に見えるのは夏泊半島。手前は蟹田漁港。フェリーは、脇野沢を往復しています。
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南を見ると蟹田の町の中心街。青森湾沿いに南へ行くと青森市へ。
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港の奥に広がる青森湾は陸奥湾の一部。右端の方に、八甲田山連峰が山頂を雲に隠れていますが一部見えています。
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津軽線とは少しお別れして国道280号線、別名松前街道を北上すると、道の駅「たいらだて」へ。その道の駅の奥にあるのが平舘灯台。灯台の根元に巨大なラッパみたいなものがありますね。
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それがこれ。多分、霧で海の視界が悪いときに、このラッパを鳴らして船に知らせるのでしょう。
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明治32年というから1899年のことで、今から121年も前に造られた灯台です。下北半島とはわずか10kmほどの距離だから、この平舘海峡(津軽半島と下北半島の間)を通過する船に対して重要な役目があったのでしょうね。
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なかなか格好いい灯台です。対岸は下北半島の佐井村。だから名勝の仏ケ浦も見えるでしょうね。
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で、波打ち際へ行くと、確かに仏ケ浦が見えるけど、やっぱり10km離れていると肉眼では分かりづらい。それにしても、下北半島の西海岸は断崖絶壁が連続する海岸線です。12日前は、この山の中を走って大間町から佐井村を経てむつ市脇野沢まで走ったのです。
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明後日は、あの青函フェリーに乗って帰りますが、予定通りに出航するのか?
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足元を見たら、旧平舘村のもので灯台が描かれていました。
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次回は、さらに北上して津軽半島の2大岬の一つである高野崎へと向かいます。
津軽半島と云えば、龍飛岬を思い浮かべますが北海道側からは2つの山が見えて、函館では西側に龍飛、東側に高野崎、その間の今別町は平坦に見えます。
次回紹介する高野崎は、津軽半島の東の山の先っぽなのです。
なお、函館でよく晴れた日には、その2つのこんもりした山の間に富士山のようなキレイな三角形の山が見えます。それが岩木山なのです。函館からは100km以上も離れているけど、1年に10回は見える青森県の山です。
では、また!

11月27日金曜日、天気は晴れ時々曇りで気温は最高気温が5℃という肌寒い天候。雪こそ降らなかったけど、外を歩いていても寒くて、もう冬到来だなぁ!と感じた1日でした。

毎日コロナ感染者数が記録を更新していて、不安だけが残ります。毎日のテレビのニュースを見たり聞いたりするのが億劫になるほどで、いつになったら収束するのか?ウイズ・コロナと云われてもコロナとは仲良く付き合いたくないので、早くワクチンが開発されて欲しいし、心おきなくマスクを着けずに外出したい!
でも、年末年始は何処にも行けない、もっとひどい状況になっているでしょうね。
クリスマスとか、初詣とかは無理だし、函館では成人式や出初式も中止になりました。この先は暗いことばかりで、明るい話がないのが残念です。

さて、津軽線の全駅巡りの第2弾。駅は中沢駅から。
前回の最後の駅だった後潟駅までは青森市の行政区域。中沢駅は東津軽郡の蓬田村です。可愛らしい駅舎で、もちろん無人駅。
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駅前に並べられている自転車は、高校生のもの。いわゆる汽車通生が自宅から駅まで乗って来て、ここから列車に乗って青森市内へ。青森市内の駅から歩くか、またはそこの駅にも自転車があって再び2台目の自転車で学校まで通学するのです。
地方の高校生は、高校に通うのは大変なことなのです。私が勤めていた高校にも、そんな生徒は結構いました。朝6時には自転車または保護者の車で駅へ。汽車通学して数十分。メイン駅である函館駅からは、市電かバスで、または駅に置かれている自分の自転車で通う高校へと。
ホントに地方の高校生は交通費がかかるし、親の負担もかかり大変なのです。帰りも同様だから、通学時間は東京並みで、2時間、3時間はざら。自分のように(50年以上前の話ですが)、高校まで自転車で10分、歩いても25分なんてのはかなり近い方でしょうね。
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村役場のある蓬田駅。もちろん、ここも無人駅。私が学生時代などは駅員さんが何処の駅にもいたし、夜通し働いている方もいて、旅に出た時などはよく駅で寝させてもらいました。
学生時代は自転車で旅していたし、それに金がない時代。今のように道の駅などはなく、駅で寝るのが最高の贅沢。雨はしのげるしトイレもある。時には駅員さんから風呂に入っていけ!と云われたこともありましたし、水道があるから洗濯もできましたからね。
そういえば、昔40年くらい前に「駅寝のススメ」という貧乏旅行者のバイブルみたいな本がありました。
今は無理です。無人駅でもカメラが作動していて、寝ていたら不審者扱いされて警察に通報されることでしょうね。
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それに駅にトイレがあるところもあるけど、無人駅はなくなっているところもあります。
維持費がかかるし、トイレットペーパーも置かなくて済みますからね。
無人駅でも、毎日掃除や冬は雪かきが必要だから維持するのに人件費など費用はかかるのです。
掃除を周辺のお年寄りのボランティアに任せている駅もありますが、高齢化によってそれも出来なくなってきているのが現状です。
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続いて郷沢駅
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青森駅行きの上り電車がやってきました。よく見ると、屋根の上にパンダグラフが付いているから電車です。ディーゼル車ではないですね。少ない客でしたが、皆さんマスクをしていました。
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もっとも、電線が列車の上を走っているから、電車であることは間違いないですね。
これが道内のローカル線は、列車の上は何もないからカメラで撮影には良いのです。邪魔な電線がないことがローカル線の撮影には良し!なのです。
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続いて瀬辺地駅
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線路の脇に冬に使用されるであろう除雪車が待機中。除雪車と断定したのは、窓を見れば分かります。窓のあるのはワイパーでなく、丸くて回転して雪を吹っ飛ばす装置。ワイパーだと猛吹雪だとすぐに窓全体を雪で覆いつくしてしまい、それが凍結すると前方がまったく見えなくなります。
扇風機の羽根のように回転すると雪が付かずに済みますからね。視界はわずかしかないけど、前が見えることは確かです。
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駅の看板の右に除雪車が待機しています。
北海道では、ローカル線はどんどん廃止されていきました。「ぼうけんの旅」を始めてから、まずは江差線、さらに日高本線、夕張線、留萌本線の留萌駅・増毛駅間、そして札沼線の北海道医療大学駅から新十津川駅まで。たった7年間でこれだけ廃止されたのです!(怒)
JR北海道は、他にも石北本線や、深川駅と留萌駅間の留萌線釧路駅から根室駅までの花咲線など廃線計画を進めているようです。
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蟹田駅へ。ここは有人駅。町の名前は外ヶ浜町。以前は駅名と同じ蟹田町でしたが、2005年3月28日に平舘(たいらだて)村と三厩(みんまや)村と合併して、新たな町の外ヶ浜町となったのです。
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名前の通り、カニが町のゆるキャラ。
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蟹田駅までは陸奥湾の中の青森湾沿いを走ってきましたが、蟹田駅からは津軽半島の内部へ。山の中に入ります。一つ目は中小国駅。青森湾からおよそ5km内陸の駅です。
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続いて大平(おおだい)駅。
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海から離れること10kmくらい。周囲は畑が広がり、人口のかなり希薄な地域。前方に見える高架は北海道新幹線。大平駅の100mほど海よりを走っています。
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新青森駅を出た新幹線は、蓬田駅から津軽蓬田トンネルという名の長いトンネルへ。
この後さらに長いトンネルの津軽トンネルへ。そして本州最北端の新幹線駅であり、かつ乗降客が最小の新幹線駅の奥津軽今別駅へ。駅は、そのとなりに津軽線の津軽二股駅と同居しています。
それについては、また次回のお楽しみということで、
では、また!

11月25日水曜日、天気は晴れだが気温は低く、我が家の畑を見たら凍った土が5㎝ほど盛り上がっていて、霜が降りていた寒さでした。まだ積雪はないけど、冬は確実にやってきていると痛感します。

さて、弘前市の郊外の久渡寺山(662.9m)の麓にある久渡寺。境内から続く道は、東北自然歩道になっています。少しだけ登ってみたら弘前市街地が見える展望台へ。と云っても、深い森に覆われていてほとんど見えませんね。
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ズームして見ると、津軽平野の中心地である弘前市の町が見えてきます。人口17.5万人は青森県下では第3位。県庁所在地の青森市が29万人、八戸市が23.4万人に続く町で、津軽藩の城下町です。
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おっー!この狐、誰かに似ているな!と思ったら、あの「鬼滅の刃」に登場するヒロインにして主人公竈門炭治郎の妹の竃門禰豆子(かまどねずこ)じゃございませんか!
奥に見えるは、馬の神様のオシラ様
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もっとも、全国のほとんどの稲荷神社の狛犬ならぬ狐は、こんな格好が多いんじゃないですかね。それに、自分が「鬼滅の刃」を知ったのは、10月に通院しているクリニックに置いてある漫画本を読んでからだから、ほんのちょっと前です。
自分が通っているクリニックは、糖尿病や甲状腺の専門のドクターで、道南では知られた方。だから朝早くから並んでいて、玄関は8時オープンですが、自分はいつも7時前には車で行き玄関前で1時間は待ちます。8時に待合室に入ってもさらに2時間以上は待つので、その間に本を何冊か持って行って読みますが、10月の時はたまたまクリニックの本棚に並べてあった漫画本の「鬼滅の刃」1,2に気付き読み始めたら面白く、夢中になっていたのです。それで「鬼滅の刃」を知ったわけです。
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こちらは、白衣観音像。白い衣服をまとった観音様。今年は白衣の医療従事者の皆様のための観音様です。毎日医療従事者の方々は、コロナと戦いながらお仕事続けていて、本当に頭の下がる思いです。
ご苦労様!お疲れ様と祈ります。
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そのとなりにあるのが、白山堂。
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で、そのあとは五所川原市のキャンプ場「芦野公園」へ。太宰治の出生地である金木町は、五所川原市に併合されてしましましたが、桜の名所でもある芦野公園は津軽鉄道の駅もあるし、無料のキャンプ場もあるのです。

翌朝、この日はJR東日本のローカル線津軽線全駅巡りをしよう!と、まずは青森市の津軽宮田駅へ。目の前は陸奥湾が広がる地。
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続いて奥内駅
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左堰駅。よーく見ると、単線ですが電化されていますね。そう、津軽海峡線時代から、貨物が走っていていて海底トンネルも含めて電化されたのですよね。青函トンネルは、新幹線の標準軌の線路(1435mm)と貨物の走る狭軌の線路(1067mm)の2本ありますからね。
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目の前には、刈り取られた田んぼ。と、その奥にある高架は北海道新幹線
以前、アルバイトの仕事で「新函館北斗駅」と「新青森駅」の間を50回以上往復したことがありました。ほとんどトンネルだから、風景を全然堪能できない路線で、まるで長距離高速地下鉄みたい。
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後潟(うしろがた)駅。
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まだまだあります津軽線。明日も続きます。
では、また!

11月23日月曜日、天気は晴れ。でも、気温は低く先ほど外を散歩してきたが、雪がチラッと舞っていました。11月の下旬だから、北海道では例年だと冬の季節に突入してもおかしくないけど、ここ数年は温暖化の影響か12月下旬になっても積雪は見られずホワイトクリスマスじゃない時もありましたからね。

さて、小坂町の2日目はキリスト教保育園である天使館の裏側にある小坂鉄道の駅だった「永楽町」から。
一つ手前の駅である「花園町」は芝居小屋である「康楽館」の前で、小坂駅から2つ目の駅。だから「永楽町」駅は3つ目の駅。始発駅の小坂駅からは、距離にしたら1kmもないんじゃないでしょうか?
小坂鉄道は、1908年(明治41年)に発展を続ける小坂鉱山の輸送力工場のため、小坂・大館間(22.3km)に小坂鉱山専用鉄道として開通。翌年には小坂鉄道株式会社が発足して、旅客・貨物輸送を担う鉄道として開業しています。
残念ながら、2009年(平成21年)住民に惜しまれながら全線廃止されて百年の歴史にピリオドが打たれました。
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北海道でも、数多くの鉱山跡地を見てきましたが、小坂町はその街の歴史がそっくり残っていて見応えたっぷり!秋田県では鹿角市の尾去沢鉱山跡が資料館として見学できますが、小坂町は町を歩くだけでその雰囲気が感じられるから、素晴らしいのです。
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病院記念棟は、1908年(明治41年)に建築されたもので、病院本館は小坂鉱山を代表する建築物の一つでした。秋田県内一の総合病院として創建され、当時のルネッサンス風外観は鉱山事務所と比べても見劣りしないほどの優雅さを見せていたといいます。
しかし、戦後の1949年(昭和24年)に焼失し、一部のみが今に残されていて見ることが出来ますが、それはほんの一部でしかないのが残念。
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創建当時の小坂鉱山病院は、写真を見れば木造2階建ての、それこそ鉱山事務所に負けないほどの外観です。残って欲しかった建物です。
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もう一度、鉱山事務所の外観を。ゆっくりと見学すれば1時間以上は必要です。内部には、レストラン「あかしあ亭」があり昔の洋食屋さん風のメニューがあって、古き良き時代を彷彿させています。
特産品ショップもあるし、「ハイカラ着せかえあそび」という名の衣装レンタルもあります。女性の方用に、ウエディングドレスもありますよ。
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こちらは旧電練場妻壁という名の建物の一部。壁のみ残されていますが、旧電錬場とは銅の電解工場のことです。その一部が歴史的建造物として復元されています。
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小坂町でしばらく時間を過ごした後、隣の青森県へ。道の駅「碇ヶ関」でblog作りをしてランチタイム。たまたまババヘラアイスのおじいさん(いつもはおばあさんがしているのでババハラと云うのだけど)の作る昔懐かしい味のするアイスクリームを食べて、弘前市の郊外、岩木山の麓に位置する久渡寺へ。
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この看板を見てわかる通り、長ーい階段を登って観音堂へ行きます。実は、48年前の学生時代、ちょうど20歳の時のことですが、弘前市の親戚のお兄さんに車で連れられてここへ来ました。
長い階段を楽に登り(若かったのです!)その境内で見たものは、あの恐山で知られるイタコのおばあさんが依頼者のリクエストで亡くなった人の言葉をよみがえらせているいわゆる口寄せの場面でした。
時も夕方で、我々以外誰もいない広くて暗い境内に響くイタコの声は、とてもおどろおどろしく怖かったことを半世紀近く経過しているのにハッキリと記憶しています。
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果てのないような長い階段を降りてくる人がいますね。登ったら降りなきゃならない階段。でも、行ってみましょう!
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最初は勢いをつけて登って行ったが、だんだん脚にきてゆっくり歩き、何とかとうちゃこ!
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狛犬ならぬ狛馬です。馬の神様では、遠野市のオシラ様という馬の神にして、蚕の神、農業の神の存在が信仰されていますが、これは東北特有の現象です。馬にきらびやかな衣装を身に着けて飾ったりしているのです。
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こちらは狐の狛犬がいて、どうやら稲荷神社ですね。
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久渡寺は、禅宗の一つの真言宗。そして、津軽三十三観音霊場の第1番札所です。
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そして、観音堂の奥にあるのが、観音石像群。観音様の石像が一体いくつあるのでしょうか?
少なくとも数百、いやそれ以上ありそう。ここ、夜来たら怖くて逃げだしそう~
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Wikipediaで調べてみると、ここのお寺には寺の宝として円山応挙作の幽霊画があるとか。さらに、昭和30年代までは、境内にいるイタコが津軽三十三観音の御詠歌とオシラ祭文の読誦をしていたとか。
実際、1999年には「久渡寺のオシラ講の習俗」は無形文化財に指定されています。

ちょっぴり怖いけど、もう少しここのお寺を散策して見ることにします。
次回は、ここ久渡寺の後編を紹介します。
では、また!

11月22日日曜日、天気は曇りで気温は低め。明日からは雪のマークも点いていて、寒くなりそう。
自分の部屋から見える近くの巨大ホテル「啄木亭」は、昨夜はほとんどの部屋に灯りが点いていて満室状態。駐車場を見てもほとんど満車で、札幌を始め道内各地から来ているし、または「わ」や「れ」のレンタカーが何台も駐車中。新聞を読めば首都圏や関西圏から大勢の観光客が来ているんですね。

「GO TO」でかなり安上がりになるようですし、キャンセル料も高いから来ているのでしょう。でも、心配ですよ。ホテルなんて、結構密になるし、いくら車で移動しても観光地では密になるはず。
どうして人ごみに行くのか?感染しない・人にうつさないためには動かないことなのに、連休だから旅行するのでしょうか?もうこれ以上、感染者が増えたらお手上げです。地方では医療設備は脆弱ですから、パンクしてしまいますよ。年末は悲惨なことにならないように!と祈ります。

さて、秋の旅の24回目は秋田県北東部の町、小坂町から。
正面に見える建物は、国の重要文化財に指定されている明治時代の芝居小屋「康楽館」
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1910年(明治43年)8月13日に落成し、こけら落としとして「大阪歌舞伎尾上松鶴一座」が公演し、以後110年に渡り続いてきた木造2階建て、一部地下もある定員607名の東北1の芝居小屋です。

この楽康館がある通りは、「明治百年通り」。
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明治時代後半は、全国1の規模を誇った銅山の町として栄華を誇っていた小坂町です。
栃木県足尾銅山愛媛県別子銅山とともに日本三大銅山と並び称されるほどの小坂鉱山は、1907年(明治40年)には鉱産額全国1を記録しています。
当時の鉱山の所長久原房之介は、小坂に理想社会を建設しようと考え県内最初の電気利用し、さらに全町民に給水可能な上下水道施設、小坂鉄道と電気鉄道、県下最大の総合病院、東北1の劇場など都市機能を整備し、小坂町はまさに文明開化の最先端を行く町だったのでした。

日本で第1号のクリスマスを祝ったドイツ人技師のクルトネットー夫妻。
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後ろを振り返ると、明治42年に創業された小坂・大館間22.3kmを結ぶ小坂鉄道の小坂駅があります。
残念ながら平成21年に廃線となりました。
今は、レールパークとして当時の車両の展示・ブルートレインは宿泊施設・ディーゼル機関車の乗車体験などとして保存されています。
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幟がたくさん掲げられていますね。康楽館は昨年芝居を見学したので、今回はパス。それに時間が午前10時開演だから早すぎて無理。訪問時午前8時過ぎ。
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当時(明治末期か大正時代)の公衆電話。自働電話という名前だったのですね。
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中に入ると、まさにレトロ。交換を呼び出して掛ける電話です。
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劇場では、下の「リトライ!風そよぐ町から」という芝居が演じられていました。
花道が2本もあるし、直径9.73mの回り舞台もあります(人力、4人で回します)。また、切穴(すっぽん)という花道にある役者をせり上げる装置で、ロープと滑車を使って人力(2人)で操作するものまであります。
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こちらは、明治37年(1904年)建築された赤煉瓦倶楽部
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見えてきました、小坂鉱山事務所。工事中でしたが、中は入れます。鉱山資料館として、大人330円。内部は3階建てで、小坂町の鉱山誕生の明治から大正時代の繁栄時の歴史を知ることが出来ます。
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9時オープンだから、あと30分ほど待ちましょう。その間周囲を散策。
すべて天然秋田杉造りの木造3階建て、床面積は2600平方メートル。ルネッサンス風の当時のオフイスビルだったのです。
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こちらは何だったかの忘れました。手元のパンフレットにも書かれておらず。でもこんなのがいくつもあるのだから小坂町の絶頂期はすごかったのです。
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上下水道の水道施設は、明治時代に日本では横浜、函館に次いで3番目と全国でもいち早く建設されています。往時の賑わいは今は偲ぶことが出来ませんが、建物だけは残っているし、当時の写真で想像することはできます。
大勢の労働者が働き、劇場も連日満員だったとか。
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こちらは天使館と呼ばれる「旧聖園(みその)マリア館」。1932年(昭和7年)建築で、小坂鉱山の子供たちの幼児教育施設として発足。木造平屋建て、キリスト教教育に基ずく保育園です。
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見ていて飽きがきません。歩くのが楽しくなる「明治百年通り」。でも、観光客は少ない。なぜなら交通の便が車しかないからでしょう。鉄道が廃止され、車を持たなければ本数の少ないバスが観光バスしかないのが現状。
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次回は、鉱山事務所を見学してもう少し歩くことにします。
そして、いよいよ青森県へ再突入し、津軽地方をじっくりと見ます。
では、また!

11月19日木曜日、天気は昨夜から雨。それでも朝10時過ぎからは雨も止み曇り空へ。気温は18度くらいまで上昇し、暖かい日ではあります。
全国のコロナ感染者数はついに2000人を超えましたね。この勢いで行ったら、年末には3000人超えどころか毎日5000人以上感染者が出て、病院はパンク、高齢者は自宅で亡くなるケースが続出するのでは?という悪夢が現実となりそうで怖いです。
自分は既往症があって、今は3か月に1回2か所の病院へ通院していますが、この先出来るだけ人と会わず、人ごみに行かずに出来るか?といったら、無理そうだしとても不安材料が多いです。
早くワクチンが開発されて欲しいし、この悪質なウイルスを終息して欲しいけど、どうなっていくのやら?道内でも札幌から地方へ波及して、田舎の町村でも出ているから、本当に恐ろしいのです!

さて、23回目を迎えた秋、東北の旅は十和田湖、地域は青森県十和田市の休屋(やすみや)から。
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上の写真は、十和田湖にある2つの半島のうちの一つである中山半島。下の写真は御倉半島
十和田湖は、周囲46kmの二重式カルデラ湖で、2つの半島に挟まれたところは中湖と呼ばれ、西の中山半島の西は西湖、御倉半島の東は東湖と呼ばれています。地図を北から見ると、まるで3つ指グローブみたいな形です。2枚の写真に写る場所が中湖ですね。
もちろん淡水湖透明度は9m。以前は魚が生息しない湖でしたが、今はいるのかな?
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標高400mの地にあって、最大深度は326.8mで、田沢湖(423m)・支笏湖(360m)に次いで第3位。面積では12番目になる大きな湖です。カルデラだから昔の巨大な火口ですが、東側に唯一太平洋に流れ出る川があります。それが奥入瀬(おいらせ)川で、十和田湖から10kmほどは奥入瀬渓流の名前で滝がいくつもあったりの渓流美は素晴らしく、湖に面した流れ口の子ノ口(ねのくち)から14km先の焼山までは遊歩道が整備されていて、歩くと楽しい。昔すべて歩いたことがありましたが、奥入瀬川のマイナスイオンを浴びながら歩くと距離と時間を忘れるほどでした。

中山半島の西側湖畔が休屋と呼ばれる十和田湖では最大の観光地でホテル・旅館、レストラン・お土産屋などがたくさんあり、駐車場も有料のがいくつもあります。が、つぶれたホテルもあって自分はそのホテルの駐車場に停めて散策。半島の西側を10分ほど歩いて乙女の像へ。下の写真に見える内湖が西湖です。
乙女の像と呼ばれるブロンズ像は、国立公園指定15周年を記念して1953年(昭和28年)に建てられたもので、作者は詩人・彫刻家として知られる高村光太郎で、これが最後の作品だったそうです。
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高さ2.1mの裸像の左手側のモデルは、愛妻智恵子夫人とのこと。
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さすがに東北最大級の観光地だけあって大勢の観光客が押し寄せていて、マスクなしで歩くのは気が引けます。ポケットにはいつでもマスクは用意していて、今では人ごみでは必需品になっていますね。
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環境省の情報センターもあって、中はfreeWi-Fiが効いていてそこでリアルタイムでのblog作成時間。椅子に座ってゆったりして、ネットニュースをじっくりと読みました。道の駅や情報センターでは、ほとんどがfreeWi-Fiスポットになっていて助かります。何せ、私のスマホは月1ギガ契約なもんで、Wi-Fiのない地域で動画なんぞを見ていたらあっという間に1ギガを超えるから、出来るだけというかWi-Fiのある場所でしかスマホを見ないようにしているのです。
それでも、マップなどを見たりするときもあるのでどんどん消化していきますが。
契約1年目は1980円プラス税。2年目以降は2980円プラス税だから、月々の支払いは3300円以内に収まっています。一度だけ1ギガを超えた時がありましたが(その時はプラス1000円増)、それ以外はすべて収まっています、というケチな使い方です。
もっとも、全体では月平均で15~20ギガは使用していますが。
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マンホールには、十和田市の文字はなし。真ん中のデザインが十和田市のマークかな?
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休屋から少し西へ走ると秋田県小坂町へ入り、カルデラの頂上へ。峠の名前は発荷(はっか)峠
湖の奥に2つの半島が見えますね。手前が中山半島、奥にうっすらと御倉半島。
この辺りから再び雨が降り出してきて、傘が必要なほど。
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峠の標高は631mだから、湖よりは231m高い場所です。
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峠を降りて国道103号線を南下、ここは鹿角(かずの)市大湯温泉。800年もの歴史がある温泉で、十和田湖観光の拠点にもなっている地域。そこに大湯環状列石があります。
縄文時代後期の遺跡で、環状列石とはストーンサークルのことで、それが何を意味しているのかはまだ分からないらしい。
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大湯温泉側に資料館があって、まずは入場料250円だったか300円だったかは忘れたけど、そこで予備知識を仕入れてから奥にあるここへ来ると、ここが国の特別史跡でありかつ地元ではユネスコの世界文化遺産登録を目指していることが分かります。
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函館市内にも縄文時代の遺跡があるし、青森市の三内丸山遺跡も含めて北海道南部と東北北部の縄文遺跡群として、ユネスコの世界文化遺産へ!と運動していますものね。
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ただ、イギリスのストーンヘンジと違って、こちらはただ石を並べただけじゃないのかな?そして茅葺屋根の小屋を後から作っただけじゃないの?と思うのはおかしいでしょうか?
なぜか商売熱心のあまり、素朴な縄文人たちの住居跡を売りにしているような気がするのです。

ということを感じた大湯温泉でした。
この日は、大湯温泉の共同風呂(250円なり、安い!)に入り、新設の道の駅「大湯温泉」で車中泊。
ここの道の駅は、国道から川を挟んだ場所にあって夜はとても閑静。しかも長距離トラックはやってこないし、道の駅建物の外でもWi-Fiが効いて最高!
この日の夜はぐっすりと寝ることが出来たのです。

ということで、明日は「明治が香る町 小坂町」へ行く予定です。
では、また!


11月18日水曜日、天気は曇りの予報でしたが晴れ。今日も秋晴れで気温も15度くらいまで上昇して暖かい日。
明日からは雨が続くようだから、今日は香雪園の紅葉を見に行こうと!と決意。多分最後の紅葉が見れそう、との思いから晴れている今だ!と車に乗って我が家から10分ほどの香雪園へ。
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香雪園は別名見晴公園といい、函館の明治の豪商である岩船氏の持つ別荘でした。
もっとも、今まで何度も紹介しているので詳しくは省くことにしますね。
下の説明している石碑をご覧ください。
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カエデの葉っぱが真っ赤!
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そして、葉っぱが地面に落ちていて、まるで真っ赤なじゅうたんみたいです。
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ここは入場無料なんです。だから市民の散歩コースにもなっているし、もちろん観光客にも開放されていて、昨年までは大勢の観光客が来ていました。
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うわぁー!ふかふかの葉っぱのカーペットです。
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こっちは、銀杏の葉っぱが落ちて、黄色のじゅうたん!
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湯の川温泉から近い(車で10分ほど)から、インバウンドの方たちは、バスで乗り付けて散策していましたね。
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特に、台湾は亜熱帯気候だから紅葉がないため、ここの見事なまでの紅葉に歓声を上げて喜んでいました。
1日に2便の台湾と直行便があったから、毎日大勢の台湾人が来ていたのです。
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園内をゆっくり散策すれば、1時間くらいでしょうか?結構広い公園です。
東京ならば、新宿御苑みたいな有料の公園でしょう。
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素晴らしい紅葉で、思わずどこでもカメラにとりたくなりますよ。
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歩くのが楽しくなるし、時にはエゾリスなど小動物も見かけることがあります。
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この真っ赤なカエデは、とってもきれい!
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11月中旬まで紅葉が楽しめるなんて、北海道ではここだけでしょう。道内の山々はすでに雪が積もり始めていて、今週の3連休からスキー場がオープンするところもあるのだから。
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今日は、暖かいから広い駐車場も半分以上埋まっていて、市民が訪れているのでしょう。
でも、広いから距離はたっぷりと取れていて安心。
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池に映る木々。
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岩船氏の別荘は茅葺き屋根。
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内部も公開されていて、靴を脱いで入れます。
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縁側から見た庭の景色は見事!
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歩いていると、心も落ち着きますね。
まさに、これぞ森林浴の成果ですかね。
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ドングリもたくさん落ちています。
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秋はこれで終わりかな?
今年は、春コロナで旅が出来ず悶々とした過ごしていましたが、7月からは道内を周り、9月も道内を、そして10月には東北を周遊。今年は計40日ほど旅し、全部車中泊でした。
今は、その東北をblogに綴っていますが、それもあと10回くらいでしょうか?
冬はどうしようかな?と思いますが、それにはコロナが収まってくれなきゃ。
でも、しばらくは旅できない日が続きそうですね。
ニュースでは、GoogleのAIが予想した北海道の感染者数は1.5万人以上とか。今で5000人越えたばっかりだから、さらに1万人以上はキツい!
函館でもついにクラスター発生し、昨日は7人も出ました。
早く収まれ!コロナ。

皆さんも気を付けて行動しましょう!
では、また!

11月17日火曜日、天気は1日中晴れで最後の秋晴れの日を思わせるかのような暖かい日でした。
コロナは連日感染者数を増やし、とうとう札幌市との行き来を止めるように道知事からの訴えがありましたが、いったいいつまで続くのやら?これから寒くなってますます増えていったら医療体制は崩壊しますよ。早く収まれ!早くワクチン出来て終息できますように!と祈ります。

さて、八戸市から次に十和田湖方面へ行く予定で内陸部へ進めると、天気は悪化して雨が降り出し土砂降りへ。その中で、見つけた五戸町の城跡。中市城跡というらしいが、看板はあるが、何処にあるのか?土砂降りの雨の中で、傘を差しながら探索するのは嫌でしたので断念しました。
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五戸町の西隣りの新郷村へ。地図には、「キリストの墓」、「キリストの里伝承館」なんて場所があるから行ってみよう!と。村役場の中心街を過ぎて国道454号線沿いに十和田湖方面へ走ると、「キリストの墓」駐車場があって、歩いて5分ほどでここへ。
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イエスキリストは21歳の時に日本に渡り12年間神学の修業を重ね、33歳の時にユダヤに帰って神の教えについて伝道を行った、と書いてありますよ。(ヒェー!驚いた。キリストはどうやってここまで来たのだろう?)
歴史ではゴルゴタの丘の上で磔になったはずだけど、それは兄の身代わりとなった弟だそうです。
イエスは、再び日本へ、戸来村へきて106歳まで生きのびこの地で没したと!と。
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上の写真はイエスの、下の写真は弟の十字架だそうです。(ほんまかいな?)
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しかもイスラエル大使が訪問して、認めたような碑もありました。(ここまで来ると滑稽すぎますが・・・)
戸来(へらい)さんという家は新郷村に何軒もあり、実際私も目にしました。ヘライはヘブライから来ているとか?戸来村は新郷村になる以前の地名ですかね?
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こんな短歌もあったけど、雨でよく読めない。「みちのくの 〇〇 キリストの墓」
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こちらがキリストの里伝承館で入場料は200円でしたが、とても入る気にはならず。おばあさんが一人で留守番していて、雨の中でお掃除していて可哀そうな気がしたけど、見学する気にもなりませんでした。
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神秘とロマンあふれるキリストの里」だなんて、青森県新郷村は本気でこんな施設を造っちゃったのでしょうか?
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庭には、愛を結ぶということでカップルのカギとなぜか?絵馬が掛けられていましたが、いくらキリスト教が愛の宗教であるとしても、東北の山の中のここ新郷村に来て、そして亡くなるなんて信じられますか?
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ナニャンドラ廻道 伝説とロマン街道ゾーン  ?
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雨の中で悪夢を見たのか?雨の中を走り切ってと十和田湖へ。雨も上がり、宇樽部という地名の場所へ到着。
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でも、ここはホテルや民宿がつぶれていたり、遊覧船も動かなかったりで、とても観光地には見えません。
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そこで、車を走らせ休屋へ。そこは乙女の像がある観光地なはずだから。
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こんな素敵な木々のトンネルを走って!
で、次回は観光地の十和田湖休屋(やすみや)で、一休み。
では、また!


11月16日月曜日、天気は曇りのち晴れで、気温は最高気温が13度くらいの比較的暖かい日でした。
今日は、八雲町にある美味しい清らかな水を汲みに、多分今年最後になるであろうドライブ。
朝10時頃に出発し、まずは駒ケ岳の麓にある旧駒ケ岳小学校・中学校校舎を見学。
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すでに閉校していますが、この素敵な木造校舎は森町の公共施設となって現在も使用されています。背後に見える山が秀峰、渡島富士の別名を持つ駒ケ岳(1131m)で活火山で、要警戒火山の一つです。昭和54年(1979年)に創立百周年の石碑が建っていたから、創立は1879年のこと。明治12年で、歴史的には国民が参政権を求めて自由民権運動が激しくなっていく頃。
そんな時代に、こんな農村に子供たちの教育が必要だからと、学校が出来たんですね。
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以前、20年ほど前の閉校となる前のこと。訪問した時、日曜日だったせいか子供たちがおらず留守を預かる先生が一人いて、校舎を案内してくれました。レトロな雰囲気の教室、昔ながらの体育館に感動したものでした。
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大沼から見れば女性的な駒ケ岳も、森町側から見れば荒々しい男性的な山。その麓に広がる広大な平坦な農地は火山灰が積もったもので、稲作は出来ずカボチャやスイカなどの畑作中心。
明治時代前半から開拓者がそんな荒れ地を開拓して農地を切り開いていったんですね。
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駒ヶ岳駅はその近く。もちろん無人駅です。
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1時間後に八雲町山越のカルシウム豊富な水が湧出している場所へ。
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太古の地層が生んだ水は、無料で流れっぱなしだから汲み放題。家から持参したペットボトルやポリタンクにたっぷりと水を汲みました。
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美味しくて、甘い、マイルドな味がする水で、コーヒーやお茶、さらにはご飯を炊く時などに使いたいです。
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帰り道、森町で幕末の旧幕府軍・榎本武揚や土方歳三らが蝦夷地に上陸した鷲ノ木へ。
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国道5号線沿いから少しだけ海側に入った場所で、道路標識もありますが、訪れる人は少ない地です。
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戊辰戦争で、本州で敗北続きだった榎本軍は蝦夷地で再起を図ろうとして五稜郭を占拠します。
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しかし、彼らが上陸したのは積雪30cmを越える真冬の北海道。しかも、ここから箱館までは40km以上ありますが、当時道のないところを歩いて峠越えして行ったのです。
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服装だって今と比べ物にならない粗雑なものだったでしょうし、靴だって履いてなかったはず。草鞋だけ、食料だって粗末なものだし道中ヒグマの出る恐れだったあったはずです。
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彼らのメンタリティーは、すごいものだったことが分かります。今の軟弱な自分は、とても彼らの10分の1だって達成できません。
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史跡公園は、今が紅葉のピークでカエデや銀杏の木の黄色が鮮やか。
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箱館戦争鷲ノ木戦没者之碑がありました。
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その帰り道、大沼の団子屋さんの「沼の家」へ。創業明治38年だから、1905年で日露戦争が終わりポーツマス条約が締結された年のことです。
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甘くて美味しい団子を買いました。自分は、左の下の段の黒ゴマと右側のアンコが大好き。上段はどちらも醤油ベースの団子ですが、それよりも下の段が好物。
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もちろん、今日汲んできたカルシュウム豊富な八雲の水でお茶を入れて、食べて飲んでですよ‼️

ということで、恐らく今年最後になるであろうドライブは天候にも恵まれて楽しいものになったのでした。
今日の収穫は、駒ケ岳小学校の木造校舎、八雲のカルシウムたっぷりの水、大好きな土方歳三らの旧幕府軍上陸地、大沼・沼の家の団子、とボリュームたっぷりで、エンジョイした1日でした。

では、また!

11月14日土曜日、天気は晴れ。ここのところ全国的に新型コロナウイルス感染者数が激増していて、とても心配です。政府は「GO TO」を止める気はないみたいで、ついに離島である利尻島でもクラスターが発生していて、まるで「GO TO」はコロナバラマキ作戦みたいで、それでいて利用するかどうかは「国民に任せます」なんて、あまりにも無策・無責任じゃないか!と怒りますよ!

といっても、自分たちが自覚して行動しなきゃ感染はますます拡大していくから出来るだけ以前のような「ステイ ホーム」を心がけるしかないでしょう。出来るだけ人ごみに行かないこと!ですね。
もちろん、手洗い・うがい・マスク着用は最低限のこととして。

さて、21回目の秋の東北旅は八戸市の根城からです。根城の広場と市立博物館共通券は大人400円です。博物館前に駐車場が20台分くらいあります。
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根城は日本100名城の一つで、築城されたのは1334年(建武元年)、南部氏(南部師行)によってです。
建武元年は、前年の1333年に鎌倉幕府が滅び、後醍醐天皇によって建武の新政が始まって2年目の年。1336年には足利尊氏によって室町幕府が成立します。そんな時代です。
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南部氏は甲斐の国(山梨県)の南部町・身延町に拠点を置いた有力な鎌倉御家人で、南北朝時代にはみちのくで南朝方の中心的な存在でした。その勢力は、秋田県比内から鹿角地方から岩手県の遠野地方まで及んでいました。
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城と云っても江戸時代の有名な城が持つ天守閣はなく、云わば砦みたいなもので、それは公園内に復元されています。
写真の奥、塀に囲まれた中ですね。
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南部師行は1338年に泉州(今の大阪府)堺で討ち死にしますが、根城は師行の子孫たちによって守られ、南部氏の居城としてその後も続きました。
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戦国時代、豊臣秀吉が全国を統一したころ、根城の南部氏は同族の盛岡南部氏の家臣となり、江戸時代初期の1627年(3代将軍徳川家光の時代)に、遠野に領地替えとなりました。
根城は、ここで城としての役割を終えます。つまり、それまでの約300年間(1334年~1627年)は一度も落城することなく役割を果たした名城だったのです。
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ここは、中世の城の特徴を伝える貴重な城で、太平洋戦争の始まった1941年に国の指定史跡となり、平成18年、2006年に日本100名城に選定されたのです。
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広さは、かなり広く野球場が10個くらい作れそうな規模。歩くと結構疲れます。空堀も見えますねが、全盛期は水が満々と貯えられていたことでしょう。
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なお、こことは別に八戸城が市の中心部(JR八戸線の本八戸駅や市役所のある辺り)にあります。江戸時代の前半1664年に、八戸藩2万石が誕生し翌年に八戸城(現在の三八城公園)が完成します。
ここは、市の中心部から西へおよそ2kmほど離れた場所です。
博物館で詳しく学習することが出来、縄文時代からの八戸市の歴史がよく分かります。
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こんな感じで、主殿=当主が来客と接見したり、様々な儀式を行うための建物があったのです。
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主殿・広間で、正月の儀式。なぜか現在でもありそうな風景で、会社の上司に酒を注いでまわっている部下?でしょうか。
自分は飲めなかったので、職場の宴会は正直キツかったです。同僚のなかには、この写真のように上手く上司に立ち回っていて出世した奴もいたけど。
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ここは、馬屋ですね。軍馬のお休みどころ?
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そんなわけで、ここは本丸跡がほぼ完全に復元されているのでした。
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ということで、広場には武器や鎧の制作・修理を行う工房もあったり、鍛冶工房もあったりで見ごたえ十分な施設でした。

では、また!

11月12日木曜日、天気は晴れ。朝方はさすがに寒く、畑を見たら霜が降りていて土が盛り上がっていました。これからは、少しずつ気温も下がり冬に向かっていくし、陽が登る時間も遅くなるし逆に陽が沈む時間は早くなっていきます。北国では、しばらく我慢の時間が続きますね。

ただ、コロナの感染者が急に増えていて怖いです。北海道に限ったことではなく全国で激増していて、これからさらに寒くなる季節、どれだけ増え続けるのか?そして予防策は?ワクチンは開発されるのか?不安材料はたくさんありますが、果たして年末や来年はどうなっていくのやら?

さて、ここは三戸町。ここへ来る前に岩手県の二戸市にある金田一温泉でお風呂(旅館で日帰り入浴500円)に入り、県をまたいで青森県入りし最初の町である三戸町へ来たわけです。
ちなみに、岩手県には二戸市、九戸村、一戸町があります。
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博物館らしく見えますね。ここは三戸町の町立歴史民俗資料館で、入場料は確か250円くらいだったかな?
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子供たちが郷土の歴史を勉強するのに持って来いの場所ですが、昭和の展示室は何処でも同じものを展示していますね。ブラウン管テレビや真空管ラジオ、ちゃぶ台など。
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冬は雪がたくさん降るから、馬橇もあります。昔、これに乗って通学したこともありましたね。
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この資料館の建物は隣りの城と繋がってはいますが、城に入るにはいったん出なくてはいけないのです。
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3階建ての城は、ほぼ松前城と同規模。資料館の料金で見学できます。
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その前に、千持石というものがありました。
そういえば、資料館には青森県初代横綱の鏡里関(175㎝、161㎏、昭和28年に横綱、昭和33年引退)のことが紹介されていましたが、彼がこの巨石を持ち上げたとか?なわけないですよね。
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城の3階から町を見下ろすと、馬淵川が見えます。この川、岩手県北部北上山地の一戸町に源を発し、八戸市を流れて太平洋に注いでいます。岩手県と云えば北上川ですが、馬淵川も岩手に水源があるのですね。
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甲斐の国の武将だった南部氏は平安時代の終わりごろに源頼朝につかえて、みちのくで活躍し、甲斐の国の南部、南部郷に領地をもらい名を南部とします。
時がたち、後醍醐天皇の時代、南部氏は青森県南部地方の奉行を命じられてこの地へやってきたのです。
ここで津軽や秋田北部の領主と争って14世紀には現在の青森県一帯を支配します。が、一族の争いから「三戸」と「根城(八戸市)」に分かれて、2つの南部氏が存在します。
16世紀になると、根城南部氏は勢力が後退し、三戸南部氏が強くなっていったのです。
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ここは戦国時代末、北奥羽一帯を治めた三戸南部氏の居城ですが、青森県と岩手県には南部家のお城がいくつもあって、こちらでは「南部城巡り」が今ブームとか。
例えば、種里城は青森県鰺ヶ沢にありますが、ここは十三湖一帯を支配した安藤氏との攻防があり、津軽藩発祥の地ともあった城です。
さらに青森市の浪岡城、七戸町の七戸城、八戸市の根城、岩手県では久慈市の久慈城、二戸市の九戸城(九戸村になくて二戸市にあるのです)、江戸時代盛岡藩主南部家の城の盛岡城(日本100名城の一つ)、花巻市の花巻城、遠野市の阿曽沼氏(=遠野南部家)の鍋倉城などがあります。
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城はコンクリート造りで階段で登ります。3階に展望室あり。
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公園内には1600本の桜の木があるそうで、春に訪れていたらきれいだったことでしょう。広い駐車場があって、小高い山の上にある城だから下から登ったらチョットきついかも?
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樹齢800年の杉の木。
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幟に描かれているのが南部氏の家紋で、吉をもたらす鳥の二羽の鶴が向き合い、右の鶴は口を開け、左の鶴は口を閉じています。南部家の「向鶴紋」といいます。
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サイカチの木と呼ばれる巨木。サイカチとは何なのか?は分かりまっせんげ。
高さ18m、太さ6m、樹齢400年だそうです。
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この日の寝床は、八戸市に吸収された旧南郷町の道の駅「なんごう」です。そこへ行く途中、南部町の法光寺へ寄り道。
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境内に入る門の両側には恐ろしい形相の仁王が。
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名久井岳(615.2m)の中腹にあって、ゆっくりと散策したかったけど、時間がなく断念。
この日の夜は、国道340号線沿いにある道の駅「なんごう」で車中泊。リンゴが安くて一袋購入。大き目のリンゴが6個入っていて、300円しません。1個当たりが50円もせず安い!青森県は津軽だけではないのです!リンゴの産地は。

国道沿いだったけど、交通量は少なくぐっすりと寝れましたが、夜間から雨が降りだしてきて朝も雨でした。次に八戸市の根城に行きますが、それは次回。
今思えば、いい時に旅したな!と。11月に入って青森県ではクラスターが発生してコロナ感染者数が激増しているし、岩手県でも増えているし、ましてや「北海道から来ました」、と今云える状況ではないですからね。
この先、十分に気を付けて行動しなくては!
では、また!

11月10日火曜日、天気は晴れのち曇り時々雪という冬型の天気で、道路に積りはしなかったけど一時は屋根や畑は真っ白になったほどで、ローカルニュースを見たら倶知安町では35㎝も積雪があったとか。
やっぱり、冬の季節に突入していますね。と同時にコロナ感染者数が激増していて、この先どうやるのか?来年はさらに増えるのか?その前にワクチンが開発されるのか?心配なことが多すぎます。

早く収束して、安心して生活できるように!と祈りますが、神様に祈りが通じるかどうか?天に任せるばかりですね。もちろん、自分でやれることは十分やりますが。うがい・手洗い・マスク着用・手指の消毒・人ごみには行かない、など用心するに越したことはありませんからね。

さて、八幡平登山から下山して車中泊したのは、岩手県の幹線道路の国道4号線、岩手町の道の駅「石神の丘」。近くに東北新幹線の「岩手沼宮内駅」があって、沼宮内高校は高校総体のホッケーでは強豪校として知られていて、今まで沼宮内町かな?と思っていたら、実は1955年(昭和30年)に沼宮内町は周辺の3つの村と合併して岩手町となっていたんですね。今回初めて知りました。

その岩手町の道の駅は、国道4号線沿いだけあってさすがに車中泊の車は多く20台以上、さらにトラックも多く、一晩中アイドリングしていてうるさいいたらありゃしない。でも、耳栓して寝たから大丈夫でしたけどね。道の駅は外でもfreeWi-Fiが効いているのが大助かり。

国道281号線で葛巻町へ。さらに国道340号線で九戸村へ。村の南にある集落「戸田」地区へ。
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驚いたのは、家々で写真のように「カボチャ」を飾っていること。こちらでは、「赤ちゃんカボチャ」と云うらしいけど、ミニトマトのような通常よりは小さな可愛らしいカボチャです。それが、下の写真のように家々の前に置かれているのです。時には大きいカボチャもありますね。
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で、これって10月だから「ハロウィン」🎃かな?と思って面白くなって歩いていました。が、
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住民に尋ねたら、毎年この時期に「カボチャ祭り」が開かれていて、一番巨大なカボチャを争う祭りで、農家の方が競って作るのだ、といいます。
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ところが、今年はコロナのせいで祭りは中止。せっかく県内や県外から大勢の観光客が来ていたけど、今年は家々の前で飾ろう!と地域の人たちが話し合って、このようなカボチャを展示(?)させたそうです。
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それにしても、ユーモアあふれる展示です。右の大きなカボチャは頭にハロウィンらしい帽子をのせていますね。
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赤ちゃんカボチャは、一個がだいたい「西洋梨」くらいの大きさ。手のひらサイズですね。
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通りは100m以上あって、ほとんどの家の前で展示していました。
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ということで、岩手県九戸村戸田は面白い集落でした。
この後は、城跡を見に青森県三戸町へと向かいます。
では、また!
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11月8日日曜日、天気は朝方は晴れでしたが夕方には雨のマークがあって、少しずつ曇り始めています。今週は雪の降る日もあって、季節は冬に一歩ずつ近づいているんだな、と実感します。

アメリカでは、バイデン氏の大統領当選が発表されましたが、トランプ氏は認めずあがいていますね。今後どうなることやら?アメリカではコロナ感染者数が1日で10万人以上出ている有様で、死者もすでに23万人に達しています。まるで戦争状態なのに、どうしてマスクをしないのか?理解に苦しみます。
もっとも、北海道でも感染者数が激増しています。函館でも3か月以上出なかったのに、今週は5人も出て要警戒!これから寒くなっていくからますます注意しなきゃ!

さて、ここは八幡平。アスピーテラインの峠の頂上に広い駐車場があります。アスピーテとは、盾状火山のこと。盾を伏したようになだらかな山で、溶岩に粘着性がなく緩やかに広がっていった山です。
火山の種類別では、コニーデ(成層火山)型が多く、富士山のような形の山で、ほぼ7割がコニーデです。他にトロイデ(吊り鐘状)型は、粘着性の強い溶岩でお寺の鐘のように、こんもりした山。
でも、最近は旧来の火山の分け方は古くなってきて、この分類は誤りになっているようです。

自分が教わり、そして教えたことも時代によって変化していきますよね。常に最新の知識が要求されますね。もっとも、調べるとアスピーテは今でも通用する地理用語でした。

手前が国立公園内にある有料駐車場(1台500円で、時間制限なし)。奥の山は鳥海山。遠くに月山(1984m)も見えていました。月山もアスピーテ型火山です。
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平らな山頂には湿地帯になっていて、いくつか沼があって最大なのがこの八幡沼。標高1600m台にある高層湿原の沼です。
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歩くコースは、このように木道が整備されていて歩きやすい。だからか、登山靴やトレッキングシューズだけではなく運動靴で歩く人や、中には革靴で歩く人、サンダル姿の人も。さすがにハイヒールの女性はいませんでしたが。時間は個人差もあるが30分ほどで、ひと回りすればゆっくりな人でも1時間くらいでしょうか。危ない箇所はありません。でも、まったくの初心者はきついかも?
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八幡沼の奥に見える山が岩手山で、石川啄木の詩にも登場する岩手を代表する山ですね。
標高が高いだけあって気温も寒い。手が冷たくて軍手でも持ってくれば良かった、と思うほど寒かったのでした。
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ぐるーっと一周して来ました。山小屋も見えますね。
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八幡沼からさらに歩いて山頂へ。歩きやすいコースですので簡単に到着できます。山頂には展望台もあって、しっかりとした服装の登山客もいたり、中には軽装で来ている観光客もいて大賑わい。
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南東を見ると岩手山。
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南を見ると…山頂が平らなだけにアオモリトドマツの樹海が広がり、遠くの山々は見えない。
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わずかに高い山のトップがちょこっと見えただけ。平な山頂だから森が形成されるんですね。
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こちらは北の方向。
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車で標高1500m辺りまで来れるから、あとは少し登るだけで1600mの山頂まで来れるから楽な登山ですね。道もしっかりと整備されているし、クマが出る心配もありません。
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帰りは、ガマ沼を通り駐車場へ。
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ということで、45年ぶりくらいの八幡平登山は年をとっても楽勝でした。
では、また!

11月7日土曜日、天気は晴れで気温19度まで上昇し外で作業していても暖かい秋晴れの日です。
が、残念なことに北海道ではコロナの感染者数がここのところ連日100人を越えていて、今日は札幌市で100人オーバーしているとか。寒さと乾燥が増加の原因らしいけど、確かに湿度も低くなってきていますね。我が家では加湿器をつけて湿度50%以上になるようにしていますし、時々窓を開けて換気にも気を付けていますが、大事なのは人ごみに行かないこと!
札幌ではススキノ周辺の飲食店からクラスターが発生していて、これからクリスマスや忘年会などのイベントがあるから怖い!ですね。皆さん、これまで以上に気を付けて行動しましょう。マスク着用はもちろんのこと、手洗い・うがい、そして人のいる場所は出来るだけ避けること。といっても、買い物などでどうしても人のいる場所へ行きますけど、時間帯をずらすとか工夫しましょう。

さて、17回目となった総集編は、森吉ダムから。
道の駅「かみこあに」からくまげらエコーラインという県道214号線を東へ、秋田内陸縦貫鉄道阿仁前田駅近くを通り過ぎ、南に森吉山(1454.3m)を見ながらさらに東へ。
ダム湖の上に出てきます。写真下半分は岩の積み重ねたダム部分。遠くに見える山が森吉山。
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ダム湖の上流、小又川に差し掛かると、小滝霊水が流れています。冷たくて美味しい水です。
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江戸時代の旅人 菅江真澄が歩いた道で、彼は当時もちろん舗装されていない、いやそれどころか踏み分け道程度のハードな道を歩いてここへ来たんですね。
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縄文人も住んでいたとか。それにしても菅江真澄は何処でも歩いていて、驚きです。
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県道からそれて北へ進むと、日本秘湯の会の杣(そま)温泉。400円で入湯できますが、朝9時過ぎでしたので我慢。
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橋の左側には、祠があります。2本の杉の木が繋がっているから、二人仲良くという意味かな?それとも恋の成就かな?
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向かい側には混浴露天風呂があります。この時、若い女性2人組の車が来て、温泉に入るのかな?と少し期待したけど、そのままU-ターンして戻っていき、ガッカリ!
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さらに東へ細くてアップダウンの激しい道を走ります。もっとも全舗装だから楽なものです。
奥にある大平湖。ここもダム湖です。
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峠を越えて大館市比内にある大葛金山の墓地跡へ。
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歩いてこの先へ。しかし、あったのは薄気味悪い墓地で、たくさんの古びたお墓があって、とても長居は出来ずすぐに退散してきました。うっそうとした森の中で、湿った地面と朽ちた墓は、見ただけで怖かったのでした。だから、さすがに墓地は写せませんでした。p
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国道341号線へ出てさらに東へ。アスピーテラインを走り、高度を上げてで岩手県に再び入り。この日の午後は八幡平へ行こう!と。途中で、湯煙をあげている場所がいくつもあって、さすがに火山地帯。
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秋田県と岩手県の県境にある八幡平(1613.3m)は平と書いても山の一つで、日本100名山の一つだし、十和田八幡平国立公園のエリアです。500円の有料駐車場に車を停めて歩いて八幡平山頂へ。その途中、南東の方向に見えたのが岩手山(2038m)で、ここも日本100名山の一つです。別名南部富士
岩木山は津軽富士でしたね。
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ずーっと遠く、南の方向に東北最高峰の山である鳥海山(2236m)が見えました。分かりますか?
中央のずーっと奥に見える山です。別名出羽富士です。
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次回は、さらに歩き八幡沼や山頂へと。それはまたのお楽しみ!
では、また!

11月5日木曜日、天気は晴れで昨日の初雪と打って変わって秋の気配がまだ残っている日差しと暖かさ。散歩するには最高の天候でした。

前回のblog「秋、東北の旅15」は当日のPCの調子が悪く(2016年に中古で購入したもの)、まだ4年目だけど中古としてどれだけ使用されていたのかが分からずで、それが持ち主に抵抗したのか?はたまたトランプ氏のようにごねたのか?blogを見たら、とても中途半端に終わっていて読者の皆様にはよく理解できない内容だったのではないかと、反省しきりです。

で、今日はPCで写真だけアップして文章はスマホからキーボードを使って書いています。

ここは秋田市内で、前回紹介した秋田城から北西に3kmほど行った場所で、道の駅「あきた港」にあるたかさ143mの「セリオンタワー」。
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セリオンとは、ギリシア語で「」という意味で、ここの5階、たかさ100mのところに展望台があります。しかも、無料!だからうれしい!
1992年から建設されて1994年4月に秋田ポートタワーとして完成、オープン。
どうして、「獣」という意味のセリオンと名付けたのかは、色々調べたのですが不明。
朝9時から夜の9時まで開いていて、夜はライトアップされます。恋人たちの聖地らしいが、自分には関係ないので、どこが聖地なのかは分からず。


まずは、眼下の雄物川と南方向。雄物川は小学生の時から知っていました。クラスメイトと地図を見て、地名当てクイズごっこをしていて、川シリーズで覚えたものです。秋田県では雄物川と能代市を流れる米代川の2つは知られた存在です。

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続いて東の方向。遠くに山が見えますが、最高峰は太平山(たいへいざん  1170.4m)とその連峰。日本酒の名前でも知られていますね。
それと秋田市街地。

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同じく眼下の市街地。2kmほど離れて一番近い駅の土崎駅、それとこんもりした森は前回のblogの秋田城跡公園、護国神社。







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港の周辺には鉄道が走り、土崎駅と直結していますが、それにしてもすごいレールの数。




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北方向を見ると、遠くに男鹿半島が見えます。山が2つ見えて、右側の小さな山は寒風山(354.7m)で、山頂には360度の展望台があります。干拓された八郎潟がハッキリと見えます。
左の山は男鹿三山真山(567m)、本山
(715m)、毛無山(677m)。昔から山岳信仰の霊場となっている山です。



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土崎駅から北東方向の市街地。さすがに秋田市は県庁所在地でもあるし、東北日本海側の最大の都市。人口31.4万人で、日本海側ではそれに次ぐのは鶴岡市の13万人、酒田市の10.5万人。2つとも山形県で隣接して合わせても23万人ほど。ずーっと南下すると新潟市で、さすがに政令都市で80万人。




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雄物川の河口と男鹿半島。秋田市は日本海側最大の工業都市でもあります。それと北海道と結ぶフェリー港でもあります。苫小牧と結んでいて、新潟や敦賀へも行きます。




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ここら辺は埋め立て地で完全に工業地帯。川の左岸に日本製紙の工場がありますし、手前の右岸にはJXTGエネルギーの秋田製油所があります。




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秋田市から行きたかった場所が、奥羽山脈の真っ只中の上小阿仁(かみこあに)村。そこのさらに山奥の萩形(はぎなり)集落。地図を見たら集落跡があるとのこと。でも、かなりのラフにしてハードな道。カメラに撮った写真はこれ1枚。途中の八木沢分校校舎です。もちろん今は閉校で子供は一人もいません。詳しくは、一月前のリアルタイムのblogをご覧ください。








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その日は、上小阿仁村の道の駅で車中泊。さすがに山間部だけあって、朝方はグッと冷え込み寒かったのでした。
下の写真に仏像が写っていますが、これは隣町の北秋田市鎌沢にある正法院の丈六延命地蔵尊








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高さは5m近くあります。




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詳しくは、こちらの説明板を。



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ということで、この日はこの後に再び山間部へと向かいます。タイヤをラフロード仕様にしてきて良かった、のでした。今回の旅は砂利道のしかもかなりラフな道が多く、普通のタイヤだったらパンクしたか通り抜けれなかった道もあったのはずです。

さて、アメリカ大統領選挙誰が勝利するのか?すんなりいかずに、かなり揉めると思います。
トランプ氏は絶対敗北宣言はしないでしょう。

対岸の火事のように見えますが、日本にも大きく影響してくる気がするのです。

では、また!













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