函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2022年01月

1月30日日曜日、天気は吹雪いたり晴れたりで、気温は滅多にないマイナス二桁台のマイナス10度を記録して、とっても寒い日になりましたが、太陽が出ていると気持ちが暖まります。

昨日も1日中降雪があり、3回も雪かきしたのに、夜中に再びどか雪があって、朝1時間かけてまた雪かき!ここのところ毎日のように筋トレです。利き腕の右腕が痛くなってくるほどです。
朝の庭の風景。ツツジの木の上にこんもりと積もっていますね。
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それでも若い芽が少し出てきていて、春が待ち遠しい!5月になれば芽が出て美しい花が開きます。それまでは、もう少しの辛抱です。
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鳥の餌台にも積もっていたけど、どけて餌を与えると、「待ってました!」とばかりに雀🐦がやって来ます。
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その数、30羽以上でしょうか?冬は食べ物がないから飢えているのでしょう。美味しいのかな?
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夏場は寄り付かない🐦スズメたちも、冬場は毎日来ていて、我が家の窓から見ると、ほっこりしますね。
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右の車は昨日から停めっぱなしだから、屋根の上にもたくさん積もっています。
1時間かけて除雪。左の2軒は空き家になっていて、その分まで雪かきしなくてはいけないし、右の家は高齢男性一人暮らし。この通りは高齢者ストリートなのですから。
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除雪後に付近を散歩。車が通った跡は、わだちだらけ。歩くには長靴!
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競馬場の塀沿いも車のわだちだけ。右の歩行者道は誰も歩いていません。せめて家の前の歩道だけでも除雪すれば良いのに!と思うけど。
でも、右の家の人は90才を過ぎた高齢者ご婦人で、現在施設に入所中で空き家になっているから無理ですね。
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家の中では暖房を入れっぱなしで、屋根に積もった雪が溶けて朝には凍結してツララへ。それが毎日少しずつ伸びて1メートルにもなります。
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でも、最近分かったのですが、ツララは屋根が断熱してないから出来るんですね。屋根にしっかりと断熱材が入っていれば、屋根に積もった雪は溶けないからツララが出来ないのです。

最後に我が家の畑も真っ白!黒いコンポストは半分以上が埋もっています。毎日出る生ゴミを入れて、堆肥にしていて役に立っているんですよ。
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雪が溶けて水分が土に吸収され、堆肥も土に混ざり栄養満点の畑になる春まであともう少しの我慢。今年は、昨年から始めたサツマイモやビーツを栽培予定。もちろんジャガイモは作りますよ。その他、勝手に育ってくれるミョウガ、ブラックベリー、ブルーベリー、ジューンベリー、長ネギの仲間のオグラネギ、山菜の独活など。
でも、春一番には葉物類で、サンチュかな?
トマトやキュウリは5月末の暖かくなった辺りでしょう。
また、外は吹雪いて来ました。午後にも再び雪かきかな?
では、また!

1月29日土曜日、天気は雪で昨夜から降り積もった雪が朝の段階で10㎝程。早速雪かきをしたが、午後にはもう一度しなくていけないくらいに降り続いています。
それにしても、コロナのオミクロン株は極めて猛威ですね。昨日は全国で8万人以上の感染者数で、これ以上増え続けたら社会機能がマヒしてしまうのでは?と心配になります。
郵便局の中には営業していないところもありますし、電車も間引いたり、消防士や警察官が自宅待機を余儀なくされたら、火災や犯罪は誰が防止するのでしょうか?流通が止まれば我々の生活が成り立たなくなるからこの先どうなるのやら?
とにかくやるべきことはやらなくては!いつも通りのことですが。

さて、雪だるまがお迎えした香雪園。気温はマイナスで頬が冷たいけど、心はほっこりする雪だるま⛄!
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コロナ前は、よく中国人や台湾人の観光客が訪れていて、冬場は雪だるまを作って遊んでしました。やっぱり、雪の降らない地域から来ると嬉しいのでしょう。寒さなどへっちゃらで素手で雪だるまを作ったりしてエンジョイしていましたからね。

前回紹介した滝も凍る高宮神社から車で5分ほどの場所にある市民公園です。もちろん、無料で入場できます。東京のように、公園が有料だなんて北海道では信じられません。民間で富良野のラベンダーで有名な富田ファームだって無料なんだから。
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ホタルのおいたち」と書かれた看板。北海道でも夏にはホタルが生息できる環境になりましたが、これって地球の温暖化と関係あるのでしょうね。やっぱり、ホタルは暖かい環境を好むはずで、寒い北海道では20世紀までは見れなかったのでは?最近はよく見かけるようになりました。
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が、全面凍結していますよ。丘の上に岩船邸の別荘が見えますが、これについては次回で詳しく説明します。
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公園内の遊歩道はしっかりと除雪していますね。幅1mくらいの道が確保されているから、これは除雪機で雪かきした跡ですね。人手でやったら大変ですから。
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こちらは凍結していない。地下から湧水しているのか?沢水が流れ込んでいるのか?氷点下になれば真水は凍るはずなのに凍らないのは、水が少しでも流れているからでしょう。
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朝9時過ぎると、付近の住民かはたまた車で来た方たちが何人もいて、健康のためなのか散歩を楽しんでいます。グループで来ている方、犬の散歩を兼ねてきている方、高齢者の方が目立ちますが、中には家族連れもいて、ここは絶対に密にはなりませんからね。
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先ほどの凍らない池が下に見えてきました。
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で、上がってきた場所が広場。一周150mくらいはありそうな広場で、春には周囲にある桜が満開になる場所です。
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5月は最初はサクラ、それが終わると次に藤の花が満開になって春の季節を満喫しますが、今は真っ白な雪の花が満開!
地下水が出ている水場も、凍結防止のために冬場は閉鎖中で使用できません。
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杉林へ行きましょう。沢に架かる木造の橋が見えますね。
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橋の上から撮影。ここは凍結しています。ここにいる鯉たちはどうしているのだろう?五稜郭公園にも多くの鯉を始めとする魚たちがいるけど、凍結した下の水面下で生きているのでしょうね。
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ということで、香雪園は春夏秋冬、四季折々楽しめる公園です。まさに市民のための公園!
 まだまだ続きます。
外を見たら、雪の降り方がすごいことになっています。どんどん天から降っていて、これは積もりそう。また雪かきをしてきます。これは雪国に住む人間の定めですね。
では、また!

1月27日木曜日、天気は雪で気温は最高でプラス2℃。今週は毎日降雪があるようで、真冬に逆戻りです。
全国的に新型コロナのオミクロン株が蔓延していて、昨日は日本全体で7万人を超えました。北海道も過去最高の2000人を超え、函館も同様140人以上の感染者数を突破し、怖いくらいの増加です。備えは今まで通りだし、これ以上の感染対策はどうしようか?と思案していた時に3回目のワクチン接種の手紙が届き、早速ネットで予約。2月5日午前11:30で予約取れて、少しホットしました。
もっとも、今回は前回2回のファイザーではなくモデルナ製のもので、交互接種となりますが、別に問題なしだから早いとこに打っておきたいです。

さて、24日月曜日に天気は晴天だったので、我が家から車で15分ほどの市街地郊外、とある滝を見に行ってきました。
いつも行く市民公園の香雪園からさらに雪道を5分以上走り、行き止まりにある高宮神社へ。道路は一応除雪はしてるけど、真っ白い雪道で慎重に運転してきました。坂道を登ると本殿へは行けますが、まずは滝を見に右側の小川沿いを歩きます。
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社務所が横に見えますが、その奥に滝が見えています。この時の気温、太陽は出ているけどマイナス3℃を下回り頬がピリピリするくらいの寒さでした。
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滝から流れる小川の向こう側には、朽ちた神社跡が見えます。建物は数十年の雪の重みをあってか、崩壊寸前。というか、もう崩れそうです。
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瀧乃澤神社と書かれた看板あり。かつては、ここにそんな名前の神社があったのですね。多分、その土地を現在の高宮神社が購入したのでしょう。
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横を見ると、とても人が住めるような状態でないことが分かりますね。ここへ渡る橋もかなり危険な木造で閉鎖していたほどだから、この建物は自然に壊れるのに任せているのでしょう。そのうち、自然に帰るのを待つのみか?
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旧御本殿跡の碑。昔はここに本殿があったのですね。滝に近くづきます。
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一部凍結しているが、上流からの水も流れていますね。その横は完全に凍結。
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ズームして見ましょう。滝がツララになって凍結!冷たそう。
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すごい光景です。見るからに寒そう、を通り越して凍えそうなほど。一応ダウンを着ていたけど、滝壺に落ちたら、水温は0℃に近いから、あっという間に低体温症になって凍え死んじゃうかも?
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滑って川に落ちないように慎重に歩いて帰ります。手を入れたら、冷たいのなんのって!手が凍傷になりそう。
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手前にも小さな滝があって、2段になっているんですね。
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本殿へ行ってお参り。すごい光景を見れたことを感謝。それと春から始まる2022年ぼうけんの旅の安全を祈ってきました。
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奥には、別な神様を祀るお宮がありますね。行ってみましょう。
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5つ並んでありました。
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一番大きいには奥宮かな?それ以外は別な神様を祀っているのかな?
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ということで、寒さ厳しい中を凍結している滝を見に高宮神社へと行ってきました。
帰りに、香雪園へに寄りましたので、それに関しては次回ということで!

では、また!

1月25日火曜日、天気は晴れだが気温は最低でマイナス6℃まで下がり外はかなり冷え込んでいます。
それでも、太陽が差し込むのはうれしい!家の中では暖房いらずで、暖かいのです。

さて、今年初めて函館山を登山して薬師山へ登り今日はその3回目。木々が茂り市街地が眺望が良くない。これが夏になると、葉っぱが生い茂って視界を遮り眺望はまったくないでしょうね。
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それにしても空気が澄み切っているから、青空は素晴らしく晴れ渡っています。まさにスカイブルー色!夏になると熱い空気になるから、まるで蜃気楼のように空気はよどんでいて見晴らしは悪く、遠くの景色は霞んでしまうのです。
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下山途中、山頂への電線や電話線のケーブル発見!麓からまっすぐに伸びてきています。
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この辺りが一番眺望がいい場所かな?北に函館湾、南に津軽海峡に面した大森浜が見えます。一番狭い部分が1㎞程で、実際に「1キロ通り」なんていうストリートもあるのですから。このくびれが夜景を見ると、とってもきれいに見えるのです。
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ズームして西部地区の教会群を見てみましょう。赤い屋根の元町カトリック教会。黒い屋根は東本願寺。その手前の茶色の屋根は聖ヨハネ教会。足場を組んでいる工事中のはハリストス正教会
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さらにズーム。ハリストス正教会はいつまで修復工事するのかな?これを見ると、全面工事だからしばらくは内部見学はもちろんのこと、外部も見れず写真撮影も出来ないです。
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函館山についての説明板があって、それによると薬師山には砲台跡地があることが書かれいますね。旧登山道から分かれて900mしか歩いていないのに、やっぱり雪道だからか?かなりきつかったのでした。でも、下山はラクチン!
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山には、いくつかの砲台跡や要塞があって、夏に行く機会があればいろいろな要塞を紹介したいです。草木に埋もれて人目につかない場所にもあるのです。
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山には33番のお地蔵さんがあって、巡っている人もいます。ここは五番札所。
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人生下り坂最高!」は、「こころ旅」の火野正平さんのお得意のフレーズですが、下りはホントに楽!上りの半分以下のエネルギーで済みます。
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どんどん下って麓へまっしぐら!
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登山口の近くには水場もあります。真冬の氷点下の中でもコンコンと湧き出ていますが、残念ながら水は飲めないのです。
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きっと、函館山にはキタキツネが生息しているから「エキノコックス」の心配があるから飲料禁止にしているのでしょう。
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ということで、無事に下山して帰路についたのでした。
次回は山頂まで行けるように頑張らなきゃ!70歳を前にして(あと5か月)体力の衰えを感じますが、もうちょっと鍛えなくては「ぼうけんの旅」には出れなくなっちゃいます。今年は体力増強することを目標にして鍛え直します。

では、また!

1月23日日曜日、天気は今日も晴天で気温は最高でプラス2℃まで上昇し、日が当たる場所では暖かな日です。市街地では積雪量はほとんどなく、日陰の所に凍結路面が残るだけです。先日に20㎝の降雪があったけど、市街地に限ってはほとんど融けています。

さて、函館山登山の2回目です。薬師山方面へ登り始めてから10分以上歩き、分岐点へ。左の上り道をたどると山頂の御殿山へ。さらに歩き続けると千畳敷やつつじ山方面へと。でも、右へ行きます。
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それは、この人工的な建造物があるから。石を固めた堅牢な建物です。
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上を見上げると、林の奥にロープウェイの到達地で山頂が見えています。直登するとかなりの傾斜ですね。
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膝までのふかふかの雪を踏みしめて進むと、右側にコンクリート造りの部屋みたいなのが3つありますね。入口は煉瓦造り。
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煉瓦の並びは、短いのと長いのが交互していて、これはイギリス積みです。1887年(明治20年)以降はフランス積みからイギリス積みへと煉瓦建設のやり方が変わっていきます。それは、当時はイギリスが大英帝国として世界の7つの海を支配していた時代、最強の帝国として日本も学ばなければいけなかったからか?東京では、イギリスを中心とした欧米の社交界を模倣し鹿鳴館で仮装舞踏会が開催されていた時代でした。
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2つ目の部屋。安全を確保して中へは入りません。外から撮影。この部屋では、何が行われていたのでしょうね。広さは10畳間くらいか?寝泊りしていたのか?それとも幹部たちの部屋か?今となってはわかりませんが。
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戦前は市民立ち入り禁止の函館山。スケッチやカメラを構えるだけでも捕まったといいます。
それ故に、自然は保たれましたが。雪をかぶったベンチが置かれていますが、それは戦後の、つい最近のことでしょう。ここには砲台があったのか?
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誰か歩いた人がいて踏み後がありますね。それをたどって薬師山の頂点へ行ってみます。
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ちょうど、ロープウェイが上ってきたところ。試運転だからだ誰も乗っていませんね。オミクロン株のコロナが蔓延し、昨日は道内で1600人超え。札幌だけで900人を超えています。函館は30人台でしたが、いったいいつ収まるのか?収束は当分先の話か?まして終息なんて今は想像もつかないですね。
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日が昇るにつれて暖かくなり、下北半島もすっすらとだけど見えてきました。
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山頂までの高さは80mほどで、登れないわけではないけど今回は断念します。次回は冬用のそこがギザギザの模様がついた長靴を履き、靴下も脱げないようにしっかりとフィットしたものを身に着けて再チャレンジしなきゃ!
冬期間は山頂までは歩くか、ロープウェイのみ。道路は積雪と凍結のために閉鎖しています。
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ダブルで運行しているロープウェイですが、乗客はこのコロナ禍で大幅に減少しています。道路が使用できない冬、観光客はロープウェイのみで結構込み合っていたのです。冬は空気が冷たく透き通ているので遠くまでの眺望が良く、夜景も白い雪が反射してより一層きれいに見えていたのです。だから冬は中国人、台湾人、韓国人などインバウンドが大勢いて、「ここは日本か?」と思ううほどだったのです。現在は、毎日2便就航していた台湾へはストップするなど、国際空港の役目は全く果たしていません。
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次回は薬師山からの眺望と下山風景をお伝えいたします。
では、また!

1月21日金曜日、天気は晴天で気温は日中プラス気温へ。昨日を除いて最近は冬にしては昼間は暖かな日々が続いています。道内では、道南を除くとかなり冷え込んでいて、幌加内町ではマイナス25℃を下回ったとか。今シーズン最大の寒さですが、函館ではせいぜい最低でもマイナスの一けた台だから、全然寒さが違いますね。その代わり、マイナス15℃を下回るとサンピラーやダイヤモンドダストといった真冬の美しい光景を見るとことが出来ますが、やっぱり寒いのは嫌!

今日から2日間にわたって19日の快晴の日に今年初の函館山を登山したことを紹介いたします。まずは、第1回目。19日で良かったです。20日だと20㎝程の雪が降って積もっていたから、歩けなかったかもしれません。それでも、冬山を歩くのは久しぶりだからさすがに疲れました!
途中の市街地を見下ろすことができる地から1枚目です。雲はほとんどなく快晴の日であることが分かりますね。
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スタートは、9時過ぎでいつものように護国神社周辺の駐車できる道路に車を停めて、登山道へ。杉の木が並ぶ一般的なコースを歩きます。ここのルートは毎日のように登山者が歩いているから、降り積もった雪は踏み固められて歩きやすいのですが・・・。
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戦前までは、軍が管理して市民は立ち入り禁止の函館山。逆に言うと、自然は守られていて夏だと植物は豊富。野鳥もたくさんいます。午前9時30を過ぎたのに、やっと太陽が顔を出してきましたね。それまでは向かいの山の潮見山の陰に入っていて日陰の中を歩いていたのです。
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なぜこの日は辛かったのか?というと。失敗は、一つ目に靴選び。長靴が良かったのに、冬用にブーツで来たことがミス。それと靴下もダメでした。登山用の厚いものを履いてきたが、長い間タンスの肥やしになっていて使用せず。それで、経年劣化か?伸びてしまっていて何度も履き直す羽目になり、ペースが乱れたのでした。駄目ですね。しっかりと準備しなきゃ!
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ここまでは何とか来れたけど、これ以上山頂まで行くのはキツイ!よって、334mの山頂へは行かず函館山山系の薬師山(262m)へ変更。函館山は幾つかの山の総称で、一番高い山は御殿山(334m)で、他にも観音山、地蔵山、潮見山、牛の背山、エゾダテ山とかいろいろあるのです。
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コースを代えたら、こんな道で一人歩くのがやっとの狭さで、これまた大変。おまけに滑って足がとられるのです。
来た道を振りかえると、ここも何人かは来ているのでしょうコースが出来ています。
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正面に見える岩の塊は、昔100万年前の火山で噴出した溶岩。火山島だった函館山です。もちろん今は火山は死滅していますよ。
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島だった函館山は、長い間かかって砂州により陸繋島へ。両側からの漂砂現象によって向かいの地とつながったのです。
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津軽海峡方面を見ると、遠くは霞んでいて下北半島は見えず。晴れ渡ると、津軽半島の奥深くに100㎞以上離れた岩木山が見えるけど、今日は20㎞離れた下北半島すら見えず。
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左の山陰の奥には駒ケ岳がはっきりと見えていました。
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すごくゴツイ感じの岩の塊。岩の上にも木々が育っていて、自然の力は偉大であることが分かります。
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たまたまロープウェイが朝の試運転中。客は一人もいません。最近のオミクロン株の大流行によって、またしても観光客は激減してロープウェイも苦労していると新聞に出ていました。実際、我が家から見えるホテル群も部屋の明かりがまばらで客が少ないことが分かるのです。
今日の感染者数は、札幌だけで900人を超えるとか。函館は連日46人の過去最高を出していて心配です。道内全体では1400人をオーバー。
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薬師山は、要塞があった山。津軽海峡は国際海峡でどこの国の船でも航行自由。軍艦でも潜水艦でもそう。
明治の時代はどうだったかはわかりませんが、日清戦争に勝利した日本に対し、ロシアは三国干渉して清国に進出して日本を脅かします。そこで、対ロシアの防衛強化のために函館山に砲台を建設したのです。
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写真にあるように砲台が設けられたのです。実際は、一発も砲撃されず。攻撃されることもありませんでした。第二次世界大戦では、終戦間近の昭和20年7月14日15日にアメリカ軍の大空襲がありましたが、米軍の爆撃機にはまったく役には立たたず、市街地は甚大な被害を受けたのです。

次回は、この薬師山に設置された要塞基地を探し調べてみたことを紹介します。
では、また!

1月20日木曜日、天気は雪のち曇り。昨夜からの積雪が今年最大の20㎝ほどで、しかも雪が重くて朝の雪かきは大変な作業でした。それでも、道内各地の大雪の地域に比べれば大したことはなく、30分もあれば済むことでしたけどね。

コロナ感染者数が大幅に増加していますね。北海道でも昨日は過去最多の1000人超えで、今日もそれ以上になるとか。函館も昨日は過去最多の46人で、数こそ少ないけどここのところほとんどゼロに近かっただけに、チョット心配な出来事です。ほとんど軽症ですが、それにしても感染したくはありませんので、いつも通りに対策をして密にならないように人混みにはいかないようにしていますが・・・。

さて、電車通りに出て向かい側を見ると、これまた歴史的建造物らしき建物が目に留まりました。
エビス商会」とあるこの建物、1921年(大正10年)の大火の翌年の1922年に毛皮商の店舗として建てらえれた鉄筋コンクリート造りで、実に今年で100年目を迎えるレトロなものです。
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横から見ると結構な斜度で、函館山山麓は坂が多いことが実感できますね。
坂を挟んで向かいの建物です。「川越電化センター」の名ですが、時代は隣のビルと同じころの建築で、これも100年を迎えるとか。ロシア人商人の事務所だったとか。
2階のバルコニーが素敵ですね。
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幕末から箱館に来ていたロシア人、ロシア革命(1917年)後には多くのロシア人貴族が亡命して日本、とりわけハリストス正教会がある函館にも来ます。私の父は戦前のことですが、学生時代(現在の函館工業高校)に進学して下宿しましたが、「大家さんはロシア人だった。ロシアのいろいろな話を聞けた。」話していましたからね。
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この坂、大三坂といい、日本の道100選にも選ばれている有名な坂。江戸時代末期の1857年に書かれた「箱館夜話草」によれば、昔この坂の下に木下という人物が住んでいたので「木下坂」という名があった。が、その後大三という家紋の人が住んだので大三坂になった、とあります。
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坂を上ると、蔵と洋風の建築物が並んであります。
それにしてもマンションが写真に写りますね。西部地区は、ほんとに多いんです。
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坂を上がると、教会がありました。日本基督教団函館教会といい、この日は日曜日で礼拝日。ちょうど礼拝が終了した時間だったために多くの信者さんが扉から出てきていました。ひと段落してから撮影。
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プロテスタント教会で、メソジスト派の教会。キリスト教が解禁されて1年の1874年(明治7年)に、アメリカ人M.C.ハリスが伝道のために函館へやってきて教会を建てます。が、大火で3度も焼失し、1931年(昭和6年)に鉄筋コンクリート造りの教会を再建し、今に至ります。
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詳しくはこちらを!
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少し歩くと、八幡坂へ。一番上には、函館西高校がありますが、そこからの港を見ると、眺めが最高です。日本の坂で第1位を取った坂でもあります。
函館山が見えますが、実は昨日の1月19日は最高の天気で快晴で気温も上がり、函館山を登山してきたのです。それについては、次回から紹介していきますね。
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港を見ます。道路に雪がないのは、ロードヒーティングしているから。凍結しないように函館市内の坂道の多くはロードヒーティングしていて、冬は電気代がかかるから大変です。場所によっては、駐車場や庭など家庭で行っている富裕層の方もいますね。
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もう一度、上の方角を見る。道路はロードヒーティングされているけど、歩道は雪が積もったままで、これじゃ高校生は雪の坂を上るのは大変だろうな。もうすでに学校は始まっているし、毎日の通学は冬は緩くない。(「ゆるくない」は道内の方言で、きつい!の意味)
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坂の名前は、文字通り昔、八幡神社があったことから名付けられました。もっとも、大火により八幡宮は焼失し現在は谷地頭に移転しています。
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八幡坂を下りてきて市電通りを挟んで向かい側にあるこの歴史ある建物は何か?というと、旧安田銀行函館支店で、1932年(昭和7年)築の鉄筋コンクリート造り2階建ての建物。太い円柱は、ギリシアの宮殿にあるエンタシスを思い出すもの。昭和43年まで営業したが、その後はホテルへ。
現在はどうなっているのだろうか?ホテルは営業中?
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少し歩いて隣の坂へ。日和坂といいますが、ここは看板にあるように車は通行止め。ロードヒーティングしていないから、凍結していて危険だからでしょう。昔は「トビ坂」だったそうで、明治になってから日和坂へ。
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滑りやすい坂道を上ると、バス通りに出ます。角には由緒あるような和風の木造建築物が。日下部邸で、函館が海産業が全盛時代の1918年(大正7年)頃、当時函館や神戸などで財を成した日下部久太郎が、函館の自邸として建築したものです。となりには蔵もありますね。
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坂の途中の斜めから見ると、石垣の高さがあることに驚きます。まるで、城みたい!
築100年以上のものです。
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隣の建物の屋根には、避雷針みたいなものがありますね。これ、古い建築物の屋根にあって、あちこちで見たことがありますが何だろう?
ここも和洋折衷の建物で、2階の窓が上下引き戸になっていますね。よく見ると、1階の屋根にもとんがりコーンみたいなものがあります。
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ということで、16日の日曜日に講談会を聞きにいった際、西部地区を散策したものをお伝えしました。次回は、文中にも書きましたが19日の水曜日、快晴の日函館山登山をしたことをアップします。
オミクロン株の新型コロナの感染者数が激増しており、皆さま十分お気を付けて生活してください。
今まで通りですが、手洗い、うがい、手指消毒、マスク着用、人混みに行かない、!

では、また!

1月18日火曜日、天気は晴天で日中はプラスで日当たりは太陽がまぶしいくらい。だから朝1時間くらい暖房を入れて暖まったら消し、夕方まで暖房いらず。さすがに夕方の3時以降は暖房入れますけどね。今年は雪も少なく太陽が毎日のように出ているから、温暖な冬になっているからうれしい冬です。

さて、今年初めての講談会を拝聴しに函館市郷土資料館へ行きましたが、始まりの前に西部地区を散策し、初めて見るものや再発見したものをアップいたします。

まずは、レンガ造りのガラス工房から。
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ガラス工房と言ったら、小樽が有名ですが函館でも何か所かに工房があってお土産品を生産しています。
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隣の建物、上が洋風で下が和風。和洋折衷住宅は戦前から函館様式です。1階は格子窓、玄関も引き戸で、暖簾化でかかっていていかにも和風ですよね。でも、2階は上下引き違い窓の下見板張りの欧米風建築物です。
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屋根は低いけど、となりのカレーショップも同様。なぜこのような家になったのか?というと。江戸時代末期に開港し早くから外国人が移住することで、建築業者が洋風建築の技術を学び覚えたことが一つ。さらに、開港時から明治時代にかけて、全国から新天地函館で一獲千金を狙い多くの移住者が住み着き住民の間にしがらみがないハイカラな雰囲気が生まれ育ったからでしょうね。
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この辺りは、海産商人の店舗兼住宅としての家が軒を連ねたストリートになっています。
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それだけ、北洋漁業の持つ旨味があったということでしょうか?
市電で巡る函館100選」には、次のように書かれていました。
函館海産商同業組合事務所の建物は、大正天皇の即位を記念して大正9年(1920年)に建てられたもので、資金は組合員が拠出しました。当初は1万円程度の予算で2階建てとする予定でしたが、6万3360円もの拠出金が集まったために3階建てに変更されたといい、当時の海産商の財力を物語ります。大正14年(1925年)の時点で、北洋漁業の覇者であった日魯漁業株式会社を筆頭に組合員数は336を数えた。」と。
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ただ現在はこの周辺は、マンションが林立していて撮影するにも邪魔で、なかなかいいアングルが得れないのです。
この建物、前の写真の建物と似ている色具合ですが、1階の屋根に看板が出ていることや窓辺のカーテンが違いますね。
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この建物もカラーが似ているけど違う建物です。上下引き戸は、現在のハウスメーカーでは「スウェーデンハウス」が使用していて、木枠です。多くのハウスメーカーは樹脂サッシで冷気が入らないようにはめ込み窓を使っていますね。昔のこのような上下引き戸は、もちろん木製で1枚ガラス窓でしょうし、隙間もあって冬は寒かったでしょうね。
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こちらは、久本ではなく本久商店の倉庫。確か以前はペンションを営んでいたはずですが、このコロナ禍で営業しているのかどうか?賑わいがありませんね。
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この通りを歩いていたらはせがわストアが見えてきます。函館が生んだ日本最大級のロックバンドのGLAYのメンバーが大好きな「やきとり弁当」がここの名物。ここの「焼き鳥弁当は函館ソウルフーズの一つでもあります。
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焼き鳥といっても、鳥ではなく豚肉を使用していて、なぜか焼き鳥のネーミングになっています。なぜだろう?
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そのとなりは、函館と近郊にしか店舗を置かない「ラッキーピエロ」。ここも函館を代表するソウルフーズです。朝10時開店で、撮影した時間は9:50頃。車の陰で見えませんが、行列が出来ていました。多分観光客でしょうね。ここの日本1になったチャイニーズ・ハンバーガーが食べたいのでしょう。
それ以外にも、カレーライスやオムライス、ハンバーグ定食なども有名です。
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その角が赤レンガ金森倉庫群で、新年になってか、昨年12月いっぱい壁にあったサンタクロースがいなくなっていました。日曜日なのに観光客はほとんどおりませんね。天気も悪いし、オミクロン株のコロナもあってか、この状況は函館市にとっては困ったものです。
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 ということで、この後も続きます。
では、また!

1月16日日曜日、天気は曇りで気温は最高で3℃まで上昇しましたが、太陽が出ない冬はそれだけで寒そうで、しっかりとまかない真冬の服装で外出。行先は、月に一度の郷土資料館主催の講談会で、出演は函館を代表する講談師の荒到夢形(こうとうむけい)さん。何と!今回で第49回目で、来月は記念すべき50回です。

さて、いつものように車は公共駐車場に停めて歩いて5分の市電「末広町」の電停へ。
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会場の郷土資料館の正面には、リニューアルした函館市文学館。以前は、旧第一銀行函館支店だった建物。もっとも、第一銀行が函館駅前に移転(1964年)した後は、クレジット会社のジャックスが本社として使用。その後は本部は東京へ移っていますが。
1989年に創立25周年記念で建物を函館市へ寄贈し、文学館として活用していて、函館出身またはゆかりの文学者の資料が展示されています。石川啄木に関しては全国1の資料です。
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そのとなりは、ホテル、レストラン、北島三郎記念館が入るウイニングホール。ただし、昨年閉鎖されましたが。以前は旧金森森屋百貨店だった建物です。
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この電車通りには、両側に「SEC」の文字が見えますが、函館を代表するソフトウエア企業の(株)エスイーシーのビルがあります。従業員は514名(2021年10月)。
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車道は除雪されてアスファルトが見えていますが、歩道には雪が残り日陰は凍結して歩きにくいです。
天気が悪く、空が灰色で残念。青空だったら気持ちもルンルンで歩くのも楽しいけど、今にも雨が降りそうな天気。実際、午後からはみぞれ交じりの天候へ。
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会場の函館市郷土資料館。明治時代の豪商、渡邉熊四郎の金森洋物店2代目店舗として1880年建築されたもので1925年まで使用されていました。
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館長さんは、いつも和服姿で紹介してくれます。今日も参加者は20名くらいかな?
あいさつの中で、深夜の「津波警報」を取り上げていましたね。トンガの火山の爆発による津波、実は異常潮位ですが、深夜に携帯のアラームは鳴るわ、市の有線放送が30分以上にもわたり避難を呼びかけたりで、寝れなかったことを話してくれましたが、参加者全員納得!
昨夜は、ぐっすり寝た時間帯(0:30頃)で起こされ睡眠不足。でも3.11のこともあるから、空振りでも呼びかけは必要ですね。
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生演奏の三味線もあります。演奏者は、市内でも有名な三味線奏者です。
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今回からは、講談中はカメラ禁止で写真は撮れませんでした。荒至夢形さんの顔については前回のblogを参考にしてください。
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始まる前に窓を見たら、雨戸は鉄製の扉でビックリ!北海道の家にはほとんど雨戸はないのですが、ここにはありました。
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それにしても、分厚い壁。厚さは30㎝以上ありますね。これは多分?大火の多かった函館の町で、防火対策でしょう。鉄製の扉もそうでしょうね。
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本日のお題目は2つ。一つは備前岡山34万石の藩主の池田光政公が江戸でご乱行甚だしく、それを改めさせる為の部下熊沢蕃山(くまざわ ばんざん)のアイデア。
もう一つは、明治時代に函館近郊の森町に日本初の本格的冷凍工場を建てた山口県出身の葛原猪平(くずはら いへい)の人生。
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当時の函館の街並みが絵になっていました。函館湾には外国船が入り乱れ、一方で津軽海峡に面した大森浜では漁業が盛んに行われていたのですね。
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天気は悪かったけど、終了後に西部地区を散策。それについては次回から詳しくお伝えしますが、今日は少しだけ紹介。ここは「日本最古のコンクリート電柱」。
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普通電柱は丸い柱ですが、これは四角です。
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1923年、大正12年に建てられたもので高さ10mもありますよ。
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それまでは木製だったとか。さすがに大火の多かった函館。防火のためにコンクリート製にしたとは!

では、また!
 

1月15日土曜日、天気は快晴で、気温もプラス。太陽が出ているところでは3℃くらいまで上昇しそう で、今日も暖かな1日になりそう。テレビのニュースでは、札幌や旭川など道内ほとんどの地域で暴風雪が強まり交通網が寸断されたりしていますが、こちらはまったく問題なし。道路も日の当たる部分や幹線道路は雪が融けてアスファルトむき出し。脇道に入ると日陰はさすがに凍結路面ですが、それにしても同じ道内でも函館は温暖で恵まれていることを実感します。

さて、ここは秋田県鹿角市にある十和田南駅。車中泊した大湯温泉の道の駅「おおゆ」から南西に5㎞くらいの場所にあるJR花輪線の駅です。もともとは毛馬内駅だったけど、1957年(昭和32年)に観光地の十和田湖が有名だから、十和田南駅と名を改めています。ここの駅、平地にも関わらずスイッチバックの駅です。
普通、急斜面ではスイッチバック方式で行ったり来たりのやり方で坂を登ります。しかし、ここは南の鹿角花輪方面から来た列車は、いったん入線した後に今度は向きを変えて西の大館方向へと走るのです。つまり、座っていた席は同じでも、ここの駅からは方向が逆になるということですね。
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ユネスコの世界文化遺産に認定された「北東北・北海道の縄文遺跡」の一つで知られる大湯温泉の「大湯環状列石」の幟がたくさん掲げられていますね。縄文遺跡は函館市にもありますが、せっかく世界文化遺産に認定されたけど、このコロナ禍で観光客が思ったほど来れない日々が続いていて、実に悲しいです。
さて、十和田南駅から花輪線に沿って西へ。大滝温泉駅の近く、国道103号線から南へ少し入った場所にあるのが北鹿(ほくろく)ハリストス正教会曲田生神女(まがたしょうしんじょ)福音聖堂です。
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1892年(明治25年)、大館市の曲田(まがた)に建てられた教会聖堂で、現存するロシア正教会の聖堂建築の中で、木造平屋建て教会としては日本最古の建築物です。モデルは、東京の神田にあるニコライ堂を模した造り。
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秋田県では唯一の正教会の教会で、特に内部には山下りん(洗礼名イリナ)さんが描いた聖像画(イコン)があって、秋田県の重要文化財に指定されているほど。
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この教会、明治の中頃に同地における豪農の畠山市之助さんが中心となり、私財を投げうって仲間とともに建築したそうです。
良質な秋田杉を巧みに加工して造られたビザンチン様式の建築物で、屋根には小さいけど八角形のドームが架けられています。
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8つの角がある八端十字架が屋根の上に架かっていますね。十字架の上の横棒は磔になった人の名前を示すもの。下の斜めの棒は磔の際の足掛けですが、なぜ斜めになっているのか?というと。キリストがゴルゴタの丘で処刑されたときに、同時に他に2人処刑されています。つまり3人同時に処刑されたのですが、キリストは彼らに「信仰して祈りなさい!」と諭します。そうすると、一人はキリストを信じましたが、もう一人は悪態をつきました。
上向きは、信じた人が天国へ、悪態をついた人は地獄へ、と。だから斜めになっているのです。
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鍵がかかっていて入れません。外から眺めるだけです。
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となりには鐘もありました。鳴らしたかったけど、鳴らしたら近くの人から苦情があるかも?と思いとどまりました。
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作者の山下りんさんは江戸時代末期の1857年に現在の茨城県笠間市に生まれ、20歳の時の1878年(明治10年)に、創立間もない東京上野の美術学校(現在の東京芸術大学)で学び、正規の洋画教育を受けた日本最初の女流画家となりました。
3年後、ニコライのアドバイスでロシアのペテルブルグの女子修道院に留学し、イコンの技法を学びつつ世界最大級の美術館の一つであるエルミタージュ美術館にも通い宗教絵画を会得したのです。
150点以上ある彼女の作品のうち、ここには19点納められているのです。
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裏側から撮影。大きさは、聖堂内にはせいぜい20人~多くて30人くらい入ればいっぱいになるくらい。
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足元のマンホールには、十二所(じゅうにしょ)のアルファベット。十二所は大滝温泉駅の一つ東にある駅名でもあり、この辺の地名です。描かれているのは秋田杉ですね。
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横から撮影。横幅は5ⅿもないかな?
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シロアリ被害から守るための対策が施されていますが、薬剤ではないみたい。
ここと同じように、ニューヨークの自由の女神、パリのシャンゼリゼ通りの街路樹、スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿などもそうで、そうそうたる遺産と一緒です!
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内部見学は予約が必要とのこと。次回訪れる時は必ず予約しよう!と。やっぱり、山りんさんのイコンが見たいです。
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毎月の第2土曜日の10時からだと礼拝時に入れそうかな?11月やクリスマスは冬期間だから訪問するのは無理ですね。
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ということで、大館市の北鹿ハリストス正教会を、外からでしたがじっくりと見学で来たのでした。
10月の旅の写真はこれでおしまい。この日も朝から雨で、この後は青森県へ。道の駅でリンゴや果物を買ってお土産に。青森港からフェリーで帰宅の途につき、無事に当日夜には我が家に帰ることが出来ました。でもって、今年最後の旅が完了!
次回の旅は2022年春。3月末か4月にフェリーに乗って南へ。東北、さらに南下して新潟、長野、北陸へ!と計画中ですが、果たしてどうなることか?昨夜のコロナ感染者数は全国で2万人を超えていて、この先も不透明で心配なことばかり。やれることは自分自身が感染対策をしっかりとって行動するしかないです。
皆さんも感染せぬよう、どうかお無事でお過ごしください。

春までは函館市内または近郊のミニ旅をお伝えいたします。
では、また!

1月14日金曜日、天気は晴れで気温も日中はプラスへ。でも、昨夜から降り続いた雪が15㎝ほど積もり、朝は雪かきに30分汗を流しました。それでも、他の地区の50㎝とか1ⅿとかの雪よりよりは少ないし、粉雪で軽いから楽なもんです。北陸の湿った重い雪は、つらいでしょうね。ホントに冬はご苦労様と云いたい人たちがたくさんいます。バイクで郵便配達する人、物流に携わる方も、深夜から除雪作業している方も、皆お疲れ様です。

さて、ここは青森県側の十和田湖。行政区域は十和田市です。場所は、宇樽部地区から御倉半島に沿って国道454号線を走らせると、展望台があって、そこから撮影。右に中山半島が見えています。
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休屋に到着。ここは十和田湖一番の観光地ですが、コロナの前から観光客が激減してホテルや旅館が潰れていて、シャッターが降りている建物が多い。観光客目当ての有料駐車場(1日500円)があるけど、一寸せこいけどつぶれたホテルの駐車場に車を停めて散策。
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雨の降る中、秋田県側に向かって歩きます。
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なぜかというと、歩いて5分もしないうちに県境に出るのです。この小さな川が県境で、西側が秋田県小坂町。東側が青森県です。橋の中央に立つと、両県をまたぐことになりますね。
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再び青森県側の観光客がいる場所へ。観光船が動き出そうとしています。それなりに客はいるみたい。
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ご存じのように十和田湖はカルデラ湖。周囲は外輪山で、最高峰は御鼻部山(1010.8ⅿ)。
周囲44㎞の二重カルデラです。二重というのは、湖の中にさらに火山があって、それが御倉山(690ⅿ)がある御倉半島と中山半島。北から見ると野球のグローブみたいな形です。
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マンホールを見たら、地名が書かれていない。多分、中央のは十和田市のマークでしょうが、文字が一つもない。
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中山半島を散策。小さな島がありますが、これは溶岩が冷え固まったもの。函館近郊の大沼には駒ケ岳の噴火によって形成された小島(岩)が126個もありますが、十和田湖にもいくつかの島がありますね。
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それにしても天気が悪い。旅は晴れが一番ですが、雨は傘を差さなければいけないし、何よりも風景が見えないのが残念。靴も濡れるし、気持ちも落ちますね。
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高村光太郎作の「乙女の像」へ。建てられたのは、十和田湖国立公園指定から15周年を迎えた1953年(昭和28年)のこと。彫刻家の高村光太郎の最後の作品で、完成まで1年余りがかかったといいます。
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モデルは、高村光太郎の愛妻の智恵子さんですが、どちらなんだろう?右側?左側?それとも二人とも智恵子さんでしょうか?両体とも似ている気がしますから、智恵子さんが2体あるのでしょうね。
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島がいくつかありますね。カルデラ湖に島があるのは、例えば摩周湖や洞爺湖もそう。二重式カルデラ湖につきものか?それとも噴火した後の溶岩が島を形造ったのか?島自体が小さいから溶岩島でしょうね。
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湖畔は砂浜ではなく、小さな砂利は敷き詰めているような波打ち際で、靴が沈んで歩きにくい。波に濡れることはないけれど。
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奥には、十和田湖神社がありました。若い人たちの参拝客がいて、随分信心深いんだな、と感心。それともただの見学がてらのお参りだけ?
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雨に濡れた参道に、ぼんぼりの灯りがあって夜来るときれいなんだろうな!と。でも、外灯のない夜は誰もいないから、怖い気がして絶対来ないだろうな。何か出そうな気がして・・・。
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で、この日は発荷峠(603ⅿ)を越えて秋田県鹿角市(かづのし)の大湯温泉に出来た新しい道の駅で車中泊。その前に、大湯温泉の公共浴場で温泉へ。250円で入浴できるのですから助かります。
この日、夜通し雨が降り続いていました。
それでもぐっすりと寝れたのは、車中泊に慣れてきたから?歴戦のつわもの?
でも、朝起きたら車の窓ガラスはびっしりと結露して水分がびっしり!多分湿度90%以上だろうな?と。仕方がないから持参した雑巾で拭くと、ジャージャーと水が流れるほどでした。

次回は、鹿角市大滝温泉にあるハリストス正教会を訪ねます。
では、また!

1月12日水曜日、天気は晴れで気温はプラス3℃まで上昇し、屋根からは水滴がポタッポタッと落ちてきています。ニュースでは「北海道全体が暴風雪に見舞われている」と報道していましたが、函館は晴天で(午前10:20時点で)、太陽が顔を出して暖かい日になっています。もっとも、昨夜の雨が朝方凍結して朝はツルツルで滑りまくり歩きつらかったのでしたが。帯広では大雪で、車に積もった雪が50㎝以上あって、除雪するのに苦労しているニュースを見て、同じ道内でも道南は温暖なんだなと少しは安心。

屋根には雪はなく、我が家の太陽光発電は今年の冬でも発電していて、例年になく発電量は大きくて嬉しい!電力料金が高くなっていますが、この分だと昼間はまったく電力代金はかからず、逆に売電して利益が出るほどです。

さて、10月16日の朝、七戸町から国道394号線を八甲田連峰の山中へ走り、青森市入りし県道40号線を南下して銅像茶屋へ到着。駐車場に車を停めて坂を歩くこと400ⅿくらいで、ここ後藤伍長の像へ。
ここは明治の時代にあった雪中行軍遭難者の銅像です。
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1902年(明治35年)1月、厳冬の八甲田山で起こった雪中行軍の悲劇は、映画「八甲田山」でも知られていますね。
参加者210名中199名が死亡するという日本の冬季軍事訓練において最多の死傷者を出した大事故でしたし、近代登山史における世界最大の山岳遭難事故でもあったのです。
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日本陸軍第8師団歩兵第5連隊が、青森市街から八甲田山田代へ向かう雪中行軍の途中で遭難した事件ですが、これは小説家新田次郎さんの「八甲田山死の彷徨」をもとに1977年に映画化されていますね。
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映画では2チームを競争させますが、高倉健さん率いる少数部隊は全員帰還するが、三国廉太郎が大隊長の大部隊はほぼ全滅します。天候の急激な悪化や指揮系統のメチャクチャぶり、意味のない精神主義などで大惨事になったのです。
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こちらは田代湿原で、田代には温泉もありました。2㎞を残して青森から入った舞台は壊滅したのでした。
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正面には、赤倉岳(1541ⅿ)、その奥には最高峰の大岳(1584.5ⅿ)。八甲田山は、8つ以上の山々からなる火山群で、北海道の大雪山の呼び名みたいな山です。大雪山も旭岳を最高峰にたくさんの山群で構成されていますね。
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遠くに青森市街地が見えましたが、直線距離だと15㎞もないくらいで、晴れていればクッキリと見えるのですが、あいにく雨の日でしたので見えにくいです。
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下山途中に、山側にあった「雪中行軍遭難の地」の看板。
当時の服装は、おそらく綿100%の軍服で今のような防寒着ではなかったのです。それに食事や装備は今からは落ちるし、靴も冬山登山用ではないはずです。まったくもって無謀な登山だったのです。しかも、200名上で集団行動するなんて、狂っていたとしか考えられない大惨事だったのです。
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県道40号線を西へ横断し、八甲田・十和田ゴールドラインの呼び名の国道103号線へ入り、最高地点の傘松峠(1020ⅿ)へと。そこから急激に下り、奥入瀬渓流へと向かいます。雨は激しくなったり、少雨になったり。
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奥入瀬渓流沿いには散策路が整備され、広い駐車場のある焼山から十和田湖の子ノ口(ねのくち)まで全部歩き通すと14㎞もあって、5時間はかかります。自分は、十和田湖に近い駐車できるスペースに車を停め往復5㎞程を歩きました。
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原生林の葉緑、苔生した岩、瀬音ゆかしいせせらぎ、歩いているだけでマイナスイオンを浴びて心も癒されました。が、遊歩道は雨で泥んこ状態、足元はドロドロで靴の中まで濡れてビショビショ。それでも、歩けたことが最高にうれしい!車で通りすぎたら、こんな高揚感は湧いてこないでしょうね。
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雨の中を歩く人は結構いて、さすがは紅葉の秋の十和田湖だけありますね。駐車している車のナンバーを見ても首都圏から来ている人がかなりいました。
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歩く人は若い人たちが多く、高齢者は少ない。高齢者は車で素通りでしょうか?少しでも歩けば!と思うのですが、実にもったいないな、と。
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汗をかくほど歩いて、靴と靴下を取り換えて、その後は十和田湖へ。
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十和田湖については、また次回詳しくお伝えします。
では、また!



 

1月10日月曜日、天気は快晴ですが、今日も真冬日で1日中マイナス気温の真冬日です。それでも、毎日ウォーキングに行きます。
路面は、連日の寒さで凍結してスケート場みたい。テカッテカッの氷の道路です。
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マンホールだけは凍らず。地下を24時間、下水が流れていているから凍結する時間がないのですね。
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こんな路面では、慎重にゆっくりと走らざるを得ません。車は急カーブ禁物だし、曲がるときにはブレーキをかけてはいけません。
先日の東京の大雪(5cmで?)時に、夏タイヤで走っていた車が多くいたのには驚きです。北国では、そんなことを絶対にしませんからね。
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国道だけは除雪が行き届いているのか、雪はなし。でも、歩道は雪が凍結いていて歩きづらい。
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いつもの散歩コースの湯川漁港へ。海水はマイナス10度くらいでは凍結しませんね。マイナス10度まで下がると、「気あらし」という現象が起こります。海水温度が空気よりもずーっと暖かくて、まるで露天風呂のように湯気が発生する現象ですね。函館でもたまに発生しますが、それは早朝で、早起きして見に行かなければいけないので、今はその気力はなしです。
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今日も海は穏やかで凪ぎ状態。
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海水がとってもきれい!底がきれいに見えていました。
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でも、駐車場は日が射しているにも関わらず完全凍結していて、車は滑りまくるでしょうね。
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道路の右側が凍結せず路面むき出しなのは、温泉が引かれているから。
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左には、公衆浴場の温泉銭湯の「永寿湯」があります。ここは熱いお風呂で有名で、時々テレビで取り上げられます。
何せ、45度と47度の湯船があるのですから。熱くて入れないですよ。昔に行ったきりで、今は行きたいとも思いませんね。
水を入れるにも、ここには主がいて怒るとか!?良くある話ですね。
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隣には、湯川温泉の源泉があるのです。永寿湯の駐車場は凍結していても。
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源泉の建物の周囲は草が生えていて、ここだけ春到来です。
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どうして、凍結した道路を楽々歩けるのか?というと、靴の底にこんなアイゼンを着けているからです。
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ゴム製で、Lサイズだから私の靴にはピッタリ!10個の爪が氷を捉えて滑らないようにします。
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ネットで購入し、値段は1000円前後だったはず。町のホームセンターでも売っているでしょうね。装着は簡単で、10秒ほどで付けられます。
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南側に大きな建物があると、北側の道路はツルツル路面で暖かくなっても溶けることはなくスケートリンクになっています。
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川へ行くと、温泉の排水が流れている下水口があって、湯気が出ています。そこにいたのは、多くのカルガモたち。
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やっぱり、彼らも湯に浸かりたいのかな?温泉のお湯で暖まりたいのでしょう。
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湯川温泉の足湯へ。もちろん、無料で入れますよ。
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湯がコンコンと涌き出ていて、温かそう。
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帰りの道で、我が家から1本離れた道路では、ここも温泉を引いているから歩道が凍結していません。
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ということで、毎日真冬日が続き寒さが一段と増している函館。それでも、冬至を過ぎてからは少しずつ日が長くなってきているし、1月ももう半ばに。
そういえば、今日は成人の日。函館では昨日成人式で、多くの若者が参加していましたね。
昨日の感染者はゼロ、一昨日は1人で、それまではゼロの日がしばらく続いていましたので、函館は少しは安心ですが、でも札幌始め道内でも増えて来ましたね。
全国では、昨日は8000人を超える感染者数で、第6波はもう来ていますね。
いつまで続くのか?早く収まって平穏な日々になって欲しいけど、こればかりは分かりませんね。

では、また!

1月9日日曜日、天気は曇りで、外は昨夜降った雨が朝方に凍結しツルツル。今すこしばかりウォーキングして来ましたが、滑るは滑るはで歩く辛く2000歩で止めて帰ってきました。いくら靴裏に簡易アイゼンを付けていても氷の上は歩きにくく、両手を広げてバランスを取って歩く姿はあまりカッコいいものではありません。それでも、買い物に来ているお年寄りはおっかなびっくりの腰を落としての歩き姿勢で、見ているこちらがハラハラします。どうか、転ばなよいように気を付けて!

さて、ここは田野畑村の最北端にある景勝地、三陸復興国立公園北山崎
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180mの断崖絶壁が重なり合って連なり、太平洋の荒波が打ち寄せる絶景ポイント。
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以前は陸中海岸国立公園という名で知られていたけど、2011年3月11日の東日本大震災による津波の被害を受けたことで、震災からの復興及び被害の伝承を目的に、震災の2年後の2013年5月に区域を広げて、北は青森県八戸市から南は宮城県牡鹿半島までの地域を国立公園として、名を三陸復興国立公園としたのです。
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荒波に削られた地形で、穴も開いていますね。展望台は3か所あって、一つ目は環境省の情報センターがある場所の近くで、階段を降りなくてもよい場所。車椅子でも行けます。もう一つは波打ち際まで下りる階段があって、その中間地点。以前はそこまで下りました。もう一つは、さらに降りて波打ち際まで行くコース。さすがに、そこまではきつい!
で、下の写真は別な展望台で水平方向で別な高台へ300mほど移動するとあります。そこからでは木が邪魔して良く写らない。
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松の木が茂っていて、見づらいですね。
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北山崎の地形が出来るまでの図があります。高台は隆起していることがわかりますね。一方で波打ち際の地形は沈降しているから、その段差が激しいのです。
リアス式海岸ではない」と書かれている通り、宮古市から北は隆起海岸なのです。リアス式海岸とは沈降海岸で、土地が沈んだ地形。山の尾根が海岸沿いの険しい地形を形成し、谷沿いに海が入り込み腹圧な地形を形成します。宮古市から南側で岩手県中部から南部、宮城県の海岸線がそうです。
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で、その日は結局そのまま北上し青森県へ。宿泊地は青森県東北町の道の駅「おがわら湖」で車中泊。
翌日朝に隣町の七戸町へ。七戸城跡を見学したかったのです。
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江戸時代は、南部藩の領地で盛岡城が拠点の南部藩(別名盛岡藩)主の南部氏の子が城主へなっています。青森県は、江戸時代は東部地区は南部藩の領地だったのですね。青森県西部地区は弘前に本拠を置く津軽藩です。
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姫塚がありました。これは、殿様のお姫様が身分の低い部下と恋仲へ。部下は殺害され、姫は後追い自殺するという悲劇の話です。なぜか、どこにでもあるような話です。
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その二人が埋葬されているという姫塚でした。
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当然、神社もありますね。40mほどの高台にある平山城で、天守閣はなく空堀と城跡だけですが、ここは町民の散策路にもなっていて閑静な場所。
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このあたりから雨が降り出してきました。この後は、西の方向へ。西には八甲田山連峰があって、ある所へ行きたかったのです。道路が濡れているのが分かりますね。周囲の木々は紅葉が始まっていて、晴れていれば絶景が広がるんだけど、あいにくの雨。
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ということで、次回は八甲田山からお伝えします。
今日は午後からラグビー大学選手権決勝、明治大学VS帝京大学の試合があります。
冬はラグビーの季節。昨日からは日本ラグビーの最高クラスのリーグ1が始まりましたし、高校ラグビーの決勝もありました。優勝は大阪代表の東海大大阪仰星高校。圧倒的な力で優勝しました。
今日はどうなるのか?そして、トップ1の初代優勝チームはどこか?楽しみです。

が、このところオミコロン株の新型コロナウイルスが爆発的に蔓延していて、怖いですね。北海道でも札幌市を中心に機能は100人超えです。函館は1人だけでしたが、これから増えるとなると心配です。
日本全体では昨日だけで8000人オーバーで、いったいいつになったら収束するのか?はたまた終わりのない事態になるのでしょうか?
気を付けることは、いつもと同じマスク直用、手指消毒、密にならないように人込みには行かない、そんな程度でしょうか?皆さんも気を付けて行動しましょう!

では、また!
 

1月7日金曜日、天気は晴れたり曇ったりで、昨日は積雪10㎝ほどありましたが、いつものように朝は雪かきで30分汗を流しました。
東京では、5㎝や10㎝で「大雪警報」が出され、ニュースを見てたら雪道や凍結した道を夏タイヤで走行していた車が事故ったり、通行できなくなったりしてびっくり!雪に慣れていない首都圏のドライバーは、雪道をノーマルタイヤで走行するなんて、北国の人間にとって信じられない行動をするんですね。
凍結した路面では滑って転ぶ人続出とか。靴が冬用じゃないんですね。ペンギンのように歩け!なんて専門家が言っていたけど、靴自体が北国仕様ではないのですよ。
まぁ、北海道の人間が台風の襲来に慣れていないのと同じかもしれませんが、それにしても5㎝程度の雪でパニックになるなんて驚きです。冬は雪が降り積もるものです。しっかりと一人一人が雪対策をしてもらいたいです。

さて、ここは三陸鉄道の「島越(しまのこし)駅」。駅の別名に「カルボナード」とありますが、これは後ほど説明します。
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10年前の津波で駅は崩壊し、新装されたものです。新しい駅舎は、待合室も立派だし三陸鉄道のグッズを販売する売店もあります。20台ほど停める駐車場もあるし、清潔なトイレは外からも使用できるので、ここは車中泊に最適な駅。駅はfreeWi-Fiが効いていて、自分も数年前にここで車中泊した経験があります。
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20mほどの高台にある駅ですが、その下には震災遺構の公園があります。金属の棒が立っていますが、これは津波の高さを示すもの。
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で、あの日一体どれくらいの津波が襲来したのか?というと。何と、17.9m。18mの津波がやってきたのです。
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以前は高架だった線路も、今は頑丈な防波堤の上を走ります。以前訪れた時に、駅長代行をしていたご近所のご婦人が話してくれました。「津波は上から襲い掛かってきた。線路をズタズタ、周辺の民家はすべて崩壊した」と。写真を写している場所は海のすぐそばで、ここの公園は海抜1mくらい。津波は簡単にこの駅周辺を破壊していったのです。
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旧駅に昇る階段跡。
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被災直後の写真がりますが、自分も2年後の2013年4月に訪れていますので、その時のblogを見てもらえれば、ここの駅周辺の様子が分かります。その時は、まったく手つかずの状態で、鉄道も開通してなかったのです。
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宮沢賢治の詩碑があります。旧駅舎の写真もあるので、現駅舎と対比して見れます。昔の写真を見ると、目の前の海は海水浴場になっていて、三陸の海では珍しく海水浴が出来る砂浜だったのです。
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カルボナードの意味は、宮沢賢治の童謡に登場する火山島の名でしたね。
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詩は、拡大してお読みください。
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続いて、一つ北の駅の「田野畑駅」へ。駅の近く、海に面した場所に村営のホテル「羅賀荘」があります。その近くにある津波石。1896年(明治29年)の津波で打ち上げられた巨石です。ここは海抜15mくらいの場所ですが、何と海底から500mも移動したといいますから驚きです。
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漁港が見えていますね。高さ15mくらいか20mくらいでしょうか?こんな上にまで打ち上げられたのです。左の坂を降りたところに羅賀荘があります。5年ほど前に宿泊したことがあって、3.11ではホテルの3階まで津波が来たと従業員の方は話していました。営業再開するのに半年要したと。
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ビフォー・アフターがありますね。
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漁港近辺の民家は壊滅し、住宅は高台に新築されています。
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過去の津波襲来と今回を合わせて石碑が立っています。何度も何度も津波が襲来している三陸の地。この先もいつか再びやって来るかもしれないのです。
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 自然災害は、いつ何時、どこでも起きる可能性があります。地震や津波だけではなく、豪雨による土砂崩れ、巨大化する台風、さらには雪害も、夏の猛暑もあるし、怖いですが、備えだけはしっかりとしなくてはいけないですね。飲料水や食料の確保、暖房器具や灯り、電気の蓄えも含めて用意は忘れずにしなくては!とこの石碑を見ながら強く思ったのでした。

では、また!

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