8月31日水曜日、天気は朝から大雨でこれも台風の影響で前線が活発化して降らせているとか。いつまで降るのか?そういえば今年の8月の降水量42年ぶりの更新とか。それだけ降ったということです。
これも世界的な異常気象の一つなのでしょうね。
世界中が異常な気象で、全世界の人々が苦しんでいますが、物価高もそう。こちらは原因は戦争。そうその犯人は、ロシアのプーチン。戦争を始めた極悪人ですね。一体この先、日本は、世界はどうなっていくのでしょうか?
嘆いていても仕方がないので、6月の旅の続きをします。さっぽろ湖を出発して、石狩と後志の峠を越えて小樽市へ。朝里川温泉から小樽市内へ。小樽市の総合博物館に近いスーパーの駐車場に車を停めて歩いて運河地帯へとやって来ました。運河の始まり辺りに位置していて、これから小樽市街地へと向かって歩いて行きます。

昔栄えたであろう石造りの倉庫群。

北方向を見ると、運河の始まりが分かります。左の山々は雲が覆っています。

これから行く先を見ますと、結構観光客が運河沿いを歩ていることが分かります。左の石造りの倉庫などは、まさに時代を感じさせる建物です。
明治以降、ニシンや石炭など豊かな資源が北海道にあることから開発が本格的に始まられます。その源になったのが、本州から連行されてきた囚人たちであった、ということは以前から本blogでお伝えした通りです。その囚人たちは士族の反乱や自由民権運動家たちで、いわば政治犯。彼らの過酷極まりない奴隷のような労働で道路や鉄道が開発されていったのです。
運河に浮かぶ船は、どうやら遊覧船みたい。

そうでした。結構人が並んでいますね。カナルクルーズという名で、運河運航の観光船でした。
ニシンが獲れた小樽の港には、以前から北前船が盛んに入港して本州との交易が行われていて活気があったのです。それに加えて、道内内陸で発掘された石炭が鉄道で小樽港へ運ばれて本州へ輸送されるようになると、ますます小樽は発展し本州からの移民も増大していったのです。まさに、小樽の最盛期到来となったのです。

古い写真を見ると、昭和初期の小樽運河は、物資を担いだ大勢の荷役労働者が艀(はしけ)と倉庫を行き来している場面があって、この辺りは賑わっていたのです。

北海道の心臓と例えられたのは、北海道初の鉄道となった三笠市幌内からの幌内鉄道の建設です。幌内から岩見沢、札幌を経由して小樽港へと運ばれてきた石炭、その北海道最後の駅が手宮駅だったのです。それは後で説明します。

戦後、石炭から石油へとエネルギー革命が起こると運河は荒廃し水路にはヘドロが堆積しものすごい悪臭が町中を覆ったのです。
倉庫をつぶし運河埋め立て道路にしよう、とする計画が決定すると、「小樽運河を守る会」が埋め立て反対を訴え始めます。全国からその運動をサポートして報道もされ、その後は日本の町づくり運動の先駆けにもなったのです。
今は残しておいて良かった!と。

年間800万人以上の観光客が訪れる小樽、中でもここ運河の辺りは一番人が集まる場所です。

で、運河が尽きたところから山側へ少し上がると、南小樽駅から手宮駅までのわずか3㎞弱の手宮線があった跡地へ。手宮線は小樽港へと延びてきた鉄道の最終地点です。

1880年(明治18年)のこと。アメリカから輸入された蒸気機関車「弁慶号」が手宮・札幌間で1日1往復されたのでした。弁慶号とは、これぞ北海道へ義経と逃げてきた弁慶のこと。北海道には「義経伝説」が数多くあり、それを蒸気機関車の名前にまでつけているほどなのです。

暑い日ではありましたが、歩いて旧手宮駅まで行きましょう。周囲は住宅や会社のビル、さらには商店街もあってまさに街中。6月の暑さで、イタドリの葉っぱが伸びて伸びて大きくなって道をふさいでいます。

途中、旧手宮線の海側に旧日本銀行小樽支店がありました。現在は金融資料館として一般開放されています。

函館にも日本銀行はありますが、明治時代は小樽の街は「北のウォール街」と呼ばれたほどの金融の街でもあったのです。日銀の他、本州の一流の銀行が軒並みそろっていたのがこの辺り。現在もそれらの建物は健在です。

跡地を歩くと色内駅跡へ。民営化される前の1985年に廃止されたのです。手宮線は105年の命でした。

こちら色内駅。今は休憩所になっていますね。ホームもキチンと残されています。

1912年(大正元年)に開設された駅で、石炭だけではなく穀物、木材などが運ばれてきたのです。金融機関が軒を連ね「北海道のウォール街」と称されたほど賑わった書かれていますね。

レールの向こうには「踊場ミレー」なる石造りの建物があって、時代を感じさせます。いつの時代に建てられたものか?窓の開閉は鉄製の扉です。

いよいよ終点間近か?今まで単線だった線路は複線へと変化。この先はどうなっているのか?

ということで、終点手宮駅は次回でお伝えすることにします。
では、また!

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これも世界的な異常気象の一つなのでしょうね。
世界中が異常な気象で、全世界の人々が苦しんでいますが、物価高もそう。こちらは原因は戦争。そうその犯人は、ロシアのプーチン。戦争を始めた極悪人ですね。一体この先、日本は、世界はどうなっていくのでしょうか?
嘆いていても仕方がないので、6月の旅の続きをします。さっぽろ湖を出発して、石狩と後志の峠を越えて小樽市へ。朝里川温泉から小樽市内へ。小樽市の総合博物館に近いスーパーの駐車場に車を停めて歩いて運河地帯へとやって来ました。運河の始まり辺りに位置していて、これから小樽市街地へと向かって歩いて行きます。

昔栄えたであろう石造りの倉庫群。

北方向を見ると、運河の始まりが分かります。左の山々は雲が覆っています。

これから行く先を見ますと、結構観光客が運河沿いを歩ていることが分かります。左の石造りの倉庫などは、まさに時代を感じさせる建物です。
明治以降、ニシンや石炭など豊かな資源が北海道にあることから開発が本格的に始まられます。その源になったのが、本州から連行されてきた囚人たちであった、ということは以前から本blogでお伝えした通りです。その囚人たちは士族の反乱や自由民権運動家たちで、いわば政治犯。彼らの過酷極まりない奴隷のような労働で道路や鉄道が開発されていったのです。
運河に浮かぶ船は、どうやら遊覧船みたい。

そうでした。結構人が並んでいますね。カナルクルーズという名で、運河運航の観光船でした。
ニシンが獲れた小樽の港には、以前から北前船が盛んに入港して本州との交易が行われていて活気があったのです。それに加えて、道内内陸で発掘された石炭が鉄道で小樽港へ運ばれて本州へ輸送されるようになると、ますます小樽は発展し本州からの移民も増大していったのです。まさに、小樽の最盛期到来となったのです。

古い写真を見ると、昭和初期の小樽運河は、物資を担いだ大勢の荷役労働者が艀(はしけ)と倉庫を行き来している場面があって、この辺りは賑わっていたのです。

北海道の心臓と例えられたのは、北海道初の鉄道となった三笠市幌内からの幌内鉄道の建設です。幌内から岩見沢、札幌を経由して小樽港へと運ばれてきた石炭、その北海道最後の駅が手宮駅だったのです。それは後で説明します。

戦後、石炭から石油へとエネルギー革命が起こると運河は荒廃し水路にはヘドロが堆積しものすごい悪臭が町中を覆ったのです。
倉庫をつぶし運河埋め立て道路にしよう、とする計画が決定すると、「小樽運河を守る会」が埋め立て反対を訴え始めます。全国からその運動をサポートして報道もされ、その後は日本の町づくり運動の先駆けにもなったのです。
今は残しておいて良かった!と。

年間800万人以上の観光客が訪れる小樽、中でもここ運河の辺りは一番人が集まる場所です。

で、運河が尽きたところから山側へ少し上がると、南小樽駅から手宮駅までのわずか3㎞弱の手宮線があった跡地へ。手宮線は小樽港へと延びてきた鉄道の最終地点です。

1880年(明治18年)のこと。アメリカから輸入された蒸気機関車「弁慶号」が手宮・札幌間で1日1往復されたのでした。弁慶号とは、これぞ北海道へ義経と逃げてきた弁慶のこと。北海道には「義経伝説」が数多くあり、それを蒸気機関車の名前にまでつけているほどなのです。

暑い日ではありましたが、歩いて旧手宮駅まで行きましょう。周囲は住宅や会社のビル、さらには商店街もあってまさに街中。6月の暑さで、イタドリの葉っぱが伸びて伸びて大きくなって道をふさいでいます。

途中、旧手宮線の海側に旧日本銀行小樽支店がありました。現在は金融資料館として一般開放されています。

函館にも日本銀行はありますが、明治時代は小樽の街は「北のウォール街」と呼ばれたほどの金融の街でもあったのです。日銀の他、本州の一流の銀行が軒並みそろっていたのがこの辺り。現在もそれらの建物は健在です。

跡地を歩くと色内駅跡へ。民営化される前の1985年に廃止されたのです。手宮線は105年の命でした。

こちら色内駅。今は休憩所になっていますね。ホームもキチンと残されています。

1912年(大正元年)に開設された駅で、石炭だけではなく穀物、木材などが運ばれてきたのです。金融機関が軒を連ね「北海道のウォール街」と称されたほど賑わった書かれていますね。

レールの向こうには「踊場ミレー」なる石造りの建物があって、時代を感じさせます。いつの時代に建てられたものか?窓の開閉は鉄製の扉です。

いよいよ終点間近か?今まで単線だった線路は複線へと変化。この先はどうなっているのか?

ということで、終点手宮駅は次回でお伝えすることにします。
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