函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2022年08月

8月31日水曜日、天気は朝から大雨でこれも台風の影響で前線が活発化して降らせているとか。いつまで降るのか?そういえば今年の8月の降水量42年ぶりの更新とか。それだけ降ったということです。
これも世界的な異常気象の一つなのでしょうね。
世界中が異常な気象で、全世界の人々が苦しんでいますが、物価高もそう。こちらは原因は戦争。そうその犯人は、ロシアのプーチン。戦争を始めた極悪人ですね。一体この先、日本は、世界はどうなっていくのでしょうか?

嘆いていても仕方がないので、6月の旅の続きをします。さっぽろ湖を出発して、石狩と後志の峠を越えて小樽市へ。朝里川温泉から小樽市内へ。小樽市の総合博物館に近いスーパーの駐車場に車を停めて歩いて運河地帯へとやって来ました。運河の始まり辺りに位置していて、これから小樽市街地へと向かって歩いて行きます。
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昔栄えたであろう石造りの倉庫群。
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北方向を見ると、運河の始まりが分かります。左の山々は雲が覆っています。
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これから行く先を見ますと、結構観光客が運河沿いを歩ていることが分かります。左の石造りの倉庫などは、まさに時代を感じさせる建物です。
明治以降、ニシンや石炭など豊かな資源が北海道にあることから開発が本格的に始まられます。その源になったのが、本州から連行されてきた囚人たちであった、ということは以前から本blogでお伝えした通りです。その囚人たちは士族の反乱や自由民権運動家たちで、いわば政治犯。彼らの過酷極まりない奴隷のような労働で道路や鉄道が開発されていったのです。
運河に浮かぶ船は、どうやら遊覧船みたい。

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そうでした。結構人が並んでいますね。カナルクルーズという名で、運河運航の観光船でした。

ニシンが獲れた小樽の港には、以前から北前船が盛んに入港して本州との交易が行われていて活気があったのです。それに加えて、道内内陸で発掘された石炭が鉄道で小樽港へ運ばれて本州へ輸送されるようになると、ますます小樽は発展し本州からの移民も増大していったのです。まさに、小樽の最盛期到来となったのです。

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古い写真を見ると、昭和初期の小樽運河は、物資を担いだ大勢の荷役労働者が艀(はしけ)と倉庫を行き来している場面があって、この辺りは賑わっていたのです。
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北海道の心臓と例えられたのは、北海道初の鉄道となった三笠市幌内からの幌内鉄道の建設です。幌内から岩見沢、札幌を経由して小樽港へと運ばれてきた石炭、その北海道最後の駅が手宮駅だったのです。それは後で説明します。
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戦後、石炭から石油へとエネルギー革命が起こると運河は荒廃し水路にはヘドロが堆積しものすごい悪臭が町中を覆ったのです。
倉庫をつぶし運河埋め立て道路にしよう、とする計画が決定すると、「小樽運河を守る会」が埋め立て反対を訴え始めます。全国からその運動をサポートして報道もされ、その後は日本の町づくり運動の先駆けにもなったのです。
今は残しておいて良かった!と。

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年間800万人以上の観光客が訪れる小樽、中でもここ運河の辺りは一番人が集まる場所です。
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で、運河が尽きたところから山側へ少し上がると、南小樽駅から手宮駅までのわずか3㎞弱の手宮線があった跡地へ。手宮線は小樽港へと延びてきた鉄道の最終地点です。
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1880年(明治18年)のこと。アメリカから輸入された蒸気機関車「弁慶号」が手宮・札幌間で1日1往復されたのでした。弁慶号とは、これぞ北海道へ義経と逃げてきた弁慶のこと。北海道には「義経伝説」が数多くあり、それを蒸気機関車の名前にまでつけているほどなのです。
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暑い日ではありましたが、歩いて旧手宮駅まで行きましょう。周囲は住宅や会社のビル、さらには商店街もあってまさに街中。6月の暑さで、イタドリの葉っぱが伸びて伸びて大きくなって道をふさいでいます。
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途中、旧手宮線の海側に旧日本銀行小樽支店がありました。現在は金融資料館として一般開放されています。
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函館にも日本銀行はありますが、明治時代は小樽の街は「北のウォール街」と呼ばれたほどの金融の街でもあったのです。日銀の他、本州の一流の銀行が軒並みそろっていたのがこの辺り。現在もそれらの建物は健在です。
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跡地を歩くと色内駅跡へ。民営化される前の1985年に廃止されたのです。手宮線は105年の命でした。
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こちら色内駅。今は休憩所になっていますね。ホームもキチンと残されています。
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1912年(大正元年)に開設された駅で、石炭だけではなく穀物、木材などが運ばれてきたのです。金融機関が軒を連ね「北海道のウォール街」と称されたほど賑わった書かれていますね。
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レールの向こうには「踊場ミレー」なる石造りの建物があって、時代を感じさせます。いつの時代に建てられたものか?窓の開閉は鉄製の扉です。
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いよいよ終点間近か?今まで単線だった線路は複線へと変化。この先はどうなっているのか?
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 ということで、終点手宮駅は次回でお伝えすることにします。
では、また!

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8月30日火曜日、天気は曇りで夜は雨の予報です。8月ももうあと明日で終わり、木曜日からは9月になりますが、天候に関してはすでに秋!日の出も5時だし、日の入りなどは6時になると暗くなって、7月ころと比べて昼間の時間が随分と時間が短くなったなぁ!というのが実感できます。
函館辺りの北緯42度付近では、だいたいですが夏至を過ぎると1日で日の出は1分、日の入りは1分短縮されていて、つまり1日で2分太陽の時間がなくなり1か月で1時間昼の時間がなくなっています。
9月23日の秋分の日では昼間12時間、夜12時間と半々へ、さらにその後は昼間の時間は短くなり冬至では昼間は6時間、夜が15時間にもなります。これからは、ますます日が暮れるのが早くなるのです。

さて、今日は新十津川町からスタート。昨日は旭川市南端にある秘境「カムイコタン」を散策しましたが、その後は南下して滝川市でガソリン給油し隣町の新十津川町へとやって来て、今はそのずーっと奥、空知管内の外れで石狩管内当別町に近い場所にいます。
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中空知コタン(集落)跡地入口とあります。新十津川町の名は、奈良県十津川村で昔災害が発生して生活困難になった住民が集団移住した町。
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江戸時代後半から明治時代にかけて和人たちの入植により、土地を追われてこの地に住まざるを得なかったアイヌ人たちはここにコタンを作り生活していたのです。
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続いて、空知管内から石狩管内へ入り、当別町青山ダムのある青山湖。管内とはその面積からいって、本州の県に匹敵するほどで、道内は14の管内(支庁、振興局)に分かれています。
ここでランチタイム。メスティンでご飯を炊いて食べます。まずは1時間ほど水につけておいて、ガスコンロの上で弱火で20分炊き、10分蒸らして出来上がり。美味しい混ぜご飯を食べました。

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この日は、「HO」を使って温泉に入り、いつも行く安平町の鹿公園で車中泊。その前に鹿公園を散策。確かに鹿はたくさんいました。
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道内のエゾシカは80万頭とも云われ、見た目は可愛いけど農作物を荒らしたりすることで駆除もされています。
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実際、エゾシカは見てるだけなら可愛いですが、ここはいわば動物園の囲いの中。鹿の多くは野生で自由に山を、畑を、牧草地を、農地を走り回り草を食べつくすのです。さらには木の皮を食べて自然を荒らすのだから、駆除せざるを得ないのです。
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で、この日の夜は鹿公園キャンプ場の駐車場で車中泊。宿泊しているのは自分だけでした。
翌朝は安平町から千歳市へ。市街地の渋滞を逃げて千歳市の西端にある支笏湖へ。
左側に風不死岳(ふっぷしだけ 1102.3m)が見えています。
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さらに左には樽前山(1041m)。麓はなだらかなアスピーテ型(盾状火山)で、山頂は今も噴煙も上げる溶岩円頂丘の二重火山です。上の方はマグマの粘り気が強くて麓の流れずに火口付近に盛り上がった形で、一方、麓側は粘り気がなくマグマが下へ下へと流れてなだらかなスロープが形成された形となったのです。
まさに盾を伏したような形です。

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ズームするとよくわかります。
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一方、北を見ると紋別岳(865.6m)。
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さらには恵庭岳(1319.6m)。
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最後にもう一度、風不死岳と樽前山を。
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支笏湖の西には羊蹄山があるけど、さすがに見えないか?一周道路はあったけど、今は通行止めになっていて、できません。せいぜい北海道三大秘湖の一つであるオコタンペ湖が見える高台までですね。
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で、支笏湖の東湖畔沿いを走り峠を越えて札幌市へ。北上して市街地に入る前に国道453号線から左折して国道230号線へ。南区の真駒内から定山渓温泉方面へと。定山渓から右折して道道1号線に入り定山渓ダムのあるさっぽろ湖を見ます。
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向こうに見えているのが定山渓ダム
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下の絵、左が通ってきた道で、右がこれから行く道。現在はダムの堤防が見える位置です。
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石狩川へ注ぐ札幌市内を流れる豊平川の上流に当たる部分にダムが建設されていて、市民の喉を潤す水道となっていますね。
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この辺りの道路は「定山渓レイクライン」と呼ばれていて、まさに湖のふちを走り山へ。峠を越えると小樽市です。
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この岩山、天狗山(1144.5m)。登山道もありますが、ここも当然ヒグマのエリア。北海道の山でヒグマのエリアではない山は数えるほど。函館山、利尻岳、礼文の山など離島の山々などしかないですね。
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ということで、久しぶりに郊外といえども札幌市を走り、小樽市へと向かうことにしたのです。さすがに札幌市街地を走るのは渋滞しているし交通量が尋常じゃないから避けました。
次回は、小樽市をゆっくり歩いて昔の小樽の繁栄ぶりをお伝えします。

では、また!

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8月9日月曜日、天気は晴れで気温も25℃以下で、湿度も低くまさに秋晴れの1日になりそう。
昨日の日曜日は、腰痛が激化して朝から横になっていて、おまけに右の耳が聞こえず(病院では老人性難聴の診断で薬を処方していもらってます。)、さらには微熱もなって、全く動けず1日をベッドで過ごす1日になってしまいました。自分では元気だと思っていても、70歳を超えたんだから無理するな!の体のサインかもしれないですね。今朝は少し回復した模様です。

さて、幸福駅・大正駅・愛国駅を見た後は秩父別町の道の駅で車中泊し、今日はとある川からお伝えします。

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場所は上川管内の旭川市の南西側で、空知管内の深川市との境界付近。
川の名は石狩川でここの地名は「カムイ・コタン」。看板にもあるように、カムイとは神、コタンは村です。

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この辺りの石狩川は激流が連続して、昔(アイヌ人が生活していた時代、江戸時代か、またはそれよりも前の時代)川が唯一の交通手段だった時代の難所だったのです。
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ここは行きたかった場所の一つで、向こう岸には廃線にはなったけど、「神居古潭駅」もあるのです。対岸に渡るには白い橋を渡らなければいけなそうですね。
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深川市から国道12号線を北上し、神居古潭トンネルを越えて左折するとここへ出ます。駐車場も完備しているし、トイレもあるし小さいけど売店もあります。この周辺は散策路もありますね。
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橋を渡る中央部分から撮影。確かに岩がゴロゴロしていて、難所になっていたことが分かります。この日は、穏やかな流れだったけど一雨降れば激流となって、船の通航などは危険極まりないでしょうね。
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で、渡り終えると「九条武子」さんなる歌人の歌碑が。多分、旭川市出身の方かな?
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で、旧駅舎へ。現在は手前の神居岩辺りから8㎞以上もの長大トンネルでこの場所をスルーしています。かつては石狩川沿いの渓谷となっている場所をクネクネと鉄道が走っていましたが、トンネルのおかげで短縮され旭川市へ早く到着出来るようになったのです。
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ホームを見ると、かつての看板も。
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鉄路の跡地は現在サイクリングロードとなっていて、旭川市から深川市へと続いています。背後は岩場が連続する山、また山。
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自分が撮影している時に、ザイルやカラビナなど岩登りの装備をたくさんつけた若いクライマー2人がやって来ました。これから岩登りをするのでしょう。クライミングは少しだけやったことがあるけど、高所恐怖症ではないけど下を見ると怖い!とっても高い岩場を登ろうとする気がないです。
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駅の西側には蒸気機関車が展示中。周辺はヒグマの生息地であちこちに「ヒグマ出没中」の看板あり。
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少し散策。かつてのトンネル跡がありました。この先深川市まで歩くときついのでここで戻ります。自転車だったら、高低差はほとんどないから大丈夫です。旭川市からミニチャリでやってきたサイクリストがいて、話すと深川駅で輪行して帰るとのこと。今は、輪行袋も軽くコンパクトになったから便利な世の中になったものです。
自分の時は、輪行袋はゴワゴワした綿製で大きくかさばるし値段も高かったのです。それに汽車の中に持ち込むには特別に許可が必要だったし、乗客には嫌がられるし、当時(50年前)輪行する自転車は市民権を持たなかったのでした。
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蒸気機関車が2台連続していて、いわば重連の形で展示。ということは、この辺りは勾配が急だったのでしょうか?2台連結して、やっと登り切ったのかな?だから長大トンネルを完成することで解消したのかも?
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今度は、旭川市方面へ散策。ホームが長い。
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この先歩いて行くと熊と遭遇しそう・・・
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戻ることにしましょう。
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最後に、もう一度駅の姿を見て。カッコいいですね!
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先ほどのクライマーは、この岩山を登るのです。
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どこにあるのか?というと、奥の岩山でさらに分け入らなければいけないようです。確かに登山道はあって、看板もありましたが。あの岩山ズームして見ましょう。
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これがそう!すごい岩の壁がそそり立っています。これをクライミングするのか?と思うと信じられないです。
先ほども書きましたが、自分のクライミングはたったの2,3回。今は立ち入り禁止になっているけど、函館山の南、立待岬でトレーニングしたことです。今思えば若かったし、よくやったな!と思うけど、怖かったのは確か。実際、トレーニング仲間で岩から落ちて骨折・入院した方もいましたが、中には山で遭難して亡くなる方だったいるのだから、怖い思いをしてまでやることはない!と、今は思っています。

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ということで、ここへやっとやって来て見れて満足でした。
次回は、西へと向かいます。
では、また!



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8月27日土曜日、天気は曇りで雨のマークも出ていて気温も涼しいを通り越して少し寒いくらい。もう北海道は、すっかり秋の気配です。

ここは帯広市の郊外、かつて一世を風靡した旧国鉄広尾線の「幸福駅」です。
黄色の名札は近くの売店で売られているもので、ここを訪問した人がいろいろと願いを書いて貼っています。
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前日は、次の駅にもあるように中札内村で、鉄道駅ではなく道の駅で車中泊。今の時代は鉄道は廃止され、道の駅がドンドン出来ていて、駅と云ったら「道の駅」が想像されるようになっていますね。

幸福駅の名前の由来は、アイヌ語のサッナイ」に入植者が「幸震(さつない)」と漢字で書き、後に読み方を「幸震(こうしん)」村となり、福井県出身者が多かった土地だったので、幸と福を合わせて「幸福」という地名が誕生したことから、後に鉄道が敷かれた時に「幸福駅」が出来たという歴史があります。

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続いて大正駅へ。幸福駅からは北へ5㎞程行った場所。
旧広尾線は、1929年に開業し1987年に廃止された総延長84㎞、駅数17の全線非電化単線のローカル鉄道でした。
大正駅の名は、大正村だったのでそのまま村名が駅名となったのです。おそらく大正時代に開拓が進んだからでしょう。大正村は、後に帯広市へ併合されます。

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この日はあいにくの雨。傘を差しながらの撮影でした。ここの駅表示板は、手作りで恐らくは有志による町おこしの一環でしょうね。幸福駅と愛国駅ばかりが人気になって、その間にある「大正駅」を忘れてほしくないから、これを作り周辺を公園化したのでは?
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で、愛国駅へ。大正駅からは4㎞程の距離。帯広市街地からは5㎞くらい南に位置しています。
駅舎が交通記念館になっていて、内部にはかつての備品などが展示されています。もちろん無料で見学できます。

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恋人たちの聖地」だそうです。
なぜ愛国駅となったのか?というと、ここの農地を開拓したのが「愛国青年団」だったからだそうです。戦前の話ですので、「愛国」は普通に使用されていた言葉だったのでしょう。今では若い人たちには使われない言葉ですが、当時(大正時代から昭和初期)にかけてはそんな教育がされていたからでしょうね。愛と云っても、今の時代のLoveと違い、戦争と関係していた時代の話です。

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この切符、全国で売られましたし、旅のお土産には最高でした。軽いし、安いし、有名だったから、一番のお土産になったのでは?
それにしても、すごいブームでしたね。自分も何枚ももらいました。

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建物の中に入ると、歴史や思い出の道具が展示。タブレットは、どこの地方単線では必要なものだったのです。最近では、2014年だったかな?江差線の廃止で「湯ノ岱駅」で駅長さんが渡すのを目撃しています。
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明治29年に入植が始まったそうですね。
明治29年と云ったら1896年のこと。前年に日清戦争が終了し、日本は下関条約で清国から多額の賠償金と領土(台湾など)を奪います。それに対してロシアがドイツ、フランスを誘い三国干渉をしてきました。そんな時代だったから、ロシアに対して敵対心が燃え上がり「愛国」という言葉が使われたのでしょう。
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蒸気機関車が展示されていますが、レトロブームで今は人気ですが、自分は良い思い出がないのです。汽車で旅すると、トンネルに入ると窓を閉めなければいけない→なぜなら煤で真っ黒になるから。
それに冷房のない時代だったし、夏は窓を開けていたので窓の開け閉めが何度もやらなければいけなかったのです。蒸気機関車には乗りたくない!もうこりごり!というのが本音です。

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周囲は、愛国青年団が開拓したであろう(?)小麦畑が広がっています。すくすく伸びていて、国内の小麦生産のほとんどが十勝産ですが、ただ消費量はわずか14%。86%が輸入に頼っているのです。それはカナダ、アメリカ、オーストラリアなど。ロシアやウクライナからはさすがに遠いから来ないですね。
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ということで、この日は雨の中を西へ。妹背牛町で「HO」を使い温泉へ。隣町の秩父別(ちっぷべつ)町の道の駅で車中泊。で、次回は旭川市へ行き廃止されたある駅を見学してきます。

では、また!

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8月26日金曜日、天気は予報では晴れマークの予報だったが、朝6時道路を見ると濡れていて雨が降ったみたい。これから晴れるのかな?やっぱり晴れの方が良いですからね!

高齢者のしかも男性老人が一人で動物園に入るのは勇気がいるもの。ほとんどが家族連れか、恋人たち。この日は平日で幼稚園の遠足もあって子供がやけに多いから、なおさら高齢者の一人でも入園は勇気がいりました。でも、65歳上は半額だったのがうれしい!大人420円が210円になりました!
この日、最初に百年記念館でも半額。動物園の後に行った道立帯広美術館は何と無料!
天気の悪い日は、博物館など建物の中で時間をつぶすことをしているので、入場料は安いに越したことはなく半額や無料は家計に助かるのです。

なぜ動物園に入りたかったか、その理由はここを見たかったから! 植村直己記念館です。

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植村直己(1941~1984)さんは、兵庫県日高町(現在は豊岡市)で生まれた世界を代表する登山家にして冒険家でした。5大陸最高峰登頂は世界初だし、犬ぞりで単独北極点に到達も初、しかし真冬のアラスカのマッキンリー(現在の名はデナリ)で遭難、他にも数々の冒険を成した世界の冒険家です。
身長は162㎝と小さな体ですが、体力・気力は人の何倍もあって、1971年には52日間で稚内の宗谷岬から鹿児島・佐多岬まで約3000㎞、すべて歩いて日本列島縦断していています。
そして、私の大学の大先輩。一度だけ大学構内でお会いしたことがありました。

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帯広との関係はなぜ?か。彼は、北極点到達したときのエスキモー犬を旭川の旭山動物園と帯広動物園に寄贈しています。そして、亡くなる前年の1983年に帯広を訪問した時に「日高山脈が見えるここに野外学校を開いて、自分が体験した技術や知識を若い世代に伝えたい!」と語っていたのです。
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ドーム内には、その時の様子を再現しています。彼のスピリットは受け継がれていて、開校以来40年近い歳月が過ぎましたが卒業生は1800人以上。若い世代に継承されているのです。
兵庫県豊岡市には、「植村直己冒険館」があり自分も2度訪問していますが、そこへは日本のいや世界の旅人が訪れていて彼らの旅の記録も見れるからうれしい!のです。

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北極圏では、何度もシロクマに襲われたそうです。で、そのシロクマを見学に行きましょう。
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ヒグマよりも体は大きそう!こんなのが襲ってきたら怖いですね。
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6月の涼しい気温だったからのんびりと泳いでいたけど、真夏の暑さでは苦しいでしょうね。何せ、帯広は道内の中でも一番暑い町の一つなのだから。
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続いてモルモット。可愛いですね。
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で、お腹が空いてきたのでランチタイム。園内のレストランで帯広名物の「豚丼」。
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食後も園内を散策。オラウータンを見て。
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リャマも見て。
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たくさんのカンガルーを見て。アフリカから南米、そしてオーストラリアへ。世界中の動物たちを見れますね。
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北米のバッファローも見て。函館のミニ動物園は、これほどいませんので見ごたえ十分。動物園は25年ほど前に家族で見学した東京・上野動物園以来だから楽しい!
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タイガーまでいました。こちらはかなり大きい!
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ということで、子供心に戻って散策した動物園は楽しかったです。
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 で、この日は隣町の中札内村の道の駅で車中泊。夕方から雨が降り出して来て久し振りの雨中での車中泊。でも、何回も経験しているので雨の中でも慣れたもの。ぐっすりと寝れたのでした。
次回は、雨の中を帯広から広尾まであった国鉄広尾線跡地の駅巡りをしてきました。駅名は、皆さんご存じのあの駅たちです。それは、また次回で!
では、また!


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8月25日木曜日、天気は今日も秋晴れで湿度が低い40%程度の、過ごしやすい1日です。ここ数日雨は降らず快適な日が続いていて、アウトドアをするには最高の季節を迎えています。
が、ところが私は腰痛が激化して毎日整骨院通い。何せ朝の洗顔も両肘をついて洗ったり、階段を昇るのも一苦労したりで、とにかく体を動かせないのです。せっかく畑の農作物は収穫時期を迎えているのに、しゃがんで農作業が出来ないのはやるせない
早く治して9月の旅の準備をしたいですが、果たしてどうなることやら?

それでもデスクでキーボードを打つくらいは出来るので、ブログは継続します!
さて、ここは帯広市の緑ケ丘公園にある百年記念館前の噴水です。
6月前半だったから、アヤメがきれいですね。
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オープンは1982年だから、今年で40年を迎える百年記念館の建物。博物館と郷土資料館を兼ねています。
そういえば、昨日は帯広市で北海道日本ハムファイターズの試合がありました。一昨日は釧路であり、曇り空の下3時間を越える試合は、日没ゲームセットで引き分け。照明施設がない地方球場の悲劇でした。帯広市では晴天下の下で4-5の敗北。これで7連敗。悲しいかな、今年は最下位確定か?

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十勝の歴史・産業・自然を紹介する常設展では、特に開拓の歴史を学びたかったので、ここはじっくりと見学していきます。入植者の中で、富山県や岐阜県出身者が多かったといいます。
新天地北海道へ夢を抱いてやってきたのか?それとも農家の次男・三男などはふるさとを離れざるを得ずに来たのか?

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当時の粗末な、それこそ藁ぶきの家です。よくこの建物で極寒期、マイナス20℃を下回る真冬を過ごしたことよ。
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二宮尊親は二宮金次郎(尊徳)の孫にあたります。十勝の豊頃町の開拓の祖。
横になっていて、読みづらく申し訳ありません。
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十勝平野は、広々とした平原ですが、明治の時代は原生林が生い茂りヒグマが出没し切り開くのも怖かったのでないでしょうか?道路もない、電気もない、食糧だってない時代によくぞ開拓したことよ!
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右上の人物こそ依田勉三(よだべんぞう 1853~1925)。彼は北海道開墾を目的として結成された団体の晩成社を率いて帯広に入植したのが1883年(明治16年)のことでした。その記念すべき100年目となる1982年にこの百年記念館が建造されたのでした。
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彼のことは何度も取り上げていますが、大樹町で開拓したことや乳製品の工場を持ったことなど紹介しました。晩成社の名は、今でも晩成温泉の名で残っています。
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帯広には、監獄もあったんですね。これは知らなかった。今まで月形、三笠、標茶、網走と見て来たけど、帯広にもあったとは!ただ残念なことに残っている遺産はほとんどないとのこと。
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アイヌの文化についても展示していますが、これは道内各都市の資料館とほぼ同等の資料です。
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最後に農業王国の十勝、代表する農産物を紹介しています。
まずは、ビート砂糖大根とも云われ、または「てんさい」とも。

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そして豆類。ダイズ(大豆)だけでも、こんなにたくさんあるとは!
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アズキインゲンだけでもこれほどの種類があるのですね。
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ということで、百年記念館で十勝及び帯広の歴史や産業をしっかりと学べたのでした。
 入館料は、確か300円以内だったように覚えていますが、低料金でも学ぶことは多かったです。
で、次に同じ公園内の動物園へ行くことにします。なぜ、動物園へ?
それは、私の大先輩にして尊敬すべき人物、そして冒険者にして旅人であった、とある人物が帯広に残したものを見に行きます。彼のトレーニングしたあるものがあるのです。

では、また!


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8月24日水曜日、天気は快晴で気温は最高で28℃まで上がるようですが、湿度が低いから過ごしやすい最後の夏の日、いや秋の始まりと云った感じです。
少しずつですが気温や湿度が下がり始めているし、夜は窓を開けて寝ていますが寝苦しさはなく快適な眠りについていて、夏の終わりを感じさせます。食べ物でも早稲のリンゴが出ているし、トウモロコシも安く食べれるようになったし、我が家の畑でもミョウガが採れ出し食べていて、もう秋だなぁ!と。

さて、ここは十勝管内上士幌町のナイタイ高原牧場。下界は晴れていたけど、標高800m近い高原では曇り空。十勝平野が一望できるかな?と思ったけど、それは無理でした。
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それでも、牛たちはのんびりと草を食べています。広々とした牧草地、汚れのない澄んだ美味しい空気は、牛たちにとっては天国みたいな場所でしょう。
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ここは3度来ているけど、一度もカラッと晴れたことはなくいつもこんな感じで、やはり自分は雨男なのか?でも、何回か来れば晴れることもあるでしょう。
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で、下界に降りて来てここは士幌町の駅跡。上士幌町の南に士幌町があります。
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士幌駅舎が今も健在。
国鉄士幌線は、帯広駅から北へ延びる鉄道で大雪山系の麓の十勝三股駅までの路線距離78.3㎞、駅数20、しかし民営化される前の1987年3月に廃止されています。

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駅板も残っていますね。
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鉄道が唯一の交通手段だった大正時代から建設が始められて、戦前の昭和14年に十勝三股駅まで開通しています。当時は、道内産の木材の需要があって、現在はほとんど無人に近い十勝三股駅ですが、戦前は1500人以上が住み飲食店や劇場もあったそうです。それだけ多くの人々が生活していたから鉄道も敷設されたのでしょう。
でも、戦後は輸入木材が安くて道内産は売れず、それにトラック輸送に切り替わったので鉄道は必要なくなり廃止されたのです。人間だって車の方が楽だから、わざわざ汽車に乗らなくてもよくなったのです。

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その後は、鹿追駅跡へ。ここは国鉄ではなく、私鉄の北海道拓殖鉄道の駅があった場所。
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当時の蒸気機関車が展示されています。前についているのは、雪をはねるラッセルです。さすがは、冬対策バッチリです。
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新得駅から延びていた鉄道で、新得駅は根室本線が走る重要な駅で、それに接続できる路線だったから農林産物の輸送が出来たのでしょう。ここも、昭和43年に廃止されました。
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鹿追町の中心街から少し離れたところのスポーツ公園になっていて、サッカー場では子供たちがサッカーに興じていました。おそらく昔鉄道が走っていたなんて、想像もつかないでしょうね。
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その日は、鹿追町の道の駅「しかおい」で車中泊。翌朝帯広市へ行くために出発してすぐ、旧駅逓を発見!
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鹿追の猫たちが歓迎?表情から見ると、怪しい奴だ!と警戒かな?
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明治時代に造られ、大正時代までは駅逓があったのですね。
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場所は、市街地から南へ2㎞程行った交差点です。ここには「鹿追町発祥の地」の碑も。
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1902年(明治35年)に入植後、開拓が始まったのです。当時は原生林がうっそうと茂る未開の地。よくぞ開拓してくれました!今では農産物や酪農が盛んな十勝農業を支える大事な町となっていますからね。
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鹿追村発祥の地、こちらは古い石碑ですね。
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開拓五十年記念とあるから、1952年に建てられた石碑で、ちょうど私が生まれた年。もう70年も前の碑です。
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で、この後は帯広市へと向かい、帯広市博物館で十勝の歴史を学ぶことにしたのでした。
それは次回で紹介します。
では、また!

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8月23日火曜日、天気は朝方は晴れ、少しずつ曇りへなり午後からは雨のマークで、大雨になるとか。しかし、1日おきに晴れから雨、晴れから雨へと変化する予測が出来ない空模様です。

昨日は、高校野球で初めて東北、宮城県代表の「仙台育英高校」が優勝!しました。東北大好き人間の自分としては、とってもうれしい!のです。東北勢が今まで一度も優勝がなかったなんて信じられないですが、実際決勝戦で敗退して準優勝は何度もあったのですが、優勝したのは初!これからは強い東北!で行けると思います。


さて、道の駅十勝川温泉で車中泊した後、十勝が丘公園の展望台へ。道の駅からは距離にして数キロ、北の山側です。小高い丘から十勝平野を撮影。
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平野と云っても、すべてが平らではなく丘陵地帯もあって車で走るとアップダウンはありますが、ほとんどが農作地として利用できる広大な平野ではあります。
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東の方向はワインで有名な池田町方面。ちょっと曇っていますね。
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十勝川をズーム。北海道では、石狩川、天塩川に次ぐ3位の長さを誇る大河川です。橋も大きい!
川の手前の建物は十勝川温泉のホテルで、いくつもありました。

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帯広市内を撮影。さすがに道東最大の町。釧路市と人口では争っていたけど、釧路市が衰退していく中で逆転。今や道東の中心都市として発展しています。
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公園には巨大な花時計がありました。ちょうど係の人が整備中。時間は8時半を少し過ぎたあたり。
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のんびりしていたら、大型バスが4台停まり、若い女性たちが200名くらい下車。ガイドさんが先行して行列を作って散策。
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関東の短大の学生さんたちで、研修旅行?こんなに大勢で来るんだ!とビックリ。
最初は、若くてみんな茶髪で私服姿がかっこよくて、たくさんのファッションモデルたちが撮影かな?とも思ったほど。
若い女性を見なれないから勘違いしたのかも?知れないけど、いつも高齢者の中で暮らしているから、こんなにたくさんの若い女性を見たのはホントに久しぶりでした。

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で、音更町では2つ目の道の駅へ。今年オープンした「なつぞらのふる里」。以前の道の駅は国道241号線沿いにあって、ナビは古い道の駅を教えましたが、新しい道の駅は、スマホで探してたどり着いたのでした。
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NHKの朝ドラからネーミングしたのでしょうね。キャラも「おおぞらくん」、いや違うぞ!「おおそでくん」?
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中へ入ってみましょう。地元ニュースで話題になった「十勝地サイダー」の自動販売機。地元の高校生たちが作成したというサイダーが売られているけど、高い!1本350円もするのです。
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Wi-Fiが効いているし座席もたっぷりあって、ここでブログを作成していたらあっという間に10時近くへ。
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このセット、朝ドラの「柴田牧場」と同じですね。
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ここでも花壇を整備中。十勝を旅していると思うのは、とにかく土地が広いこと!道路の幅も広いし、駐車場も大きい。それに公園の面積が大きく、歩く距離も長い。それだけ土地があるということです!
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道の駅の隣には「六花亭」と並ぶ、十勝を代表する菓子メーカーの「柳月」の工場があります。早速歩いて行ってみましょう。
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十勝がなぜスイーツ王国と呼ばれるのか?
その答えは、お菓子の原料の小豆(あずき)、小麦粉、牛乳、バター・チーズ・ヨーグルトなどの乳製品、砂糖(てんさい)、卵などの、まさに産地そのものなのです。

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工場を見学した後に、カフェがあって販売しているスイーツを食べれます。
美味しそうなのが2つあって購入。コーヒーは無料で飲めるのだからありがたい!お代わり自由。

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子供達向けには、「お菓子つくり体験工房」もあって、家族連れには最高の場所なのです。工場見学は、もちろん無料です。
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 ということで、十勝は稲作地帯ではないので米こそわずかしか生産されないけど、畑がたくさんあって野菜などの農産物は道内最大!まさに農業王国なのです。至る所で畑、畑、畑。あらゆる農産物が生産されていて、家庭菜園をしている自分にとっては、見るだけでもうれしいし、勉強になりました。

次回は、十勝平野を一望する丘陵地帯の高台へ行ったので紹介します。
では、また!


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8月22日月曜日、天気は快晴で気温は30℃まで上昇して暑い真夏の天気になりそうですが、湿度が低く50%前後だから、ジメジメした暑さと違いカラッとした暑さで過ごしやすいのではないでしょうか?
天気を見ると、やはり少しずつ秋になっている気配がします。それに北海道では、ほとんどの学校が今日から2学期が始まりますし、季節的にも夏は終わり秋へ入ろうとしていますね。

さて、ここは日高管内の平取町二風谷。前回は二風谷コタン博物館を紹介しましたが、今日は国道を挟んで向かい側の山側へ行ってみました。
ここは、萱野茂二風谷資料館。萱野茂さん(1926~2006)は、アイヌ人初の国会議員だった人。現在は息子さんの志朗さんが跡を継いで館長を務めています。
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以前に訪問して見学しているので今回はスルー。庭を見学すると、コロッポックルの家があります。
コロポックルとは、アイヌの伝承に登場する小人で「フキの下で住んでいる人々」を意味します。
フキの下で10人いたという伝説もあって、この大きな木の幹回りだと確かに10人くらいは住めそうですね。
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後ろの大きな石は「縁結びの石」だそうです。2つに割れているから別れの石かな?と思ったら逆でした。
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願いを念じて水をかけて手で触れてみると、願いが叶えられる!そうです。
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で、その後は平取町振内(フレナイ)へ。ここは旧富内線の振内駅があった場所。鉄道記念館(奥の茶色の建物)がありますが、左の列車はライダーハウスへなっていて、右には蒸気機関車が展示。
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D51ですね。道内では安平町の道の駅にも展示していますね。あちらは室内に展示しているから保存状態は良好ですけど、野ざらしでは風雨や雪によって錆びついて来てボロボロになりそう。
全国各地で蒸気機関車が展示されていますが、保存方法によってはただの野ざらし状態だから、10年も経過すると錆びついた鉄くずににしかならないこともあるそうです。
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こちらが2両編成のライダーハウス。コロナ以前は利用者が結構いたのに、この日はゼロでした。
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かつての駅表示板がありますね。
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こちら鉄道記念館で、無料で見学できます。
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旧富内線のことが詳しく説明されています。富内線とは国鉄時代の1986年に廃止された鵡川駅と日高駅を結んだ全線非電化単線で距離は82.5㎞、駅数は15。旧富内駅で車中泊したことは以前にblog「夏の旅」(7月2日)で紹介していますね。
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で、この日は日勝峠を越えて日高から十勝へ。帯広のベッドタウン化している音更(おとふけ)町の道の駅「ガーデンスパ十勝川温泉」で車中泊。
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2枚使って申し訳ありません。音更町には、ここ以外に新設された道の駅「おとふけ なつぞらのふる里」もあるし、人口は4.3万人もある町なのです。道内有数の菓子メーカーの「柳月」の工場もあるし、農業生産も高い大きな町です。位置的には、十勝川の北側が音更町、南側が帯広市(十勝唯一の都市で人口は17万人)や幕別町と見た方が分かりやすいでしょう。
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モール温泉は火山がある地域の硫黄の温泉ではなく、湿地帯の植物起源の有機質を含んだ温泉のことで、30年ほど前までは世界で2か所、ドイツのバーデンバーデンと十勝川温泉しかなかったのです。
今は、別な場所でもあるとのことですが、どちらにしても珍しい温泉に変わりはありません。
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ここの道の駅に来る前に、幕別町の札内温泉で入浴して来たのでここの温泉には入らないかったのですが、十勝の温泉にはコーヒー色、または濃い茶色の温泉が多いです。札内温泉もそうでしたから。
コーヒー色の温泉と云えば、札幌郊外の由仁町の温泉もそうでしたし、大樹町の晩成温泉もそうです。
ほとんどの温泉は火山地帯が多く、透明な色またはミルク色が多いけど、モール温泉は茶色い温泉なのです。
函館でも函館山麓の谷地頭温泉はうすい茶色の温泉で、白い手ぬぐいだと色が染まるほど。
でも、谷地頭温泉はモール温泉ではないみたい。
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道の駅は2020年に出来た新しい建物で、内部はご覧のように斬新。木が生かされた建物ですね。
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 ところが、夜8時過ぎになって乗用車専用の駐車場にトラックが入り一晩中アイドリング。うるさくて、奥にある空いていた広いトラック専用の駐車場で寝ることにしたのです。トラックは1台もおらずとても閑静なところでしたが、車は3台ほど停まっていましたが、何とか静かな夜を迎えたのでした。

では、また!

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8月21日日曜日、天気は快晴で昨日の大雨がウソみたい。その前日が晴れだったし、このところ1日おきに快晴と大雨が繰り返しています。が、もっとも今朝のニュースを見たら今年8月の雨は例年の5倍以上とか。函館の近隣町村では観測史上最大の降水量で、しかも例年の5倍から6倍とか。そんなに雨が降った8月ですが、まだ終わってなくあと10日も残っているから、まだまだ雨が降ると思うと戦々恐々です。早く9月になって秋晴れが続いて欲しい!

さて、ここは平取町。国道237号線を北上していたら、「右、マンロー邸」の看板あって、小路へ入り200mほど進むとそれらしき洋風建築物がありました。
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両開きの窓、下見板張りの2階建て、いや一部3階建てか?の木造建築物は何か?というと。
北海道大学文学部二風谷(にぶだに)研究室です。この建物、登録有形文化財の指定を受けていますね。
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付近には、馬が放牧されていて牧草地が広がっています。
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となりの家が見える庭には、北海道の夏の花、野生の花「ルピナス」がたくさん咲いています。
我が家の花壇でも種を拾い植えたら、たくさん咲いて他の花を駆逐したことがあって、それ以来種をまかないことにしたほどだから、繁殖力は強いのです。
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種で育つので、自然と種がこぼれて翌年にまた咲くのでしょう。
奥の家は、北海道らしい家。真っ赤な屋根はトタン屋根で、瓦屋根でないこと→雪を落とすには最適。瓦屋根は北海道の家の屋根には不向きです。
集合煙突は、ストーブを何か所の部屋で燃やしているから。多分石油ストーブでしょうけど。その証拠に、右下にホームタンクが見えていますね。
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洋風建築物は、イギリス人のニール・ゴルドン・マンロー博士とその夫人の家だったのでした。
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アイヌ研究をして、ここ二風谷に住み着いたイギリス人研究者だったのです。
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彼は医師として1930年(昭和5年)二風谷に開業します。それは戦争が激化した1942年まで続いたのです。
彼らは、こんな素敵な森の中で暮らしていたのですね。
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少し離れた場所に「二風谷コタン(集落)」があります。24時間開放のトイレもあるから、ここ車中泊出来るかな?
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この公園、無料で見学できるし無料の博物館もあるのです。有料のもあります。チセ(家)は無料で内部見学できます。
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家の中では、一部ですが民芸品を作成している方もいて、その作業を見学できます。販売しているチセもあります。
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工芸館は見学自由で、その民芸品を販売中。
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自動販売機もアイヌ風。もちろん、中身は一緒ですけどね。
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アイヌ文化博物館は有料です。ここ以前に見学したことがあったのでスルーして。
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今回は以前見学できなかった沙流(さる)川歴史館へ。ここは無料で見学できます。
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アイヌ人たちが生活していた二風谷は、今はダムの底。二風谷ダムが完成して沙流川沿いに住み続けていたアイヌ人たちは追われてしまい、今は二風谷湖へ。この底に彼らの住居があったのです。
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1973年(昭和47年)二風谷ダムの着工、1987年(昭和62年)強制収用の手続き、1997年(平成9年)二風谷ダム竣工の歴史があります。
住民の多くは沙流川の右岸、山側(国道の東側)に家を建て直して生活していますが・・・。
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二風谷の歴史が分かります。沙流川の流れ、その歴史。奥には野生の動物たち。
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縄文文化の土器など。
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次回は、二風谷を散策して他に何かないか探してみます。
晴れの日が続いてくれればいいのですが・・・このまま行ったら、今年の8月は史上最大の雨降り月間になりそうです。
では、また!

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8月20日土曜日、天気は朝から雨。昨日は久しぶりの快晴だったのに、1日明けたら雨で、しかもこの後豪雨警報が出ています。
それにしても今年の8月は雨が多すぎる!
例年のすでに2倍以上で、ジメジメした日が続いています。
そんな中でも、我が家の畑では春先に種まいた農作物がスクスク育ち、収穫されています。今日は、その一つを紹介します。
それは滅多にスーパーや生協では目にしない野菜。冷涼性でロシアなど寒い地域で生産されるビーツ。ウクライナの代表的な料理の「ボルシチ」に使われるカブのような野菜です。
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大きさは、ピンポン玉よりは大きく野球ボールよりは少し小さいサイズ。まな板にのせると、はみ出すほど。葉っぱや茎も使います。ビーツは捨てるところがないのです。
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今日は他に、トマトやキュウリ、ピーマンも少ないけど採れました。
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茎は5cmで切り、葉っぱはそのまま。油炒めもいいけど、今日はおひたしを作ります。
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茎から茹でていきます。
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2分ほど茹でてから、葉っぱを入れます。
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お湯を捨てて、冷水につけて氷も入れて冷やします。
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それを切って器に盛ると出来上がり。カツオ節をフリカケて食べると美味しい!
ビーツは、食べる点滴とも云われるほどの栄養満点の野菜!です。
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カブの方は、縦方向に皮を剥きます。りんごのように、横に回転させて剥いてはダメ。筋があるから必ず縦に!さすがに皮は食べれない。
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1cmのサイコロサイズに切ります。
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それに、リンゴまたはバナナを入れると甘くなって食べやすくなります。ビーツだけだと野性味たっぷりで、エグミが強くて味は渋い〜!のです。
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こちらも刻んで。
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それと、ミキサーに入れるのに、ハチミツ、牛乳、ヨーグルトを用意。
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それらは、ミキサーで1分ほど混ぜると出来上がり。
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気をつけたいのは、ビーツは色が出て染まってしまうから気をつけて作業しないといけないのです。まな板は専用のものを使います。古くなったまな板で、赤く染まっても良いものを。服に着いたら、すぐに水洗いを。雑巾はすぐに染まってしまうので注意!

ミキサーの中で、撹拌したらビーツも粉々になってドロドロになりました。
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そのままスムージーとして飲んでもいいけど。
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冷凍庫で凍らせてから、少し外気に当てて溶け出した後に砕いてザクザクにして。
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その上にアイスクリームをのせると、美味しいシャーベットになります。そのままでも食べれますが、いろいろ加えるとより一層美味しくなりますね。
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ということで、我が家の畑で、今夏採れた野菜の料理法の一つを紹介しました。
昨日は30℃超えの暑い1日でしたが、今日は雨降りの最高でも25℃止まり。
本当にパットしない今年の夏です。
早く秋になって涼しくなって欲しいし、晴れの日が続くことを祈りたいです。

では、また!

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8月19日金曜日、天気は快晴で気温は最高で29度まで上昇する見込みで、久しぶりに真夏の1日になりそうです。
昨夜0時頃、夜空はとってもきれいで半月と星空が見えていて、明日は晴れだな!と確信。
朝6時前に起床したから、雲ひとつない快晴でした。
9時過ぎに自転車でいつも行っている湯川漁港へ!数日前まで流木やゴミで埋め尽くされていた漁港内も、少しはきれいになっていました。函館山がクッキリ!今日の午後は太陽が出ている場所では30度を超えるから暑そう!
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湯川温泉街のホテルは、観光客が戻ってきているので結構混み合っていて少しは良くなっているのでは?
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海岸を見ると、先日の豪雨や昨日の大雨でも流木がいっぱいで、醜い姿を見せています。どうやって片付けるのだろう?それとも、自然に流れていくのか?
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カモメたちは、のんびりと日向ぼっこしていますね。
奥の松倉川の河口付近は茶色く濁っています。やっぱり、昨日夜まで降り続いた雨の影響でしょう。後から行ってみます。
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漁港の広場では、今朝採ってきたばかりの昆布を干していますね。漁師さんたちは朝早くから海へ出かけて採ってきたものです。
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函館の昆布は、日高、羅臼、利尻と並んで美味しいし、値段も張りますからね。
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今日なら湿度も少ないから十分に乾燥するでしょう。
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豪雨で濁っていた海も、今日はきれい!昨日の雨の影響は少なかったのか?それとも津軽海峡は潮の流れが早いから浄化されたのか?
でも、普段だったらもっときれいです。
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今日だと夜景はバッチリ!今夜の観光客は100万ドルの夜景が見れますね。
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漁港西側の堤防の外側にも流れ着いた昆布。でも、これ拾っていったら密漁になります。今は、海のウニ1個でもダメ!でも、この昆布大きいし干したら十分使えそう〜。
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ハマナスの朱色の実がいくつも!花は咲き終わったのかな?
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実をズーム。先月機種変更したスマホは、カメラ機能が特化していて、何と6400万画素あるし接写や夜景モードもあるのです。
下の写真は、マクロモードで4cmまで近づけて撮影。
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花も一部咲いていました。
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こちらは海辺でよく咲く花ですが、名前は分からない。
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で、最後に松倉川の河口へ。やはり上流から流れてきているのは茶色く濁った水。いつもと比べると水量は多い。奥の青い海の色と全然違うでしょう。
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ということで、今日は久しぶりに快晴で、暑いけどうれしい!何せ、ずーっと雨が降り続いていたのだから、晴れのが懐かしいくらいです。
夏は、やっぱり暑いほうが良い!といっても、35℃以上の猛暑はいらない。
函館辺りでは、せいぜい30℃を超えるくらいだから、我慢できる暑さなのです。
来週からは、道内の学校が始まります。本州では今月いっぱい夏休みだけど、北海道は冬休みが長いから、その分夏休みは少ない。
子どもたちにとっては、コロナで制限され長雨が続く短い夏休みでした。
秋は、みんなが安心して過ごせるようになって欲しいです。
では、また!

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8月18日木曜日、天気は朝は曇りだが雨のマークが付いていて、多分午後は雨が降るでしょう。今年の8月の降水量は例年の2倍以上で、毎日のように雨が降っていてカラッと晴れた日が少ないのです。
8月は道内を旅している人が一番多い季節ですが、毎日雨の心配があって大自然の絶景が見れなくて悔しい思いをしていることでしょう。
やっぱり、旅は晴れた日が一番!こんなに雨が降ったら、9月に降る分は少ないから来月の旅は晴れ続き?になれば良いのですが・・・。そんなことはないか。

さて、6月7日の夜は道の駅「むかわ四季の館」で車中泊。広い駐車場だが、自分の車の2台横の車が夜8:30頃窓を開けて音楽を鳴らし始めたのです。夜間は閑静だから本人は静かにかけているつもりでも、うるさいのです。そんな時は移動するに限る。トラブルとは距離を置いた方が賢明ですからね。

翌朝、道の駅を出発し国道235号線を東へ!日高方面へと走り鵡川大橋を渡ってから右折して廃線となった旧日高線の「汐見駅」跡へ向かおうとしたら、すぐに「アイヌ魂」の大きな石碑を発見!
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ここは、鵡川大漁地蔵堂。むかわ町は、2006年3月27日に鵡川町と穂別町が合併しています。だから、ここは昔の鵡川町の地。境内を散策して見ましょう。
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奥へ行ったら、驚いたことに「八王子千人同心追悼の碑 参道」とあります。そういえば、先月5月の旅で苫小牧市勇武津資料館を見学した時に、19世紀初頭に幕府の指示により八王子から苫小牧市勇払と釧路の白糠に開拓に入植した人々がいたことを知ったのですが、ここにも足跡をのこしていたとは!
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7名の同志がなくなっていることを追悼する石碑です。八王子は、東京の東に位置し幕府の天領。幕府の命とあれば何処へでも駆け付ける半農半士が、100人かける10隊の1000人。そのうちの100人ほどが当時蝦夷地と呼ばれた北海道へ開拓目的で入植したのです。本来の目的は、ロシアの南下に対する警備もありましたが。
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1801年に49名が上陸して開拓したが、極寒の地と食糧不足で命尽きた7名でした。
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お地蔵さんがたくさんあって、7つどころではないですね。
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ここには、いろいろな地蔵さんがあるみたい。いろんな人を祀っているのです。
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大漁地蔵尊だから、海で亡くなった漁師さんたちのかな?よく読むと、江戸時代に円空が来て御本尊を彫ったみたいです。
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両側の松の木は何だろう?
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縁結び子授けの松」でした。読んでみたら、実際にあったお話しでした。
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道路を挟んで向かい側にある地域の建物は、「イモッペ生活館」。アイヌ文様が玄関の上にありますね。昔は、この辺りに多くのアイヌ人が生活していたのです。
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で、3㎞離れた旧「汐見駅」へ。現在は、苫小牧市の苫小牧駅から東へ向かう日高線は「勇払駅」、「浜厚真駅」、「浜田浦駅」、そして終点の「鵡川駅」の4駅だけになりました。
右の建物が駅舎でしたが、今は閉鎖中。
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線路を雑草が覆い、哀れな姿を見せています。
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続いて、旧富川駅へ。
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ここは旧門別町だったから、マンホールには「もんべつ」の文字と富川の「とねっこ」と名産のサラブレットの馬が描かれています。
旧門別町は平取町を挟んでさらに北にある日高町と合併(2006年3月1日)、日高町へと。その間にある平取町は合併せずに間に取り残されています。
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で、平取町へ。ここは義経北帰行で何度か訪問。義経神社がある町です。
でも、今回は宇宙人との交信が行われた(?)基地のハヨピラへ。
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ハヨピラとは?アイヌの神であるオキクルミが降臨した地とあります。
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維持管理が放棄された地ですが、かつては公園になっていた場所。
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急傾斜の階段は危険のため閉鎖中。
20年前の2002年までは、町の「ハヨピラ自然公園」として活用されていたらしいが、2年後の2004年には閉園へ。誰が建てたのか?というと、1960年代に宇宙友好協会(こんなのがあるとは知らなかった!)が、この地に降臨したアイヌの始祖オキクルミをたたえ、そしてUFOとコンタクトをとるために建造した基地だそうです。(ネットで調べるといろいろと出てきます)

屋上に上がれて、そこでUFOと交信したとか。
地元の長年住み続けている人とお話ししたことがありましたが、「昔(1960年代~70年代)、首都圏のお金持ちが何人も来て、中にはヘリコプターで乗り付けた人もいたとか。結構にぎわっていたんですよ。自分たちも夜空を見て、本当に空飛ぶ円盤が来るんじゃないか、と半分信じたこともあった。」と。下の丸い円盤状のものがUFOらしい。
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一応、アイヌの神を讃えてはいるようで、像もありましたが。
でも、この石碑のオキクルミの左手の伸ばしている指の上には、何と!UFOがいますよ。
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ハヨピラとは、武装した崖という意味らしい。
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こちらはオキクルミの像。狛犬ならぬ熊の像が2体、見守っています。
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蝦夷の始祖 オキクルミとあります。
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周囲は、維持管理がなされずうっそうとした森。ヒグマが出てくる恐れもあるから、熊鈴や笛を鳴らして歩かなければいけません。マムシも出ているらしく警告板もありました。
半ズボンは虫に刺されるし、草が茂っているからダメ!トレッキングシューズで歩くことおススメです。訪問する場合は、あくまで自己責任で行動して下さい。

ということで、実際にUFOと交信した基地があったことを目にし、おまけにここ平取町には義経神社もあることだから、町おこしには何でも使おう!との姿勢が見られて、それが良いのか悪いのか。もっとも訪れる自分も冷やかし半分の野次馬的観光客でありますが。
そういえば、青森県新郷村には「イエスキリストと弟の墓」がありましたからね。
まぁ、信じる、信じないはその人の気持ち次第ですから。

では、また!

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8月17日水曜日、天気は朝から快晴で気温は27℃まで上昇する見込みの暑い夏の1日です。昨日の雨は道内各地で被害をもたらし避難した地域もあって、北海道には珍しいほどの真夏の豪雨でした。今日は西日本で大雨になっているそうで、日本列島のみならず世界中が異常気象に飲み込まれていて、この先地球はどうなっていくんでしょう?

さて、伊達市の北黄金貝塚を出てここは室蘭市の鷲別岳(室蘭岳 911.1m)の麓、室蘭岳山麓総合公園です。冬はスキー場にもなっていますね。
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クッキリと晴れていれば室蘭市街地も見えるのだけど、残念ながら視界は悪い。
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広い公園になっていて、遊具もあるけどこの日6月7日火曜日は平日だったから子供の姿はありません。
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登山しようかな?とも思ったけど、山頂は天気が変わりやすいのと、単独だと熊との遭遇の心配もあり断念。1000mもない低山だから、今度晴れた日に挑戦することにします。
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で、室蘭市から登別市を経てクッタラ湖へ。漢字で書くと、具多楽湖。標高は258mのカルデラ湖です。だから周囲は外輪山の山々。
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流れ出ている川はなく、入る川は沢水程度。周囲8㎞だけど、一周道路はなくここへ来るのは国道36号線から登別温泉へ行く道道2号線の途中で、道道350号線への山道に入り登別温泉へ抜ける道1本しかありません。
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地図を見たら、最初は登別市の区域かな?と思ったら白老町に属していて驚き!道路はほとんど登別市だから。
最大深度は148mで、透明度は19mもあるから摩周湖に次ぐくらいのきれいな湖です。調べてみたら、やはり摩周湖に次ぐ日本第2位の透明度でした。
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休める場所はここくらいで、駐車場には5台分だけ。もっとも、それほど訪れる人もいない閑静な場所です。唯一の建物があって、そこではカヌーを売りにしている場所。観光客を乗せて早速トレーニングしていますね。
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気持ちよさそう~!湖の底も見えるほどのきれいさだから、沖合に出てたらもっと底が見えてキレイでしょうね。
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ここでランチを作って食べ、白老町で見学した居場所へ!途中の外輪山の峠でパチリ!
ここがきれいなのは、①湖畔にお土産物屋など売店がないこと、②駐車スペースが少ないこと、③一周道路がないこと、④観光客がそれほど来ていないこと、⑤入り込む川がないことなどがあるでしょうね。
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で、東隣の町の白老町へ。ここで見学したかったのは、5月の旅で見学できなかった「仙台藩白老元陣屋資料館」。5月は、朝早く来て(朝8時に到着)、開館の9時30分まで待つのが面倒だったので見学できず。それで、今回は午後2時過ぎに到着。ゆっくりと見学できたのでした。
紫色の幟には、仙台藩(伊達藩)の家紋である(竹にスズメが向き合っている姿)が描かれています。伊達市の資料館で尋ねたら、何種類かあったといいます。これは代表的な家紋で、四国の宇和島藩(伊達家)もこれだし、米沢藩(伊達政宗誕生の地)もこれ。
仙台藩は伊達家の中心にあたり、仙台に城を構えた東北最大の藩にして、支藩を12もかかえていましたからね。藩祖は、もちろん独眼竜の伊達政宗
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幕末に、ロシアの南下を脅威に感じた幕府は東北の諸藩に、当時蝦夷地と呼ばれた北海道の警備を命じます。仙台藩は白老町から東、襟裳岬から国後島、択捉島までの東蝦夷地(北海道の東半分)を守備範囲として、その拠点をここ白老を定めたのです。
広い公園になっていて、それは無料で見学できますので、それについては5月の旅で紹介しています。
入館料300円くらいだったかな?支払い入ります。
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いくら寒さに強い東北のサムライたちでも、江戸時代の北海道の冬は厳しい! 飢えと寒さで亡くなる人もいたのでした。
それにしても、北海道と伊達藩の関係はかなりありますね。明治維新後に北海道に入植した伊達藩の人たちはたくさんいましたからね。仙台のサムライたちは北海道へ来なかったけど、支藩の人たちは食えないから北海道へ渡り開拓していったのです。
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ここへは陸路ではなく海路、船で来たといいます。確かに噴火湾を回る道はなかったし、歩けばかなり険しい道。それよりは仙台から太平洋を北上した方が早いですからね。
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アイヌの人たちとも交流があって、毎年お祭りが行われているのは昨日の新聞でも知りました。松前藩はアイヌ人をかなり搾取したけど、本州の人たちはアイヌ人抜きに蝦夷地を歩くことは出来なかったから大事に扱ったのでしょうね。北海道の名付け親の松浦武四郎は、アイヌ人抜きでは道内を巡ることは出来なかったのです。
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左の丸に3本の家紋も仙台藩の家紋ですね。伊達市の資料館でも拝見しました。
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で、この日は胆振管内の東、むかわ町の道の駅で車中泊。「HO」を使って無料で温泉に入り翌日さらに東の日高管内へと向かいました。

次回は、むかわ町で見つけた幕末の八王子千人同心の墓、それと1970年代のUFOブーム時に建てられた宇宙人との交信基地(?)を訪れます。

では、また!

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8月16日火曜日、天気は昨夜からの豪雨で、河川付近の住民には避難勧告が出ている警報が鳴っています。午前8:38で、函館市には「大雨の警戒レベル3に相当する状況です」の「河川洪水警報」が出て「洪水で浸水する区域にいて、移動に時間がかかる人は安全な場所へ避難して下さい」とのこと。
市内のほぼ全域が警戒レベルの3です。現在8:57、ゴォッーという地鳴りのような音を出して、叩きつけるような激しい雨が降っていいます。

さて、ここは伊達市北黄金町にある「史跡 北黄金貝塚」です。
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噴火湾をのぞむ海抜30m~50mほどの丘陵地帯。縄文時代で、紀元前5000年~紀元前2000年頃の遺跡です。今から7000年も前にここに人々が住み着き生活していたのです。
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貝塚らしく、今は噴火湾で採れたホタテの貝殻を敷いていますが、実際に貝塚からは貝殻や魚の骨、海獣(トドやアザラシなど)の骨、さらには鹿や熊などの動物の骨で作られたナイフやスプーンなどの様々な道具が多数発掘されています。
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広い敷地内に思わぬお客さんがいましたよ。山から下りてきたキタキツネさんも、ここの遺跡に興味があるのかな?
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一般に、縄文文化は今から15000年から2500年前の日本列島に存在した文化で、特徴はそれ以前の旧石器時代の「移動して狩猟・漁猟・・採集生活」ではなく、移動せずに住居を作り集落(村)に住みながら定住して生活していたのです。
ただ、農耕や牧畜はしておらず、食糧はあくまで自然界の物を食べていて作り出すことはなかった、と思われています。
今よりはずっと暖かい時代だったから、海はすぐそばで漁に出るのも楽だったことでしょう。
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下に住居が見えますね。竪穴式でこの形は、函館市の大船遺跡(世界遺産の北海道・北東北の縄文遺跡群の一つです。)でも見られます。エゾシカの角を置いているのは、ここはハマグリなどの貝を食べた後のゴミ捨て場ではなく、魚類や鹿、オットセイなどと一緒に、さらには人間の骨も埋葬されていたことから、貝塚とは「すべての生き物の墓地」だったことが分かるのです。
これって、アイヌの人たちの「動物や植物、生き物すべてがカムイ(神)」の精神に共通しているんじゃないか!と思ったのです。
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かなり広い敷地で、この日は朝から暑くて半袖姿でも汗が噴き出します。アップダウンのある丘陵地帯で、縄文人たちはタフだったのでしょう。というか、現代人は車に頼りすぎているから体力がないのです。
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下へ降りて住居を見学します。
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壁はなく屋根だけで造られた家ですが、冬期間は今よりは温暖だったから寒くはあっても我慢できる寒さだったのかも?
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縦に地面が掘られていて、竪穴式であることが分かりますね。深さは50㎝くらいか?大船遺跡の住協は深さ2m近いものもあるから、スコップのない時代にどうやって掘ったのでしょう?
屋根を支えるのは、大きな柱4本。これだけの木をノコギリのない時代にどうやって切ったのでしょうね?
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こちらは寝台かな?動物の皮を敷いて寝るのでしょう。
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真ん中に火をおこす場所があって、材料となる木々が置かれています。水を貯める土器も。
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貝塚からは、マグロの骨、ウニの殻、クジラの骨まで発見されています。一番多かったのがカキだそうです。それだけ海は食糧の宝庫だったのです。
また、縄文人の骨は14体分発見されているから、貝塚は祈りの場でもあって集落の中でも神聖な場所でもあったのです。
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ここは水場で、祀りをする場。壊れた土器や使用されなくなった道具が供養されている場所です。
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一通り歩いた後で「北黄金貝塚情報センター」に入り、学習しましょう。入場は無料です。
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ユネスコの世界文化遺産に認定された歓びの幟が掲げられていますね。ただ、コロナのせいで観光客がそれほど来ていないことが残念。
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遺跡から出土した土器などがたくさん展示。
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断面図も分かりやすくしていて、勉強になりました。
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縄文人たちは集落の人たち全員が安全に安心して暮らして行けるように、いろいろと知恵を絞って背かつしていたのでしょう。
寿命は50歳もいかなかったはずです。危険もたくさんあって、例えば猛獣に襲われることや海での遭難、毒のある植物、他の集落との争いもあったのでしょうか?
でも、ここで生活は3000年も続いたのだからすご~い!のです。
今の人間社会は3000年平和を維持できるでしょうか?核戦争になどなったら、あっという間に地球は滅びてしまいます。便利になりすぎた現代社会は、地球を一瞬で滅亡させる道具まで作ってしまったのですから。
なによりも平和が一番です。

では、また!


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