函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2022年09月

9月30日金曜日、天気は晴れで気温は24℃と今日も秋晴れの過ごしやすい日で、今年の9月は最高な上天気で旅人にとっては数日の雨以外は快適に旅が出来たのでないでしょうか・
さて、明日からは10月。果たして9月のように晴天の日が続くでしょうか?こればっかりは祈るしかないですね。

さて、ここは網走市卯原内(うばらない)の日本1のサンゴ草群落
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別名「アッケシソウ」で、そういえば厚岸町の国泰寺となりの郷土資料館の庭にありましたね。
高さ10~20㎝でサンゴのように真っ赤な色をした草とか。
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でも、7月はご覧のように青々とした湿地帯の草。左に見える木道がるけど、奥へ行っても同じ光景でしょう。
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9月になれば、この写真のように真っ赤に色づくのでしよう。ちょうど今頃が真っ盛りなはず。
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能取湖の周囲は、かつて網走と湧別を結んでいた旧国鉄勇網線が走っていました。今はサイクリングロードになっていますが、列車から見える風景は素晴らしかったでしょうね。一度は乗って見たかった!
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能取湖は一部で海とつながる潟湖(ラグーン)で、オホーツク海側には多い。前回の「とうふつ湖」、「藻琴(もこと)湖」、「網走湖」、そしてここ。さらには北海道最大の湖の「サロマ湖」も。
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網走市から北見市へ移り、サロマ湖が見えてきました。この辺りは旧常呂(ところ)町。北見市と合併しましたが、常呂と云ったら「カーリング」。あの2022年2月の北京オリンピックで女子カーリングで堂々の銀メダルを獲得しましたね!やったぜ!カーリング娘たち!
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北緯44度もあるんですね。周囲72㎞、北海道最大の湖でオホーツク海とは全長20㎞以上もの砂州で区切られてい湖面は穏やかそのものです。
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海とは2か所でつながっていて海水と淡水が混じる汽水湖だから、海の幸がたくさん採れます。例えば代表的なものとしてホタテ。ホタテを挟んだホタテバーガーはサロマ名物です。
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湖畔沿いを走り、旧常呂町から佐呂間町へ移動。佐呂間町の有名人と云えば、北海道日本ハムファイターズのピッチャー、玉井大翔(たまい たいしょう)です!背番号54。
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サロマ湖畔のキムアネップ岬にある、キムアネップキャンプ場がこの日の車中泊の地。まだ時間があったので周辺1.5㎞の散策路を散歩します。野の花々が咲いていて、原生花園となっていて、湖畔からの清々しい風を受けて気持ち良い!
まずは、ナデシコ発見。
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キャンプ場は無料で、しかも8分間100円のシャワーもあるから助かります。止めると時間も長くなり、実質10分以上使用できるからうれしい!
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赤いユリも発見!湖を見るとホタテの養殖場かな?浮きと綱が張られていますね。
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青い湖、青い空!歩くのが楽しくなる遊歩道でした!
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そして岬の突端へ!とにかく広いサロマ湖には感激です。
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そして、その日は最高の夕日が見られたのです。キャンプ場の管理人さんが、「過去にもこんな素晴らしい夕日は見たことない!」と声を出すほどの感動的な夕日。
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それは次回に紹介することにします。
では、また!
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9月29日木曜日、今日も秋晴れの過ごしやすい天気で、最高で24℃と暑くもなく寒くもない最高の1日でした。夜のニュースでは、今年の函館の9月の平均気温は20℃と、過去150年間の中でもかなり上位にランクされ程の暑さだったそうです。それも雨の日が少なくほとんど連日晴天続きで、とっても快適な日が多かったからでしょうね。このまま10月も!と望むけど、そうはいかないのが天気で、来週はグッと冷え込むそうです。

さて、ここはオホーツク管内の小清水町の「浜小清水駅」近くの高台から撮影していて、西側を見ると左には「とうふつ湖」、右にはオホーツク海が望めます。
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南側を見ると、さっきまで山頂が見えていた斜里岳が頭を雲で隠しています。
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線路が見えていて、釧網線の浜小清水駅は道の駅「はなやか(葉菜野花)小清水」の建物の中に入っています。その奥の建物は、アウトドア用品の店モンベルのショップです。道の駅では、ここと南富良野町にもありますね。キャンプ場も併設されています。
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東には知床連山の山々が見えていて、一番左端は知床岬です。今でも行方不明の方の捜索が続いていますが、全員が見つかると良いのですが・・・。
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ズームして見ましょう。右は百名山の羅臼岳(1661m)でしょう。その並びに硫黄岳(1562m)、離れて左に知床岳(1254m)は連なっています。
昔、といっても26歳の時だから44年も前のことです。車で羅臼のキャンプ場へ行き、翌朝に羅臼岳登山。登りだけで6時間以上かかり、下山では道に迷ったりしてヨロヨロになって下山したことを覚えています。今ではとても出来ない登山でした。
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高台は、道の駅から少し離れた場所にある「フレトイ貝塚」という縄文時代のもの。そこの高台に展望台があって、そこから写しました。ちょこっとだけ白い三角の屋根が見えているのが展望台です。
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網走市を通り抜けて、能取(のとろ)岬へ。
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熱烈歓迎の中国語の漢字と、中国映画が撮影された地でもあるのですね。この看板、コロナ前は中国人がたくさん訪れていたので網走市が設置したものです。コロナ禍になってからは誰一人来ていませんが。
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灯台が白黒。たいていは白一色か白赤ですが、ここは黒色を使っていますね。地上からの高さは21m。
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柱は八角形で、円柱ではないですね。1917年(大正6年)というから100年以上前に建てられています。
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駐車場には、ここを舞台に映画が撮影されていて4本の作品が紹介されています。
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ケンタとジュンとカヨちゃんの国」映画マニアではないので、題名は聞いたことはありませんね。
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子ぎつねヘレン」。名前だけは知っています。見たことはないけど。
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南極料理人」。これも名前だけは知っていますが、見てないので内容は分かりません。
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中国映画は見たことも聞いたこともありません。ラブコメディーだそうです。
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ここからも知床連山の山々が見えています。
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オホーツク海は冬に訪れると、この辺りは一面流氷に覆われるのでしょうね。
私も一度は流氷を見たくて、3月に鉄道で旅して、ここ釧網線に乗って釧路から網走へ来ましたが、ほんの少しだけしか流氷はなくてガッカリ。乗り合わせた地元の方は、「昨日は全面流氷だったが、風で流されてなくなってしまった」と話してくれました。浮いている氷だから、風が吹けば遠く離れて行っちゃいますものね。
その日によって変化するんですね。たまたま来た日がなかったとは・・・。
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海がとってもきれい!
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ということで、次回はさらに北上して能取湖へ行き、「サンゴ草群落地」へ。そして湖としては琵琶湖、霞ケ浦に次いで、日本3位の面積を誇るサロマ湖へ向かいます。
明日は25℃まで上昇し、夏日になるとか。9月の最終日なのに、まだ夏の暑さがあるとは!
では、また!
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9月28日水曜日、天気は朝方は曇りだったが昼から晴れ。今日も秋晴れの1日で夕方は雲一つない、まさしく快晴の夕空が見えています。
今日は札幌ドームでのファイターズの最終戦。今日で最後の試合となり、来年から北広島に完成する新球場で試合することになるので、札幌ドームでは最後なのです。
自分は、札幌ドームへは2試合観戦に行っていて、素晴らしいスタジアムであるので試合観戦を見れなくなるのは残念ですが、今度の新球場、世界1のボールパークを宣伝しているので一度は行ってみたいです。

さて、ここは中標津町の開陽台。「地球が丸く見えます」を謳い文句に、数十年前は若い旅人であふれていました。特にライダーたちが来てキャンプしていったのです。
ただ、この日は曇天で地球が丸く見えるどころか、周囲の景色もよく見えない。
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裏側を見ると、ライダーがテントを3,4つ張っていますね。車もあるけど、ここへは身障者以外は入れないはずですが・・・。
もっとも、南側の駐車場に車を停めて車中泊しましたが、その日の夜は自分を含めて2台だけ。でも、朝方起きたら5台駐車していて、夜中に来たのかな?
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東側を見てもガスの中。晴れていれば遠くに国後島など北方領土の島々が見えるのですが。
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東南側は中標津町の市街地が見えるのですが、全く見えず。中標津町は根室市に人口とほぼ同等の大きな町。人口2.3万人で、東京や札幌を結ぶ空港がある町です。
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西側は牧草地で、いつもだったらたくさんの牛が放牧されていますが、この日は何処へ行ったのやら?
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で、このでの車中泊はとても閑静でぐっすりと寝れたのでした。翌朝は昨夜と同じく霧の中。朝6時には出発して国道244号線に出て北上し斜里町へと向かいます。標高490mの根北峠を越えてオホーツク管内へ。根は根室、北は北見のこと。峠を越えたら、霧は消えて快晴の青空へ。

斜里町の市街地手前10㎞辺りにあるのが越川(こしがわ)橋梁跡
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戦前の1939年(昭和14年)に斜里町と標津町を結ぶ国鉄根北線のために完成した長さ147m、高さ20mのコンクリート造りの橋梁です。しかし、越川までは開通したものの、その後は延伸せず昭和45年に廃止になり、その跡だけが残っているのです。
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この大きな橋が10個連続してあったのです。
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斜里町への途中で見た斜里岳(1547m)。日本百名山の一つです。独立峰でコニーデ型の成層火山です。
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広大な畑。オホーツクへ出ると、畑が広がる。釧路・根室は酪農が盛んで牧草地が広がっていたが、こちらは畑が盛んです。
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北東方面には知床連山の山々。
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広大なジャガイモ畑で、農薬散布中。我が家の家庭菜園でもジャガイモ栽培してますが、ここは広すぎる!当然、機械化されていて大型機械で生産していますが、ただ、農薬散布は農業者の体に害になるのでは?でも、必要なことなのでしょうね。
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JR北海道の釧路と網走を結ぶ釧網線の、小清水町にあるオホーツク海に面した止別(やむべつ)駅
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ここの駅舎は、ラーメン喫茶の「えきばしゃ」があります。朝早かったので営業はしてなかったけど、3つ西となりの駅の「北浜駅」も飲食店があるので、この付近では住民の憩いの場にもなっているのかな?
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実は、この駅の隣が公園でトイレもあるし水道もあって駐車場も完備しているという、まさに車中泊に持ってこいの場所なのです。
次回来る機会があったなら、ぜひともここで車中泊をしたものだ、と思った次第です。
自転車やバイクの旅人も、ここの公園には東屋もあるから寝れるのでは?

次回は、浜小清水駅を見て、能取(のとろ)岬へと向かいます。
では、また!
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9月27日火曜日、天気は今日も秋晴れの暖かい日で、ここ数日最高の好天気が続いていてうれしい!
このまま、10月に予定している「秋の旅」まで持ってくれれば良いのですが・・・。
秋の旅、いよいよ10月5日にスタートすることに決定!昨夜、津軽海峡フェリーの予約が取れて、まずは青森県へと向かいます。津軽海峡フェリーは、今年50周年を祝いネットで割り引き価格を設定しています。残り1席でしたが、運良くチケットをゲット!後は晴れてくれれば!と旅の安全と上天気になることを祈ります。

さて、ここは標津町の野付半島。根室湾に突き出た、まるで釣り針のような格好をした細長い半島です。すべて砂で形成されていて、鳥の嘴のような形をしているので地形は砂嘴(さし)と云います。
晴れていれば、沖合20㎞に国後島が見えるのですが、残念ながら曇天で見えず。

ネイチャーセンターで見学後、外へ出たらトドワラへ行くトラクターが、今出発寸前でしたので飛び乗りました。片道500円、でも向こうで降ろされても困るので当然往復購入。
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まずは地図から。北海道の東、根室管内の標茶(しべちゃ)町。半島を15㎞ほど走り現在地へ。
ここから湿地帯をトラクターで行くのです。
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乗客は中年の夫婦2組と自分の5名。トコトコと時速20㎞くらいのスピードで走ります。よく見ると、右側に遊歩道があって、歩けば片道20分ほどで行ける方法もあったのですが、その時は知らず。次回は歩いて行きたいです。往復1000円よりは歩いた方が健康的だし節約でしますからね。
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トラクターには、ご当地ナンバーの「知床」ですね。陸運局は釧路だから、本来は「釧路ナンバー」なんだけど、知床の方が観光地としてアッピールできますからね。
トラクターに乗ること10分もかからずに到着。ここからは木道を歩いて散策。
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ラムサール条約登録湿地ですので水鳥がいます。これは、サギかな?探せば、丹頂鶴もいるとか。白鳥は夏の今はいないでしょう。冬にシベリアから飛来して来ますね。
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こちらトド松林。樹齢90年~120年のトド松が海水に浸水されて枯れています。
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自分が最初にここに来たのは25歳の時で、今から45年前のこと。トド松はもっとあったような記憶があります。かなりの森が枯れてきていると、ネイチャーセンターで知りましたが・・・。
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それと当時は、こんな木道はなかったのです。観光地が大勢押し寄せるようになると、どうしてもこのような木道を作るし、環境も少しずつ壊されていくのは仕方がないことでしょうか。もっとも、自分もその一人ではありますが。
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こちらの「トドワラ」は別海十景の看板ですが、地図をよく見たら半島の先半分は別海町に属しているんですね。半島は標津町と別海町で半々です。
ハマナスのピンク色の花がきれい!
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ということで、自由時間が終わり帰路につきます。運転手さんは、慎重に安全運転。
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エゾカンゾウの黄色の花も咲いていました。
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この後は、今夜の寝床を探しに中標津町へ。やっぱり景色の良いところで車中泊したい!
ということで、開陽台へ向かいます。
次回は開陽台からお伝えします。

では、また!

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9月26日月曜日、天気は秋晴れ、最高気温で24℃と外出するには最高の日和です。このところ好天気が連日で、自分が旅する時はどうなるのか?このまま晴れが続いて欲しいけど、雨男の私としては悪天候になるんじゃないか、と心配ではあります。
まぁ、天気ばっかりは気にしても仕方がないので、こればっかりは天に任せるしかないですね。

さて、ここは酪農生産日本1の別海町の秘境でもある走古丹(ハシリコタン)。猫の集落か?と見間違えるほど猫ちゃんが多い。あの「猫の島」の宮城県石巻市田代島を思い出せます。
ここに写っているのは2匹だけだけど、自分がランチを食べている間は7匹以上集まってました。
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風蓮湖の北側の砂州が走古丹地区で、東側が根室湾、西側が風蓮湖と海と湖に挟まれた細長い陸地です。写真は西側で、風蓮湖に面した港です。根室湾側は遠浅の砂浜海岸だから港は造れないのか?それとも冬は凍結するし、強風が吹き荒れるから港を造らなかったのか?
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この奥もずーっと風蓮湖。ハシリコタンという地名、名前からしてアイヌ語風ですね。アイヌ語で「新しい村」という意味。コタンはよく聞きますね。集落とか村です。
歴史を見ると、昔に根室アイヌの首長であるチンペイが別海アイヌをここに移転させた、そうです。
和人の歴史は、1854年(安政元年)に藤野喜兵衛が、石川・岩手・青森の漁夫百数十人を募集して漁業を行ったが、冬の寒さに敗北し越冬できなかった、それが最初らしいです。
1854年と云えば、幕府とアメリカの間で日米和親条約が結ばれた年で、ペリーが箱館にやってきた年でもあります。
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別海町長による「開基の碑」がありました。走古丹開基115年とありますよ。
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江戸時代末期は松前藩の所領だったとか。松前藩と云えば、北海道の南端に位置しますが、ここも領有してたなんて、おそらく江戸時代の藩の中では最大級の領土を保持していた藩ではないでしょうか?
もっとも、取れ高に関しては5万石と少なく、何せ江戸時代の蝦夷地は米の生産が出来なかったのですから。それが、今や新潟県と並ぶ日本最大級のコメの生産地にして、美味しいお米が採れるようになったのですから、この150年での時代の移り変わりは激しいですね。
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この碑のある場所には大きな建築物があって、おそらくここは元学校か?今は防災施設になっているよう。津波が襲って来た時には、逃げようがないですのでここの建物の最上階へ避難すのでしょう。何せ、10㎞四方に山はもちろんのこと、丘すらなく海抜ゼロメートル地帯ですから。
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マンホールには「はしりこたん」の文字が。かつては村だったからか?絵はハマナスの花でしょう。
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続いて30㎞以上北上して野付半島へ。半島に入る前から行政区域は別海町から標津(しべつ)町へ。
細長い砂州の上を走ると、半島の途中でとある石碑を発見!同じく、会津藩の旗も!
北辺防衛会津藩顕彰碑とあります。
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幕末、ロシアの南下で蝦夷地が危うくなり、幕府は東北諸藩に防衛を任せます。200数十名の会津の藩士が警備のためにこの地に赴任したが、厳しい寒さで多くが亡くなったと云います。
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会津藩は、幕末から明治にかけてホントにきつかった時代がありました。賊軍として会津の地を追われ斗南藩という名の、下北半島の米すら作れない地へ飛ばされましたからね。いまだに薩長憎しの気持ちがあるのは分かります。
この夏、東北の高校が山口県(下関)=長州藩の高校を決勝で破り初優勝しましたが、みちのく(奥羽越列藩同盟)が150年の怨念を晴らしたぞ!と思うのも少しは分かりますね。
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ここは延長28㎞にも及ぶ細長い砂嘴(さし)の半島。砂嘴とは、漂砂現象で砂が堆積した地ですが、砂州と違うのは嘴(くちばし)型の地形で海は湾を構成。一方、砂州は湖を構成します。例えば、砂州は鳥取県の弓ケ浜とか、男鹿半島が八郎潟を囲んだの2つの砂州。函館山を結び付けた陸繋島とか・
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遠くに灯台が見えているけど、車は行けない!
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この先関係者以外進入禁止です。関係者とは、漁業に携わる人たちで観光客は行けない地です。
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立派な角を持ったオスのエゾシカ。ズームして見ましょう。
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黙々と草を食べるオスが5頭と、メス2頭がお座りしています。
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で、次回は野付半島の突端まで行ってみることにします。
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天気は曇り空でしたが、何とか雨は降らず。湿地帯を行くにはどうするのか?ビジターセンターがあって、そこで見学していて外に出たら、出発寸前のあるものを発見し、それに飛び乗ったのです。
それは、次回で紹介します。
では、また!
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9月24日土曜日、天気は昨夜から雨が降っていたがそれも午前9時を過ぎたあたりから止み、午後は完全に晴れ渡り湿度も少なく澄み切った空気の下での、まさしく正真正銘の秋晴れの日となりました。
台風14号の影響で静岡県では死者も出るほどの大災害になっていますが、今年は9月毎週末に台風が襲来し被害をもたらしていて、これも最近の異常気象の現れでしょうか?今年の夏は気温も異常に高かったし、この先日本は、世界はどうなっていくのかとても心配です。

さて、ここは別海町の奥行臼(おくゆきうす)。国道243号線から少しだけ内陸部へ入ったところです。別海町の1.5万人ほどですが、ここ奥行臼はほとんど人はいません。この辺りに人家は見当たらず、人が生活している気配はまったくないのです。
でも、ここには昔、別海村の村営軌道が運行されていて、ここに停留所があったのです。
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このオレンジ色の車体、ディーゼル、つまり軽油をエネルギーとする内燃機関の気動車(レールバス)で、電車ではありません。線路の幅も狭く、狭軌の線路で762㎜でしょう。一般のJRの路線は1067㎜、新幹線は1435㎜なので、かなり狭い線路幅です。

で、ここには駅があったのです。といっても、駅というよりは正式には停留所。バス停みたいなものでしょうか。路線名は風蓮線。前回までblogで紹介した風蓮湖付近を走るので名付けられた路線名です。
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地図を見ると、転車台もあるし、車庫もありますね。道路の向かい側には旧国鉄の奥行臼駅もあったのです。
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中をのぞくと、やっぱり狭い車内。両側に長いベンチシート、上には網棚、両端には運転席とハンドルがありますね。定員は満員で40人くらいか?
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20世紀の初め、1910年(明治43年)根室からの交通手段として植民軌道が敷設され、当時の別海村全域で線路が敷かれています。1934年(昭和9年)に中標津・厚床間にこの村営軌道が開通して、ここが出来ていますね。
廃止は1971年(昭和46年)のことですから、廃止されてから半世紀・50年以上経過しています。
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奥には、ミルクを運ぶゴンドラ車もありますよ。
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後ろの貨車にミルク缶を運び、旧国鉄の鉄道駅へ。そこから釧路や札幌方面へと運ばれ牛乳となったのでしょうか?今では専用のタンクローリーのトラックが走り、パイプ(ホース)で流しているから、当時の手仕事に比べたら格段に楽になったはずです。
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こちらが転車台。向きを換えるのに使ったのです。方向転換のための施設で、おそらく人力で回転させたはず。
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車庫は、完全に自然に帰っていますね。草木に覆われてしまい車庫の跡かともなし。
この辺、ヒグマ出没地域で、あちこちに「クマ出没!注意」の看板あり。
もちもん、ホイッスルを吹きリュックにはクマ除け鈴を付けていて、鈴を鳴らしています。
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道路を挟んで向かい側にある旧国鉄の奥行臼駅へと行ってみましょう。
90年ほど前の、木造の駅舎が今も健在です。
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開業は1933年(昭和8年)のこと。標津線では最も古い駅でした。駅舎は昭和初期の建築様式で廃止された標津線の駅の中では唯一現存するものだそうです。
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廃止される前に、ここの鉄道に乗って見たかったです。原野の中を走る蒸気機関車を想像するだけで楽しそう!
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こちらは正面入口です。これからも保存してもらいたい!と願うばかりです。
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少し離れた場所にある奥行臼駅逓所。当時の建物を復元していますね。
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北海道には、1000か所以上の駅逓がありました。駅逓とは、現在の鉄道駅+道の駅+郵便局+旅館+馬屋+食事提供所などで、旅人と交通手段の馬をもてなしていた建築物です。100年後の今、道内で現存しているのはわずか10か所もありません。
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ヒグマ出没中で、内部公開は閉鎖していて中止。たまたま、窓を開けて掃除中だったので、外から窓越しに撮影させてもらいました。奥は資料展示室のようです。手前は応接部屋かな?
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奥と手前の部屋は客室のようです。電気のない時代だったから、ランプの灯りを灯していたのでしょうね。
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 1910年(明治43年)に設置され、取扱人の山崎藤次郎氏の自宅を増築して1930年まで使用していたとのこと。廃止された理由は、そのころには鉄道が敷かれ馬を交通手段として利用しなくなったからでしょう。駅逓所の近くに村営軌道の停留所と旧国鉄駅が駅が出来て、活発に使用されたからですね。

次回は、風蓮湖の秘境である行き止まりの集落、「走古丹(ハシリコタン)」へと向かいます。
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では、また!
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9月23日金曜日、天気は朝から雨、それもかなり強い雨です。今日は秋分の日で昼の時間と夜の時間が同じで、明日からは夜の時間が1日について2分ずつ長くなっていきます。ただし、それは北緯42度の函館での話で、緯度が高い地方ほど夜時間が延びていくわけですね。つまり、住んでいる地域によって違います。函館の場合は、12月22日頃の冬至が一番昼時間が短くて、だいたい9時間。夜時間は15時間。今日から3時間も昼時間が短縮されるわけです。夜の時間の活用が大事になってきます。秋の夜長を利用して、「読書の秋」とはよく言ったものです。

さて、ここは風蓮湖。写している場所は、根室市の道の駅「スワン44ねむろ」。スワンは白鳥の飛来地だから。地図(昭文社の「マックスマップル北海道」)には「国内最大の白鳥飛来地」と説明されています。さすがに夏場は見かけませんが、冬場にはシベリアからのたくさんの白鳥が飛んでくるのでしょうね。白鳥たちには国境はありませんから。
そういえば、ロシアでは多くの若者が徴兵されるのを嫌い国外脱出しているとか。悲しいかな、白鳥のように大空を飛んで亡命は出来ません。
44は国道44号線を意味。
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国道44号線を西へ走り、JR北海道花咲線の厚床(あっとこ)駅近くで進路を北へ変えて国道243号線へ。4㎞程走り右折して槍昔(やりむかし)という集落へ向かいます。槍の昔なんて、随分と珍しい地名だなんて思うでしょうが、アイヌ語ではなさそう。内陸部は、見てお分かりのように牧草地で、大規模な酪農地帯ですが、風蓮湖に突き出た槍昔半島の末端には漁業集落が形成されていて、今回はそこへ行く予定です。
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この辺りは新酪農道路と呼ばれる舗装路が整備されていて、酪農家は、1戸当たり乳牛を50頭から100頭を飼育、40ヘクタールから50ヘクタールという巨大な牧草地を所有しています。
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とにかく広い!広すぎて車と行きかう場面はなし。対向車が来ないのです。
牛も人も何処にもいない!
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遠くに牧草ロールが見えてきました。この光景を見るだけで、広大な酪農地帯であることが分かりますね。ここも根室市の一部なのです。根室市の市街地からは距離にして30㎞以上あり、別海町との境界辺りです。
それにしても、牧草ロールの数もすご~い!数えきれないほどあります。
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で、半島部の突端へ。集落の人口は50人を切っていて、人家は10数軒ほど。空き家になっていたり廃屋も目立ちます。
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風蓮湖での漁業で、主に沿岸漁業。ホッキガイ、アサリ、カレイなどの魚介類や魚が獲れています。
潟湖(ラグーン)だから、海と違い波は穏やかですが、冬は全面凍結することでしょう。
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かつては小学校(槍昔小学校・中学校は1950年創立され1971年閉校されています。)もあったと云いますが、今は子供の姿はもちろんのこと、大人も見かけません。人が住んでいるのだろうか?と思うほどですが、車が数台停まっていたので、人々の営みがあるのでしょう。
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再び酪農地帯へ。広大な丘陵地帯に数えきれない牧草ロール。
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ここは、先ほど見えていた無数の牧草ロールがある一帯です。人家も見えない。どこに酪農家の人の家があるのだろうか?
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見渡す限りの牧草地。どこを見ても人の気配はなし。家すら見当たらない。
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牛も何処へ行ったのか?こんなに広いと、牛が迷子になっても発見出来ないのでは?
それよりも移動するのはすべて車しかないでしょう。歩いてとか、自転車では移動してたら何時間かかることやら?
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で、この後は別海町(べつかいちょう)奥行臼(おくゆきうす)へ向かいます。そこには、旧奥行臼駅逓所、旧別海村営軌道風連線奥行臼停留所、それと旧国鉄標津線奥行臼駅跡があるのです。
次回はそれを紹介いたします。
では、また!
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9月22日木曜日、天気は晴れで午前中は秋晴れの清々しい天候でしたが、午後からは風が強くなり、それも東からの風のヤマセで、案の定夕方から曇りだし明日朝からは雨マークです。

さて、根室駅前に車を停めて市内を散策。まず目に留まったのがこの巨大看板。
新根室プロレス公認のレスラー、「アンドレザ・ジャイアントパンダ」です。
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新根室プロレスは、アマチュア・プロレス(プロレスを愛するアマチュアの人々の団体)愛好家が結成したもので、今は亡きサムソン宮本さん(2021年9月ガンで逝去)が中心となって各地で興行していましたが、解散。
ジャイアント・パンダは身長300㎝、体重は自称ですが500㎏。全国のイベントやプロレス団体からオファーが来て、その世界では有名な色物レスラーになっていました。今は、どうしているのかな?
好きな食べ物に、根室名物のエスカロップがあるのは面白い!やきとり弁当は、地元コンビニのタイエーが函館のハセガワストアーと提携して、まったく同じものを提供していてこれまた根室の名物になっていて、面白い。

根室女工節の歌詞。戦前のことです。根室や千島の島々の缶詰工場で働いた女工さんたちは、遠くふるさとから離れて出稼ぎに来ていたのです。募る故郷への思いやキツイ労働のことが歌われていたのです。
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富山県黒部市やロシアの都市セベロクリリスクと姉妹都市関係を結んでいます。黒部市とは北洋漁業の開拓を通じて関係が深かったそうで、お互いにそれぞれの町からの移住者が多く在住しているとのこと。
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1970年代には人口は4.5万人を越えていたけど、現在は2.4万人を割り込んでいて50年で半減しています。だから、ここはかつてあった根室実業学校の跡地。3年前までは根室西高校があったけど、生徒数の減少で根室高校と統合され廃校になっています。現在、高校は根室市には根室高校1校のみ存在。
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港の方へ歩いていたら、教会を発見!自宅を開放した教会っぽいです。建物の前に説明がありました。
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明治19年、1886年にアメリカ人宣教師夫妻が根室へ来て伝道活動してます。
バプテストだから新教、いわゆるプロテスタントの教会ですね。
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根室港へやって来ました。沖合300mくらいに弁天島が見えます。島があってそこから南北に防波堤が延びていて、それが防潮堤になっているから港内は波静かです。
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お社もありますね。ただ渡る手段はなく船で行くしかないです。
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市街地から距離にして10㎞以上西へ走り風蓮湖へ。湖といっても、ここは海抜0メートル。海とつながっている湖で、砂州によって形成されたラグーン(潟湖)です。元々は海。で、その砂州が春国岱(しゅんくにたい)
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橋で渡ることが出来ます。風蓮湖と根室湾を分ける砂州の地で、面積は600ヘクタールほど。湿地帯と原生林の地です。
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駐車場に車を停めてから散策。湿地帯だから、このような木道上を歩きます。
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左の木道は残念ながら立入禁止。奥の陸地と橋でつながっているのです。左に根室湾の一部が見えていますね。左奥の半島が根室半島。
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風蓮湖は広い湖で、この後に湖をぐるっと1周します。奥は湿地帯の原生林。有史以来ほとんど人の手が入っておらず、まさに手付かずの自然景勝地です。
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根室半島が見えていて、先ほどの根室港の弁天島は西の端。
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丹頂鶴が4羽見えました。こんなところにも飛んでくるのか!と驚き。
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カメラを構えて撮影したら、シャッター音で分かったのか、それとも人の気配がしたのか、飛んで行ってしまいました。
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ということで、風蓮湖をすべて周りたいと思います。ちなみにこの湖、面積が59キロ平方メートルで広さでは日本で13番目。湖面はゼロメートルで海と同じ、周囲は96㎞もあってかなり複雑な地形。長さではサロマ湖をしのぐほど。
次回は、風蓮湖をすべて紹介しますのでお楽しみに!

では、また!
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9月21日水曜日、天気は朝方は曇りでかなり寒く、最低気温は10℃を下回り何と8℃。寒いはずです。今朝も長いズボンと長袖ウインドブレーカーを着込んでのウォーキング。
9時過ぎから太陽が顔を出し始めて、昼頃は家の中では暖かい。が、外の風はもうすっかり秋の風で半袖では冷たく感じます。もう秋の天候、そのものです。

さて、日本最東端の納沙布岬の続きです。「横死七十一人之墓」とありますが、これは何か?というと。
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1789年にアイヌ人たちが松前藩の横暴に対し蜂起し、その結果和人71名が亡くなった出来事があったのです。和人殉難碑とありますが、実は説明にも書かれていますが、あまりにも酷い松前藩のやり方に抗議して立ち上がったのであって、決して暴挙ではない、まさに蜂起した歴史的事件だったのです。
ところで、1789年と云えば世界史的にはフランス大革命のあった年です。下々の人々が虐げられてきたことに対して、蝦夷地のアイヌ人とフランス・パリ民衆が立ち上がった歴史的な年なのです。
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こちらは国が建てた北方四島資料館である「北方館」。入館は無料で、北方領土の歴史が分かります。
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となりにある「四島のかけ橋」。
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どれだけ大きいのかは、たまたま観光バスで団体さんが来たので、そのお客さんたちと比較すると分かりますね。高さは10m以上あるし、幅も20mはあるでしょう。
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同じ公園内にある根室市北方領土資料館を見学します。こちらも無料で見学できます。
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国後島は、沖縄本島よりも広いのですね。戦前は7000人以上もの人々が暮らしていたのです。色丹島も1000人以上、歯舞群島は5000人以上が生活していたのです。
前回からお伝えしている一番近い島の貝殻島は、納沙布岬の目の前であることが分かります。
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非常に分かりやすい説明で、ここの方が理解出来ました。外に出ると涼しいを通り越して、寒い!はずで、何と7月6日の夏の日で12度しかありませんでした。この温度計、驚くなかれマイナス30℃まで測れますよ。そこまで寒い日もあるということでしょうか。
函館辺りは、一番寒い日でもせいぜいマイナス10℃を少し下回る程度ですから、マイナス20℃とか30℃なんて、想像もつかないです。
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この日、およそ15㎞離れた根室市の市街地に戻り、明治公園で車中泊。明治公園は広い駐車場と清潔なトイレ、水道が完備。ここは車中泊大丈夫な町の公園です。
翌朝、根室駅へ。朝日に一番近い街根室、有人駅としては日本最東端の駅です。
なぜかポストが黄色い!
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カニサケサンマ。根室は漁業の町でもあります。
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釧路駅から根室駅までの花咲線の紹介です。JR北海道は赤字路線としてこの花咲線を廃止しようとしています。ここだけじゃない、函館本線の小樽駅から長万部駅の山線も廃止する方向だし、長万部駅から函館駅までも廃止しようとしているのです。それだけじゃない、名寄駅から稚内駅までの宗谷本線も廃止を検討していて、北海道の鉄道は新幹線優先で、それ以外は札幌エリアしか残さないのでは?と思わざるを得ないのです。
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自然豊かな風光明媚な場所が多い花咲線。悲しいかな、すでにいくつもの駅が廃止されています。
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ここが終点であることが分かりますね。これ以上先はありません。
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次回は、根室駅前に車を置いて市内を散策。思わぬものを発見します。それは何かは次回のお楽しみに!
では、また!
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9月20日火曜日、天気は晴れ。台風14号は昨夜は大雨を降らしたが、朝8時過ぎてからはカラッとした青空が見えて空気も乾燥し、過ごしやすい1日となりました。ただ、朝方は14℃と非常に冷え込んで半袖短パンでウォーキングに出かけたが、寒くてすぐに引き返し長袖ズボン姿で出直し。
夕方もグッと冷えてきて、今夜からはタオルケット1枚で寝ていたのを羽毛の夏布団へと換えました。
台風一過で一段と寒くなり、次の連休では大雪山では初雪も見られるとか。そろそろ衣替えの季節となり、もうじき冬モードへとなることでしょう。

さて、ここは日本最東端の町、根室市花咲。といっても、最東端の納沙布岬までは30㎞ほどはありますが。花咲カニで知られる花咲港は霧名の中。
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花咲港小学校のの隣には、旧校舎を利用した郷土資料保存センターがあり、根室の郷土資料を見学できます。詳しい資料が展示されていて、特にロシアとの関係の歴史を知り勉強になりましたが、ここは無料で見学できるからすごい!の一言です。

日露戦争(1904~1905)後の講和会議で締結されたポーツマス条約で、樺太(サハリン)の南半分(北緯50度以南)は日本領となります。
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その時の境界線です。まさに国境線が陸地であったの時代で、1945年夏まであったのです。
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大日本帝国と菊の紋章。それは今の日本のパスポートの紋章と同じです。
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こちらはロシア側。というより当時はソヴィエト社会主義共和国連邦でしたが。
ちなみに、千島列島は、すべて、それこそ北方四島の他ウルップ島からパラムシル島までが日本領でした。それは1875年の樺太・千島交換条約で当時の明治政府とロシア帝国が締結したからです。
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根室市は国境の町。それは最東端の納沙布岬へ行けば実感できますが、その前にここでじっくりと学習します。
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縄文時代やオホーツク文化時代の遺跡からの発掘品もあります。面白い人体の人形!
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北海道の郷土資料館は、ほとんどの市町村にあり見学は無料のところが多いです。アイヌ文化は文字を持たず記録としては伝承以外は残されていないけど、文化としては今も伝えられているものがたくさんあります。縄文時代やその後のオホーツク文化ではアイヌ人以外の人々が暮らしていたそうで、自分の知らないことがたくさんあって、興味深いです。言えることの一つに北海道には弥生文化はないことです。だから稲作が明治以前はなかったのです。
函館や道南は14世紀やそれ以前から津軽地方の人々が渡って来て町を作りましたが、道東はどんな歴史があったのだろう?これから学習して知りたいです。
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で、とうとうやって来ました日本最東端。これで5度目ですが、いつ来ても天気は悪い。晴れた日がなかなかないのです。
そこで、日本最東端の野良猫と遭遇!夏場は良いけど、冬場はどうやって過ごしているのだろうか?
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食べるものはあるのかな?家猫と違って、野良はたくましいけど生きるのは大変!我が家の猫は、冬場も床暖房でぬくぬく育っていて、お腹を減らすことはなくいつでも食べているけど、この子たち野良はどうやって食べているのか心配です。といっても何も出来ないけど。
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霧で、一番近い貝殻島も見えない。沖合2㎞の距離なんだけど、全く見えないです。まして国後島の姿は全く見えず。
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電柱にあった可愛らしい絵は、もしかしてエトピリカ
真っ赤なくちばしと脚、白い顔、頭と体は真っ黒。アイヌ語で、エトはくちばし、ピリカは美しい、つまり美しいくちばしという意味の海鳥で、絶滅危惧種の鳥です。
千島列島で見られるが、北海道では根室市のモユルリ島・ユルリ島で生息している極めて希少な鳥なのです。
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納沙布岬灯台は、北海道灯台発祥の地らしいですね。
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明治5年というから1872年に木造灯台として設置されていますね。日本で一番早く朝日が昇る地ですから!
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東の海を見えて霧、霧、霧。島影は何処にも見えず。
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それでも、大勢の観光客が来ていてカメラをパチパチ。北海道には日本最東端の地と最北端の地の2つの端っこがあるので、本州の旅行者は必ずと言っていいほど来ますよね。
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次回は、ここ納沙布岬で北方領土資料館を見学します。実はここには2か所あって、一つは国の、もう一つは根室市の、両方の資料館があるのです。
その後は、根室市の有人駅としては最東端の駅「根室駅」、それと根室市内を散策してカメラに収めたものを紹介します。
では、また!
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9月19日月曜日、敬老の日で祝日です。天気は曇りでしたが、3時過ぎころから小雨へ。明日も雨マーク。気温は25℃以上はありそうでかなり蒸し暑い日で、日中は除湿のエアコンを付けなくてはジメジメして汗ばむほどでした。

さて、ここは根室市の落石にある落石岬灯台。この日の天候はご覧のような霧で、視界は50mもないくらいガスっていました。
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灯台の周辺をトレッキング。踏み分け道があります。ただ、海岸からは高さにして50mくらいの断崖の上だから気を付けて歩きます。崖から滑って落ちたら大変なことになりますからね。
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霧が深いことが分かりますね。歩いていても水分が多い空気で、着ている服も濡れてしまいます。メガネに水滴が付くほどです。
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アヤメが咲いていたけど、遠くは見えず景観的には最悪。でも、誰もいない灯台は何となくロマンチック。これが大勢の観光客で埋め尽くされていたら、こんな自然豊かな地は台無しになってしまいます。
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帰りの道で、森を見たら北海道の湿原で見られる谷内坊主(やちぼうず)が!
ツボを逆さにしたような株の形をしていて、名の由来はお坊さんの頭に似ているから。谷内は湿地帯を意味します。
冬期間、地面が凍結すると霜柱のように木の根っこが盛り上がります。春になると雪解け水で、盛り上がった根の土がえぐられて根元が細くなり、それを繰り返すと数十年で高さ50㎝ほどの大きな塊になるのです。そして土の上には濃い霧で苔が出来て緑色の芝のようになるのです。
これも人がほとんど訪れない地だからこその、まさに豊かな自然のお陰です。
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落石岬灯台を見学後、車でさらに東へ7㎞ほど行くと浜松海岸パーキングエリアへ。トイレもあって、ここも車中泊が出来そうな場所です。
ここからは、沖合3㎞ほどにある無人島のユルリ島モユルリ島が見れるのです。おそらく、ほとんどの人は知らないはずで、よほど地図に堪能な方でないと見過ごすことでしょう。
3年前に来た時、昆布森の港から堤防に上がって島を見たことがありましたが、ホントはここから見たかった!一番近い場所だからです。
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ところが、この霧!目の前にある風力発電のプロペラですら霞んでいるのですから。
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海岸を見えても霧の中で、周りは灰色の世界です。
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花咲線の西和田駅付近で「和田屯田兵村被服庫」へ。屯田記念館という名の資料館になっていますが、閉まっていて見学は出来ず残念。
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さらに5㎞ほど東へ行き、花咲岬へと行きます。ここにも灯台があります。
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花咲岬灯台車石が名所になっていますね。
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車石とは何か?というと。火山の爆発により、地下深くのマグマが上昇して溶岩となって地上に現れますが、地上で冷やされ多くは柱状節理と呼ばれる柱のような割れ目が出来ます。大雪山系の層雲峡など各地で見かけられますね。
しかし、ここは海のそば。海水で冷やされて車の輪のような形になったので、車石と呼ばれるようになり、1939年(昭和14年)に国の天然記念物となったのでした。
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この辺もマグマが噴出した場所です。高さこそないけど、柱上のものがありますね。今から数千年前に噴火している跡地です。
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階段を降りて行ってみましょう。これが車の上半分のような形ですね。手前は柱の角が見えているから、柱状節理とは何かが分かると思います。
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車というより扇のような形に見えます。どうしてこんな形になったのか?自然の力って、ホントに不思議ですね。
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周りの石もみなマグマが冷え切ったもの。いろんな形になっていて面白い!
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地図を見ると根室管内には火山は知床半島以外には見られないが、大昔(数千万年前~一億年前)はこの辺りはマグマが爆発した、まさに火山地帯だったことが分かります。
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ということで、脇道を走るといろんな地形が垣間見られて楽しい!地理で学んだ地形が目の前に出てくるのは旅してるからこそのもの。
これだもの旅は楽しいし、「百聞は一見に如かず」は正しい!と確信するのです。
 英語では、seeing  is  believing.  まさしく見ることは信じること!だから旅をするのです。

では、また!
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9月18日日曜日、天気は午前中は曇り、午後から小雨が降り夜は本降りの雨となって、明日は1日中雨の予報です。それでも、台風のような強風を伴うものではないから大丈夫でしょう。
九州では超大型の台風14号が上陸して被害が出ているようで心配ですが、台湾でも地震が発生していて建物が崩壊しているとか。皆さんご無事でいて欲しいです。

さて、北太平洋シーサイドラインの続きです。
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同じような光景がいくつも続きます。集落と云っても、人家が数軒あるのみでこの辺だと買い物に行くのも病院に行くもの大変な地域です。浜中町の市街地までも15㎞以上あるし、根室市の市街地へは30㎞以上もあります。一応、行政区域は根室管内の根室市になっていますが、市内からはかなりの距離があるのです。
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何せ、根室市は管内の東から西まですべてが根室市なのです。ちなみに根室管内の市町村は根室市の他は中標津町、別海町、羅臼町標津町の4町村しかありませんからね。
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ホントに自然あふれる地域で、人工物は道路以外にはない景色です。川には堤防はないし、沼にも何ら手を加えた形跡が見られません。
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それに加えて、この天気の悪さ。毎日のようにガスっているのでしょうか?霧が地域を覆っていて、暗い感じがしますが、晴れた日に訪れたいものです。
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農業も何が行われているのだろうか?米作はもちろん見られないし、十勝と違って畑作も見かけないです。せいぜい牧畜でしょうか?中標津町や別海町では酪農が盛んですが、ここ太平洋岸では農業は行われているのだろうか?
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花咲線(釧路駅から根室駅)の廃止された駅「初田牛(はったうし)駅」を見て、無人駅の別当賀駅を過ぎて落石岬へ。駐車場に車を停めて歩いて落石岬へ。歩くこと30分ほどかかるようです。歩いて数分で戦前にあった無線送信所跡の石碑を見つけました。
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これがその建物です。戦前、北方領土の島々と無線の送信を行っていたのでしょう。
無線とは?
昔は、モールス信号のこと。一字一字をツートントンと打って送信していた時代だったのです。だから人もたくさん要したのです。
当時は北方領土は日本領。今も日本は領土返還を主張していますが、現在のロシアのプーチン体制が続く限り返還されることは限りなくないでしょうね。
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ガスの中、靴は濡れて靴下はビショビショ。
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エゾシカはあちこちに出没し、こちらをうかがっています。道東に来たら、エゾシカを普通に見かけます。道南では、いることはいますが普段見かけることはそうなく、こんなに日常的に見れるとは驚きです。熊を普通には見たくはないけど、鹿だったら襲われることはないから安心ですけどね。
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10分ほど草地を歩いたら、今度は木道の上を20分かけて岬へ。
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国の天然記念物のサカイツツジの自生地だそうです。
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この木道歩き辛いのです。直径10㎝ほどの丸太を横に並べているのです。板を並べているのとは違って、丸太の横並びは歩きにくいのです。
キタキツネが歓迎しているのかな?
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霧の中で白いワタスゲの花が咲いています。白い綿のように見えるので名付けられた湿原に咲く花です。
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歩きにくい木道を歩き、やっと霧の中に灯台らしき建物が見えてきました。
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なんとか落石岬灯台に到着!
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次回は、この落石岬灯台周辺と花咲岬を紹介します。
では、また!
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9月17日土曜日、天気は晴れで気温は最高で27℃まで上昇し、日中はエアコンをつけるほどの蒸し暑い、まるで夏に戻ったかのような1日でした。九州では台風14号の大暴風雨で警報が出ていますが、こちらは夜になっても窓を開けて涼んでいて、台風の通り道に当たる地域の人には申し訳ないくらいです。もっとも、もしかしたら2,3日後に台風の被害を受けるかも?明日以降は雨のマークが出ていますから。

さて、ここは浜中町の霧多布(きりたっぷ)。浜中町は函館の町と似ていて、霧多布は陸繋島になっていて、浜中町の市街地は砂州の上に形成されていて、海抜ゼロメートル地域。だから津波の被害を受けやすい地区です。昨日紹介したルパン三世・コレクションのある浜中総合文化センターはゼロメートル地帯の中にあります。
最近になって、町役場は市街地から霧多布の高台の上に建て直しされ、津波時の避難ルートは標高50mほどのこの高台の上だから、もしもの時はここへ避難して来るのでしょう。

霧多布キャンプ場で車中泊した後、朝早く出発し南側のアゼチ岬へ。深い霧の中でも島が見えていますね。
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中央に見えるのが小島で、小さな岩がゴメ島、奥の霞んでいる島が嶮暮帰(けんぼっき)島。
晴れていると、この看板のようにきれいに島が見えるけど、残念ながらこの日は霧の中。かなりガスっていて視界は悪い。
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黄色のエゾカンゾウの花が咲き乱れていますね。
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正式名はエゾゼンテイカユリ科の花で、似たような花に本州の1000m級以上の高山で咲くニッコウキスゲがありますね。
手前の白っぽい花は、エゾニュウでしょう。セリ科の花で草丈は1m以上にもなり北海道の原野にはどこにでも咲いています。
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ピンク色のハマナスの花もきれいに咲いていますね。バラ科の仲間で、浜梨(はまなし)が訛ったとも云われています。
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浜中湾に沿って道道142号線の別名北太平洋シーサイドラインを走ると、あちこちに池塘を見かけます。
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本州では標高2000mクラスの高層湿原でしか見かけられない光景が、ここ道東では海のそばで見ることが出来るのです。エゾニュウの丈は、大きいもので3m近くにまで伸びるといいます。写真は1mほどですが、7月、8月にかけて大きく成長するのでしょう。
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ここは素晴らしい光景です。
本州の超有名なメジャーとなっている観光地である群馬県と福島県の境にある尾瀬は、高い山に囲まれた高層湿原地帯ですが、ここは道路のすぐそばだし海のすぐそばの低層湿原なのです。
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こんな自然が豊富な地区は、北海道でも珍しいほど。通る車はなく人も住んでおらず、静寂に包まれた地。そんな地に感動します!
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一部は川となって流れていて、こちらは上流側。緩やかな流れです。
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そして太平洋へと流れていきます。川も自然堤防で、人工物は何一つありません。
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仙鳳趾(せんぽうじ)という集落へ。道道から海側へ下る道があって、太平洋側へ1㎞程行くとたどり着きます。漁業の集落で、人家はわずかに数軒のみ。こんなところにも人は生活しているんだ。と驚くばかりの地区です。
同じ漢字を使う地区が、釧路町にもあってそちらの読みは「せんぽうし」、カキで有名な地区です。
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漁業といっても、港はないし、あるのは波けしブロックだけ。丘は前回見た厚岸町と同じような地形ですね。夏でも冷涼性の気候。寒流である千島海流の冷たい海風の影響を受けて高木は育たず、草原だけの段丘です。
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これはすごい断層です。何世代にもわたって形成されています。地震などによる隆起を繰り返して形成されていて、その上にさらに阿寒の山々の噴火による火山灰なども堆積して出来たのでしょう。
ここも草だけの海岸段丘です。
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内陸の方へ行くと、10m程度の低木の森があり、馬が放牧されています。もし野生馬か?
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見るからに胴長短足の道産子です。胴体が大きく、体重も800㎏以上もしかしたら1トンはあるかも?
サラブレットのような細い足長のスマートな体型ではなく、体重500㎏ほどの競走馬とは全然違います。
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農耕馬に使われているのか?今は馬を使うよりは農機具が主流だから、放されて自由になって野生化してしまったのか?
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 ということで、浜中町から根室管内にかけての太平洋側は低層湿原が見られ、まさに自然豊かな地区なのです。多くの車を使う観光客は、幹線道路である国道44号線を走り日本最東端の根室市を目指しますが、厚岸町から浜中町へは太平洋岸の道道123号線と142号線を走ることをお勧めします。
他の地区では滅多に見られない低層湿原や海岸段丘が見れるし、霧多布は見どころ満載ですから。
次回は、さらにこの北太平洋シーサイドラインを東へ走り根室市落石へと行き、落石灯台まで歩きます。
では、また!
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9月16日金曜日、天気は1日中曇りで最高気温は24℃。今日は残念ながら太陽が顔を出さず、ジメジメした湿度の高い秋の1日でした。明日は晴れマークが出てますが、来週月曜日から火曜日にかけては台風14号の影響か雨が続いていて、そうなると一雨ごとに寒くなっていきます。
秋の気配は、もうすでに大雪山系では紅葉真っ盛りで、それが10月になると下界でも見られるようになります。北海道はもう秋です。

さて、ここは道東、釧路管内の最東端の町、浜中町。町の中心にある浜中総合文化センターです。
図書館や芸術作品の展示室であるギャラリー、そして何よりも浜中町出身のモンキーパンチ氏(1937~2019)のコレクションが展示してあるのです。
まずは、1階の入口から。ここからしてワクワクさせてくれますよ!
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左は次元大介でしょう。右は石川五ェ門。次元は、ルパン三世の相棒で射撃の名人です。
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左は次元大介。和服姿は石川五エ門。織田信長や豊臣秀吉が活躍した安土桃山時代の大盗賊であった石川五右衛門の13代目で、居合の達人というキャラクターです。
右端は、峰不二子さんでルパン三世のある時は敵になったり、またある時は味方になったり、時には恋人にもなるルパン三世一味の紅一点です。モデルがいて、ふるさと浜中町の中学生時代の初恋の相手だったという噂もあるほど。
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やっと出てきた左の男、銭形幸一銭形警部といった方が通りますね。ルパン三世の逮捕に執念を燃やす警察官で、江戸時代の有名な岡っ引きの銭形平次の子孫で6代目だそうです。
中央が、主人公ルパン三世。そして右が峰不二子さん。いつ見ても可愛い~!
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モンキーパンチ氏のコレクションの一つであるライター。右下の峰不二子が超セクシー。
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モンキーパンチ氏、本名は加藤一彦さん。1937年5月26日に、当時は厚岸郡は浜中村で誕生しています。偉いのはきちんと勉強をしよう!と2003年66歳にして東京工科大学の修士課程に入学し、2005年3月に終了していること。
実家は漁師で、霧多布高校を卒業し漫画家を目指します。子供のころから手塚治虫さんの影響を受けていたそうです。
それにしても、すごいライターの数。きっと、ヘビースモーカーだったのでしょう。
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これまた峰不二子さん、すごいセクシーなポーズのフィギア。
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1階の入口からしてこうなのです。ルパン3世の漫画を読んだ世代として憧れもあったし、そのコレクションに圧倒されます。では、2階へと行きましょう。階段からしてルパン3世の絵がいくつもあって、じっくり見ていくと時間が足りません。
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2階の廊下もすごい!
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そして展示室へ。受付には係の人がいますが、入館は無料だから、これまたすごいのです。内容は入館料を聴取してもいいほどです。
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右が入口、左が出口。出口を出るまでに何回も行ったり来たりを繰り返してじっくりと確認して見学しました。
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拳銃のコレクションも。もちろん、これはモデルガンですね。本物じゃないでしょう。
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書斎もそのまま持ってきて展示しています。ガラス越しに見える部屋は中には入れず。それでも、広い部屋でのお仕事は想像がつきます。
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当時はパソコンがなかったから、すべて手仕事。絵具を使って筆で描いていたんですね。
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15年ほど前のこと、私の息子のプロレスラーカツオが、当時所属していた団体「ドラゴンゲート」で、1年後輩にルパン三世というリングネームで、こんな格好をしてプレーしていたプロレスラーがいたことを思い出しました。
残念ながらケガで引退してしまいましたが。
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こちら書斎。広さは20畳くらいありそう。窓越しに撮影しています。
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コレクションはたくさんあって、カメラに収まり切れないほど。
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ということで、浜中町のルパン・コレクション、面白かったし楽しかったのでした。
この日は、浜中町の温泉「ゆうゆ」(500円)に入って暖まり、霧多布岬のキャンプ場で車中泊。
夜は、文字通りに霧が多い地で視界は50mもないほどで、霧の中でした。時折、灯台の灯りだけがグルッと回って明るい灯りを照らしますが、夜空は霧で全く星空は見えず、それに7月にしてはとても寒い夜を迎えたのでした。
次回は、霧多布の周辺を散策し浜中湾沿いに北太平洋シーサイドラインを走り、根室管内に向かいます。
では、また!
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9月15日昼間は晴れでしたが、午後3時を過ぎたら曇りへ。明日は久しぶりに1日中曇りの天気。それまでは、このところずーっと晴天が続いていて、9月としては珍しいほどの好天気でした。おかげで我が家の太陽光発電は9月半ばにしてもう例年の一か月分を発電中。雨続きだった8月の発電量をはるかに上回る勢いです。

さて、厚岸町のあやめケ原に到着。駐車場は広く、トイレもあるし小さいながらも売店もあります。ここで車中泊も良いかな?
馬が放牧されているエリアもあって、柵を開け閉めしながら岬の突端まで進みます。
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名前の通りのアヤメが咲いている地区で、標高100mほどの海岸段丘上の地を歩きます。
ただこの時の天候は曇り空で厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が降り出しそうな空模様。湿度もかなりあって、草は湿っていて靴は濡れるから靴下もビショビショの状態へ。
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遠くの見晴らしは悪い。ガスっていますね。広い高原状ですが、高い木々はなく低木が茂る森です。
冷涼性の気候で高木が育ちにくい地なのです。道東や道北の海岸沿いなどの地によく見られます。
特に宗谷地方、日本最北端の宗谷岬周辺には高木はありませんね。草原地帯やせいぜい10mまでの低木の森があるだけです。
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西の方向へ歩いていったら、前回見た大黒島と小島が見えていました。
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岬の突端まではまだまだ。先に歩いている人たちもいますね。かなりありそう~。
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雲っているけど、海の色はきれい!汚れる材料がないから海はとっても済んでいますね。
まず第1位に人がいないこと。人が出す汚れがないのです。第2に海流である寒流の千島海流の流れが速く汚れがあったとしても流してくれるのです。
もちろん、この辺りの水域は遊泳禁止ですし、第一冷たくて泳げないです。
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黄色の花の名は何だろう?
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アヤメはたくさん!
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で、先端までやって来ました。目の前は太平洋ですが、遠くはガスっていて水平線が見えない。
晴れていたら、どれだけキレイなんだろうか!
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帰りに今まで歩いてきた道を振りかえります。こんな道を歩いたのです。ところどころに柵があって、訪問者が自分で開け閉めしなくてはいけないのです。なぜかというと、先ほど見た馬たちが放牧されていますが、柵を開けっ放しにすると勝手に逃げ出してしまうからでしょう。
決してクマ避けではないです。もしヒグマが出たら、こんな柵などヘッチャラで簡単に乗り越えられますからね。
そいうえば、今日9月15日は札幌市内の札幌ドーム公園で熊が寝ていたとか。市街地の真っただ中ですよ。昨年は東区の住宅街に出て住民がケガをしました。ニュースでも取り上げていたから見た人も多いでことでしょう。200万都市の札幌でも出るのだから怖いです。
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先ほど行った場所は「チンベの鼻」という名の展望台でした。
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続いて数キロ走り釧路管内最東端の浜中町へ入ります。
さすがは、モンキーパンチ氏誕生の地。ルパン三世の仲間たちがお出迎えです。
ここの駐車場は砂利の広場でトイレはなし。ここでは車中泊は無理そう。
ここでは、涙岬立岩まで歩きます。アイヌの伝説もあるみたい。
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ここもアヤメが咲いていますね。
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断崖絶壁の海岸で、割れ目がすごい!左の道を進みます。
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尾根上を歩く感じですが、ここ高所恐怖症の人だったら怖くて歩けないのでは?柵の両側は断崖です。
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で、たどり着いた場所から見た涙岬、またの名は乙女の涙。険しい地形から、そんなロマンチックな名前に相応しくない地。この日は波穏やかだったけど、荒れている時や風の強い日などは危なくてここまで来れないんじゃないかな?
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一方、向こうに見えているのが立岩。そちらまで歩いて行ってみましょう。
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やっぱりガスっていてよくは見えないですね。海岸の岩場の地形が面白い。この岩場、多分波によって浸食されてこんなまるで象の脚みたいになったんでしょうね。
それにしても、霧が覆う海は年中湿気が多くそれに加えて年間平均気温は10度台で、夏でも涼しいを通り越して寒いくらい。冬になれば積雪はそれほどでもないが、強風が荒れまくる地。
だから、広葉樹林はまったくないし、針葉樹でも松や杉などの高木が育たないし、せいぜい草地になっている理由が分かる気がします。
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ということで、次回は浜中町の市街地へ進み、浜中町出身の有名な漫画家のモンキーパンチ氏の資料館を訪ねます。 彼の代表的作品である「ルパン三世」などが展示していて、見どころ満載ですので、乞うご期待!
では、また!
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