函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2022年09月

9月15日木曜日、天気は晴れで最高気温は24℃になり涼しい秋らしい過ごしやすいです。最低気温は15℃で、最近は1日の寒暖差が10℃ほどあって服を脱いだり着たりが多い。内陸部の町では20℃にもなり、北部の名寄市では朝方は3℃と「霜注意報」が出ているほど。それでも昼間は最高で25℃にまで達するから暑いのです。今の時期は体調管理に気を付けなきゃいけないですね。

さて、ここは厚岸町のバラサン岬。昨日お伝えした国泰寺からは距離にして300mほどの場所です。
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海岸へ下りて見たら、名も知らない海辺の花が咲いていて、こんな場所にもけなげに花が咲くんだ!と感心。
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昔、といっても20数年前の話ですが。厚岸水産高校(現在は厚岸翔洋高校)の若き先生が、荒れている高校を生徒たちと一緒になって学校を立て直した本「バラサン岬にほえろ」を読んだことがあります。
当時は学校の序列があって、普通高校、工業高校、農業高校と来て、最後に水産高校が来るという一番低い学校との評価だったそうです。それを覆すぞ!と孤軍奮闘した本でした。
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漁業の町らしく小さいけど造船所がいくつもあり、そばにはこんな木造船が置かれていてビックリ!まるで江戸時代の北前船みたいな構造ですよ。
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厚岸駅へ。駅横に「カキ弁当」を販売するお店があったけど、閉じていました。以前来た時は買えて、とても美味しかったのですが。釧路から根室までの花咲線では数少ない駅員さんがいる有人駅です。
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海岸線を走ります。太平洋岸の厚岸湾に出ます。右は釧路町の尻羽岬。左は大黒島。小さな島は名前の通り、小島
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で、小島をズーム。夏の間、昆布を採って干すために、漁師さんたちが生活する番屋が10数軒ありますね。奥の大黒島は、断崖絶壁の海岸です。うかつに近づけない険しい島のように見えます。
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それでも、過去に馬を放牧していて、今では野生化した馬がいるとか。もっとも、この島へはフェリーもないし行くなら漁船をチャーターしなくてはならないのです。
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少し進むと、末広海岸へ。ここは、江戸時代後半というか末期に近い1850年にオーストラリアの南にあるタスマニア島ホバートから捕鯨船が来て、ここの沖合で遭難。厚岸の住民は乗組員32名を救助したそうな。
それで、今では厚岸町とホバートの隣町のクラレシスと姉妹都市の関係を結んでいるそうです。
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この日は穏やかな海でも、冬の荒れた日などは波も高いし、ましてや海水温は低いし、遭難した日は4月16日のことだったからまだまだ海水は冷たく大変だったことでしょう。
知床の遊覧船が遭難した日は4月下旬のこと。海水温度は3℃だったと云いますから、どれだけ冷たいことか!3分持たない、と云われています。
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後ろは崖で、波打ち際沿いに漁師さんの家が点在。道路は山側にあり、そこまではの急傾斜の登りの道があるます。海岸線の道路はすぐ先で行き止まり。
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ガスって来ましたね。この辺りは寒流の千島海流が流れて、海水温度は冷たい。陸地は7月だから太陽に照らされて地面の温度は高い。その差はかなりあります。まるで、冷凍庫を開けた直後もガス(雲)が出るように、ここでも同じようにガスっているのです。
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 ということで、次回はガスの中厚岸町のあやめケ原へ行きます。あやめケ原は霧の中でした。
では、また!
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9月14日水曜日、天気は晴れで気温は最高24℃の清々しい秋晴れの1日となりそうです。8月が例年の何倍も雨が降ったのに対して、9月に入って毎日晴天!こんなに月によって天気が違うものかと驚くばかりです。
統計表を見れば、9月は12か月の中で一番降水量が多い月ですが、この分で行けば9月は好天気が続く旅するには最高の月になりそう。農作物も8月は長雨で収穫高も低かったけど、9月は好天続きで例年になく高い収穫だそうです。

さて、ここは釧路管内の厚岸町の国泰寺(こくたいじ)境内です。徳川家の家紋である葵が描かれている門をくぐり中へ。
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境内は広く、小高い山もあります。まずは、山の方へ行くと「馬頭観音堂」がありました。馬を祀る社です。北海道では馬頭観音像や観音堂はあちこちで見かけますが、本州ではそれほど多くはない、と先日ニュースで放送していました。それは北海道では車社会になる前は馬が交通手段だったし農耕馬としても使われていた歴史があるからでしょう。
現に函館の市電の前身は馬車鉄道だったですし、農耕馬として使用される馬は、脚が太く胴長短足でタフな馬である「道産子」が使われたのです。
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こちらは「龍王殿」。何の神様を祀っているのかな?
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厚岸は漁業の町だから、「魚さん、たくさん獲ってありがとう!」の「魚魂碑」も当然ありますね。
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松浦武四郎も来ていた厚岸。ここには神明宮もあったのです。最上徳内も来ていますね。
そういえば、国泰寺の隣には厚岸神社がありますが、その前身が神明宮だったのです。
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色古丹松という名の松の木。幕府の命令でエトロフ島探検を行い、日本領土宣言をした近藤重蔵が島から持ち帰った松の木だそうです。
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1805年に仙台藩から贈られた李(スモモ)の木だそうです。樹齢は200年以上。
厚岸のような冷涼性の気候でもスモモは育つのでしょうね。
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ここを周れば33の観音様を拝めるのでしょうか?
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一方、こちらは1830年に石巻から移植した桜の木。樹齢は190年以上ありますね。
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こちらがその桜の木ですが、一部老朽化があるのかブルーシートで覆われていますね。
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国泰寺、本堂は閉まっていたけど境内を散策するだけでも十分満喫できたのでした。
その後は愛冠(アイカップ)岬へ。国泰寺から車で5分もかからない距離。
岬へは駐車場から歩いて500mほど。岬へ着く前に原っぱには草を食べるたくさんのエゾシカたち。
距離は50mもないほど。少し近づいても逃げようともしません。もっとも、厚岸の街中でも平気で歩いていますからね。
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で、歩くこと10分もかからずに到着。海はとっても穏やかで波はまったくありません。
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沖合には大黒島小島。大黒島には野生化した馬が放たれていて、小島には昆布採りの番屋がいくつもあり夏場は人も住んでいます。
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太平洋戦争の終わり頃で日本敗北が濃厚となっていた1944年(昭和19年)3月16日、釧路港を出港し地島へ向かっていた2800人余りが乗船していた陸軍の輸送船「日連丸」が、アメリカの潜水艦により撃沈されました。生存者はわずかに48名のみ。大黒島にも遭難者の遺体が漂着していたとか。ただ、この悲劇は軍の監視下で秘密裏にされたのでした。そして、この事実が分かったのは戦後37年も経った1982年(昭和57年)のことだったのです。
厚岸沖で亡くなった兵士たち。その遺族の方々に知らされたのは、戦後40年も過ぎた後でした。
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フェンスを越えて岬の突端まで歩いて行った人がいますね。踏み跡がありますよ。怖くて、自分は行けないし、第一フェンスの向こうは立入禁止のはず。
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下を見たら、怖い!崖下100mくらいはありそう。
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戦中の悲劇はあったけど、今は愛を奏でる場所。若いカップルはチャペルを鳴らして喜ぶのでしょう。
愛が実を結ぶ岬の触れ込みですが、若いカップルはここまで歩いて来るでしょうか?エゾシカがたくさん草を食べている草原、熊の出没地区をわざわざ歩いて来るかなぁ?
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帰りは、こんな道を。でも、ここはヒグマ出没注意の看板あり。何人か観光客がいたから良かったけど、一人だと鈴を鳴らし笛を吹いておっかびっくりで歩いたことでしょう。
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ということで厚岸町まだまだ見どころあります。次回は大黒島を間近に見てあやめケ原へ行き、霧の中で咲くアヤメを見てきます。
では、また!
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9月13日火曜日、天気は朝方は曇りだが昼頃からは晴れてきて最高気温は27℃まで上昇し暑くなりそう。最近午後6時過ぎには外はもう真っ暗で、日が沈む時間が1日1日と早くなってきて、そういえば来週23日は秋分の日だから、昼時間と夜時間が同じになり、それ以降はもっと夜が長くなってきます。冬ももうすぐか!などと思うのは年のせい?

もう今年は旅に出れない、とあきらめてはいけない!
早く腰痛を完治して10月東北へと旅経ちたいです!

さて、釧路市を出発して釧路町へ。太平洋岸を走る道道142号線で東へ。15㎞程走って「キトウシキャンプ場」へ。キャンプ場は、砂利道を走ること500mほどで着きます。
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キトウシを漢字で書くと「来止臥」とは!アイヌ語を無理に漢字に当てはめていますね。
意味は、行者ニンニクが群生している地だそうです。
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奇抜100mほどの海岸段丘上を走りますが、もちろんアップダウンはあって自転車の方なら相当苦労する道でしょう。ところどころで、海岸へ下りる道があってそこには漁師さんたちが住む集落があります。
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急坂を下りていく道は車があれば良いけど、自転車ではかなり厳しい。子供たちは歩いて行くことは出来ないはず。もっとも、子供のいる気配はまったくなし。そんな漁村集落は点々といくつも存在していました。
自分は車だったから、すべての集落に降り立ちましたが、中には家が数軒しかない集落もあって、あまりにも寂しい光景でした。まさに、人里離れた地にポツンと数軒屋!
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アメリカ独立記念日の7月4日の夜は、厚岸町の道の駅「厚岸グルメパーク」で車中泊。
翌朝は厚岸町を散策。まずは、江戸時代の三官寺の厚岸国泰寺へ。
江戸幕府は、19世紀初めに①蝦夷地に住む和人たちの葬儀、②アイヌ人たちへの布教活動と③ロシア南下に対しての防衛策として、厚岸、有珠、様似の3か所に幕府直々寺を建てたのです。
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寺の前には、郷土資料館があるけど開館時間は9時。この時は午前8時前だったので、当然閉まっていました。
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アッケシソウの栽培地とありますが、アッケシソウとは何か?
いわゆるサンゴ草と呼ばれるもので、9月現在は能取湖畔の卯原内では真っ赤な色で咲いていて、見ごろを迎えている塩分のある湿地帯に生育する植物です。
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向かい側には、厚岸翔洋高校(旧厚岸水産高校)の校舎と、昔会所があったことを示す碑がありました。会所とは、江戸時代にあった公的集会所・事務所のことです。きっと、ここで厚岸に住む和人たちが集まって、いろいろな問題を話し合っていたのでしょうね。
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マンホールを見たら、厚岸大橋とカモメの絵。名物のカキの方が良いんじゃないか!と思ったのですが。
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それでは国泰寺へ入って見ましょう。まずは門には葵の家紋。これは徳川家の家紋ですね。
水戸黄門様が、よく見せる印籠にありますね。「この印籠が見えないか!」と悪代官を脅す場面とかに使われましたよね。
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お寺は9時に開くのでこの時は中に入ることは出来ず。以前に来た時は入れました。
本堂には、20枚以上の地獄絵図があって超リアルに描かれていて、夜に見たら怖いくらい。
寸志として玄関で100円以上支払う賽銭箱があります。
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境内にはエゾシカが何匹も散歩中。
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何せ、厚岸の町中にも見かける光景なので驚きはしないが、それにしてもあちこちに出没中です。
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エゾシカは道南でも見かけることはあるけど、市街地にまで出ることはまれで、郊外の農地では時々見かける程度。でも、道東に来ると普通に見かけられて、中には街中の住宅街でも、公園でも見れるのです。
奈良の公園の鹿は、半ば観光化したペット的存在?で、観光客がエサを与えたりしていますが、こちらのエゾシカは野生です。食べ物は草。それに関しては夏場は無限に近いほどありますが、それでも農作物を食べて農家さんたちを困らせています。
冬場は雪で覆われているため草はなく、それで木の皮をかじり荒らしまくっているのです。見た目可愛いけど、エゾシカの害は結構あるのです。

次回は、ここ国泰寺を詳しく紹介し、厚岸の名所を訪ねます。
では、また!
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9月12日月曜日、天気は晴れで毎日晴天が続いていて、気温も寒くもなし暑くもなく過ごしやすい最高の天気です。こんな日がずーっと続いて欲しいけど、そうはいかないのが天気。そのうち雨が降って日ごとに寒くなり、10月には山は雪化粧し、11月にもなれば市内にも降雪があるかもしれません。それが例年のことで、自然なのですから。

さて、ここは釧路市南部の高台。鳥取神社を見学した後に、市内を一望できる場所へやって来ました。こちらは北の方向で市街地を一望しています。釧路市の人口は、17万人を切って現在は16万人ほどですが、道東では帯広市と並ぶ大きな都市です。
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西の方向を見ると、釧路港を一望。かつては本州へのフェリー会社もあったけど、今は一つもなし。
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日本国内で唯一の炭鉱である釧路コールマインからの石炭を輸送をする太平洋石炭販売輸送の鉄道がここへ来ています。太平洋石炭の倉庫全漁連の油槽所もあります。釧路は国内有数の漁業基地でもあるからです。特に日本1のサンマの基地でもあるから、漁船の油が必要ですからね。
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明治・大正・昭和の3代にわたる俳人であり小説家の高浜虚子(1874~1959)の詩もありますね。
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釧路港修築の石碑がありました。
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釧路にやって来たのは鳥取県からだけではなく、滋賀県の彦根藩からの移住者もいたんですね。
とりわけ1909年は、釧路港修築の予算が明治政府の帝国議会を通過した年で、彦根藩主であった井伊直弼が「桜田門外の変」(1860年3月)で暗殺されてから50年目だったので、この石碑が建てたのでした。
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石川啄木も釧路へ来ています。
函館で弥生小学校の教員をしながら函館日日新聞社で仕事もしていた啄木。しかし、1907年8月25日函館で大火が発生し、駅も会社もすべて焼けてしまったのでした。
132日間とわずか4か月ほどの函館での生活、彼は「死んだら函館に墓を!」と望むほど気に入っていた函館の生活。それを失い9月13日に札幌へと旅経ちます。そして翌1908年1月21日に札幌から汽車で来て釧路に降り立ったのです。
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啄木の詩がありますね。啄木は釧路新聞社で働きますが、それも4月5日まで。釧路を去って再び函館に行くのです。啄木夫人節子の妹フキの夫となる友人の宮崎郁雨から資金援助を受けるため。資金を得た彼は上京します。
しかし、1912年啄木は肺結核で26歳の生涯を閉じたのでした。
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ここへ来た目的は、釧路埼灯台を見たいため。右の建物が灯台かな?と思ったらただの展望台だったのでガッカリ😞。最初の3枚は、その展望台からの撮影です。
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となりには厳島神社がありました。
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たまたま若い夫婦が赤ちゃんを連れてお参り。きっと、誕生したことへのお礼参りでしょう。
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で、やっと探し当てて灯台へ。この建物、遠くからでも見えていたが、まさか灯台とは気付かず。ナビでも検索できず、やっとたどり着いたのでした。
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明治24年の1891年に点灯しています。130年以上前のことです。
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どう見ても灯台には見えないですよね。それとも自分の見方が間違っていたのかな?
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で、次回は釧路市を離れて太平洋に沿って道道142号線を東へと向かいます。太平洋岸の険しい断崖絶壁の上、海抜100mほどの海岸段丘上に出来た道路を走ります。
では、また!

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9月11日日曜日、天気は晴れですが風が強く気温は25℃には達しない涼しい秋晴れの日です。
昨日は、中秋の名月がクッキリと見えていて季節的にはすっかり秋そのもの!
ブドウやリンゴ、梨など果物は秋物が出始めていて、食欲の秋を楽しめそうです。
秋は、野菜の収穫の時期でもあります。春の終わりの5月末や6月に植えた野菜がちょうど旬を迎えて、毎日採って朝食に食べています。
ということで、我が家の畑や庭も秋の花々が咲いていますのでいくつか紹介したいと思います。
まずは、この花なんでしょうか?
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風が強くて指で押さえて撮影。4cmまで接写出来るスマホで写しました。咲いている花は、ニラでした。
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では、こちらは?
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トマトの花です。ミニトマトが毎日20個くらいずつ収穫できて朝の食卓に上っています。
では、こちらは?
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キュウリです。こちらも毎日1個は必ず採れて、多い時は2個や3個も。もぎたてはみずみずしくて、切り口から水が流れ出ます。
では、こちらは?
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ピーマンです。
ピーマンも毎日5,6個は収穫しています。もぎたてはとっても美味しい!
次に庭の花から。
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上と下はガザニアですね。太陽の光をいっぱい受けて花を開いています。
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こちらはベゴニア
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その周りには、赤い葉っぱのコリウス
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こちらは、秋の花の代名詞的存在です。
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マリーゴールドですね。では、下のは?
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上と下はパンジーでした。
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これも菊科の仲間の花です。
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キンセンカでした。
では、こちらは?
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たくさん咲いていて、高さも1m以上にも成長します。まさに秋の花。
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シュウメイギクです。
これは7月の花で北海道を代表する花ですが、一つだけ遅れて9月に咲いています。色で分かりますね。
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ラベンダーですね。こちらは?
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ナデシコです。
下のは、1個だけ咲いた野薔薇の仲間で、ミニバラの花。
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こちらは、色は良いのですが何処にでも咲いて困っている花。名前は覚えていたのですが、忘れてしまいました。
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ということで、我が家の畑や庭では秋の花々が咲いていて、野菜は食べるために、庭の花は観賞用に、それぞれ楽しみになっています。
では、また!

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9月10日土曜日、天気は今日も快晴で最高気温は25℃、湿度は50%以下のとても過ごしやすい中秋の名月の日です。昨夜も満月と同じじゃないかと思えるほどの真ん丸でしたが、暦の上では今日が満月。
空気も澄んでいてきれいに見えそうです。

さて、7月3日の十勝の旅で2枚の写真を忘れていました。その1枚目は、「十勝発祥之地」の石碑。
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十勝川の河口、豊頃町大津です。
江戸時代から海運が発達していて、漁業が盛んだった大津集落。今は、サケ釣りの人たちが全国から集まり、海岸の波打ち際にはテントが張られたり、車中泊の釣り人がいたり。サケ釣り用の竿がところ狭しと立てられていて、その光景は釣りに興味がない人にとってはかなり異常。
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で、7月3日は十勝管内の本別町の静内キャンプ場で車中泊。翌朝は「道東自動車道」で一気に阿寒ⅠⅭ
へ。そこで降りて下路へと入り、釧路市内へ。市の中心部に近い鳥取神社を訪ねました。
神社?とは思えない建物は、鳥取城を真似たもの。故郷を思って建てられたのです。
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ここは明治17年~18年に鳥取県の藩士族105戸513人が開拓のために移住、地名をそのまま「鳥取村」と名付けたのです。だから、城らしき建物は、現在の鳥取城とそっくりに造られたのでした。
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釧路市街地の西半分が旧鳥取村で、製紙会社が工場を建ててからは急速に人口が増えたそうです。
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そしてこの神社、明治24年に出来たのです。ここは神輿が入れられている蔵でしょう。
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奥には、祭りの時の舞台になる建物があります。
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で、こちらが本殿。コロナ退散のための竹で作られた輪がありますね。ここを3回くぐれば病気にならないとか。右の看板に説明がありました。これ、いろいろな神社で作られていますよね。
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ここをくぐって「疫病退散!
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先ほどの城は資料館になっていて、無料で見学出ます。入ってみましょう。
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鳥取村創始の頃の写真があって、当時は今では想像もつかないほどの荒涼とした地。
よく開拓したものぞ!と驚きます。
函館辺りからすると、夏でも涼しく、寒い時だってあって夏でも暖房が必要な地で、しかも霧の町のイメージが強く、年中太陽が当たらない地といったら大袈裟ですが、日の当たらない地の印象です。
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釧路市と云えば、直木賞受賞の女流作家桜木紫乃が有名で、その作品の中で一番印象に残っているのが同じく釧路市出身のタレントのカルーセル麻紀の生涯を描いた作品「緋の河(ひのかわ)」です。
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 子供の頃から女性っぽい性格だったからイジメられ、その後上京してその性格をうまく生かしてのし上がったということを長編小説にしています。
桜木紫乃さんの作品は他にも読んでいますが、この「緋の河」は読みごたえがあって一気に読んで感動したことを覚えています。
釧路と云えば、他にはアイスホッケーチーム「ひがし北海道クレインズ」があることやオリンピックに出場したスケート選手が数多くいることなどが知られていますね。クレインは「鶴」のことで、丹頂鶴でも有名な地ですね。
次回は、その釧路市でとある灯台を探しましたので、それをお伝えします。
では、また!

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9月9日金曜日、天気は今日も快晴で最高気温は27℃まで上昇する予定。雲ひとつありません!
最低気温は15℃だから1日の気温差は12度もあり、朝方は涼しく日が昇るにつれて暖かくなり昼頃は暑くなる天候ですが、湿度がないからとても過ごしやすいのです。
今週も来週も晴れが続いていて、9月は最高の季節になりそう・・・しかし自分は腰痛が治らず、毎日整骨院通いの悶々とした日々を送っていて、とても悔しい、悲しい、辛い。

さて、ここは十勝南部の町、大樹町。最近は宇宙デジタル基地の町、あのホリエモンが資金を提供しているロケット発射で有名になった町です。茶色のモール温泉の晩成温泉で入浴し、十勝開拓の基礎を築いた晩成社の跡地を訪ねます。
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おそらく「大器晩成」から「晩成社」の名を取ったのでは?と思うのですが、前回の6月の旅で帯広市の百年記念館で見学した晩成社の依田勉三氏が最初に開拓した地です。
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詳しいことがこちらに書かれていますね。明治16年に入植しこの地で工場を営んだこと、そして失敗に終わったこと。
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乳製品を製造する工場で牛を飼うためのサイロなどがありますね。牛たちの霊碑もあります。
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依田勉三が詠んだ詩もありますね。
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ここで亡くなった人たちの墓碑も。当時の北海道を開拓するのは相当きつかったのでしょう。寒さ、ヒグマなどの獣害、食糧不足からの飢餓、あまりにも粗末な家・・・今とは全然違うのです。
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太平洋沿いにはいくつもの湖が点在します。それらはすべて砂州によって形成された海跡湖。
ここは湧洞(ゆうどう)湖。南の晩成温泉の近くには「生花苗沼」がありますが、何と読むのでしょうか?
答えは、「おいかまないぬま」です。いずれも汽水湖で、海水と淡水の混じり合った湖。
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こちらは太平洋。砂浜海岸が広がっていますね。写真奥は、襟裳岬です。
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逆側で、この先は釧路方面。
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ハマナスの花が咲いていて、とってもきれい!
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そして長節(ちょうぶし)湖へ。湧洞湖の北東8km地点にあります。手前は湿原地帯で池塘が点在。
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シジミが採れるとか。キャンプ場もあって、何台か停まっていてテントを張っている人も。でも、トイレが閉まっていて使用できないから、ここでは宿泊は無理であきらめました。
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シジミを採る漁船の係留していますね。奥は海とつながっています。
もともと海だった場所で、遠浅の海だったのでしょう。そこに北東にある十勝川の土砂が流れ込み、それが砂浜の砂と共に海岸線に堆積して海をふさぐ形で湖が出来たのです。
まさに形成では海跡湖、ラグーン(潟湖 せきこ)であり、水の成分から淡水と海水の混じった汽水湖なのです。
大きなものでは、日本第3位の面積のサロマ湖、静岡県の浜名湖などが知られていますね。
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それにしても広々した地です。ここが関東地方になったら、一大観光地になっていたことでしょう。キャンプ場も整備されて有料化して、多分一人3000円くらいは支払わなければいけないはず。
でも、ここは管理人もおらず売店もなく、トイレすら閉鎖されています。もちろん無料。
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 で、この日は浦幌町の道の駅へ。しかし、そこでは貨物トラックがアイドリングしていてうるさくて寝れそうになさそう。結局さらに北へ進み、本別町のキャンプ場で車中泊したのでした。
次回は、釧路市へ向かいそこで行きたい神社があったのです。それは、西日本のとある県の名が付いた神社。その県からの移住者が住み着いた場所だったのです。

では、また!

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9月8日木曜日、天気は晴れで、9月に入ってから今まで雨は降らず晴れの日がずーっと続いています。加えて湿度も低く、過ごしやすい天気。昨日は27℃、今日も同じくらいの気温だけど夏と違ってジメジメしていなく、北海道らしい清々しい天候で、旅に出るなら今だ!という季節になっています。

さて、今日からは7月に道内を旅した「夏の旅」をお伝えします。
まずは、旅の初日は日高管内のむかわ町穂別区の富内にある銀河鉄道公園。国鉄富内駅があった場所で車中泊。

2日目は日高町から「黒い沼」を探しに山の中へ。
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国道から少し山中に入っただけですが、まさにここはヒグマのテリトリー。熊鈴を鳴らし、ホイッスルを吹きっぱなしでのトレッキングです。
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歩いて200ⅿほどだから、ほんとにすぐなんだけど誰もおらず鬱蒼とした森は今にもヒグマが出そうな雰囲気。それでも、黒い沼に着くと神秘的な雰囲気。
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写真では分かりにくいけど、沼の色は真っ黒なのです。美瑛は「青い池」、浦幌では「こげ茶色の池」でしたが、ここ日高町の国道237号線の日高峠(500ⅿ)では「黒い池」密かに知られているのです。
場所は、峠の頂で右側に5台ほど駐車できるスペースがあるので、そこに車を停めて、左車線の山側へ入ります。車止めのフェンスがあるので、その横から歩いて200ⅿほどのところです。
ただ、ヒグマのテリトリーなので「ちょっと、お邪魔します」と入山するお知らせをしましょう。
笛を鳴らし鈴も持参。音を立てて周知しなければいけないですね。
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で、日高町から石勝・樹海ロードの名がある国道274号を走り、日勝峠へ。峠の頂は1106ⅿですが、トンネルで越えるので、それよりは少し低いでしょう。それでも標高1000ⅿはある場所です。
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4回目にして、初めて晴天で十勝平野が一望出来たのです。
十勝平野の面積は、3600平方キロメートルで北海道全体の約10%を占めますが、この面積と同等な県は埼玉県(3798平方キロメートル)、奈良県(3691平方キロメートル)です。
日本で一番面積の小さな香川県(1876平方キロメートル)や46番目大阪府(1899平方キロメートル)のほぼ2倍あるのですから。
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日高山脈を見てみましょう。左の山の山頂のチョット下にトンネルがあります。
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ズームすると見えますね。ここを越えて十勝入りです。
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日本1の農業地帯の十勝。米作はほとんどないけど、野菜や小麦・トウモロコシなどの穀物などほとんどの農作物が生産されます。とりわけジャガイモ・てん菜(ビート・サトウダイコン)・小麦・豆類は代表的な農作物で日本でも最大の産地でもあるのです。
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広~い!函館辺りから来ると、やっぱりここは「でっかいどう!北海道」がふさわしい地です。
風景を見ると、道南は東北の延長みたいな感じですが、道央の札幌市を過ぎてから道東、道北にかけてが広い!
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日高山脈の東側に当たり、北海道第3位の大河川である十勝川が流れる十勝地方。その3分の1が平野です。
十勝だけで10830平方キロメートル、これは都道府県別面積の第7位の岐阜県(10621平方キロメートル)よりも大きいのです。
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こちらは小麦地帯。国内生産は消費量の14%ほどで、8割以上はカナダやアメリカからの輸入。でも、国内産の大半は十勝です。
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その十勝ですが、人口は帯広市の17万人を中心に1市・16町・2村合わせて34万人。奈良県と同じ面積と云いましたが、その県都の奈良市(35万人)とほぼ同じ人口なのです。
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だから人口密度は低く、人で混みあっているということはよっぽど帯広市の繁華街以外では感じることはないでしょう。というか、車で走っていても渋滞という言葉は要らない!のです。
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本日の最後に、芽室町のメムロスキー場の山頂にある展望台から。
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農地は格子状になっていて、その一辺は100ⅿ以上あります。隣の家に回覧板などを届けるなら大変。自分は町会の区長をしていて、毎月回覧板を担当の9戸へ配りますが、その距離は200ⅿほどで3分もあれば十分。でも、ここでたった9戸でも配達するとなれば1時間以上もかかるのでは?想像するだけで厳しい~!
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北の方向を見れば、大雪山系の前衛峰の山々が見えています。あのはるか向こうに北海道最高峰の旭岳(2290・9ⅿ)がそびえているのです。
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西を見れば日高山脈の山々。標高こそ最高峰の幌尻(ぽろしり)岳(2052ⅿ)は本州の山々に比べると低いですが、その難易度においては日本1に厳しさ。何しろ、麓にたどり着くまでだけでも大変なのですから。
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今回は、「釧路・根室を知る!」がテーマですが、函館から行くとなるとどうしても十勝を通過せざるを得ず、広い十勝では見ごたえのある地がたくさんあるので、1回目は十勝平野を取り上げたわけです。次回も十勝の魅力をお伝えします。
では、また!

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9月6日火曜日、天気は晴れで、最高気温は27℃まで上昇する予報です。日の当たる場所では30℃を超えるはずで、久しぶりの暑い日のなりそうです。
今月に入り雨の日がなく晴れか曇りばかりで、この先一週間もずーっと晴れまたは曇り。8月があまりにも雨が多すぎたので、その反動か?9月に入りすぐに道内を巡る旅に出てれば、雨に当たることもなく快適な旅が出来たのに…。

今回で6月の旅は終わりとなります。今回の目的は「十勝を知る!」をテーマに十勝地方を徹底的に走りいろいろな場所を巡りましたが、それでも十分ではなく、やり残したことはまだまだたくさんありました。でも、それは次の機会にまた旅しよう!と。時間はたっぷりとあるし、体が続く限りは旅の続きがあると信じます。
もっとも、今現在も腰痛がなかなか治っておらず、本来だったら「9月の旅」をスタートしていたのですが、残念ながら9月の旅は中止。まずは腰痛を完治して、10月の旅に備えること。体が資本なのだから、心身ともに準備万端整えてからスタートしたい!と思っています。

さて、ここは長万部町の二股地区国道を挟んで二股駅があります。その向かいにあるのが、廃校になった二股小学校の校舎。
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草ボウボウで、廃校になってすでに20年は経過しているだろうか?
こちらは校舎の裏側。時計の針も止まってから何年になるのだろう?おそらくは廃校と同時に時計もストップしたままなのか?
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グランドは、しばらくは使用していたのでしょう。道内の場合、廃校後のグランドは「パークゴルフ場」として地域のお年寄りに利用されていますが、ただそれも超高齢化によりそのパークゴルフ場も放棄されて草ボウボウへ。ここは、まだましな方です。
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正面に回って玄関を見ると、フキの葉っぱが入口をふさいでいます。
道内各地で見られる廃校になった校舎。何かに利用できないものか?と思うのですが、利用者もいないと放置されっぱなしになって、悲しいかないつかは解体される運命のなのでしょうか。
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続いて、長万部町の市街地に近づきます。まずは飯生(いいなり)神社へ。鳥居の前に「史跡 ヲチャマンベ陣屋跡」。幕末、幕府に命令されて南部藩(岩手県 盛岡)が築いた砦みたいなものです。箱館に本拠地を置いたけど、ここは遠浅の海岸だったので船が近づけずに撤退したと、説明されています。
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石碑もありますね。
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飯が生きると書いて、「いいなり」と読む神社は、長万部の守り神。鎮守の杜です。
実は、今テレビやネットで話題となっている高さ30ⅿ以上にもなる「長万部の噴水」はここの境内にあるのです。
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自分が訪れた時は、まったくその兆候はなく静かな杜そのものでしたが、そのあとひと月ほどたってからあの騒動が持ち上がったのです。
江戸時代中頃、松前藩が番屋を建てた頃より地域の守り神として出きたようですね。
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こちら本殿。ニュースを見れば、神社の方やご近所の方々が迷惑をこうむっているみたいですね。
湧き出る水の轟音とそれを見たさに集まる群衆。違法駐車やゴミ捨て。どこにでもあるけど、今はその光景をSMSで発信するためにスマホ片手に人の地に進入したりして長万部町の住民にとっては迷惑千万で、知名度は上がっても町の観光にはつながらないみたいです。
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市街地から南へ10KMほど進んだ国縫(くんぬい)へ。まずは、旧国縫小学校
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駐車場が整備されていている理由は、後ほど分かります。小学校と隣接して中学校もあったのです。
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1895年(明治26年)に開校して、100周年を迎えたのが2000年のこと。それから22年経過して、いつ廃校になったのだろうか?
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グランドの奥に小さいけど石碑がありますね。行ってみましょう。
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1669年 シャクシャイン古戦場とあります。
1669年というから江戸時代の前半、4代徳川家綱将軍のころです。日高から釧路以東を支配していたシャクシャインは、和人たちの収奪と松前藩のアイヌ分断政策に対抗して蜂起することを各地のアイヌの首長たちに呼びかけます。
2か月の戦闘があり、松前藩は講和を呼び掛けて宴を開きます。その席でだまし討ちに遭いシャクシャインら15名が殺されたのです。このころの松前藩はひどいやり方でアイヌ人をだましていたのです。
それは、幕末1845年から10年余年にわたり松浦武四郎が蝦夷地を旅していた時代まで続いていて、武四郎はかなり憤慨して幕府に報告しています。それに対し松前藩は、アイヌ人と対等に付き合っていた松浦武四郎を暗殺しようとテロリストまで派遣しているのです。
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シャクシャインの暗殺により、松前藩の支配が全蝦夷地へと広がっていたのです。
その120年後も現在の根室周辺でも事件は起きます。それが1789年の国後(くなしり)・目梨(めなし)の乱。北方領土を望む納沙布岬にその碑はありますね。
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バックネットの裏には函館本線の線路があり、ちょうど貨物列車が通過中。
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プールがある辺りは国縫中学校があったのです。
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最後に、さらに南下して八雲町に入り黒岩地区へ。ここは噴火湾に面した黒岩奇岩と呼ばれるところ。
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国道5号線に面していて、通るたびごとにどうなっているのかな?と思っていて、やっと来れました。
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奇岩の上には、何か碑があったけど、昔天皇がやってきた石碑みたい。いつの時代なのかは分からず。
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蘭越まで晴れていた天気も、日本海に出たとたんに厚い雲が空を覆い今にも降り出しそうな天気へ。いつもは穏やかな内海も荒れ模様で、波も出てきました。噴火湾は別名で、正式には内浦湾。円の4分の3を陸地で囲まれていて、出口は南側だから穏やかなのです。
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でも、この光景を見たら道東の晩秋みたいな荒涼とした海岸ですね。
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 ということで、6月の旅の最後の写真はこれでした。
次回からは、7月に道内を旅した夏の旅の総集編をお伝えします。
2022年夏の旅は「釧路・根室を知る!」をテーマに徹底的に細かい道まで走り、行き止まりの集落までたどりました。詳しくは次回で!
では、また!

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9月5日月曜日、天気は曇り。最近は秋晴れの過ごしやすい日が続いていて、8月のような雨降りが毎日といった感じではないから安心して暮らしています。何せ、8月は数十年ぶりという平年の3倍以上もの降水量で、川は氾濫したりで不安な夏だったのです。
8月ひと月で500ⅿⅿも超えるなんて、信じられないほどの降水量。年間1100ⅿⅿほどの函館のほぼ半分近くが8月で降ったことになるのです。例年はせいぜい150ⅿⅿ程度なので、ものすごい雨の連続だったことが分かるのです。

さて、ここはニセコ町の比羅夫地区。昨日のニセコアンヌプリから見たニセコヒラフスキー場があるところです。羊蹄山がクッキリと見えていますね。
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昔と云っても、40年ほど前のこと。年に5,6回はスキーをしに来ていたけど、当時はのどかな地区で、せいぜい地元のホテルと民宿があっただけ。今のようなホテル群やコンドミニアムが所狭しと建っている光景は、想像もつかなかったです。
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最初は、オーストラリア人やニュージーランド人が世界1良質なパウダースノーの雪質を求めて毎年冬にやって来たのが20年ほど前のこと。彼らは本国では出来ないスキーやスノーボードをするために、来たのでした。
そして、夏も遊べるエリアとして、ラフティング(ゴムボートでの川下り)や熱気球をオーストラリア人が始めて、年中遊べる自然豊かな地として世界中に知られるようになります。
それが今では、中国人や台湾人の富裕層が水利権を購入したり、土地を買いホテルを建設したりして外国資本のどんどん入り、地元の小さなホテルや旅館は対抗できなくなっている現実があります。
この先、どう変わっていくのか?昨年土地の値上がり率で日本1になった倶知安町とニセコ町。毎年毎年地価が天井知らずで値上がりしていっているのです。
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建設ラッシュのヒラフスキー場の喧騒から逃れ、JR北海道函館本線の比羅夫駅へとやって来ました。
ただ、JR北海道は北海道新幹線が新函館北斗駅から札幌駅まで開通した時点で、函館本線、いわゆる山線を廃止する方向でいます。
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だから、この駅を見れるのはあと8年ほど。
この駅舎、大部分は民宿になっています。駅のホームでジンギスカンをやったりして旅人には人気のある民宿あるいはゲストハウス、またはライダーハウスです。
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玄関を開けると、待合室は駅舎の左側の少しだけにあり、大部分は「駅の宿 民宿ひらふ」なのです。
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比羅夫駅で少しのんびりしてから、となりの蘭越駅へ。
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駅のとなりには公的な建造物がありますが、これがまた素敵な建物。なお、24時間トイレもあってこのの駐車場は車中泊には向いているかも?
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青い屋根と下見板張りの壁。上下開きの窓、2階の上の360度見渡せる場所は、まるで展望台のよう。
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蘭越からは日本海側へ移動。途中、ニセコ連峰の山々がきれいに見えました。
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6月15日で、田植えを終えてからひと月ほど経過していて、青々とした稲がすくすく成長しています。美味しいお米になるのは9月末頃か、10月初めか?北海道のお米は、今や全国的にも美味しい特等米になっています。
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蘭越町のお米は、高い評価を受けていますからね。美味しいはずです。
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ということで、次回は6月の旅の最終回。長万部町でいろいろ発見があったことをお伝えします。
では、また!

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9月4日日曜日、天気は今日も晴れ、と云っても最高気温は24℃と涼しく、湿度も50%を切る秋晴れの過ごしやすい日です。
超強烈な台風が沖縄地方を襲っていますが、コースを見ると日本海経由で北海道にやってくる模様です。勢力が巨大なだけに時間が経っていてもまだまだパワーがあって、恐ろしい!北海道は台風の経験があまりないし備えもないから、怖いのです。こっちへ来ないで!と祈るばかりです。

さて、ニセコアンヌプリ登山、開始して30分ほど。目安としては1時間半ほどらしいけど、こっちは70歳を迎え若い時と違い体力も落ちているから2時間はかかるだろう、と計算。まぁ、ゆっくり無理せずに行こう!と。駐車場から山頂までの標高差は558ⅿ。(「北海道夏山ガイド」北海道新聞社)
眼下にニセコパノラマラインの道路が見えているし、遠くを見れば雷電山(1211ⅿ)や目国内岳(めくんないだけ 1220ⅿ)の山並みが。中央部の山はニトヌプリ(1080ⅿ)かチセヌプリ(1134.2ⅿ)か?
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写真ではわかりづらいでしょうが、さらに遠くには狩場山(1520.2ⅿ)も見えていました。
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下に見えるは蘭越町の地。盆地になっているのがハッキリと分かります。左に山頂だけが見ているけど、多分幌内山(841.6ⅿ)か?
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下にニセコキャンプ場と駐車場が見えますね。道路を挟んで右にある建物が五色温泉で、入浴料は800円します。ちょっと高い!
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ズームして見ましょう。駐車場の右端には私の白い軽自動車がとまっています。駐車場にある小さな建物はキャンプ場のトイレと炊事場。
大きな建物は、ニセコ山の家。
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イワオヌプリ(1116ⅿ)と左奥にニトヌプリ(1080ⅿ)が見えます。
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そして時間通り、1時間半ほどで山頂へ。蝦夷富士の名を持つ羊蹄山(1898ⅿ)の姿がクッキリと見えて感動!
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ニセコのスキー場が見えていますね。リフトでかなり上まで上がってくるのです。昔と云っても30歳くらいの時、よくスキーに来ていました。日帰りで函館から車を飛ばして4時間ほど、ここで4時間くらい滑り、そして帰りは夜。それだけ夢中になってスキーをしていた時代があったのです。
函館にもスキー場があるけど、ここは世界1のパウダースノーの雪質。だから世界中からスキーヤーがやってくるのです。
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倶知安町の町が見えています。周囲を山々に囲まれて、まさに盆地であることが理解。遠くの山を越すと、小樽や札幌方面です。
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北を見ると、ワイスホルン(1045.3ⅿ)か?共和町との境で、山を越すと日本海です。遠くは積丹半島。
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6月と云えども残雪がまだまだありますね。途中で雪を踏んで歩いたこともありましたから。
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山頂には観測所もあったんですね。
羊蹄山(1898ⅿ)を見ると、こっち(ニセコアンヌプリ 1308ⅿ)の方が高いんじゃないか!と思えるほど。実際は600ⅿ近く羊蹄山の方が高いのですが。
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山に登ると、周りの山は低く思えるから不思議です。これぞ、お山の大将!
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山頂には、若い二人の女性組と老夫婦の4人。山ガールはスマホでバチバチ撮影して、インスタに上げるのか「映える、映える」と大はしゃぎしていました。
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ということで、帰りは同じ道を下ります。車が置いていあるから他の場所へは下山できないですからね。
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左の頂がニセコアンヌプリの山頂です。右は南峰で、ほぼ同じような標高で、この山は双耳峰。つまりツインピークスです。この辺りは標高920ⅿ。
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で、無事に下山。この後は、「HO」を使って昆布温泉のホテルで入浴。
この日は、倶知安町の旭ヶ丘公園キャンプ場で車中泊。キャンプ場にはライダーたちが5,6人テントを張っていてそれなりに賑わていました。夏は家族連れも多いけど、6月だとソロキャンパーたちが多く、それも若い人たち。夜は星空が見えていて最高でした。

ただ、トイレが工事現場に置かれているものと同じで、男女別に1個ずつ設置していて、それは簡易水洗でもちろんウォッシュレットではありません。
いろいろな人のblogにもあるように、ウォッシュレットトイレをするなら200ⅿほど下にある公園トイレを使用した方がよろしいかな、と。

次回は、外国資本の手で開発が進むニセコヒラフスキー場へ、さらには蘭越町へと向かいます。
では、また!

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9月3日土曜日、天気は晴れ。
さて、京極町の吹き出し公園で羊蹄山の冷たい水を確保してから出発し倶知安町へ。ここは旭ヶ丘公園。6月14日になっても芝サクラが咲いています。5月後半から6月中頃まで咲いていて、斜面一面に咲くのです。

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無料のキャンプ場は、右側高台に赤色のジャンプ台がありますが、その下です。斜面はスキー場。そして、ここはサッカーコートが3面も取れる広さで、芝が最高!左にニセコアンヌプリが見えています。
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左の建物はスキー場の休憩場ですが、スキーシーズン以外でも朝7時からオープン。清潔なトイレが借りれますし、休憩も出来ます。右の斜面は上級者用かな、左は初心者用のスロープでしょう。そして、かつては赤色のジャンプ台でジャンプ競技が行われていたのです。今は使用している形跡はありませんが。
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それにしても、素晴らしいサッカーコート。以前、ここでニセコで働くイギリス人と知り合ったのですが、彼は「空気・水・芝と周囲の自然環境は世界ナンバー1だ!」と絶賛していました。
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ホントにそうだと思います。青々とした芝、羊蹄山の湧水は冷たくて美味しいし、空気は最高!そして食べ物だった地産地消で新鮮で美味しい!という言葉以外に何も言えないほどで、まさに世界1の環境です。
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これからあの山へ登るために、中腹の駐車場まで車で行きます。
それにしても、北海道は食のサンクチュアリです。農産物、海産物いずれも自給できるし生産されます。だから北海道の食べ物は、何も加える必要がない。例えば新鮮でなくなった野菜を生かすために、大阪では「お好み焼き」とか「たこ焼き」、東京で「もんじゃ焼き」など名物ですが、北海道では新鮮な内に生で食べれるのですから。それにもぎたてを食べるのは最高!
今は、トウモロコシが一番美味しい😋!我が家の畑で採れたものは、家の中でお湯を茹でていて、もいで1分以内に鍋の中へ。最高に美味しいのです。収穫後数時間、または数日経過したトウモロコシなんて、味が落ちて本来の美味しさが半減してしまいます。やっぱり、トウモロコシだけではなく、ジャガイモにしても魚にしても、なんでもそうだけどもぎたて獲り立てが最高!

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道道58号線、別名を倶知安ニセコ線。標高にして500ⅿ以上は高度を稼ぎ峠へ。正面はニセコアンヌプリ。残雪が溶けて小川となって流れていますね。これが流れていって本流の尻別川へ合流し、日本海へと注いでいるのです。
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北を見たら、イワオヌプリ、別名硫黄山(1116ⅿ)。
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山頂はこちらではありませんが、ごつごつした岩山が特徴的。
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こちらが山頂。名前の通り、硫黄の山。
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一応全面舗装されている山道です。この峠を越すとニセコパノラマラインで、絶景が連続します。特に日本海が見える場所は最高の景色です。
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五色温泉の駐車場に車を停めてから登り始めます。キャンプ場もあるし温泉もあるから下山後も楽ですね。さぁ、これから登山です。
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 ということで、晴天の日に汗をかきながら山を登ります。
途中、シラネアオイの花が満開!高山植物で紫色の花をきれいに咲かせていました。
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次回は、70歳を迎えて初の山となったニセコアンヌプリ(1308ⅿ)の登頂記録です。
では、また!

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9月2日金曜日、天気は晴れで気温は最高で27℃まで上昇する予報だから、夏が戻って来たかのような暑さになりそうです。
そう云えば函館の8月降水量は500mmを越えて、今世紀最多と報道されていました。平均は150mm前後だから、例年の3倍以上。いかに雨が多かったかが分かります!
さて、小樽市を出てからは余市町で給油。北海道では格安ガソリンスタンドのモダオイルで。他のGSよりは1リットル当たり10円近くも安いからお得です。
満タンにした後、赤井川村へ。ここは村へ入る峠である冷水峠。長いトンネルもあるけど、わざわざ旧道を走り峠へ。
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カルデラ展望所とありますが、まるで阿蘇谷のように、赤井川村全体がカルデラの中にあるのです。
だいたい直径10㎞くらいのカルデラ。昔は火口だった場所です。上の写真を見れば、周囲が外輪山であることが分かります。

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外輪山の奥に、羊蹄山がチラッと頭を隠してその姿を見せています。火口原となっている、いわば盆地に当たるところに赤井川村の集落がありますが、人口は2022年7月で1033人だから、数年で1000人を切るかもしれないですね。
ほぼ中央部に赤井川温泉があって入浴したく訪れたけど、あいにくこの日はお休みの日。ガッカリでした。6月13日は月曜日で、ここも、そしてとなりの京極町の温泉もお休みでした。2度😞がっかり。

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で、結局温泉には入れず。道の駅「名水の郷きょうごく」で車中泊。ぐっすりと寝れ、翌朝は快晴!
名前の通りの「名水の郷」だから、この辺一帯は「ふきだし公園」になっていて、明峰羊蹄山の吹き出し湧水があるのです。
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水を飲むと、とっても冷たい。それもそのはずここの湧水はほぼ年中同じ温度で、何と!6.5度。
6.5度だなんて、水に体全体が浸かったら数分で死んでしまいますね。
4月に知床の遊覧船が沈没した悲劇がありましたが、あの時の海水温度が3℃で、1分で亡くなると専門家の方が説明していましたが、6.5度はそれよりは少しだけ温度が高いけど、ここの池に落ちたら怖いです。

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羊蹄山(1698m)に降った雨や積もった雪が浸透して、何十年または100年以上費やしてここで出てくるのです。このような滝のように大量の水が湧水していて、その量は1日8万トン。それは30万人の生活用水に匹敵するそうです。
この湧水、京極町の住民すべてをまかなうだけではなく、たっぷり余るほど。だからミネラルウォーターとして売り出してもいます。
もし、函館にあったら市民全員の水道が全部まかなわれますよ!

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羊蹄山の湧水は、ここ京極町だけでなく羊蹄山の麓の町すべてで、それは西にある倶知安町、ニセコ町、南の真狩村、南東の喜茂別町と5町村で湧水しているのです。
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硬度は23㎏/ℓで、まろやかで飲みやすいとのこと。コーヒーを沸かして飲むには最適だそうです。
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この冷たい水、流れていって。
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大きな池を作ります。公園となっていて遊歩道もあります。自分は2ℓのボトルと5ℓのタンクを持ちながら散策。さすがに重たい!休みながら歩きました。
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滝もあって。
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下にはもっと大きな池。この辺りは日の光が当たっているから水温は高いでしょう。多分10℃近くにまでなってるかな?
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吊り橋も見えていて、ここを歩いてみたい!
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上に上がり、この吊り橋を渡ります。真ん中付近は揺れて、ちょっと怖い。
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下は10mくらいか?
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ということで、新鮮な水を確保しこの日の目的、ニセコアンヌプリ(1308m)登山へと移動します。
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で、次回は倶知安町へ行き、ニセコアンヌプリ登山口まで車で登り、歩いて山頂まで行きます。

では、また!

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9月1日木曜日、天気は曇り空。昨日は1日中雨降りで、しかも夕方からは警報が出たほどの豪雨。深夜になってやっと止みました。たぶん、昼頃からは晴れることでしょう。今日から9月ですが、とにかく8月は雨が多かった。多すぎました。

さて、小樽市色内を通り過ぎての旧手宮線跡地の続きです。

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しばらく歩いて、今までの道を確認。この辺は3つもレールが並んでいます。
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で、突き当りにあったのが小樽市総合博物館の敷地で、手前に転車台がありますね。フェンスがあって、入口はずーっと先。元々は鉄道記念館だったけど、科学館も含めての総合博物館へなりましたが、入館するとほとんどが北海道における鉄道関係の博物館であることが分かります。
これだけの資料展示は三笠市の幌内鉄道村と同等。いやそれ以上かもしれません。ここは以前に2回ほど入館して、たっぷりと見学していますので今回はスルーします。

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道路が線路跡を横切っていますが、レールが撤去されないが鉄道ファンとしてはうれしいです。
ところで昨日ネットを見たら、首都圏のいわゆる「撮り鉄」が駅員さんに対して傍若無人なふるまいをしていることが取り上げられていました。
自分は、鉄道ファンと云っても「秘境駅巡りマニア」の端くれで、人のいない過疎地、人里離れた場所へ行くのが常。新型列車を撮影する首都圏のファンは、ニュースなどを見れば大勢の若者が集まり駅員さんの制止を無視し、中には注意する駅員さんに対して暴言を吐いたりしていて、まったく恥ずかしい行いが目立ちます。
駅中での「撮り鉄」は禁止にするか、あまりにも酷い連中は警察が逮捕するとかすべきだと思いますが、どうでしょうか?
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ここが旧手宮駅の跡地です。この先は小樽港へとつながっていて、昔は幌内(三笠市)炭鉱などで採掘された石炭を蒸気機関車が運搬して来て、港から船に積まれ本州へと運ばれたのでした。
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ランチタイムは、奥に見えるイオン系のマックスバリューでお弁当を買い、小樽港が見渡せる広い駐車場で食べ、その後は市内の一番北にある高島岬へ。
ここは高島岬の一角です。青い海と青い空!きれいですね。
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石狩湾を挟んではるか向かい側には、増毛・留萌方面の陸地が見えます。
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日本海の波が押し寄せる荒々しい岩礁。ここはもちろん遊泳禁止です。
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岬の突端にある日和山灯台へ行きます。白と赤の縞々模様の灯台は目立ちますね。
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1883年(明治16年)に点灯したとか。140年近い昔のことです。
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東側を見ると、小樽市の東端、朝里駅方面や銭函駅方面、さらには石狩川の河口付近が見えています。
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崖の下は数十メートルもありそうで、見るだけで怖い。
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下の赤い屋根は「ニシン御殿」。小樽市には何か所もニシン御殿があって、ここへ来る途中にもいくつもの建物がありました。それだけニシンが獲れて儲けて御殿を建てた網元がいたのですね。
 
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西の方向を見ると、右に下赤岩山(279m)、その下にはおたる水族館。左端の駐車場にはたくさん車がありますね。
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ピンク色のハマナスの花がきれい!
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これ、なかなか絵になりますね。青い空と青い海、赤と白の灯台とピンクのハマナス。
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ニシン御殿のある建物のすぐそばは、切り立った崖。おっかないなぁ~!
後から崖っぷちにある小さな赤い祠へ行きます。

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ニシン御殿をのぞいてみました。先ほどの切り立った崖のそばです。
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ということで、小樽市歴史あるところを少しは垣間見れたかな?という感じです。もっとも、まだまだたくさん小樽市の魅力はありますので、そのうち何度も訪れたいな!と思っています。

そういえば、家具の最大手ニトリの会長が、戦前オタモイ海岸にあった遊園地を復活させたい、とまずは調査費の5000万円を寄付しましたが、断崖絶壁が連なるオタモイ海岸には、戦前崖っぷちに料亭があったのです。すごい場所に建っていたのです。それを復活させるわけではないけど、斜陽化が進む小樽市にもう一度光を当てるのはとても良いこと!
是非、小樽市が観光で盛り上がって欲しです。
では、また!


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