函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2022年11月

11月30日水曜日、天気は曇りのち雪。ついに函館市内でも雪が降リました。今夜8時過ぎ外は吹雪いていて、何と明日の最高気温はマイナス1℃最低はマイナス4℃真冬日の天候です。
明日は、月に1回の入所していてる母との面会日。面会時間はわずか15分ですが、実際に会って手を握れるのはうれしいこと。今まではリモートとか窓越しだったから、それに比べれば直接顔を合わせることが出来るから喜びなのです。
ただ、行くのに車で15㎞の距離、時間は30分かかるので、路面が凍結していなければ良いのですが。
もちろん冬タイヤに換えているし、車の中には冬道具を備えてはいるけど、今シーズン最初の冬道を走るのはちょっと怖い。慎重に運転して行きます。

さて、ここは岩手県南端の一関市にある骨寺村荘園遺跡交流館「若神子亭(わかみこてい)」です。内部には、歴史を紹介する資料館、レストラン、売店などがあります。
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2011年に「平泉の文化遺産」がユネスコの世界文化遺産に登録されてから11年、まずは周辺の地図をご覧ください。平泉は、東北本線沿いにあり、そこから西にあるのが現在地。道の駅「厳美渓」から西へ10㎞程の場所です。
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ズームします。国道342号線沿いにあるのが、今日紹介する「骨寺村荘園遺跡」。写真の上にある国道397号線は、1本北にある国道で、骨寺村荘園遺跡はその南に位置しています。
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そして、この看板は交流館の前です。
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骨寺村荘園遺跡とは何か?
簡単に説明すると、平安時代に発達した大土地所有農地の荘園は、貴族や寺社などの地域の有力者が広い農地を所有し、多くの農民を使って田畑で収穫することで富を得る地です。
東北地方の11世紀末は、奥州藤原氏が支配権を握ります。1105年には藤原清衡が平泉に中尊寺を建立しています。中尊寺金色堂は有名ですね。
ここは、12世紀から15世紀の室町時代までその中尊寺の荘園だったのです。
つまり中尊寺を維持するのは莫大な資金が必要で、そのための富を得る手段として寺が荘園を所有したのです。
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若神子亭では資料館を見学、のちに休憩所の「古曲田家(こまがたや)」へも寄ります。
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地元のガイドの方が詳しく説明してくれます。
ここは、曲がりくねった水路と不整形な水田が広がり、神社や小さな祠が要所要所に祀られていて、自然を巧みに生かした穏やかな農村の姿は、まさに日本の原風景とも云える地なのです。
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こちらは骨寺村荘園休憩所の「古曲田家(こまがたや)」。
ここを利用した時、係の女性がとても親切でお茶をだしてくれるし、「今日作ったアップルパイ、食べて行って!」と頂いたのです。ちょうどお腹が減っていたので有難かったのでした。
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なぜ、骨寺村という名前になったのか?その由来は?
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それは、この地の「どくろ伝説」です。
この地の一人の娘が仏教に関心を持ちますが、文字が読めない。そこで、天井裏に住み着いた髑髏(どくろ)から仏教の代表的な経典である法華経を教わります。
その後、近くの山に葬ったといいます。
その後で、その髑髏は比叡山のお偉いお坊さんの第18代座主の慈恵大教良源(じえだいし りょうげん)の頭蓋骨だったのです。それで、💀から骨寺村と云われるようになった、と云います。
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中世の時代の骨寺村荘園は、国の重要文化財「陸奥の国骨寺村絵図」に描かれていて、多くが今の時代にも残っているのです。
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東西10㎞ほど、南北2㎞ほどの細長い地に骨寺村荘園遺跡があり、歩いてもいけるし、車で行ける地もあります。今回は時間がなかったのと自転車を持ってこなかったので一部しか見れなかったのですが、次回はゆっくりと散策したい!と強く思いました。1日かけてじっくり見学したい地です。
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今日のblogでは、その一部の刈り取られた田んぼと防風林。
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そして、駒形根(こまがたね)神社。国駒山を拝む地にある神社で、史跡になっています。
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次回は、この駒形根神社を詳しく紹介して、他の地も見ていきます。
では、また!
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11月29日火曜日、天気は午前中は晴れ時々曇りでしたが、午後からは雨。気温は昨日よりは10℃近くも高い18℃と暖かい日でした。ニュースを見たら全国的に温暖で、北陸では25℃と夏日を記録するほどの暑さだったとか。半袖姿の観光客もいたとかで、冬の季節にはほど遠い日だったようです。
でも、明日からはグッと冷え込み、今週は雪のマークが連日出ていて、それに明後日からは12月。いよいよ2022年も師走に入り、今年も終わりに近づいてきています。

さて、ここは宮城県石巻市の北上川下流部が川が運んできた土砂によって形成された海跡湖長面浦(ながつらうら)の湖畔で、地名は尾崎地区。海跡湖はラグーン(潟湖)と同じです。
ここで、地理用語の説明ですが湖の形成としていくつかありますが、例えばカルデラ湖として何度も当blogに登場しているのは東北では十和田湖や田沢湖、北海道では屈斜路湖、摩周湖、洞爺湖、支笏湖などがありましたね。
他には堰止湖。栃木県の中禅寺湖や北海道の大沼、山梨県の富士五湖などあります。
断層湖(構造湖)としては琵琶湖、猪苗代湖、諏訪湖、青木湖などいくつかあります。

海跡湖だから海とつながっている湖。それは湖の水分は海水と淡水の混じり合った汽水湖なのです。多くはそれを活用して水産物の養殖を行い漁業が盛んな地となっていて、ここでもカキの養殖が盛んでした。2011年3月1日の東日本大震災より前のことでしたが。
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ここ尾崎地区には縄文時代から中世までの多くの遺跡があって、その一つに海蔵庵板碑群という南北朝時代から室町時代にかけての石碑がたくさんあるのです。
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海蔵精舎と書かれた門が左側にあって、右側には曹洞宗
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自然石に近い板石に文字を刻んだ「板碑」が159基あるといいます。
ここも津波の被害を受けたと思いますが、運よくというかよく残ってくれた、と胸をなでおろします。
旧大川小学校方面から東へ走り、途中で渡って来た白鳥を見て、奥に見える青色の長面浦に架かる橋を渡ってここへ来たのです。
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海蔵庵というお寺の境内に残されている板碑群。こちらは建物で保護された石碑です。何が書かれているのか?よく見ると、偉そうなお坊さん、富士山のような山が分かります。
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最古の板碑は1278年のもので、鎌倉時代の後半で8代執権の北条時宗の時代です。ちょうど歴史的にはフビライハン率いるモンゴル軍が攻めてきた元寇があった頃で、1274年文永の役、1281年弘安の役の間ですね。
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奥に見えるお寺が海蔵庵ですね。津波の被害を受けなかったのでしょうか?この辺りは、水面の上1mほどの場所だし、地図を見ると追波湾の一部を成していますが、震災前と後では地形もかなり変化しているから、自分が見ている地図とは違うのかもしれません。
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住職さんはいないようで、維持管理はどなたが行っているのだろう?周辺には人家は見当たらず漁師さんの小屋がいつくかあるだけ。それと工事関係者のプレハブの建物や車が目立ちます。
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よりとも様」と呼ばれる弘安10年(1287年)が最古だとか。鎌倉幕府を開いた征夷大将軍の源頼朝は1199年に亡くなっているから、死後88年も経過しているから、多分鎌倉幕府から派遣された高貴な役人のものでしょう。「よりとも様」の名は、幕府の権威を押し付けた板碑だと思います。
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湯殿山、岩木山はそれぞれ聖なる山々で、昔の住民が参詣してきた証でしょう。東北ではよくある石碑です。
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中世の時代は、ここ尾崎地区は交通・軍事の要衝の地であった、と書かれていますね。そして、板碑群は、有力者の一族が主に追善供養を目的に造立したものだと。35日忌供養を重視した石巻地方の特徴でもあると。
つまり、亡くなった支配者を供養してたくさんの板碑があるということでしょう。
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尾崎地区で1時間ほど散策して歴史を学び、その後は北上。ここは石巻市と南三陸町の境界付近の山中にある追分温泉の旅館です。県道64号線の山の中を走る峠付近にありますが、しなびた温泉宿というよりは結構立派な建物でした。
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ということで、次回は岩手県へと移動して地図上で発見した地名が何だろう?と思わせた地へ行きます。
地図上の名は、日本200名山の一つである栗駒山(1626.5m)の東麓にある一関市の「骨寺村荘園遺跡」。荘園は日本史では古代・中世によく出てくる言葉で、いわば土地支配の一形態で、平安時代などは貴族による多くの農民を抱える大土地所有地ですが、骨寺村とは何か?
次回は、それを探りに出かけることにします。

では、また!

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11月28日月曜日、天気は曇りで気温は最高で10℃だが風がなく昨日よりは暖かい。
昨夜は、サッカーワールドカップ日本チームが1-2で敗退して、それをテレビで見て応援していたがショックで落ち込んでしまいました。まるでドイツ戦で戦った気持ちが何処かへ飛んで行って、逆にコスタリカが日本みたいに善戦しワンチャンスで決勝点を挙げて勝利。
サッカーは、というかスポーツはやって見なきゃ分からないもの。次のスペイン戦は果たしてどうなるものか?次回もテレビで応援しますが、もっともテレビと云っても地上波ではなくABEMAです。
地上波のうるさい解説者(日本が5-0で絶対勝つ、と言った絶叫型のM氏)よりは、現役プレーヤーの本田選手の解説の方がよっぽど良くて、ネットテレビのABEMAをずーっと見ています。

さて、猫の島である田代島での散策を終えて、鮎川港へ戻り30㎞ほど北上して、その夜は旧雄勝町の道の駅で車中泊。新設された道の駅で、場所的にもとても閑静な上に駐車場には一台もなく、耳栓など要らず。海のそばにも関わらず波の音もなく、清潔なトイレも近くだしフリーWi-Fiが効いていて三ツ星クラスの道の駅でした。
翌朝は6時起床、朝のルーティンであるトイレ・洗顔・体操ストレッチ・朝食・歯磨きを終えて7時半に出発して、道の駅から7㎞離れた北上川の下流域にある旧大川小学校へ。
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毎年春と秋に訪れていますが、最初に訪れた時は2013年4月。東日本大震災から2年後の時です。
訪れるごとに周辺は変化していき、2022年では公園化されて広い駐車場に津波伝承館が新設されていましたが、津波の被害を受けた校舎は9年後でも何一つ変わらずに残っています。
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河口から5㎞の距離にもかかわらず地震発生から50分後、津波は北上川に沿って上流へ押し寄せて学校を襲いました。校庭にいた児童78名のうち74名、教職員11名のうち10名、学校に避難していた地域住民や保護者、スクールバスの運転手も亡くなったのです。
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学校管理下にある子供が犠牲になった事故・事件としては、第二次世界大戦後は最悪の惨事だそうです。
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グランドの裏山は、子供たちがシイタケ栽培をしていたり馴染みのある山。決して山に登るのに危険ということはなかったのです。それなのに、地震直後に裏山へ逃れようとした児童に対し「戻れ!」と怒った先生がいて、連れ戻されたそうです。
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杉林の森が広がる裏山、子供たちにとっては普段は遊び場だった地。先生方には危険と映ったのでしょうか、避難場所を200m離れた北上川に架かる国道398号線の新北上大橋のたもとへ行ったのです。
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震災前の写真がありました。中央のは学校の校舎と裏に広がる集落。多くの住民が生活していたのです。
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津波伝承館は、朝早かったので開館しておらず、見学できなかったのが残念。
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学校から5㎞離れた汽水湖でカキの養殖が盛んな長面浦(ながつらうら)へ行く途中、刈り取られた田んぼに、シベリアからの渡ってきた白鳥が何羽も発見。
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きっと、刈り取った後に残されていた米や虫を食べているのかな?これと同じ光景をこの後に津軽地方でも見かけました。寒くなって来た証拠ですね。
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長面浦へ。北上川の上流からもたらされた土砂により砂州で囲まれた海が湖へなった場所です。形成理由から潟湖(ラグーン)と呼ばれる湖。大きいものでは、かつて面積で琵琶湖に次ぐ日本第2位だった旧八郎潟や3位のサロマ湖、現在2位の霞ケ浦など。
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北上川および太平洋とつながっているから、当然ここも津波の被害を大きく受けています。周囲には漁業者が住み、人家がたくさんあったのですが。
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現在はほとんど人は住んでおらず、工事関係者のみが仕事している現場です。橋の建設が終わって渡れますが、半島を一周する道路は工事中。
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ということで、次回はここ長面浦で散策して、思わぬ歴史を発見!古くからの歴史があったのです。
それを紹介していきます。
サッカーワールドカップ、対スペインですがかなりの強国で勝てる見込みは少ないけど、何が起こるか分からないのも魅力のサッカー。次回もテレビの前で応援します。

今月から来月にかけて寝不足が続きますが、そこは年金生活者の特権である自由な時間を持てる者として、昼寝の時間があること。毎日遅くまで見ています。優勝は何処か?ブラジルか?はたまた2回連続してのフランスか?

では、また!
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11月27日日曜日、天気は曇りで気温は最高でも6℃止まりで、先ほどは雪がちらつきいよいよ冬到来か、と思わせる天候です。
今日は、夜7時にサッカーワールドカップ、日本VSコスタリカの大決戦!
この試合に勝てば、グループ予選を勝ち抜きベスト16も大きく見えてきます。テレビは、テレ朝にするか、ABEMAにしようかと迷うとこですが、まずはしっかりと昼寝と食事をとって1秒たりとも見逃さないようにするつもりです。
ガンバレ!ニッポン!!

さて、ここは猫神社から仁斗田港へ帰る途中で見た見事な竹林!
ここまですごい竹林、自分は北海道では見たことがなく、感動的な場面でした。
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仁斗田は昔は大勢の人が生活したようで、実際大きな立派な家がありますが、その多くは空き家になっていて寂しい限りです。
この家も、高い石垣の上にある瓦屋根の2階建ての木造家屋ですが、2階の造りが独特で窓が1階の壁より突き出ています。それと北海道にはない、雨戸もあってうれしい!北海道では雨戸のある家は見たことがないですから。
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歩いていたら、「平塚八太夫」の看板を発見!
江戸時代に田代島を基点として、仙台藩や水戸藩の御用商人として活躍して巨万の富を蓄えた、田代島の豪商です。千石船や二千石船を使い北は樺太(現ロシア領サハリン)から南は東南アジアにまで、お米や水産物を商いして交易に励んだそうです。
西に銭屋五兵衛あり、東に平塚八太夫あり」と云われたそうな。
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奥に見える土蔵は、1909年(明治42年)に大火で焼失したが、蔵だけは残ったそうな。
西の銭谷五兵衛とは何者か?とWikipediaで調べたら、「江戸時代後期、加賀の御用商人で海運業者として巨額の富を蓄え、それは「加賀の銭谷か、銭谷の加賀か」とまで云われ、加賀一の大金持ちだったそうで、金沢市には「銭谷五兵衛記念館」までありほど。
なるほど、両者とも禁止されていた海外との密貿易を行って巨額の利益を得た、いわゆる悪徳商人だったのですが、同時に利益を地元に還元していて、よく言えばベンチャー企業の先端を走ったいた人物かも?
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お昼頃になってお腹が減って来たので、朝開いてなかった「クロネコ堂」へ。石巻市から船でやってきた観光客が何人かいて、店の中は満室状態。外で食べている人もいるし、猫が集まってきているので、スマホでカメラ撮影している方もいます。
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少し待って店内へ。
ここ、昔は「田代島簡易郵便局」だった建物。今は若いカップルがリノベーションして飲食の出来るネコカフェのような建物へ。
店内には、昔使用していた生活用品や漁業道具などを展示していて、壁一面に最盛期だった頃の写真を飾っています。
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右の若い女性たちの集合写真をご覧ください。30人以上が写っていますよ。漁業が盛んだった頃は、多くの若者たちがいたんですね。
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きっと、江戸時代から漁業で繁栄していた島で、本土側から多くの人が移住してきたのでしょう。かつては数百人以上が定住していたといいます。現在は52名と10分の1以下へ減少。今回10月と今年4月の2度の島へミニ旅では、子供姿は一度も見れなかったのです。
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この写真、島のパンフから借りました。
お昼の食べた「クロネコ堂」のカレーです。ボリューム感は成人男性には物足りない感じでした。










食事後散策したら、とある神社へ。
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説明板を見たら「稲荷神社」で、1106年というから平安時代の後半に京都からの落人が京都伏見稲荷から分けてもらって島の守護社となった、と。
当時の歴史を紐解けば、平氏の進出と平氏政権が確立した時代で、敗れた源氏一族が落ち武者として逃げ落ちて来たことも考えられます。
平氏政権は以後70年以上続き「平家にあらずんば人にあらず」の時代となるのです。
が、源氏の盛り返しでやがて平家滅亡へとなっていき、鎌倉時代は逆に平家が落ち武者として全国に散らばりますが、1106年だと源氏の落ち人がこの島へやって来たことも、アリだと思います。
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稲荷大明神とありますね。奥は稲荷神社の赤い鳥居のように朱色の本殿。
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左側には、お寺に釣鐘もありましたあ。これって、多分神仏習合時代のものでしょうね。
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ここで、除夜の鐘などを突いていた時代もあったはず。明治時代の神仏分離時代には逆に神社にあったから残っているのかも?
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ただここを管理維持している人はおらず、地元の人も高齢化で放置されているような状態です。
気持ちの悪い黄色の蜘蛛があちこちに巣を張っていて、棒でつぶして歩いていたのですから。
江戸時代には、みちのくらしく湯殿山、月山や羽黒山、秋田の大平山まで参詣しているんですね。
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島では、若者はいないわけでなく車を動かしているのは30代から50代に見える人たち。漁業関係者でしょうね。
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高台に上がって仁斗田の集落を撮影。半分以上は空き家でした。島では標高が一番高い部分は100mほどですが、ここでは50mくらいか?
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軽自動車が1台見えます。車は数台または十数台走っていますが、ガソリンはどうしているのかな?多分、生活に必要な物資は毎日船で運んで来るのでしょう。その中にガソリンもあるはず。
島の中にはガソリンスタンドは一軒もなかったですから。
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 ということで、猫の島の田代島を4回にわたって紹介いたしました。
またもう一度行ってみたい!いや2度も3度も行きたい!と思わせる島でした。

歴史を調べたら、田代島は明治時代から本土側の萩浜村に属していましたが、1955年(昭和30年)に石巻市へ編入されています。
ところが、となりの島の網地島は、明治時代は、鮎川村へ属していて、鮎川はその後牡鹿村と名を変えて。やがて牡鹿町へとなり、2005年4月1日に周辺の町村の雄勝町・河南町・桃生町・北上町・河北町と共に石巻市へと合併しています。だから2つの島は近くても、それぞれの歴史は違うんですね。

次回は、本土側にわたり宮城県を走ります。
では、また!
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11月26日土曜日、天気は午前中は大雨で雷も鳴る豪雨警報で、強風もあり一時は外へ出ることも出来ず激しく雨が降っていました。午後からは曇りへ、やがて時々太陽が顔を出してきて風も止んで3時からはいつものウォーキングが出来て満足でした。

連日、サッカーワールドカップを見ていて寝るのは午前0時を過ぎてしまう。それでも起きる時間は6時半頃で、寝不足気味は昼寝をして解消。明日は、午後7時から日本VSコスタリカ。
コスタリカは、世界で唯一軍隊を持たず、幸福度では世界1位の国。決して裕福な国ではないけど、心が豊かなんですね。スペイン語でコスタは海岸、リカは金持ち、裕福。心が裕福なんです。
でも、日本が勝利しベスト16へ進出してもらいたいです。

さて、ここは田代島の中央部で標高は50mほどの高台にある旧田代中学校跡地を利用した「島のえき」。
克己」とか「根性」、「希望」の文字がありますね。生徒たちがいた時は、部活動もあっただろうし、克己心や根性も必要だったのでしょう。
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猫たちが、何かを待ち構えている様子です。窓の中を見ている猫もいるし、ドアの外から覗いているの猫も。
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やって来ました。この方は、「島のえき」の管理人で、かつ島のボランティア活動をしている人で毎朝9時にエサを与えるためにここへやって来ます。大量のニャンコフードを与えています。
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流しソーメンのように、竹筒を半分に割いた容器にご飯を与えて、猫たちは行儀良く一列に並び朝食を食べています。
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エサ台はあちこちにあって、一人で、いや一匹で食べる孤食が好きな猫も。みんな、真剣に黙食です。
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エサは毎日3食で、かなりの量。聞くと、全国からの寄付やSNSからカンパもあるとか。募金箱もあって、我が家でも猫を飼っているので寄付してきました。
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募金などは、田代島の猫と検索すると出てきますので、関心ある方は宜しくお願い致します。
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中には、食べ終えた猫ちゃんも。「ウーン、満足じゃ」
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食後はひと眠りする猫もいれば、椅子でお休み中の猫も。奥に見えるのは、もしかしてミカン?
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そうでした。ミカンです。ちょうど食べごろです。雪国・東北の宮城県でも、ここは温暖だからミカンの木に実が茂るのです。美味しそう~!
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モデルになってくれた猫。怖い顔をしないでよ。といっても、笑顔になれない猫。でも、手をそろえて挨拶してくれます。
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「島のえき」から北へ歩いて200mほどで、猫神社へ。
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漁業が盛んな田代島では、昔から猫の行動で漁の良し悪しが判断されていた言い伝えがあるそうです。大漁を招く縁起の良い生き物として島民から親しまれてきた歴史があるのです。
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たくさんの置物の猫がありますね。
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招き猫は右手を上げて幸運をもたらすと。中には左手を上げている猫も(左上)。
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石に描いた猫もあるし、金色の猫も。
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奥の祠は、猫の安全と大漁祈願!
この猫神社、国土交通省の「島の宝100選」にも選ばれています。
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ズームしたらボケてしまいました。猫の顔が描かれている祠。神様は猫!
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ということで、4月に訪れて10月にも再度訪問した猫の島である田代島。また3度目の訪問をしたい!と。次に来るときは、最終便まで粘って島全体を歩きたい!なと思ってプランを立てています。
次回は、港へ戻り朝閉じていた歴史資料館の「クロネコ堂」へ行きます。そこで見た昔の田代島とは!を紹介していきます。

では、また!

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11月25日金曜日、天気は今日も晴れで気温は最高で11℃だったが、太陽が出ている場所では暖かくていつもしているウォーキングはとても気持ちが良かったです。
でも、明日は雨とか。それでも気温は最高で17℃まで上昇するから、今年の11月は非常に暖かい秋だったし、雨の日が少なく逆に太陽が出ている日が多く、例年になく今年11月は太陽光発電がパワーを発揮していて嬉しいです。

さて、田代島に上陸して島を北へ向かって歩きます。昨日紹介した船が発着している港のある仁斗田港から歩くこと30分ほど。とある民家の前へ。軽トラの荷台に何匹かの猫ちゃんがお昼寝中。
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荷台の上だけではなく、水を飲む猫もいます。この画面だけで6匹。
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カメラを写しながら歩いていたら、フロントガラスの前にも1匹!
狭い場所で器用に居眠りしています。いったい、何匹ここにはいるんだろう?
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リュクを降ろして撮影していたら、リュックの奥からもう一匹現れて、「何してんだろう?」と睨みつけてきました。「別に怪しい者じゃないよ」
この島に上陸する観光客は皆猫好きだから、猫を虐待する人なんていないでしょう。そんな人はわざわざお金を払ってまで来ないはずです。
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歩いて1時間もしないうちに旧田代小学校へ。
校門は残っているけど、校舎はないしグランドを含む敷地は自然に帰っていますよ。
草木が茂り、校門を見なければここが学校だったなんて、誰も分からないでしょう。
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さらに進んでほぼ島の中央部辺りまで来ると、中学校校舎を利用した「田代島 島のえき」がありました。ゆっくり歩いて、ここまでで1時間くらいかな?
それにしても、道路との間に立つ木々は、ヤシの仲間でしょう。まるで四国の徳島県や高知県などで見ることが出来るような樹林で、ここは亜熱帯気候なの?
看板を見たら、どうやらここで飲食が出来そうですね。
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グランド跡地はヘリポートになっていて、島で救急患者が出た場合に石巻市からヘリコプターが飛んでくるのでしょう。何せ、島には診療所の建物があったけど、開いているいるのは週に2,3回で。それも船で石巻市から、巡回でやって来る医者と看護師さんに頼らざるを得ないのです。
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奥が中学校だった校舎を利用した「島のえき」で、お土産屋さんを兼ねた飲食出来る場所です。
左の建物はトイレ。誰でも利用できます。
なお、島では車中泊を禁止しています。もっとも、島へ渡る船は車を1台だけ乗せるスペースがあるけど、料金は非常に高い!だから島で車中泊するために車で来る人はいないでしょう。
泊るなら、島には民宿(仁斗田に2軒、大泊に1軒)があるし、キャンプ場(マンガアイランドという場所にはロッジもあるし、テントサイトは有料だけど多数あり。)もあります。
もっとも、島は小さいから1日あれば十分歩いて回れます。
この辺りはネットがやっとつながる地で、向きを変えてやっとつながりました。つまり、森の方向を向いていると圏外へ。海の方向だとつながる感じです。
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猫ちゃんがわざわざやって来て、テーブルの上でご挨拶。それとも、どんな客かチェックしているのかな?クロネコも尻尾を上げて警戒している様子。
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二宮尊徳の像が残っていて、これって戦前の残りでしょうね?まさに勤勉を奨励していた戦前教育の象徴だった二宮尊徳、またの名を金次郎。
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田代島k表幾の歩みが石碑になっています。小学校は先ほどの田代だけではなく、北の港の大泊にもあったんですね。中学校はその中間にあるここ田代中学校1校だったのです。それも、平成元年の1989年には閉校されています。
昭和63年というから1988年には小・中併設となって、この校舎で学んでいたけど翌年には閉校になるんですね。
開校は明治の初めで、おそらく明治時代になって教育制度のが初めて整ったのでしょう。住民は江戸時代も、その前からも多くの人々が住んでいたはずです。
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校歌がありますが、冒頭の「黒潮の流れの・・・」とあるように、やはり冬でも暖かい気候なのです。
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建物の周りには、大勢の猫たちが集まっていますよ。何を待っているんだろう?
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中には、毛布の上にもテーブルの上にも、果ては手すりの上にも。
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自分のリュックが開いていたので、中に入ろうとする猫も。何が入っているんだろう?かと覗き込む猫。猫って、箱の中や袋の中に自分から入って遊ぶますからね。
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数えただけでも50匹以上、たくさんの猫ちゃんたちが待っていたのは、なぜか?
そのわけは、次回で詳しく紹介いたします。

では、また!
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11月24日木曜日、天気は今日も晴れで、気温は日中は14℃くらいまで上がり外を散歩したらポカポカして暖かい日。洗濯物も外に干しているし、空気も乾燥しているから乾きやすい。でも、こんな秋晴れの日はあと何日続くのか?そろそろ冬将軍がやって来そうな気がしますが。

昨夜は、サッカーワールドカップで、日本がドイツに2-1で勝利して大興奮!前半を見る限りではドイツに大敗か?とも思われたが、後半に入りメンバーを換えてから大逆転!時間は0時を過ぎてもテレビに夢中になって寝る時間が遅くなるほどで、実に面白い試合でした。
こうなったら、次回のコスタリカ戦も勝利してベスト16に進出してもらいたい!と期待したいです。

さて、秋の旅は車から離れて島へ船で渡ります。車は車中泊した鮎川港の駐車場に置き、港から朝7時20分発の船(フェリーではなく、日頃地元の方や観光客を乗せる遊覧船クラスの船)で料金は片道810円だったかな?と。往復で1620円と覚えています。
鮎川港から10分ほどで網地島(あじしま)長渡(ながわたり)港へ、さらに網地島の北の港の網地港へと。次に田代島(たしろじま)仁斗田(にとだ)港へ向かいます。
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網地島の2つの港を経て、田代島へ8時ころに到着予定。奥に見える地は牡鹿半島の山々。いわゆる島から見た本土側の地です。
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網地島の長渡港です。島の中では北の網地港と並ぶ人が生活している地区です。今年4月に来た時は、ここから北にある網地港まで4時間歩きましたが、今回はパス。真っ先に次の島の田代島へと向かいます。
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大きく揺れることもなく、海は凪ぎ状態ですんなりと田代島へ上陸。
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船は、港でUターンして次の経由地の田代島の北の港である大泊港へ行き、その後は石巻市の港へと向かうのです。つまり、石巻港と鮎川港の間にある2つの島のそれぞれ2つの港を経由していくわけです。所要時間は、1時間半ほど。朝、鮎川港を7時20分に出て網地島、田代島のそれぞれ2つの港へ寄り石巻港(門脇港と中央港)へ着くのは8時42分です。
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帰りもよろしく!と。帰りは午後1時半頃の同じ船に乗って鮎川港へ戻りますからね。
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ズームして見ると、1階、2階合わせると100人以上は乗船出来ますね。
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で、島に上陸。早速、猫がお出迎えしています。
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左に行くと「ネコが多い」、右は「少ない」表示。置物の大きな浮きは猫!
よく見ると、「島のえき」や「猫神社」の文字が。
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田代島は、猫の島、ネコアイランドなのです。だから置物も猫だらけ。面積はわずか2.92平方キロメートルの島に、人は52人(2022年)に対し猫は200匹以上いるとか。
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港の猫とは違う猫が挨拶しに来てくれました!?歩いて10分もかからずに太平洋を見渡す海へ。
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まずは、仁斗田地区を散策。「クロネコ堂」という名の田代島歴史資料館へ。
ただ、朝9時前だったので閉じていました。昼頃にランチを食べに寄る予定ですので、もう一度来ます。
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家は多いけど、空き家が目立つ。4月には気が付かなかったけど、この時期は蜘蛛の巣があちこちに張られていて、それも黄色の気持ち悪い蜘蛛が多い。何回か蜘蛛の巣に引っ掛かり、声を上げてしまう。
北海道にはいない蜘蛛の種類でしょうか?冬は0度以下になることがなく、植物も亜熱帯性のヤシの仲間もあるから暖かい地なのです。
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屋根も瓦屋根が多い。北海道は一般住宅では瓦屋根はほとんどありません。
冬は凍結の恐れがあるし、雪を滑り落とすためにはトタン屋根が良いですからね。最近は太陽光パネルを直に屋根に取り付けている家もあるから、なおさら瓦屋根は少ないのです。あるとすればお寺とか、純和風の家くらいです。
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で、あるお寺へ。ただ住職さんはいないみたい。若者はどんどん出ていきますからね。昔は、小学校も中学校もあったけど廃校となり、今は子供はいないように見えます。
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左の木はどう見ても亜熱帯で成長している木のように見えます。常緑広葉樹が多いし、照葉樹も多い。寒さに強い針葉樹が少ない感じです。
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この神社も無人で、階段を登り鳥居までは蜘蛛の巣をいくつもくぐり抜けて行かねばばいけないから無理。
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ということで、今年2回目の猫の島、田代島。次回はもっと猫を紹介します。
しばらく夜は、サッカー・ワールドカップに夢中になりそう。開催国カタールとは6時間の時差があって、どうしても夜10時を過ぎてからテレビを見るから、終わるのは0時過ぎ。
今日も韓国VSウルグアイの試合を見ます。

今回は、アベマで全試合無料で放送してくれるからうれしい!
しばらくはサッカーで楽しめそうです。

では、また!

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11月22日火曜日、天気は快晴だけど気温は昨日よりも7度も低く最高で9℃と寒い日です。雪は降らないけど、北風が冷たく空気も乾燥していて冬の日といった感じです。

先ほどまでABEMAでサッカーワールドカップ、アルゼンチンVSサウジアラビアの試合を見ていましたが、何と格下のサウジが2-1で逆転勝利!8万8千人が入ったスタジアムの興奮した雰囲気と云い、実に見応えのある試合でした。まさしく、ジャイアントキリングのゲームで大感動です。
この勢いで明日の日本もドイツ相手に勝利して欲しいです。

さて、ここは石巻市の旧鮎川町にある鮎川港に出来た観光物産交流施設Cottu(コッツ)です。
建物内には、網地島と田代島、金華山への航路切符売り場を始め、寿司屋さん、レストラン、土産販売店、観光案内所などがある大きな施設です。
中に入って驚いたのが、このピンクのピアノ!
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このグランドピアノ、すべてにわたってピンク色に装飾されていますよ。
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増田セバスチャンとあるけど、何だろう?
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それにしてもすごいピアノです。今年4月に来た時はなかったのに、10月に展示していて驚いたのでした。
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内部は、かなり広く奥に島への切符売り場があります。「きっぷ売り場」の文字が見えますね。
中央部にはテーブルと椅子があって、フリーWi-Fi、無料でくつろげるから大助かり。
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外観はこんな感じ。ただここ鮎川にはコンビニは1軒のみで、港からは離れた場所にデイリーヤマザキがあります。となりは郵便局。それと500円で入れる温泉施設「牡鹿交流センター・ほっとまる」は、ここから3㎞程離れた場所にあります。
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別名「ホエールタウン おしか」。広い駐車場があって、ここは車中泊するには最高の場所です。6時に閉館するけど、そとにもベンチがあってフリーWi-Fiが効いています。トイレは24時間開放していて、助かります。
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牡鹿半島は宮城県の東部。リアス式海岸の険しい海岸線が続く半島で、手前右が金華山、左に網地島と田代島があります。
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同じ建物内だけど、南側には動物学博物館の「おしかホエールランド」があって、無料で見学できる場所と400円払って見学する捕鯨に関するコーナーがあります。
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牡鹿半島というくらいだから、牡の鹿の剥製が展示。
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その外側には、捕鯨船前広場があり捕鯨船の第16利丸(としまる)が公開中。でも、時間が確か3時半だったかな?4時だったか?自分が行ったときはちょうどカギを閉めていた時で、内部は見れずガッカリ😞。
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かつては世界三大捕鯨場といわれた鮎川港。そして、南氷洋に出航したのもここ鮎川港。1959年には捕獲頭数世界1になったのです。その時の捕鯨船が第16利丸です。
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クジラの展示物と船は夕焼け空に映えますね。
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kottuではクジラの料理を出すレストランもありますよ。
鯨刺身定食2420円、鯨ユッケ丼1200円、鯨のみそ焼き定食1600円。
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明日朝、猫の島である田代島へ渡るのは、ここ鮎川港から。朝7時20分発なので、ここで車中泊するのがベストです。
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この日の夕焼けは最高でした。
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kottu全体を公園から見ます。左側が観光物産交流施設のコッツ、右側がおしかホエールタウン。
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で、次回は朝早くにネコアイランドへ行きます。
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ということで、ここは夜間は閑静で車中泊するには最適な場所で、三ツ星を付けたいです。
トイレもウオシュレットの清潔なトイレ。温泉も車で5分ほどで行けるし、島めぐりには最高のところです。
次回、猫の島の田代島をお楽しみに!

では、また!
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11月21日月曜日、今日11時過ぎですが、5回目のワクチン接種をしてきました。今回は1回目、2回目と同様のファイザー製で、3回目、4回目のモデルナ製とは違って一安心。モデルナは翌日の副反応が強くて1日寝込んでいましたからね。熱はなかったけど、だるくてだるくてベッドで横になってやる気なしの状態でした。
もっとも、免疫力を付けるのは何もないよりはいいのか?どうかは分からいなけど、どちらにしても次もあるのかどうか?早く収束してウイズ・コロナで気を付けながら生活していくしかないのでしょうね。

さて、南三陸町の今年10月1日にオープンしたばっかりの道の駅「さんさん南三陸」。八幡川に架かる木造の橋を渡って対岸へ行きます。
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橋の途中から道の駅の商店街を撮影。一棟に5店舗くらいあって、その建物が4棟ほど。あわせて20店舗以上か?それ以外にも独立した建物を持つ店舗もあって、かなり賑わっていました。この日は、珍しく大型バスで外国人観光客の団体さんも来ていて、英語を話す人々も大勢いて賑わいを増していましたが、残念なのは震災伝承施設が休館日だったこと。年中無休でやることは出来ないものでしょうかね?
それとも、運営するには人手が足りないのかな?
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地図を見たら、小さな川の八幡川。源流部は、北西へ10㎞もない登米市との境界にある標高300mほどの山にある弥惣峠から流れ出ています。河口は、完全に人工的な堤防で震災後に建築なされたもの。海の近くだから、多くのカモメが飛んでいます。
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北方向には、かつてのJR気仙沼線の駅「志津川駅」のわずかに残ったホームと駅表示板が見えています。
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南側には、津波で破壊された当時の南三陸町の防災対策庁舎が残されています。てっぺんまで押し寄せた津波。てっぺんで耐えた数人しか生き残れれず、後の人たちは津波に飲み込まれていったのです。
ここも、毎年のように訪れていて、年を追うごとに変化していき、ついに公園化されて今は残されています。
でも、残されているから、まだまし。岩手県大槌町のように、町役場は完全に撤去されてしまい、何もない状態になったら、後世に伝えるすべがまったくなくなり、子供たちはこの町で起こった出来事を映像か、他の町で見学するしかないのですから。
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ここでも、死者・行方不明者331名いらっしゃるんですね。本当に三陸海岸沿いの市町村では大勢の方が亡くなっています。
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今から50年前、私が20歳の頃ですが、自転車で東京を出発してここ旧志津川町を走ったことがあります。「寅さん」に出てくるような宿屋に泊まった記憶があるのです。
寂しい漁村だった志津川。奥の巨大な防潮堤の奥に海が見えていますね。
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北側を見ると、破壊され骨組みだけの旧防災対策庁舎と、サンサン商店街と津波伝承館の建物が見えます。
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東側は海。防潮堤の前のビルは、震災遺構となっているブライダルパレス高野会館。津波を受けたけど、建物はしっかりと残されています。
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西側には、駅跡。高台には宮城県立志津川高校の校舎が見えます。
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北側の左には高台に出来た南三陸町立志津川中学校、右には南三陸町立志津川小学校
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続いて女川町へ。JR石巻線の女川駅は素敵な建物で、左半分は「女川温泉ゆぽっぽ」になっています。
料金は500円で、露天風呂はなし。駅裏に無料の駐車場あります。
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足湯もありました。もちろん無料。
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マンホールには、「きらきらいきいき港 女川」の文字。
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で、この日は牡鹿半島をさらに南下して石巻市の旧鮎川町にある鮎川港へと。そこで道の駅のような物産館前の駐車場で車中泊するのですが、それは次回で紹介します。

昨夜は、ラグビーの日本代表と世界ランキング第2位フランスとの対決。敗北しましたが、とても見応えある試合で楽しめました。やっぱり、自分はサッカーよりはラグビーの方が好き。
来年はフランスでワールドカップです。果たして、前回のベスト8を越えて準決勝まで行けるか?

もっとも、サッカーも好きだから今夜のイングランドVSイランの試合も楽しみにしています。
日本はグループリーグを2位以内で通過できてベスト16に進出できるのか?そのためにはドイツかスペインのどちらかに勝利しなくは行けないです。もちろん、コスタリカにも勝利しての話ですが。
23日のドイツ戦が大きなカギですね。

では、また!
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11月21日月曜日、天気は晴れで気温も最高で12℃くらいまで上昇し、日の当たる場所では15℃にも達しとても暖かい。
ついに、昨日深夜から中東の産油国カタールで、サッカー・ワールドカップが始まりましたね。日本の出番は23日のドイツ戦。テレビでは見るけど、砂漠の国や国内事情を考ええると、とても現地観戦したいとは思えないです。そもそも、石油と天然ガスの成金国のカタールは選考の段階で、開催権を買収したという話もあるし、何よりも物価が高すぎますからね。日本チームには頑張ってもらいたいですけど。

さて、ここは宮城県南三陸町。陸前高田市から三陸自動車道で気仙沼市を通過して、南三陸町の歌津で降りて、下道の国道45号線を南下して町の中心地から少し外れたところにある、新しく出来た道の駅「さんさん南三陸」へ。
広い駐車場があって、まず目に付いたのがこのモアイ像
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なぜ、ここにモアイ像があるのか?その理由は左側に詳しく説明してありました。
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今から62年前の1960年(昭和35年)に南米チリで大地震があり、その津波が太平洋を横断してここ旧志津川町(その後、歌津と合併して南三陸町)へ。津波の高さは5.5mで、その被害は41名が亡くなりました。その30年後に防災意識を高めるためと、復興を目指した友好の証を後世に伝えるために、モアイ像設置を決めたそうです。
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2011年3月11日の東日本大震災では、その数トンもあるモアイ像も流され、その後がれきの中から発見。再び元の姿に戻そうと、この地に再建されたのです。
ちなみに、モアイとは「未来に生きる」というイースター島の言葉だそうです。
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サンサン商店街は、震災後に町の有志たちが再建しました。自分は2013年4月に訪れた時に、ここで旬の海鮮丼を食べています。
オープンしたのは、訪問した時の10日前の2022年10月1日。当初は4月だったがコロナの流行などで半年遅れの開業となったのです。
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となりには、東日本大震災の伝承施設「南三陸311メモリアル」、観光案内所と交流施設の「南三陸ポータルセンター」があって、この建物、有名な建築家の隈研吾さんが担当したとか。
が、伝承施設は前日が月曜日でも祝日で開館して、翌日のこの日は休館日で見学できず、ガッカリ。
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それでも、外にあったこの巨大なウサギの像のベンチでは、多くの人が座りカメラを撮っていましたが。
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で、ここには小さな川である八幡川に架かる木造の橋があって、それを渡るとある津波の被害を受けた建物が保存されているのです。
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次回は、この橋を渡り広大な公園になっている場所を散策します。

では、また!
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11月19日土曜日、天気は快晴で気温も最低は4℃、最高は10℃くらいで外を歩く分には太陽の出ている場所では暖かくて外出しやすい天候でした。

さて、ここは岩手県の太平洋岸最南端の町、陸前高田市。前夜は道の駅「高田松原」で車中泊。
ここの良いところは、
①広い駐車場があること、特に海に向かって右側は乗用車専用、左側は大型車専用になっているから右側ではアイドリングしているトラックはないから、とても静か。
②夜間は午後8時ころまでは道の駅の前の国道45号線は通行量はある程度あるけど、8時を過ぎると少なくなり夜間は閑静。
③道の駅を構成する東日本大震災津波伝承館のロビーは24時間開放していて、そこにはホテル並みにとても清潔なトイレもあるし、テーブルとイスがあってしかもフリーWi-Fiなのです。だから夜寝るまでそこでスマホやタブレットを見れること。

10mかさ上げした新市街地へ行ってみました。車は「アパッセたかた」というショッピングモールの広い駐車場に停めて歩いて散策。
まず遠くにあるけど目に付いたのが、10m下の旧陸前高田市市街地があった場所で、津波の被害を大きく受けた地に新しく造られた野球場です。
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ナイターも出来る野球場です。
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この辺りは、運動公園になっていて、奥には天然芝のサッカー場や屋内練習場もある一大スポーツ施設がある公園です。
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よく見たら、楽天イーグルス奇跡の一本松球場とあります。正式名は「高田松原第一球場」。
ここで、楽天の2軍チームが試合をしたりするのでしょうね。

旧道の駅の震災遺構のタッピク45や新道の駅も見えます。
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これがタッピク45。建物の正面の上に津波の高さが分かるラインがあります。
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10mかさ上げした地を歩きます。かさ上げしても土地が生かされずに放置したままの場所には、黄色の野の花のオミナエシが繁殖していています。なかなか元通りにはならないのです。
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広大な旧市街地の地は、どう活用されるのだろうか?
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ある時は、一面田んぼにうるというプランがあったけど、田んぼになったのはごく一部でしかありません。あるビルが見えていますね。
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震災遺構となっている、津波の被害を受けた「米沢商会ビル」。
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こんなところまで津波が襲来したのです。でも、ここのオーナーは一番上で命からがら助かったといいます。よく耐えたことか!
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こんなに広い地をどうするのでしょうね。
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かつては、下にあったJR東日本の大船渡線の陸前高田駅は、10mかさ上げした地にBRT=バスの専用路線の駅として新築されました。
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奥に見えるのがショッピングモール街のアパッセたかた。地元スーパーの「マイヤ高田店」は車中泊する時はよく利用します。午後5時を過ぎると食品が割引になるからです(笑)。
左側には陸前高田市立図書館もあるし、書店もあるのです。
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郊外には、見どころいっぱい。例えば気仙大工左官伝承館は箱根山(445.6m)の山頂手前にあるし、広田半島の一番奥には黒崎仙峡というきれいな海岸もあって温泉もあるのです。
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アムウェイが建てた通称アムウェイ・ハウス「まちの縁側陸前高田」という一面ガラス張りの建物は観光案内所もあるし、カフェも併設しています。
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そのとなりには、陸前高田市東日本大震災追悼施設があって、犠牲になられた市民1757人の名前が各町内ごとに刻まれています。
当時の陸前高田市の人口24246人に対し、1757人(行方不明者も含めて)は人口比で7.2%。人数においては石巻市に次いで2番目ですが、岩手県では最大。津波浸水域人口に対する犠牲者率は10.64%で、岩手県・宮城県・福島県沿岸の37ある市町村の中では最大だそうです。
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遠くに見える黄色の地は田んぼで、稲穂が黄金色になっています。もうすぐ稲刈りです。でも、その地はごくわずか。残りは放置されたままです。
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米沢商会は、10mかさ上げした地に新しく建物を造り今も営業しています。
奥に見えるのは、多分陸前高田市の水道ポンプ場の建物でしょう。
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これを見ても、田んぼは広大な旧市街地の一部でしかありません。
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最後に陸前高田市立博物館ですが、今年春に訪れた時も昨年訪れた時も開館しておらず、閉じたままです。立派な施設で、震災後に建てられたものですが、いったいどうなっているのでしょう?
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調べてみたら、今年2022年11月5日にオープンしたようです。オープンして、まだ2週間ほどです。道理で自分が訪れた時は、まだオープン前だったのか?
訪問者によれば入場は無料で、内容は震災前にあった博物館+海と貝のミュージアムで、見応えたっぷりだそうです。
その情報を得て、来年再び訪問して是非見学したい!と思ったのでした。
次回は、宮城県に入り新しい道の駅が出来た南三陸町を訪れます。

では、また!
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11月18日金曜日、天気は晴れのち曇りのち雨。午前中は晴れていたけど、午後からは曇りへ。夕方からは雨が降りだし、雷注意報も出ています。
気温は朝方は氷点下へ下がり、朝外へ出てみたらバケツの水には薄氷が張られていたし、畑の土には霜が降りていてわずかに残っていた野菜はガチンガチンの状態。
今年の畑はこれで完全に終わりとなりました。毎年のことですが、やっぱり11月の半ばになれば育ちません。日照時間は短い上に、日の差す角度が低く太陽が当たらない場所も多く、何よりも気温が低すぎて野菜には成長は無理なのでしょう。
また来年3月中頃までお休みです。3月半ばになれば土お越しから始まって、3月末には第1号として寒さに強いジャガイモの種芋を植えていきます。その時は、またblogで紹介していく予定です。

さて、ここは岩手県太平洋岸の最南端の町、陸前高田市の道の駅「高田松原」です。
奥の建物は、東日本大震災津波伝承館で、無料で見学できます。
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奥に見えるのは、海に面した公園、正式名は「高田松原復興祈念公園」で、歩いて行けます。後から紹介します。
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で、こちら側が道の駅の物産館で、レストランもあります。
前回の秋田市にある秋田県立博物館から近くのインターチェンジから自動車道に乗り、秋田自動車道東北自動車道と乗り継いで陸前高田市へ。祝日だったのでETC料金は3割引き。250㎞の激走でした。
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天気予報通り、晴れまではいかないけど、雨は止んでいて曇りの状態。明日は晴れるとの予報で、来て良かったです。
海が見える高台まで歩いてきました。
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かつては白砂青松100選、渚100選に選ばれた高田松原、10万本の松があった海岸もすべて津波で流されたりその後の塩害で震災前の松の木は1本もなし。現在は元の状態へ戻そうと植栽しています。
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広田湾は少し荒れ気味で、波も高かったし空模様もやっと雨が上がった有様です。雲流れが早い。
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1本の花が寂しい。穏やかそうに見える海も、あの時は狂ったように荒れたのです。二度とあって欲しくないけど、忘れてはいけないあの時。
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ここまで200mくらいか?手前は海とつながった沼になっています。
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右側(方向的には北)を見ると、旧道の駅高田松原、現在は震災遺構のタピック45が見えています。
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ズームして見ましょう。奥の山は氷上山(873.7m)をピークとした山々。雨上がりなので雨雲がまだ残っていますね。三角の屋根の建物の中頃に津波のマークが見えるのがお分かりでしょうか?ほとんど建物が被るほど津波が襲来したのです。
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こちらは南側で「奇跡の一本松」が見えますが、この写真では分かりづらいですね。
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ズームすると分かるかも?
真ん中左側に見えています。奥の住宅街は震災後に山を削り平坦にした跡地に出来た新しい住宅です。
造成中は、削り取った石や土をベルトコンベアーで運び、10mかさ上げした地を造ったのです。その削りとった山が平坦になり新しい町が誕生したのです。
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震災の2年後、自由の身となった私は毎年、しかも春と秋に訪れていて、その変容ぶりは手に取るように分かります。訪れる度ごとに町の様子が変化しているのが分かるからです。
次回は、翌朝に町の変容ぶりを紹介いたします。

では、また!
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11月17日木曜日、天気は今日も秋晴れの日ですが気温は最高で9℃と空気は冷たく、青空の下で被災ぶりにサイクリングしたが寒くて1時間でギブアップ。暖かい家の中で日中は過ごしたのでした。

さて、ここは秋田市の道の駅「あきた港」。ガラス張りの建物の外に見える高層ビルは「セリオン」という名の高さ100mの展望台です。上までは無料のエレベーターがあって、見晴らしは良いけど残念ながら10月10日のこの日は朝から大雨で、しかもここへ到着した時間は9時で、開館は9時半だからエレベーターは運行していなかったのです。
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ここへは、昨夜車中泊した仙北市の道の駅「協和」から国道13号線を走り、市街地で国道7号線に合流して1時間半ほどで到着。でも、時間が早かったのでした。それでも、この建物だけは24時間開いていました。
セリオンタワーは高さ93mでしたね。そして、ここには、あの金足農業高校のエースだった吉田輝星投手のことが展示されていたのです。
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もう5年も前のことですが、夏の甲子園で決勝まで進出、決勝では大阪桐蔭高校に負けたけど、進んだ道はプロ野球北海道日本ハムファイターズへ。もう4年経ちましたが、そろそろ今年辺りは大活躍してもらいたいです。
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この胸を張って校歌を大合唱したのは一世を風靡しましたね。
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ここには、うどんの自動販売機があるのです。が、朝早かったから昨日の「本日完売」の看板があって、今朝はまだ補充していなかったのです。これまた残念・・・。
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吉田輝星投手がうどんを食べている写真がありますね。そうそう、NHKの「ドキュメント72時間」でも取り上げられていました。
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そのアリオンからさらに北へ5㎞ほど行くと、JR東日本の奥羽本線追分駅へ。駅の近くには先ほどの金足農業高校があります。
実はそこを見学しに来たわけではなく、高校の向かい側に県立博物館を見学したかったのです。この日は朝からずーっと雨で、雨の日の過ごし方は建物の中が一番。
そこで、ゆっくりとしかも無料で見学できるここを選んだのです。が、開館は10時で、開館まで30分以上もあります。
そこで、となりの施設の同じ秋田県立泉潟公園内にある水心苑を見学することにしました。
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こちらも無料。秋田県で初めての本格的な日本庭園で、広い庭園は大きな池が2つあって歩いて散策が出来るのです。こちらは9時オープンだったから、開館と同時に庭園内に入れました。が、もっとも雨は次第に激しく降って来て、傘を差しながらも靴は濡れてビショビショに。
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水心苑は1979年(昭和54年)に開園したというから、今年で43年目。名前は、地元の名士である石川理紀之助翁が詠んだ一首「足引きの 山田に落ちて 行く 心易くも 身はなりけり」から二文字をとって名付けられたとか。
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雨の中でも、鯉は関係なく泳いでいますね。
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晴れていれば、もっと奥まで1時間かけて歩きたかったけど、10時近くになり博物館へ行くことにしました。
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で、入館。最初は刺し子を展示。
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人文展示室では旧石器時代から現代までの秋田の歴史を紹介していて、とても分かりやすい。
ここは縄文時代の竪穴住居跡を再現。
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さらに自然展示室では、秋田の野生動物たち。
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マタギの里があるから、当然月の輪熊もいます。
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恐竜も発見されていて。
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マンモスも。
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巨大イカも。
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これはつがる市木造の亀ヶ岡遺跡で発見された宇宙人のような遮光器土偶に似ていますね。
もっとも、昨年ユネスコの世界文化遺産に認定された「北海道・北東北の縄文遺跡」は青森も秋田も入りますから、同じような土偶が発見されても何ら不思議ではありません。
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こちらは、北秋田市の伊勢堂岱遺跡で発見された土偶のようです。耳が大きく、これも宇宙人みたい。
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 ここの博物館は入館が無料の上に、さらに展示物が豊富でゆっくり見学すれば1日は必要。レストランもあって、ランチ後も見学し午後まで滞在。
その後は、フリーWi-Fiが効いている館内で天気予報を調べたら、明日も雨とのこと。雨が上がる地域はないのか?晴れている地はあるか?結果、太平洋岸へ行けば雨は上がり晴れマークも見えると出ました。
そこで、明日も雨の中を走るよりは一気に太平洋岸へ行こう!と決断。自動車道を250㎞走り岩手県陸前高田市へと向かうことにしました。
次回は、太平洋岸の陸前高田市からお伝えいたします。
では、また!
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11月16日水曜日、天気は晴れで気温は最高で9度と肌寒い天候でした。札幌市や室蘭市は今年初雪を観測。函館市内は雪こそ降らなかったが、ニュースを見たら函館山山頂付近は吹雪で、山は雲の中で山頂は見えずで、やっぱり山は雪が降っているんだな、と思わせる空模様でした。

さて、秋の旅の12回目。10月9日は日曜日で、この日は大館市の緑の牧場教会で午前中は礼拝。昼過ぎから出発したので、この日の写真は少なく、まして翌日は大雨の予報が出ていたので峠を越えて南下しなければならず、カメラで写した写真はわずかだったのでした。

それでも大館市の隣町の北秋田市旧七日市村で一休みした時、今まで何度も通過していたのに、気が付かなかったある古民家を発見したので紹介します。
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秋田県が指定した有形文化財の旧長岐家住宅です。
長岐家は江戸時代から代々肝煎(きもいり 現在の村長みたいな存在)として秋田藩佐竹氏に仕えた方。つまり豪農として周辺のお百姓さんを仕切る庄屋だったのです。
この家は江戸時代の後半1830年に新築されたものらしく秋田藩本陣を務めた肝煎屋敷で、秋田県内でも数少ない貴重な建造物だそうです。
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今は誰も住んでおらず生活感はないが、地域の文化財として地元住民が維持管理しているようです。
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北秋田市の鷹巣から国道105号線で阿仁駅方面へ南下して、秋田内陸縦貫鉄道の米内沢駅の手前5㎞辺りにあります。国道285号線と交差する辺りから七日市地区に入り、国道沿いにあるから分かると思います。
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広い庭には、その長岐家の長岐貞治氏を顕彰した碑もありました。早死した父の後を継いで13歳で11代目の肝煎へ。明治時代に入り県議会議員を務めて、馬の畜産業に貢献したことを顕彰されたらしい。
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これがその顕彰碑。でも、石碑の文字は風雨にさらされて消えかかっているし、はっきりと読めない。
奥には田んぼが広がり稲刈りが終わったのもあるし、これから始まるのもあります。秋田県はお米の産地で、ブランド米も生産されていますからね。
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あきたこまちが有名ですが、東北全体がお米に関しては美味しい!温暖化で、コメの産地は北上していて、今や北海道は特等米が生産される地になっていて、東北や新潟県と並ぶ一大米産地ですからね。
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最後にもう一度長岐邸を。内部も見学出来れば良いのですが、一般開放はされてないようです。
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最後に、秋田内陸縦貫鉄道の本社のある阿仁駅。駅舎内には売店やレストランもあるし、休憩室もあって、フリーWi-Fiが有効でここでblog作成したのでした。
今は道の駅始め主要な駅などあちこちにフリーWi-Fiがあって、旅人にはうれしい!のです。
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 で、この後は大覚野峠(450m)を越えて仙北市へ入り、仙北市の中心地である桜の名勝でもある角館から西へ向かい大仙市道の駅「協和」で車中泊。夜半から予報通りに雨が降って来て、朝方は大雨へ。
1日中雨の日はどう過ごすのか?それは次回でお伝えします。
では、また!
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11月15日火曜日、天気は曇りのち雨のち曇り。気温は最高でも10℃を下回る寒い1日でした。
日毎に冬になりつつある天候で、今月も末になると雪が降って、やがて根雪となって雪かきも必要になることでしょう。そうやって、毎年過ごしてきたから今年もそうなるはず。北国の冬は、やっぱり厳しいのです。

さて、ここは五能線の轟木駅。場所は深浦町の道の駅から南へ5㎞ほど。町役場からは北へ10㎞の位置。木造駅舎の無人駅です。
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入口を開けて待合室に入り、戸を開けてホームに出ると日本海が広がります。果てしない海が見渡せて、ゆっくりと時間が流れていきます。
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国道からは離れているからとても閑静。ここでゆっくりしたい。
ちょうどお昼時間だったので、ここの待合室でランチタイム。メスティンでご飯を炊き、カレーを温めてカレーライスのランチ。誰も来ず、列車も来ず、何せ何時間も列車が来ないのだから。だから、ここは独り占めの贅沢な場所。レトルトのカレーだったけど、とても美味しかったのです。
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波もなく穏やかな海。冬は荒れると思うけど、10月の海はまだおとなしくしていました。
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何度も来ているけど、前回は建物が工事中で足場が組み立てられていて、数人の方が工事していました。前々回までは左の空き地には民家があったけど、無くなっていました。まさに、ポツンと一軒家みたいに家だったけど、すっかり更地になっていました。
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海岸線を通る国道101号線を通らずに山道の県道192号線、通称大間越街道を走りました。道は山道で細く険しい中山峠越えで、対向車が来なかったから良かったけど、これぞ軽自動車だからこそのもの。クネクネした山道を走るのが大好きです。
降りた場所は「陸奥岩崎駅」。かつては岩崎村でしたが、深浦町と合併して岩崎はなくなりました。
ここで、トイレタイム。青空がとってもきれい!
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秋田県に入り、八峰(はっぽう)町へ。地図を見ると、東八森駅から7㎞ほど山へ入ると、「茅葺屋根の民家が残る 手這坂(てはいざか)」と書いてあるので行ってみました。
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菅江真澄が通った歴史の里、桃源郷と書かれていますね。
桃の花 蛍 紅葉 雪 ここが俺の桃源郷だぁ
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215年前に手這坂を訪れた菅江真澄は桃の花を見て、桃源郷のようだと紀行文に記録しています。
春は桃の花、夏はホタルが飛びかい、秋は木々が紅葉し、冬は雪灯籠の灯火が幻想的だ、と。
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ここに誰 世々咲く桃に かくろひて おくゆかしけに 極めるひと村
200年前は、「家が4,5軒川岸にあるのが見えた。坂の上から眺めると、昔千人が山の奥深く清流の岸下に庵を結び隠れ住んだという中国の桃源郷のように思われ、この和歌を詠んだ。」とあります。
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21世紀の今はどうか?というと。確かに4,5軒茅葺屋根の家はあったけど、住んでいるのかどうか?ほとんど廃墟に近い家。
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人が住まなくなってから数十年が経っている家。
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 でも、夏の夜に来ればホタルが見えるかもしれない。春5月に来れば桃の花が咲いているかもしれない。秋の紅葉にはまだ早かったけど、森は自然の姿をそのまま見せています。冬は雪が多い地区だから純白の姿を見せてくれることでしょう。
ということを感じたのでしたが、菅江真澄が訪れた時とは状況が違い過ぎるので、申し訳ないけど自分は桃源郷とは思えなかったのです。

この日は大館市道の駅「ひない」で車中泊。国道285号線沿いにあるけど、建物の裏側に駐車場があって、夜間はとても静かで、しかもフリーWi-Fiが飛んでいて車の中でもWi-Fiマークが付いてラッキー。寝るまでいろいろチェックしていました。トイレも近いし清潔で、ここは車中泊には最適な道の駅でした。おススメです。

翌日は、その大館市比内から南下しますが、それは次回へと続きます。
では、また!
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