11月14日月曜日、天気は早朝まで雨が降っていたけど、8時を過ぎてからは晴れへ。その後は晴天の1日となり気温も最高で10℃に達しなかったけど、太陽が出ている場所では暖かかったのです。
明日は雲り空で、今週は寒い日が続くとか。太陽が出ている時間も日ごとに短くなってきていて、午後4時過ぎには外は暗くなり、5時には真っ暗。来月の冬至は、もっと日照時間が少ないからちょっとブルーな気持ちにもなりますね。早く春にな~れ!
さて、ここは深浦町の日本1の大イチョウ。昨日は鰺ヶ沢町と書きましたが、地図を見たら西隣の深浦町でしたので、訂正します。場所は、JR東日本の五能線「北金ヶ沢駅」の近くで、国道101号線沿いになります。

ものすごい高さで、離れないと全体が写らない。巨大過ぎます。

説明を読むと、高さは31mもあり樹齢は1000年以上、幹回りは22mもあるとか。垂れ下がっている気根から「垂乳根(たらちね)のイチョウ」と呼ばれていて、地元では御神木として信仰されてきた歴史があります。国の指定天然記念物になっているんですね。

横に、石碑として「垂乳根の銀杏」がありました。

確かに幹回りはすごい!

22mあるということは、身長170㎝の成人男性が13人がかりで手をつなげる長さです。子供たちだったら20人は必要でしょう。

1000年かかって成長して来て、今も成長しているのですね。10月8日のことだから、この銀杏はまだまだ紅葉せず、葉っぱは緑色のまま。あとひと月過ぎると、真っ黄色になって落葉するのでしょう。

この神社、阿倍比羅夫(あべのひらふ)が建てたとか。もっとも、修繕してたり建て直ししたりで、当時の物ではないでしょうが。阿倍比羅夫(575~664)は7世紀中期の将軍で、斉明天皇からの命で東北地方の蝦夷と戦い服属させた人物。北海道に渡り、羊蹄山付近でも戦ったとか。倶知安町には、比羅夫駅、比羅夫スキー場がありますが、この人物から名付けられたのでしょうか?
阿倍比羅夫の勝利記念として、銀杏の木が植えられたのでしょう。
戦勝記念の植樹?それが1400年経過してこんな大木になったのです。

実は、昨年かな?NHKのテレビで、地元の小学校の校長先生が根気よく手入れをして整備し、この銀杏に関する本を出して、子供たちに伝えていたとか。校長先生は亡くなったが、地元の方々は校長先生の遺志を受け継ぎ、この銀杏の木を大事にして育てているとのこと。故郷の象徴である銀杏!素晴らしいですね。

5㎞離れた駅は「千畳敷駅」。駅前から海岸に出れば、文字通りに海岸の平坦な岩場が畳にすれば1000畳以上ありそう。

この海岸、実は今から230年前の1792年というから江戸時代の後半、大地震で海の底が隆起した海岸段丘面です。津軽藩主である殿様が、ここに畳を1000枚敷かせて大宴会を開いたことから、千畳敷と名付けられたそうです。藩政時代は、殿様専用の避暑地として下々の民は近づけなかったと云います。

北を見ると、遠くに北海道・松前半島が、画面右には津軽半島の一部を構成する小泊半島が見えています。

続いて5kmほど南下して道の駅「ふかうら」へ。ここは道の駅の裏、海岸から弁天島の鳥居崎灯台が見えています。

島というか、岩がいくつもあります。島と岩の違いは何か?というと、周囲が100m以上あるのが島。それ以下が岩。だから形がいびつでも海岸線が100mあれば島になるのです。日本全体で6000以上(海上保安庁発表では6852島。)あって、有人島はそのうちの1割ほどで、600くらいしかないです。

左の建物が道の駅。車中泊に向いているか、どうか?は夜は交通量も少ないし大型トラックもそう停まることはないけど、日本海の強風が吹きまくる海岸なので、ちょうと怖いかな?という感じです。
実際、前回来た時は強風でドアが吹き飛ばされそうになったほど。ドアを閉めるのがきつかったことを覚えています。この時も風は少しはありました。

ということで、道の駅からさらに5㎞南下して、この後は五能線の大好きな駅へと向かいます。
秘境駅としても知られ、また五能線を紹介する海に面した駅としてポスターにもなっている駅です。
何度も訪れているので、当blogをお読みの方はお分かりですね。
では、また!
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明日は雲り空で、今週は寒い日が続くとか。太陽が出ている時間も日ごとに短くなってきていて、午後4時過ぎには外は暗くなり、5時には真っ暗。来月の冬至は、もっと日照時間が少ないからちょっとブルーな気持ちにもなりますね。早く春にな~れ!
さて、ここは深浦町の日本1の大イチョウ。昨日は鰺ヶ沢町と書きましたが、地図を見たら西隣の深浦町でしたので、訂正します。場所は、JR東日本の五能線「北金ヶ沢駅」の近くで、国道101号線沿いになります。

ものすごい高さで、離れないと全体が写らない。巨大過ぎます。

説明を読むと、高さは31mもあり樹齢は1000年以上、幹回りは22mもあるとか。垂れ下がっている気根から「垂乳根(たらちね)のイチョウ」と呼ばれていて、地元では御神木として信仰されてきた歴史があります。国の指定天然記念物になっているんですね。

横に、石碑として「垂乳根の銀杏」がありました。

確かに幹回りはすごい!

22mあるということは、身長170㎝の成人男性が13人がかりで手をつなげる長さです。子供たちだったら20人は必要でしょう。

1000年かかって成長して来て、今も成長しているのですね。10月8日のことだから、この銀杏はまだまだ紅葉せず、葉っぱは緑色のまま。あとひと月過ぎると、真っ黄色になって落葉するのでしょう。

この神社、阿倍比羅夫(あべのひらふ)が建てたとか。もっとも、修繕してたり建て直ししたりで、当時の物ではないでしょうが。阿倍比羅夫(575~664)は7世紀中期の将軍で、斉明天皇からの命で東北地方の蝦夷と戦い服属させた人物。北海道に渡り、羊蹄山付近でも戦ったとか。倶知安町には、比羅夫駅、比羅夫スキー場がありますが、この人物から名付けられたのでしょうか?
阿倍比羅夫の勝利記念として、銀杏の木が植えられたのでしょう。
戦勝記念の植樹?それが1400年経過してこんな大木になったのです。

実は、昨年かな?NHKのテレビで、地元の小学校の校長先生が根気よく手入れをして整備し、この銀杏に関する本を出して、子供たちに伝えていたとか。校長先生は亡くなったが、地元の方々は校長先生の遺志を受け継ぎ、この銀杏の木を大事にして育てているとのこと。故郷の象徴である銀杏!素晴らしいですね。

5㎞離れた駅は「千畳敷駅」。駅前から海岸に出れば、文字通りに海岸の平坦な岩場が畳にすれば1000畳以上ありそう。

この海岸、実は今から230年前の1792年というから江戸時代の後半、大地震で海の底が隆起した海岸段丘面です。津軽藩主である殿様が、ここに畳を1000枚敷かせて大宴会を開いたことから、千畳敷と名付けられたそうです。藩政時代は、殿様専用の避暑地として下々の民は近づけなかったと云います。

北を見ると、遠くに北海道・松前半島が、画面右には津軽半島の一部を構成する小泊半島が見えています。

続いて5kmほど南下して道の駅「ふかうら」へ。ここは道の駅の裏、海岸から弁天島の鳥居崎灯台が見えています。

島というか、岩がいくつもあります。島と岩の違いは何か?というと、周囲が100m以上あるのが島。それ以下が岩。だから形がいびつでも海岸線が100mあれば島になるのです。日本全体で6000以上(海上保安庁発表では6852島。)あって、有人島はそのうちの1割ほどで、600くらいしかないです。

左の建物が道の駅。車中泊に向いているか、どうか?は夜は交通量も少ないし大型トラックもそう停まることはないけど、日本海の強風が吹きまくる海岸なので、ちょうと怖いかな?という感じです。
実際、前回来た時は強風でドアが吹き飛ばされそうになったほど。ドアを閉めるのがきつかったことを覚えています。この時も風は少しはありました。

ということで、道の駅からさらに5㎞南下して、この後は五能線の大好きな駅へと向かいます。
秘境駅としても知られ、また五能線を紹介する海に面した駅としてポスターにもなっている駅です。
何度も訪れているので、当blogをお読みの方はお分かりですね。
では、また!

















































































































































































































