函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2023年11月

11月8日水曜日、天気は晴れで最高気温は11℃という肌寒く、風は冷たい。
そんな中、いつも散歩コースで行っている湯川漁港でサバが釣れている光景を見て、実に25年ぶりに釣りをしてみようと思い立ち、午前中に釣具屋さんでサビキ釣り針と餌など道具を購入し夕方漁港へ行ってみました。
1時間粘った釣果は、サバ1匹とイワシ2匹を釣れた時点で重りと針が切れてしまい、予備がなかったのでジ・エンド。塩焼きにして食べましたが、写真はなし。明日はリベンジで写真に撮って公開したい!と思っています。(釣れたらブログにアップしますが、なかったら坊主だったということで(笑))。

さて、秋の旅4日目です。田野畑村の民俗資料館で庭にあった「三閉一揆の石碑」を見学後、その日は田野畑村の道の駅で車中泊。翌朝からは廃線となったJR東日本の岩泉線の駅跡を辿りました。
まずは、道路の上を走っていた鉄橋から。左半分が撤去されていますね。
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1942年というから太平洋戦争のさなかに開業し、2010年7月31日に発生した土砂崩れで運休へ、2014年4月1日に廃線となったローカル線で、路線距離は38.4㎞、駅数9,全線非電化単線でした。
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岩泉駅、二升石駅、浅内駅、岩手大川駅、宇津野駅跡を見て、トップクラス級の秘境駅だった押角駅へと向かいます。
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岩泉町から峠を越えて宮古市へ入り国道340号線を下ると、うれしいことに道路沿いに「押角駅」の看板がまだ残っていました。
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駅があったころは川に架かる人ひとり歩けるくらいの小さな仮橋を渡り対岸へ。対岸の平らになっている辺りに駅がありました。もっとも、駅舎はなくホームは木製の板を並べただけの簡易なもの。
周辺には民家は全くなく、誰が利用するの?といった駅だったのです。
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次の岩手和井内駅へと向かう途中で見かけた「牧庵鞭牛大和和尚家跡」の碑。
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東屋にあった説明を読むと、江戸時代ここが出身地のお坊さんで、交通が困難な三陸地方で400㎞にも及ぶ道路を切り開いた方で、飢餓から救ったお偉い人です。
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岩手和井内駅へ。右側が駅舎で左はレールバイクになっています。となりに清潔なトイレもあって、向かいには野菜などを売る小さなお店もあり、ここ車中泊出来ますよ(笑)。
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レールバイクは線路の上を走る自転車のことで、ペダルで進むことが出来ます。有料ですよ。
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続いて中里駅へ。廃止されて9年になるけど、岩手和井内駅やここは良く残っていますね。
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小さな駅舎内には、駅名表示の看板や時刻表、切符入箱が展示中。レールバイクはここの往復です。
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岩手刈谷駅は木造の古めかしい素敵な駅だったけど、跡形もなくなり更地へ。雑草が生い茂る地が駅があった場所です。
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続いて、茂市駅へ。ここは岩泉線の出発駅ですが、JR東日本の山田線の駅でもあり現在も稼働中の駅。ただ以前訪問した時は、もっと大きい木造の古い有人駅だったけど、こじんまりした無人駅へと変わっていてビックリ!
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ホームに立つと右のホームは健在だけど、左は廃線となった岩泉線だから利用することもなく草ぼうぼう。
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右側の草地がかつての岩泉線だったのでしょう。悲しいかな、二度と復活することのない路線です。
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この後は宮古市へ合併した旧川井村へと向かいます。
明日、明後日は暖かい日ですが、土曜日から4日間は最低気温が0℃と、寒い日が続きます。特に日曜日は雪のマークが出ていて、今シーズン初の雪が見られるかも?
確実に冬に向かって進んでいることが分かります。

では、また明日お会いしましょう!

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11月7日火曜日、天気は雨時々曇りの1日。気温は最高で19℃まで上がり暖かかったが、今週末にはぐっと冷え込み予報では雪のマークも出ていて、いよいよ冬到来か?と。

さて、岩泉町の日本最長の安家洞を探検した後、田野畑村の民俗資料館へ。時間は午後3時を過ぎた頃だったが、何と閉館時間になり見学出来ず。午後5時閉館なら分かるが、午後3時過ぎに閉館なんてあまりに早すぎやしませんか。せめて4時までに開館してもらいたかった。
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仕方がないので、庭園を見学。ここには、三閉伊(さんへい)一揆に関しての資料が豊富だから来たのです。
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時は江戸時代後半、1847年のこと。盛岡に城を構える南部藩の圧政は熾烈を極めてました。増税に次ぐ増税で、農民・漁民は苦しい生活を強いられていたが、現在の田野畑村島越(しまのこし)切牛出身の佐々木弥五衛、畠山大助らをリーダーとして決起し総勢2万数千人が一揆を起こしたのです。
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南部藩は農民の切実な声を無視したので、佐々木らはとなりの仙台藩へ訴え行進します。
腰を下して棒を構えているのが佐々木弥吾五衛。立っているのが畠山大助。
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二人の見つめる先は一緒です。彼らは何を見ていたのだろう?
生きるか死ぬかの瀬戸際での三閉伊一揆。江戸時代は数多くの一揆があったが、その中でも岡山県美作の中山一揆、岐阜県の郡上一揆と並ぶ三大一揆に数えられます。
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三閉伊地方とは、現在の岩手県北三陸地方の野田村、田野畑村、宮古市、大槌町を指します。南部藩は蝦夷地のロシア南下に伴い幕府からの命令で蝦夷地防衛を任され費用がかかり、それを農民と漁民から収奪することにしたのです。それは過酷を極め漁業権は剝奪され、鉱山で奴隷のように酷使されていたのです。酷いことをするサムライたちもいたのです。
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 調べてみると、歴史上日本最大規模の一揆であったそうです。佐々木弥五衛は沿岸で生産された塩を内陸部へ運ぶ塩売り商人で、出身地から切牛弥五衛とも云われていたそうです。
彼は南部藩の重税に対し、小〇の旗を掲げ一揆を起こしたのです。小〇は「困る」のダジャレ。
なかなかユーモアのある男でもありますね。
21世紀の今、日本では減税と首相は言うけど、減税するより物価を下げたり賃金を大幅に上げてもらいたい!ですね。切牛弥五衛みたいな男が現れないかな?

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11月6日月曜日、天気は曇りだが気温は最高で21℃まで上昇する暖かい1日となりました。夜になると雨の予報ですが、いまのところ降ってはいません。
昨夜はプロ野球日本シリーズ、阪神タイガースが最終戦を制して日本1へ!圧倒的な阪神ファンの応援を目の当たりにして驚きとともにチームは強い味方を得たな、と思いました。北海道のファンは、ファイターズを応援していても、あそこまでの強烈な応援はありませんからね。さすがは大阪人だな、と。
ともかく来年は新庄監督に優勝は無理でも最低限Aクラス入りをお願いしたい!と思った次第です。

さて、秋の旅の3日目午後は、日本最長23.7㎞の洞窟である「安家洞」へ。
ここまでの道のりは大変で、まずは鵜鳥神社から山道を走り御沢峠(530m)を越えて岩泉町の安家集落へ。そこから安家川に架かる橋を渡りここへ。ここからは左の砂利道を走り200mで駐車場へ行きます。
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駐車場は10台ほどのスペース。岩泉町では龍泉洞が有名で、かなり観光地化されていてハイヒールやサンダルで洞窟内を見学している観光客もいたけど、ここはそういうわけにはいきません。
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まず入場券は1000円だけど、途中でライトが消えていたので200円安くして800円。まずは懐中電灯を貸してくれますが、自分は強力ライトを持参。それとヘルメットを貸してくれてかぶることに。長靴も貸してくれます。それだけ水が流れていて濡れる恐れがあるということです。
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驚いたのは、入ってすぐに「2016年8月30日台風10号の水位」と書かれた看板。
この高さまで浸水したということは、洞窟内は水浸しになったのです。頭の上まで水が来たのです。それは台風により安家川が氾濫してここまで押し寄せたということで、どれだけ酷かったことか!想像を絶します。
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ヘルメットは頭をぶつけるから。低い部分があって何度か頭をぶつけました。ヘルメットは絶対必要です。帽子程度じゃ頭が血だらけになりそう。
所々に探検コースがあって、A,B,Cの3つのコースは一般客でも行くことはかまいませんが、かなり窮屈なコースで、頭を低くして這いつくばって歩くコース。自分はやりませんでした。
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龍泉洞は何十人、いや数百人もの観光客がいて、中には修学旅行生もいて大勢賑わった洞窟で、灯りもたくさんついているし、靴が濡れることはない。もちろんヘルメットなどは被らない。
でもここや住田町の滝観洞(ろうかんどう)は、人も少ないし云わば観光地化されていない洞窟で、ライトは消えていたり水が滴っていたり、水溜りがあったり、頭をぶつける低いところもあるのです。
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この時は洞窟内には自分ひとりで、暗いところもあったり長靴を履いていて助かったところもあり、かなりワイルドな洞窟だと思ったのでした。
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ネットを検索すると「龍泉洞に比べて評価が悪い」と書いている人もいたけど、自分は観光地化された龍泉洞より自然の姿を見せてくれている今の安家洞の方が面白い!と思ったのですが。
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23㎞あるけど公開している洞窟は500mほどで、後は許可を得た探検隊がたどるハードなコース。
一般客はほんのわずかな500mでも時間にすれば30分以上は費やします。評価の点では足が濡れるとか頭をぶつける、といったマイナス面が書かれていましたが、ワイルド性を求めるならここはお勧めです。ただ、その覚悟で行くことが必要ですが。

「ここで終わり」の看板は、一般客はここまでということ。有料でガイドが付いてこの先を探検することが出来ますが、かなりの装備が必要だし、それなりの能力がなければ行けません。
自分はここまででも良かった、と思ったのでした。
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ここは観光というよりは探検、または「ぼうけん」に相応しい地。まさに「ぼうけんの旅」にピッタリに地だったのでした。まして一人ぼっちだったので、何かあったらどうしよう?と不安もあったけど、終わってみればワイルドで、ハード、ラフな洞窟だったことが分かったのです。
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いろんな形があって、それぞれに名前が付けられていますね。ここは「一角サイ」。これは他の洞窟と同じです。
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外へ出てみると、川の対岸に安家小学校の素敵な木造校舎が見えます。
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体育館も大きいし、木造校舎の素敵なこと!
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安家村俊作の説明。江戸時代末期に飢餓に苦しむ農民を救った人物です。
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次回は、田野畑村の郷土資料館を訪問します。

では、また明日お会いしましょう!

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11月5日日曜日、天気は晴れで最高気温は15℃と秋らしい天気。
昨夜は、プロ野球日本シリーズオリックスバッファローズVS阪神タイガースの試合に興奮!エース山本由伸投手が完投しバッファローズが勝利!今夜の最終戦で決着がつくことになり、今日も見れることになりうれしいの一言!やっぱり野球は日本を代表するスポーツだということが分かりました。

さて、秋の旅の2回目は田野畑村の北山崎から。
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三陸復興国立公園内にある風光明媚な観光地です。180m以上の断崖絶壁が連続し太平洋の荒波が洗う岩肌が見える場所でもあります。
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岩場の穴は、波によって浸食されたもの。いくつも穴が見えています。この日は穏やかだけど、冬場は荒く激しい波の浸食があるのでしょう。
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右奥の岬は、本州最東端の重茂半島のトドケ崎。
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今いる地は第1展望台だが、第2展望台は海に向かって階段を降りること数百段。波打ち際が間近に見られる地です。以前階段を降りて行ったことがあるが、今回はパス。
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北山崎の後は野田村へ行き、黒崎灯台へ。
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北緯40度の村で、巨大な地球儀があります。
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江戸時代に伊能忠敬が計測に訪れている地でもあるのですね。彼は日本中観測して、ついには函館山からも計測しているのですから。
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黒崎灯台は真っ白い灯台。太平洋を照らすのです。
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続いて訪れたのが、偶然発見した「鵜鳥(うねどり)神社」。
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奥の院がある卯子酉(うねどり)山(423.7m)へ向かって参道がありますが、険しい山道が続くのです。
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1000年はあるという普代村の歴史ある神社。江戸時代は卯子酉大明神という名前だったそう。
漁の神様の他、縁結び、安産の神様でもあります。地元では「うねどり様」で知られているみたい。
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亀の口から水が流れていますよ。
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それでも参道を登ってみましょう。真っ赤な鳥居に金色の「鵜鳥神社」の額。
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本殿には大きな鈴。
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額には西暦1950年と書かれていて、昭和25年のこと。
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恵比須様も祀られています。
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御神体のような大きな杉の木の間を通ると参道が始まります。
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これはトレッキングみたいな参道で、たまたま若い人がクマよけ鈴を鳴らしながら登って行きましたが、自分の靴は普通のスニーカーでトレッキングシューズは履いていない。それに「クマ出没注意」の看板もあって、奥の院まで行くことは断念。あちこちでクマが出ていて、先日も函館から60㎞程離れた大千軒岳で20代の学生がクマに殺された事件もあって、山道は怖い!
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ここは真っ赤な神殿で、何に使用されるのかな?
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この後は、日本1長くワイルドな洞窟である「安家洞」へ向かいますが、それは次回で紹介いたします。

では、また明日お会いしましょう!

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11月3日金曜日、文化の日で祝日。天気は晴れで最高気温は22℃まで上がり、暖かい1日でした。鳥取では28℃とかで、11月になっても全国で夏日を記録していて秋の気配が全く感じられない日ですが、明日北海道はぐっと冷え込み今日はよりは8℃も低く、寒暖差に注意のニュースが流れていました。

昨夜、その前の夜と日本シリーズタイガースVSバッファローズの試合は、面白くて最後までワクワクドキドキが続き興奮状態です。どちらのチームを応援しているわけではないけど、出来れば3勝3敗で第7戦までやって欲しい!と野球ファンとしては願います。それにしても甲子園球場阪神ファンの応援は凄過ぎます。あんなのやられたら、普通の精神状態でいられなくなっちゃいますよ。
まずは、明日はオリックスバッファローズが勝利して、最終日の明後日5日に決着をつけてもらいたいですね。

さて、秋の旅の総集編スタートです。10月6日の写真ですが、我が家を出発したのは10月4日で、その日は青森市の浪岡にある湿生花園キャンプ場で雨の中車中泊。翌5日は岩手県田野畑村の道の駅「たのはた」で車中泊。で、6日朝に三陸鉄道田野畑駅へとやって来ました。
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駅前の駐車場にあった「津波到達地」を知らせる碑。12年前の2011年3月11日午後2時46分に発生した地震のよる津波が、ここまでやって来たのです。
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駅前の看板には「みちのく潮風トレイル」の地図が。全長1025㎞、青森県から岩手県、宮城県を通り福島県までの太平洋沿いを歩くコースはすべて歩き通すと70日を費やすという日本最大の超ロングトレイルコースで、ここ田野畑村も通るのです。
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岩手県の詩人、宮沢賢治の詩がありますね。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の主人公の友だちカンパネルラから、駅の名前は「カンパネルラ田野畑駅」。
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駅舎内には待合室の他、カフェもあるし三陸鉄道のグッズを販売する売店もあります。駅舎内はフリーWi-Fiが効いているし、外にはトイレもあるからここ車中泊には良いかもしれないですね。
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駅から歩いて10分ほどに羅賀荘という村経営の宿泊施設があり、日帰り入浴も出来ます。以前に宿泊したことがありますが、3階まで津波が押し寄せたとか。そこから歩いてすぐの場所にあるのが「羅賀の津波石」。
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左は津波前で、津波の襲来によって土の中から出てきたのです。
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こんな何トンもあるような石が津波によって海底から運ばれてくるのだから、津波はどれだけのエネルギーがあるのか?驚くばかりです。
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ここには3つの石碑があります。これは2011年3月11日の東日本大震災の碑。
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その奥にある1896年(明治29年)6月15日の津波の碑。
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こちらは1933年(昭和8年)3月3日の津波の碑。
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 先月旅した「秋の旅」は19日間東北地方を旅し、とっても楽しく思い出に残る旅でした。旅している間はリアルタイムでブログ発信しましたが、ひと月経過した今スマホではなくカメラで撮影したものを見ながら旅を振り返ると、またあの時の旅の楽しさがよみがえってきます。
次回は、田野畑村、野田村、岩泉町からお伝えいたします。

では、また明日お会いしましょう!

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11月1日水曜日、天気は晴れのち曇りで、夜からは雨の予報。今日から11月になったけど、暖かい日でとても晩秋とは思えない天気です。本州の方では夏日や真夏日のところもで出て、今年の暑さがどれだけ異常だったことか、それが今も引き続いていることが分かりますね。冬は確実にやって来るけど、気温や降雪量は昨年と比べるとどうなるのやら?まぁ、暖かい冬の方が有難いですけどね。

昨夜は、夜10時過ぎまでプロ野球日本シリーズを観戦していて、面白かったこと!オリックスがリードしていたけど、タイガースが終盤追い上げて9回裏まで分からない状況。最後はクローザーの平野投手が何とか抑えたけど、最後まで見応えのある試合でしたね。

さて、7月の旅はカメラで写した写真の量が少なく、今回で終了となりました。
まずは、昨日の続きの茂辺地地区。茂辺地川がありますが、鮭の遡上する川として知られていますが、鮭卵孵化場跡の看板がありました。
読んでみると、何と明治11年の1878年から鮭の孵化が行われていたとは!
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茂辺地の写真は7月5日だったのに、下の写真は7月8日。3日間何をしていたんだろう?自分でも記憶にあまり残っていないのです。あちこち寄ったんだけど、カメラ撮影はしてこなかったのでした。
ここは厚沢部町の冨里地区。石碑に「二木小児郎翁開拓記念碑」とあります。
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二木小児郎は鹿児島出身で、明治の時代にここへやって来て開拓した功労者として記念碑が建てられたんですね。桧山管内でもソーラン節で有名な江差町は室町時代から開かれた町だったし、上ノ国町は和人上陸の地として、北海道では最初に和人の記録のある町ですが、ここは山間部の農村地帯で厚沢部町の中でも奥深い地区で、明治時代に開墾された地だったのです。
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旧冨里小学校の校舎がまだ残っていました。木造の昭和の初めころに建てられた校舎ですが、さすがにもうボロボロ。こちらは体育館っぽいですね。
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こちらは正面玄関と校舎。窓ガラスは割れたり、なかったり。冬期間は豪雪地帯だから屋根に積もる雪の量はすごいはず。雪の重みで左側の屋根は歪んでいますね。右の校舎の屋根はリフォームされたのか新しいそう。
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それにしても、かつては子供たちが大勢いたのでしょう。にぎやかだった時代もあったのです。
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少し離れたところに、まるで「日本昔話」に登場するかのような茅葺屋根の古民家を発見!かなりの年代物です。
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それでも、左の窓枠はアルミサッシで出来ていて、ここだけは平成の時代か?それとも昭和の終わりころか?人が住まなくなって何十年?離農していった農家の家だったのですね。
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少し行けば行き止まり。この先は、冒頭の北斗市茂辺地への道道29号線ですが、どちらからも行き止まりで道は閉じられています。土砂崩れなのか?それとも冬期間は道を維持できないのか?年中通しての管理維持が出来なくなっているんでしょう。
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江差町へやって来ました。ここにも廃校となった小中学校がありました。「日明小中学校」。何と読むのだろう?「にちめい」?
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1階は木枠で覆われています。道内を旅すると、あちこちで見かける廃校となった学校の校舎。かつては子供たちがたくさんいたのですが、今は何処にも子供の姿は見かけない。いるのは高齢者ばかり。
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ということで、7月の旅はこれにて終了。次回からは10月に旅した「秋の旅」を紹介していきます。

では、また次回でお会いしましょう!

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