函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めた車中泊中心の「ぼうけんの旅」は今年で13 年目に突入。 車中泊の貧乏旅行の旅、今年で74歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 今年2026年も「ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです! 今年も「ぼうけんの旅」をよろしくお願いいたします。

2026年が明け今年は74歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!時々は自転車を積んでの軽バン一人旅の始まりです。

2026年09月

9月30日水曜日、天気は快晴で最高気温は23℃、最低気温は11℃。朝方は冷えていたけど、太陽が上ると同時に暖かくなり外出は半袖でも十分。9月最後の日も晴れていて、暑くもなく寒くもなく9月は旅するには最高の季節だったのでは!

さて、二十間坂下へと降りて行きます。この建物は函館市内の老舗レストランの「五島軒」。
明治12年(1879年)に東京からやって来た若山惣太郎氏がパン屋を開業したのが始まりで、やがて西洋料理店の「レストラン五島軒」へ。名前の由来は、初代料理長を務めたが長崎県五島列島出身の五島英吉氏から取っています。カレーライスが有名ですが、なかなか予約が取れず予約せずに行っても断わられることが多い、それほど人気のお店で値段もそれなり。観光客にも評判で、レトルトカレーはお土産にもなっています。
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さらに下へ降りると、衣服店の「ロフト」。レンガ造りの建物で、若者に人気です。
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北側はツタが全面に覆っています。坂の上に「五島軒」が見えていますね。
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地図をズームすると分かりますが、二十間坂の真下は港ではなくまだ陸地。
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坂の下が電車通りで見上げると、どこの坂からも函館山が見えます。坂をアップダウンするたびごとに2長さにすれば200m以上、長い坂では300m以上あり、標高差にすれば100m近くを上がったり下がったりの繰り返しで、結構脚にきます。
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市電の通りから下は開港通りというストリート。幕末の1854年に日米和親条約が結ばれ、伊豆の下田とともに箱館が開港します。鎖国をしていた幕府相手に強引に開港させたのは、アメリカ東インド艦隊司令長官のペリー(1794~1858)。彼は箱館にもやって来ます。港を見て、「ここは自然の良港だ!」と感嘆したとか。
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紹介したいのがこれ!コンクリート製真四角の電柱です。
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これは「日本最古のコンクリート電柱」で、1923年(大正12年)に建てられたものとか。
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赤レンガ倉庫群に近く観光客が多い地域でもあって、お土産物屋さんが多く出店しています。建物は明治時代や大正時代、昭和初期の頃の「和洋折衷」。1階が和風で2階が洋風の建物です。
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2階の窓を見れば分かりますね。上下に開ける窓です。カラーも違います。1階が和風の昔風の地味な茶色に対して、2階は洋風のモダンな明るいカラー。屋根は瓦屋根ではないのが北国の特徴です。
本州では、どうして瓦屋根にしているのだろう?といつも疑問に思うのです。
①瓦は重いし、値段も高い。
②冬は雪が降り昼間融けて夜凍結し膨張して瓦を壊す。
それよりは、最近は最新型の鋼板を張る屋根の方が軽く耐久性がある。
と、特に地震で崩壊した古い家屋を見るたびごとに思うのですが。
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次の坂を目指します。二十間坂の北にある坂へ。市電が通り過ぎようとしている坂がそれです。二十間坂に比べるとかなり細い。
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坂の入り口へ来ました。左側には古めかしい建築物。かつては毛皮商人の店舗だったそうですが、現在はエビス紹介という会社の建物。1921年(大正10年)の大火後に建設されています。
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右側には洋風の木造建築物で、川越電化センターという会社が入っています。
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道路は細いけど、なかなか素敵な坂道に見えるここは、大三坂。「日本の道100選」に選ばれています。
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名前の由来は、幕末の1857年(安政4年)のこと。この坂の下に木下さんという人物が暮らしていて、家の印が大三だったとか。で、その頃は「大三の坂」と云われていたが、やがて「の」を省略して「大三坂」となったとか。
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 この石畳の坂には、和風だったり、洋風だったり素敵な建物が数多くあって見応えはバッチリ。
それについては次回で詳しくお伝えいたします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

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9月29日火曜日、天気は晴れで最高気温は22℃、最低気温は14℃と昨日よりは冷え込んでいます。一雨ごとに寒くなっていくのが肌感覚で分かります。それでも湿度は40%台でカラッとした秋晴れの日。
昨日の午後に降った大雨は全国ニュースでも取り上げられていましたが、市内では全く被害はなく畑にとってはしばらく雨が降らず乾燥していたから、お湿りになった程度のありがたい雨でした。
ニュースでは、東京は30日以上雨が降り続いているとかで、湿度も高くジメジメしたまるで梅雨のような空模様で心も沈んでしまう天気になっています。あと1日残していますが、こちらは9月晴天続きでしたので外出が楽しかった季節でした。

さて、坂シリーズ今回は「二十間坂」から。
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文字通り道路の幅が二十間、36mあるのでそう呼ばれています。その理由は1879年(明治12年)の大火後に道幅を広げて火災が広がるのを防ごう、としたからです。
ホントに函館は大火の多い町だったのです。
ところで、山麓の坂は主なものだけで18か所。細い坂を含めたら、もっとあるのです。すべて市電の通りから函館山へ向かって坂があるのです。
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確かに広い道。36mは十分ありそう。車の走る幅だけでも片側二車線取れそう。
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歩道には観光客向けにロープウェイ駅方向とハリストス正教会方向への矢印もありますね。
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歩道だけでも8mほどはありそうで、歩行者の道だけで5m以上。それに加えて左の緑地は1m、右の生垣は2mほど。
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今は冬期間ロードヒーティングしていて道路は凍結することはないけど、以前は「滑り止め用の砂」を置いていたのです。砂袋がいくつもあって、坂を登れなくなったドライバーが砂を撒いて発進できるようにするためです。
もっとも、最近道内の車はほとんどが四駆ですので、よっぽどのことがない限り坂道でスタックすることはないでしょうね。
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坂の途中で紹介したかった東本願寺函館別院。1915年(大正4年)に日本最初の鉄筋コンクリート造りの仏教寺院として建てられています。これも大火と関係あるのでしょうね。木造だとあっという間に燃えますから。
ただ、内部は現在工事中で見れず。
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詳しくはこちらをご覧ください。1879年(明治12年)に完成した建物は、28年後の明治40年に大火で焼失してしまったのです。それで鉄筋コンクリート製にしたのです。
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その向かいにあるのが、レイモンハウス元町店。カール・レイモン歴史展示館を併設しています。
カール・レイモンとは誰か?函館市民ならば誰でも知っている人物ですが、1894年ドイツのボヘミヤ地方(現在はチェコ)で誕生、1987年函館で93歳で死去。
彼は「胃袋の宣教師」とも呼ばれた食肉加工のマイスター。日本の食肉加工の会社から依頼されて来日し、函館で旅館の娘と結婚し函館を永住の地としました。
カール・レイモンのハム・ソーセージは大量生産されませんが、市民にとってはとっても美味しく特別な時に食べる物。ただし値段はお高い。よく贈答品として本州の親せきや知人へ送ったりしています。
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この方です。函館では、とっても有名人(北島三郎、GLAY、大泉洋の兄の市長の大泉潤など)の一人なのです。
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知っている観光客は、ここでホットドックを食べたり肉を購入していきます。関東地方での「鎌倉ハム」的な存在です。
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となりの建物は旧カール・レイモン邸。
1974年には当時の西ドイツ大統領から「功労勲章十字章」が贈られ、1979年にはサントリー文化財団から「第1回地域文化賞」の優秀賞、1985年「北海道新聞産業経済賞」、北海道知事から「産業貢献賞」、1986年には政府から「勲五等双光旭日章」を受賞しています。
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太平洋戦争では、ドイツは同盟国なのに外国人というだけで不遇な時を過ごしたこともありますが、その食肉の美味しさから満州鉄道総裁の松岡洋右から直筆の「礼門」という日本名を受けています。
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ここも「伝統的建造物」に指定されていますね。西部地区を歩くと、あちこちの建物にこのプレートが飾られているのを見つけます。
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レイモンハウスを横から見ると、一部3階建てになっていますね。
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幅の広い道路を行ったり来たりして、いろんな発見があってそれは次回にまた詳しくお伝えします。
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 では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

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9月28日月曜日、天気は曇りのち雨で、久しぶりの雨。それも午後1時頃に降って一時は大雨となったけど、午後3時前には上がり晴れ間も見えてきて明日は晴れの予報です。最高気温は24℃、最低気温は17℃と昨日とほとんど変わらないが雨模様もあってか湿度が少し高いような。我が家の湿度計は55%を示していますから。

さて、山麓の坂は今回で7回目。今日は南部坂の続きをお伝えいたします。左にロープウェイの建物があり、右側には公園のような施設がありますね。そして坂は細くなってさらに函館山へと続いていて、坂の上に人家も見えています。でも、これは南部坂とは言わない小さな坂なので、カットして右の公園へと向かうことにします。
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「函館の上水道」と書かれた説明板。1889年(明治22年)に完成した、日本で2番目の近代水道です。トップは横浜で外国人による設計だから、日本人の工事監督だと日本最初の水道!だそうです。またまた函館の日本1が増えましたね。
もっとも、どちらも幕末に開港した港町だからこそです。外国人が多く定住したからですね。
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土木学会選奨土木遺産~函館市の水道施設群(元町配水場)とある石碑。
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柵があって立ち入りは出来ませんが、中は芝生でとってもきれい!
この下に貯水槽があるのでしょうね。
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もう一つの石碑は光が当たって字が見えづらい。
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噴水もあります。真上にロープウェイのロープが見えています。3分で山頂へ運んでくれるものでしたね。
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砂利道を歩いて行くと右に石碑があって、さらに行くと展望台へ行けます。
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函館水道発祥の地とある碑。ここ元町配水場は函館市民の内、西部地区2万人に対して美味しい水を供給している施設です。現在23万人の市民の内、その11分の1の市民に水道を供給しているわけです。
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歩くこと数分で展望台へ。上がると、市内が一望出来そう!
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野球場一面位ある広さの芝生。その下に貯水槽がありますが、その水はどこから来ているのか?最初は函館山からの雨水を貯めているのかな?と思っていましたが、実は9㎞離れた赤川地区の笹川ダム(通称赤川ダム)から20mという高低差を利用して、動力に頼らずに水を引いてきているのだから驚きです。
函館山の雨水程度じゃ貯水出来ないのです。それで大きなダムから水を引っ張ってきているのです。
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この辺は海抜100m弱辺りで、赤川ダムは9㎞先だから、ずっと遠くの山の方。それは後からズームしますね。
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この日は快晴だったから展望はバッチリ!
江戸時代から明治時代初期までは市内を流れる亀田川の水を飲料水としていましたが、水質が悪く明治19年にはコレラが発生して900人以上もの死者を出したそうです。そこで市民や居留外国人からの要望で近代水道施設が必要とされたのでした。
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遠くに山がありますが、左側の横津岳連峰の山々の麓にあるのが赤川ダム。
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こちらは港側をズームしたら、次回辺りに訪れる手前の聖ヨハネ教会と奥の元町カトリック教会が見えています。
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こちらが赤川ダム方面。左の一面ガラス張りの建物は、はこだて未来大学です。コンピューター系のかなり先端科学の学部があって、就職先もかなり良好な大学です。その右側にあるけど、見えてないですね。
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芝生の北側に煉瓦造りの建物があります。
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ここの管理事務所です。それにしても年代物の建物ですね。奥には観光客用のトイレがあります。
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当時は、番人詰め所だったそうです。関係ない市民が入らないように、番兵がいて見張っていたんですね。
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上を見たら、たまたまロープウェイが上って行くところでした。2本あるのは上りと下りがあって、それぞれ上ったら下って、と複線化しているのです。それだけ夜景を見る時間帯は非常に混み合うからです。夜間のピーク時は1時間待ちもざらで、歩いて下山(40分ほど、遅くても1時間)した方が早い時もあるけど、ほとんどの観光客はロープウェイで下山しますね。
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最後にマンホールは公会堂。こちらは後日紹介いたします。
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 では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

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9月27日日曜日、天気は晴れで最高気温は24℃、最低気温は17℃。湿度も30%台で今日も素晴らしい秋晴れの日となっています。今日のニュースの天気予報で今月の降水量が話題になっていて、札幌は例年の6%とかで晴れの日が多かったとか。ところが、千葉県や九州地方では例年の9倍以上も降って水害になったことを話していました。
函館は札幌以上に降水量が少なく、9月のほとんどが晴れ続き。それは我が家の屋根に載せている太陽光パネルの発電量に表れていて、連日のように発電して例年の1.5倍くらい稼いでいます(笑)。
7月は雨が多くて発電量が少なかったのに対し、8月と9月は例年よりも多い!ということは日照時間が長くて、何よりも旅日和だったということです。8月9月に函館を旅した人は雨が降らなくて幸いでしたね。

さて、先日の函館山山麓の坂巡りの続きをします。南部坂の上まで上がって来れなかったので、今回は急坂を登り上までやって来ました。
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左の石垣の急なこと!この石垣も江戸時代の南部藩陣屋が築いたものだそうです。
この辺りの斜面がきつかった!(泣)。で、南部坂の由来がある地へいったん戻ります。それは石垣の先へ下がったところにあります。
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「南部陣屋跡」の石碑もありますね。
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江戸時代後半、ロシアなど欧米各国が蝦夷地と呼ばれた北海道や北方領土付近へとやって来ました。幕府は松前藩から蝦夷地を取り上げて直轄地とし、東北の諸藩に防衛のために出兵を命じます。
今の岩手県の県庁がある盛岡市に拠点を構える南部藩は日高海岸以東の防衛を任され、根室・国後・択捉などに勤番所を設置してここに陣屋を構えたのでした。そのための警備の手当として10万石から20万石へと増やされましたが、出費の方がはるかに多かったとか。
ここには夏場は340人、冬でも150人が勤めていたとか。
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そのとなりには「放送記念碑」なるものがあります。
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1932年(昭和7年)から1966年(昭和42年)までの34年間、ここにNHK放送局があったのです。それを記念したモニュメントでした。現在は千歳町にテレビ・ラジオなどのNHK放送局がビルを構えていますけど、昔はここにあったのですね。
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放送と云えば、ここロープウェイにも関係するものがあるんですよ。
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もちろん、函館山山頂までのロープウェイチケットの販売をしている場所ですし乗り場があります。全部、自動で行われていますね。ロープウェイはオーストリアから輸入したゴンドラで、125人の定員を3分で山頂まで運んでくれます。
さすが4000m級のアルプスで数多くスキー場があるオーストリア、寒冷地に強いロープウェイの完成工場があるのですね。
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で、ここには日本初のコミュニティーFM局として、1992年(平成4年)から放送を開始した「FMいるか」のブースがあるのです。
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奥の壁にも「日本初のコミュニティー放送局 FMいるか」と書かれていますね。
地元ドライバーは、結構ここの放送を車のラジオで聞いていて、とてもなじみのある放送局です。
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この日も女性アナウンサーが対応していて、あちこちと会話しているのが聞こえていました。
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手前左側には函館出身のロックバンド「GLAY」の4人の色紙と、そのとなりの3人組の誰かさん?が飾られていました。左の写真はどなたでしょうか?自分はこの分野は疎くて分かりません。教えていただければ幸いです。

次回は、ここロープウェイ基地のさらに上へと向かって歩いて行きます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしてしております。

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9月26日土曜日、天気は朝8時までは曇りだったが、9時を過ぎてからは晴れ。気温は早朝は11℃にまで下がり、車の中でも冷えて重ね着をしたほど。本州ナンバーの車の方にはダウンを着ていた人もいましたから。

さて、昨夜は午後7時過ぎころまでは満月が見えたけど、徐々に薄曇りとなり午前3時にオリオン座が見えるかな?と起きたけど、空にはほとんど星は見えず。中秋の名月も薄くぼんやりとしか見えず、残念なキャンプとなったのでした。
早朝のキャンプ場です。テントを張っている人や車中泊をしている人は、ほとんど本州や札幌から来ている人で、地元ナンバーの方は数人でした。
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秋分の日を過ぎてから夜の時間が長くなったせいか冷え込んできていて、長袖姿が多い。昨日話した松戸ナンバーのライダーの方は明日本州へ渡るといいます。そろそろ北海道の旅は終わりになりつつありますね。
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朝食は質素なもの。ドリンクは熱いもので、コーヒー、コーンポタージュ、オニオンスープ。それとパンとリンゴです。
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上磯ダム公園キャンプ場の水場を紹介します。
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蛇口が左右に7個づつあって、全部で14個も。ただし、書かれているように、飲用は控えるようにと。煮沸すれば大丈夫ですが、直接生水を飲むのは止めたほうがよろしいかなと。
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左側にトイレ。ウォッシュレット付きです。男子は小が3つ、大が2つ。自動でライト付きます。右側は管理人室とミニ写真館。地元の花々が紹介されています。
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何とフリーWi-Fiスポットも。10m離れた焚き火台でも使用できましたから。
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離れた場所にトイレがあったけど、そこもウォッシュレット付きでした。北斗市は大企業の太平洋セメントがあるからか、裕福な市。高校生まで医療費無料です。
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帰り道で林道を走ったら、上磯ハリストス正教会の墓地を発見。
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江戸時代末期、箱館で信者になった方がこちらでも信仰を始めたんですね。
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ロシア正教会だから、八端十字架です。8つあることが分かりますね。下は足台。上はネイムプレート。イエス・キリストは「ナザレのイエス」のプレートで十字架にかかりました。
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さらに途中で見かけた「松前藩の火薬庫跡」。
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大砲の火薬を保管していた場所でした。
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最後に、松前藩の戸切地陣屋跡へ寄り、見学します。
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幕末に、幕府の命令で蝦夷警備のための陣屋を築き、外国勢力に対抗するためでした。
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まさに四稜郭の形です。函館の陣川にある四稜郭よりも大きく、しっかりした形をしています。
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ここのモニュメントは松前藩主の松前崇高広。
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空堀もしっかり。幅は6m以上ありそう。深さは3mくらいか。陣側は5m以上あり。
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逆側も同様。
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土塁に上がると、函館平野が見えます。
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四角形の土塁の上から、内部を見ると結構広い。五稜郭ほどではないが、陣川の四稜郭よりはかなり広い。
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ズームしたら、五稜郭タワーや市街地のビルも見えました。
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エゾシカが迷い込んだのか、それとも地元住民なのか?
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堂々とお散歩中。
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寄っていったら、距離を取りながらゆっくりと茂みの中へ消えていきました。
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ということで、中秋の名月を見ようとというよりは焚火がしたくて、上磯ダム公園キャンプ場で一泊車中泊をしてきたのでした。
合わせて20時間のミニ旅でした。

では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月25日金曜日、天気は晴れ。最高気温は22℃。湿度は30%台で、乾いた秋晴れの日です。今夜は中秋の名月で、満月が見れると思い夜空が綺麗な上磯ダム公園へとやって来て、一晩明かします。
というよりは、焚火がしたくてやって来た‼️と言ったほうがいいでしょう。
家からたくさんの材料を持ってきましたよ。
まずは、我が家から25km離れた上磯ダムへ。無料の自動車道を使えば1時間かかりません。
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今日も晴れ渡り、9月は最高の季節で毎日のように晴れ‼️
関東地方の、特に大雨が続いている千葉県の皆様には申し訳ないくらい晴天続きですから。
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上磯ダムは主に農業用水など。来る途中で見かけたけど、道南でも稲刈りが始まっています。お米には大量の水が必要ですからね。何せ水田というくらいだから。
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満々と水を貯えているダム。水不足ということはあり得ないほど。
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午後2時の段階で、テントは4つほど。この後
増えるはずです。松戸ナンバーのライダーもいました。
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全部で8袋の焚火の材料持参。さぁ、これから盛大に焚き火するぞ❗️
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焚火を始めて3時間。まだまだ続くぞ‼️
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今夜は満月と満天の星空を眺めるつもりです❗️
では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月22日火曜日、天気は快晴で最高気温は26℃と夏日を記録して、太陽が照るところは夏のような暑さを感じるほど。もっとも、湿度は30%台でカラッとした清々しい秋晴れの日です。

さて、護国神社坂のとなりのあさり坂へとやって来ました。名前の由来は、貝のアサリのこと。1878年(明治11年)イギリス人ジョン・ミルン、アメリカ人エドワーズ・モースらが函館へ来て、在住のイギリス人ブラキストンと協力して貝塚を発掘。この坂では、縄文人が食べたアサリ貝の殻がたくさん出土したそうです。それで名付けられたとか。
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結構下まで続いています。
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近くにあったレンガ壁。
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よく見ると、イギリス積みの煉瓦です。明治20年(1878年)以降は函館ではイギリス積みが主流となったそうで、それ以前はフランス積みが主だったとか。
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函館出身の文学者、亀井勝一郎の文学碑があります。この近くの生まれです。
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「人生邂逅し開眼し瞑目す」
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近くには石川啄木が居住した地がありました。
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家はないけど、この辺りで生活していたそうです。21歳の若さで妻子がいて、母や妹の扶養までいながら文学で身を立てたい!と1907年(明治40年)に函館にやって来たのです。当時の函館はそれだけ活気があって、発展中の町だったのです。
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啄木の歌碑もありました。
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この辺りの家々には蔵が多い。西部地区を歩くと、100軒以上の家に蔵があるのでは?それだけ目立ちます。
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色んな形の蔵があるけど、今は使用しているのかな?
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山麓だから斜面があって、この辺りは結構キツイ。急傾斜で道路から5mは高い地に家があります。お年寄りが毎日買い物などで歩くには厳しいでしょうね。
冬は道路にロードヒーティングしているので車は大丈夫ですが、歩道にもあるのかな?
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降りてくると佐々木豆腐店があって、市内では手作り豆腐で有名なお店です。とっても美味しい豆腐や油揚げなどがあります。
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電車通りまで降りてくると、すき焼きで有名なお店の「阿さ利」があります。
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1901年(明治34年)に函館で3番目の精肉店として開業してます。このレトロな建物は、明治時代中頃、青森県野辺地町にあった海産物商人の総檜造り別荘を1934年(昭和9年)に移築したものだそうです。
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てっきり、この料理屋さんの「阿さ利」から「あさり坂」と名付けられたのか、とばっかり思っていましたが違いましたね。
となりには「谷地坂」という坂もありました。
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ということで、坂の多い函館山山麓の西部地区。次回もどんどん紹介していきたいのですが、少し休んでから再び歩きますので、数日blogはお休みします。

では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月21日月曜日、天気は曇りで最高気温は25℃、最低気温は19℃と昨日よりは少し暑いくらいの変らない天気です。それでも湿度が60%を切っていて、外出するには不快じゃない日です。

さて、護国神社に関して詳しく紹介していますが、いよいよ本殿へ行こう!とする前に・・・。
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童謡チューリップの歌の碑があって、なんで?
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裏側を見て説明を読んでも、よく分からず。浅利さんという方は、函館でも有名な桜博士ですが、それと関係があるのかどうか?
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撫でフクロウの置物。我が家の塀にも百均で買ったフクロウの置物が3個置いてますが、通行人の方が時々撫でていきます。それは、「不苦労」=苦労しない、と同じ発音の語呂合わせ。
フクロウを撫でることで苦労知らず、ということです。
それと、福朗=福来朗(福が来る)という意味もあるとか。
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写真では分からないでしょうが、頭の部分は多くの人に撫でられているから、テカテカでした。まるで五稜郭の武田斐三郎の顔みたい‼️
五稜郭を築城した江戸時代末期伊予出身の武田斐三郎は頭が良いので、頭を撫でると良くなる(と、バスガイドさんが言ったとか)、と観光客が撫でていくのです。
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秋の旅の安全を祈願します。
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内部をズーム。
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護国神社の社紋(御神紋)は、外側に菊の花びら内側に桜の花。
菊と桜は日本の花の代表ですものね。パスポートには菊のデザインがありますから。
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本殿の横を見ると、「新政府軍の墓地」の看板があります。
説明板を読むと、箱館戦争で新政府軍の戦死した兵士たちのお墓があるのです。
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墓地は普通は神社ではなくお寺にあるものですが、ここには新政府軍の戦没者その数は160人から300人前後が葬られています。
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一人ひとりのお墓を見ると、弘前藩(津軽藩)や備後福山藩、越前の大野藩などからやって来て、戦い死亡した兵隊さんたちです。
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こちらは護国神社の歴代の宮司さんたちのお墓。
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一番奥にあるひときわ大きなお墓は、薩摩藩出身のお墓でした。はるばる鹿児島からやって来たんですね。
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ここは護国神社を参拝する人たちでも立ち寄ることが少ないエリアで、太陽は森の木々によって隠されていて、いつも暗い場所です。

今から157年前に、同じ日本人どうして戦い傷つけあう戦争があったのです。
ただ、「勝てば官軍」の通り新政府軍側の戦死者は一人ひとりが葬られましたが、旧幕府軍の戦死者は町中に放置されたままだったのです。
それを見た箱館の人の中に、「それではあまりにも可哀想だろう」と死体を集めて合同に葬ったのが「碧血碑」で、それを実行した人が当時の任侠だった柳川熊吉だったのです。
それについては後日に紹介します。

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9月20日日曜日、天気は曇りで最高気温23℃、最低気温は19℃。朝方は霧雨が降っていて、畑にはほんのお湿り程度でそれもすぐに上がり、今日1日はどんよりした天気になっています。関東地方では台風の影響で大雨とか。こちらは9月晴天続きで日照時間が例年よりも多いのですが、東京はほんの僅かとか。シルバーウィークの行楽シーズンで、台風の被害がないことを心より祈ります。

さて、急坂を登りヒーヒー言いながら鳥居の下へとやって来ました。
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ここは函館護国神社。
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明治維新で起きた戊辰戦争での新政府側(官軍)の戦死者、さらにはそれ以後の戦争で亡くなられた戦没者を祀る神社です。
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となりには函館山へのバス停留場があって、ここからだとロープウェイ料金よりは安く山頂へ行けます。
でも観光客のほとんどはロープウェイを使いますね。
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なぜなら、バスの便数が少なすぎるから。夜景を見るなら、17時からの5便だけ。帰りも1時間待ちで下山するので、夜景をもっと見たい人にはやっぱりロープウェイの方が使いやすいはずです。
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40段の階段を登り境内へ。ここから見る景色もきれいです。
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今日は、ここの境内に多くの石碑があるので紹介して行きます。まずは、ここは第二次世界大戦(太平洋戦争)での戦没者の碑。
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ニューギニア島の地図があって、ソロモン島の激戦で亡くなられた方かな?
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右に社務所があって、奥に本殿があります。函館山を借景にして、とてもキレイに整備された境内です。
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招魂場の碑がありました。護国神社の前身で、箱館戦争終結後の1869年(明治2年)11月に、新政府軍の戦没者を祀るために、旧幕府軍の捕虜たちを動員して造営されました。
文字は、後の箱館府知事となった清水谷公考(しみずだに きんなる)の筆によるもの。
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こちらは第二次世界大戦で、学徒動員され北海道で農業をした学生たちの「大地への献身」碑。
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馬を引きながら耕していますね。食べるものが不足していた時代だから、少しでの食料生産が必要だったからでしょう。この写真、陸別町でのこと。十勝の北部に位置していて、日本1寒い地でもあります。マイナス40℃以下。
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青函連絡船で函館へ渡り、C58号の蒸気機関車で道東や道北へ行ったのでしょう。
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そんな歌(栄なる大地)も作られたのです。
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こちらは「少年海員之碑」。少年とは14,5歳の子供たちまで戦死したのでしょうか。
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帝国海軍駆逐艦 橘 鎮魂之碑。函館港と関係あるのかな?ここから出港したのか?
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表側の文字が分からなかったけど、裏にはやはり戦争と関係ある文字がびっしりありました。
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誰かの詩?
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こちらも誰かの詩が。
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次回は、いよいよ本殿へと行きます。そして本殿横には、戊辰戦争での最後の戦いとなった箱館戦争での新政府側、つまり官軍側の兵士たちの一人ひとりのお墓がありました。

では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月19日土曜日、天気は曇りで最高気温は22℃、最低気温は18℃と日中は気温があまり上がらず、この時期としてはひんやりした天気となっています。
さて、昨日の南部坂からの続きです。
坂を登らずに周辺を歩いたので、いくつか見どころを紹介したいと思います。
まずは「坂本龍馬記念館」から。
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龍馬は北海道へ渡りたかったのですが、その直前に暗殺(近江屋事件1967年12月)されます。その意志を継いだのが養子となった直(姉の子)。彼は五稜郭の奉行所(箱館裁判所権判事)で働いていますから。
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十字街にあるこの塔は何だろう?と皆が不思議に思うはず。ナニコレ?
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操車塔といって、十字街は電車の交差する地。今は交通信号と連動した自動式ですが、昭和44年以前は、分岐点では係員が手動でポイントを切り替えていたのです。
塔の上に入り作業していたんですね。
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十字街の一つ横の通りは銀座通りと云われていた、かつて北日本最大のカフェ街だったのです。
今は人通りも少なく寂しい雰囲気が漂っていますが、ラッキーピエロ十字街店だけは観光客で賑わっています。ここの目玉は、サンタクロース。たくさんのサンタさんがお出迎えしています。
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護国神社坂を登ります。この先には、護国神社があるのでなづけられていますが、かつては倒産坂だったそうです。
護国神社は昔「招魂社」で、「招魂社坂」とも。家を建てる時に坂に面して門を作ると招魂社に不敬であり、罰が当たり必ずかまどが潰れる=倒産する、と信じられていた昔の迷信で、そんな時代もあったのです。
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坂の下は市電通りで、たまたま電車がやって来ました。ジンギスカンを営む店がスポンサーになっていますね。
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坂にはグリーンベルトがあって(これも大火の影響で道を広げるため)、緑地には様々な石碑があります。
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高橋掬太郎は函館日日新聞社の記者で活躍。そして「酒は涙か溜息か」を作詞した人物でもあります。
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かつての日露友好の碑もあります。今のプーチンでは友好関係は築けないでしょうが。
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そして江戸時代に箱館で豪商をして財を成した高田屋嘉兵衛。彼なくして今の函館の繁栄はありません。
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函館には多くの蔵を所有する家が多く、それを活用してカフェを営んでいるところもあります。ここは「ひし伊」という昔の質店で、明治時代には石川啄木も通ったとか。
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この坂を登っていきますよ。正面には函館山。
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横に、大きな石碑があります。
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200m以上登ると、左手に公民館の建物があります。
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自分が小学生の時にここで発表したことがあって、もう60年以上前の話し。その時からリフォームはしたけど、今も健在とは驚きです。
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椅子席が300人ほどあって、今も色んなイベントに利用されているようです。
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で、この黄色の消火栓。黄色は雪が積もった時でも目立つし、水を出す口が3つもあります。それは大火の反省からで、3つホースを繋げればそれだけ消火が早いから。
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ここまで登ってきました。結構、キツイ。
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次回は、いよいよ護国神社へと向かいます。では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月18日金曜日、天気は晴れで最高気温は23℃と今日も清々しい秋晴れの1日。
今日から、函館山山麓にある多くの坂を巡って函館を紹介したい❗️と思い、まず最初に「南部坂」を。名前の由来は、文字通りこの坂の上に南部藩の元陣屋があったから。
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その角には、1923年(大正12年)に建てられた丸井今井呉服店(現在は函館市地域交流まちづくりセンター)のビルがあります。
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今回は、この旧丸井百貨店の建物を探ることにしましょう。まずは1階に展示している函館家具。明治から大正時代、そして昭和の始めにかけて函館は東京以北最大の商業都市で、人口もトップ10内に入る大都市だったのです。
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マンホールには、函館出身のロックバンド、GLAYが描かれていますね。まさしく日本のビートルズ。
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そして、東京以北では現存する最古のエレベーターものだそうです。
たまたま案内する時間だったので、運良く乗車することが出来てラッキー。
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エレベーター内からは蛇腹の扉が見えます。すごいレトロ感‼️
当時はエレベーターガールの手動により、動かされていたとか。右の手は係の人。
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4階からさらに最上階の5階へ。
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5階は展望台になっていて、当時は見晴らしが良かったはず。
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丸いドームは3階の上にあるもので、2枚目の写真を見ると分かります。高い建物があるから海は見えず。当時は港が一望できたとか。
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5階から降りる階段は、イタリアから取り寄せた大理石だそうで、豪華そう。
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5階の部屋から見えた北西側も、マンションなどで眺望は悪い。
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西側を見たら、函館山(334m)が。緑色の屋根と白い壁の素敵な建物がいくつもありますね。
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それでは下りは歩いて降ります。かつては「丸井さん」と呼ばれた丸井百貨店。1934年(昭和9年)の大火で内部は全焼し、さらに人口が東部地区へ移動して1969年(昭和44年)に五稜郭地区へ移転して、しばらくは市役所の分庁舎だったことがありました。
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近くの銀座は、東京以北最大の商店街だったことも。
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これは珍しい写真です。明治時代の函館港で、多くの船が停泊していますね。
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東北以北最古の手動式エレベーターの説明です。
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エレベーター・ガールは当時は人気の職業だったそうです。
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それにしてもイタリアから大理石を取り寄せたとは❗️
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こちらが5階から1階までの大理石で埋め尽くされた階段です。
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函館山山麓には有名な坂だけでも20以上あって、上に行くほど急坂で歩くのもしんどくなるほど。
今日だけでも歩いて8000歩を越えて、足の裏が痛くなるほどでしたから。
次回も函館の坂をどんどん紹介していきますね。
では、また次回にお会いしましょう❗️

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午後からも晴れで暖かい。というよりは暑いくらい。太陽が当たる部分では25℃以上の夏日になっていますからね。
ランチタイムはラッキーピエロ江差入り口店。場所的には厚沢部町の郊外ですが、江差町と乙部町との境界付近で、2つの国道が交差する比較的交通量が多い地だから出店したのかも?
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この店、函館市内17店舗では観光客が大勢来店するが、ここは地元の人やドライブで立ち寄る人が多い感じです。
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そしてラッピーピエロはお店独特のカラーがあるけど(例えば十字街店はサンタクロースのオンパレード)、江差店は「オードリー・ヘップバーン」が主人公。
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お店いっぱいにオードリー・ヘップバーンの写真が飾られています。
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結構広い店です。客足は絶えなく、地元では人気があるのでしょう。
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注文したのは、大好きな「チャイニーズ・チキン・カレー」。ボリュームいっぱいで、大満足。とても大盛りなんて注文できない。
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帰り道で寄った厚沢部町の土橋レクの森キャンプ場。昼過ぎだから誰もいません。
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子供が小さかった頃に利用したバンガローは今も健在。
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こちらは管理人さんがいる森の資料室。
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そして帰路も再び寄ります。新函館北斗駅へ。トイレもタイムも兼ねて。
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今回のトリを務めるのは、北斗市のゆるキャラ「ずーしーほっきー」。ゆるキャラにしては、キモいとか。
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ということで、今回も無事故無違反で無事に帰宅出来るました。

では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月17日木曜日、天気は今日も快晴で最高気温は24℃、最低気温は16℃。昨夜は冷え込みもせずぐっすりと10時間以上睡眠。朝から雲一つない晴天で、暑くなりそう。
昨夜午前3時ころにトイレタイムを取った時、夜空には満天の星空で、天の川・オリオン座・カシオペアなどが見えて感動‼️人工衛星の軌道も見えて、どれだけきれいな星空なのか!と胸が熱くなったのでした。ただ自分のスマホやカメラでは撮影できず残念です。
ここは上の国町の夷王山キャンプ場。小高い山の丘陵地帯にあるキャンプ場で、ライダーのテントが一つと私の車だけ。
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景観抜群の場所での朝食です。対岸は江差町。
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コーヒー、コーンポタージュ、オニオンスープとクラッカーとビスケット。
ガスで焚くバーナーは世界最軽量のSOTO の製品です。なるべくコンパクトにしたくて、登山でもサイクリングでも使用できるのでこれにしたのです。
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この景色見ながらだと、どんな食事も美味しくなりそう。
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バーベキュー台も揃ってるし、トイレと水道もあって、これで無料なのです。道の駅で車中泊するより、ずっと良い❗️
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夷王山150mほどに登山。といっても駐車場から10分もかからない。昔、和人が北海道初上陸した地で、ここに勝山館を築いたのです。
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遠くに江差町の鴎島が見えますが、後から島を一周トレッキングします。
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14世紀に津軽の十三湊から、南部氏に敗れた安東氏が逃げてここへ。後に松前藩の祖となる武田氏が築いた城跡です。
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夷王山神社もあります。
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下に見えるのが、勝山館資料館。トイレ・水道完備でここでも車中泊出来そう。丘の上にキャンプ場あります。
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10km離れた江差町へ移動し、かもめ島をトレッキングします。だいたい1時間ほど。
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源義経が弁慶とともに逃亡して江差へ。彼の白い馬は岩に化したと云う伝説が残っていますが、白い岩がそれ。
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ズームすると、確かに馬っぽい。
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瓶子岩は有名です。
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男衆が神輿を担いで海に入る祭りで、瓶子岩に注連縄を飾るのです。
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夕日の展望台の灯台。ただし展望台への階段は閉鎖中でガッカリ。
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南西側。海がとってもきれい。遠くに渡島大島がかすかに見えていましたが、写真ではどうかな?
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北西側。北海道本土最西端の岬や「日本1危険な神社」で知られる太田山神社もあるせたな町大田区が見えています。
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1時間のトレッキングで歩数5000歩を越え汗だくへ。かもめ島キャンプ場に水道があったので、頭から水をあぶり顔も洗い一休み。
今は江差町の図書館にいます。
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図書館のある文化施設では明日から開催される江差追分全国大会の準備中でした。
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今日はこれから江差町でランチして、午後から帰宅します。
3日間の秋の旅のリハーサルでしたが、本番は10月5日津軽海峡の南へとスタートします。
十分なトレーニングとなって満足した結果と反省が残せました。

では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月16日水曜日、天気は快晴で最高気温は24℃、ただ朝の最低気温は11℃と車の中でも冷え込み、昨夜は長袖を着込んでスリーシーズン用の寝袋で午後7時に寝て朝は午前6時に起きたので、何と11時間も寝たのでした。
もっとも何度か目覚めて、午前2時過ぎにトイレタイムを取った時は夜空にオリオン座が見えて感動したのでした。
朝7時のキャンプ場です。
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湿度も低く爽やかな朝を迎え、やっぱり車中泊は最高の旅だ‼️と実感。
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昨夜の焚火も綺麗さっぱり燃え尽きていて、灰になっていますね。
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少し寒いけど、ジャンパーを着て3枚重ねで、朝日が当たる中で朝食。
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メニューは、林檎、バナナ2本、おにぎり2個と漬け物、それとコーヒー、オニオンスープ、ポタージュです。
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キャンプ場にはミニリンゴの木が5本あって、たわわに実っています。
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大きさはピンポン玉くらい。真っ赤になって食べ頃。でも、これって観賞用?
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続いて矢不来神社で、旅も安全を祈願。
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戊辰戦争の時のモニュメントは旧幕府軍の陸軍大将の大鳥圭介。
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菅原道真公を祀る天満宮でもあるので、梅の花の牛さんがいますよ。
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そしてトラピスト男子修道院へ。久しぶりに訪問。
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この参道を登ります。
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男子修道院は日本で2箇所のみ。ここと大分県日出町のみ。女子は10箇所ほどあります。
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観光客はここまで。柵があって、間から撮影。
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振り返ると杉並木が見えて、その先に海が。
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ミニ資料館があって、三木露風のことが紹介されています。
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ここは四季折々見応えありますよ。
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三木露風は75歳の時に交通事故で亡くなられたんですね。
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ここのソフトクリームは日本1と云われていて、後で食べてみます。
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修道士で日本人に帰化したジュラール・フィイエス。
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横からチラッと見える修道院の建物。
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ソフトクリームは500円に値上がりしていましたが、やっぱり美味しい‼️
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売店の近くに、かつての三木露風の居宅がありますが今は更地。
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ここから講師として修道院で教えていたのです。彼もカトリック教徒として洗礼を受けています。
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当別カトリック教会。
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教会と並木道。絵になる風景です。
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今は木古内町の道の駅にいます。
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では、また次回にお会いしましょう❗️

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9月15日火曜日、天気は晴れで最高気温は23℃。最低気温は15℃と朝方は冷え込み、朝のルーティンである体操とストレッチの時間にはウインドブレーカーを羽織ったほどです。もっとも、天気予報を見れば、本州は雨だからそれに比べれば晴れているから良し‼️です。
さて、10月に秋の旅をスタートしますが、そのリハーサルとして数日車中泊の旅に慣れよう!と6月以来の旅へと出掛けました。
まずは、先日訪れた北海道新幹線の「新函館北斗駅」へ。
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前回見逃したものがあるので、そこへ。駅の横側にあって、探しづらいかも?
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まずは明示時代の煉瓦製の油庫。
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道内でも数カ所の駅に残っていますが、油の保管庫だったのです。
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続いて、北斗市出身の有名人である三橋美智也のレリーフ。
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石灰岩の有数な生産地である鉱山が今もあって、セメント工場があります。IMG20260915142216

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そしてマルメロの木。
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見事に実っています。
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香りを楽しむのですが、食用になるのかな?
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遠くから見た時は、黄色の林檎かな?と勘違い。
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ここは北海道の水田発祥の地です。
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江戸時代から行われていたんですね。
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黄金色に実った稲。もうすぐ稲刈り。
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函館平野のお米には、「ふっくりんこ」とか「きらら」とかいろいろあるけど、とっても美味しいです。温暖化の影響で今や北海道は新潟県に次ぐ米の一大産地ですから。
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上磯ダム公園キャンプ場に到着。本州ナンバーの車が多い。
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ライダーもいて、テントもチラホラ。
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夜の焚火は盛大にやるつもりです。
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では、また次回にお会いしましょう❗️

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