昨夜は、新潟県の山奥、魚沼市の入広瀬(いりひろせ)道の駅にて車中泊。一人だけだった。いつもは車中泊している人やトラックが一晩中アイドリングしているんだけど、独りぼっちの夜を明かした。
5時起床、近くの山へ。町が見える。

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六十里越え街道を走る。冬期間は通れず、つい最近開通したばっかり。ゴールデン・ウイークまでは雪で通行止めでした。1里が10里にもあたるくらいしんどい道で、名づけられたそうです。福島県只見町は豪雪地帯、今冬は3m50cmも積雪があった、といいます。実際、残雪は多い。

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峠を越えて、福島県側へ入りました。田子倉湖がみえる。田子倉ダムにより出来た人造湖だ。

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新緑と雪の白さ、青い空のコントラストが美しい。絶景です。

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道路のほとんどはスノーシェイドだ。トンネルではなく、雪が道路に積もらないように片側だけ壁、もう片側は柱で間隔を空けて谷側が見えるようになっている。

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雪渓を撮影するために、首都圏からアマチュアカメラマンの人々が、集団で来ていた。みんな高そうなカメラを持参、バチバチ撮っていた。

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そして、ここを訪れたかった。河井継之助記念館。

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長岡藩の武士でありながら、ここで亡くなったために、お墓もある。幕末の歴史上に登場する一人でもある。

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彼は、西郷隆盛が惚れ込んだ男、例えれば戊辰戦争時の東軍の坂本龍馬みたいな人物です。しかし、薩長は彼を許さず、武装中立を唱えた長岡藩は、奥羽越列藩同盟側について戦うことに。
落城し、八十里越え街道(六十里越えの北にあります)を総勢2000人以上で歩くが、負傷をおった継之助はここで逝去した。

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資料館へ入って見ました。たくさん資料がありました。係りの人(女性でした)が、また親切で40分近く、幕末のこと、函館のことなど話しました。残念ながら写真は丁寧に断られました。

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義に生き、ラストサムライとも云われる河井継之助。彼も幕末を生きた人物です。42歳で逝去。

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会津若松への途中、沼沢湖へ寄りました。高原にあるカルデラ湖で、以前地図で発見した時から、見たいなあ、と思っていました。

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只見川に架かる橋。JR只見線は昨年の豪雨で、この奥で鉄橋が流され、バス代行されています。穏やかに見える川も、集中豪雨となると、ダムも決壊する力を持っている。河井継之助記念館のすぐそばにも流れていたが、普段はキレイな川なのに無惨な荒れ果てた姿を見せていた。

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そして峠を越えて、山形県へ、米沢市上杉神社にある、上杉鷹山(ようざん)です。上杉景勝(謙信の養子で家督相続した)は、秀吉により、会津120万石へ。ところが関ヶ原の戦いで西軍についたため家康により米沢30万石へ減封。鷹山は財政再建を任され、立て直した人物です。ケネディ大統領が歴史上、もっとも尊敬する人物のひとりにあげています。

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そんなわけで、4時過ぎに米沢到着し、上杉神社周辺を散策、今7時近く。今晩は上杉神社のある米沢城公園の駐車場で車中泊します。先ほど、米沢名物の米沢牛を使った、熱々のコロッケを食べました。美味しかったです。真っ赤な夕陽も沈みました。ではまた明日!明日は行きたいところがあり、会いたい人がいます。それは前回の旅で紹介していますが、どこでしょうか?また明日のブログでお会いしましょう!