1878年(明治11年)7月、通訳の伴を連れた一人のイギリス人女性が、初めての奥羽・
北海道の旅の途上、金山町に二晩の宿をとった。その時、彼女が「ロマンチック」と感じ、
「美しく静かで健康的な場所」と称えた金山の街並みは今も変わることなく、訪れる人々を
もてなし癒してくれる。
その女性こそ、イザベル・ルーシー・バード。1831年イギリス・ヨークシャーで牧師の長女
として誕生、幼少より病弱で健康のため乗馬に親しむ。医者のすすめで23歳からアメリカ・
カナダを旅行。この旅をきっかけに最初の旅行記を出版、旅行作家としての道を歩み始める。
「日本奥地紀行」は、1878年47歳の時に3ヶ月にわたる日光からみちのく、そして北海道
旅行の道中、妹宛に送った手紙をもとに書かれた。その後も世界各地を旅し、多くの旅行記
を残している。1904年72歳で病没。

「今朝、新庄を出てから、険しい尾根を越えて、非常に風変わりな盆地に入った。」
・・・「日本奥地紀行」イザベラ・バード/高梨健吉訳より

金山町の観光パンフレットから~
「日本のどこにでもあった小さな町です。」
樹齢200年を超えるすぎの美林、石堤を流れる山水に鯉が泳ぐ大堰(おおせき)、
地元職人が建てる白壁と杉板張りの家並み、山間を黄金に染める田んぼ。
いつかどこにでもあった、観光というより暮らしという言葉が似合う、人口およそ
6400人の小さな山里です。
自然と、季節と、人。
それがおもてなしのすべてです。

昨夜は、町役場の駐車場に止めて、車中泊した。町を歩く人が、旅人と知ると誰もが
声を掛ける。挨拶をしてくれる。夕方、どこに止めようか?迷っていた時に金山小学校の
先生だろうか、「町役場の駐車場なら大丈夫ですよ。」と言ってくれた。
写真はこの3枚だけだったが、(5月10日のブログにはもう少し写真が載っています。)
すごく良い印象が残っている町です。

その後、新庄から大石田の町へ移動、北大石田駅です。ここから見えた農村風景が
素敵でした。

奥には、月山の雪山が見えますね。

山形新幹線も止まる大石田駅の名前の由来が書かれたプレート。
昔、村の中心部にある水田の中に、直径3mもある大きな石があり、その傍らには
泉が湧き出していた。村の人たちは、この石を大切にし、その泉を飲めば、どんな
難病もたちまち治るといって敬ってきた。これがそのまま大石田の地名となった、
ということです。

静かな農村ですが、新庄まで伸びている新幹線がここで止まります。

そんなわけで、今日は山形県最北端の町、秋田県との境にある金山町を紹介しました。
朝、登校する子供たちは、皆「おはようございます」と挨拶してくれる。嬉しいですね。見ず
知らずの旅行者なのに。
風景と調和した「街並み景観づくり100年運動」に取り組む「四季奏でる町・金山」・・・訪れて
見たい、と思いましたか?とっても素敵な町です。有名観光地ではない、素通りしてしまうくら
いのホントに小さな町ですが、100年以上前にイザベラ・バードが愛した町です。
「その麓に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である。私は正午にはもう着いた
のであるが、1日か2日ここに滞在しようと思う。」
ここには観光のためではなく、暮らしに根付いた景観があり訪れる人の郷愁を誘う。
次に訪れる時は2、3日のんびりと宿泊してゆっくり歩いて見たいな、と感じた素敵な町でした。
おススメです!
では明日は「大正ロマン漂う銀山温泉」を中心に紹介します。ではまた明日
北海道の旅の途上、金山町に二晩の宿をとった。その時、彼女が「ロマンチック」と感じ、
「美しく静かで健康的な場所」と称えた金山の街並みは今も変わることなく、訪れる人々を
もてなし癒してくれる。
その女性こそ、イザベル・ルーシー・バード。1831年イギリス・ヨークシャーで牧師の長女
として誕生、幼少より病弱で健康のため乗馬に親しむ。医者のすすめで23歳からアメリカ・
カナダを旅行。この旅をきっかけに最初の旅行記を出版、旅行作家としての道を歩み始める。
「日本奥地紀行」は、1878年47歳の時に3ヶ月にわたる日光からみちのく、そして北海道
旅行の道中、妹宛に送った手紙をもとに書かれた。その後も世界各地を旅し、多くの旅行記
を残している。1904年72歳で病没。

「今朝、新庄を出てから、険しい尾根を越えて、非常に風変わりな盆地に入った。」
・・・「日本奥地紀行」イザベラ・バード/高梨健吉訳より

金山町の観光パンフレットから~
「日本のどこにでもあった小さな町です。」
樹齢200年を超えるすぎの美林、石堤を流れる山水に鯉が泳ぐ大堰(おおせき)、
地元職人が建てる白壁と杉板張りの家並み、山間を黄金に染める田んぼ。
いつかどこにでもあった、観光というより暮らしという言葉が似合う、人口およそ
6400人の小さな山里です。
自然と、季節と、人。
それがおもてなしのすべてです。

昨夜は、町役場の駐車場に止めて、車中泊した。町を歩く人が、旅人と知ると誰もが
声を掛ける。挨拶をしてくれる。夕方、どこに止めようか?迷っていた時に金山小学校の
先生だろうか、「町役場の駐車場なら大丈夫ですよ。」と言ってくれた。
写真はこの3枚だけだったが、(5月10日のブログにはもう少し写真が載っています。)
すごく良い印象が残っている町です。

その後、新庄から大石田の町へ移動、北大石田駅です。ここから見えた農村風景が
素敵でした。

奥には、月山の雪山が見えますね。

山形新幹線も止まる大石田駅の名前の由来が書かれたプレート。
昔、村の中心部にある水田の中に、直径3mもある大きな石があり、その傍らには
泉が湧き出していた。村の人たちは、この石を大切にし、その泉を飲めば、どんな
難病もたちまち治るといって敬ってきた。これがそのまま大石田の地名となった、
ということです。

静かな農村ですが、新庄まで伸びている新幹線がここで止まります。

そんなわけで、今日は山形県最北端の町、秋田県との境にある金山町を紹介しました。
朝、登校する子供たちは、皆「おはようございます」と挨拶してくれる。嬉しいですね。見ず
知らずの旅行者なのに。
風景と調和した「街並み景観づくり100年運動」に取り組む「四季奏でる町・金山」・・・訪れて
見たい、と思いましたか?とっても素敵な町です。有名観光地ではない、素通りしてしまうくら
いのホントに小さな町ですが、100年以上前にイザベラ・バードが愛した町です。
「その麓に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である。私は正午にはもう着いた
のであるが、1日か2日ここに滞在しようと思う。」
ここには観光のためではなく、暮らしに根付いた景観があり訪れる人の郷愁を誘う。
次に訪れる時は2、3日のんびりと宿泊してゆっくり歩いて見たいな、と感じた素敵な町でした。
おススメです!
では明日は「大正ロマン漂う銀山温泉」を中心に紹介します。ではまた明日
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