11月からの冬の季節、旅には出れず、家の中で過ごす時間が多くなっています。
そんな時は、図書館から本を借りてきて、一気に読みます。昨日は、先日亡くなった
作家、戸井十月さんの旅行記「道、果てるまで ユーラシア横断3万キロの日々+
4大陸10万キロの記録」を夜遅くまでかかり、読み切りました。ホンダのオフロード・バ
イク、アフリカツイン(750cc)で旅する物語です。61歳で過酷な旅に出て、しかも極寒
のシベリアも走り抜いて・・・感動しました。
戸井さんの名の十月は、最初はペンネームかな?と思ったんですが、確かに10月
に誕生していますが、お父さんがレーニンが史上初の社会主義政権を樹立したロシア
の10月革命(当時ロシアは西暦でも旧暦のロシア暦を使用していて、実際には11月)
から名を採って十月としたのです。(彼の本に書いていました)
彼は1948年10月12日生まれ、お父さんは人形劇団「プーク」の公演で大阪を巡業中、
お母さんが、東京・目白の聖母病院で出産した時に、お父さんは電報で「名前を十月に
せよ」と知らせた、と書いています。1917年の10月革命に強い思い入れがあったのです
ね。
彼の作品は、ほとんど読んでいるのですが、残念ながら今年2013年7月28日肺がん
で亡くなりました。世界中を旅してきた彼は、今年の夏、天国に旅に出たんですね。
さて、陸前高田市の道の駅です。三陸の幹線国道45号線沿いにありますが、海抜3m
ほどの海岸の平野部にある陸前高田市は、津波により壊滅的被害を受けました。

例えば、このビル。周囲の建物は解体・撤去されたのに、残っているのは所有者が、津波の
被害を遺産として後世に残したい、からだそうです。ビルの最上階まで津波が押し寄せたこと
をビルにラインを引いて示しています。4階建てのビルですが、屋上の建屋の青いラインまで
津波が来ました。鉄骨だから残っているものの、当然木造家屋はすべて流されています。

NTTのビルも残っていました。同じようにこの高さでは屋根まで津波がきた、と思いますが
荒れ野原となったここ陸前高田の町では、今復旧工事の真っ最中。作業する上で携帯電話
は必要ですので、アンテナを建てて通じるようにしているのです。

JR陸前高田駅を探しました。雑草が生い茂る旧市内の町中で、まず線路はないか?と。
歩き回って見つけた、わずかな鉄道が走っていた跡がこれです。

ここだけが、レールが残っていました。後は、草ぼうぼうでレールは流されて列車が走っていた
とは思えない光景が広がっています。

次に駅を探しました。地図とナビを頼りに大体の場所を確認。車を止めて歩いて見ると。

ここに駅舎があったんだな、と思いました。看板や、それらしき建物・残骸はまったくありません。
ただ、プラットフォームはありましたので、駅だと確認出来ました。
下の写真は、駅前ロータリーのある広場。駐車場を示すラインが消えていない。奥の方では、
土地のかさ上げ工事で土を盛り上げています。

41年ほど昔、20歳の時の春休みに自転車で三陸海岸をサイクリングしたことがありました。
陸前高田では、1万本以上の松が茂る高田松原のある海岸部にある高田松原ユースホステル
に宿泊しました。しかし、今そこには1本しか残っていない。

見る影のないほどの変わりよう。
昔のような町に戻るには、時間がかかると思いますが、一歩ずつ一歩ずつ前進してもらいたい、
と願うばかりです。
ここで、宣伝です。来る12月7日(土)午後6時30分から
函館市流通センター内ホールで
カツオ主催のプロレス大会(みちのくプロレス)があります。
チケットは大人3500円、高校生以下1000円です。ぜひご協力をお願いします。
それでは、また明日
そんな時は、図書館から本を借りてきて、一気に読みます。昨日は、先日亡くなった
作家、戸井十月さんの旅行記「道、果てるまで ユーラシア横断3万キロの日々+
4大陸10万キロの記録」を夜遅くまでかかり、読み切りました。ホンダのオフロード・バ
イク、アフリカツイン(750cc)で旅する物語です。61歳で過酷な旅に出て、しかも極寒
のシベリアも走り抜いて・・・感動しました。
戸井さんの名の十月は、最初はペンネームかな?と思ったんですが、確かに10月
に誕生していますが、お父さんがレーニンが史上初の社会主義政権を樹立したロシア
の10月革命(当時ロシアは西暦でも旧暦のロシア暦を使用していて、実際には11月)
から名を採って十月としたのです。(彼の本に書いていました)
彼は1948年10月12日生まれ、お父さんは人形劇団「プーク」の公演で大阪を巡業中、
お母さんが、東京・目白の聖母病院で出産した時に、お父さんは電報で「名前を十月に
せよ」と知らせた、と書いています。1917年の10月革命に強い思い入れがあったのです
ね。
彼の作品は、ほとんど読んでいるのですが、残念ながら今年2013年7月28日肺がん
で亡くなりました。世界中を旅してきた彼は、今年の夏、天国に旅に出たんですね。
さて、陸前高田市の道の駅です。三陸の幹線国道45号線沿いにありますが、海抜3m
ほどの海岸の平野部にある陸前高田市は、津波により壊滅的被害を受けました。

例えば、このビル。周囲の建物は解体・撤去されたのに、残っているのは所有者が、津波の
被害を遺産として後世に残したい、からだそうです。ビルの最上階まで津波が押し寄せたこと
をビルにラインを引いて示しています。4階建てのビルですが、屋上の建屋の青いラインまで
津波が来ました。鉄骨だから残っているものの、当然木造家屋はすべて流されています。

NTTのビルも残っていました。同じようにこの高さでは屋根まで津波がきた、と思いますが
荒れ野原となったここ陸前高田の町では、今復旧工事の真っ最中。作業する上で携帯電話
は必要ですので、アンテナを建てて通じるようにしているのです。

JR陸前高田駅を探しました。雑草が生い茂る旧市内の町中で、まず線路はないか?と。
歩き回って見つけた、わずかな鉄道が走っていた跡がこれです。

ここだけが、レールが残っていました。後は、草ぼうぼうでレールは流されて列車が走っていた
とは思えない光景が広がっています。

次に駅を探しました。地図とナビを頼りに大体の場所を確認。車を止めて歩いて見ると。

ここに駅舎があったんだな、と思いました。看板や、それらしき建物・残骸はまったくありません。
ただ、プラットフォームはありましたので、駅だと確認出来ました。
下の写真は、駅前ロータリーのある広場。駐車場を示すラインが消えていない。奥の方では、
土地のかさ上げ工事で土を盛り上げています。

41年ほど昔、20歳の時の春休みに自転車で三陸海岸をサイクリングしたことがありました。
陸前高田では、1万本以上の松が茂る高田松原のある海岸部にある高田松原ユースホステル
に宿泊しました。しかし、今そこには1本しか残っていない。

見る影のないほどの変わりよう。
昔のような町に戻るには、時間がかかると思いますが、一歩ずつ一歩ずつ前進してもらいたい、
と願うばかりです。
ここで、宣伝です。来る12月7日(土)午後6時30分から
函館市流通センター内ホールで
カツオ主催のプロレス大会(みちのくプロレス)があります。
チケットは大人3500円、高校生以下1000円です。ぜひご協力をお願いします。
それでは、また明日
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