昨日は、山形県米沢市の上杉記念館を紹介しました。上杉家の居城として、
江戸時代270年間栄えた米沢。今でも子孫は生活している、といいます。
そんな、米沢をあとに福島県へ。4000m以上もの長さのトンネルをくぐり抜けて
一気に福島県喜多方市へ。ここは、学生時代を思い出します。今は、通行止め
になっている旧道の、しかも舗装されていない砂利道の大峠(1158m)を越えて
自転車のペダルを必死にこいだことを。
 山深い峠の頂上部分では、カモシカと会いお互いびっくり。今思えば熊でなくて
良かった、と。熊だったら、どうしていただろうか?
そんなこともあったなぁ、と61歳の今は難なく自動車で新道のトンネルを越えて
喜多方市、湯川(ゆがわ)村、会津若松市を経て会津美里町へ。日光街道、別名
会津西街道の国道121号線から離れて県道23号線を西へ、さらに県道131号線
を南へ。険しい山間部のカーブが連続する氷玉峠、大内峠を越えて辿り着いたの
南会津郡下郷(しもごう)町大内宿
 江戸時代の面影残る会津西街道の宿場町です。
 さて、ここからは、早速今日から再び始まったBS・NHK7:45からの「こころ旅
のテーマソングを聴きながらご覧下さい。昨日は久しぶりの快晴。今年最後かな?
と昼間サイクリング。サイクル・グローブをしても指は冷たかったが心はあったたくて
2時間以上走り続けました。気持ち良かったです




場所は、福島県の南部、下郷町。奥羽山脈の山中で、1000m級の山々に囲まれた標高
658m前後のある盆地の東に位置しており、その東端には新潟県に河口がある日本有数
の河川、その長さ210kmで日本10位の阿賀野川水系の小野川が流れている。
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気候区で分けると、日本海側気候区に属し、夏はフェーン現象で暑くなるし、冬は重い雪の
降る豪雪地帯である。実際、この日10月11日は暑く、会津若松市での道路標示の気温だが、
なんと34度を記録しており、ここ大内宿でも半袖、ハーフパンツ姿で歩いても汗が出て来た
ほどだった。
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江戸時代に宿場町として1643年というから3代将軍徳川家光の時代に町が形成された。
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450mほど、盆地を南北に貫く街道沿いにかやぶき屋根の寄棟造りの民家が50軒ほど
建ち並ぶ。道の両側には、山から流れる冷たい清流が流れていて、ドリンク類を売るお店
では、かごに入れて冷やしていた。手に取ると冷たくて、ひんやりして気持ち良い。
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江戸時代は「半農半宿」のの宿場町であったが、現在でもその雰囲気をよく残している。
道の両側には民宿、お土産物屋、蕎麦屋などが立ち並んでいる。
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子安観音堂から見た大内宿。一番手前の建物はそばを売る店。450mの街道を歩いてきた
最後の家だ。ここから、山を少し登ると見晴らしが良いのだが、観光客は歩かない。もったい
ない、と思います。あと5分、10分歩いただけでこんないい景観があるのに。
全景が分かりますね。周囲を山々で囲まれた盆地の中に位置していることも。
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1981年(昭和56年)4月18日、国の重要伝統的建造物郡保存地区として選定されました。
旧宿場町としては、長野県の妻籠宿、奈良井宿に次いで全国で3番目でした。
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21世紀に入り、「美しい日本のむら景観コンテスト」で受賞、「日本の音風景100選」・「美し
日本の歩きたくなる道500選」・「わたしの旅100選」など数多く受賞しています。

というわけで、大内宿良かったでしょう。行きたくなりますね。
この後、さらに南下し、新潟県との県境の村、桧枝岐村へ。5月の旅では積雪のために通行
止めとなっていた、国道352号線を走りたかったからです。出来れば、快晴のこの日、通行し
たかったが、残念ながら日没近くのために断念。桧枝岐村の村役場の駐車場で車中泊。
標高1000mの桧枝岐は日が暮れてからは、さすがに寒く、日中の30度を越えた暑さとは打っ
て変わり、寝る時は羽毛の真冬用の寝袋を用意した。
夜は満天の星空、明日は大丈夫だ、と思いぐっすりと眠りについたのだが
ではまた、明日