もう一度、山頂からの光景をご覧下さい。快晴のこの日の絶景!! 市街地がはっきりと見えます。市街地の大半が海抜10m以下の土地です。扇形に広がっていることが一目で分かりますね。潮流の影響で砂が押し寄せて来て(漂砂現象)、島の函館山と陸地が繋がったのです。陸と繋がる島、つまり陸繋島です。繋がった砂州を陸繋砂州(トンボロ)といいます。
主な陸繋島としては、秋田県の男鹿半島(2本の砂州でつながった複式陸繋島)、神奈川県の江の島、和歌山県の潮岬、福岡市の志賀島、海外で有名なのはフランスのモン・サン・ミシェル、セネガルのヴェルデ岬などがあります。

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一番狭い部分は800mもないほど。元青函連絡船の摩周丸が繋がれている港と、赤レンガ色の大きな建物の市役所を結ぶ辺りがそうです。
ズームして見ましょう。

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函館駅周辺が見えます。朝市や駅、大門と呼ばれた繁華街、新幹線の開通を見越して建設されたホテル郡が。一番手前がラビスタ・ベイ函館、朝食の美味しさ日本1に輝いたホテルですね。昭和の時代は、駅前が函館1の繁華街でした。もっと古い時代の戦前は、東京以北では仙台に次ぐ北日本最大の町だったのですが・・・。
私が高校生の時、今から40数年前はこの駅前通りにはデパートが3つありましたが、今は1つだけ。奥を見ると五稜郭タワーが見えます。タワーの近くの森は五稜郭です。

函館山の麓を見ましょう。バブル期に建設されたマンション群が目につきます。無人の部屋が多いそうです。

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手前のグランドは函館西高校。北島三郎さんの出身校ですね。
教会が続いているのも分かります。白い壁、緑色の屋根のロシア正教のハリストス正教会。その隣が聖ヨハネ教会、英国国教会系の教会です。その下に赤い屋根のカトリック系の元町教会。その隣の黒い大きな瓦屋根が浄土真宗系の東本願寺函館別院です。

山頂を散歩してみます。

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トーマス・ライト・ブラキストンの碑があります。1832年イギリスの生まれの彼は、31歳の時開港したばっかりの箱館にやって来ます。目的は事業を起こすため。1863年のことです。時は文久3年、幕末の日本は尊皇攘夷であふれ、外国人にとっては危険な時代でもありました。現に、その前年の1862年8月にはイギリス人が薩摩藩士により殺傷される生麦事件が起きていました。
そんな中で、ブラキストンは、箱館で鳥類を採集・研究し気象観測も行いました。1879年(明治12年)には、函館滞在中に道内で捕獲した鳥類標本を、現在の市立函館博物館、当時の北海道開拓使函館支庁仮博物場へ寄贈しています。
その4年後の1883年(明治16年)、本州と北海道の動物に著しい相違があることを、アジア協会報に発表して注目され、津軽海峡が「ブラキストン・ライン」と呼ばれるようになりました。
この碑は、1960年(昭和35年)に建てられました。

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伊能忠敬が北海道での最初の測量を行った土地であることを記した碑がありました。幕府から命じられて日本最初の実測地図を作成するため、1800年函館山に登山し、測量しました。ここは、蝦夷地と呼ばれた北海道が、初めて正確に測量され地図に描かれた第一歩の地だったのです。この碑は、1957年(昭和32年)に函館市が設置しました。

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山頂だけあって、各テレビ局のテレビ塔もあります。

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NHK始め、HBC(北海道放送、TBS系)、STV(札幌テレビ、日テレ系)、HTB(北海道テレビ、テレビ朝日系)、UHB(北海道文化放送、フジテレビ系)、TVH(テレビ北海道、テレビ東京系)の民放5局が揃っています。

朝起きたら雪でした。だんだん寒くなって来ていますね。3日後はもう12月、師走です。2013年もあと一ヶ月です。体に気を付けて寒い冬を乗り切りましょう。
では、また明日