晴天の11月16日(土)、11月に入り三度(みたび)函館山に登って来ました。今回はまだ
紹介していない、薬師山から入江山を見ていただきたく歩いた次第です。
麓の函館護国神社、函館山を借景として建てられています。
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ここの神社の裏には、箱館戦争(1869年5月)における新政府側の戦死者のお墓があります。
50基ほどの墓を見ると、広島県の福山藩や薩摩藩から参戦していたサムライもいたのです。
ふるさとを遠く離れて、蝦夷地と呼ばれたもう二度と戻れないほどのはるか異郷の地のような
土地で、彼らは何を思い戦ったのでしょうか?
賊軍と呼ばれて蔑まされた旧幕府軍の兵士たちが葬られた碧血碑と比べて、官軍は手厚く葬ら
れています。
なにせ、護国神社の始まりの招魂社は、幕末の長州藩・薩摩藩が戦いで亡くなった人たちを祀る
ために出来たもので、まさに「勝てば官軍」を象徴するものだったのです。それが、戊辰戦争時に
新政府側についた者たち、さらにその後国のために亡くなった兵士たちを祀るために、1939年
(昭和14年)、それまでの招魂社を護国神社と名を改称して神社としての制度を明確にしています。
なお、東京招魂社は、1879年(明治12年)にすでに靖国神社と改めています。
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 さて、今日はまず最初に薬師山を訪ねるために旧登山道から登り始めます。
登山道入り口の2合目付近には、「函館山登山の記」の大きな碑があります。
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1974年(昭和49年)に亡くなった、元函館市長の宗藤大陸の功績をたたえるとともに、同氏の
任期中に完成した登山道路開通20周年を記念して、有志により設置されたものです。
台座は自然石で碑面には宗藤氏直筆の碑文が刻まれています。
「緑の山 紺青の海 美しかな 函館」
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やがて、薬師山方面の案内板があって、右折して10分ほどで砲台跡地へ着きます。市街地を
正面に臨む位置で、町を防衛する目的で設置されたと、思われます。
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詳しくは、また明日紹介したいです。

昨日、次男のカツオが新聞に出ていました。
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大会まであと1週間。追い込みに入っているところです。チケットの売上がそれほど伸びておらず、苦戦中で、是非とも皆さんのご協力をよろしく御願いします。