北海道は、今年記録的な長雨が続いています。今朝の北海道新聞では、6月に入り連日雨、雨、雨。函館では13日間連続降雨、日照時間は11,3時間しかありません。平年値は78時間ですから、平年の15%程度。いかに長雨、日照不足かお分かりいただけるでしょう。6月初旬は、道東中心に35度を越える猛暑日があったのに、6日から天候が崩れ始め、早くも農・漁業のなどに影響が広まっています。
牧草を乾かせない、スイカやメロンの生育不良を招く、長雨・多湿で牛が体調を崩す、コンブ漁足止め、さらには外壁塗装に遅れが生じていたり。
北海道を旅している旅人の皆さんのblogを見ても、連日雨模様で良い景観の写真がないですね。旅人の皆さん、雨にも負けず、風にも負けず、寒さにも負けずに、お体に気をつけて道内良い旅をして下さいね。
さて、昨日紹介した湯川寺ですが、浄土宗のお寺でした。北海道の仏教の歴史は、以外と古く1295年というから鎌倉時代の末期からあります。蝦夷地に島流しされた罪人に対しての布教として日蓮宗の日持上人が最初に上陸しています。
函館に於ける浄土宗は1655年の称名寺で、湯川寺はその「下湯川説教所」として1892年(明治25年)に始まりました。
お寺の境内には、馬頭観音もありました。
私が子供もころには、各地に馬頭観音像があり、家のそばにもあったことを覚えています。それだけ、馬が動力源だったのですね。馬車、馬そりなどの交通機関、馬を使って開墾するなど。だから馬具屋さんもありましたし、登校する道には馬の蹄に馬蹄を打ち付ける場所もありました。
その隣のお寺の龍吟寺。曹洞宗のお寺ですね。
ここには函館大火の供養碑があります。何度かblogでも取り上げたことがありましたが、1934年(昭和9年)3月21日午後7時頃、函館山の麓の住吉町のある家から出火した火災は、おりからの秒速30メートルを越す強風により、またたく間に函館市内を蹂躙し死亡者2166名、焼失家屋は24000戸を越えました。
湯川地区に流れついた溺死者や焼失者は600人余り。地域の人々は、霊を慰めるために半年後の9月に供養碑を建てたのでした。
その隣のお堂。
境内の目立たない場所に、六地蔵とプラス1が静かにこじんまりと置かれていました。
それでは、また明日 ♪
牧草を乾かせない、スイカやメロンの生育不良を招く、長雨・多湿で牛が体調を崩す、コンブ漁足止め、さらには外壁塗装に遅れが生じていたり。
北海道を旅している旅人の皆さんのblogを見ても、連日雨模様で良い景観の写真がないですね。旅人の皆さん、雨にも負けず、風にも負けず、寒さにも負けずに、お体に気をつけて道内良い旅をして下さいね。
さて、昨日紹介した湯川寺ですが、浄土宗のお寺でした。北海道の仏教の歴史は、以外と古く1295年というから鎌倉時代の末期からあります。蝦夷地に島流しされた罪人に対しての布教として日蓮宗の日持上人が最初に上陸しています。
函館に於ける浄土宗は1655年の称名寺で、湯川寺はその「下湯川説教所」として1892年(明治25年)に始まりました。
お寺の境内には、馬頭観音もありました。
私が子供もころには、各地に馬頭観音像があり、家のそばにもあったことを覚えています。それだけ、馬が動力源だったのですね。馬車、馬そりなどの交通機関、馬を使って開墾するなど。だから馬具屋さんもありましたし、登校する道には馬の蹄に馬蹄を打ち付ける場所もありました。
その隣のお寺の龍吟寺。曹洞宗のお寺ですね。
ここには函館大火の供養碑があります。何度かblogでも取り上げたことがありましたが、1934年(昭和9年)3月21日午後7時頃、函館山の麓の住吉町のある家から出火した火災は、おりからの秒速30メートルを越す強風により、またたく間に函館市内を蹂躙し死亡者2166名、焼失家屋は24000戸を越えました。
湯川地区に流れついた溺死者や焼失者は600人余り。地域の人々は、霊を慰めるために半年後の9月に供養碑を建てたのでした。
その隣のお堂。
境内の目立たない場所に、六地蔵とプラス1が静かにこじんまりと置かれていました。
それでは、また明日 ♪







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