残念ながらサッカーワールドカップ、日本は1ー4でコロンビアに敗退しました。長谷部キャプテンが話していたように、「力不足」があります。何度もチャンスがありながら、決定力不足でゴールを取れない。シュート数ではかなり上回っていましたよね。
仕方がない。また、4年後チャレンジして欲しいです。本田は32歳か、新戦力の登場が待たれます!

さて、東京地方は昨日すごい天気でしたね。三鷹では雹(ひょう)が降って、まるで真冬の北海道のように積もった映像を拝見し驚きました。大雨も降って、関東地方の皆さんはお気を付けて下さいね。
函館は快晴の1日。こんな日は、外へ、と愛車のペダルを踏んで郊外へと出掛けました。緑園通りという、戦前鉄道が敷かれる予定だった道がありました。現在は、歩行者と自転車だけの道です。

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実は、戦時中の1942年函館駅(実際には五稜郭駅から分かれて)と下北半島に一番近い旧戸井町まで鉄道を走らせようとの計画がありました。北海道の石炭などを運ぶ函館港が空襲されるのを防ぐため、戸井と大間を貨物船が運ぶ、大間からは下北半島北辺を大畑(現在はむつ市)まで鉄道で結び、廃線となった大畑線、現にある大湊線と繋げ、野辺地で東北本線と繋がる、という壮大な計画だったのです。
実際、函館市内では線路も敷かれ鉄道が走っていました。過去の新聞記事では、「湯川駅で駅に停まっている蒸気機関車があった」や「函館東高校(現在の市立函館高校)裏で列車を見た」とか。

これなどは、まさに鉄道が走っていたことを証明する橋ですね。

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アーチの間を蒸気機関車が走ったのです。手前の白い橋は歩行者専用。昔のアーチは崩壊寸前なので補強していますね。
この川に架かる橋の上を走ったのでしょう。

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幻の鉄道、旧戸井線は郊外では今でもその足跡を残しています。例えば、旧銭亀沢地区の小学校の校舎へ入る校門には、石造りの高架橋があります。

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さらに汐泊川(しおどまりかわ)の河口付近に残る橋桁。

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旧戸井町へ行けば、もっと鉄道遺構が残っていますが、この辺で帰ります。帰りの農地で見た広大なジャガイモ畑。イモの花が咲いています。

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奥に見えるのは、旧戸井町の汐首岬。あそこまで、鉄道が敷設される予定だったのです。

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函館山と市街地も見えました。

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果てしのないほど広がる黄色の菜の花の大地。

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最後に、刈り取られた牧草地の草を干すために、疾走するトラクター。乾燥された牧草は機械で巻き取られ、ロールにされます。横に巨大な積み上げられた牧草ロールがありますね。

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それでは、また明日♪♪♪