函館駅から戸井、恵山方面へかけての海岸線を下海岸といいます。これは、江戸時代に箱館から、お城がありお殿様が住んでいる松前方面への道を上海岸といい、逆に箱館から東へと離れる道を下海岸と呼んだ、と私は勝手に思っていますが、どうでしょうか?
松前から津軽の三厩へと津軽海峡を渡りと、江戸へ近づきますからね。JRの上りと下りと同じですね。東京への上り、離れるのは下り。
その下海岸の国道278号線を、駅からおよそ10km地点、ちょうど函館空港の南側、海に面した場所からほんの少し山側に入ったところに志海苔八幡神社がありました。
この石碑は、国道に面して建てられているので気を付けて走っていれば発見できるはず。駐車場はないが、鳥居の前に辛うじて1台くらい停めることが出来ます。
八幡神社というくらいだから、戦の神様を奉っているのでしょう。三省堂の「新明解国語辞典」を開けば、「八幡宮」とは「応神天皇を祭った神社。弓矢の守護神として武士が尊んだ」と書かれています。稲荷神社とともに、神社では日本で1、2位を争うほど全国にありますね。
何時出来たのか?それが知りたいですね。境内に石碑があったので、漢字だらけで、とても読み辛いが、よく読むと最後に大正2年8月 志苔村とあります。
大正2年といったら、1913年です。今から101年前に造られた石碑です。当時は志苔(しのり)村だったんですね。私が覚えてるのは、昔ここは銭亀沢(ぜにかめざわ)村だったことです。それが1964年(昭和39年)ちょうど東京オリンピックがあった年のことですが、銭亀沢村と函館市が合併し、市へと編入されたことがありました。
が、それよりも古い時代は志苔という村だったのですね。
神社の建物は正面に一つ。
近づいて見ましょう。
戦さの神様といえば、それこそ沢1本挟んで東側に志海苔館という15世紀に建てられた和人の館がありました。今は整備されて「志海苔館跡」として公園化されていますが。室町時代の道南12館の一つですね。1456年アイヌ民族の一大蜂起、いわゆるコシャマインの乱で志海苔館はまっさきに攻め落とされています。
そんな歴史があるから、この神社の歴史は相当古いのかな?
と思って、狛犬や石灯籠を見ると。
大正4年11、10なる文字が読み取れました。
境内をよーく見ると高さ1メートル近い大きな石が立っていました。これは何かの意味があるのでは?多分金精様か?男性の性器をかたどった出産、安産、子育ての神様?かと勝手に想像していたら、よくよく下の文字を読むと「力石」とあります。きっと、お祭りで地元の男衆の力自慢たちが持ち上げたのではないでしょうか?
日本のお祭りでも、大きな重たい物を持ち上げたりすることありますよね。スペイン、バスク地方でも大男たちが巨大な石を持ち上げるお祭りがあって、テレビのコマーシャルにも登場していましたね。
というわけで、よく晴れた日サイクリングして発見した「志海苔八幡神社」でした。
それでは、また明日 ♪♪♪
松前から津軽の三厩へと津軽海峡を渡りと、江戸へ近づきますからね。JRの上りと下りと同じですね。東京への上り、離れるのは下り。
その下海岸の国道278号線を、駅からおよそ10km地点、ちょうど函館空港の南側、海に面した場所からほんの少し山側に入ったところに志海苔八幡神社がありました。
この石碑は、国道に面して建てられているので気を付けて走っていれば発見できるはず。駐車場はないが、鳥居の前に辛うじて1台くらい停めることが出来ます。
八幡神社というくらいだから、戦の神様を奉っているのでしょう。三省堂の「新明解国語辞典」を開けば、「八幡宮」とは「応神天皇を祭った神社。弓矢の守護神として武士が尊んだ」と書かれています。稲荷神社とともに、神社では日本で1、2位を争うほど全国にありますね。
何時出来たのか?それが知りたいですね。境内に石碑があったので、漢字だらけで、とても読み辛いが、よく読むと最後に大正2年8月 志苔村とあります。
大正2年といったら、1913年です。今から101年前に造られた石碑です。当時は志苔(しのり)村だったんですね。私が覚えてるのは、昔ここは銭亀沢(ぜにかめざわ)村だったことです。それが1964年(昭和39年)ちょうど東京オリンピックがあった年のことですが、銭亀沢村と函館市が合併し、市へと編入されたことがありました。
が、それよりも古い時代は志苔という村だったのですね。
神社の建物は正面に一つ。
近づいて見ましょう。
戦さの神様といえば、それこそ沢1本挟んで東側に志海苔館という15世紀に建てられた和人の館がありました。今は整備されて「志海苔館跡」として公園化されていますが。室町時代の道南12館の一つですね。1456年アイヌ民族の一大蜂起、いわゆるコシャマインの乱で志海苔館はまっさきに攻め落とされています。
そんな歴史があるから、この神社の歴史は相当古いのかな?
と思って、狛犬や石灯籠を見ると。
大正4年11、10なる文字が読み取れました。
境内をよーく見ると高さ1メートル近い大きな石が立っていました。これは何かの意味があるのでは?多分金精様か?男性の性器をかたどった出産、安産、子育ての神様?かと勝手に想像していたら、よくよく下の文字を読むと「力石」とあります。きっと、お祭りで地元の男衆の力自慢たちが持ち上げたのではないでしょうか?
日本のお祭りでも、大きな重たい物を持ち上げたりすることありますよね。スペイン、バスク地方でも大男たちが巨大な石を持ち上げるお祭りがあって、テレビのコマーシャルにも登場していましたね。
というわけで、よく晴れた日サイクリングして発見した「志海苔八幡神社」でした。
それでは、また明日 ♪♪♪








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