武井(ムイ)の島のことで、その名の由来を調べたら次のことが分かりましたので、
お伝えします。
まずは、もう一度武井の島の全景を。最初は高さ約100mの高台にある展望台から。

続いて、戸井漁港で写した水平方向。

ムイとは、アイヌ語でオオバンヒザラ貝のことで、漢字で書くと「大判膝皿貝」とも書くそうです。
8枚の貝殻を持ち最大40cmまで成長するとのこと、図鑑で見たらかなりグロテスクな貝ですが、
ネットでは、食した人さらにはそのレシピも書いてありました。
昔、ムイとアワビがケンカしてお互いをののしりあったそうです。その結果の裁きで、島より東側
がムイの国、西側がアワビの国となった、そうな。
そんなアイヌの伝説にちなんで武井の島が存在しています。
そんなことを知りました。函館の隣町の戸井町のことですが、知らないことがたくさんありますね。
さて、そんな戸井町の歴史を知ろうと郷土館へ。
地図では、この大きな生涯学習センターの付近にあるのだが。

3階建ての、戸井町では一番高い建物では?

昔の町民憲章のプレートが飾られていた。1955年(昭和30年)には、人口8041人を数えた
戸井町もその後は減少へ、2000年(平成12年)には3893人となってしまった。
45年間で半減している。そして、2004年函館市に編入されてしまう。
漁業が盛んだったころの町の歴史を知るために、郷土館へ。

無料です。小さいけれど図書館、ミニ体育館も併置してあり子供たちの放課後や休みの日
の場にもなっているところだ。

イカだけではなく、イワシやサンマも光に群がるのですね。だから沿岸魚船にはたくさん
集魚灯が付いているんだ。今はLEDになっていますね。

イワシがたくさん獲れたのは、次の大きな絵を見れば分かります。

前浜で働く女性たち。上空で、無数のカメモが舞っているのを見ても豊漁だと分かります。
武井の島も描かれていますね。

コンブは今も大事な海産物。最近はガゴメコンブが有名ですね。
ガゴメコンブは、主に函館東海岸に生育している珍しい昆布で、葉一面に複雑な凹凸模様が
あって、強い粘りが特徴。各種ミネラルが含まれていて健康食品、美容食品としての成分が
豊富にあるそうです。
それは食品だけではなく、化粧品や石鹸・シャンプーなどにも使用されているとのこと。
7月に入ると、早朝出漁して昆布取りし、前浜では昆布干しが始まりますね。
石を敷いた広場や庭には、獲れたてのコンブが干されている名物の一つです。
こんな大きな石もありました。

道内では、4個しか発見されていない板碑。死者を弔うため、石には梵字や漢字で彫られた
文字があります。
鎌倉時代から室町時代というから、魚を求めて本州から渡ってきた和人たちのお墓の一つ
なのでしょうね。
それ以前から、アイヌ人たちは定住していましたが、下北半島からは潮流の流れに乗って
渡って来れますからね。

500年以上も前に和人たちの館があったそうです。
しかし、アイヌ人の反乱によって滅ぼされた、とのこと。
縄文時代の人形。まるで、宇宙人のような形をしていますね。

長さ10cmにも満たない人間に形をした鹿のツノの人形もありました。
2000年以上も昔の縄文人たちの貝塚から発見された、とのこと。道南の沿岸一帯では
本州から渡ってきた縄文の人々によって文化が開いていったのです。
ということで、戸井町編はこれにて終了。明日からは、東隣の町の恵山町へと移動して
あちこと歩いて紹介していきます。
触りとして、戸井町の東端にあるトンネルの前。

奥にある舟着き場でもって道は終わり。あとは道路は決壊しています。
振り返ると武井の島が遠くに見える。

それでは、トンネルを越えた次の町、旧恵山町は明日。
それでは、また次回
コメント