ここは一度訪問しています。昨年夏2014年7月4日のブログに載せていますが、その時は
真夏の緑生い茂るうっとうしいくらいの暑い季節。今回は冬の氷点下の寒い季節。
季節が変わると、見る風景も変わりので、もう一度訪問しました。
国道278号線を、出発点の函館駅から走ること約8km地点、津軽海峡に面した海沿いを走
ると山側に神社の石碑があります。

ここから歩いて行って見よう。志海苔八幡神社。
”しのり”は漢字で書くと志苔や志海苔・志濃里・志法などありますが、ここの神社は志海苔。
だけど、昔の地名は志苔村です。

白い鳥居をくぐり階段を登ると、そこにある社殿。さらに近づいて見る。

天正年間というから1573年~1591年の織田信長から豊臣秀吉の時代に、村の館主の
小林三左衛門が建てたそうで、今から500年以上も前の話。
1876年(明治9年)には、村の守護神になっています。つまり村社となるわけです。
現在の建物は、戦後の1949年(昭和24年)8月に改築されています。

奥にあったのが、志海苔町会館。数台の駐車スペースがある。
境内の左側(西の方向)を見ると、

小さな祠の横に、何やら金精様のよう大きな石が立っている。注連縄があって祀られている。
きっと安産の神を祀っているのかな?などと勝手に想像していたら、石の下に何やら文字が
彫ってある。

よく見ると、「力」の文字が見えた。その横は石。つまり力石。漁師の多いこの地区、昔
力自慢の漁師たちによって、祭りの時などにこの100kgはありそうな大きな石を持ち上げ
ていたのか?そんな力石でした。
あぁー、金精様なんて思ったのは大きな誤り、とんだ勘違いでした。
境内の右側を見ると。

大正二年八月に造られた紀念碑。陸軍大将、志苔村の文字も見える。
大正2年というと、1913年のこと、今から100年以上も前のこと。
漢字ばっかりで、訳すのも面倒なので意味は分からないが、想像するに、八幡神社と軍
の関係で紀念したことか?八幡宮は応神天皇を祀った神社で、弓矢の守護神として武士
が尊んだ神社。軍神を祀っていますからね。
たまたま戸が開いたので内部を撮影出来ました。

左側に架かっている額は「戊申詔書(ぼしんしょうしょ)」。
1908年(明治21年)10月14日に官報により発布された明治天皇の詔書です。詔(みことのり)
とは、天皇の命令、またはその命令を直接に伝える文書のこと。
日露戦争(1904年~1905年)後の社会的混乱などを是正し、今後の国家発展に際して必要な
道徳の標語を国民に示そうとしたもの、だそうです。
右側には「教育勅語」の大きな額があった。

1980年(明治23年)10月30日、政府の教育方針を示す文書で、教育に関しての勅語です。
勅語とは、天皇の意思表示のことば。

左右の壁には、様々な絵があって詳しく観察すればいろいろ意味が分かるけど、長く居たら
不審者と思われかねない。拝礼して早々に失礼しました。
感謝を込めてありがとうございました、と。
明日は、空港が完成たため埋め立てられて沢になった旧志苔(しのり)川の左岸の城跡へと
向かいます。
14世紀に建てられた城です。どうぞお楽しみに!
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