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先日、湯の浜の海岸付近で発見した「漁場権の碑」の謎がやっと分かりました。「是より西は尻沢辺村・・・」の高さ1メートルほどの石碑のことです。昨日、函館山山麓を散策していたら、偶然その秘密が理解出来たのです。今日は、その一つである石碑のすぐそばにあった、まるで地図記号の水準点または三角点から紹介していきます。問題のこの記号の石。
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神社を示す鳥居マークが右側にあるが、副標の文字も見える。これは、国土地理院発行の2万5000分の1地図などの小縮尺の地図にある標高を示す場所にある水準点または三角点ではないか?

石は古い。もう出来てから数十年も経過しているし、最新の地図にはまったく載っていない。
でも、地図記号に違いない、と思う。早速市内が描かれている地図を調査して見ました。
近くでは、現在建設中の函館アリーナの周辺の坂の上公園にある。そこで、行って見た。
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ありました。
最初、何度も公園内を探したが見つからず、もう一度ゆっくりと公園の外側も歩いたら、フェンスの外側の崖のそばにありました。
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さらに、もっとあるのでは?と思い市内を探すことに。
自転車で20分くらいの場所、高盛小学校付近にあることが分かり発見しようと、急ぎました。
1935年、前年の函館大火(昭和9年3月)の後で、火災により多くの犠牲者が出たため、当時の内務省の指導により鉄筋コンクリート製の校舎を、市内5ヶ所に建設しました。
高盛小学校は青柳小学校とともに、その最初の建設された学校だったのです。
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この校舎の周辺にあるはずだ、と慎重に探しました。
実は、当日は平日の午前中で授業が行われているため、敷地内には入れない。ぐるっーと1周してみた。体育館が古い。年代物だ。
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後で調べたら、緊急避難場所も兼ねていたため木造ではなく、鉄筋コンクリート製の体育館を造ったそうだ。それにしても古い。カビが生えているかのよう。
暖房はどうなっているのか?よく見ると、ストーブの煙突があった。
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きっと、体育館の中に何台かの石油ストーブを設置しているのだろう。中で子供たちが動き回っている声が聞こえた。学校って、良いですね。子供の声が、元気あふれていて!
水準点または三角点はどこか?長い間探したらありました。
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敷地内でしたが、業者などが出入りする入り口のすぐそばに。さっと、行って撮影して来ました。
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縦横10cmほどの四角柱に十字が削られている。あの漁場権の石碑のそばの十字と同じだ。でも、ここにははっきりと三角点を示す案内板もあった。
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高盛小学校は、開校当時大森小学校と呼ばれたそうです。
竣工は1935年(昭和10年)12月。翌年に高盛小学校と改称しています。
当時はなんと2600人もの児童が通学していたそうです。 それでは明日は、いよいよ漁場権の石碑の謎の村が判明したことを紹介します。
では、次回!

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