本日5月29日(金)は、中尾仁彦(なかお とよひこ)さんが主宰する「箱館歴史散歩の会」の第137回目にして最終回となりました。本人のレジュメの「ごさいさつ」にもありましたが、「歴史は人がつくり、街も人がつくった」、との思いで函館発祥の地、西部地区を中心に、足掛け8年、本当にご苦労様でした。

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十字街の街つくりセンターで行われた最終回の集まりには、今までの最高の200名以上もの参加者が集まり、人であふれていました。
新聞社やテレビ局も来ていて、平日にもかかわらずすごい盛況!

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午前10時30分、いつものように街つくりセンターを出発。その前に、集まった人々。

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歩いてすぐの、二十間坂での説明。

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戦前までの函館は、100戸以上焼失した火事が26回、500戸以上焼失した火事が15回にのぼるほど大火の多い町だったこと。
そのため火事の延焼を防ぐために幅広い道路が必要だったこと、などを分かりやすく説明しています。
函館山から港まで坂が多い。結構、急坂もある。そんな坂で、テレビクルーは待ち構えている。

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NHKと地元有線放送のNCVのテレビ局、読売新聞社と北海道新聞社、函館新聞社などいくつものメディアが来ていました。

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腰に携帯スピーカーを付け説明している中尾さん。今までの見慣れた風景も今回で最後。名残惜しいです。

「胃袋の宣教師」といわれたカール・レイモンさん宅前。

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朝方は、海岸地方特有のガスで一面真っ白で、肌寒かったが、11時ころから太陽の日差しが強烈で、真夏のような暑さになってきた。そんな中を歩く参加者。

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ほとんどの人は、朝の寒さのせいでコートやジャンパーを着ていて暑苦しそう。

今度は、大三坂を下る。急傾斜であることが分かりますね!

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明治から大正にかけての洋風建築物があちこちにある。

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新島襄の密航の碑がある前にて。奥の白い建物は「カフェ ジョー」。

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高田屋嘉兵衛本店前にて。

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高田屋嘉兵衛は淡路島出身の豪商。19世紀前半、開港前の箱館で巨額の富を得、街つくりに貢献した人物。

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こんな姿も見れなくなると、残念です。

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しかし、中尾さんは晴れ男。私のような雨男とは全然違う。
函館山も、最終回を祝福しているかのよう。

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4月、九州や中国地方を旅して和風の歴史的建造物をたくさん見学してきたが、やっぱり洋風建築のある函館の街が好きです。

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もちろん、歴史の長さが全然違うけど、和と洋が両方いっぺんに見られるのは、ここ函館。

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奥の建物は、石川啄木が教鞭をとった弥生小学校。

「日本で一番美しい坂」の八幡坂へ。

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修学旅行生も大勢来ていて、「ラッキーピエロ」で食べよう!なんて話しているのを聞いて、有名になったものだなぁ❕と思う。

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ロシア極東大学の前にて。後ろは、白百合学園発祥の地のカトリック幼稚園。

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最後は、ハリストス正教会へ。

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何と!NHKのカメラマンは教え子でした。

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NCVは女性クルー。

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後ろ姿から写して失礼します。

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壁の奥は、カトリック教会。

ハリストス正教会は工事中でした。

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というわけで、中尾さん、今までお疲れさまでした。延べの参加者は1万人以上、歩いたテーマは90以上、配布資料は1000枚にもなったとのこと。

しばらく休養した後に再びご活躍下さるよう、祈ります。
本当に、ありがとうございました‼