久しぶりの晴天に、山(月山富田城)も登り心はウキウキ!車を停めた道の駅「広瀬・富田城」
をちょっと覗いて見ますと。

絣(かすり)を織っている。ここは広瀬絣で有名なのだ。
絣とは何か?というと、織物の技法の一つで、前もって染め分けた経(たて)糸と横糸を使用
して織り上げた文様を表すもの。
絣は、インドで誕生して東南アジアを経て日本には琉球経由で伝わった、と云われている。
そういえば、インド独立の父「ガンジー」は自分で織っている姿が世界史の教科書にありまし
たね。
インドの国旗も中央部分には、絣織り機が描かれています。

数多く織り機が並んでいるのは、一般の人でも体験出来るため。
藍色に染めている糸は綿糸。

だから、ここには染めている所も公開している。甕場(かめば)という。

広瀬絣は、山陰三大絣と呼ばれていて、他の二つは弓浜絣(鳥取県米子市)と倉吉絣(鳥取県
倉吉市)絣。
19世紀前半の1824年文政年間から広瀬藩の保護を受け、始まったとされるから、もう200年
近い歴史がある。
江戸時代後期、広瀬藩の絵師が描いたデザインは「広瀬の大柄」と云われて、備後の中柄、
久留米の小柄と並び評された、そうでそれくらい有名な絣。
作品も展示・販売されている。

もちろんハンドメイドだから、安くはない。いや、貧乏旅行者には高すぎて手が届かない。
もっとも、お土産を買うために旅をしているわけではないけどね。
そういえば、昨日の朝日新聞、土曜日特集の「be」には「一人旅したいですか?」のコーナー
があり、いいえ、と答えた人が30%もいた。その理由は、①話し相手がいないとつまらない、
②食事時が寂しい、③一人で宿に泊まりたくない、などなど。
こんな答えもありビックリ!
「知らない人に話しかけるのが苦手、一人旅の何が良いのかわからない」とか「方向音痴で
一人旅はしたくない」とか。
いずれも中年女性でした。
もちろん70%の人が、はい、と答えているのはうれしいです。そしてその理由の1位は、「自分
のペースで行動できる」と。
まさに、一人旅の良さは自分のわがまま勝手な行動が出来ること。そのためには、全責任が
自分にあることは言うまでもない。地図を読むのも、貧乏旅をするのも、貧しい食事に耐える
のも自分だけ。何処へ行くのも自分ひとりで決める。
一人旅こそ、旅の最大の良さですよね。「日本一周」の旅人は、ほとんどが単独貧乏旅。
一人で旅してこそ、見聞を広めることが出来るし、土地の人と話をすることが出来る。
一人旅最高!
というわけで、島根県東部の山中へ。県道45号線を西へ進む。
安来(やすぎ)市広瀬町の最西部にある集落「奥田原」。そこで見かけた名もなき神社。
もちろん名はあるのだけど、地図にも載っておらず名も覚えていない。

最近では珍しい石の鳥居。柱に彫られた文字もほとんど消えかかっている。
階段を登って本殿へ。そこから振り返って見た境内。

右の屋根が架かった場所には、しばらく使われていない土俵があった。
きっと、昔は子供たちも多く、祭で相撲が行われていたのでしょう。もちろん大人たちも。
ということは、学校があるかも知られない。

人の気配がほとんどない集落。舗装こそされているが、この石橋、相当古そう。
車を停めてしばらくの間歩きました。
そうすると、学校らしき建物が遠くに見えた。そこまで歩く。

奥田原小学校。閉校は平成16年3月。今から11年前に閉校となったのです。
3階建ての校舎ですが、最盛期にはそれだけ子供たちがいたのでしょう。
立派な体育館も、今は誰も使用する人はいない。
峠を越えて、雲南市へ。雲の南なんて、読み仮名も中国みたい。もっとも中国地方なんだけど。
最初の集落、上久野(かみくの)で見た農家の風景。

一昔前の風景ですね。電線がなければ、明治時代か大正時代か?
藁ぶき屋根の家が普通になる。
ここも歩いたら、閉校になった学校があった。

ここは今年、平成27年3月に閉校になっている。久野小学校跡。

実に長閑です。陽射しも優しく、たまに見かける高齢者の方々は、見ず知らずの自分に挨拶して
くれる。「こんにちわ」、と。
こんな素敵な、心が癒される場所へは誰も旅しない。過疎地いや、限界集落から消滅集落へとな
っていっている全国のこのような田舎は、誰一人寄り付かず見捨てられるばっかり。
自分は、観光客が大勢いる超有名な観光地よりも、誰も行かない田舎の風景が好き。
地図を見て、自分ひとりで旅するのが大好き。
明日は、ユニークな駅舎として知られる「出雲横田駅」へ。
そこで、今回の旅で大変な出来事があったのです。良いことではなく、悪いことですが。
それでは、また明日!
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