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五家荘(ごかのしょう)とは、現在は熊本県八代市(旧泉町)の九州山地の山奥にある5つの
集落、葉木(はぎ)、樅木(もみのき)、仁田尾(にたお)、久連子(くれこ)、椎原(しいばら)を指す。

1185年3月、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落人が住み着いたと伝わる3つの地区と、901年摂政・
関白を独占していた藤原家により左遷された菅原道真の末裔が流れ着いたと伝わる2つの地区
の5つの集落。

いずれも人里離れた山奥の斜面に集落がある。
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狭く険しい国道445号線から離れ県道159号線へ道を進む。ほとんど1車線の幅は、対向車が
来たら、どう交わすか心配するほどの道。
深い谷底を挟んで、向かい側に何軒かの家が見えた。どうやって、向こう側へ行くのだろうか?

2年前に訪れた長野県飯田市、旧上町の天空の里「下栗」を思い出す。
西日本の四国、高知県や愛媛県の山中もそうだが、人はこんな山の斜面でも生活できるのか?
ということを思い知らされる。
北海道のような平坦な広大な原野が広がるところなら農業の可能だが、斜度20度以上のある、
いやもっと急傾斜の場所で細々と農業を営んでいる人々がいることに驚くのだ。

ズームして見る。
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段々畑が見える。棚田のような決して美しい景観ではないが、人の営みのすごさをまざまざと
見せつけられた。

学校があった。廃校ではない。現在も子供たちが通学して来ていて、授業が行われている。
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八代市泉第八小学校。旧泉町の五家荘の小学校はここだけが開校している。他の地区の
小学校はすべて閉校となってしまった、と集落の古老は云う。
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体育館から子供の声が聞こえてきた。6学年合わせて5人の子供が通っていて、もちろん複式
授業。当然だが、先生方は八代市内から通勤しているわけではなく教員住宅に住んでいる、と
いう。土曜日には帰宅して日曜日の夜戻る、という生活をしている。
それにしても大変な通勤ルートだ。距離はそう長くはないが、山道の険しい困難な道のりはドラ
イバー泣かせ。
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30周年や100周年の石碑がある。最盛期の頃は、どれだけ子供たちがいたのだろうか?
古い写真を見せてもらったが、学校には100人を越える子供たちが学んでいた。
昭和30年代がピーク。平成に入ると、どんどん人口が激減し、今では高齢者ばっかりに
なってしまった、という。

ここにも吊り橋があった。
樅木の吊り橋。
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遊歩道があって、谷底へ降りられる。そこにも新しい吊り橋があった。
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幸い雨は上がり、底板は乾いていて滑ることはないが、それでもこの高さは高所恐怖症の人には
恐いだろう。
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ユラユラと揺れる。風はなかったものの、吊っているだけの木製の橋なので真ん中辺りは揺れて
くる。ソローリ、ソローリと慎重に足を進める。対岸に着いた後に、もう一度戻る。
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「平家の里」に到着、ここは山菜食堂。あとで、食事したのでその時にメニューとともに詳しく
紹介します。
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資料館へと急ぐ。
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さすがに平家だけあって赤色の建物。
21世紀の今でも源平の戦いを引きずっているのが小学校の運動会。
赤勝て!白勝ての応援だ!赤は平家、白は源氏。
紅白歌合戦もそうだ。

さて、ここ「平家の里」に関しては明日、また詳しくお伝えします。
それでは!

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