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最初に訂正があります。昨日のブログで「薩摩横川駅」と伝えましたが、間違いでした。
申し訳ありません。「大隅横川駅」でした。もうすでに、ここは大隅の国、同じ鹿児島県でも
西が薩摩の国、東が大隅の国で駅がある霧島市は大隅地方なんですね。
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女子高校生が、学校を終えて駅で親の車を待っています。地方では、「汽車通学」といいますが、
都会の頻繁に来る電車通学と違い、本数も少ない汽車で通学、自宅も駅からは遠く親の車で朝と
帰りに送り迎えしてもらっている、そんな生徒を「汽車通」といいます。
スマホで、親に迎えに来てもらうように連絡しているのかな?

明治36年、1903年1月15日に、最初は「横川駅」として、明治政府の鉄道院が開設しています。
もう、112年経っていますね。
太平洋戦争時、機銃掃射を受けて、ホーム上の柱には撃ち抜かれた痕跡が残っています。

たまたま特別列車が入って来ました。
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急いで、プラットフォームへ。
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はやとの風」号。
「いさぶろう・しんぺい号」と同じキハ47形の特急列車です。
ここで、10分間停車。やっぱりこれもにアテンダントさんが乗車していて、乗客に駅舎を案内して
います。
列車内に入り、パチリ!椅子席が、カッコいいですね。
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シンプルな木製の椅子は素敵ですね。

続いて、さらに南の嘉例川(かれいがわ)駅へと行く。
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大隅横川駅から植村駅、さらに霧島温泉駅を経て、嘉例川駅。
ここも、1903年(明治36年)営業開始。当時は駅長の他に5人の駅員がいたそうです。
今は無人駅。
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1920年(大正9年)3月、と当時の皇太子(後の昭和天皇)が乗降している。同行したのは東郷
平八郎。日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った海軍の指揮官。
元薩摩藩士。

しかし、明治時代から維新の功労者としてか鹿児島県と山口県の、つまり薩長の志士ばかりが
登場するのは、あまり面白くないですね。今の首相も長州も出身。
150年以上も経過しているのに、いまだに薩摩・長州が続くのか?
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非電化なので、上空には余計な電線がない。
単線。今は1車線だ。向かいのホームは使用されておらず、草茫々。
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かつては、複線だったのです。草が生い茂る場所に、線路がもう1本あったのですね。
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2003年(平成15年)に、駅舎が国の登録有形文化財に指定されています。
しかし、西日本は趣のある駅舎が多いこと。訪問していて、うれしくて!楽しくて!感動のしまくり
です。北海道の駅舎は、冬の豪雪・凍結の心配もありますが、貨車を再利用したような駅舎で
殺風景なものばかり。
特に肥薩線は、開業以来の木造駅舎が多く感動モノです!
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やっと、来ました。嘉例川駅。
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この後、明日フェリーで甑島へと渡るために西へ。フェリー乗り場のあるいちき串木野市へと
行くが、その途中に道の駅を見つけ、そこで車中泊することにする。道の駅「樋脇」。元樋脇町、
今は薩摩川内市。
ところが、夕方からまたしても雨、雨、雨。土砂降りの雨となった。
調べて見たのだが、北海道と鹿児島では年間降水量が全然違う。2倍、3倍も降るのだ。
北海道の場合、年間だいたい1000mm前後。梅雨もなく、冬の降雪も乾燥していて軽い。
それに対して、鹿児島は2000mm~3000mm前後。雨が多いはずだ。
今日のニュースを見ても、降り続く鹿児島の雨は今月だけでも1500mmとか。北海道で1年間に
降る雨の量をはるかに超えていますよ。
春の旅、毎日のように雨が降ったけど、うなずけますね。雨の量が半端じゃないのだから。
慣れていないかったのです。これだけの降水量に。

さて、明日は晴れるのか?晴れて甑島へと渡れるか?

いよいよ、明日は最大の目的地東シナ海の孤島、鹿児島県甑島へと!

ではまた明日!


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