月日が経つのは早いもので、今日6月30日で今年前半が終了します。このブログ2015年4月
に旅した鹿児島県甑島の思い出を綴っていますが、もう旅を終えてから2か月が過ぎようとして
います。
でも、甑島での出来事はつい昨日のようで、強烈な印象を残しています。甑島での3日間は、
我が人生での素晴らしい日々でした。それほど最高の島、それが甑島です。
昨日、神戸の方からコメントが届いていましたが、「甑島、良いですね!」と。
ほとんどの旅人は、甑島の場所さえ分からないと思います。観光地としては、超マイナーな島
ですが、離島の旅を好きな人は知っているはず。
それと自分のような、1流の観光地を拒否して天邪鬼のように知られざる土地を旅する者に
とっては、甑島は最高の地の一つです。
それにしても、甑島、良かったです!
下甑島へ上陸したこの日、旅始まって以来の民宿を予約。最初で最後の民宿泊となりました。
それ以外は、すべて車中泊。どんな豪雨の夜でも、車の中で寝袋にくるまって寝ていましたが、
甑島では、民宿に泊まろう、と決めていました。
瀬々野浦では2軒しかない民宿、1軒は当日営業しないとのことで、この1軒に宿泊。
その名は「浦島」。

食堂も兼ねている民宿です。
ここに、荷物を置いて集落巡り。まずは、小学校を紹介しましたね。狭い集落を歩きます。

最盛期の人口の10分の1以下になった集落には、廃屋が目立つ。更地もあちこちにある。

高台にある西山小学校から周辺の家屋を見ると。

ほとんどの家の屋根は瓦屋根。
家を建てるにあたっては、資材は九州本土から運んでくるのでしょう。大工さんたちも本土から
来て民宿に泊まりながら作業していくのでしょうね。
だから、建築費は高くつくはず。
もっとも、以前は集落の人々が力を合わせて家屋を造っていたとのこと。離島の、しかも船でしか
交通手段がなかった時代だからこそのものですね。
集落の住民がすべて家族のように暮らしていたのです。

赤い屋根は郵便局。一目でわかる建物です。
人口105人の集落でも、郵便局は大事な存在。なくせないです。鳥居も見えますね。
大帯姫(おおたらひね)神社です。大昔、朝鮮半島の三韓(馬韓、弁韓、辰韓)征伐の際に、ここ
甑島へ難破し再び出兵した神功皇后(応神天皇の母で、別名が大帯姫)が祭神として祀られて
います。
もっとも「古事記」や「日本書紀」に記載されていることで神話の一つですね。
上の中央にあるのは、瀬浦大明神。
もう一つあって、見えないけど大帯姫神社の裏側に「恵比寿神社」があります。
民宿の2階食堂から見た夕方の風景。

右側の中央の2階建てコンクリート造りのフラットな屋根は、それこそ「Dr.コトーの診療所」。
昨日、函館中央図書館へ行って読んで来ました。全部で25巻もあるのですね。第1巻の冒頭
からナポレオン岩が登場してうれしくなりました!
ナポレオン岩をズームして見よう。

何度見ても見飽きない。圧巻のナポレオン岩!
夕食です。

近海の海の幸がいっぱい!民宿の奥さんは山形県出身とのこと。東京で働いていた時に、
島出身のご主人と結婚し、しばらく東京で生活した後、数年前に民宿を開いた、と云っていました。
陽が沈む東シナ海。

翌朝、6時起床。車中泊の生活リズムが抜け出せない。どうしても早起きしてしまう。
海岸を散歩してみました。

波打ち際には、黒くて丸い石がたくさんあって庭石に持ち帰りたいくらいほどだ。
2,3個持ってきたけど、無数にある。

白い石や青っぽい石もあるが黒い石がとてもキレイ!
朝のナポレオン岩。

やっぱり、イイですね!
他の石よりずーっと良い!
近くにあった他の巨岩。

てっぺんが、まるで城の要塞のようで、防御壁が造られているみたい。
最後に、歩いていて偶然見つけたシーサー。

沖縄の守り神シーサーだ。ここでも同じように信仰されているのかな?
昨日、歩いていて島のある方と知り合いになりました。
長いこと東京で働いていて、退職後ふるさとの島へ戻った方です。その日は、30分ほどお話し
しましたが、島のことを知りたくて民宿のご主人に話したら、電話してくれて翌朝お会いすること
になりました。中村さんという方で、彼の家の招かれ島の資料を見せていただいた上に、何と
島を案内していただきました。
そのことについては、明日詳しく紹介しますね。
では、また明日!
コメント
コメント一覧 (2)
甑島の海岸線、離岸・接岸できそうな砂浜はたくさん有りましたか?
教えてもらえたら嬉しいです。
島は断崖絶壁が多いですが、砂浜もあります。手打の海岸など。明日か明後日に登場します。
あと、港がいくつもあるので大丈夫です❗
夏は最高ですね‼