以前、このブログで岩泉線の廃止を今年、と書きましたがそれは間違い。廃止されたのは2014年の
4月1日でした。この場で、訂正いたします。
さて、田野畑村の民俗資料館から終点の岩泉駅へ行くには、国道45号線を南へ行き、思惟大橋を
5kmほど過ぎて「田野畑南」の信号を右折、県道44号線の険しく細い山道を行かねばならない。
越ノ石峠(280m)にかかる大芦トンネルを越え、さらに名もなき峠を越えるとそこは岩泉町。
まもなく国道445号線へと。進路は西へ。
道の駅「いわいずみ」を過ぎ6kmほど西へ進むと、➡龍泉洞の看板が見える。日本三大鍾乳洞の
一つである龍泉洞の見学は、今回はパスし国道をさらに西へ。岩泉町の中心街に入り小本川に
架かる橋を渡ると岩泉駅だ。
全距離38.4km、全線非電化、駅数9駅。

今でも営業しているかのような建物だが、実際には2010年7月31日に発生した土砂崩れによる
脱線事故のため、以来前線で運休。
2012年3月30日にJR東日本は鉄道での復旧を断念し、バスによる輸送を継続したいという方針を
発表、2013年11月8日に廃止届が提出され、2014年4月1日廃止されたわけで、すでに5年間鉄道
は動いていないのだ。
ホームに立つ。

線路は草茫々。レールは錆び付いている。
進行方向を見る。

やはり雑草がレールを覆い隠している。5年間ホームに立つ人はいないのだから。
それでも、車止めへと歩く。

ここで、岩泉線は終わっている。本来は、この後海側まで伸びる予定であった。現在は三陸鉄道の
小本駅となっているが、国鉄時代は小本駅へとつながるはずだった。もっとも岩泉線となる前の名は
小本線だったのだから。
しかし、乗客は少なく廃止の道へ。ところが、道が狭くバス運行に支障をきたす恐れがあり、国鉄は
廃止申請を取り下げ岩泉線は存続されることとなった。
が、2010年の土砂崩れがついに廃止へとなる。
次の二升石(にしょういし)駅。

地区の名前が二升石。意味は?二升(1.8リットル×2=3.6リットル)ほどの石があった?
調べたけど分からず、残念・・・。

駅名を示す看板も取り外されている。でも、レールは撤去されずにまだ残っている。
続いて2.8kmしか離れていない隣の駅の浅内駅へ。
道路は小本街道と呼ばれる国道455号線を西へ、間もなく南へ行く国道340号線へと道を変える。
道は狭く、ゆっくりと進む。浅内発電所を通過して浅内駅へ。

木造の駅舎が、まだ残っていた。元々は交換設備を備えていて、かつては駅員さんもいて貨物も
取り扱う一般駅だったのだ。
構内を歩くと、何と!給水塔があった。

かつては蒸気機関車へ水を供給していたのだ。 そうそう、駅前の商店でおばさんとお話ししたら、昔は転車台もあったと。
駅前に小さな、でも何でもそろっている商店があったので牛乳を久しぶりに買う。
しかし、これがいけなかった!牛乳は回転の速い大型スーパーで買うべき旅の鉄則を忘れ、野菜
ジュースがないからと代わりに買ったのだった。
しかも、1リットルの紙パック入り。残すわけにいかないからと、いきなり半分以上も飲み込む。
さらに賞味期限を読まずに購入していた。田舎では、パンや牛乳は買う前にチェックすべし!
期限切れの商品は買うな!は当たり前なのだが、その日に限って忘れてしまった。
その結果は、明日詳しくお伝えします。
さて、次の岩手大川駅。

ここも、雑草でレールのほとんどが覆い尽くされている。
そして険しい峠道を越えて秘境駅のひとつである押角駅へ。
国道沿いに駅を示す案内板はあった。

右が国道340号線。やっとの2車線。峠は押角峠(530m)、トンネルになって越える。
この矢印へと歩く。が、いきなり通行止め。

「あぶないから入ってはいけません」
でも、自己責任で越えて行きました。板は川に架かる橋の役目を果たしている。その向こうに
はしごが見える。そのはしごを登ると駅のはずだったが・・・。
駅の跡を示すものは何一つなかった。ホームも見当たらないし、レールもない。
発見できなかった自分が悪いのか? ここが駅だったとは?
そんなわけで、廃止された岩泉線の各駅巡りをさらに続けます。
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