今夜から始まるラグビー・トップリーグ開幕については、昨日のブログでお伝えしましたが、今朝の北海道
新聞では道産子ラガーの記事が載っていましたので紹介します。
函館ラサール高校出身のキャノン所属の菅原崇聖(すがわら たかとし)(28歳)選手です。
俱知安町の小・中学校時代はアルペンスキーの選手、高校進学後にラグビーと出会う。
1年の浪人を経て同志社大学へ一般入試で合格するも、希望した文系ではなく工学部。理科系は苦手
だっために2年も留年をした。同志社大学は、尊敬する高校の監督荒木先生の母校だったから。
推薦で入部した花園常連校の選手とはすべての面で最初から違っていたが、80kg弱の体重を2年かけて
110kgへ、3年生からは出場機会も増えていった。
OBのつてでキャノンの練習に参加したところ永友監督に見込まれて入社。昨年はレギュラーとして
フォワード第1列を必死で守っている。
そんな函館の高校出身のラガーもいるので紹介しました。もし、テレビで見た時に少しでも応援してい
ただければうれしいです。
さて、五能線を行く旅も終盤に差し掛かりました。
今日は鳴沢(なるさわ)駅から。

津軽富士の名を持つ岩木山(1624.7m)の麓にある駅で、ここに来るまではリンゴ畑の中を走って来た。
駅の周辺もリンゴ園。中には、美味しそうなリンゴが何個も枝から落ちて道路淵にあった。一瞬、拾おう
かな?と思ったけど、近くに農家のオジサンがいたので止めといた。
フェンスもないからいいかな?とも思ったけど、やっぱりリンゴ泥棒と間違われたらイヤなので素通りした
が、それにしてもそのまま放置しているのは勿体ない!
落ちリンゴを格安で売っていないかな?とも思いましたよ。

続いて越水(こしみず)駅。跨線橋の上から撮影しました。


そして道の駅「もりた」へ。敷地内にあった古民家。

こんな大きなお屋敷に住んでいる人は、きっと豪農だったのでしょうね。
続いて陸奥森田駅へ。

赤い屋根と緑の壁が印象的。
駅の近くにあった森田温泉。300円で入浴できる、個人が経営しているこじんまりした温泉の銭湯。

3人も入ればいっぱいの浴槽に洗い場が2か所。地元のおじいさんが二人入っていました。
話をすると、半分しか分からない津軽弁でかなり強烈だ。それでも、歩いてすぐだし安いから毎日来て
いるとのこと。
経営しているおばあさんともども、ほのぼのした気持ちでほっこり!
2日ぶりのお風呂で汗を流しました。
続いて中田駅。

津軽平野のど真ん中、青森の米どころだ。今年の特一等米である「青天の霹靂(へきれき)」の産地。
見渡す限りの米、コメ、こめ、※、広大な稲穂!
遠くに山頂を雲で覆われた岩木山が見えた。

そして、これが見たかった木造(きづくり)駅。

巨大な土偶だ。
その説明もある。

1887年(明治20年)、亀ヶ岡遺跡で出土した遮光器(しゃっこうき)土偶。遮光器とは、サングラスの
こと。もちろん紀元前のことだから木製のはず。少し前までアラスカの先住民族のイヌイットたちが使用
していたものに近い。
縄文時代の晩期の土偶の一つで、土偶を作ることで豊かな収穫を祈った。当時は、まだ稲作が行われ
ていなかったので、山で狩猟や山菜取り、川や海で魚や海産物を獲って生活していた。縄文時代は飢餓
・天災・他の部族との戦さなどの災難から逃れるために呪術に頼った。そのための崇拝する道具が土偶
だったのではないだろうか?
自然を畏怖する気持ちが、土偶を作ることで祈りへと変えたのかも知れない。
きっと、縄文時代に行われたセレモニーの屈葬や抜歯などもそうなのだ。
実物は高さ34cmだが、駅の巨大土偶は17.3mもある!
列車が到着すると土偶の眼が光るそうだ。
しかし、駅前は寂れていて殺風景。

汽車通する高校生の自転車が無造作に置かれた目にあった石造りの重厚な建物は、昔の歯科医院
だったもの。

戸は閉じられていて、今は営業していなかった。
駅前通りも活気がない。どこもそうだが、国道沿いのバイパスに広い駐車場を持つ大型店が出来ると、
地元民は車で押しかける。よって、駐車場のない商店街は寂れる一方。
悲しいかな、全国的に同じ傾向で、特に地方では顕著だ。
最後に、もう一度巨大土偶を見て終わりにしましょう!

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