昨日から雨が降り続いていて、外に出るのもおっくう。外気はそれほど寒くはなく、気温は15度で
11月中旬では暖かいくらい。でも、傘を差して外出するのは面倒くさい。
というわけで、1日引きこもり状態。
昨日は、昼間CSでラグビーの試合を見てヤマハを応援する。五郎丸選手は通算1000得点を挙げ
ましたね。夜は、地上波でプレミア12の野球を見て、中田選手や松田選手のホームランに喜んだり
して1日を過ごしました。
ところが、今朝も雨。仕方がない、昨日同様テレビ観戦したり、図書館から借りてきた本を読むことに
しようか?
さて、津軽鉄道を行くの2回目。昨日は終着駅の津軽中里駅を紹介しました。
町役場のある中里駅は、旧中里町の中心地。2005年、旧小泊村と合併して、両者の文字を一文字
ずつ取って中泊町の名になった。
しかし、地図を見ると旧小泊村は十三湖の北に位置していて、十三湖のある旧市浦村は五所川原市
と合併したので飛び地になっている。当然、旧市浦村も飛び地だ。
つまり、中泊町は二つに分かれている。平成の大合併は、津軽半島を複雑にした。旧三厩(みんまや)
村と旧平舘(たいらだて)村と旧蟹田(かにた)町が合併して外ヶ浜(そとがはま)町へ。
その間にある今別町はそのまま。きっと、北海道新幹線の津軽今別駅があるから?
一方で、太宰治の出生地の旧金木(かなぎ)町も五所川原市へ。さらに車力村、稲垣村、柏村、森田村
と木造町が合併してつがる市へとなった。
そんなわけで、結構自治体のエリアは複雑だが、津軽鉄道は中泊町と五所川原市を南北に走る私鉄
で、総距離20.7km、全駅12、開業は1930年(昭和5年)で85年の歴史がある。
もちろん全線非電化。
冬季間のストーブ列車が知られていて、ストーブの上で焼くスルメのイメージがある。
津軽中里駅の次の深郷田(ふごうだ)駅。

ご覧のように、田んぼのど真ん中にある駅で、待合室も小さい。周囲に人家はない。

始発列車がやって来た。電車ではないので列車というが、1両でも列を使うとは?汽車でもいいのでは?

走れ!メロス号だ。

始発の五所川原駅からやって来て、津軽中里駅へ向かう。朝の1番列車だからか、乗客は誰もいな
かった。

ホームの左端の19は五所川原駅からの距離、19kmを示している。
南方向を見ると、岩木山がやっぱり山頂を隠している。平野の真ん中に屹然と立っている姿は、まさに
津軽富士の名に相応しい。

北を見ると、津軽半島北部の低い山々。あの先に北海道を見ることが出来る。

さらに続いて大沢内(おおざわない)駅へ。

かつては、駅員さんがいた駅だが今は無人。それでも、冬は石炭ストーブが使用されている。
ここで、通学する男子高校生が上り列車を待っていて、「おはようございます」と見ず知らずの私に
挨拶したので少しお話をする。黒いエナメルバックを持っていたので運動部の生徒さんだ。
もちろん、お返しに朝の挨拶をする。「クラブは何?」
「金木高校の野球部です。」
「昔、木造高校が甲子園へ行ったことがあるのを知っている?」
「知っています。でも、青森県は私立が強くて無理ですよ。」
そう、最近の青森県代表は弘前市の聖愛高校、青森市の青森山田高校、八戸市の旧光星学院、現
八戸学院光星高校の3校で独占している。
山田と光星は、関西からの助っ人でやって来た高校生が多いが(例えばジャインアンツの坂本勇人選手、
兵庫県伊丹市出身から光星学院へ)、聖愛高校は全員青森県の「りんごっ子」選手。
「甲子園はいいところだよ。何度か応援に行ったことがあるけど、一度行って見てごらん。」とかつて
勤めていた学校のことを話した。

ホームから待合室を見る。高校生の長い脚が見えるでしょう。白くて新しい運動靴がイイネ。

列車が来たので、彼は「ありがとうございました。頑張ります!」と礼儀正しく去って行ったが、久しぶりに
清々しさを感じました。

続いて川倉駅へ。

ここも田んぼのど真ん中にある駅。

ちょうど今から2か月間前の写真だが、稲穂が実って稲刈り直前の田んぼ。陽の光を浴びてすくすくと
伸びた美味しいそうなお米に育ってくれている。農家のみなさん、ありがとうございます!
美味しいごはんが食べられるのもみなさんの努力のお陰です。
というわけで、朝から気持ちの良い日を迎えました。
明日は、太宰のふるさとへと向かいます。
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