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道の駅「かなやま」は最高だった。待合室は24時間開いているしWi-Fiも使え、おまけに電源まで使用できる。
そんな道の駅のある金山町の会津中川駅。
今日は、そこからスタートしたが、その前に中川集落を1時間散策し、古き良き時代の農村風景を堪能できた。
只見線は、会津川口駅で終了。この先の只見駅までは、不通のまま5年間が過ぎようとしている。
上の写真は、只見川を渡って高台にある集落から写した会津川口駅およびその周辺の風景。
列車が出発しようとしていますね。
この先の駅を訪ねたが、待合室は閉鎖されレールは錆び付いていた。草ぼうぼうのところもあって、復旧するのは断念したみたいな感じだ。
住民に聞いたら、80億円以上も掛かるそうで何処が費用を負担するのか?JR東日本は出すつもりはないみたいだ。
金山町から只見町に入り、会津塩沢駅の手前のにある河井継之助記念館を見学する。
長岡藩の家老河井継之助は、戊辰戦争で反新政府側について戦った人物。薩摩・長州が嫌いで、土方歳三が好きだから、当然河井継之助も好き。
3年前に次いで2回目の訪問。
只見駅は列車は走っていないが、駅員さんや駅長さんはいるし、駅ナカで売店もあった。
只見線は、外国人が一番車窓が美しい場所で、よく来ているとのこと。確かに只見川沿いの光景はきれいだし、何よりも木造の駅が素朴で良い味を出している。
早く復旧して全線開通を願います。
その後は、この旅2回目の「温泉博士」を活用。
700円もするので、今日だけでもとはとれた。
今宵の寝床は、昭和村の道の駅「からむしの里」。からむしとは、麻のことで織物をして布を作る。その博物館が併設していて、勉強になりました。最初は、からむしとは何なのか、さっぱり分からなかったが、博物館で学習して分かるようになった。小千谷縮のもとは、昭和村から来ていたとは!
途中で見た喰丸(くいまる)小学校。100年以上の木造建築。
民俗資料館になっていたが、老朽化のために閉鎖していて解体間近の建物。
そんなわけで、昭和村(名前の由来は、昭和2年に二つの村が合併し、目出度い昭和の年号からとった)の道の駅で車中泊しています。
昭和元年はわずか1週間しかなかったから昭和2年が実質的な始まり。大正天皇は大正15年12月25日に亡くなっていて、26日以降の1週間が昭和元年だからですね。
昨日は、午後晴れて25度まで上がり暑いくらいだったが、今日の午後は寒い。10度を切っていて、今夜はしっかり着込んでねることにします。
では、また明日!
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