まずは、気仙沼駅から。なぜか、ピカチュウが出迎える。

駅の看板を見ると、次の駅は「不動の沢」駅となっているが、実はこれBRT、バスの停留所。
気仙沼線は、津波の被害でレールは崩壊しバスが走っている。
でも、一ノ関駅までの大船渡線は鉄道が走っている。

地図を見ると、千厩駅から北へ向かい摺沢駅から西へ、猊鼻渓駅から南へ、陸中門崎駅から
西へと、まさに龍がクネクネと動いているかのよう。だから通称ドラゴンレールと呼ばれている。
路線は、それこそ政治力で造られた駅。千厩駅から陸中門崎駅から真っすぐ進めば時間も
距離も短縮できるのに、と思うのは第三者の考えか?
地元民と有力者は、何としても鉄道を持ってきたかったのだろう。明治時代の話です。

灯台と魚のオブジェが歓迎する。そう、ここは遠洋漁業の町。
気仙沼市は宮城県の都市。でも、地図を見ると岩手県かな?と。
実は、江戸時代までは大船渡市や陸前高田市とともに気仙郡だった。それが、戊辰戦争後、
明治政府は廃藩置県を実施、何度かの修正を経て宮城県入りした。(1876年4月18日)
1871年(明治4年) 7月 北海道開拓使と3府302県
11月 同じく1使3府と72県

古くは、計仙麻(ケセマ)だったらしい。地名の由来は、アイヌ語で「南端にある入江」など
諸説ある。
続いて国道45号線を南下し、大谷海岸駅(BRT)から小金沢駅あたりで山への道をたどる。
大谷(おおや)鉱山歴史資料館を見学したかったから。

ところが、水曜日は閉館日。カーテンが閉まってますね。ショック・・・。

古くは、1000年以上も前から採掘されていたそうだ。平泉の中尊寺金色堂の金もここから
採掘されたそうで、そういえば、ここへ来る前の駅名が「小金沢駅」。金の文字が入っている
ことから、やはり金と関係していたのか。

近代的には、1905年(明治38年)から試掘されていて1976年(昭和51年)の閉鎖まで続いて
いる。
まさに、平泉の黄金文化の源泉だったことが分かる。

車が何台か駐車していた。今でも残務処理があるのか、立ち入り禁止の内部では作業員が
働いていた。

内部に入れなくても、資料館だけは見学したかった。
気を取り直して、国道45号線に戻り、本吉から内陸部へ。西郡街道の国道346号線で峠を
越えて岩手県一関市へ。
元は、室根町の大籠(おおかご)へ。

キリシタン資料館がある。
1558年~1569年にかけて、ちょうど織田信長が天下取りしたころ、ここで鉄が採掘され
備前の国、今の岡山県から鉄の精錬師だった千松大八郎と小八郎の兄弟を招く。
実は2人は、キリシタン。伝道しながら信者を増やしていった。
ところが、江戸時代に入り幕府は1612年に禁教令を出す。翌年には全国に禁教令が及ぶことに。
領主の伊達政宗は、当初黙認していたが1620年になって禁教令を出して弾圧する。

スペイン人のフランシスコ・バラヤス神父がいたが、捕まり処刑される。
1639年に84名、翌1640年に94名、その他300名以上が殉教し踏み絵も行われた。
1937年の島原の乱で数万人が殺された直後のことで、ここ東北の方田舎でも行われたのだ。
近くには、キリスト教会が建てられていた。

カトリック大籠教会。1952年の創立で、建てられて63年目。

外国からの寄付で建設されていて、島原・長崎・五島などと並び国際的にも有名な地なのだろう。
知らなかったです。こんな山の中でも隠れキリシタンがいたとは。

ただ、今は利用されていなく建物も一部破損した箇所も出てきている。
この建物は、神父さんの家だったのろうか?

ということで、1000年の歴史がある金山と隠れキリシタンの里を見学してきました。
知らないことはたくさんあります。旅とは発見の連続!地を訪ね、知を得る。
だから、もっと旅をしたい!のです。
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