長いこと、ご心配おかけしました。
2016年初夏の旅、8日目の夜にパニック障害になり旅を断念して帰宅後は、おかげさまで無事
体調は元の状態に戻り、今は普通に生活しています。
あの夜、どうして過呼吸になり狭い車内でパニックになったのか?今考えると不思議でしょうが
ないです。今まで100泊以上も車中泊してきたのに、なぜあの日に限って・・・と。
ただ、帰宅後は車中泊はしておらず、もう一度起こるのでは?と恐怖もありますので旅には出て
いませんし、車の中で寝ることには抵抗もあります。もう少し時間がかかる、と思います。
さて、その2016年初夏の旅。9日間という短い旅でしたが、たくさんんの撮影をしてきましたので
それを下に振り返ってみます。
題して、「2016年初夏の旅、総集編」。今日は、その第1回目として初日の江差線を行く旅、最初
の駅だった「渡島鶴岡駅」周辺から。
駅のそばには、鶴岡小学校があったが、2014年3月で閉校となりましたが、その校舎を使って
郷土資料館がオープン。早速、見学しました。

渡島鶴岡駅は、新幹線が停車する北海道最初の駅である木古内駅の江差線最初の駅。
もっとも、江差線は2014年5月廃線となったことは、2014年5月のブログで紹介しているので
ご存知でしょう。
その駅のすぐそばに小学校があったのです。
鶴岡という名前は、明治初期の開拓時代に山形県鶴岡市から多くの士族が入植し開拓した
ことに因みます。
さて、内部へ。入場は無料。

鶴岡小学校の、昔の校舎とその写真。木造の校舎でしたが、多くの子供たちが学んでいた
歴史があります。写真を見ると、子供はたくさんいたのです。それが今、閉校となるのは余り
に悲しい。

まずは、昔の生活に使用されたものが展示されている。足踏みミシンやそりなど。
奥のコーナーには、廃止された江差線の備品がたくさん展示されていた。懐かしい!

鉄道ファンが見たら、喜ぶものばかり。開業から廃止されるまでの歴史が分かる。

良く集めています。これは、地元の個人がコレクションしていたもので、郷土資料館をオープン
した時に寄贈していくれたそうです。ありがたいことです。

それだけではありません。農業の地、木古内・鶴岡地区。農機具やさらには。

明治初期に座礁し、木古内サラキ岬沖で沈没した船(カイリン丸)の歴史。
円形の、陽を取り得れる窓が素敵な造りをしていますね。

縄文時代の土偶もあって驚きの歴史を知ることになります。この顔など2000年以上も前の
作品です。

土器に関しては、多くは倉庫に保存しているとのこと。オープンしたばっかりなので、まだ
整理中。じっくり見学すると、たっぷり2時間はかかりそう。

ということで、今日からしばらく、秋の旅を再開出来るまでの間ですが、初夏の旅の総集編を
していきます。数日は江差線を行く旅です。
では、また!
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